天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

タグ:お釈迦様

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遂に役者がそろってしまったわよ。もうね、頭の中がその様にリセットされているから九月九日の次は十月十日でしょと身構えていたの。十月に入って上から大ネタを落とされていたのはその前振りにしか過ぎなかったの。意識していた十月十日に伊弉諾尊の大桃が落ちて来てしまったの。

 

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落ちて来たのは真名井の鶴亀でもあり大神実命の巨大桃でもあるのよ。

 

三月三日の七段飾りと七月七日の織姫と彦星はすでに控えていたでしょ。五月五日の桃太郎さんの鬼退治も当然視野に入っていたのだけれども、金太郎さんが盲点になっていたの。

 

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ところが桃太郎さんと金太郎さんも八咫鏡の表裏一体だったのよ。この五月五日が七五三の中心なの。すべての中心なの。

 

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龍神様の鯉のぼりと包丁式の両脇に控えていたのが、桃太郎さんと金太郎さんだったのよ。


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これで役者がそろってしまったの。伊弉諾尊の黄泉比良坂の舞台の役者がすべてそろってしまったのよ。

 

お釈迦様を通して伊弉諾尊から投げられた桃が魔訶般若の八正道だったでしょ。それでもお釈迦様の八正道は弥勒菩薩の八正道の前振りにしか過ぎなかったのよ。

 

神道の八正道はお釈迦様の八正道より奥深い真名井に隠されていたのよ。その両方を合わせた物が伊弉諾尊の投げた巨大桃だったの。

 

お釈迦様は弥勒菩薩の降臨を預言し、そのことは御存知だったはずでしょ。弥勒菩薩として来られたメシアも当然御存知だったわよ。

 

お釈迦様の投げた桃を七つのパンで四千人が満腹として示され、ご自分が投げる桃を二匹の魚と五つのパンで五千人が満腹し、残りのパン屑は十二かごと示されていたでしょ。神様の暦の四千年目に仏陀、五千年目にメシアの桃が投げられたの。

 

その仏陀とメシアが投げた桃で神道が出来上がってしまったのよ。神代七代は二柱の一人神と五柱の夫婦神で七代だったでしょ。そこに七つのパンも、二匹の魚と五つのパンも、十二かごも見えるでしょ。

 

造化三神、その後に二柱が加わり別天津神五柱となり、その後が神代七代なのよ。初めから三五七なの。この三五七の舞台が弥勒菩薩の八正道の舞台で、当然のことながら仏陀の八正道が土台になっているのよ。基礎クラスと実践クラスの関係なの。

 

仕掛けたのはどちらも桃を投げた伊弉諾尊なの。その仕掛けの桃がこのブログ内に落ちて来ているの。

 

拾いに来るのは多分その人がメシアの羊だからなの。神道だからね。宗教じゃないわよ。

 

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 阿吽


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妖怪釣瓶落としが飲み込めた人は神道とは何か飲み込めたのではないかと思うのよ。神道において倒語(さかしまごと)で語られている事とは、お釈迦様がお示しになられた二本目の矢を避けるための警告なのよ。その警告はメシアが地上に来られた時にその口から語られていたの。

 

滅びに至るものの方が多いのだから狭き門から彼岸に渡れと。ところがこの世はその警告を無視してまるで玄倉川の水難者たちのようでしょ。メシアの御言葉を聞きいれたつもりになっている人でさえ肝心なお釈迦様は無視しているからね。梵天から灌頂されていたお釈迦様が父から遣わされた誓約のお使者だったの。

 

成仏かお陀仏かの誓約なのよ。藁人形か式神様かの誓約なの。お目出度の鶴亀か釣瓶落としかの誓約なのよ。二択なの。

 

生きていくには様々な選択肢があるでしょ。その選択肢は神仏の二択に比べたら二の次三の次のはずなのよ。涅槃の八正か六道の煩悩かということでしょ。

 

