天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 瞑想

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今日は私の住む地方では日中雷様がゴロゴロ、ゴロゴロ、聞き分けない神の子たちのおへそを取りに来ていたわよ。

 

曲がったおへそ取られた人が大分いるのではないのかしら。

 

私が空境から聖書を読み直すとね、洗礼者ヨハネは、私は、水でバプテスマを施すが私の後から来られる方は火と聖霊でパプテスマを授けると御言葉していたでしょ。

 

ノアの時は水で滅んだけれども、終わりの時には火で滅ぶと預言されているのよ。

 

ノアの時は惑星規模の水のバプテスマだったけれども、終わりの時には惑星規模の火のバプテスマなのよ。神さまの怒りの時の本番なの。

 

ソドムとゴモラ、広島と長崎は予行演習だったの。

 

メシアからの聖霊のバプテスマがアークの過ぎ越しの渡御で、ノアの一家が水の中を通って救われたように、終わりの時に火の中を通って掬い上げられるのよ。

 

死んだようになって火の中から掬い上げられるの。それがイスラエルの神により示された過ぎ越しなの。その時に雷様からおへそ取られたらアウトなの。

 

とかね、雷様のゴロゴロ、ゴロゴロを聞きながら冥想?妄想?しているのよ。

 

あら、又ピカッと、ゴロゴロ、ゴロゴロ、雷様が・・・

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 私、雷様にはだいぶいろいろなことを教わったわ。
私の氏神様も雷様なの。くわばら、くわばら。

 記事を書いていたら日をまたいで十二日になってしまったの。
十二とはねイスラエルと、メシアのクゥワバラの日なの。


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ブラーフマナの涅槃からこの世を見るといたるところに相似象が見いだせるのよ。

 

地下鉄事件とメギドの丘。ファラオの軍隊の水難と玄倉川。

 

サイレンの音を聞き分けない被害者と加害者。ノアの洪水の時。

 

彼岸に避難する人は中州にとどまるアークに守護され渡御するの。

 
 そのアークの神様がこの国で御姿を現されてから二十年もたっているの。

 

逃げ遅れる人はエジプトのファラオの時といっしょで最後まで飲んだり食べたり、嫁いだり娶ったりしているの。最後まで中州のバーベキューをやめよとしないのよ。

 

避難してしまえばそこは空境の涅槃で、顕世と幽世の相似象をひっくるめた開運の御利益があるのに。

 

この世でよく名の知られた有名人が全てアイドルで、偶像なの。歌舞伎聚楽主なの。羊は羊飼いの声を聞き分けるの。聞き分けないのは羊飼いの羊ではないから。

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伏せた桶の中から楽の音がきこえるでしょ。



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神さまの怒りの日が来てしまっているでしょ。私は今年の大祓でそうはっきり自覚させられてしまったのでその怒りが何に向けられているのかくっきりはっきり見えてしまったの。

 

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神宮の式年遷宮

この二つが同じことを示していると言われたら日本人はどう思うかしら。即座になるほどと思う人はまれのような気がするのよね。シバリンガが男神と女神の結合のシンボルなどと言われると抵抗というか、違和感を持つ日本人がほとんどでしょ。

 

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このレベルになるともう開き直ってしまっているでしょ。どうして開き直れるかというと安産と子宝のシンボルとして受け入れられるからでしょ。日本人の感性ではそこに御利益というものが感じられると受け入れることができるのよ。

 

シバリンガと男根のシンボルを見ればそこにはエクスタシーが発生している事が分かるでしょ。お伊勢様の鳥居とご神木も同じでしょ。

 

問題はこのエクスタシーの受け止め方にあるの。神社の境内が女神の子宮と産道と御陰をもとにデザインされている事も同じなのよ。

 

このエクスタシーを梵我で見るか自我で見るかの違いなの。ブラフマンで見るかアートマンで見るかということなの。

 

梵我で見るには梵我一如のブラーフマナの世界に溶け入っていなければ不可能なの。自我で見ると、現世利益に結びつくことは受け入れることができるけれども、そうでないと???となるでしょ。

 

それは自我の世界ではエクスタシーが不浄に結びつくことがあるからでしょ。それは性の問題に限らないのだけれども、モーセの十戒には姦淫するなという戒めがあるでしょ。

 

イエスは右の目が罪を犯すなら抉り出して捨てろと御言葉しているでしょ。

 

イエスの、父と私とはひとつであるという御言葉は梵我一如の宣言なの。お釈迦様はその入り口の見つけ方をお説きになられたの。お釈迦様がその梵我の世界で見つけた弥勒菩薩が暦どおりに来られ、その道に至る狭き門から入れと御言葉されたの。

 

