天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 許嫁(いいなづけ)

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 プロテスタントの牧師さんのページを紹介するわね。

私は教会を信じていないのだけれど、この牧師さんのページにはだいぶお世話になったの。

聖書のことに関してはかなり参考になると思うわよ。

教会を神道に、聖餐式を直会に読み替えてね。
天照大御神は昇天後のイエスよ。結ばれるための作法は禊。

http://meigata-bokushin.secret.jp/index.php?%E9%81%8E%E8%B6%8A%E3%81%AE%E9%A3%9F%E4%BA%8B%E3%80%81%E5%AE%9F%E3%81%AF%E3%80%81%E3%81%9D%E3%82%8C%E3%81%AF%E5%A9%9A%E7%B4%84%E5%BC%8F%E3%81%A0%E3%81%A3%E3%81%9F



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 あんたたち地球に何しに来ているかわかってないでしょ。

お釈迦さまは知ってるわよね?

お釈迦様と自分の関係判ってる?

仏さまと自分の関係よ。

 

 イエス様はメシアで私たちのいいなづけだっていつも言ってるわよね。

それは天のお父様が決めたことだって言ってあるでしょ。

仏様はねそのお父様からお願いされたの。

いいなずけたちの家庭教師になってくれと。

将来いいなずけのメシヤがこの地球に生まれると、あらかじめ言い広めてくれと。

 

 これでわかったでしょこの星がどういうところか。

この星はねメシアのいいなずけを降臨させるために、

お父様がイエス様と息を合わせて造った、

八百万の神たちの依り代なの。神奈備なの。神籬なの。

それが神の道の神道なの。

 イエス様はね今は天のお父様の家でね、自分の花嫁迎える支度してるわ。
そうやって聖書に書いてあるもん。
その神様が天照大御神様だっていつも言ってるでしょ。
古事記よく読めばわかるわよ。

でもね今では誰もその空気読めなくなってるのわかるでしょ。

 

 古事記や聖書はね昔の空気読めた人が空気読めるように書いた本なの。
この空気が神様の息吹だって気が付いてないでしょ。
聖書にはそう書いてあるわよ。
神様がこの息くださったってしっかり書いてあるわよ。
でもみんなその空気読まないから神様の書物の読み方知らないでしょ。

だから学校でも、教会でも、お寺でも教えてくれないでしょ。

だれも知らないからしかたないけどさ。

 

私たちはいつまでもこの星に居られるわけじゃないんだから、

この星を去るまでに神様仏様の事、

しっかりしておかないといけないのわかったでしょ?

ねえ、ちょっと聞いてんの?わかったの?


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 伊勢神宮の内宮に隣接しておかげ横丁という一角がある。

日本人の神宮参拝はおかげ参りなのだ。

このおかげ参りだが、この国は神道と共に、神の歴史の先見者たちが

カバラにより設計した国であるので、かなり深い意味を蔵している。

 

天照大神をお祀りしている神宮は、キリスト・イエスが上った

父の家の象徴なのだ。その事がヨハネの福音書に記されている。

 

ヨハネの福音書から引用する

 2917

イエスは彼女に言われた、「わたしにさわってはいけない。わたしは、まだ父のみもとに上っていないのだから。ただ、わたしの兄弟たちの所に行って、『わたしは、わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神であられるかたのみもとへ上って行く』と、彼らに伝えなさい」。引用ここまで。

 

これは復活後のイエスがマグダラのマリアに語った言葉であるが、

ここには極めて重要なカバラが示されている。

イエスの言う「父のみもと」とは天国の父の家という意味だ。

 

「わたしの父またあなたがたの父であって、わたしの神またあなたがたの神」

とはイエスと人類とのいいなづけ親の父であり神である創造主の事を意味している。

 

「わたしの兄弟たち」とはいいなづけの内、イエスの求婚を受け入れた

婚約者たちという意味だ。そしてイエスは今天国の父の家で

婚約者たちの居場所を整えている最中で、準備が整えば父の許しを得て

婚約者たちを迎えに来ると聖書には書かれているのだ。

 

