天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: イスラエル

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ひとつ前の記事ではねメシアの魔訶般若は全て神道のお祭りの中に映されていると書いておいたの。そのように考えた時に、古事記とは神道のお祭りの書なのでそこにメシアの魔訶般若が映り込んでいても何の不思議もないでしょ。

 

メシアに言わせればモーセは私のことを書いたのであると御言葉したのと同じく、稗田阿礼は私のことを口述したのである。お釈迦様は私のことをお説きになったのであると御言葉されたとしても今の私には、何の違和感も感じないのよ。

 

この記事ではね皇大神宮のおひざ元に住する神領民について書いておきたいのよ。

 

この神領民と言われる人たちは早い話が皇大神宮の氏子さんたちなのよ。式年遷宮の時には様々な行事で奉仕されるのよ。その時に伊勢以外に住する人たちの中からも奉仕に携わる人たちが選ばれ、特別神領民とされるの。

 

この神領民と特別神領民なのだけれどもその型が世界に映されているのよ。その型とはイスラエルと異邦人の型なのよ。祝福を受けたアブラハムの子孫のイスラエルが神領民で、異邦人の中から特別神領民が選ばれていたのよ。それが聖書の時代だったの。

 

ところが分裂したイスラエルはユダヤの時にメシアにつまずいてしまったでしょ。そしてメシアの魔訶般若により、失われたイスラエルが神領民とされるに至ったの。それが大和だったのよ。

 

だから現代ではお伊勢様のおひざ元に生まれる神領民とその他の地域から選ばれる特別神領民の関係性は、大御神のおひざ元に生まれる日本人と、その他の外国人の中から選ばれる特別神領民という関係性と相似象になっていると思えるのだけれどもどうかしら。

 

しかしそれが的を射ていたとしてもよ、その相似象は人の目に映し出されていてなんら隠されていからそのように言われればなるほどと思えるでしょ。

 

けれどもね、メシアの魔訶般若は隠されているから人の目には映らないのよ。その隠されているところにも神領民と特別神領民がいるのよ。

 

ヨハネの黙示録 7

 3こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 4わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。

 

9この後、わたしが見ていると、見よ、あらゆる国民、種族、民族、言葉の違う民の中から集まった、だれにも数えきれないほどの大群衆が、白い衣を身に着け、手になつめやしの枝を持ち、玉座の前と小羊の前に立って、

10大声でこう叫んだ。「救いは、玉座に座っておられるわたしたちの神と、小羊とのものである。」

 

このヨハネの記述のイスラエルの子らの十四万四千人が神領民で、その押された刻印とは隠されたマナであり、神領民の蘇民将来の護符で暗示されている賜物と解釈できるでしょ。問題は数えきれないほどの大群衆なのよ。この人達が特別神領民に対応していると思うのだけれども、一体どこから来たのかしらということなの。

 

それは多分黙示録の別の部分でヨハネが書くなと言われ、取って食べてしまった巻物に書かれているのよ。ヨハネのような正真正銘の神領民が賜わる巻物なのよ。真名井の深淵から賜る巻物にかかれているのよ。

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最近あたりまえのように解脱のことばかり書いているけれども、やはりお釈迦様が言われたように女性は解脱できないわよ。神様がそのようにデザインされたのよ。解脱とは男のするべき事とデザインされているの。

 

聖書をよく読み込めばわかるはずと思うのよ。イスラエルが荒野を神様に導かれて進んでいる時の人口調査では、戦える成人男性しか数えられなかったでしょ。

 

メシアの二匹の魚と五つのパンで満腹した時も男が五千人としか数えられていないの。気ままに集まった群衆の中に女子供がいなかったとは思えないでしょ。

 

七つのパンの時も同じ。男が四千人としか数えられていないの。イスラエルにおいては女性と子供は数えられないのよ。それは男には男のするべきことがあるということなのよ。

 

私の見立てでは四千人で仏陀の時を表し、五千人でメシアの時を表しているのよ。二匹の魚と五つのパンや七つのパンにも深い意味が込められていて、悟れない弟子たちが御叱りを受けているでしょ。

 

お釈迦様はそのようなことを悟られていたの。だから弥勒菩薩の降臨を予言できたの。だから男のするべきこととして解脱を教えていたのよ。それを弟子がまるで理解できなかったのよ。今の男女同権妄信の社会とまるで同じだったのよ。だからもう末法を通り越して法滅の時代なの。

 

