天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 解脱

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


御子イエスの「目を醒ましていなさい」という御言葉あるでしょ。私がその御言葉を読むと三巻の蛇神の覚醒により目を醒ましていなさいと読めるの。御子の御言葉も身内に通じる倒語(さかしまごと)で語られていたのよ。

 

だからその覚醒により定められている大祓の茅の輪くぐりの作法が三周半なのよ。裏に隠されている事柄を悟り、目を醒ましていなさいという事なのよ。その様だから目を醒ましてしまうと夢の中にいた時には気が付かなかった様々なことが目に映るようになるの。第三の眼の覚醒なのよ。

 

今日見えてきたのは十月十日(とつきとおか)という数霊と言霊のコラボレーションなの。生命御守護の十種神宝の十という数がダブルで含まれ、月読命と天照大御神のコラボレーションの言霊を含むでしょ。お宮という胎蔵界における、生命御守護の十月十日なのよ。

 

この十月十日なのだけれども秋の十月の十日とも微妙にリンクしているのよ。岩長姫の数霊なのよ。四月四日ごろが桜の季節でしょ。桜と言えば木花開耶姫(このはなさくやひめ)なのよ。時計盤で見るとその対極にある季節が十月でしょ、それゆえ岩のように長い常永遠の命をもたらすと言われる岩長姫の数霊が十月十日と連想できるのよ。

 

そこに永遠の命の主である御子イエスの十字架が二つも含まれているでしょ。年に二度の大祓なのよ。その大祓により永遠の命が生み出されるの。岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)は右近橘と左近桜に相対しているでしょ。

 

橘は非時香果という永遠の命をもたらす木の実で、そこから弟橘姫の身代わりの入水へと連携し、すべてが芋の蔓のようにつながってしまうのよ。その様に瞑想していたら女性の月の障りのことが思い浮かんだの。

 

流血は男女を問わず古代から穢れとして忌み嫌われて来たのよ。そのタブーを真っ向から破ったのが御子イエスの「私の肉を食べその血を飲まなければ天の国には受け入れられない」という御言葉だったのよ。この御言葉に多くの弟子がつまずいているのよ。

 

血穢れという言葉もあるでしょ。しかし月の障りは生命御守護の鮮血のはずでしょ。胎蔵界にそれが無ければ生命は生まれてこないのよ。それでも月の障りが穢れとして扱われるところに何かねじれ現象のような矛盾を感じるのよ。

 

そのようなことを考えていて判ったのが男と女の関係なのよ。男と女に神と人間の影が落とされているから、月の障りや女性その物が差別され、大相撲の土俵には上がれなかったりするのよ。大相撲の土俵は天照大御神が四股を踏む高天原だからね。

 

神様から高天原に昇ることを嫌われる本当の穢れとは死や血穢れではなく人の煩悩なのよ。だからお釈迦様が梵天により灌頂されたの。その煩悩が他のことに穢れを押し付けたがるの。そのように裏事情を悟ることにより穢れに対する差別は祓われるはずなのよ。そのようにして命の木に与ることが許され、高天原に昇ることが許された巫覡や巫女となるの。そう冥想するのよね。どう思う?


2016072200225_1


スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

神道ランキング

精神世界ランキング
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。

その他推奨記事
 


解脱とかの記事をブログで書いている私っていったい何者なのという思いが初めからあったのよ。しかし聖書の御子の御言葉に従っているうちにある日自然にインスピレーションが降ってきてそれをクリアしないと先に進めないと直感してしまったの。

 

解脱と言えばお釈迦さまでそれは瞑想によったでしょ。だから以降瞑想に取り組んだのよ。そうしたら扉がパパタパタと開いてしまい気が付いたら関所越えしてしまっていたのよ。それは覚醒の嵐の連続で気が付いた時は白髪のお爺さんになっていたという感覚なの。

 

それで関所越えをさせて頂いたおかげ参りに皇大神宮に参拝したら最後に倭姫命から風によるご挨拶を受けてしまいそれでさらなる覚醒、参拝直後は二か月間ほど何も手につかずただひたすらブログに大御神のことをつづることしかできない毎日だったの。私っていったい何者だからこんな記事書いているのと思いながらね。一般読者の人が読んだらどう思われるのかしらとかね。

