天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 解脱

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御霊により覚醒しているかどうかは外見では判別できないし、そのような話聞かされても霊的なことに関心がない人は信用しないと思うのよ。

 

それでいいのだけれども、自分がその様に覚醒しているかどうかは常に自分自身で確認できるわよ。常に覚醒状態だから深い瞑想に入らなくても目を瞑って自分のデスマスクを想像した時に安らいで祝福を受けている気分が得られる人は覚醒してしまっているわよ。

 

それが、お釈迦様が語った熾燃の煩悩を吹き消すということなのよ。吹き消された状態が涅槃なの。そうなったら後は野となれ山となれなの。神様の俎板の鯉の包丁式なのよ。お釈迦様が語った仏陀の言葉を聞く者は二本目の矢を受けないということなの。

 

私はメシアの御言葉で覚醒したから、メシアの御言葉に従い自分の十字架を背負いメシアについて行くということなの。その十字架上のデスマスクなの。だから安心なのよ。メシアの愛した弟子のヨハネの黙示録には二度目の死のことがはっきり書かれているからね。

 

人には必ず終わりがあるでしょ。その時にメシアについて終わらないと妖怪釣瓶落としに掃き寄せられると聖書で警告されているの。

 

生きているうちにそれを悟らず霊的痴呆に陥ったまま回復しない人はすでに掃き寄せられ、あの印を受けてしまっているという事なのよ。

 

それに気が付くまでは七転八倒の四苦八苦なのだけれども気が付いてしまえばそのようにシンプルなことなのよ。

 

そのようだから時間をかけてゆっくり冥想したりすると完全にトリップしてしまうのよ。相当気持ちいいわよ、三回転半の蛇神様のサハスラーラチャクラ。

 

大御神の八咫鏡と十種の神宝で逝ってしまっているの。

c54e7cc1786761c21aa666dbad3ca050阿吽



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あのね、僧侶とか神父とか牧師とかいう生き方をして老境に至った人が宗教を前面に打ち出して、もっともらしいお説教をしながらリードしているという現実ってあるでしょ。

 

ひどい所では預言者とか自任している人たちもいるわよ。

 

若い人がそのような人たちの話をきいて解脱を促されないのであれば、聞き従っていると穴に引き込まれるわよ。そのような事をメシアはパリサイ人のパン種に注意しなさいと御言葉していたの。

 

創世記の初めから神様の七日間の暦が示されているでしょ。その七日間は神様の目には七千年と同じと、鶏鳴三声のペテロが示唆していたでしょ。

 

その神様の暦は当たり前のように人の一生ともリンクしているのよ。

 

人の一生の七日間とは七十歳と相似象なの。そして神様は六日間しかお働きにならないでしょ。七日目はお仕事を終えた安息の日なの。

 

人はこの六日間である還暦を迎えるくらいまでには神仏を悟り、解脱していなければ安息には入れないという暦なのよ。

 

宗教などという無明の学知は、解脱しそこなった老人たちのパン種で成り立っているの。

 

メシアの時は、そのようなパリサイ律法学者が、メシアと鋭く対立し十字架につけてしまったでしょ。

 

注意を怠るとメシアを殺した側に回り終わりを迎えることになるということよ。宗教だけではないわ。文明開化とはそのような老害により導かれているということを、メシアの御言葉により見切り、神様の六日間である還暦くらいまでには、神様の御旨と同期して働きを終えておかないと、七日目にはパリサイ律法学者らのようにメシアを殺し、人を穴に引きずり込む老害と同期してしまうということなの。

 

今まだ年若い人たちは、遅くとも還暦を迎えるくらいまでにはきっちりと解脱しなさいよ。

 

 還暦とは十干十二支で成り立つ暦でしょ。メシアに導かれた十支族と二支族の暦なの。

 

私は首の皮一枚のギリギリセーフだったけれども、早すぎていけないということはないはずなの。お釈迦様は破格の人だったけれども三十代で解脱していたでしょ。メシアも同じ。

 

