天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

タグ:誓約

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素戔嗚尊と天照大御神の誓約は伊弉諾尊の禊により成り立つの。その秘められた意味は救世主の御名により創造主から送られる聖霊の賜物による禊ということなのよ。それが聖書における福音の原則で、洗礼者ヨハネから洗礼を受けて水から上がられた、御子イエスの場面に端的に示されているのよ。

 

そのことを誰にでも分かり安く言うと、創造主による求人募集と救世主による婚活なのよ。高天原に出仕する巫覡と巫女の募集が、救世主の婚活なの。その助け手として働くのが聖霊なのよ。

 

募集要項の資格に、聖書や古事記や龍宮のお祭りに秘されているバジュラヤーナを理解しうる、霊性による禊という事項があるのよ。その様だから龍宮のバジュラヤーナは至聖所の奥に聖霊により隠されているの。そう冥想するのよね。

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古事記によれば素戔嗚尊が高天原にいとまごいしようと昇った時に、天照大御神はその邪心を疑い重武装して待ち受けたことが書かれているの。


私の所有する古事記本には、それに続く記述として次のように書かれているのよ。

「堅庭(かたにわ)は、向腿(むかもも)に踏みなづみ、淡雪如()すごとく蹴散らかして、いつの男建(おたけび)、踏み建(たけ)びて、待ち問いたまわく」

 

固い庭を左右の腿で踏みしめ、めり込んだ土を淡雪のように蹴散らかして、踏みながら雄たけびを上げ、素戔嗚尊に問いかけたと書かれているの。この場面の記述を何度読んでも相撲の四股とお清めの塩のまき清めとしか思えないのよ。

 

かなり重要な視点だと思うのだけれども龍宮では完全に無視されているの。この誓約の場面を画像検索しても天照大御神の武装姿は出てくるのだけれども、庭を左右の腿で踏みしめ淡雪のように蹴散らす画像は一枚も出てこないのよ。日本人にとっての完全な盲点なのよ。

 

相撲の土俵は高天原の堅庭なのよ。だからこその神事なの。もう一つのかなり重要な盲点が天照大御神の岩戸開きの時に天鈿女命が「あなた様より偉い神様がいますゆえ、喜び笑らき遊んでいるのです」といった言葉を、天照大御神の気を引くための方便と教えている事なの。

 

偉い神様である伊弉諾尊はその鼻として素戔嗚尊の影にお隠れになられているのよ。伊弉諾尊の禊と、素戔嗚尊と天照大御神の誓約をまるで日本人が理解してこなかったという事なの。素戔嗚尊の狼藉により大御神が岩戸に籠ってしまったという倒語(さかしまごと)で書かれているから、致し方のないことではあるとは言え、日本人にとっては致命的な二大盲点なのよ。

 

 古事記は初めから天照大御神の恩頼により第三の眼が開かれれば読み解けるはずという視点で書かれているのよ。命の木のタントラバジュラヤーナで書かれているの。天照大御神の御言葉によらなければ何人も救われないという、峻厳なる確信により書かれているとしか思えないのよ。そしてそれは確かにそのとおりなの。そう冥想するのよね。

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創世記 3

14 主なる神は、蛇に向かって言われた。

「このようなことをしたお前は

あらゆる家畜、あらゆる野の獣の中で

呪われるものとなった。

お前は、生涯這いまわり、塵を食らう。

15 お前と女、お前の子孫と女の子孫の間に

わたしは敵意を置く。

彼はお前の頭を砕き

お前は彼のかかとを砕く。」

 

妖怪である唆す蛇の頭を砕くのが天照大御神の踏む四股なのよ。その後に土俵が塩により浄められるの。古事記の素戔嗚尊と天照大御神の誓約の場面にそれが語られているのよ。大相撲の千秋楽の結びの大一番がそれなのよ。十四越の十五日目の結びの一番がその神事なのよ。

 

大御神はかかとに傷を受け十字架上で殺されたけれども、復活してやがて始まる千歳のお祭りの最後に妖怪の頭を砕くと預言されていたの。それが千秋楽なのよ。横綱の腰に岩戸開きの〆が張られるの。

 

龍宮の臣民のほとんどが見落としている大いなる盲点なのよ。そのような盲点の内にあり見落としていると妖怪の巻き添えを食らうの。油断を排した賢い乙女が出仕を許されるの。龍宮の神事の至る所に示されているのよ。高天原の絵にも描けない美しさが、龍宮の神事の至るところに映されているの。アニメなどはその足元にも及ばないわよ。

 

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七越と十死越が判ったところで改めて記述しておくとね、一九九九年の夏の夜空にグランドクロスが顕れ、そのクロスに地球が架けられたの。その時の神奈川の玄倉川で、川遊びの人達が身を挺して、聞き分けのなかった洪水の時のような時代にはいった、という事を教えてくれていたのよ。それから三年目に大御神の心御柱が御子の十字架だったと明かされたの。

