天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 瞑想

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マタイによる福音書 1

1 愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 

2 イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 

3 イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。

 

単なる心霊体験と神秘体験の見分け方が示されているの。その違いをはっきりと認識するから偽預言者が識別されるのよ。本物の神秘体験は生命御守護の福音の原則によってしかもたらされないのよ。イエスの御名により創造主から聖霊を送られなければ何も始まらないのよ。

 

霊的なことに関心を持つと初めは心霊体験と神秘体験の区別がつかないから戸惑うのよ。その段階で宇宙や神と繋がったと惑わされる輩が唆しの罠にはめられ偽預言者の一丁上がりとなるのよ。

 

イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていないのよ。それがイエスの使徒の御言葉なの。霊的な事柄に関して語りながらイエスのことを公に言い表さない霊があやかしなのよ。

 

イエスのことについて語りながらも、その説教が福音の原則によりなされているかどうかも重要な視点なのよ。その視点は単なる心霊体験と、福音の原則による神秘体験とを、はっきりと自身の体験により見極めることでしか得られないのよ。

 

私の経験によれば心霊体験と神秘体験の同時発生なども起こりうるのよ。そのようなところでも生命御守護のための神様のふるい分けが行われているのよ。

 

イエスのことを公に言い表そうとしないスピリチュアルが横行しているでしょ。唆された裏切者が反キリストの霊として神により屠られる生贄となるのよ。生贄が多いほどお祭りが盛大に盛り上がるの。そのお祭りに出仕するための祭司が神様のふるいにより募られているの。そう冥想するのよね。


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マタイによる福音書 10

37 わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。

38 また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。 
39 
自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」

 

マタイによる福音書 16

24 それから、弟子たちに言われた。「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。  

25 自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを得る。

 

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メシアの御言葉に従い自分の十字架を背負うという事のお印がこれなのよ。自分を神饌の熨斗あわびとして御神前に御供えするという事なの。それが生命御守護の御神饌をいただく直会による神人共食なの。龍宮の熨斗あわびと命の木は神様によるトリックアートを目に見える形で表しているのよ。

 

龍宮で多用される熨斗あわびに生命御守護のための福音の原則がすべて詰め込まれているの。魔法陣による御正月から、三つ巴紋の裏表、三巻の蛇神と三柱鳥居、夏越しと年越しの大祓の人形代と茅の輪、三つ巴とかごめ紋の陰陽、陰陽太極図、麻紋、貴船と心御柱、三種の神器と十種神宝、根付きの真榊や玉串等々おおよそ聖書と古事記に秘められている神様のバジュラヤーナによる生命御守護の賜物が全て網羅されているの。

 

だから御祈祷を受ける時の初穂料や玉串料をお納めするときの御祝儀袋に熨斗あわびが印刷されているでしょ。その他の慶事に用いるご祝儀もすべてその生命御守護の賜物なのよ。

 

御言葉によりその御守護を悟り、自分の命を熨斗あわびの御神饌として十字架を背負い、その御言葉に従うか否かが、神様によりもたらされる命運の分かれ目なのよ。

 

マタイによる福音書 7

 5 偽善者よ、まず自分の目から丸太を取り除け。そうすれば、はっきり見えるようになって、兄弟の目からおが屑を取り除くことができる。

 6 神聖なものを犬に与えてはならず、また、真珠を豚に投げてはならない。それを足で踏みにじり、向き直ってあなたがたにかみついてくるだろう。」

 

何故龍宮の慶事の奥深くに幾重にも秘められているかというとそういう事なのよ。

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今年も九月九日の重陽の節句が巡って来るでしょ。菊の節句とも呼ばれるこの日なのだけれども、この日が巡って来ると、日本人は盲点の内にいてこの日の持つ深い意味を見落としていると毎年思うのよ。

 

夏越しの大祓に至る三月三日の桃の節句と陰陽を成しており、年越しの大祓に至る重要な節句なのよ。

 

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この重陽の節句の神様が菊理姫命なのだけれども、その神様と同一神とされる白山比咩神をお祀りする白山比咩神社の説明を見ても、この神様と重陽の節句の関連は語られないの。

 

菊理姫命はくくり姫と読ませているのだけれどもそれは括り(くくり)を意味していて、日本書記でただ一か所、伊弉諾尊と伊弉冉尊の別れの場面の黄泉比良坂に登場し、その二神の和解を取り持つ括りで、縁結びの神と説明されているの。