誰も教えてくれなかったから危ない所だったわよ。


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今日はねもっと現代的なわかりやすい方法で書けと促されたの。解脱とはね神様のサイトにログインすることなのよ。そこにログインするにはアカウントを申請してパスワードを発行してもらわなければならないのよ。

 

そのような簡単な事が現代においても誰にも知られていないという事なの。お釈迦様はその生き方において見つけてしまったのよ。そしてそのサイト内で知ったことは世間の人には誰もわかるまいからだまっていようとしたの。

 

しかしね、そのサイトにアクセスしてしまった人はそこで受けた祝福を世の人に施さなければならない定めがあるの。

 

それが仏陀の梵天灌頂による初転法輪として世に知られているの。その時代の仏陀が教えを説いた地域では宗教が世の中の秩序だったでしょ。そしてそのことについてもっと深く知り、極めたいと思うような人がゴロゴロいたのよ。

 

そのような人たちの乾いた心に仏陀の言葉が、砂が水を吸収するように浸透していったのよ。そして大きな教団になっていったの。お釈迦様は自分を慕ってくる全ての人がアカウント取得に成功するようにお説きになっていたのよ。

 

しかしね、途中で気が付いたのよ。ご自分の十大弟子を見ていて気が付いたのよ。誰もアカウント取得に成功しないと。それで法滅を予言したの。弟子たちはそれが何を意味しているのか全く気が付けなかったのよ。

 

そして年月が過ぎ仏陀は入滅したでしょ。そうしたら弟子たちはもうどうしたらよいかわからなくなってしまったの。誰もアカウント取得に成功していなかったのよ。だからみんなで集まって私は仏陀からこう聞いたと、必死で書き残したのよ。そうしないと失われてしまうと焦ったのよ。それが仏伝の起こりでしょ。

 

でもね、たとえ一人でもアカウント取得に成功していれば焦る必要はなかったはずなのよ。そのアカウントにアクセスできるのであれば梵我一如ということなど当たり前のように理解できるからなの。

 

仏陀のお説きになったことなど全てそのサイトにアクセスできれば難なく神様により示されるからなの。そのような人を排出したいというのが仏陀釈迦牟尼の宿願だったはずと思うのよ。しかし仏陀は途中で気が付いたのよ。これでは法滅だと。そしてその宿命に甘んじ最後まで弟子を離れず入滅したの。それが天意であったと満足しながら大往生を遂げた真正の菩薩だったのよ。

 

そのようなことは神様のサイトで全て知れるわよ。私なんか仏陀をフォローしていなかったけれども、仏陀が預言していたメシアに張り付いていたのだと気が付いたときにはアカウントがすでに作られていて、仏陀の解脱というキーワードを意識してしまって、あれっと、思ったらいきなりパスワード送付されてしまったからね。

 

さらっと書いているけれどもその期間は驚天動地の繰り返しで、日常生活に支障をきたすほどの毎日だったわよ。それでもどうにかこうにか落ち着きを取り戻した時に感謝の気持ちがあふれて来たからお伊勢様におかげ参りしたの。

 

七つのお祝いの通りゃんせの細道を、ものすごく怖いながらも通していただいたことに感謝してのおかげ参りだったの。おのおかげ参りで風に吹かれてしまったことなども既に記事にしておいたでしょ。それでこのブログ書かされている事もね。

 

何故私が書くかと言えば「死にかけている残りの者を強めよ」というのがメシアの遺言だからなの。それが定めなの。残りの者が何を意味しているかはアカウント取得後ログインしてそこで確かめてね。

 

仏陀の言葉と、弥勒菩薩すなわちイエスすなわち天照大御神と見定め、仏伝と聖書と古事記を並行して集中して読めれば何とかなるはずよ。

 

このアカウント取得は信仰による契約であって、それはあくまでも対個人契約だから団体契約などありえないわよ。宗教信者はまずそこから足を洗わなければ絶対に無理よ。家族からも完全に孤立した孤軍奮闘をしてでも本気で申請しなければアカウント作ってもらえないわよ。

 

あの仏陀でさえも骸骨のようになり死にかけたでしょ。

 