 

しかし直感を霊感として受けてしまって、確信しているからにはどうしてもそれを書かずにいられないという思いで書かされていたのよ。そして記事を重ねるごとに新たな扉がパタパタと開けさらに覚醒させられながら今日にいたるのよ。

 

今年に入ってふとしたことから自分の両手の親指に仏眼というかなりレアな手相がある事に気が付いたのよ。それは手相占いの世界では鋭い直感や霊感の持ち主で、第三の眼が開いている人もあるなどという鑑定が一般的にされている手相なの。だいぶ以前に四柱推命で手相を見た時には左の五本の手指の指紋のパターンが高僧に多いパターンだなどということもあったの。だからなのかしら、宗教家などになる気はさらさらなかったけれども聖書に対する関心だけは日増しに強くなるというタイプだったのよ。

 

そしてとうとう今月に入って意識しだしたのがクンダリニー覚醒でしょ。命の木にチャクラが配されているのは以前からわかっていたから瞑想時にはチャクラの瞑想をしていたのよ。しかしいくら何でもクンダリニー覚醒は目指そうと思わなかったのよ。昔軽い気持ちで瞑想による覚醒を覚えてしまい危ない目に遭ったことがあったからということもあるのよ。

 

そんな事もあったから頭頂のチャクラと眉間のチャクラだけは覚醒していてその部位は常に意識できる状態にあったけれども、クンダリニー覚醒は死後のために使われるエネルギーでこの世的な感覚でいたずらに覚醒させない方がいいのではという思いを抱いていたの。

 

しかしね、どうやらそれを視野に入れなければならないようなのよ。解脱のみならずクンダリニー覚醒までなのよ。現代のスピリチャルや顕教や密教の世界では解脱したと言ってはいけないらしいのよ。それを言ってしまうと慢心に走り修行が止まってしまうからという理由らしいのよね。

 

しかし私はしたらしたと言わなければいけないと思うのよ。そのように宣言するからその先の修行が始まると思うの。解脱やクンダリニー覚醒はしたらしたと言わなければいけないのよ。何故私のような後から気が付いて冥想したような半端な求道者がそのようなことを唱えるのかという事を考えさせられて気が付いたことがあるの。

 

そのハードルは越えても越えたと言ってはいけないと言われているほど高いものでしょ。確かにそのハードルは古代からやたらと高かったのは事実なのよ。それでインドでは肉体修行のヨーガによる体位や呼吸法が編み出されてきたわけでしょ。それは厳しい修行で覚醒を試みようとして失敗したら再起不能とか死の危険を伴うものなのよ。

 

お釈迦様はそれに挑戦した挙句、苦行では悟れないと捨ててしまい瞑想により覚醒し解脱したでしょ。ご自分が解脱したことははっきりと示しそのことにより法輪を回したわけなのよ。この時に一段ハードルが下げられたのよ。苦行ではなしに瞑想で悟れると。

 

しかしお釈迦さまはその感受性により未来仏の降臨まで悟ってしまうほどの超人だから常人が瞑想の真似事をしてもなかなか解脱できるものではなかったのよ。しかしその教えは吾人にとって極めて重要なものだったわけでしょ。

 

そうこうするうちにお釈迦様の預言していた未来仏が降臨し、そのハードルを吾人でも越えやすいところまで一気に下げてしまったのよ。それが弥勒菩薩であり、マイトレーヤであり、メシアでありキリストと言われる救世主の渾身の御働きだったの。出家による瞑想などしなくても家にいながら聖書に書かれているその御子の御言葉を、その肉を食べ血を飲むように味わい、その死と復活を見たわけでもないのに見たかのように信じることにより御言葉のままに御霊を送られ下げられたハードルを越えさせられてしまうのよ。

 

使徒言行録 2

1 五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 

2 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。

3 そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 

4 すると、一同は聖霊に満たされ、が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

 