 

その様だから九月九日の菊の節句という極めて重要なヒントが龍宮の暦に組み込まれているのに、それを見落としているとしか思えないのよ。ここにも龍宮のバジュラヤーナによるトリックアートの仕掛けがあるという視点で読み解こうとすると、中秋の名月の菊花酒に映る月見酒まですべてが繋がっている事が見えてくるのだけれども、表の神道はその視点を欠いているの。

 

それは大祓の人形代が晴明さんの式神と同一の呪術であるという視点を欠いていることと同じなのよ。菊理姫命の「くく」は九九なのよ。九九理の姫なの。そして九九が白なの。だから白山比咩神と同一神なのよ。九九の白に一を足すと百になるの。百は生命御守護の十種神宝では「もも」と読まれるのよ。

 

黄泉比良坂に菊理姫命が顕れる直前には、伊弉諾尊が追っ手を追い払うために三つの桃を投げているのよ。これは命の木の三種の神器を表していて、それが晴明神社で祀られている厄除桃なのよ。伊弉諾尊が投げた三種の神器が厄除桃なの。それは三度の大祓を意味しているのよ。

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この大祓の主役が桃太郎さんなの。桃太郎さんが手にする日本一という幟旗があるでしょ。桃引く一が九九なのよ。百引く一が九九で白なの。それが九九の理で、菊理姫命が白山比咩神と桃太郎さんと同一神で、すべて伊弉諾尊の投げた厄除桃の神様でそれが天照大御神であり、封印されているメシア、キリスト・イエスなのよ。白がその象徴の色で、神の子羊とたとえられるメシアの御言葉が比咩なの。め~と鳴く羊の鳴き声にたとえられるメシアの御言葉なのよ。

 

重陽の節句の菊花酒は、長寿をもたらす菊水にメシアの御言葉が加わり、永遠の命運をもたらすお神酒として醸造されたのよ。ワインに変えられた水がその元なの。その御神酒に中秋の名月である満月を映して生命御守護の天照大御神と月読命のコラボの完成なのよ。

 

その様なトリックアートは神道の重要な神社においても、まず古事記の下敷きが聖書であり、そこで語られるメシアの御言葉によりすべてが始まっているという視点を欠いていては、見ることが出来ないのよ。

 

全てが大祓につながっているの。龍宮のお祭りはすべてその様な伊弉諾尊のバジュラヤーナによるトリックアートでつながっているのよ。日本人か外国人かに関らずメシアの御言葉がふるいなのよ。聞き分けなければふるい落とすというのが生命御守護の月読命に課せられたお役目なの。

 

九九はメシアを示しているけれども九九九はメシアをお遣わしになられた父の数霊で、その一撃で千代に至るのよ。その千代において九九九の数霊のお祓いで。六六六が屠られるとメシアの使徒に預言されているのよ。

 

そのことが八幡様の巴紋の裏側に示されていたでしょ。バジュラヤーナによるトリックアートなの。

 

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龍宮はトリックアートで成り立っているのよ。神道がトリックアートそのものなの。それは金剛乗による第三の眼で見なければ自身で確かめることが出来ないのよ。八咫烏の三本足は三柱の神を象徴していると同時に、神との梵我一如により第三の眼を持つことも暗示しているのよ。

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御神霊の守護によりその目を光らせながら龍宮を金剛乗の中に取り込み神道を機能させてきたのよ。だから表の神道の裏に御神霊による壮大なアートが繰り広げられているの。その目を持たなければ外国人どころか日本人でも自身の目でそのアートを鑑賞できないのよ。

 

私がこの記事で書いてきたことはその様なことだったと気が付いたの。色に見えることと不即不離で空境の涅槃が開けているという神様による芸術なのよ。人の描くトリックアートなどはるかに凌駕して幾重にも重なりが見える神の芸術なの。

 

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お社の鳥居は女神の御陰で、その内部に胎蔵界が開けているの。お宮には天照大御神が今でも宿っておられるの。やがてもう一度お生まれになる日が来るのよ。その鳥居が生命御守護の命の木の入り口なの。ケルビムと煌めく炎の剣で神遣により守らせられているのよ。

 