 

そして時が過ぎ二〇一七年の暮れに八幡様で凶事、二〇一八年の七五三の月に高千穂町で凶事、二〇一九年の暮れに新型コロナという世界的な凶事。その流れの中で令和に御代変わりしたでしょ。

 

その凶事と慶事をまたいで、今日でも皇室の納采の儀が滞っているでしょ。皇孫である皇女が身を挺して、世界中で聞き分けのない許婚たちの、七越の納采の儀が滞っている事を暗に知らせてくださっているという事なのよ。そのような時代にはいっているの。

 

聞き分けるか、聞き分けないかは本人の問題で、王であろうが、高官であろうが、祭司であろうが、男であろうが、女であろうが、分け隔てなく神様との個の問題なのよ。神様との婚宴になぞらえられているのだから当然そうなるでしょ。それが龍宮に伝わる素戔嗚尊と天照大御神の誓約なのよ。

 今日は夏越の大祓の日よ。お祓いお受けした?

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もう釣瓶打ちの状態なの。記事ナンバー88だし。肌をむかれた兎神と月読命が判ると、古事記は日の丸龍宮のお祭りと相まって、完全に聖書の焼き直しである、その構造がはっきりと見えてしまうのよ。

 

年に二度の大祓は神様による二度の淘汰なの。一度目の大祓を御子の十字架上の罪の贖いとして月読命から知らされた者は、二度目の大祓であるこの世の終わりに、黄泉比良坂で伊弉諾尊が千曳の岩戸を閉ざされた後に復活するのよ。

 

黄泉に幽閉された伊弉冉尊と同一神で白山比咩神とも同一神の菊理姫命が、黄泉比良坂に顕れている事で復活することが暗示されているのよ。それが最初の復活であり、その他のものは千年たつまで生き返らなかったと聖書に書かれているの。それが千曳の岩戸の持つ意味なのよ。同時に七つのお祝いの千年の宴という意味も合わせ持つのよ。

 

この時既に菊理姫により岩戸が開けているのよ。その同じ坂で伊弉諾尊が投げた三つの桃は後に禊により生まれる三貴子の暗示なのよ。そして素戔嗚尊と天照大御神による誓約から岩戸閉めを経て岩戸開きへと、岩戸の物語を二度繰り返しているの。ここでは一度目が御子の十字架上での死と復活を暗示しているのよ。二度目が大御神のいる高天原での岩戸開きなのよ。

 

その果てに素戔嗚尊が千座の置戸を負わされ高天原から追放されたとなるのよ。この千座の置戸も千年間の幽閉の暗示になっているのよ。そして一気に千年が過ぎ素戔嗚尊の八岐大蛇退治となるのよ。

 

この世に命の息がある内に御子から一度目のお祓いを受けておかないと、この世の終わりの大祓を一度目の大祓として伊弉諾尊からお受けすることになるの。その暗示が首を切り落とされた火の神なのよ。そして千年間黄泉に幽閉され、その後に八岐大蛇として黄泉から吐き出され二度目の大祓となるの。そこには素戔嗚尊の十束剣が待っているのよ。

 

この世で御子のお祓いを受けていたものはその剣の難を逃れ大御神に献上されることになっているのよ。それが素戔嗚尊と天照大御神の誓約の物語の落着なの。その後に素戔嗚尊が須賀のお宮に鎮まり、その誓約において重要なお働きをする月読命のことが、大国主命と因幡の兎神の物語として語られているのよ。幡氏に因む白兎なの。

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 造化三神と同一神の三貴子による誓約という卜占の大枠が大国主命の国造りの物語までで語られていたのよ。その後に天孫降臨による国譲りとなり、そこでアダムからノア、そして御子から二人のハツクニシラススメラミコトと欠史十二代を経て、一気に第十五代応神天皇にまで至るのよ。

 

そしてその応神天皇を八幡神として祀った秦氏の神道の時代に入っていったという事なのよ。その秦氏の神道の陰陽道の根幹が十五で示される魔法陣の、七五三の二度の大祓なの。

 

この二度の大祓をどのように受けるのかという事が三柱の神の誓約による卜占なのよ。聖書の三柱の神と古事記の三柱の神の完全一致による卜占なの。蛇に唆され大凶の御籤を引くに決まっている人間が、その御籤を御子のお祓いにより、七つのお祝いの厄除札に祀り替えていただき、高天原に昇るのか、そうではないのかの卜占なの。

 

御子のお祓いから二千年近くを経て、そろそろお祭りの暦が満ちつつあるから、世界中に大凶の御籤がばら撒かれているのよ。そのような時でも羊は羊飼いの声を聴くのよ。そう冥想するのよね。

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七五三の誓約による鬼退治で七つのお祝いに至るというのが、古事記の日本創世神話と未来預言だったのよ。造化三神と別天津神五柱と神代七代なのよ。須佐之男命の宗像三女神と天照大御神の天津神五柱と、隠されている月読命による七代のイスラエル十二柱のお祭だったでしょ。