聖書では成人男性しか戦闘員として数えられていないように、男性にしか解脱はできないの。お釈迦様がそのように言うのだからどうあってもそうなのよ。

 

そのお釈迦様のお諭しを側近中の側近が無視したの。それで末法が預言されたの。

 

女性はね、解脱などと難しいことを考えなくても、メシアを見いだしその衣の裾にすがれば救っていただけると示されているでしょ。子犬でも主人の家のテーブルからこぼれ落ちるパン屑はいただきますと救いを求めた異邦人の女性も救われたでしょ。

 

しかしね、健康で戦える男はその限りではないでしょ。メシアは女性に自分の十字架を背負ってついてくるようには求めていないはずでしょ。

 

神様は女性に解脱を求めていないのよ。お釈迦様はそれを御存知だったの。アダムが創られた時以来この世は男性社会でしょ。理屈の上では男が変われば社会が変わるはずでしょ。

 

しかし戦闘員として数えられている肝心な男たちが神仏の意を汲まず、女性や子供たちのように祈ってばかりいるから埒が明かないの。偽預言者の生臭い説教が蔓延ってしまったのよ。

 

現代では政治や学問の世界がそれに拍車をかけて男女同権思想をこれでもかと推進しているの。

 

日本の先見者たちはその弊害を百も承知だったわよ。だから女神が先に声を発して国生みに失敗したとしていたの。

 

どこかで男が気が付き神仏の意を汲む解脱による夫唱婦随に改めないと、何も生まれてこないと古事記が預言しているのよ。

 

御父と御子の主従。御子とその許嫁の夫唱婦随。それに倣う男と女なの。そのようなことに真っ向から逆らうのが現代の男女同権思想なの。そのようにして仏教が滅んだの。

 

しかし世相を見れば公はもう無理でしょ。このまま何も生まずに終わるわよ。

 

もう気が付いて救われる個の時代よ。

 

気が付けばメシアの御言葉の通りに助け手が送られて来て知らされるわ。


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フリーメーソンとかってあるでしょ。あの組織ね、一応私の中では消化できているの。有神論者たちの宗教同好会らしいのよ。枝葉のことなのであまり触れてこなかったけれども大御神の倒語(さかしまごと)についてほとんど書いてしまったから、ちょっと書いておこうかと思ったの。

 

起源はどこにあるかというとカトリックの騎士団にあるらしいのよ。テンプル騎士団とか聖堂騎士団とかいうあれなのよ。聖地であるエルサレム巡礼を守護するためと称して、実は神殿の発掘をしていたら、出てきてしまったらしいのよ。遺物が。

 

エルサレムの神殿の廃墟からユダヤ教の聖遺物を掘り当ててしまったらしいの。そうしたらその騎士団の主導者のお金のまわりがいきなりよくなり、カトリックの法王との仲が次第に険悪化し、最終的にどうなったかというと異端者とされ火あぶりで焼き殺されてしまったらしいのよ。

 

それで終わったかというとそうではなく、その一派は地下に潜り、神殿の遺物によりもたらされた知識により、カトリックの欺瞞性をはっきり認識しながら命脈を保ったらしいのよ。

 

そうこうしながら時代が移り変わっていったの。そして近代になりフリーメーソンとしてイギリスやフランスで地下から地表に出て来たのよ。そしてそのフリーメーソンとカトリックはそのようだから今でも相変わらず犬猿の仲らしいのよ。

 

フリーメーソンは秘密裏に死と復活の儀式を行っていて、そのシンボルがすべてイスラエルのカバラの神秘主義に由来するというのは、発掘したエルサレムの神殿の地下から巻物が出てきてしまって、その解読の結果らしいのよ。

 

それでフリーメーソンは、奥義はわが手中にありと高を括ってカトリックと対峙しているの。プロテスタントとかも巻き込んでいるでしょうね。アメリカに渡った清教徒と言われるピルグリムたちはそのほとんどがメーソンだったと言われているでしょ。

 

そして同好会で死と復活の儀式を執り行い、位階とかを設け、威儀ぶっているのよ。それは当人たちは、この世で知られていない奥義を行って得意満面なはずよね。

 

でもね、私に言わせると所詮は盗掘ではないの、それがあの人たちの得意とするところでしょ、となるのよ。

 

アフリカから盗んできた人たちを奴隷として扱い、アジアに進出して土地を奪い植民地とした、根っからの盗人文明なのよ。カトリックもプロテスタントもメーソンンもみな同じ穴から出て来た盗人文明なの。神さまのことなどこれっぽっちもわかっていないわよ。