それをグレーゾーンとして遊んでいたら完全にお陀仏でしょうに。警告に耳を傾け避難するか遊び続けるかの二択なの。何が起きようと自業自得なの。警告を無視した水難者たちは世間から同情されなかったでしょ。それがノストラダムスの預言的中の時期に起こっていたことなのよ。

 

私の見るところによると預言の時に天に現れていたグランドクロスは、令和の今年になって地上のグランドクロスとなっているわよ。そのような時代に入ってしまっている事はすでに多くの人が感じているはずなの。多くの人が感じているということはもう増水が始まっているということでしょ。

 

しかしどのように逃げたらいいのかわからないものだから中州にとどまってしまうのよ。みんな一緒だから安全と脳が正常性のバイアスを働かせるの。

 

今の時代はねみんなと同じ考えでは危険なの。増水が始まっているでしょ。そろそろ大詰めでしょ。

 

誰しもが一本目の矢を受けるのだからそれは置いておいて、二本目の矢から避難することに専心しなければお陀仏となるの。

 

みんなのことを気遣う気持ちはわかるけれど囚われていると逃げ遅れるわよ。

 

盲人よ、まず自分の目の中にある材木を取り除けなの。そうすればよく見えるようになって人の目にあるおが屑を取り除けるようになるであろうなの。

 

人のことを気遣うのはメシアの御言葉に従い自分が彼岸に避難してからなのよ。そうしないと妖怪釣瓶落としの巻き添えを食らいかねないの。そこに釣瓶落としの罠があるのよ。阿吽


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今日は中秋の名月。旧暦八月十五日の十五夜のお月見の日なの。

 

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この絵を私が解釈するとね、重陽の節句に調製された菊花酒に月読命が映っているの。

 

その月読命は素戔嗚尊と天照大御神のお使者なのよ。十五夜の七五三のお使者なの。

 

聖書には父と子のお使者がいいなづけを探し、神様にお伺いを立てる誓約の物語が書かれているの。そのお使者として来られたのがこの世においてはお釈迦様であったのよ。弥勒菩薩のいいなづけを探すお使者だったの。

 

 

中秋の名月には仏滅名月の異名もあるのよ。入滅後の五六七の弥勒菩薩なのよ。

 この国の文化は、誰に知られることなく、三柱の神様のお祭りが、魔訶般若の八咫鏡に映されている事が分かるでしょ。

 

 この大和はその根っこから神秘国なのよ。

 

 その月読命がこの星に随伴しながら守護し賜うのよ。

 

 その様に映るのよね。阿吽


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創世記 3 新共同訳

 24こうしてアダムを追放し、命の木に至る道を守るために、エデンの園の東にケルビムと、きらめく剣の炎を置かれた。

 

創世記 3 口語訳

24神は人を追い出し、エデンの園の東に、ケルビムと、回る炎のつるぎとを置いて、命の木の道を守らせられた。

 

この剣ね、真名井の奥に隠されていたわよ。見つけてしまったわよ。ある時解脱という言葉を意識したその日に、それが回る炎の剣の入り口だと直覚してしまったことはこのブログで何度も書いてきたの。

 

しかしその型示しは私が生まれるはるか以前から、神道の中で誰でもが眼にすることのできる形で示されていたのよ。しかしそれは誰の目からも隠されて来たの。

 

なぜかというとその剣が置かれた当初から唆す蛇にたぶらかされる街場のサイキッカーが後を絶たなかったからなのよ。現代の宗教界やスピリチュアルの世界はそのような街場のサイキッカーの天国なの。

 

そのような現代の状況を集約する縮図として見せられたのが地下鉄サリン事件だったの。あの教祖様は正規の入り口を通り解脱したわけではなかったのに、同じような街場のサイキッカーの王様に活仏と言い渡され、その気になってしまったのよ。

 

その挙句に逮捕され社会生命を絶たれ、死刑になり実生命を絶たれたでしょ。二本の矢を受ける人の型示しだったのよ。

 