この時に御霊を受けた人達は復活したイエスをその目で見て、その御言葉に従っていた人たちなのよ。目で見たからには信じざるを得ないでしょ。いやでも覚醒させられるでしょ。苦行や冥想によるなどとは聖書には一言も書かれていないのよ。一人一人の上にとどまった炎のような舌とは蛇神様の火なのよ。覚醒により開いた蓮の花なの。御霊を送られクンダリニーの覚醒をしてしまったのよ。

unnamed

 
 聖書に書かれている御言葉とその死と復活を信じれば、御子により御霊が送られるまでにそのハードルは下げられているの。二千年近く前にね。しかし現代にいたるまでスピリチャルや密教や顕教の世界では五十六億七千万年後に降る弥勒菩薩を待ち続け、転生輪廻という迷信が蔓延り、教師たちが解脱せずメシアが低めたハードルを高くしながらその地位に安住し吾人が越えることを妨げているのよ。まるで御子に敵対したパリサイ人の様でしょ。その子孫も今に至るまで同じことをしているでしょ。そういう事なのよ。

 

使徒ヨハネが、顕教の転生輪廻という誤謬を暴き、一度目の死と最初の復活と二度目の死による裁きという密教を黙示録において明かにしてしまったのよ。そして御子の御真影をヨハネと同じく仰ぎ解脱して御霊により覚醒した使徒たちが、その後高い所からの力を受け、身を隠しながら御子を大御神としてこの国でお祀りし続けて来たの。

 

だから吾人でも御子を信じ古事記と聖書を合わせ読むと、御子が低めてくださったハードルをひょいと超えてしまうことができるようになったのよ。そして解脱により蛇神様のクンダリニー覚醒をしてしまったとはっきり自覚することにより、修行の新たな局面の展開に至るのよ。そう自覚した神領民の、入内のための修業の段階に入っていくの。そう冥想するのよね。

images (2)阿吽


スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

精神世界ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/6984756.html (イスラエルの十二と永遠の命)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/7077308.html (聖書に書かれていたお釈迦様のこと)

御霊により覚醒しているかどうかは外見では判別できないし、そのような話聞かされても霊的なことに関心がない人は信用しないと思うのよ。

 

それでいいのだけれども、自分がその様に覚醒しているかどうかは常に自分自身で確認できるわよ。常に覚醒状態だから深い瞑想に入らなくても目を瞑って自分のデスマスクを想像した時に安らいで祝福を受けている気分が得られる人は覚醒してしまっているわよ。

 

それが、お釈迦様が語った熾燃の煩悩を吹き消すということなのよ。吹き消された状態が涅槃なの。そうなったら後は野となれ山となれなの。神様の俎板の鯉の包丁式なのよ。お釈迦様が語った仏陀の言葉を聞く者は二本目の矢を受けないということなの。

 

私はメシアの御言葉で覚醒したから、メシアの御言葉に従い自分の十字架を背負いメシアについて行くということなの。その十字架上のデスマスクなの。だから安心なのよ。メシアの愛した弟子のヨハネの黙示録には二度目の死のことがはっきり書かれているからね。

 

人には必ず終わりがあるでしょ。その時にメシアについて終わらないと妖怪釣瓶落としに掃き寄せられると聖書で警告されているの。

 

生きているうちにそれを悟らず霊的痴呆に陥ったまま回復しない人はすでに掃き寄せられ、あの印を受けてしまっているという事なのよ。

 

それに気が付くまでは七転八倒の四苦八苦なのだけれども気が付いてしまえばそのようにシンプルなことなのよ。

 

そのようだから時間をかけてゆっくり冥想したりすると完全にトリップしてしまうのよ。相当気持ちいいわよ、三回転半の蛇神様のサハスラーラチャクラ。

 

大御神の八咫鏡と十種の神宝で逝ってしまっているの。

c54e7cc1786761c21aa666dbad3ca050阿吽



スピリチュアルランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ スピリチュアル・精神世界へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

精神世界ランキング


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

あのね、僧侶とか神父とか牧師とかいう生き方をして老境に至った人が宗教を前面に打ち出して、もっともらしいお説教をしながらリードしているという現実ってあるでしょ。

 

ひどい所では預言者とか自任している人たちもいるわよ。

 

若い人がそのような人たちの話をきいて解脱を促されないのであれば、聞き従っていると穴に引き込まれるわよ。そのような事をメシアはパリサイ人のパン種に注意しなさいと御言葉していたの。

 

創世記の初めから神様の七日間の暦が示されているでしょ。その七日間は神様の目には七千年と同じと、鶏鳴三声のペテロが示唆していたでしょ。

 