 

この十二柱が年に二度の大祓に関わっているのよ。二柱の一人神と五組の夫婦神の十二柱なの。それは御子が十二弟子に明かしたことだったのよ。イスラエルの十二支族はそれを知らずに終わっていたの。

 

ヨハネによる福音書 6

8 弟子の一人で、シモン・ペトロの兄弟アンデレが、イエスに言った。 

9 「ここに大麦のパン五つと魚二匹とを持っている少年がいます。けれども、こんなに大勢の人では、何の役にも立たないでしょう。」 

10 イエスは、「人々を座らせなさい」と言われた。そこには草がたくさん生えていた。男たちはそこに座ったが、その数はおよそ五千人であった。 

11 さて、イエスはパンを取り、感謝の祈りを唱えてから、座っている人々に分け与えられた。また、魚も同じようにして、欲しいだけ分け与えられた。 

12 人々が満腹したとき、イエスは弟子たちに、「少しも無駄にならないように、残ったパンの屑を集めなさい」と言われた。 

13 集めると、人々が五つの大麦パンを食べて、なお残ったパンの屑で、十二の籠がいっぱいになった。

 

二匹の魚と五つのパンを五千人が食べ、残ったパン屑が十二の籠いっぱいになったのよ。別の時には七つのパンで四千人なの。御子の行ったこのしるしを数だけ取り出すと二と五と七と十二と四千と五千なの。

 

ずっと以前からこれらの数には何か深い意味が隠されていると思っていたのよ。そして古事記を読んでみたら、二柱の一人神と五組の夫婦神で十二柱の神代七代なのよ。神代七代は聖書の天地創造の七日間を連想させるでしょ。七と十二は聖書とイスラエルにとって最重要な数霊なのよ。

 

五つのパンが五組の夫婦神に対応しているとすれば十柱で、二匹の魚を二柱と考えるとイスラエルの十支族とユダの二支族なのよ。残る問題は五千人と四千人なの。そのパズルを何とか読み解いた結果、推測したのが、御子が来られたのが五千年目で、四千年目にはお釈迦様が来られていたという事なのよ。

 

七五三の七つのお祝いの主が御子で、その御子を弥勒菩薩として五六七の数霊で預言していたのがお釈迦様なのよ。その五六七は鬼退治により七つのお祝いに至るという数霊になっているでしょ。ここまでピースがはまると、私的にはパズルの完成と思えるのよ。

 

御子が自分のしようとしている事と同時に、それを預言していたお釈迦様のことも、しるしを行いその数霊で示していたという離れ業なのよ。御子がインドでヒンドゥーの聖典と仏典を教えていたという文書なども過去に発見されているからね。その様に完成した絵柄の中には御子の十二弟子と、お釈迦様の十大弟子という数霊も含まれているのよ。

 

そして更なる問題は七と十二がなぜ、二匹の魚と五つのパンで一体化するのかという事なの。ここに日の丸龍宮の、年に二度の大祓の秘密が隠されていたのよ。実は、六月の夏越の大祓も十二月の年越しの大祓も、どちらも七五三のお祭だったの。

 

そこには天地創造、人類創世、イスラエルの十二、十種神宝と命の木、魔法陣、日の丸龍宮の年の瀬、クンダリニーの蛇など、私が思いつくだけで七つも八つもの意味が隠された、とんでもない代物だったのよ。それらを個別に考察しているうちに、あれよ、あれよと見る間に、一つに合体してしまったの。

 

私の理解したところによると、人はなぜ生まれ、どのように生きるべきなのかということが、この国の二度のお祓いに秘め隠されているということなのよ。その発見のきっかけになったのがやはり聖書の記述なのよ。それは神が天地創造の六日目に人を創られ、七日目に休まれたと書かれている事なの。

 


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 キリスト教神学の影響を受けていたので、天地創造から7000年目の新天地という考えに慣らされていて、盲点になっていたのだけれども、人の創造は神様の六日目なのよ。そして神様の御目には一日は千年であり、千年も一日の様であると書かれているの。

 

ペトロの手紙二 3

8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

 

鶏鳴三声のペトロが忘れるなと書いているのよ。創世記は人の創造までに6000年かかっていてその後の七千年目が神様の安息日だったと読めるでしょ。それで表にしてみたらこうなってしまったのよ。

 

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天地創造から六日目の人の始まりを一日目として七日を数えたら十二が出てきてしまったのよ。キリスト教神学では天地創造と人類の創生を同時としていて、聖書の創世記の記述を無視しているの。かなりいい加減な神学なのよ。啓示の書の記述を平気で無視しているからね。聖書は賢しらな主観を交えずに、その記述は愚直に受け取るべきなのよ。先見者の記述は御霊によるとして、謙虚に受けるべきなの。

 