その結界はカバラの命の木やお宮の真榊にも投影されているのよ。私が一つ一つ見せられ記事にしていたら900記事以上になってしまったの。私の着眼点などよく知られている神道のほんの一部だから、枝葉まで細かく見たらどのようなトリックが仕掛けられているのか想像を超えているのよ。

 

聖書と古事記の裏に壮大なアートが繰り広げられているという事なのよ。その舞台がやがて大掛かりな変革に見舞われることも神様のアートの一部として預言されているの。天照大御神として封じられているメシア、キリストイエスの御言葉はその変革に対する備えを促されていたの。

 

ヨハネによる福音書 14

 16 わたしは父にお願いしよう。父は別の弁護者を遣わして、永遠にあなたがたと一緒にいるようにしてくださる。 

17 この方は、真理の霊である。世は、この霊を見ようとも知ろうともしないので、受け入れることができない。しかし、あなたがたはこの霊を知っている。この霊があなたがたと共におり、これからも、あなたがたの内にいるからである。

 

26 しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

 

聖書の父なる神と子なる神と聖霊による福音の原則が、古事記により造化三神や三貴子の禊や誓約としてトリックアートにより描かれているのよ。伊弉諾尊が天照大御神の御名によりお遣わしになる月読命がそのアートを見る目を開いてくださると書かれているのよ。神様のバジュラヤーナによる梵我一如の心眼なの。

 

御神霊による御言葉は一言たりとも、実現しないということなどあり得ないの。そう冥想するのよね。

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物事って見る人によって受け取り方がまるで違って見えることがあるでしょ。このブログで初めから書いてきたように聖書や古事記や龍宮のお祭りは私の目から見ると、世間一般の見る目とまるで違うのよ。

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世間一般と言ってもピンからキリまであるでしょ。天皇制反対などという意見や、夏祭りのお神輿大好きな人達、お正月の初詣しか行かない人もいれば、夏越しや年越しの大祓を含め、例祭ごとにお宮にお参りする人等々、それこそ人ごとに様々なのよ。


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私の見立てだと、それらの見方の違うすべての日本人を一つにまとめてしまうのが神道なのよ。極端なことを言えば神道の側は天皇制に反対する日本人をも排除せず包含してしまうような懐の深さを秘めているのよ。宗旨や教義で縛らなければ結束できない宗教にはまねのできないことなの。その懐の深さの正体が日本人にも理解されていないのよ。

 

始まりは聖書なのよ。聖書に乗っ取り御神霊に従った神遣たちが烏や鳩となり国魂の神様の御守護でこの国を立ち上げ、古事記を記述し、神様と神遣により初めからその様にデザインされていたのよ。

 

魔訶般若波羅蜜多や金剛乗などは初めから知られていて、それに基づきデザインされた神道や天皇の御代であるが故の懐の深さなのよ。全てを初めから包含していたの。そう思うのよね。ただの偶然や人間業ではないのよ。御神霊がはっきりと関与されていたの。

 

マタイによる福音書 21

43 だから、言っておくが、神の国はあなたたちから取り上げられ、それにふさわしい実を結ぶ民族に与えられる。

 

この御言葉は御子イエスがユダヤの祭司長たちや長老に語られたの。それが、御子イエスとして封じられている天照大御神の御神勅だったのよ。その様に御神霊が関与されている事が分かり、その視点で聖書や古事記を読むと、言霊や数霊で示される神の歴史の中に多くのことが秘められている事が感じられるの。その様に神道を読み解き記事を書いているのよ。

 

古事記はヨハネの黙示録を受け、その続編として書かれている預言書なのよ。だから明治維新以降はもうそのような時代に入ってしまっているとしか感じられないの。そのこともたくさん記事にして来たの。

 

この記事ではここ最近の動向で私が気になったことを書いておこうと思うのよ。魔訶般若波羅蜜多や金剛乗などというのは神様の御働きであり、それを人間が様々な形で知らされるから世に存在するという視点なの。同じことを見ていても人によりその受け止め方は様々だから、どう感じるかは受け手次第なの。

 

最近のことで初めに気になるのが2016年の88日なのよ。この日に現上皇が退位の意向を表明したのよ。時系列で気になったことだけ並べると

 

201688 生前退位の意向表明

 

201779日 ニューヨークで独立記念日の五日後に血に染まったような赤い月

 