 

あの聖書の国も同じ構造で成り立っているからね。白人のユダヤ人がカラードのユダヤ人を支配し、その下で先住のパレスチナを踏みつけにしているという、盗人猛々しい権力の巷なの。

 

私たちの国の公益を代表している為政者たちもみなその走狗となることで、その地位を安全保障され、そのような仕組みで動いているのよ。だから税金などそこにバンバンつぎ込まれているの。

 

そのような仕組みを見切り、体はそこにとらわれていたとしても、精神で神さまを悟り、そのような盗人文明から解脱し、無縁とならないと、盗人と同じ穴に落ち込みお陀仏となるの。

 

そのような何とも悩ましい、難しい状況下で、神さまの誓約による篩が振るわれているの。

 

いつまで寝ている気なの?そろそろいい頃でしょ、目を覚ましなさいよ。なんてね。


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昨日まで全く意識していなかったのだけれど今日は灌仏会なのね。仏陀の生誕のお祝いとされているけれども私は違うと思うわ。

 

キリスト教徒も仏教徒も生誕をお目出度がるけれどもイスラエルの律法ではそのようなことは一言も示されていないのよ。

 

メシアの誕生は、それはお目出度いことだけれども、それは神の降臨の日で、人の誕生日などということは超越しているでしょ。混同しない方がいいの。

 

四月というのは神様の四日目と相似なの。七日、八日というのは神様の七日目の七つのお祝いと、八日目の割礼の日なの。お釈迦様は神様の四日目にこの世に来ているのよ。五日目がメシア。

 

四日目にこの世に来たお釈迦様はイスラエルの律法を理解してしまったのよ。そして五日目と七日目におこることを預言し、それに備えるための教誨をこの世に残して入滅されたの。

 

釈迦族が太陽の末裔だということは、この世に神の律法をもたらすために選ばれたイスラエルの末裔だったということなの。その当時すでに失われていた十支族の末裔の支族に降臨した預言者だったのよ。

 

仏教を護持した聖徳太子もそれを知った上でこの国を日出ずる処としていたのよ。お二人とも失われたイスラエルの預言者だったの。

 

この国の夏越の祓は一月から六月までで、神様の七日目をお迎えするための七つのお祝いのお祓いを意味していて、それは八日目の割礼を受けるための準備の日でもあるの。

 

イスラエルの律法から導き出せば、それはお釈迦様の解脱と梵天灌頂と相似象なのよ。だから四月八日というのは四日目に来られたお釈迦様の梵天灌頂のお祝いでなければならないの。

 

なぜこのようなややこしいことを書いているかというと、私の悟りを披瀝したいからではないわよ。四月の灌仏会というお目出度い夜明けの晩に私の住む地方は緊急事態宣言が発令されたわ。

 

宣言出す方も出される方も相当不徳でなければそのようなことはあり得ないでしょと、今朝ふと思ったからなの。

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また変な事に気が付いてしまったわ。このブログ開設したのが七月四日なのだけれどあの日でしょ。私の中では偏見と承知しながらもこの日大嫌いな日なの。何でこの日だったの?何か意味あるの?と、そんなこと考えていたらまた来た。エルサレムよ。

 

エルサレムの現状が手に取るようによくわかる表現が浮かんでしまった。中東問題の本質はね、一言で言ったら、イシマエルとイスカリオテのユダとパリサイパウロの事故物件の取り合いなの。神さま殺人で最高の穢れ地となった排都エルサレム。その排都に神殿と称して建物を建てた一人と残り二人の事故物件をめぐる戦争なの。事故物件だから火の手はやまず多くの人が犠牲になるの。

 

天照大御神は失われた十二支族を連れ極東に避難し、新たな神殿を建てお祀りされているでしょ。聖地は既に極東にあるのに、中東で愚かな殺し合いしているの。人間って愚かよね。この三人と七月四日って無縁ではないでしょ。だからなのよ。

 

聖地の皇大神宮は大昔に中東の約束の地に落ち着く以前から移動を繰り返し、今でも失われたイスラエルの掛け声の鶏鳴三声で遷御を繰り返しているでしょ。神さまの書物をよめば、いずれ王都にこの神殿が移動しそこで婚宴が行われると書かれているでしょ。それがイスラエルの約束の地なの。高天原における婚宴なの。

 

それがいつになるのかも神様の書物で黙示されているわよ。最後の一人が高天原から納采の儀を受けてしまったらその時で締め切り。縁談の日取りも、締め切りのことも、納采の儀を受けるための作法もすべて書物に記されてきたの。

