天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

タグ:七五三

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奥深いことがわかればわかるほどシンプルに理解できるようになるのよね。七五三のお祭りはね伊弉諾尊が投げた桃のお祭りが桃の節句で、その桃から生まれた桃太郎さんの黍団子のお祭りが端午の節句で、鬼の征伐の終わった桃太郎さんのお祭りが七つのお祝いの子羊の婚宴なのよ。

 

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 丑寅の鬼の対角上が未申酉戌でやはり猿鳥犬を従える羊が桃太郎さんで間違いないのよ。神の子羊なの。

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 その鬼退治に加勢するのが丑寅の鬼退治の艮の金神様なのよ。しかしてその正体はなんと金太郎さんだったのよ。これはびっくりでしょ。大祓詞に出てくる天津金木とは天の金克木で金太郎さんのまさかりなのよ。だから金神様なの。

 

マタイによる福音書 3

 10斧は既に木の根元に置かれている良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。

 

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これが端午の節句の鬼の征伐の奥義なのよ。それがヨハネの黙示録とリンクしているから七殺の祟りなの。鬼ヶ島の般若面の夜叉が征伐されるの。

 

やはりお目出度くて怖いのが神道の真骨頂なのよ。知れば知るほどクールでしょ。阿吽


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お伊勢様の神宮歴に併記されている皇紀と西暦と元号はそれぞれ貴船歴と御柱歴とそれぞれの天皇の斎主歴だったでしょ。

 

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この三柱の暦の型示しがこれなのよ。

 

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貴船と御柱は判るでしょ。問題は斎主であるケルビムなの。一対のケルビムはこの国の暦上の天皇陛下と皇后陛下なの。それをクロス上に展開してみると、

 

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四神は天照大御神と天皇陛下と皇后陛下と皇太子殿下なのよ。だから三月と九月のお彼岸の中日に皇霊祭が黄櫨染と十二単で斎行されているの。式神様と十二の御遣いのお彼岸への渡御のお祀りなのよ。そしてその渡御の絵柄がこれ。

 

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乗り込んでいる七福神はその聖数七という数でケルビムを暗示しているの。それを三柱の暦に対応させると斎主歴は七、御柱歴は八、貴船歴は九という数なのよ。七八九の三位一体なのよ。このことは十種神宝の中に隠されているでしょ。

 

その暦のもとになったカバラの暦の重要なお祭りが三五七なの。その暦の後半の五六七で弥勒菩薩が降臨し、やがて阿弥陀如来の時代が訪れると預言されていたの。カバラの数霊にもかなり重要な意味が秘められているのよ。

 

そして七七七の書である黙示録で六六六という数霊が黙示されて、読者よ悟れとヨハネにより書かれているの。

 

だからこの七という数がわかればすべて紐解けるのよ。それは斎主である天皇陛下と皇后陛下の数だったでしょ。この聖数七は聖霊の関与するあらゆるところに現れるの。それは三月三日の七段飾りと七夕の織姫と彦星の数でしょ。黙示録に書かれている最大の祝福が子羊の婚宴でしょ。婚宴が七つのお祝いなのよ。

 

しかしこのお祝いには六六六という呪いが付きまとうの。それが八八八と九九九で結ばれる呪いと祝福なのよ。モーセはそれを悟って申命記にそのように書いていたの。

 

八八八は古事記の倭建命と弟橘姫により示されていたの。その示されていた海から獣が上がってきたの。そして獣の時代が極まった時に九九九の預言が的中したの。天から地に堕とされし驚愕の大王の預言がグランドクロスと共に的中したの。

 

それを的中させたノストラダムスはイッサカル族の末裔と思しき預言者なのよ。弥勒菩薩を的中させた仏陀と同じく十支族の預言者なのよ。ここにも十種神宝が隠れているでしょ。

 

そして驚愕の大王の正体が妖怪釣瓶落としだったでしょ。この釣瓶落としは伊弉諾尊の投げた桃により行われているの。三度行われるはずの鬼の征伐なのよ。

 

そのお祀りが五月五日の端午の節句のお祀りなの。桃太郎さんの剣は金太郎さんのまさかりでもあるのよ。

 

故に七五三の七つのお祝いは婚宴と鬼の征伐の表裏一体なの。征伐される鬼の右の手か額に刻印されるのが六六六印と黙示されていたのよ。

 