イスラエルの十二が出てきてしまったので、それを一年の暦に当てはめてみたら、日の丸龍宮のお祭の暦とピタッと一致してしまったのよ。それだけではなく年の瀬の暦ともピタッとはまってしまうのよ。

 

その一致により大祓の時期を見ると夏越の大祓は三月、五月、七月の七五三の大祓で、年越しの大祓は九月、十一月、一月の七五三の大祓なのよ。五月と十一月が七五三の中心月で、翌月の大祓を経て、それぞれ七夕とお正月なのよ。

 

それをイスラエルの十二で見てみると、夏越の大祓は人類創世で、年越しの大祓は復活の七つのお祝いに相当してしまうの。さらにそれを、年の瀬に当てはめてみると大正天皇例祭の大祓と大晦日の大祓を経てお正月となってしまうのよ。徐々にではあったけれど、その様にピースがはまり完成してしまったの。大枠だけでその様だから枝葉まで精査したら何が出てくるか判らないのよ。

 

そして大祓は七五三魔法陣を介して命の木へと繋がってしまうのよ。

 

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横軸の三、五、七の大祓と、縦軸の九、十一、一の大祓のクロスで、どの数列を足しても十五の魔法陣なの。この魔法陣に十種神宝と二柱の一人神と五組の夫婦神、その他が隠されているのよ。

 

一から九までと九を頂点とした十文字で十種神宝でしょ。一二月、三四月、五と十一月、七八月、九と十月の夫婦神各五組と、一人神二柱の夏越の大祓と年越しの大祓なのよ。

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 魔法陣の中に十、十一、十二という数は含まれていないけれども、十は大祓のクロスの十でしょ。十一は五と升目を共有しながら隠れているでしょ。イスラエルの聖数十二は聖数七の中に隠れていたでしょ。イスラエルの十二の表を見ると、七日目の聖安息日とイスラエルの聖数十二が重なっていて、最重要な大祓の七つのお祝いの日取りになっているのよ。ここにイスラエルの十二が隠されていたの。

 

そのように見ていくと様々なつながりが見えてくるのよ。それらがすべて聖書と古事記の啓示によるお祭りと直結しているのよ。さらに、魔法陣の三×三で命の木に連結しているし、胎蔵界と金剛界の曼荼羅も同様なの。お釈迦様の五六七や三輪山の三巻の蛇神様のクンダリニーなどカバラの密教とされるものはほとんど含まれているのよ。

 

その様だから細かく記述しようとすると、きりがないのよ。それでも、この記事で書きたかったのは、神の十二の表をよく見ると、人の一生にも対応しているということなの。

 

創世記 6

3主は言われた。

「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった。

 

百二十年生きたとすると、その百二十年目に年越しの大祓が待っているのよ。何が言いたいのかというと、人は生まれたら、還暦過ぎの六十代くらいまでには、夏越の大祓を受けておかないと、いつお迎えが来るか判らないでしょ。その夏越の大祓が御子による過ぎ越しのお祭りなのよ。

 

この大祓を受けてこの世を終えるから、年越しの大祓が七つのお祝いとなるの。過ぎ越しの大祓を受けずに、この世を終えると、年越しの大祓がとんでもないことになると啓示の書には書かれているのよ。それが個々にとっては一番重要な事柄なの。

 

まず六月に夏越の大祓を受けて、十二月三十日までにお正月を迎える準備を、セットでしなければいけないの。この国の百八つの煩悩を祓う除夜の鐘は、最後の審判に対応しているのよ。大晦日の一夜飾りは良くないとされているのは、そのためなのよ。よいお正月を迎えるためには、一夜飾りでは間に合わないのよ。

 夏越の大祓が一生に一度の御子の過ぎ越しのお祭で、年の瀬の暦でそれに対応している十二月二十五日は、獣の憑依でクリスマスとされたけれども、正しくは、大正天皇の例祭なのよ。ここに日本人にとっての落とし穴がぽっかりと口を開けているの。そのことを啓示から読み取れる人は、妖怪釣瓶落としと獣と偽預言者がタッグを組んだ罠にはまらないように、十分目を醒ましていなければいけないの。

 

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それもお正月の準備の一環なの。日の丸龍宮に根付いている伝統は侮ってはいけないのよ。子羊の血で過ぎ越しを受けたイスラエルでも、荒野で子牛の象を拝み、神を怒らせたので、その世代は二人を除き全滅させられて、罠に堕ちたのよ。阿吽

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古事記により日本の創世と七五三のお祭りと大祓がわかると、神による誓約と祟りとは何かはっきりと浮かび上がってくるのよ。そのことは啓示の書にはっきりと示されているにもかかわらず、啓示を啓示と受け取らない鬼には理解されないように御霊によるブロックが働いているという事なのよ。

 

