天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

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私ね、インターネットに接続した時に初めて思ったのは、世界はどのように動いているのかしらということだったの。ウィンドウズ98だったから二十年越しね。そしてね、前の記事で竜と獣と偽預言者のこと書けるまでに理解が進んだのよ。タブーに触れるから国名は伏せたけれど。タブーでない国は実名で書けるわよ。全て聖書の登場人物で表現できてしまうの。

 

ヨーロッパはパリサイパウロの国。ロシアも同じ。争いが絶えなかったのは政治哲学と地政学によるせめぎあいに見せかけた権力者たちの権力闘争ではなかったかしら。

 

アリストテレスの「政治学」だったかしら、今まで読んだ本の中で一番固い本なのだけれど、読んだことあるの。それで学問っていったい何だったのと考えるの。聖書のイスラエルが創造と救済を伝える媒体なのだと気が付かないのだけれども、頭の良い人が、他人の思いつかない説を構築してそれがいつの間にやら、学問のスタンダードとして確立されてしまったのではないのというのが私の理解なの。

 

その中で最悪なのが進化論。この国で受信料取りながら垂れ流している放送局があるでしょ。そしてこれら学問の発祥の地が今のパリサイパウロの国となっているのよ。キリスト・イエスが偽預言者に注意しなさいと言った通りでしょ。

 

そのほかではアラブ国家はイサクの兄のイシマエルの国ね。このイシマエルの国々とイスカリオテのユダの国が犬猿の仲なの。魔王がこの地帯を火薬庫にしてしまったのよ。魔王はこの地帯の石油から得られる収入の柱と火薬から得られる収入の柱をすべて独り占めにしたいという誘惑に駆られているのかしら。とにかく金と権力の権化なの。

 

この魔王の娼婦の国が表向きパリサイパウロの国でもあるの。人種のるつぼと化しているのだけれど、このるつぼから死の灰まき散らし続けているのよ。その内にメルトダウン起こすのではないかしら。英語なんか学ぶ必要ないでしょ。私はやめたわ。

 

お隣の国は反日国家でしょ。これなんかもろにアンチキリスト国でしょ。そのお隣の中国は腐敗で有名な中共が牛耳っている金と権力の国。共産主義とは唯物の無神論でしょ。この隣国たちを聖書の登場人物で表現すると「こらあかんわの国」となるのよ。コラとアカンというのはね、モーセやヨシュアの時代に神様の逆鱗に触れて一族郎党滅ぼされた人たちの名前なの。

 

そうそうインドも忘れてはならないわよね。インドはねブラフマ、ビシュヌ、シバという三柱の神の国でありながらバラモンが牛耳ってきたの。このバラモンは聖書には登場しないのだけれども、チベットで見つかった「聖イッサ伝」という書物の中でね、イエスがカースト下位の人たちに天の御父という神のことを教えていたので、頭にきてイエスを殺そうとしたと書かれているのよ。

 

そのバラモンのカースト上位にお墨付きを与えているのが転生輪廻の迷信なの。信仰心の厚さではインド人かイスラム教徒でしょ。その熱き信仰心でカースト下位の人たちまで迷信をこよなく信じているから、政府が禁止してもカースト制度はなくならないの。

 

アフリカの人たちを聖書中の人物で表現しようとしたらハム。ここはそれ以上ふれないわ。

 

このように大枠が理解出来てしまうとその国の人たちがどのような信仰でまとまっているかを見れば、表向きの善良ぶった政治姿勢などに惑わされることなく、わたし的には、そうか、世界はそのように動いているのかと理解できてしまうの。

 

神仏をどうとらえているかで透けて見えてしまうのよ。何しろ二つの目ではなく三つの目で見せられるから3D的に見えてしまうの。この国のことはこのブログで散々書いてきたからもうお分かりでしょ。破れ傘では雨ジャージャーなの。



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この世の宗教はね創造主を完全にないがしろにしているわよね。この創造主をキリストは天の父と呼び、仏陀は梵天と示し、ヒンズー教ではブラフマとして示されているでしょ。しかしキリスト教徒は三位一体とか言って御父を識別しないし、仏教は釈迦如来とか言って梵天を仏陀の下位においているし、ヒンズー教ではシバ派とビシュヌ派に分かれていてブラフマは不人気だっていうのよ。

 

私は以前カルトと称されている事を知りながらキリスト教会に所属していたことがあるの。その教会は三柱の神を識別していたからなの。ところがその識別の仕方でとんでもない誤謬が教義になっている事を悟り即座に脱会したの。その教会では信仰を知らない十代の少年が森に入り祈ったらキリストと御父が姿を現したことになっているのよ。この少年が教祖になっているのだけれど不良少年だったらしいのよ。しかしこの教会では預言者とされているの。

 