天神様の細道を通していただいて七つのお祝いのお札をお納めして、黍団子を分けていただかないと、伊弉諾尊から桃を受けそこない、桃源郷に成仏しそこなうの。

 

最後の一人が黍団子をお受けするまで待つようにとヨハネは幻により示されたと黙示しているわよ。

 

その時を記す暦が三柱の暦でそれは神様の戦車の車輪でもあるのよ。

 

歴史の歯車は刻一刻と刻まれているでしょ。羊は羊飼いの声を聞き分けるの。

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遂に役者がそろってしまったわよ。もうね、頭の中がその様にリセットされているから九月九日の次は十月十日でしょと身構えていたの。十月に入って上から大ネタを落とされていたのはその前振りにしか過ぎなかったの。意識していた十月十日に伊弉諾尊の大桃が落ちて来てしまったの。

 

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落ちて来たのは真名井の鶴亀でもあり大神実命の巨大桃でもあるのよ。

 

三月三日の七段飾りと七月七日の織姫と彦星はすでに控えていたでしょ。五月五日の桃太郎さんの鬼退治も当然視野に入っていたのだけれども、金太郎さんが盲点になっていたの。

 

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ところが桃太郎さんと金太郎さんも八咫鏡の表裏一体だったのよ。この五月五日が七五三の中心なの。すべての中心なの。

 

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龍神様の鯉のぼりと包丁式の両脇に控えていたのが、桃太郎さんと金太郎さんだったのよ。


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これで役者がそろってしまったの。伊弉諾尊の黄泉比良坂の舞台の役者がすべてそろってしまったのよ。

 

お釈迦様を通して伊弉諾尊から投げられた桃が魔訶般若の八正道だったでしょ。それでもお釈迦様の八正道は弥勒菩薩の八正道の前振りにしか過ぎなかったのよ。

 

神道の八正道はお釈迦様の八正道より奥深い真名井に隠されていたのよ。その両方を合わせた物が伊弉諾尊の投げた巨大桃だったの。

 

お釈迦様は弥勒菩薩の降臨を預言し、そのことは御存知だったはずでしょ。弥勒菩薩として来られたメシアも当然御存知だったわよ。

 

お釈迦様の投げた桃を七つのパンで四千人が満腹として示され、ご自分が投げる桃を二匹の魚と五つのパンで五千人が満腹し、残りのパン屑は十二かごと示されていたでしょ。神様の暦の四千年目に仏陀、五千年目にメシアの桃が投げられたの。

 

その仏陀とメシアが投げた桃で神道が出来上がってしまったのよ。神代七代は二柱の一人神と五柱の夫婦神で七代だったでしょ。そこに七つのパンも、二匹の魚と五つのパンも、十二かごも見えるでしょ。

 

造化三神、その後に二柱が加わり別天津神五柱となり、その後が神代七代なのよ。初めから三五七なの。この三五七の舞台が弥勒菩薩の八正道の舞台で、当然のことながら仏陀の八正道が土台になっているのよ。基礎クラスと実践クラスの関係なの。

 

仕掛けたのはどちらも桃を投げた伊弉諾尊なの。その仕掛けの桃がこのブログ内に落ちて来ているの。

 

拾いに来るのは多分その人がメシアの羊だからなの。神道だからね。宗教じゃないわよ。

 

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 阿吽


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今日は中秋の名月。旧暦八月十五日の十五夜のお月見の日なの。

 

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この絵を私が解釈するとね、重陽の節句に調製された菊花酒に月読命が映っているの。

 

その月読命は素戔嗚尊と天照大御神のお使者なのよ。十五夜の七五三のお使者なの。

 

聖書には父と子のお使者がいいなづけを探し、神様にお伺いを立てる誓約の物語が書かれているの。そのお使者として来られたのがこの世においてはお釈迦様であったのよ。弥勒菩薩のいいなづけを探すお使者だったの。

 

 

中秋の名月には仏滅名月の異名もあるのよ。入滅後の五六七の弥勒菩薩なのよ。

 この国の文化は、誰に知られることなく、三柱の神様のお祭りが、魔訶般若の八咫鏡に映されている事が分かるでしょ。

 

 この大和はその根っこから神秘国なのよ。

 

 その月読命がこの星に随伴しながら守護し賜うのよ。

 

 その様に映るのよね。阿吽


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式神様と藁人形は表裏一体の鏡合わせだったでしょ。

 