この国は魔訶般若の龍宮であるにもかかわらず、そこに生まれる龍宮の子らも長ずるに及び鬼と化し啓示を理解しないようになるのよ。親や先生がその様に躾けるの。だから龍宮においては神道により、その鬼たちの放つ穢れの祓いが行われているのよ。啓示の書を読み啓示に従うと助け手を送られそのように理解させられるの。

 

神罰や祟りが言葉の上では何となく理解されていても、それがあるとは一般的にはうすぼんやりとしか信じられていないでしょ。古事記にはその神罰や祟りの繰り返しの上に日本龍宮がたてられたと語られているのよ。しかし古事記はその龍宮の巫(かんなぎ)により身内同士で通じる倒語(さかしまごと)で書かれているから一般には理解できないのよ。

 

そのようにしてお宮に穢れが移ることを防いできたの。現代においては聖書の冒頭に書かれている様に、エデンの園の東において命の木への道が、この日本龍宮で守らせられているという事なのよ。古代にその龍宮の遷移に携わった巫たちの時代にすでにそのことは知悉されていたという事なの。それが通りゃんせの天神様の細道と唄われて来たの。通るように促されてはいるけれども、御用のない鬼はそこでブロックされるという事なの。その入り口のシンボルがこの紋なの。


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炎と剣が回っているの判るでしょ。龍宮でありながらほとんどの鬼がそこでブロックされるという失楽園でもあるのよ。そのように古事記は書かれているのよ。鬼として長じて、そのまま正常性のバイアスが働き続けたら一生無理なの。その時は神の祟りに繋がるの。それを回避させる意味で、天罰が降されやり直しを促されるのよ。その象徴が大御神の心御柱なの。

 

しかし天罰も祟りも信じていなかったらそれは致命的でしょ。そのような不信仰が致命的な祟りに繋がるのよ。天罰である内はまだしも、祟りを受けてしまったら取り返しが付かないの。

 

御言葉の通りに助け手を送られて、古事記のメインテーマである誓約とは一体何なのか飲み込めてしまうと、それがはっきりとわかるようになるの。古事記とは学問のために読んでも何もわからないのよ。信仰により助け手を得て読むべく巫により記されているのよ。聖書も同じよ。それを賢しらな学問にしてしまい啓示の書物を持ち腐れにしてしまうのも鬼なの。

 

誓約とは「せいやく」と読まずに「うけい」と読むときは古代の卜占を意味するの。神意をうかがう占いのことなの。それが須佐之男命と天照大御神の間で行われたのよ。しかし何がどう占われ結果がどう出たのかという肝心なことは完全に秘匿されているのよ。そのことが須佐之男命と天照大御神の誓約が、古事記の最重要なメインテーマであることを暗示しているのよ。にもかかわらず古事記の解説書にもそのことがはっきりと解説されていないのよ。まさに失楽園でしょ。

 

ひとつ前の記事で既に書いているのだけれども、桃太郎さんの鬼退治がそれを鮮明に教えてくれているのよ。桃太郎さんは晴明神社に祀られている厄除桃で大神実命という神様なのよ。その神様が鬼ヶ島に遣わされ、そこの鬼に天罰を回避するよう帰順を促したの。そうしたら一部の鬼は帰順したけれども、その他の大多数は逆らい帰順しようとしなかったのよ。

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これが天照大御神の誓約なの。帰順すれば天罰を回避して最上の祝福。帰順しなければ致命的な祟りという結果を伴う卜占だったの。そしてこの時に厄除桃の神様に帰順しなかった鬼たちはその卜占の通りに致命的な祟りを受けたの。それで死滅したと思われていたのだけれども後に息を吹き返してしまったのよ。

 

そのちょうど同じ時にもう一匹の仲間の大鬼が印を行い、龍宮に天から火の雨を降らせていたのよ。この時の印も意味深長でしょ。その印のことと二匹の大鬼のことは厄除桃の神様に従った家来が啓示の書で預言していたのよ。

 

それは黙示録という預言書になっていて最上の祝福のことも致命的な祟りのことも書かれているの。桃太郎さんの家来が書いているのよ。

 

私も気が付いたら黍団子を賜わってしまっていて、お供に加えられていたので今更付き随わないわけにはいかないのよ。首つり自殺のはらわた飛び出しはどう考えてもいただけないでしょ。阿吽

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COVID-19 と令和の御代変わりが重なってしまったでしょ。これっておめでたくもありそれでいてかなり不吉でしょ。日本人の感覚から言えばわかっていても言葉にしてはいけないことの範疇なのよ。私って生来の毒舌癖があるから言ってしまうのだけれども、聖書には神の怒りの日とか終わりの日における裁きという事が書かれているでしょ。

 

その様なことは日本人の感覚的な言葉に置き換えると神の祟りとなるでしょ。しかしそのような非科学的なことは科学に生きる日本人は誰も思わないのよ。私は科学より神様の方を信じることしか出来なくなっているから、ちょっと待ってとなるの。何しろ天照大御神の皇孫の命の御代変わりだからね。