それはね、入り口を見出して通していただいたわけでもないのに、したり顔でわらわらと盲人の手引きをしている街場のサイキッカーのカリカチュアでもあったのよ。

 

そのような盲人の手引きに引きずられて抜け出せない人のカリカチュアがあの教団の信者さんたちだったの。

 

そのような宗教やスピリチュアルなどに惑わされずに安全に生きているように見えても、実はグレーゾーンで遊んでいるだけで、脱出口を見出せずに死する人たちのカリカチュアが玄倉川の水難者達だったの。

 

平成の時代とはそのような時代だったの。社会全体がカルト宗教のように変質している事が型として現れた時代だったのよ。ランキング上位のブログをチェックしてもその様な街場のサイキッカーしか見当たらないからね。それはね、創世記の時代に始まり多分終わりの時まで続くのよ。

 

そのような禍事を避けるための入り口が創世記に示され、古代日本にその入り口が開けていたのよ。

 

いくわよ。

 

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真名井神社の六芒星が三つ巴紋に変更されたでしょ。その三つ巴紋にケルビムと回る炎の剣が隠されていたの。

 

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神社の巴紋は左巴紋なのよ。しかし八咫鏡が神道のお約束でしょ。前面の後面透過としてその鏡に映してみると正面の姿は右巴紋として映るの。

 

その右巴紋には666999がだまし絵のように映り込んでいたでしょ。そして左回りと右回りに分かれているでしょ。

 

天の御柱を左から回った伊弉諾尊と、右から回った伊弉冉尊なのよ。

 

その伊弉冉尊が天照大御神であり式神様だったでしょ。その式神様の十字架により復活を見せられた弟子が666999の戦であるメギドの丘のことを黙示録に記述していたの。

 

そのようになるほどと理解して巴紋を見るとそこに回る剣が見えるでしょ。剣が見えればその剣を振るう神様が父神と子なる神とケルビムとされる天の聖霊とわかるでしょ。

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それが元伊勢籠神社の社紋で十種神宝なの。ここが入り口だったの。貴船の上陸地点だったことを示しているのよ。ここが東に置かれた命の木への入り口だったのよ。

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 御父と御子とケルビムの廻る炎の剣で守らせられていたのよ。

 

しかしね、民間人がこの入り口を通していただくためには条件があるのよ。

 

神宮から賜った鑽り火と草薙剣で敵の炎を返り討ちにしなければこの入り口は通していただけないの。それが倭建命の焼津なの。

 

それはお釈迦様が魔訶般若をお説きになられたインドを暗示していたでしょ。熾燃の煩悩を吹き消さなければ人は涅槃に至れないというのが、入り口を通していただくための梵天による定めなのよ。

 

人はその梵天による定めを無視するから、この世においてもあの世においても赦されることなく、藁人形として七殺の祟りを受けるの。それが聖書に書かれている事なの。

 

そのお印が日本人であればだれでもが知るお社の三つ巴紋であり、命の木への入り口であり、お社の鳥居なのよ。街場のサイキッカーなど無用の長物でしょ。産土様とお釈迦様だけで十分なの。神様仏様だけで十分なの。

 

通していただくと帰りはめちゃくちゃ恐いけれども、式神様のお名前にしっかりと縋り付いていれば大丈夫よ。通していただいてから裏切ったら一巻の終わりよ。

 

阿吽



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1980年代後半の昭和も終わろうかという時代にチャネリングなどというものが流行り始めたでしょ。そして今ではスピリチュアルの世界ではアセンションが当然あるものの如く人口に膾炙しているでしょ。

 

私に言わせると元パリサイ人の預言者が語った空中携挙の世界版なのよ。スピリチャルの世界ではそのようなことが平然と信じられているの。

 

そのようなことを信じている人たちにとっては、日本に降りてきた神示などというものもとても相性がいいのよ。私もいろいろ片足を突っ込んでみたけれども、式神様から足を洗っていただいて目が覚めたの。