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 同年  93日 秋篠宮家内親王の婚約内定 諸般の事情により納采の儀は延期

同年  127 東京深川の幡宮で凶事

 

20181126日 七五三の月に宮崎県高千穂町で凶事

 

2019430日 前天皇生前退位

同年  51日   天皇即位 この日から令和元年

同年  12月    武漢肺炎発生

 

20204   緊急事態宣言発令

同年  64から116日 五か月の間、走水の周辺 横須賀・横浜で異臭騒ぎ 

同年 118  秋篠宮親王殿下 立皇嗣の礼 壺切御剣が袋から取り出され親授される

 

今年  34から30日まで 横須賀・横浜で異臭騒ぎ 秋篠宮皇嗣殿下の誕生日から四か月後の月

今年  88 横浜の伊勢山皇大神宮の大しめ縄、台風十号の影響で落下 生前退位表明から五年後の同日

今年 827日  三重県に緊急事態宣言 伊勢神宮の駐車場閉鎖

今年中?     秋篠宮家内親王 皇室の納采の儀を経ず、結婚により赤い月から五年目に聖火と共に渡米予定?

 

ざっと以上のようになるのよ。皇室の動向と神奈川の走り水周辺と神宮の異変にCovid-19がまとわりついている様に感じるのよ。なぜそこにニューヨークが絡むのかというと、内親王が結婚してアメリカに移住すると報道されているからなの。天照大御神の皇孫が自由の女神の国に降嫁するからなの。そこに八幡宮と高千穂町の凶事が絡むのよ。八幡宮と真名井の滝のある高千穂町などはこのブログのメインテーマの天照大御神と切っても切れないから気になるのよ。

 

天孫瓊瓊杵尊が高千穂に天下ってから八幡様でお祀りされている応神天皇までに、この国の建国の秘密がまるまると秘め隠されているのよ。龍宮は神の国に他ならないという私の視点からすると偶然として切り捨ててしまうことが出来ないの。

 

何故か五か月と五年間という期間も微妙に気になるのよ。立皇嗣の礼を挟んで五か月と四か月という数霊が出ているし、五は龍宮のお祭りの七五三の中心になる数霊だし、四は言わなくてもわかるでしょ。死と幸せの隣りあわせ。8という数霊も侮れないのよ。7越の8だからね。888の走水の海なのよ。

 私の数霊の読み方は聖書と古事記の言霊と数霊の一致、それと連結している七五三魔法陣と龍宮のお祭りの暦上の数霊による直感なの。そこさえしっかり押さえておけば迷宮において迷わずに済むばかりか、数霊による瞑想によりカバラの命の木と龍宮の真榊に秘められている事が、くっきりと見えてくるのよ。

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 最近の事例では、龍宮の神様に関する凶事と皇室の祭礼が絡み合っていて、私の目には御神霊の関与による不思議なシンクロとしか映らないから困るの。まあ見方は人それぞれなのよ。しかしそのような相似象や不思議なシンクロで神様の歴史が記述されて来たというのは、聖書や古事記を深く読み込めば紛れもない事実なの。


 日向三代と二人のハツクニシラススメラミコトである神武天皇と崇神天皇による十四越の大祓で、第十五代応神天皇の八幡様の世が開けたのよ。十四越は聖書から引き継いでいるの。その型が明治、大正、昭和の三代と平成、令和の二代で出てしまっているの。次代の皇嗣家の内親王が儀式を経ないで、聖火の年に自由を求め渡米?という局面なのよ。まるで七越と十四越の大祓によるトリックアートを見せられているように感じてしまうの。これまで書いて来た記事が全てその下書きになっているの。

 

今年中にCovido-19収束するのかしら?ワクチンなどは金の亡者が配布しているのだからまるで信用できないしね。収まったとしても別の形で第二波が来そうな予感もするでしょ。それともこのまま大団円に突き進むのかしら?