その神様の暦は当たり前のように人の一生ともリンクしているのよ。

 

人の一生の七日間とは七十歳と相似象なの。そして神様は六日間しかお働きにならないでしょ。七日目はお仕事を終えた安息の日なの。

 

人はこの六日間である還暦を迎えるくらいまでには神仏を悟り、解脱していなければ安息には入れないという暦なのよ。

 

宗教などという無明の学知は、解脱しそこなった老人たちのパン種で成り立っているの。

 

メシアの時は、そのようなパリサイ律法学者が、メシアと鋭く対立し十字架につけてしまったでしょ。

 

注意を怠るとメシアを殺した側に回り終わりを迎えることになるということよ。宗教だけではないわ。文明開化とはそのような老害により導かれているということを、メシアの御言葉により見切り、神様の六日間である還暦くらいまでには、神様の御旨と同期して働きを終えておかないと、七日目にはパリサイ律法学者らのようにメシアを殺し、人を穴に引きずり込む老害と同期してしまうということなの。

 

今まだ年若い人たちは、遅くとも還暦を迎えるくらいまでにはきっちりと解脱しなさいよ。

 

 還暦とは十干十二支で成り立つ暦でしょ。メシアに導かれた十支族と二支族の暦なの。

 

私は首の皮一枚のギリギリセーフだったけれども、早すぎていけないということはないはずなの。お釈迦様は破格の人だったけれども三十代で解脱していたでしょ。メシアも同じ。

 

誰も教えてくれなかったから危ない所だったわよ。


20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

今日はねもっと現代的なわかりやすい方法で書けと促されたの。解脱とはね神様のサイトにログインすることなのよ。そこにログインするにはアカウントを申請してパスワードを発行してもらわなければならないのよ。

 

そのような簡単な事が現代においても誰にも知られていないという事なの。お釈迦様はその生き方において見つけてしまったのよ。そしてそのサイト内で知ったことは世間の人には誰もわかるまいからだまっていようとしたの。

 

しかしね、そのサイトにアクセスしてしまった人はそこで受けた祝福を世の人に施さなければならない定めがあるの。

 

それが仏陀の梵天灌頂による初転法輪として世に知られているの。その時代の仏陀が教えを説いた地域では宗教が世の中の秩序だったでしょ。そしてそのことについてもっと深く知り、極めたいと思うような人がゴロゴロいたのよ。

 

そのような人たちの乾いた心に仏陀の言葉が、砂が水を吸収するように浸透していったのよ。そして大きな教団になっていったの。お釈迦様は自分を慕ってくる全ての人がアカウント取得に成功するようにお説きになっていたのよ。

 

しかしね、途中で気が付いたのよ。ご自分の十大弟子を見ていて気が付いたのよ。誰もアカウント取得に成功しないと。それで法滅を予言したの。弟子たちはそれが何を意味しているのか全く気が付けなかったのよ。

 

そして年月が過ぎ仏陀は入滅したでしょ。そうしたら弟子たちはもうどうしたらよいかわからなくなってしまったの。誰もアカウント取得に成功していなかったのよ。だからみんなで集まって私は仏陀からこう聞いたと、必死で書き残したのよ。そうしないと失われてしまうと焦ったのよ。それが仏伝の起こりでしょ。

 

でもね、たとえ一人でもアカウント取得に成功していれば焦る必要はなかったはずなのよ。そのアカウントにアクセスできるのであれば梵我一如ということなど当たり前のように理解できるからなの。

 

仏陀のお説きになったことなど全てそのサイトにアクセスできれば難なく神様により示されるからなの。そのような人を排出したいというのが仏陀釈迦牟尼の宿願だったはずと思うのよ。しかし仏陀は途中で気が付いたのよ。これでは法滅だと。そしてその宿命に甘んじ最後まで弟子を離れず入滅したの。それが天意であったと満足しながら大往生を遂げた真正の菩薩だったのよ。

 

そのようなことは神様のサイトで全て知れるわよ。私なんか仏陀をフォローしていなかったけれども、仏陀が預言していたメシアに張り付いていたのだと気が付いたときにはアカウントがすでに作られていて、仏陀の解脱というキーワードを意識してしまって、あれっと、思ったらいきなりパスワード送付されてしまったからね。