 

日本人は産土様が式神様という摩訶不思議な般若の中に生まれてくるでしょ。その産土様との紐帯の中に割って入り、八通りにたぶらかそうとする偽預言者とパリサイ人のパン種に注意するように言い広められているでしょ。

 

神仏だけで十分なのよ。聖書に名のある真正の預言者とお釈迦様だけで十分なの。

 

梵天の灌頂を受け、魔訶般若波羅蜜多を悟った者は二本目の矢は受けないと先鞭をつけたお釈迦様だけで十分なの。

 

その神仏との紐帯に割り込んでくる怪しげな魍魎に八通りにたぶらかされていると、藁人形をつかまされ、後で大馬鹿を見るのよ。

 

たぶらかされるのはいともたやすいことだけれども、一本目の矢を受けるまでに神仏を見出し、魔訶般若の賜物をお受けするのは一筋縄ではいかないわよ。たぶらかされている暇などないはずなの。

 

阿吽


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丑の刻参りってあるでしょ。丑三つ時に神社のご神木に藁人形を打ち付ける呪い。絶対にやってはだめよ。丑寅の金神様の七殺の祟りが必中するからね。

 

この呪詛はねメシアの十字架の呪詛なのよ。メシアに論破され殺意を抱いたパリサイ人たちがご神体を命の木のご神木に三本の釘で打ち付けたの。

 

人を呪わば穴二つという言葉があるでしょ。この言葉正しく理解されていないと思うのよ。

 

玄義はね、人を呪うものは二度の死を免れないということなのよ。お釈迦様は魔訶般若波羅蜜多を悟る者はこの二本目の矢を受けないと諭されたの。それが呪いの藁人形に秘められている意味なの。

 

鏡を首から下げ、釘付けにされた藁人形を鏡に映すところなど、岩戸開きの時の八咫鏡に映った天照大御神とまるで同じでしょ。八咫鏡に呪いと祝福が透過して映されているのよ。

 

私のことを信じない者が私を殺すのであるとメシアはお語りになられたの。メシアを信じない人がメシアを藁人形として扱うという最恐の呪詛なのよ。

 

怖いのはね、天照大御神をこの世的なご利益の神様としか見ることのできない日本人の信仰の浅はかさなのよ。上がってきた獣に憑依されている事が丸わかりでしょ。六百六十六の刻印。その刻印は大御神の魔訶般若のお祓いを受けなければ祓い清めができないの。

 

その祓い清めの人形が、安倍晴明さんが駆使した式神なの。式神の式は式年の式よ。定められたという意味。根本の大神により祓い清めの神と定められているから式神様なの。それが天照大御神でしょ。

 

だから大祓の時の紙の人形や流し雛などが、人の罪穢れを移されお焚き上げされたり、川や海に流されることが何を意味するのか判ろうというものでしょ。走水の海で倭建命の身代わりになり入水された弟橘姫なの。

 

それらの人形が七五三の雛人形なのよ。内裏雛は素戔嗚尊と天照大御神の雛形の人形なのよ。そのようにして張られていた〆縄が七五三縄なの。

 

しかし大和の信仰がおぼつかないものだから獣に付け込まれ、張られていた〆がゆるゆるなのよ。

 

天照大御神を藁人形として扱い六百六十六の刻印を打たれることの愚を避けるためには、魔訶般若の式神様のお祓いによらなければ無理とわかるはずなのよ。

 

私はもうお雛様を飾る機会などないと思うのだけれども、飾るとしたら古事記由来の古式にのっとった、左上右下の京雛の飾り方が無難と思うのよね。

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竜と獣と偽預言者と現代とのつながりで時代感覚共有できたかしら。共有されていなくても進めていくわよ。

 