その婚約者は父の家からの結納の使者である聖霊を受けているので

はっきりそれと自覚している。その自覚のもとにある先見者たちが

神の意を受け設計したのがこの日本なのだ。日本はカバラそのものなのだ。

 

であるから神宮は天国の父の家の象徴であり、そこで準備をしている

イエスを天照大御神としてお祀りしているのだ。ヨハネの黙示録では、

イエスを信じ聖霊からバプテスマを受けたものが天国に復活させられる

と証しされているのだ。

 

この復活者たちが天国におかげ参りできるというカバラなのだ。


 この国とはそのような国なのだ。そこに創造主である御国の父の御旨があるのだ。


 イエスはその父の御旨を受け、聖書の中からこの世のいいなづけらに

最後の一人が受け入れるまで求婚し続ける。

 そのように聖書には書かれている。


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 七五三と五六七は一体なにを示しているのか。

この事を詳細に記述しようとしたら一冊の本になってしまう。

なのでキーワードを中心に略解として示しておきたいと思う。

すべてはイスラエルのカバラに端を発しているのだ。

イスラエルのカバラとは古事記における倒語(さかしまごと)と同じで

賜物を受けた身内だけで通用する神秘体系と思ってもらえばよい。

 

 理解したいと思えば、一旦、理性という学問至上の感性を脇において、

瞑想のなかで思惟する必要があるかもしれない。

日本の学問上ではいまだに人間は猿の末裔だと教えている。

 

 カバラについて思惟しようとしたら、旧約聖書と新約聖書を一通り読み通し、

大まかにでも何が書かれていうのかという事の理解がなければ、

意味不明で理解不能だとお断りしておく

 

 さてまず五六七と七五三なのだが、これは神が六日のうちに天地の創造を終え、

七日目に休まれたという事に由来するのだ。

 

 事細かく説明する紙幅も時間もないので理解の助けになるような

結論だけを次々に示しておく。

 

 天地創造の七日間はカバラのカレンダーなのだ。

そして一日は千年として換算するように聖書中で諭されている。

七五三をそのカバラに当てはめると、

三日目、五日目、七日目という暦が浮かんでくるのだ。

 

さらにこの暦に千年換算を当てはめ、三千年、五千年、

七千年とし聖書の歴史に照らすと。三千年目にアブラハム、

イサク、ヤコブと神の契約がなされ、これが、イスラエルが

神に立てられる契機になった。その後五千年目にイエスが降誕した。

それから二千年後の七千年目に再降臨があると信じられている。


 これがごく大雑把ではあるが三日目、五日目、七日目のカバラであり、

神道はで三日目がいいなづけの誓約、五日目が婚約の誓約、

七日目が神前結婚の誓約として倒語に取り込み、七五三のお祝いとしている。

 

さらに天神様の細道の七つのお祝いだとそえ歌にして、

七日目の神前結婚を示している。これが、ヨハネが黙示録で

黙示している子羊の婚宴で、千年の宴の福千年なのだ。

 

であるから七日目の安息日を聖別せよという十戒の中の戒めは、

この七千年目の婚宴のことを示しているのだ。

 

神道においてはそれが七つのお祝いなのだ。

そのように理解できれば仏陀が示した五六七は容易に理解できる。

 

五日目に弥勒菩薩が降臨し求婚の儀式を済ませ、

解脱、禊をして婚約に至ったものは、六日目を経て、

七日目の七つのお祝いに参列する。

 

それを拒んだものは六六六の目印を付けられるということなのだ。

 

他の記事で七七七、八八八、九九九についても書いているので
このブログはくまなく読んでいただきたい。

 

八八八はメシアの数字で、古事記において弟橘姫が走水の海で

八重の畳を三種そろえその上に座り入水したことなど、

八重の畳を三種で八八八を示していることなど。

 