今の私の知るところでは御父と御子と聖霊の玄義は、御子を救い主と信じ、救い主の父に祈り、その信仰が義とされるまでに高まった時にレインジャーの聖霊が派遣され有無を言わさずに救われるということなの。聖書はよく読むとそのようにしか読めないの。

 

弥勒菩薩を信じ、梵天に祈りが通じた時に大自在天が派遣され虚空蔵の求聞持法により悟りを得、救われるというのがお約束なの。この世の宗教はどういうわけかすべてそのお約束から逸脱しているのよ。キリストがはっきりそのことを聖書で示しているにもかかわらず逸脱し創造主を貶めているのよ。神道でも古事記で、天照大御神より尊い神様がいますことが語られているのに神道家たちはそれを理解して広めようとしないのよ。これはどういうことかというとこの世の宗教家たちが御父と御子に敵対する阿修羅たちで、キリストが注意するよう促したパリサイ人のパン種により養われ、キリストからのパンを受けようとしない人達だとしか理解できないのよ。そのような盲人が手引きしているの。

 

手引きを受けない阿修羅たちもこの世の富や娯楽その他にご執心なの。神様の救済を必要と感じないのだから救いようがないのよ。創造主である神の喜捨、お布施により命の息と食と水を与えられ生きていけるのに、感謝するということを知らないの。そのお布施に対して信仰による感謝というお供物をお供えしなければ神様の怒りを招くなどと思ってもみようとしないの。創造主から救世主という神のパンを与えられたことを無視してただで済むと思っているのだから、この世は本当に始末に負えないわ、よ、ね…。



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 現代の中東ではねイエスにつまずいたイスカリオテのユダの宗教と、イスカリオテのユダに入ったサタンにもう一度入られたパリサイ人の宗教を、同じく受け継いだヤペテの裔の二宗教が、イサクの兄弟の末裔に払い下げられた廃都をめぐり血みどろの戦いをしているの。

 

この二宗教のヤペテの裔はねセムの末裔のイスラエルに与えられた聖書の管理者としてふるまっているけれど聖書の読み方なんか全然知らないの。とにかく自分たちが神様の管理者でなくては収まりがつかない人たちなの。

 

中東も極東もセムの天幕として神により祝福されているのにそこにあるものは他人のものでもなんでもみんな欲しがるの。手に入れても神の道から外れた宗教だから中世に暗黒時代を招来したり、後にはハムの子孫まで奴隷貿易で扱い人身売買者になってみたり、アジアの植民地経営者だったり、いきなり払い下げ地に国家を強引に樹立して火薬庫にしてしまってみたりで、今でもその性格は変わらないわよ。

 

極東ではね、失われたイスラエルが繁栄しているのだけれど少し前に大チョンボしたのよ。同じセムの裔の他民族を植民地にしてしまったのよ。その人たちはそのおかげは十分享受しているのだけれど、あやまっても絶対に許す気ないの。こちらを同じ目に合わせなければ留飲が下がらないわよあの人たち。それほどやってはいけない大チョンボだったの。セム同志でヤペテの裔の真似をしても許されると思ったのが大きなつまずきの元なのよ。

 

そのおかげで失イスラエルとして神様から大目玉を食らったの。一応禊をして許されたのだけれど、分断国家となってしまった隣国の恨みは残りとても厄介な状況ではあるの。それに輪をかけて、当の失イスラエルは自分の蒔いた種を少しも悟らないから始末に負えないの。ヤペテの裔の真似をしたということが恥ずべきことだったと悟らないのよ。そこにはね、失イスラエルのヤペテコンプレックスがあるの。天照大御神の失イスラエルだなどとは思ってもみようとしない、まるで愛国心ということを知らない拝金主義の不気味な国民になっているわよ。

 

その他にも別ヤペテや共産主義というヤペテの遺物にこだわらざるを得ない時代遅れの大国とも国境を接していたりして厄介な土地柄ではあるの。問題山積で失イスラエルに神様が課した試練なのね。そこに乗じて他人のものは何でも欲しがる、あの二宗教が合体してできている不気味国が、極東の真ん中の長脛彦の裔の島に基地をおいて保安官としてふるまっているという厄介さ。

 

でもね、イエスは諸刃の剣ですべて切り分けているからよく目を凝らして見ればいったい何が起きているのかシンプルに悟れるの。ひとつ前の記事で書いたけれども、人類はイエスの弟子だった、イスカリオテのユダの立場とぺテロの立場に切り分けられているの。極東にそのイエスが天照大御神として祀られており、失われたイスラエルの神道が主人の家のテーブルとなり人知れずそこにあるの。

 

中東でも極東でもその厄介さの中で、あるいは長閑な田舎でも、セム、ヤペテ、ハムの末裔は様々な国柄に生まれていて、神により授かったその人生において、イスカリオテのユダの立場とペテロの立場とどちらに身を置くのか、イエスの手に持つ箕で篩い分けられて人生を終わるの。終わった後のこともベストセラーの神様の書物には書いてあるわよ。


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