それでも大御神の国に生まれた人は恵まれているわ。

 

私がそうだったからよくわかるの。


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イエスの示した狭き門って狭すぎると思うでしょ。私はなぜかギリギリその門下となれたようなのだけれども、世間を見渡しても同じ人いないからね。

 

なぜそのように狭いのかと考えたのだけれども、やはりそれが神様の選考基準なのよ。そのために神様が仏陀とメシアを教誨師としてとして派遣されたの。

 

しかもメシアは神の独り子で、死刑囚の罪を肩代わりしてまで恩赦を願い、それが父神により受け入れられているという離れ業。

 

メシアに先立ちこられた仏陀も修行の未全てを悟り、メシア来臨に先立ち恩赦を受けさせるための教誨師としてのお働きを十全に全うし入滅されているという超人的な離れ業。

 

このお二人のことは知らぬ人がいないというくらい有名なのに誰もそれを悟らないのよ。それはこのお二人の教誨は、虚空蔵求聞持法でなければ聞き分けることができないという高いハードルが置かれているからなのよ。

 

なぜそのような高いハードルが置かれているかというと、そうでもしないと独り子の僕として受け入れた時に天の父の家では使い物にならないからなのよ。

 

この世においても、神様が魂の穢れとみなす煩悩に憑かれている者は神仏を忖度することなどできないでしょ。それでは天において使い物になるわけがないでしょ。聖なる父の天の家においてはなおさらでしょ。

 

そのようなものを安易に招き入れてしまったら穢れを招き入れることになるでしょ。だからそれに見合った厳重な選考基準が設けられているの。

 

その上で手に箕を持ち麦と殻をふるい分けておられるの。神として十分な上にも十二分な慈愛を注ぎ育てた作物が、善い実を生らせなかったら、根こそぎにすることなど神様にとっては造作もないことなのよ。お百姓さんが昔からしていることなの。


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この世の不信仰な人たちは警報が出ている川の中州でバーベキューを楽しむ迂闊な人たちと思ったのだけれど甘かったわ。川が増水したら手遅れで、河流れになるその様があの水難事故の映像とオーバーラップして恐い気持ちになりしばらくブログ公開する気になれなかったの。でもね、しばらくお休みしているうちにまた示されたの。もう歯に衣着せずにきついと思うこともはっきりと洗いざらい書くことにするわ。自分は羊飼いの声を聞き分けたいと思う人だけ読んでね。パスワードかけておくことにするわ。


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イエスの「信じる者には助け手を送る」という御言葉はね、イエスを信じる者には生きているうちにお迎えが来るということなの。イエスの御言葉を丸呑みにしてそれでも解脱しない人がいたらお目にかかりたいくらいなの。仏陀の預言した弥勒菩薩よ。弥勒菩薩からお迎えが来るということなの。当然空境涅槃を悟らなければ来れないでしょ。煩悩の炎を自力で吹き消そうとしない者に梵天界からお迎えなんか来るわけないでしょ。

 

高天原で賢いおとめを迎える準備をしている天照大御神よ。自力で禊しようとしない者に高天原からお迎えが来るわけないでしょ。「イエスはわたしのことを信じない者が私を殺すのである」と言っているでしょ。油断した愚かなおとめにお迎えが来た時には婚宴会場の扉は閉まっているとたとえ話で教えているでしょ。

 この世にあるうちに高天原から納采の儀のお使者は送られてくるの。私の言うことなんか信じなくても問題ないけれど、聖書のイエスの御言葉は確実に成就するからね。生まれてこない方がよかったという事態に陥るわよ。滅びに至る道は広く大きく、そこから入る者が多いと警告されているでしょ。メシアを信じお迎えを受けるか、この世の雑事に気を奪われ終わりを迎えるか二つに一つしかないと思うわよ。自分のまわりをよく見たら、狭き門を見い出せず神様のこと安易に考えている人ばかりでしょ。自愛してね。