この先書きたいことは山積しているのだが多すぎて

書ききれないのではと思ってみたりもしている。

 

そういう事情で、何というか、中抜きの結論だけをキーワードを中心に、

これまで神道が秘めていたことを抉り出して紹介していくので、

瞑想しながらよく咀嚼して、カバラの賜物を受け取っていただければ

よいと思っている。

 

送り手は私ではなくキリスト・イエスだ。

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 神様の世界は完全に男の世界だ。

女人禁制だ。

男女同権では滅びる。

伊弉冉尊(いざなみのみこと)は女神であるが、男神の伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
より先に言葉を発したので国生みは成らずやり直しをさせられた。

 

仏陀はそれを熟知していたはずだ。
瑜伽タントラという密教において知っていたはずなのだ。

だから女人禁制の比丘たちを率いていたが、
その比丘が比丘尼を受け入れるよう諫言した。
仏陀は独裁者としてふるまわず、無明の弟子の諫言を受け入れた。
そして法滅に至ると示した。
やり直しはきかず法滅に至ると見抜いていたのだ。
そして仏教は神の国で葬式仏教として法滅をさらしている。
(いささか毒舌効かせ過ぎか?でも本当のことだ) 

 

仏陀は梵天から灌頂を受けたが、その梵天界である神様の世界は
男の世界と知っていたのだ。
神道はそれをはっきり自覚している。その表れが神事である大相撲の土俵に
女人は上げてはならないというしきたりにはっきり見えている。
女人の力士など金輪際現れない。巷において力士として頭角を現す女子も
陽の目を見ることはないだろう。女子プロレスは有っても女大相撲は絶対にない。
なぜか。それは神様の世界が男の世界であり、そこを間違えると何も生まれず滅びる。
相撲は神事である。ヤコブに由来する神事なのだ。

 

聖書においてその事がカバラで示されている。

モーセの時にイスラエルの人口が数えられた時には戦に出ることのできる
成人男性しか数えられず、女性と子供は数えられなかった。

 

イエスがこの世に来て二度群衆に魚とパンを配り満腹にさせた時も
数えられたのは男の数だけなのだ。四千人も五千人も人がいて
女性と子供がその場にいなかったなどは考えられない。
しかし数えられたのは男の数だけだ。聖書を読めばそう書いてある。
そこに神様の世界は男の世界であるという事が暗にが示されているのだ。

 

この事を人はどう解釈すれば良いのか。

これは聖書や仏伝を私なりに解釈した時の私見であるとお断りしておく。

 

天地創造の神様は御父と御子という
男性神だからなのであり、御父である創造主が男の鏡であるからだ。
そこに聖霊という有り難くもあり、怖い神様も関わりを持っている。
この神様は時に虹として示され、神道では雷様、
ヒンズー教ではシバ神として知られている。

 

この御父と御子と聖霊という神様は三位一体という無明のキリスト教神学で
ローマ時代からひとくくりにされ縛り上げられてきた。
そこにすべての誤謬の根っこがある。
聖書を熟読すれば、何故そのような理解が成り立つのか、私の読解力では理解できない。

 

この御父と御子の在り方に似せ男女は創造された。

聖書から引用する

 

創世記第1

26節 神はまた言われた「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 27節 神は自分の形に人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。引用ここまで。

 

この御父と御子の在り方というのは神である御父が光あれという言葉を発し、
光の神である御子がなったという事に端を発する。そのように聖書に書いてある。

 

それは最初にアダムが創られ、その後にその助け手としてイブが創られた
という事と相似の関係なのだ。そしてこれは完全に主従の関係なのだ。
イブはアダムの助け手として作られ始めから主従の関係であった。
それは御父と御子の主従の関係の投影なのだ。私はこの関係性を創造の関係性と考えている。

 

そしてもう一つ見落としてはいけない関係性があるのだ。
それが御子と人間の関係性だ。メシアと人間の関係性なのだ。
神と人の関係性なのだ。

 