 

この納采の儀に不適格な人は一人もいないの。一人一人の不信仰が不適格と見なされるだけ。この世に来たらみな善悪を知る木から取って食べているのだから、そこで人間の愚かさを悟り、善悪を知り、善なる大御神に懴悔し、納采の儀をお受けしなければ六百六十六の不適格印を押されると書いてあるの。

 

全体の締め切りがいつになるかなど気にしなくても一人一人にその締め切りはやってくるでしょ。自分の締め切りを視野に入れないと動けないわよ。その時に少しでも早く楽に受けることができるようにこのブログ書いているの。


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日ユ同祖論はユダヤ人が言い出したことなのよ。これの本質を一言で言ってしまうと失われていないユダヤからの、失われたイスラエルに対するラブコールなの。天照大御神は失われたイスラエルにしか遣わされていなかったでしょ。この場合の失われたというのは神変により隠された、つまり神隠しにあったイスラエルという意味よ。建国の歴史も最後まで隠されるのかしらね。

 神隠しに合わなかったほうのことは調べつくしたけれど、あまり深く書くと記事削除されるからここまでね。


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神道に伝わる十種の神宝とは一体何なのか。それがこの記事のテーマだ。

結論から言ってしまおう。それはモーセによりもたらされた十戒である。

それを日本の古史古伝は十重二十重にカバラの倒語(さかしまごと)

秘匿してきのだ。

 

この神宝は饒速日命が保持していたことになっているが、

日本書記には饒速日命は物部氏の遠祖にあたると書いてあるのだ。

物部氏が国津神なのだ。それを日本の古史古伝では

国津神から天津神に国譲りがなされ大和朝廷につながる物語としている。

 

日本書記には饒速日命も天神の子と書いてある。

日本書記では天神をあまつかみと読ませているのだ。

先にこの列島に渡って来ていた物部氏と後から渡って来て、

東征した神武天皇の間で政権移譲のようなことが行われたということなのだ。

 

そしてどちらも天津神としての同族なのだ。

先にいた天津神を倒語(さかしまごと)で国津神と呼んでいるだけなのだ。

どちらも天孫族だからすんなりと政権移譲が行われたのだ。

古事記には記述されていないが、日本書記には神武天皇と饒速日命の重要な場面に、

天皇の弓の先に止まった金鳶のことが記されている。

この倒語はかなり重要なことが秘められていると思う。

なぜ先にいた天津神が後から来た天津神にすんなりと、

従うことができたのかということの鍵を秘めているはずだ。

 

この国の建国の謎を学問が完全に解き明かすことを待っていたら、

一生を棒に振り、カバラの迷宮と同じことになる。

カバラの象徴で倒語を読み解きすんなりと理解しなければ、

人生を棒に振ってしまうのだ。

 

この国譲りの場面に登場するのが、

天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)なのだ。

神武天皇と饒速日命がしるしを見せ合って、

同族だと確認したということなのだ。

天孫イスラエルだと確認し合ったということなのだ。

 

どちらがどのような神璽を携えこの国に渡って来ていたのか知る由もないが、

キリスト・イエスの十字架を持ち込んだのは、

後から来た神武天皇ではなかったかと想像する。

そこに大和王権の天照大御神にまつわる由緒があるのだ。

キリスト・イエスと天照大神は同一神だと神道祭祀の元締めが、

21世紀初頭にあかしてしまっているのだ。

 

十種の神宝は十種の品物とされているがこれも倒語だ。

神ヤハウェによりモーセが授かった十戒だ。

「一二三四五六七八九十 ふるへゆらゆらとふるへ」と唱えゆり動かせば、

死人を生き返らすほどの呪力を発揮するという。

この十戒が、イエスすなわち天照大御神のふるいなのだ。

洗礼者ヨハネが、イエスが手に箕を持ち、麦は倉に納め、

殻は消えない火で焼き尽くすと言った、その箕である、ふるいなのだ。

だから人を復活させるのだ。

 

この十戒には誕生日を聖別せよとは書かれていない。

ただ、「安息日を心にとどめ、これを大切にせよ」と書かれている。

イエスの誕生はおめでたいことではあるが、

それよりも安息日を聖別せよと書かれているのだ。

イエスが律法の文字から一点一画もすたれることはないと言ったのはそのことだ。

 