 

さらっと書いているけれどもその期間は驚天動地の繰り返しで、日常生活に支障をきたすほどの毎日だったわよ。それでもどうにかこうにか落ち着きを取り戻した時に感謝の気持ちがあふれて来たからお伊勢様におかげ参りしたの。

 

七つのお祝いの通りゃんせの細道を、ものすごく怖いながらも通していただいたことに感謝してのおかげ参りだったの。おのおかげ参りで風に吹かれてしまったことなども既に記事にしておいたでしょ。それでこのブログ書かされている事もね。

 

何故私が書くかと言えば「死にかけている残りの者を強めよ」というのがメシアの遺言だからなの。それが定めなの。残りの者が何を意味しているかはアカウント取得後ログインしてそこで確かめてね。

 

仏陀の言葉と、弥勒菩薩すなわちイエスすなわち天照大御神と見定め、仏伝と聖書と古事記を並行して集中して読めれば何とかなるはずよ。

 

このアカウント取得は信仰による契約であって、それはあくまでも対個人契約だから団体契約などありえないわよ。宗教信者はまずそこから足を洗わなければ絶対に無理よ。家族からも完全に孤立した孤軍奮闘をしてでも本気で申請しなければアカウント作ってもらえないわよ。

 

あの仏陀でさえも骸骨のようになり死にかけたでしょ。

 

それでも大御神の国に生まれた人は恵まれているわ。

 

私がそうだったからよくわかるの。


20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

イエスの示した狭き門って狭すぎると思うでしょ。私はなぜかギリギリその門下となれたようなのだけれども、世間を見渡しても同じ人いないからね。

 

なぜそのように狭いのかと考えたのだけれども、やはりそれが神様の選考基準なのよ。そのために神様が仏陀とメシアを教誨師として派遣されたの。

 

しかもメシアは神の独り子で、死刑囚の罪を肩代わりしてまで恩赦を願い、それが父神により受け入れられているという離れ業。

 

メシアに先立ちこられた仏陀も修行の未全てを悟り、メシア来臨に先立ち恩赦を受けさせるための教誨師としてのお働きを十全に全うし入滅されているという超人的な離れ業。

 

このお二人のことは知らぬ人がいないというくらい有名なのに誰もそれを悟らないのよ。それはこのお二人の教誨は、虚空蔵求聞持法でなければ聞き分けることができないという高いハードルが置かれているからなのよ。

 

なぜそのような高いハードルが置かれているかというと、そうでもしないと独り子の僕として受け入れた時に天の父の家では使い物にならないからなのよ。

 

この世においても、神様が魂の穢れとみなす煩悩に憑かれている者は神仏を忖度することなどできないでしょ。それでは天において使い物になるわけがないでしょ。聖なる父の天の家においてはなおさらでしょ。

 

そのようなものを安易に招き入れてしまったら穢れを招き入れることになるでしょ。だからそれに見合った厳重な選考基準が設けられているの。

 

その上で手に箕を持ち麦と殻をふるい分けておられるの。神として十分な上にも十二分な慈愛を注ぎ育てた作物が、善い実を生らせなかったら、根こそぎにすることなど神様にとっては造作もないことなのよ。お百姓さんが昔からしていることなの。


colorfulbudouen_1-764x510


聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

この世の不信仰な人たちは警報が出ている川の中州でバーベキューを楽しむ迂闊な人たちと思ったのだけれど甘かったわ。川が増水したら手遅れで、河流れになるその様があの水難事故の映像とオーバーラップして恐い気持ちになりしばらくブログ公開する気になれなかったの。でもね、しばらくお休みしているうちにまた示されたの。もう歯に衣着せずにきついと思うこともはっきりと洗いざらい書くことにするわ。自分は羊飼いの声を聞き分けたいと思う人だけ読んでね。パスワードかけておくことにするわ。


パスワード置き場:http://sakasimagoto.blog.jp/archives/4202402.html続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 

イエスの「信じる者には助け手を送る」という御言葉はね、イエスを信じる者には生きているうちにお迎えが来るということなの。イエスの御言葉を丸呑みにしてそれでも解脱しない人がいたらお目にかかりたいくらいなの。仏陀の預言した弥勒菩薩よ。弥勒菩薩からお迎えが来るということなの。当然空境涅槃を悟らなければ来れないでしょ。煩悩の炎を自力で吹き消そうとしない者に梵天界からお迎えなんか来るわけないでしょ。