アダムとイブの関係は御父と御子の関係の反映のみでなく、
御子であるメシアと人間の関係をも反映しているのだ。
私はこの関係性を救済の関係性と考えている。
人間の創造には初めから創造と救済が反映されていたのだ。

 

いささか複雑ではあるが、御父である神がまず初めにあり、
光の神である御子が御父により生まれ、その後にその神の主従に似せ、
男と女が創られたという事実に、
創造と救済の関係性が秘められているのだ。
二重写しになっている。創造と救済が二重写しになっているのだ。

 

これは神の賜物であるイスラエルのカバラの本質に迫ると
言ってよいのではないかと私は思っている。

 

整理して言うと御父と御子という男性神の主従の関係が創造性と救済性という
二つの側面を持っているという事だ。創造主と救世主の主従があり、
救世主と人間の主従があり、その二つの主従がまとめて人間の男女に映されているのだ。

 

そのことが、人間が神の似姿に創られているということの奥深い
ことわりなのではないかと私は思う。それであるから神様の世界は
男が主でなければならないのだ。この主従を破ると創造と救済を破る
ということに繋がることになる。そこに人間の男女の何とも言えない
複雑な悲喜こもごもが発生してくるのだ。
伊弉諾尊と伊弉冉尊の国生みのやり直しにそのことが示されてきたのだ。

 

だから神様の世界は男の世界なのだ。夫唱婦随の男の世界なのだ。
男尊女卑なのではない。主従の搾取ではなく、主従の慈悲の世界という
意味において男の世界なのだ。その男の世界において女と子供たちは
幸せに生きていけるのだ。それが神様の男社会なのだ。

 

男女同権の人権思想の社会は以上の理由で神仏を無視することにより法滅を招く。
それは男の美徳とは何か、女の美徳とは何かという事に思いの至らない、
間抜けな社会を形成する。今そのようになっているのだ。
核家族を超え、家庭の崩壊に至っているのだ。
私たちの古き良き日本はそのようではなかったはずだ。
いつからその様になったのか。それはキリスト教徒と称する無明の連中が
波状的にこの国に干渉し、最終的に開国させられたからなのではなかったか。

 

 日本人にもそれを受け入れる下地があったと言わざるを得ない。
古事記には御父と御子のことが倒語
(さかしまごと)をもってではあるが
はっきりと記述されていた、しかし日本人の先祖の不信仰がそれを悟らなかった
という事なのだ。先見者は全て見抜きながら、
それは人がとやかく言うべき事柄ではなく悟られるべき事柄であるとして
神道に秘めながら黙秘して来たのだ。

 

神道は奥が深すぎる。
聖書など知らない日本人の長い歴史は一体何だったのか。
そこに人間の理解を超えた神様の叡智があるのだろう。
私はその一端をかいま見てしまった気がしている。
そして畏敬の念をこえた畏怖というものを知った思いなのだ。
これらのことは、私の信仰により聖書と古事記から見出したことだ。


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その昔、イスラエルにおいては男女の縁談話はいいなづけ婚だったのよ。

 
 イスラエルにおいて、いいなづけとされた男女は、適齢期になると、
婚約の宴が一週間ほど催され、その最終日に花嫁候補が、
花婿候補から拒まずにぶどう酒の杯を受ければ婚約成立という運びだったの。


 そして婚約が成立すると、花婿は実家に帰り、
一年ほどかけて結婚の準備をすることになり、
その間は貞潔を保つために飲酒は控えるというしきたりだったの。

そうしながら父から結婚の許しが出るのを待ったのよ。

 
 ヨハネが福音書で記述した、イエスの最初の奇跡が行われたカナの婚礼とは、
いいなづけ同志の婚約式の婚礼であり、その婚約式において
ぶどう酒が足りなくなったことを意味していたの。

 
 ヨハネはここで何を言わんとしているかというと、
いいなづけの花嫁候補らの不品行により、縁談が破談に終わろうとしているときに、
キリストが贖いの業の奇跡により、信仰の象徴である瓶の縁まで満たした水を
縁結びの御神酒に変えたと示唆していたの。