初めの獣が上がって来た時に憑依が始まったの。その憑依に拒絶反応が起こり、その絶頂で獣が天から火の雨を降らせたの。そしてその憑依が決定づけられた時に死んだはずだった獣が上がって来ていたのよ。

 

近代バチカンではね、エクソシストの不足が深刻化していて養成に乗り出しているらしいわよ。日本人からしたら笑い話に聞こえるでしょ。エクソシストなどまるで必要とされていないからね。

 

マタイによる福音書 8

 29突然、彼らは叫んだ。「神の子、かまわないでくれ。まだ、その時ではないのにここに来て、我々を苦しめるのか。」

 

この聖句の彼らとは悪霊に取り憑かれた二人の人なの。この憑依された人の言葉で判ることは、悪霊はメシアが近づくだけで苦しみだすということなの。だからメシアの魔訶般若の神国大和には悪霊などは恐れて近づかないはずでしょ。だからエクソシストなど必要はないの。大御神のお祓いで〆が張られているのよ。

 

私に言わせると元パリサイ人の預言者により布教されたキリスト教会とは、メシアのユダヤ教に憑依したキリスト教なのよ。だから悪霊が跳梁跋扈して当たり前なのよ。その元を作ったのがパリサイ人なの。

 

マタイによる福音書 3

7ヨハネは、ファリサイ派やサドカイ派の人々が大勢、洗礼を受けに来たのを見て、こう言った。「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。

 

この聖句でファリサイ派と表記されている人たちがパリサイ人よ。洗礼者ヨハネはイエスの十字架に二年以上先立ってこの時期に、洗礼を受けに来たパリサイ人を蝮の子らよと呼んでいるのよ。

 

預言者の言う蝮の子らというのは、唆す蛇の子らということだからね。そそのかす蛇とは悪霊の頭でサタンなの。この時ヨハネはパリサイ人をサタンの子らと呼んでいるの。

 

メシアの仇敵がこのサタンでしょ。あっけなく退けられたけれども。そしてメシアが宣教を始めた時にこのパリサイ人らも鋭く対立してあっけなく論破されたのよ。そして殺意を抱くに至りメシアの十字架へとつながったの。

 

その後メシアの弟子で初めての殉教者が出た時に、その殉教者を石で撃ち殺す人たちの着物の番をしていたパリサイ人がのちの預言者なのよ。

 

この元パリサイ人の預言者に布教されキリスト教会では今に至るまで、この預言者がどのような福徳でメシアに選ばれたのかという説明は一切なしなの。この預言者はキリストについてお説教するのだけれども、どうして殉教者殺しの共犯の自分が預言者として選ばれたのか一切説明なし。

 

ただ突然目が見えなくなりイエスの声を聴き目が見えるという異変があっただけなの。異変であれば下っ端の悪霊でも起こすでしょ。

 

その預言者の語った空中携挙を頑なに信じるバチカンで悪魔祓い師が足りていないのよ。空中携挙を信じる日本人の数が1%以下なのもうなずけるでしょ。

 

メシアの復活によりさらに退けられたサタンはその後、魔訶般若の大和に獣を送り込んだのよ。その帰結が昭和の大激変だったでしょ。その激変を経て憑依が常態化してしまったのよ。

 

その憑依の証拠が安全保障条約の同盟関係で、お友達の間柄なのよ。龍神様の龍体に獣が憑依しているの。この世は神様の体内だったでしょ。

 

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そこに竜と獣と偽預言者が憑依しているのよ。黙示録を書いたヨハネの時代からそうだったの。その時代感覚を共有していた神鳥八咫烏により書かれた古事記も当然その時代感覚を共有しているわよ。

 

龍神様の龍体に悪竜が取り憑いて八岐大蛇となっているのよ。だからその大蛇の体内でどのような陰謀が画策されていても驚くに値しないでしょ。

 

やがて素戔嗚尊が大ナタを振るわれ、十束の剣で八つ裂きにされるでしょ。そしてその時には天の叢雲の剣が調製されていて、大御神に調進されると預言されているのよ。

 