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 三つ巴紋なんか天の御柱と命の木への入り口の鏡合わせだったでしょ。八咫鏡に映る陰陽に奥深い仕掛けがあるわよね。この九月は奥の奥まで見せられてしまったの。四月ごろに命の木シリーズを書いていた時も脳みそフル回転で頭くらくらしていたけれども奥が知れないのよ。同じこと繰り返しても飽きられるから今日も新ネタいくわよ。

 

ヨハネによる福音書 21 口語訳

4夜が明けたころ、イエスが岸に立っておられた。しかし弟子たちはそれがイエスだとは知らなかった。 5イエスは彼らに言われた、「子たちよ、何か食べるものがあるか」。彼らは「ありません」と答えた。 6すると、イエスは彼らに言われた、「舟の右の方に網をおろして見なさい。そうすれば、何かとれるだろう」。彼らは網をおろすと、魚が多くとれたので、それを引き上げることができなかった。8しかし、ほかの弟子たちは舟に乗ったまま、魚のはいっている網を引きながら帰って行った。陸からはあまり遠くない五十間ほどの所にいたからである。

9彼らが陸に上って見ると、炭火がおこしてあってその上に魚がのせてあり、またそこにパンがあった。 

 10イエスは彼らに言われた、「今とった魚を少し持ってきなさい」。 11シモン・ペテロが行って、網を陸へ引き上げると、百五十三びきの大きな魚でいっぱいになっていた。そんなに多かったが、網はさけないでいた。

13イエスはそこにきて、パンをとり彼らに与え、また魚も同じようにされた。 14イエスが死人の中からよみがえったのち、弟子たちにあらわれたのは、これで既に三度目である。

 

 いつものように抜粋してあるのだけれども、復活したメシアが三度目に現れた時の情景なの。この情景の中に七五三の十五という数が暗示されていると思うのよ。153匹の魚はイエスにすくわれる魚の暗示で1531×5×315なのよ。不思議なのは聖書の新共同訳では

 

ヨハネによる福音書 21 新共同訳

8ほかの弟子たちは魚のかかった網を引いて、舟で戻って来た。陸から二百ペキスばかりしか離れていなかったのである。

 

となっており、その距離が口語訳だと50間となっている事なの。口語訳で見るとこの場面に現れる数が15と3なのよ。この1×5×315というのが七五三の魔法陣の暗示になっているのよ。

 

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 この説が正しいのかどうなのかは、何かこじつけめいていて私も正直自身がないの。しかしね、この場面でメシアが魔法陣のことを語っていたのだとしたら、それはメシアの右手の暗示なのよ。右の手で救われる153匹の魚なの。

 詩編 16:11 新共同訳
 命の道を教えてくださいます。 わたしは御顔を仰いで満ち足り、喜び祝い 右の御手から永遠の喜びをいただきます。

 その他にも見逃せないことがあるのよ。

 

イエスは三度目に現れ、ここで弟子たちと食事しているのよ。それは弟子たちにとって、復活したメシアとの直会の食事の意味があるでしょ。その食事はメシアの用意したもので炭火の上に乗せられた魚とパンだったのよ。

 

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この魚を焼く器が七輪と呼ばれているのはメシアとの直会の暗示になっているのよ。この聖数の七で、後の世の、メシアと復活した弟子たちの婚宴の預言にもなっているのよ。

 

神鳥たちはそのようなことを百も承知だったから魚を焼く器を聖数の七輪とし、ヨハネが黙示した子羊の婚宴を童謡の中で「この子の七つのお祝い」と唄わせているのよ。

 

ここで七五三の十五と結びついてしまうのよ。その奥深さが神道なのよ。こんなこと聖書を読んでいても誰も気が付かないわよね。気が付く私がどうかしているのよ。

 

しかしこのことがこれもまた日本人であればだれでもが知る一枚の絵と結びついてしまうのよ。

 

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  この絵が全てを表しているでしょ。龍神様の貴船に、七福神、マストの十字架の頂点に宝珠、帆はメシアのお体で寶と刺繍されているでしょ。そこに亀が泳ぎ鶴が舞い、蓬莱山である不死山に大御神がかかっているの。もう至れり尽くせりでしょ。

 

それはこの型の型映しなのよ。

 