 そして最後の晩餐におけるパンとぶどう酒がその縁結びの杯だったの。
しかもこの席でイエスはパンとぶどう酒は自分の体と血だと言って弟子に与えたでしょ。
そしてこれを記念として行いなさいと言ったのよ。
イエスは十字架上で自分の体をお供物としたの。
その記念が天照大御神からいただく御饌と御神酒の直会なのよ。
この国において水杯が不吉とされるのは、信仰が伴わなければお神酒を受けられずに、
神様と今生の別れになるということまで意味しているのよ。
それをイエスの十二弟子とその子孫である八咫烏が伝えたの。

 このいいなづけというキーワードは聖書や古事記において覆いをかけられ、
露骨に現されることなく、それとなく秘匿されて来たの。

 
 でも、聖書にはそれを示唆する記述がいくつかあるわ。

 福音書から引用するわね。

 
 マタイ
2629 
 言っておくが、わたしの父の国であなたがたと共に新たに飲むその日まで、今後ぶどうの実から作ったものを飲むことは決してあるまい。」

 
 ヨハネ
1336 
 シモン・ペトロがイエスに言った。「主よ、どこへ行かれるのですか。」イエスが答えられた。「わたしの行く所に、あなたは今ついて来ることはできないが、後でついて来ることになる。」

 
 ヨハネ
14 2 
 わたしの父の家には住む所がたくさんある。もしなければ、あなたがたのために場所を用意しに行くと言ったであろうか。 3行ってあなたがたのために場所を用意したら、戻って来て、あなたがたをわたしのもとに迎える。こうして、わたしのいる所に、あなたがたもいることになる。引用ここまで。

 
 ここで引用した聖書のイエスの御言葉は、イエスの御業が
いいなづけ婚の習わしに沿い進行しているという事を示唆していたの。

 
 創造主である父なる神は私たちのいいなづけ親だったの。

 
 極めつけはヨハネ
20章のこの聖句よ。

  
 17 イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」引用ここまで 

 
 これはイエスの復活後、マグダラのマリアに姿を現しお語りになった御言葉よ。

ここでイエスはわたしの兄弟たちと語っているけれども、実は杯をうけた婚約者たちなの。

 
 その婚約者に、婚約は済んだが、まだ父のお許しが出ていない、
結婚はこの父のお許しを待たなければならない、であるから今はまだ、
わたしにすがりつくのはよしなさい、と語ったの。

 
 ヨハネは完全にその事を悟り、福音書を記述していたの。

 
 他の三者の共観福音書と趣を異にしているのは、ヨハネの悟りの
深さを示しているからではないのかしら。

 
 主に愛された弟子と言われ、黙示録を書いたヨハネよ。

 
 この聖句の「わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、
わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る」

 という言葉
を、

「イエスのいいなづけ親の父であり、私たちのいいなづけ親の父である方、

またイエスのいいなづけの神であり、私たちのいいなづけの神である方のところへ
イエスは上られた。準備が整えば、神である父のお許しを受け迎えに来られる。」
と読み、イエスの御言葉をしっかりと飲み込めた時には、キリストの十字架上の死と復活を信じ、
イエスからぶどう酒を受けたことになり、なおかつ梵天界で準備をしておられる弥勒菩薩、
天の神宮で準備をしておられる天照大御神を悟ったことになり、
御霊を受けるわ。


 婚約をお受けしてしまえばお仲人が立てられるでしょ。
信じる者には助け手を送るというイエスの言葉が結実し神変を受けるわ。
でもそれを信じるということが人にはなかなかの難関なの。