 

高天原で賢いおとめを迎える準備をしている天照大御神よ。自力で禊しようとしない者に高天原からお迎えが来るわけないでしょ。「イエスはわたしのことを信じない者が私を殺すのである」と言っているでしょ。油断した愚かなおとめにお迎えが来た時には婚宴会場の扉は閉まっているとたとえ話で教えているでしょ。

 この世にあるうちに高天原から納采の儀のお使者は送られてくるの。私の言うことなんか信じなくても問題ないけれど、聖書のイエスの御言葉は確実に成就するからね。生まれてこない方がよかったという事態に陥るわよ。滅びに至る道は広く大きく、そこから入る者が多いと警告されているでしょ。メシアを信じお迎えを受けるか、この世の雑事に気を奪われ終わりを迎えるか二つに一つしかないと思うわよ。自分のまわりをよく見たら、狭き門を見い出せず神様のこと安易に考えている人ばかりでしょ。自愛してね。


にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 あのね、イエスって完全な解脱者だったでしょ。

そうでなければ天の御父の御旨を悟り、十字架上で死ぬなんてこと

できるわけないわよね。

聖書の記述をそのまま信じるか信じないかの問題はあるけれども。

私は信じる人だし、信じる人に語りかけているの。

 

それでね、イエスは「自分の十字架を背負い私について来なさい」と言ったの。

自分の十字架を背負い本気でイエスについていこうとしたら、

イエスのように解脱しなければ無理よ。

 

私は聖書による信仰生活において、仏陀の解脱なんて意識したこともなく

ずっと過ごしていたけれど、ある時、ちょっと待った。と思ったの。

解脱という言葉が不意に浮かんできたの。

そしてもしやと思い聖書のイエスの御言葉読み直したら、

なんとイエスは聖書の中で解脱しなさいと言っているではないの。

聖書を読む人はその視点で聖書読み直してみて。

「私のように解脱して、自分を十字架につけ、私について来なさい」

と言っているではないイエスは、と気が付いたのよ。

教会のクリスチャンのように信じれば空中携挙で救われるなんて甘い話じゃないの。

解脱なの。出エジプトのエクソダスなの。

 

仏陀は死に物狂いで七年もかけて悟りを開いたでしょ。

そして弥勒菩薩の降臨を預言したでしょ。ここがつながらなければ

自分の十字架を背負いイエスに倣うなんてことは無理だわ、と私は思う。

これって人の生き方にかかわる、とっても、とっても重たい問題と思うでしょ。

でもね、とっても単純な話なの。イエスの御言葉を重視するか、

自分のこの世に対する煩悩を重視するかの問題。ただそれだけ。

 

イエスの御言葉を重視し、それに従った人はこの世にあるうちに御霊を受け、

イエスが復活したように、御父の御旨によりその時がくれば復活するの。
イエスは「私を見ないのに信じる人は幸いである」と言ったでしょ。
これ普通の人に対するメッセージだからね。
イエスを信じ、復活を見て、御霊を受けた人たちもみな普通の人たちだったでしょ。

私は御霊を受け書いているわよ。だからって宗教家になろうなんて
これっぽっちも思わないけど。


 自分のこの世に対する煩悩を重視し、イエスの御言葉に従わなかった者も、

復活させられると書いてあるわよ、聖書には。それは第二の復活と書かれているでしょ。

求道者はよく聖書読んでね。

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング





続きを読む
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)

 解脱後の人生はどうなるかというとあとは色即是空の、
自分自身この世のものとは思われない世界に置かれる。
煩悩の吹き消えた涅槃なのだ。ヨハネもキリストにある者は
もうこの世には属していないと聖書に書いている。
そういうことなのだから仕方がない。

 

 イエスの諭した父の御旨とは、解脱を手土産に、自身を供物として、
幽世の神宮に参れ、そこでともに祝宴をはるという事だった。
御父はそのようなお慈悲の心で、仏陀とイエスをお遣わしになり、
イエスの昇天の後は神の道を天照大御神に引き継がされた。


人気ブログランキング
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