 

今の日本と世界の状況を睥睨(へいげい)している神様は相当不機嫌になられているはずと瞑想するのよね。全てが元の様に平穏に収まればそれに越したことはないのだけれどもね。

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伊勢山皇大神宮 横浜市



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今日のニュースを見ていたら皇女様が膠着を打開するために、儀式を経ず、手続きだけであの国に降嫁するよう調整が進められていると発表されていたの。他家の縁談話に口出しをする気は毛頭ないのよ。良いと思うようにするのが最善なの。

 

しかし皇室と臣民とは天照大御神により結ばれた家族みたいなものなのよ。憲法による人権など完全な後付けだからね。その視点で八咫鏡に映し瞑想すると、とんでもないことが映し出されているでしょ。

 

龍宮の結婚やお祭りに関する儀式には神様のバジュラヤーナによる生命の御守護がくっきりと映し出されながら封印されていたでしょ。それらの儀式を無視して、個人の意思を人権という名の虚構に基づき貫くことが何を意味しているのかという事なのよ。

 

ご神前で生命御守護のお祓いや直会をお受けせずに終わりを迎えると、この世での福徳は命運と共に尽きるの。それが天照大御神の生命御守護の巻物に書かれている事なのよ。

 

無視すればサタンの後宮に放り込まれるのよ。その様なことが龍宮の皇室においてもまったく知られずに平気で無視されるのが現代なの。それが大御神の皇孫により如実に示されているのよ。現代において御用の向きを悟る男女にとっては、大御神により八咫鏡に映された深いお諭しとも取れるでしょ。

 

皇室も臣民も八紘一宇の高天原から見れば一蓮托生の家族なの。その様に瞑想するのよね。

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最先端の医療に従事するお医者さんに言わせると、お米をいただくということは、砂糖を食べるのと同じことだというの。それが肥満に繋がる元凶で諸々の不具合を招来するというのよ。

 

天照大御神を知る日本人にとっては由々しき問題でしょ。天孫瓊瓊杵尊が稲穂を大御神から賜り豊葦原瑞穂の国に降臨されているからね。しかしその瓊瓊杵尊も瑞穂の国に降臨するとすぐに、大山祇神(おおやまずみのかみ)による誓約に対して、岩長姫を送り返してしまったりしているのよ。岩長姫の送り返しが古事記にとって何を意味するかは最近の瞑想で記事にしたのよ。

 

しかし稲穂が肥満の元凶となると穏やかではないわよね。肉といっしょに食すと、どこかの肥満国の食生活と同じということになってしまうのよ。それでさらに深く冥想してみたのよ。それで浮かんできたのが、龍宮にとって稲穂は神が天から降らせるパンに相当しているという事なの。だから御神田で栽培されご神前に神饌として供えられるでしょ。

 

しかしそれを直会としていただくには誰もが額に汗をしながらでなければいただけないのよ。しかし神様が天から降らせる真のパンは神様による喜捨で、お布施なのよ。額に汗することなく万人が同じようにいただけるお布施なの。お釈迦様はその様に理解したから乞食(こつじき)の人となったのよ。神様によるお布施に身をゆだねることが命脈を保つ秘訣と率先して示されたの。

 

それは当時のインドでは沙門の修行の形として根付いていたから可能だったという側面もあるのよ。現代の日本では仏門の沙門でもない限り一般的に不可能でしょ。その沙門も形ばかりでお茶を濁しているようにしか見えないけれどもね。

 

聖書によれば神が天から降らせるパンが生命御守護の源なのよ。そのパンによってしか生命の御守護は受けられないの。天照大御神の稲穂とは、封じられている生贄としてのキリスト・イエスによる御言葉なのよ。神の子羊による生命御守護の御言葉なの。

 

その御言葉を神による喜捨として拾い集め、それを本業としながら養われ、眼を開かれながら額に汗する副業で肉体を養うということは、現代の日本でもその気になれば可能なのよ。そこに生命御守護の霊験が顕れるのよ。

 

その為にはお釈迦様がそうであったように瞑想がどうしても必要になるのよ。普通の人の脳は糖質に依存する病にかかっているということらしいのよ。だからダイエットに成功しても、その病から自由にならないと必ずリバウンドするのよ。その他すべての生命御守護に反する依存も脳の働きによる正常性のバイアスという病なのよ。

 子羊の血により過ぎ越しを受け出エジプトしたイスラエルは、荒野において神が降らせたマンナにより養われたの。しかしイスラエルはエジプトにいた頃の食物を食べたいと神に不服を言い立て、その世代は処罰されたのよ。

 

人の煩悩という病から解放されないと生命御守護の霊験は天から降ってこないのよ。神が天から降らせるパンが主食で、その他の食物はすべて副食物なのよ。そのパンを拾い集めご神前に御供えし、直会としていただくのが正業で、八正道の内の一よ。その他はすべて副業なのよ。

