天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 十種神宝

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神道に伝わる十種の神宝とは一体何なのか。それがこの記事のテーマだ。

結論から言ってしまおう。それはモーセによりもたらされた十戒である。

それを日本の古史古伝は十重二十重にカバラの倒語(さかしまごと)

秘匿してきのだ。

 

この神宝は饒速日命が保持していたことになっているが、

日本書記には饒速日命は物部氏の遠祖にあたると書いてあるのだ。

物部氏が国津神なのだ。それを日本の古史古伝では

国津神から天津神に国譲りがなされ大和朝廷につながる物語としている。

 

日本書記には饒速日命も天神の子と書いてある。

日本書記では天神をあまつかみと読ませているのだ。

先にこの列島に渡って来ていた物部氏と後から渡って来て、

東征した神武天皇の間で政権移譲のようなことが行われたということなのだ。

 

そしてどちらも天津神としての同族なのだ。

先にいた天津神を倒語(さかしまごと)で国津神と呼んでいるだけなのだ。

どちらも天孫族だからすんなりと政権移譲が行われたのだ。

古事記には記述されていないが、日本書記には神武天皇と饒速日命の重要な場面に、

天皇の弓の先に止まった金鳶のことが記されている。

この倒語はかなり重要なことが秘められていると思う。

なぜ先にいた天津神が後から来た天津神にすんなりと、

従うことができたのかということの鍵を秘めているはずだ。

 

この国の建国の謎を学問が完全に解き明かすことを待っていたら、

一生を棒に振り、カバラの迷宮と同じことになる。

カバラの象徴で倒語を読み解きすんなりと理解しなければ、

人生を棒に振ってしまうのだ。

 

この国譲りの場面に登場するのが、

天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)なのだ。

神武天皇と饒速日命がしるしを見せ合って、

同族だと確認したということなのだ。

天孫イスラエルだと確認し合ったということなのだ。

 

どちらがどのような神璽を携えこの国に渡って来ていたのか知る由もないが、

キリスト・イエスの十字架を持ち込んだのは、

後から来た神武天皇ではなかったかと想像する。

そこに大和王権の天照大御神にまつわる由緒があるのだ。

キリスト・イエスと天照大神は同一神だと神道祭祀の元締めが、

21世紀初頭にあかしてしまっているのだ。

 

十種の神宝は十種の品物とされているがこれも倒語だ。

神ヤハウェによりモーセが授かった十戒だ。

「一二三四五六七八九十 ふるへゆらゆらとふるへ」と唱えゆり動かせば、

死人を生き返らすほどの呪力を発揮するという。

この十戒が、イエスすなわち天照大御神のふるいなのだ。

洗礼者ヨハネが、イエスが手に箕を持ち、麦は倉に納め、

殻は消えない火で焼き尽くすと言った、その箕である、ふるいなのだ。

だから人を復活させるのだ。

 

この十戒には誕生日を聖別せよとは書かれていない。

ただ、「安息日を心にとどめ、これを大切にせよ」と書かれている。

イエスの誕生はおめでたいことではあるが、

それよりも安息日を聖別せよと書かれているのだ。

イエスが律法の文字から一点一画もすたれることはないと言ったのはそのことだ。

 

これはイエスが神ヤハウェだった頃にモーセに与えた戒めなのだ。

だから天孫族ではその安息日を七つのお祝いの日と見定めているのだ。

メリークリスマスやハッピーバースデーなどと浮かれていると、

天照大神に祓われてしまうのだ。

日本人が神の書物から学ばなければいけない理由がそこに存するのだ。


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 大祓詞でのられる天津金木とはヨハネが示した「良い実を結ばない木の根元には
斧が置かれていると」という言葉を示している。天の金克木だ。
天津菅曾とは神が手にする箕のことで十種の神宝を示している。
この十種の神宝で篩い分けられ、切り倒されるという事だ。
どちらも禊の現場において語られた。


 十種の神宝とはそれはモーセの十戒だ。
そこには安息日を心に留め大切にせよと書いてある。

これは七日目の天における千年間の大宴会のことだ。
この宴会にイエスのバプテスマを受け馳せ参じることが、天神様の
七つの祝いにお札を納めると示されてきた。
納めないものは丑寅の金神の七殺の祟りを受けると
言いつがれてきた。

 直会のお祭りの御饌と神酒はイエスの肉と血だ。
では神前のお供物は何か。それは信仰者の肉と血だ。
神はそれを食し空腹を満たす。
自分の十字架を負いイエスのように血を流すことを意味する。
イエスは真の葡萄であり。人の信仰はいちじくの木。
実がなければイエスは怒り呪われる。そう聖書に書いてある。

 イエスの肉と血を食すとは瓶の縁まで水を汲むという事だ。
すると水は葡萄酒に変わる。これは満たした信仰によりいちじくの実が生り、
それをイエスに食していただき空腹を満たして差し上げるという事だ。
それが葡萄酒の固めの盃で、盃事がなると介添のお使者が結納のために遣わされる。 

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