これはイエスが神ヤハウェだった頃にモーセに与えた戒めなのだ。

だから天孫族ではその安息日を七つのお祝いの日と見定めているのだ。

メリークリスマスやハッピーバースデーなどと浮かれていると、

天照大神に祓われてしまうのだ。

日本人が神の書物から学ばなければいけない理由がそこに存するのだ。


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 ねえ、ちょっと聞いて。

あのさ、イスラエルなんだけれど、異邦人は獣らしいのよ。

イスラエルにとって異邦人は獣だっていうの。

これ何とも言えない選民思想よね。

でもね、ここに選民思想の本質があり、イスラエルの偉大さがあるのよ。


 このこと判る人あんまりいないわよ、私の見渡した限り。

ユダヤとか聖書について書かれた本たくさん読んだけど

誰もそのこと指摘している人いなかったもん。

これって哲学的なとっても複雑で難しい問題だと思うでしょう。

でもね、聖書とか日本の古事記とか、先見者たちの書いた本には

難しいことひとつも書いてないの

それを難しい学問にしてしまったのは、子供でもわかるような

なぞなぞが解けない学者たちなの。まるで智慧の輪を外せないから

この知恵の輪は、難しいので誰にも外せない学問です

と言っているようなものなの。わかる?


 いくわよ。

 
 聖書に書いてあるんだけど、ある時イエスに、

娘が悪霊に取りつかれた女が助けてくださいって申し出たの。

そしたらイエスはね「私はイスラエルの家の失われた羊以外には、

つかわされていない」って言ってつっぱねたの。


 その女はカナン人でイスラエル人じゃなかったのよ。

それでも女はしつこく食い下がったの。そしたらね、

今度イエスは、「子供のパンをとって子犬に投げてやるのは、

よろしくない」て言ったのよ。すると女は「主よお言葉通りです、

でも子犬もその主人の家の食卓からこぼれるパンくずはいただきます」

って言ったのよ。そしたらイエスは何と言ったと思う?

「女よあなたの信仰は見上げたものである、あなたの願い通りになるように」

っていったのよ。そしたら女の娘はいやされたと書いてあるの。


 これマタイって人の本に書いてあるの。マルコっていう人の本にも

全く同じことがことが書いてあるの、だけど、そちらでは

ギリシャ人の女ってなってるの。この違いにとらわれたらだめよ。

先見者は史実を忠実になぞることなんか、はなから考えていないからね。

そこに書かれている意味を、読み取ることが重要なの。


 私はこの部分、聖書中でもかなり重要なことが書かれていると思うわよ。

これ理解している人いるのかな?

イエスはこの部分で異邦人の女を子犬扱いしているの。

子犬というと誰もが可愛いと思うけど犬よ。

イエスは異邦人の女を犬扱いしているの。これってひどいと思うでしょ。

これこそイスラエルの選民思想、差別思想でしょ。


 このこと説明できるクリスチャンているのかしら?これとっても重要よ。

でもねあまりクローズアップされていないのは

みんな意味が分かっていないからなの。

これが分からなければ聖書読んでもわからないでしょと

言っていいくらいなの。


 「イスラエルの失われた羊以外にはつかわされていない」っていう言葉も

超重要な意味が含まれているの。超重要二連ちゃんなんだけど、

これはまだ別記事で書くわ。


 イスラエルの神の人イエスが異邦人は犬だって言ってしまったのよ。

でもイエスが異邦人を軽蔑していたわけないでしょ。

でもね、イスラエルにとって異邦人は獣なの。

ここにカバラが隠れてるの。イエスの倒語(さかしまごと)なの。

信仰の目が開けたイエスの味方ならわかる言葉なの。


 女はイエスの言葉を受け入れたでしょ。そして信仰を認められたの。

あなたなら犬扱いされたらどう思う?ここ重要!信仰の本旨を語っているわ。

でもこの記事信仰の在り方を書くのが趣旨じゃないから置いとくわ。

この部分自分で瞑想してね。

問題はイスラエルなの。


 いくわよ。

 
イスラエルと獣の関係は、信者と不信者の関係性なの。

そこにイスラエルが聖別され、メシアが降臨したことの意味があるのよ。

それが分かれば神の国イスラエルがなぜ神様に聖別されたかわかるでしょ。


 動物は神様のこと分別できないでしょ。

だから神を分別しない不信者は獣として扱われるという事を諭しているの。

女はその言葉受け入れて、イスラエルを主人の家の食卓と言ったでしょ。

女はイエスから信仰を試され合格したってことなの。

イスラエルの神を知っていたってことなの。


 ここに現代の異邦人でも救われるための鍵が置かれているわ。

主人の食卓を土足であらす子犬もいるから、それは見極めてね。

ヨハネは神を分別しない不信者の右の手と額に

獣の数字が印されるって書いたの。

聖書って日本人にとっても大切な本よ。

わかった?簡単だったでしょ。


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 また現代の日本について書いてみたくなった。

 