 瞑想によりその様に脳に言い聞かせない限り、御言葉をその様に見定めることが難しいという事なのよ。その瞑想を助けるのが三巻の火の蛇神様なのよ。龍宮ではその神様を龍神様に封印してお祀りしているということも、すでにこのブログでたくさん書いてきたでしょ。神様のバジュラヤーナによる喜捨なの。そのように冥想するのよね。

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人は成長すると生業を持つでしょ。生きるために額に汗してパンを食べなければいけないのよ。しかしそれを本業としていたのでは、行く末において生命の御守護を失い、命脈を保てないのよ。

 

マタイによる福音書 6

19 「あなたがたは地上に富を積んではならない。そこでは、虫が食ったり、さび付いたりするし、また、盗人が忍び込んで盗み出したりする。 

20 富は、天に積みなさい。そこでは、虫が食うことも、さび付くこともなく、また、盗人が忍び込むことも盗み出すこともない。

21 あなたの富のあるところに、あなたの心もあるのだ。」

 

24 「だれも、二人の主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富とに仕えることはできない。」

 

神に仕えるために天に富を積むことが本業にならなければ、終わりの時に金運その他の幸運は取り去られ、命運が尽き、生命御守護の命脈が絶たれるのよ。だからキリスト・イエスは地上に富を積んではならないと警告されているの。地上より以上に天に富を積まないとお陀仏なの。それを敏感に察知したお釈迦様は出家し家を捨てたのよ。

 

しかし今はその様な時代ではないでしょ。時代背景がまるで違うし、キリスト・イエスが弥勒菩薩として降臨し、復活後昇り龍となり、龍宮の神様である天照大御神として封印され龍宮が命脈を保ってきたの。

 

聖書にその御言葉が詳細に語られていて、細部までその御言葉に基づき龍宮のお祭りが執り行われて来たのよ。だから家で天照大御神をお祀りし、それを本業とし天に富を積むことに腐心し、欲にまみれた経済活動などは副業と心得る様な、六百六十六の売り買いからの解脱の心境が無ければ生命御守護は受けられず、命脈は保てないのよ。

 

御言葉が生命御守護のパンであり生ける命の水であり直会の御神酒なのよ。その直会をお受けするから六百六十六の焼き印を免れ、神様からお印を受けるの。そして龍宮のお祭りに秘められている細部をあらためて知らされるのよ。

 

今日は木花開耶姫(このはなさくやひめ)と岩長姫の陰陽なのよ。木花開耶姫(このはなさくやひめ)と言ったら桜で季節は四月でしょ。季節を時計版の中に見、四月の対極を見ると十月なのよ。十字架の十と十月十日の生命御守護の岩長姫の十なのよ。

 

そこまでは理解していたのだけれども、よく見ると木花開耶姫(このはなさくやひめ)と岩長姫の陰陽が、死と永遠の命の数霊の陰陽になっているではないの。岩長姫が十、木花開耶姫(このはなさくやひめ)が四で十四越なのよ。ここにも十四越が隠れていたのよ。細部まで驚くほど整っているの。

 

天に積む富の数霊が十で、地上に積む富の数霊が四なのよ。それで十四越の大祓なの。その様な意味と数霊と言霊から成り立っているのが年越しの大祓なのよ。十四越の大祓は人がこの世に来た以上は必ずお受けするのよ。その時に誤った受け方をすると命脈が絶たれるの。

 

岩長姫を正妻として迎え、木花開耶姫(このはなさくやひめ)を側室として迎えなければ十四越にならないのよ。ヤコブは姉のレアより妹のラケルを愛したけれども、姉のレアを先に娶らされイスラエルとして命脈を保ったのよ。しかし天孫瓊瓊杵尊は木花開耶姫(このはなさくやひめ)だけを娶り岩長姫を醜いとして父元へ送り返してしまったのよ。相当意味が深いのよ。

 

サムエル記上 8

6 裁きを行う王を与えよとの彼らの言い分は、サムエルの目には悪と映った。そこでサムエルは主に祈った。 

7 主はサムエルに言われた。「民があなたに言うままに、彼らの声に従うがよい。彼らが退けたのはあなたではない。彼らの上にわたしが王として君臨することを退けているのだ。