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 一対のケルビムが聖数七の七福神なのよ。しかしこの絵を見ても日本人はあまりお目出度さを感じられないはずなの。それは式神様と藁人形が表裏一体であることに通じるでしょ。

 

私は聖書と古事記をかなり読み込んでいるから、この絵は紛れもなく七福神の宝船に違いないと思えるのだけれどもね。

 

しかしそれで終われないのよ。七福神の宝船には神道のさらなる恐ろしい仕掛けが施されているの。この解き明かしは宿題にしておくわ。答えの分かった人はコメント欄にでもメッセージしてね。

 

キーワードは鶴と亀と真名井よ。阿吽


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今日は御彼岸の中日でしょ。そのシンボルマークが実はこの紋だったのよ。

 

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麻紋がお彼岸の中日のシンボルって驚きでしょ。

 

ヨシュア記 4 新共同訳

1民がすべてヨルダン川を渡り終わったとき、主はヨシュアに言われた2「民の中から部族ごとに一人ずつ、計十二人を選び出し、 3彼らに命じて、ヨルダン川の真ん中の、祭司たちが足を置いた場所から、石を十二個拾わせ、それを携えて行き、今夜野営する場所に据えさせなさい。」

 7こう答えなさい。『ヨルダン川の流れは、主の契約の箱の前でせき止められた。箱がヨルダン川を渡るとき、ヨルダン川の流れはせき止められた。これらの石は、永久にイスラエルの人々の記念となる』と。」

8イスラエルの人々はヨシュアの命じたとおりにした。主がヨシュアに告げられたように、イスラエルの人々の部族の数に合わせて、十二の石をヨルダン川の真ん中から拾い、それらを携えて行き、野営する場所に据えた 

10主がヨシュアに命じて民に告げさせたことがすべて終わるまで、箱を担いだ祭司たちはヨルダン川の真ん中に立ち止まっていた。すべてモーセがヨシュアに命じたとおりである。その間に民は急いで川を渡った。

15主はヨシュアに言われた。

 16「掟の箱を担ぐ祭司たちに命じて、ヨルダン川から上がって来させなさい。」

17ヨシュアが祭司たちに、「ヨルダン川から上がって来い」と命じ、

 18主の契約の箱を担ぐ祭司たちはヨルダン川から上がり、彼らの足の裏が乾いた土を踏んだとき、ヨルダン川の流れは元どおりになり、以前のように堤を越えんばかりに流れた。

 

ヨシュア記の4章。長いから所々抜粋してあるわよ。ここにお彼岸の中日の由来と皇大神宮の式年遷宮の時の御白石持行事の由来が凝縮されているでしょ。しかもイスラエルを率いたヨシュアという人はメシアと同名の人だったの。イエスと呼ばれているけれどもイスラエルにおいてはメシアのヨシュアなのよ。

 

お彼岸の中日のお祭りは秋季と春季の皇霊祭で天皇の黄櫨染と皇后の十二単のお召し物で行われているのよ。かごめ紋の十二単の麻紋なのよ。

 

そしてそれは隠されたマナであり白い小石であり皇大神宮の御白石でありヨルダン川の真ん中で拾われた十二の石なのよ。永久にイスラエルの人々の記念なの。

 

それが皇大神宮大麻の正体なの。驚いた?。

 

十二月と六月の大祓の縦木と、三月と九月のお彼岸の横木の十字架なのよ。暦まで完全に取り込んでいるから八咫鏡の魔訶般若の暦とわかるでしょ。

 

しかも今日は雑節の社日と重なっているの。社日って何か知らなかったから今日調べたら産土様にお参りする日なのよ。私は産土様の地元にいて数え年十五の時まで過ごさせていただいていたの。私の産土様は八幡様なの。

 

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横須賀市佐野八幡神社

 

子供の頃この佐野八幡神社で七五三の御参りさせていただいたの。今考えると産土様の地元を離れた数え年十五の年のその日に、住んでいたおおもときょうのうしとらのこんじんの祭壇から逃れさせていただいていたのよ。七五三の十五の年の魔訶般若なのよ。

 

ルカによる福音書 12

イエスは、まず弟子たちに話し始められた。「ファリサイ派の人々のパン種に注意しなさい。それは偽善である。 2覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはない 3だから、あなたがたが暗闇で言ったことはみな、明るみで聞かれ、奥の間で耳にささやいたことは、屋根の上で言い広められる。」

阿吽



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