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 あのね、イエスって完全な解脱者だったでしょ。

そうでなければ天の御父の御旨を悟り、十字架上で死ぬなんてこと

できるわけないわよね。

聖書の記述をそのまま信じるか信じないかの問題はあるけれども。

私は信じる人だし、信じる人に語りかけているの。

 

それでね、イエスは「自分の十字架を背負い私について来なさい」と言ったの。

自分の十字架を背負い本気でイエスについていこうとしたら、

イエスのように解脱しなければ無理よ。

 

私は聖書による信仰生活において、仏陀の解脱なんて意識したこともなく

ずっと過ごしていたけれど、ある時、ちょっと待った。と思ったの。

解脱という言葉が不意に浮かんできたの。

そしてもしやと思い聖書のイエスの御言葉読み直したら、

なんとイエスは聖書の中で解脱しなさいと言っているではないの。

聖書を読む人はその視点で聖書読み直してみて。

「私のように解脱して、自分を十字架につけ、私について来なさい」

と言っているではないイエスは、と気が付いたのよ。

教会のクリスチャンのように信じれば空中携挙で救われるなんて甘い話じゃないの。

解脱なの。出エジプトのエクソダスなの。

 

仏陀は死に物狂いで七年もかけて悟りを開いたでしょ。

そして弥勒菩薩の降臨を預言したでしょ。ここがつながらなければ

自分の十字架を背負いイエスに倣うなんてことは無理だわ、と私は思う。

これって人の生き方にかかわる、とっても、とっても重たい問題と思うでしょ。

でもね、とっても単純な話なの。イエスの御言葉を重視するか、

自分のこの世に対する煩悩を重視するかの問題。ただそれだけ。

 

イエスの御言葉を重視し、それに従った人はこの世にあるうちに御霊を受け、

イエスが復活したように、御父の御旨によりその時がくれば復活するの。
イエスは「私を見ないのに信じる人は幸いである」と言ったでしょ。
これ普通の人に対するメッセージだからね。
イエスを信じ、復活を見て、御霊を受けた人たちもみな普通の人たちだったでしょ。

私は御霊を受け書いているわよ。だからって宗教家になろうなんて
これっぽっちも思わないけど。


 自分のこの世に対する煩悩を重視し、イエスの御言葉に従わなかった者も、

復活させられると書いてあるわよ、聖書には。それは第二の復活と書かれているでしょ。

求道者はよく聖書読んでね。

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 解脱後の人生はどうなるかというとあとは色即是空の、
自分自身この世のものとは思われない世界に置かれる。
煩悩の吹き消えた涅槃なのだ。ヨハネもキリストにある者は
もうこの世には属していないと聖書に書いている。
そういうことなのだから仕方がない。

 

 イエスの諭した父の御旨とは、解脱を手土産に、自身を供物として、
幽世の神宮に参れ、そこでともに祝宴をはるという事だった。
御父はそのようなお慈悲の心で、仏陀とイエスをお遣わしになり、
イエスの昇天の後は神の道を天照大御神に引き継がされた。


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 経験によると、人は蝶形骨でイエスと天照大御神は同一と悟る。
眉間のチャクラだ。この時は二十年来の胃病が癒された。人生観が愛国に変わった。
次に仙骨で父と子と聖霊と仏陀の関係を悟る。臍下丹田のチャクラだ。
骨盤のゆがみがとれ腰痛が癒された。人生観は空境涅槃の梵我一如になってしまった。


 梵我一如を悟り解脱しているがどうかのセルフチェック方法

瞑目して棺桶に入った自分のデスマスクを観想する。
その時に、解脱、救済、祝福、モクシャ、空境涅槃、梵我一如などの言葉が連想でき
安らぎを感じるのならばその人はすでに解脱している。


 


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 日本人には神宮にお参りするのが感謝のしるしだ。
毎日神様にお召し物が供えられる。
しかし神仏はもっと深い交流を望んでいる。
善因において解脱しこの世の後は、
自身を善果のお供物として幽世の神宮に参れと諭している。
日本人よ悟れ。神は人の思いより深く人を思う。
手ぶらでは絶対に上れないと。


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