8 彼らをエジプトから導き上った日から今日に至るまで、彼らのすることといえば、わたしを捨てて他の神々に仕えることだった。あなたに対しても同じことをしているのだ。

 

アブラハム、イサク、ヤコブ、ヨセフ、モーセ、ヨシュアと命脈を保ってきたイスラエルは、サムエルの時代に神が王として君臨することを退けたと書かれているの。この時にイスラエルは岩長姫を送り返してしまったと古事記は言っているのよ。その様に冥想するのよね。

 

そしてサウル、ダビデ、ソロモンの三代の王で絶頂を迎え四代目であっけなくも分裂して、最終的に国としての体を失ったのよ。キリスト・イエスによりユダヤから神の国が取り上げられ龍宮に渡されたのよ。しかし龍宮はイスラエルの負の遺産をも引き継いでいるの。それが日の丸の統合の象徴となっているのよ。

 

メシアは慈悲の神であるから逆らってもお許しになるけれども、聖霊という神に逆らうとこの世においてもあの世においても許されないと知らされているでしょ。その時が来ればイスラエルやユダヤがそうであったように、人にもこの世にも裁きが降ることは必定なのよ。十四越の大祓で命脈を保つのか絶たれるのかということなの。


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走り水の海は京の都から見て鬼門の方角なのよ。日本武尊は父君からその鬼門の方角の征伐を言いつかったの。それ以前には熊襲建と出雲建の征伐を終えていたの。それらすべてを俯瞰すると、日本武尊の命が龍宮において丑寅の〆を張ったことが窺えるのよ。

 

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この〆が何を表すかというと天照大御神の岩戸が開けた時に張られた〆縄なのよ。そして神の国がエルサレムのユダヤから龍宮に渡されたことをも暗示しているの。龍宮はやはり世界の大陸の相似象で雛形なのよ。古事記はそれを意識して記述されていたのよ。その記述が預言となり千年の時を超え実現してしまったの。


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何を意味しているかというと日本武尊の東征は火の蛇神による命の木の上昇なのよ。その上昇の過程に命の木のダアトという龍門があるの。走水の海がその竜門だったの。ダアトには命の木の奥義がすべて詰め込まれていたでしょ。走水の海もそのダアトに封印されていたのよ。この海を渡るということは弟橘姫の身代わりにより龍宮の都が高天原の至高世界に遷御するということを意味しているのよ。

 

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そして昨年に至り、コロナによる非常事態宣言が出されたその夏に、走り水の海周辺の横浜や横須賀で原因不明の異臭騒ぎがあったでしょ。東京湾は都から見た鬼門の海なのよ。東の京都は鬼門の都なの。歴代の都知事が鬼門のあやかしなのよ。

 

そして今年の夏はその異臭騒ぎから一年後で、今だにコロナが猛威を振るっていて終息の兆しが見えないの。そうこうするうちに伊勢神宮から鬼門の方角の東京湾に面する伊勢山皇大神宮の大しめ縄が八月の強風にあおられ落ちてしまったの。そして八月二十七日には伊勢市に非常事態宣言が発令され、お伊勢様周辺の駐車場が軒並み閉鎖されてしまったのよ。それが昨日のことなのよ。

 

龍宮に張られた〆縄がいったんほどかれ、その後にきつく締め直されるという事のように瞑想するのよね。素戔嗚尊と天照大御神の誓約による大祓なのよ。迂闊にしていると祓われてしまうのよ。〆縄の張替えなの。

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明治維新からの一連の流れを概観すると走水の海の異変から始まった大祓の歴史と見ることが出来るのよ。それが古事記にそれとなく預言されていたの。その異変の前と後には大掛かりな体制転換を伴うのよ。その転換にあやかしが関与し大祓により進展してきたのよ。

 

それが聖書と古事記を貫く歴史観なの。アダムとイブによる失楽園でしょ。ノアの洪水によるセムの天幕。イスラエルの飢饉によるエジプト寄留。モーセの出エジプトによる奴隷解放等々挙げればきりがないのよ。ダビデ王によるイスラエル王国建設から、イスラエルの分裂。失われたイスラエルの十支族、ユダ王国のバビロン捕囚。ユダヤに御子イエスの降臨。

 