その後悪竜らは千年の間縛っておかれるの。そして子羊の七つの婚宴の大宴会の後に、審判のために解き放たれるの。そしてお約束通りに黄泉の穴に落ち、その穴が千引の岩戸で閉ざされるのよ。

 

大御神の岩戸は永遠に開かれているのだけれども、千引の岩戸は永遠に閉ざされるの。その後が八千代なの。

 

それが聖書と古事記とお釈迦様のつたえの天照大御神の倒語(さかしまごと)なの。

 

羊飼いの声を聞き分ける羊は大蛇の体内で、調進するべき御神宝の調製に余念がないのよ。


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日本列島には丑寅線上に〆が張られていたでしょ。

 

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この丑寅線なのだけれども結構侮れないのよ。桃太郎の鬼門の方角でもあったでしょ。日本の国土の配置でもあるでしょ。そして古事記の倭建命の東国の道行きのラインでもあるのよ。

 


 このラインね、相当奥が深いのよ。このライン上にお釈迦様のことまで詰め込まれているのよ。見つけてしまったの。

 

結構昔から日本列島雛形論というのがあるのよ。謎の神典とされる竹内文書などを根拠としているの。あの予言者もその提唱者とされるのだけれども、今の私は八通りにたぶらかす使命を帯びていただけの人と見ているの。その人のことはさておいて。

 

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要は、日本列島は世界大陸の配列の雛形であるという論なのだけれども、見たところ全くその通りと思えるのよ。神変不可思議なの。神変不可思議な体験などけっこうさせられている私にしてみればそのようなことにも、もはや驚かないのよ。

 

あの竹内文書に記述があるくらいだから、古事記の時代の神鳥である八咫烏にとっては、当たり前のことだったはずなのよ。古事記はそれをすべて倭建命の東国の道行きで暗示しているのよ。

 

その道行の焦眉はお伊勢様で神剣を授かってから、弟橘姫が走水の海で身代わりの入水をし、倭建命が対岸に渡るところまでなの。

 

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この道行きの図を世界地図に当てはめてみると、

 

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このようになるでしょ。このルートはエルサレムの神殿にあった掟の箱の渡御のルートなのよ。その始まりが皇紀の紀元なのよ。そしてそのルートの中間地点に、お釈迦様が梵我一如をお説きになられたインドが位置しているの。雛形の相似象で考えるとインド亜大陸は静岡県なのよ。それが倭建命の道行きで示される焼津なの。この焼津で草薙剣が振るわれ敵の火を返り討ちにしているの。そしてこの物語が、ケルビムと回る炎の剣で守らせられている命の木の入り口を示していると、初めの頃に書いておいたのよ。

 

そして色々考察してきて雛形論を当てはめてみると、この地域で煩悩の炎を滅却するための解脱が、お釈迦様により説かれていたでしょ。静岡県人の人当たりの柔らかさは人並みではないわよ。

 

私はお釈迦様のお説きになった解脱という二文字が頭に浮かんだ日に、これがケルビムの入り口だと直覚してしまったことは何度も記事にしているでしょ。

 

古事記の記事で契約の箱のルート上にお釈迦様のことを暗示しているのよ。そしてその二つのことは弟橘姫の身代わりの入水と無関係ではないでしょ。お釈迦様が予言していた弥勒菩薩と無縁ではありえないのよ。

 

古事記はそのように奥深い倒語(さかしまごと)で示してきていたのよ。

 

驚くべきは都が京から関東に移される、そのような時代に走水の海に黒船が現れることの預言にまでなっていると読める事なの。それはエルサレムから掟の箱が渡御したその先に獣が上がってくる時代が訪れ、ヨハネの黙示録とつながってしまったという事なのよ。

 

そう考えれば現代における京雛と関東雛の併存は、ただこの国における欧米化の象徴ということのみにとどまらず、命の木をお預かりするこの国に張られている、丑寅の〆縄に関わる重要な意味あいがあるでしょ。