 

それで祟りについて考察してみたのだけれどもこの国には七殺の祟り神の丑寅金神という神様がいるのよ。この神様は足柄山の金太郎さんなのよ。金と書かれた腹巻がそれを暗示しているの。桃太郎さんと一対の端午の節句の神様なのよ。桃太郎さんの鬼退治に逆らうと金太郎さんの鉞で伐り倒されるという七五三の誓約に関与している神様なのよ。この国は童話に神の祟りが織り込まれているという恐ろしい国でもあるのよ。

 

第十四代仲哀天皇は神のお告げを聴いた時に、お后である神功皇后に神が依り憑いて、味方するから新羅を打てとお告げを受けたのに、その神の言うことを信じなかったので呪いを受け、琴を引いている最中にいきなりこと切れているの。神に正しく返り言をしないと天皇といえども祟り殺されるのよ。

 

その神は名を問われてそのお告げは天照大御神の御心であり、我は住吉三神であると答えているの。天照大御神の御心に逆らい祟り殺された天皇がいたのよ。それが天照大御神の誓約だと警告されているのよ。誓約に対する問いに正しく返り言を返さないと祟られるの。そのような誓約に関して日本人は上から下までまるで無知なの。

 

しかしこの国はそのような神様の誓約によりなった国であると古事記は暗示しているのよ。天照大御神は祟り神ではないわよ。月読命が祟り神なの。だから月読命は隠されているの。天照大御神が桃太郎さんで月読命が金太郎さんなのよ。それが命の木による誓約なのよ。

 

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真ん中の柱が伊弉諾尊の鼻から生まれた素戔嗚尊の均衡の柱なのよ。慈悲の柱は左の目から生まれた天照大御神、峻厳の柱が右の目から生まれた月読命なのよ。そして命の木の誓約は天秤により計られるのよ。須佐之男命により天秤にかけられ慈悲と峻厳で均衡が保たれるの。

 

大御神のお慈悲に対する問に正しく返り言を返せば峻厳の柱が七福の柱となり均衡が保たれるの。何も答えなかったり、お慈悲に対して非礼で答えると峻厳の柱が七殺の祟りの柱となり均衡が保たれるのよ。その様にして桃太郎さんと金太郎さんによる均衡が保たれるのが端午の節句なのよ。

 

桃太郎さんは伊弉諾尊が黄泉比良坂で投げた三つの厄除桃が発祥なの。金太郎さんは足柄の坂で倭建命の発した、身代わりの妻を嘆く三度の言葉が発祥なのよ。伊弉諾尊の投げた三つの桃は尊がお産みになられた三貴子であり、天照大御神の十字架上の身代わりの死というお慈悲に対してどう答えるのか誓約で問われるのよ。だからその誓約に対する返り言次第なの。

 

しかし日本人は正しい返り言の仕方をまったく知らないのよ。だから怖くて目を開けて見ては居れないの。しかしよく考えてみるとその怖さを知っているということは正しい返り言を知っているからなのよ。何故知っているかというと聖書に御子の御言葉としてすべて記されているからなの。

 

しかし科学を信望する日本人の脳にはそのような事は無視するのが正常というバイアスが働いているから聴く耳を持たないの。だから怖いもの知らずなの。御子の御言葉は聴く耳のある者にしか向けられていないのよ。古事記の語りも同じなのよ。その様だから聴く耳があり正しい返り言を返せる人は神の祟りを感じても何も怖れることはないのよ。

 

聴く耳を待たない人は聴くと怖いから何も聴こうとしないのよ。気が付いた時にはこと切れているの。そのような神様にもどうにもできないことで気をもんでも仕方がないでしょ。

 

そう瞑想しながらこの何日か、素戔嗚尊と天照大御神の誓約により生まれた宗像三女神と天照大御神の隠し玉である五男神のことを深く考察していたの。そうしてCOVID-19 と令和の御代変わりのことを考えていたら、あら?となったの。

 

令和元年の天皇の即位の時に天照大御神の隠し玉の五男神が揃い、素戔嗚尊の剣である三女神が揃ってしまっているのよ。明治帝、大正帝、昭和帝、平成帝、令和帝の五柱が走水の海から黒船が侵入して来て鎖国を解かれて以降の五男神なのよ。その後、原爆を落とされ獣に憑依された国になって以降に民間から入内した三女神なのよ。

 

須佐之男命と天照大御神の誓約とは、約束のいいなづけである神の子らが高天原に入内しようとするときに邪心を問われるということなのよ。古事記ではそれを暗示しながら須佐之男命が姉のいる高天原に上るという物語になっているの。三女神が民間から皇室に入内している事と相似象でしょ。須佐之男命の剣から生まれた三女神と考えても対応可能でしょ。

 