その御子の大祓により神の国が龍宮に与えられたの。そして古事記がそれを受け聖書の総集編として記述されたのよ。そしてその大祓は終わりまで続くのよ。幕府による大政奉還で体制転換されたでしょ。そのきっかけを走水の海の黒船がもたらしたのよ。聖書や古事記の記述者が先の歴史を見越す預言者として遣わされるくらいだから、神の目には全てお見通しなのよ。それが明治以降の歴史のそこここに見渡せるのよ。

 

孝明天皇の崩御が旧暦の十二月二十五日だったの。その崩御により明治天皇の御代が開けたでしょ。そして明治五年に暦が新暦に替わったの、そして大正天皇の新歴十二月二十五日の崩御により昭和に御代変わりしたのよ。その昭和元年が十二月二十五日から三十一日までの七日間、最後の昭和六十四年が元旦から七日までの七日間だったのよ。大祓の大晦日をはさむ年越しの十四日間と奇妙に一致しているのよ。

 

昭和の終戦を期にその前と後でも大掛かりな体制変換があったでしょ。あやかしによる原爆投下の前と後なのよ。いずれの体制転換にも神を裏切ったユダヤと十四越の神の国龍宮という構図が当てはまってしまうのよ。その神の国龍宮においても明治維新の前と後、昭和の戦前と戦後では、まるで別の体制に転換させられているでしょ。そのすべてに唆すあやかしの影がちらつくのよ。

 

そして現代は戦後から続く最後の局面を迎えてしまっているのよ。平成元年に坂本弁護士一家殺害事件という、似非バジュラヤーナを旗印としたカルト教団が国家転覆を企んだ事件を起こし平成が始まっているの。その後、平成を揺るがす大事件に発展したでしょ。そして大御神の心御柱の正体出現と同じ年に911があり、打ち続く地震や水害に見舞われながら311があったでしょ。カルト教団もさることながら911311にもあやかしの影がチラつくのは様々な出版物の語るところなのよ。

 

そして平成最後の年にCOVID-19が出てきてしまったのよ。その様に見てくると神様は全てお見通しで、暦上の数霊や十四越の大祓を暗示する奇妙な偶然の一致などを通して、見る目を持つ巫覡と巫女がそれを見せつけられていると感じるの。八咫烏の目なの。

 

明治維新以降日本人はどう変わったのかというと、あやかしの共同謀議により公の精神を完全に抜き取られてしまったのよ。天照大御神の皇孫という公、その大御神に連なる大御宝という公を完全に抜き取られてしまったの。「おおみたから」などと打ち込んでも変換すらしないからね、私のパソコン。死語なのよ。

 

治安が良いと言われるこの国でも、今では殺人事件の大半は親族殺人が占めているの。1980年代の金属バット殺人事件以来その様な国になってしまったのよ。最後の砦である龍宮がその様だからいつ次の体制転換が襲ってもおかしくないのよ。

 

一番まずかったのは生前退位なのよ。あれはまずかったわよ。テニスコートの恋に始まり生前退位で終わったの。その次の年に走水の海周辺の横須賀や横浜で原因不明の異変だからね。天皇即位の時に大嘗祭があるでしょ。あれは神人共食の直会の儀で、床に伏せ起き上がる所作で死と復活を再現し、天照大御神の御霊を宿すという儀式なのよ。取り仕切るのは他でもない八咫烏のはず。大御神の使徒による洗礼なのよ。イスカリオテのユダは御子イエスとの食事のあとで事に及んでいるのよ。

 

あの生前退位を八咫烏がどの様に見ているのか、神の目にはどのように映っているのかという事なの。大御神による洗礼は一生ものなのよ。それをお受けした後で、個人の都合によりやめますというようにしか私の目には映らないのよ。それと同時に世界中に疫病の蔓延だからね。

 

天照大御神の皇孫という公が失われている兆候はその他にいくつもあるでしょ。八咫鏡を預かる皇室の在り方が龍宮の臣民の心の持ちようをくっきりと映しているのよ。八咫烏はそれを見越し阿倍晴明さんが行ったように、あやかし封じの呪術を行っているわよ。その様に瞑想するのよね。次の大掛かりな体制転換と言えばもうあれしかないでしょ。準備がまだの人は早く取り掛からないとおいて行かれるわよ。その時が来なくてもタイムリミットはすべての人にあるの。


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