 

今日はお彼岸の入り。掟の箱はヨルダン川の中州にとどまりイスラエルを渡河させたの。その中州に対応しているのがお釈迦様のインドであり、倭建命の焼津なのよ。お彼岸の渡河の中日なの。

 

とどめさしの艮の金神様の物語なの。丑の刻参りなどというものまであるでしょ。藁人形と流し雛よ。

 

探るほどに奥の深い真名井の深淵なの。

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あのね、壇上から何か言っている人のいうことはあまり真に受けない方がいいわよ。

 

お釈迦様に笑いの天国に往生すると思うがどう思うかと尋ねた歌舞伎聚楽主に、お釈迦様はそのようなことは尋ねないが良いとお答えにならなかったの。しかし歌舞伎聚楽主がしつこく三度まで尋ねるものだからお釈迦様はお答えになられたの。

 

壇上で人の煩悩を煽り笑わせているからには死後悪趣に堕ちると。




 

今でいうお笑い芸人さんなのよ。しかしね、壇上から人の煩悩を煽ることを売り物にしているのはお笑い芸人さんだけではないでしょ。たまたまお釈迦様にそのように尋ねたのが当時のお笑い芸人さんだったということなの。

 

現代では政治、経済、学問、宗教、芸術、芸能、娯楽と、それらを伝える報道に至るまでのすべてが人の煩悩を煽ることで延命を図り目的を達しようとしているでしょ。

 

この国では人の煩悩を煽り、葬式を売り物にしている仏教が一番わかりやすいのよ。

 

お釈迦様はしつこく尋ねる歌舞伎聚楽主の煩悩に冷や水を浴びせたの。それでその歌舞伎聚楽主は目が覚めたと仏伝では伝えられているのよ。

 

そのような仏伝は学問の世界を通して伝わっているの。けれども、知っている学者の先生もなぜか見て見ぬふりをしているのよ。

 

それは学問が世間に冷や水を浴びせ覚醒させるのが使命ではないからなのよ。

 

お釈迦様亡き後、誰も後を継がないのであれば、覚醒させていただいたこのブログがするしかないではないの、というのがこのブログのはじめからの主旨なのよ。荷が重すぎるの。

 

荷が重過ぎるけれども感謝の念に駆られて皇大神宮におかげ参りしたら、不思議な風に吹かれてしまって、そのような重たい十字架をポンと背負わされてしまったの。

 

帰ってきた当初は他のこと何もさせてもらえなくてブログ記事しか書けなくさせられていたからね。今でもそれに近いものがあるけれども。

渡る世間に冷水思い切りぶちまけたのがメシアだったでしょ。メシアの弟子と称して世間に耳触りの良いお説教を垂れ流しているパリサイ人の生臭いパン種に注意しなさいなのよ。

 

しかし今の世の風潮では煩悩の炎をもっと激しく燃え盛らせるための燃料しか供給されないし、求められてもいないの。

 

世の中から求められていないというのがこのブログの背負っている重たい十字架なのよ。

 

その様に重たい十字架でも背負い、私について来なさいというのがメシアの御言葉なの。しかしね、メシアに従うと重たい十字架でも軽々と担えるところに魔訶般若が存するのよ。

 

賜わった命の調製なのよ。

 

熱心な人は三度まで尋ねるの。そして仏の顔も三度までなのよ。

 

阿吽


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宗教にはまる人って心霊体験の持ち主が多いでしょ。私もその様な体験がないわけではないのよ。心霊体験とかではなしに正真正銘の魔女、生身の魔女に遭遇したこととかもあったのよ。

 

その時私はそのようなことがあってもおかしくはないと既に訓練されていたので、目の前で見えたことを見えぬふりをして冷静にやり過ごしたの。びっくりしていたのは魔女さんの方だったのよ。正体見抜かれたかと、かなり慌てふためいていたわよ。世の中にはその様な生き方をしている人もいるのよね。