現代の日本人は人類の歴史上最も発展を遂げているのではないかと思う。

それはなぜか。この記事のキーワードは契約だ。


 諸外国においては契約書を交わすときは逐一漏れのないように

非常に分厚い契約書を交わすのが当たり前らしいのである。

訴訟社会における当たり前の作法らしいのである。

翻ってこの日本では、契約書はぺらぺらなのだ。

それでもこの国は世界一安全で、国民は礼儀正しいと賞賛される。

 

一体何が起こっているのかという事について書こうと思うのだ。

以前はまるで見えていなかったが、堅固な信仰の賜物を受けてしまった

一信仰者の視点だ。

 

世界を見渡しても日本ほど恵まれた国はないと思う。

国民は分厚い契約書を交わさなくても誠意条項という不文律で十分

やっていける。それはすべて天照大御神の恩頼なのだ。

天照大御神のおかげさまなのだ。

 

このブログでもう百篇ほども天照大御神とはキリスト・イエスのことだと

書いてきた。そうなのだ、救世主イエスのおかげをいただいている国なのだ。

そしてそれは契約に基づいている。その契約書が聖書であり、

そこにすべてが記されている。契約におけるすべてが記されているのだ。

 

救世主イエスを代理として遣わされた神様の契約書であり、

すべてが記されている。この契約はイスラエル、ユダヤという

神の歴史により証しされ、いま日本で息づいているのだ。

そこから見えてくることがある。

 

イスラエルは分裂し、ユダヤはイエスを認めず、日本において

そのイエスが天照大御神として祀られているが、日本人は知らない。

ユダヤは契約の民として、契約をことのほか重んじる民として成功者を輩出してきた。

ユダヤ人大富豪というのがその象徴だ。しかし新約のイエスを知らないのだ。

このイエスが契約の主体である神の御子であり代理人として立てられたことが

信じられないのだ。

 

しかしイエスを信じたユダヤ人がいて、不信仰なユダヤを脱出し

日本にそのイエスの神の道を伝え、神道とし、日本とした。

聖書における契約を日本の先見者は逐一把握しその契約に基づき

この国を建国し、神道において今日まで存続させてきた。

 

しかし国民は知らない。知らなくても不文律の誠意条項で十分やっていける。

しかし聖書の契約はこの世的なご利益に関する契約ではない。

もちろんこの世的な契約も含まれているがそれは付帯事項なのだ。

この契約に関して、ユダヤは救世主が降臨し更新されたことを知らない。

日本人はその更新により現世で恵まれていることを知らない。

 

これはいったいいかなることなのか。神様のすることは人の目には

不思議に見える。という聖句があったはずだ。

その聖句そのままのことを見る思いなのだ。

 

契約の民であると自負するユダヤ人の常識を超えるところで

神の契約は成就するのだ。

 

その契約の履行を促すために神は、仏陀とイエスをお立てになられたのだ。

それが神仏なのだ。その神仏に対する信仰など知らぬ今の日本人は、

神の恩恵により、現世で一番発展させられながら、この世の終わりに

神に敵対し、神を裏切るのだろうか。

現世で神を分別しなかったものは、十二弟子のひとりに数えられたが、

後に裏切ったイスカリオテのユダのように、

この人は生まれてこなかった方がよかったと天照大神の言霊を受けるのか。

聖書はそのような約束の記された契約書のはずなのだ。


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このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)

 あまり政治がらみのことは言いたくないが、
昨今の日本では在日の人たちを悪しざまにののしる。
すべては日本人が蒔いた種である事を悟らない。
その付き合い方が天孫族にとりふさわしいものではなかったが故に、
天から二度の懲らしめを受け敗戦に至ったと悟らない。
懲りない面々なのだ。

 

 天孫族とはだれか。
それは天照大御神の皇孫である瓊瓊杵尊となっているが倒語だ。
天津神による契約を受けたアブラハムの孫イスラエル族だという事を秘め隠している。
古事記を読めば瓊瓊杵尊と木花昨夜姫、岩長姫の物語が、
イスラエルであるヤコブ、レア、ラケルの物語とそっくりだとわかる。


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