明治から令和に至る皇室の五男神と三女神なのよ。それが現代における須佐之男命と天照大御神の七段飾りのように感じられるのよ。八咫烏により二十年も前に天照大御神の心御柱が、まるで須佐之男命の剣であり、伊弉諾尊の投げた厄除桃であるかの様にこの国に投ぜられているの。懸念されるのは皇嗣家の皇女の納采の儀に滞りを生じているという事なの。

 

もしそのようにして神様の誓約の桃の節句が始まってしまったのであれば、そこは、正しい返り言を知らない暗黒郷なのだから、冷静に考えれば、この先均衡が保たれるために祟りと思われるようなことが頻発することは避けられないはずなのよ。桃の節句の次は端午の節句だからね。しかしそれを祟りと感じながらも正しい返り言のできる人にとっては、何が起きてもそれは生みの苦しみに他ならず、祟りとはなり得ないのよ。

 

入内が許され納采の儀をお受けするということは高天原に永遠の命での復活が許されるということなの。この世に来た人は大昔からその様な誓約に問われた後に終わりを迎えて来たのよ。この世の終わりに臨み神の怒りの日が来て、それに巻き込まれてしまったとしても、御子により許されている者にとってそれは、女神の胎内において陣痛に見舞われている事にしかすぎず、案ずるより産むが安しなの。

 

 取って食べるなと禁じられている木から人はみな取って食べるのよ。その時に自分は禁じられた木から取って食べて、立ってはいけないところに立ってしまったと気付いたら、山に逃げ、お慈悲による許しを請えば、慈悲の神をお産みになりその神を遣わされた神様から赦していただけるの。その様に聖書の中で御子が確約しているのよ。

 

聴く耳を持たない人が唆されたまま蛭子や淡島の様に流されたとしてもそれは神様にもどうしようもできないことなのよ。

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もうね、このところの最新記事3本を読み返してみると、あなたいったい何を書いているのと自問自答しながら、大丈夫かしらと呆れ気味なの。しかしそのようにパズルのピースがはまってしまうから仕方がないの。

 

古事記の神代の冒頭の造化三神は日向三代の神に対応しているのよ。その造化三神の後に顕れた二柱の神を足した別天神五柱は日向三代に二人のハツクニシラススメラミコトを足した五男神に対応しているのよ。そしてその後の神代七代の十二柱に続くのよ。そのことで冒頭から三五七という数霊による誓約が暗示されているの。

 

そして最初の人アダムから始まった神様の誓約がノアを経てイスラエルに移り、その後に失われたイスラエルである倭に移った経緯を数霊で暗示していたのよ。それがのちにどのような展開になるかというと、まず初めに須佐之男命と天照大御神の誓約により素戔嗚尊の剣から宗像三女神が生まれ、つぎに天照大御神の勾玉から五男神が生まれているの。

 

この三女神と五男神の八柱が牛頭天皇の八王子なのよ。素戔嗚尊の剣である宗像三女神は造化三神であり三貴子なのよ。その筆頭格の神様が素戔嗚尊だと言っているのよ。五男神は天照大御神の隠し玉なの。この隠し玉の一人目が天孫瓊瓊杵尊でアダムなの。二人目が山幸彦でノア。三人目が天照大御神自身なのよ。

 

モーセによりヤハウェとして知られていた神がその化身として受肉したメシアなのよ。このメシアによりイスラエルに対する誓約が敢行されたの。この時までは天照大御神の隠し玉は三個だったのよ。アダムとノアと御子の三人とその十二弟子がその象徴だったのよ。それがイスラエルに対する誓約だったからアブラハムとイサクとイスラエルとその十二人の子らに対応しているのよ。

 

しかしイスラエルは御子の受肉以前の三代の王の時に誓約に破れ真っ二つに裂かれたの。そしてイスラエル王国は捕囚後行方知れずになり、ユダ王国も捕囚の憂き目にあったの。その後ユダ王国は許されエルサレムに帰還し神殿を再建するのだけれども、その時すでに誓約の象徴の契約の箱は神殿から行方知れずになっていたのよ。

 

私の推測では紀元前660年に誓約に破れ失楽園である極東をめざし追放されていたのよ。それが皇紀紀元となったと推測するのよね。この時にアダムとイブの失楽園の物語がイスラエルの神により再現されていたの。それは創世記の冒頭に預言されていたことだったのよ。それがのちにこの国にたどり着いた巫覡と巫女らの悟りとなっていたのよ。それが古事記に反映しているのよ。

 

その後バビロン捕囚により変質したユダヤ教国に御子がメシアとして降臨し悔い改めを説き、ユダヤは誓約により問われたの。しかし一部の弟子たちを除きユダヤはその誓約に対し十字架刑で答えたのよ。そして40年後に粉々に砕かれたの。

 

その様な経緯を経て天照大御神の隠し玉としての、二人のハツクニシラススメラミコトが新しく失われたイスラエルから選抜され倭と邪馬台国を築いたのよ。この段階で素戔嗚尊と天照大御神の誓約の型が整ったのよ。素戔嗚尊の剣である宗像三女神と天照大御神の隠し玉である五男神が誓約により生まれていたのよ。それが三貴子と日向三代と二人のハツクニシラススメラミコトの物語として古事記に反映されていたのよ。