 

そんな事とか別の場所の弁天様のお祭りに連続でお参りした日の夕刻、ある霊能者の滝行の写真を見せられたの。その写真には滝のしぶきの中にはっきりと龍神様が映り込んでいるのよ。その写真を見つめていたらいきなり人の目が見えてきて、あげくの果てに何人もの人の目がこちらを見つめているのよ。

 

映り込んでいるのではなくて写真の中から無数の目がこちらを見つめているのよ。その時初めての背筋が凍り憑く体験をしたの。それでその霊能者に関わりそうになったのだけれども、その人の書いた文章を預かり読んだ後に、預かっておれなくなって即座に郵送で送り返してしまったの。

 

書かれていた文章は小学生の作文程度の稚拙な代物だったのだけれども、その冊子が発している邪気が半端なものではなかったのよ。関わっていると体の一部を失うと直覚したの。

 

その霊能者さんはすでに糖尿病で足の指切断の憂き目にあっていたのよ。そして後に気が付き、あの写真から覗いていた人の目は死んだ幽霊の目ではなく悪霊の目だったと今では疑い得ないの。引きずり込まれそうになっていたのよ。

 

なぜか間一髪でいつも守られるのよ。そのような体験により弁天様や龍神様に霊的感性を洗っていただいているという感覚なの。


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そのことより以前にカルトの宗教にはまったのは霊感によるのではなく私の煩悩が噴出して収まりがつかなくなってしまっていたからなの。私は別に霊感が強いとか霊能があるとかまるで思わないの。逆にそんなこと思うことの方が危険だと思っているの。落とし穴にはまるのよ。

 

カルト宗教からは重度のうつ状態に見舞われることで不思議と、だめだこの教会と瞬時に目覚めさせられたの。そうしたら部屋にあったその教会の資料、冊子が異様な違和感を発している事に気が付いたの。

 

その様だから脱会を即座に決意し資料を丸ごと処分して部屋に戻ったらいきなりそれまでのうつが一気に晴れ、霹靂のように解脱という二文字が浮かんできたの。

 

そこが入り口だったのよ。いつもなぜかそのように守られながら訓練させられるのよね。その結果として霊能者や宗教は信じてはいけないとなり、今では神示や偽預言者やパリサイ人のパン種のからくりが手に取るようにわかってしまうの。

 

メシアから助け手を送られるということははっきり言って異変なのよ。それも霊的異変なの。メシアは、神は霊だから霊により礼拝しなければならないと御言葉しているの。だから霊的異変に見舞われなければならないのは、いわば定めなの。

 

その時にへたに霊能者や宗教者としての自負があると、そのおごりによりメシアにつまずき、落とし穴がぽっかりと口を開けるのよ。

 

そのような危険をきれいにクリアしてでも、人は新たに生まれなければ御国には入れないとメシアが御言葉されているの。生まれつきの霊能者でも新たに生まれなければ無理なのよ。

 

だからメシアの御言葉に従い偽預言者やパリサイ人のパン種をはっきりと見切らないといけないのよ。虎穴に入らずんば虎子を得ずということもあるのよ。人によっても違うのかもしれないけれども私の場合はそうだったの。

 

そのような場合に登竜門を安全に通していただくためのお師匠様がお釈迦様なの。怖くて虎穴に入れない人は宗教の教義や神示を買わされ知識の蓄積で安心しようとするのよ。

 

そういう人の信仰話は生臭いお説教ばかりで聞いていても読んでみてもちっとも面白くないでしょ。臆病なものはメシアに嫌われると聖書には書いてあるわよ。

 

どうやら神様がそろそろ偽預言者や神示のからくりを暴けとおっしゃっているようなの。

 

私霊能者や宗教家ではないからね。ただ御言葉に従い、霊によりメシアと御父を礼拝するただの人よ。

 阿吽


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