 
 このいいなづけというキーワードがいかに物凄い破壊力を秘めているかという事なの。

このキーワードを頭に入れて聖書を読み直せば聖書理解は飛躍的に進むわよ。

と同時に眼を開かれ、古事記の倒語が読み込めるようになるの。
神道における盃事とは一体何なのか理解できてしまうの。

 神様は太古から、人間を自分の家に家族として受け入れようとされてきたという事なの。
人間の方が正常性の偏見によりそれを拒み続けてきたとしか思えなくなるわ。

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 この日本の皇室は幽世にある天の皇室の顕現なのだ。
天の皇室の映しなのだ。
その日本の皇室が納采の儀を出せない事態に立ち至っているという事は、
そのまま天の皇室が現世に対して納采の儀を出せない事態に立ち至り、
時が極まりつつあるという事なのだ。

 

皇室が納采の儀を出せない事態を日本人は他人事と思っていてはいけない。
現世の終わりまでに天の皇室から納采の儀をお受けしなければ
破談になるという事をしっかり自覚するべきなのだ。
神仏を侮らず、梵我一如を悟るまでに、禊、解脱に至るまでの悔い改めがなければ
天の皇室は納采の儀を出せない。

 

誰もが知るキリスト・イエスが天の皇太子だ。
その皇太子との納采の儀が聖霊による洗礼だ。
そしてその納采の儀をお受けするには梵我一如を悟るまでに、
禊、解脱に至るまでの悔い改めをして潔斎しなければならないという事。
そうしなければ皆破談。

 

聖書がベストセラーでイエスを誰もが知っているのは、
イエスが救世主でしかも全人類の許婚だからだ。
いい名付け親がイエスの示した天の御父だ。
だから天の御父の御旨を行うには天の皇室の納采の儀を
受けなければならないのだ。
現世でそうしなければサタンの後宮入り。

 

現世には天の皇室の顕現である天照大御神の皇室がある。
しかし同時にサタンの後宮の顕現もある。臣民は皆、
天照大御神の皇室を敬いながら、サタンの後宮に信仰をおいている。
幽世では信仰が結実する。

 

 ユダヤにおいて奇跡の人イエスは超有名人だった。
しかしユダヤ人はメシアと認めようとしなかった。
現代においてもイエスは超有名人だ。
しかし現代人はメシアとの縁結びのために父の御旨を行うという事を知らない。


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 イエスは聖書の中で天国は激しく襲われていると語った。
これはイエスの許嫁がサタンにより唆され、そのまま不倫の関係に酔いしれ、
自分の立場を弁えずに、その価値観において反キリスト文明を
古代から現代にいたるまで推進しているという事だ。
この大御神の安国にもその徴はいたるところに散見される。


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 イエスが全人類の許婚であると人はそう簡単に悟れない。
しかし悟ると結納の使者である聖霊が送られてくる。
そしてイエスの言霊の隠された意味を全て知らされる。
縁談の日取りまで明かされる。すべてカバラであり日取りは三五七だ。
イエスの言葉にすべてがある。生ける命の水は渇くことがない。

 

 イエスが全人類の許婚であることを悟るのは一見難しい。
しかし実は易しい。イエスが「私の肉を食べ、
私の血を飲まなければ御国には入れない」と言ったのは、
イエスの言葉が自分の血肉になるまでによく読めば事足りるという意味だ。
だからヨハネは「言葉は神であった」と言った。不信仰は無益だ。

 

 イエスの肉を食べ、血を飲むということは神様の体を丸ごといただくという事だ。
そうすることにより命の水である神の言葉がワインに変えられ
イエスとの固めの盃の神酒になる。カナの婚礼でヨハネはその事を示していた。
イスラエルの井戸から汲んだ水は神前で神酒に変わるという事だ。



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 信仰とは神様との恋愛だと言った男がいた。
この恋愛には不品行を悔い改めた得た許嫁による恋愛と、
不品行を悟れない許嫁の恋愛がある。
許嫁でありながらもサタンとの不倫の関係にある淫婦の恋愛があるのだ。
ヨハネはそれを黙示したのだ。
そのことに人の目を向けさせない聖職者がすべて偽なのである。


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