 

そして大和王権を樹立する第十五代応神天皇にまでに至る十四代の天皇から、二人のハツクニシラススメラミコトを除いた欠史十二代が、失われたイスラエルの象徴として物語に組み入れられ、数霊七に対応させられた三五七の誓約となり、第十五代応神天皇が大和朝廷の王権を確立し、それを導いた八咫烏と八幡の鳩による魔法陣のお祭りが今日まで継続中なのよ。

 

それが、私が聖書と古事記を読みながらジグソーパズルの組み立てを試みた末に見てしまった古事記の神代物語なの。素戔嗚尊と天照大御神による誓約はアダムとイブの時に始まり現代まで継続中なの。

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私の考察したことが正しいのかどうなのかは八咫烏にでもあって聞かないと確かめようがないの。しかし理解できたことはそのまま書いておこうと思うのよ。

 

天地開闢の十七柱と国造りの十七柱の間を取り持っているのが三貴子なのよ。そして天照大神の詔により日向三代の初代天孫瓊瓊杵尊が天下ってきたことになっているの。この瓊瓊杵尊はアダムなのよ。天下ったその地で木花開耶姫(このはなさくやひめ)をみそめ結ばれながら、姉の岩長姫を醜いとして送り返してしまったのよ。

 

この場面に二人の姫の父親の大山祇命という神様の誓約だと書かれているの。二人の姫を送ったのは花のように咲き栄え岩の様に長い常永遠の命を願っての事だったのに、岩長姫を送り返したのでその命は山に咲く花のように散り落ちるという誓約だったのよ。誓約とは神意を推し量るための占いなのよ。

 

そして岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)の立場はヤコブが娶ることになったラケルとレアの立場とそっくりなの。このラケルとレアと二人のはしための四人からイスラエルの十二支族が生まれているのよ。それが永遠の命の誓約だったとされているのよ。命の木の誓約だったと言っているのよ。

 

アダムとイブがエデンの東に追放になったという失楽園の物語を忍び込ませているの。それが人の世の初めなのよ。八咫烏の秘記によればその時代のその地は「なら」と呼ばれていたらしいの。その「なら」から東に移動し極東に「あすか」という王都を築いたとされているらしいのよ。竹内文書の世界なのよ。五色人と巨人と恐竜の生きた世界だったの。

 



 

その文明が十代続いてノアの時代に悪が極まり洪水で滅んだの。そのノアが日向三代の二代目なのよ。海神の宮に行った山幸彦がノアなのよ。山幸彦が海神の宮で仙女に水を所望することで旧約聖書のアブラハムの僕と新約聖書の御子の「水を飲ませてください」という誓約の御言葉を暗示しながら、契約の箱船で水の中を通り、難を逃れたノアが山幸彦なのよ。

 

その物語が浦島太郎のお伽噺で補足されていて、海神の宮から玉手箱を賜わり帰り着いたと語られているのよ。その帰り着いた土地が新天新地で誰も知り合いがいなかったの。その地で玉出箱が開かれたのよ。すべてが神による誓約なの。貴船神社の中宮の結社に岩長姫がお祭りされていることも忘れてはならないの。

 

7fuku


 

 貴船の龍神がノアで七福神がノアの七人の家族なのよ。大黒天も乗り込んでいたの。ここに顕れる八と七の数霊が誓約の数霊なのよ。貴船の鶴と亀は渇いた土地を見つけた鳩と烏も暗示しているのよ。そしてノアの子孫のアブラハム、イサク、イスラエルへと誓約が継承されることになるの。

 

その誓約を秘めながら日向の三代目鵜葺草葺不合命(うかやふきあはせすのみこと)が生まれているのよ。この鵜葺草葺不合命の母が山幸彦と結ばれた豊玉姫で、その正体は海神の宮のワニだったの。そして鵜葺草葺不合命はそのワニの妹である自分の叔母を娶り神武天皇が生まれたと続くのよ。もう完全に龍宮のお伽噺でしょ。

 

龍宮の乙姫様が山幸彦の妻で生まれた子が鵜葺草葺不合命でその妻は乙姫様の妹で自分の叔母にあたる人なのよ。それが日向の三代目なの。アダムとノアに続く三代目で龍宮の乙姫様の妹を妻にできる神武天皇の父のような人と言ったらあの人しかいないでしょ。

 

日向の三代目こそ御子の暗示なのよ。八咫烏と八幡の鳩にとっての乙姫様は天照大御神しかおらず、それが日向の三代目なのよ。その御子の誓約により元の王都である奈良と飛鳥に乾いた土地が顕れて倭とされたのよ。そして神武天皇が初代とされ次の物語に移って行くの。続く

shoman阿吽


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