ノアの長子のセムの天幕である、中東から極東に至るアジアの広い地域すべてにその梵我一如をお祝いするお祭りが広がっているでしょ。この地域ではそれをお祝いできなければお祭りではないの。それはメシアと太古からの先見者たちが梵我一如の世界から発した言葉が元になっているのよ。

 

ところが暦の進展により欧米化、文明開化、近代化などで真逆にリードされ、梵我一如を悟らない自我の世界で悪いことばかりしているでしょ世界は。

 

神さまは神仏の御言葉を受け入れ梵我を悟った者にしか納采の儀は出せないのよ。お使者は送れないの。その納采の儀に滞りが生じているというサイレンなの。

 時を同じくして、大御神によりなる皇室と天の皇室は梵我一如とお印が出ているでしょ。

 

去年の大祓を受けこのブログを書き始めたのは、そのようなことを悟り、狭き門の入り口に至るための近道が示せればと思ってのことなの。

 

そうしたらサイレンがけたたましく鳴り始めてしまったのよ。

 

古事記に発する、日本のお祭りをもとにブラフマンとアートマン、梵我と自我を瞑想するのが近道なの。身の回りのあらゆるところに近道の→が出ているわよ。

 大御神の心御柱がメシアの十字架と知らされ二十年もたっているわよ。

 

道標は聖書のメシアの御言葉よ。盲人にミスリードされている場合ではないでしょ。






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私もカエサルの物はカエサルに返さなければいけない身だからやらなければいけないことは山積しているのよ。それは皆同じなのよね。

 

しかしこのブログ書きながら今年の夏越の大祓をお受けしてしまって以来何もできていないの。死んだようになっていたことは最近の記事に書いておいたでしょ。

 

この大祓は年越しの時もそうなのだけれどもお受けしてしまうとその後の七日間は、中日をはさんだお彼岸への七日間のお祭りでもあるのよ。だから夏越の時は7日後が七夕なの。

 

天の安川をはさんだお彼岸と此岸で素戔嗚尊と天照大御神が結ばれる日でしょ。そのようなお祭りの時期になっているのよ。だから私はお正月の七日間のように何もできなくなってしまっているの。

 

そのようなお祭りの期間であるにも関わらずここ最近の記事では、真面目に読み込んだら死んだようになってしまうような記事しか書いていないでしょ。だからもしかしたら私の記事を読んで死んだようになってしまう信仰の人がいるかもしれないと思うのよ。

 

お祭りの時期なのにそのままではあまりと言えばあまりに悲しいでしょ。だからこのお祭りに秘められている祝福もシェアしておかなければと思うの。

 

黙示録のヨハネがそうであったようにお祭りにより覚醒させられる人は死んだようになり新しく生まれ、また死んだようになり新しく生まれの繰り返しなのよ。それで新しく生まれる度に祝福の度合いがグングン増している事を感じるの。それは瞑想によらなければ感じられないわよ。だからその瞑想について書いておく。

 

このブログの記事など初めから私が瞑想により得たビジョンにより書いているから、読みようによっては瞑想の手引きになっているはずなのよ。しかし私はグルではなからね。そのルールはすべてメシアが基準なの。メシアが定規なのよ。

 

夏越の大祓でまたお彼岸の中日を過ぎたので、冥想したら案の定これまで以上のエクスタシーの大波に飲み込まれたの。いつものことなのだけれどもね。

 

だから私の瞑想の概要をシェアしておこうと思うのよ。

 

メシアの八咫鏡だったでしょ。この鏡がメシアの御霊でしょ。この鏡は八紘一宇の鏡で八咫烏が真榊にかけお祀りしているでしょ。どこの神社にもあるわよね。だから私にとってはお社にお参りすることも瞑想の一つなの。

 

神道における八はそのすべてがメシアを意味しているのよ。だから定規なの。私にとっては自宅に神宮大麻をお祀りすることも瞑想の一つなの。

 

そのように神様をお祭りした上で瞑想するのだけれども、数秘術がその導線になるのよ。細かく書くときりがないからかいつまんで書くわよ。枝葉の事は大体記事にしておいたつもりよ。

 

瞑想と言えば火の蛇神様の三回転半の上昇なの。これは霊的中枢の七個のチャクラを順に上昇するクンダリニーとして知られているでしょ。上昇の過程で二個のチャクラが一回転なのよ。だから七個のチャクラの上昇は三回転半でしょ。

 

それで頭頂の七個目のチャクラに達するとそこにある千の花びらが開き覚醒するの。そうすると八個目が意識され法輪を理解するようになるのよ。

 

私の場合はその八個目は太陽であり、法輪とはその中心を回る歳神様の回転、日の神様の回転、月の神様の回転と瞑想するの。

 

その回転の三巻が三輪山にお祀りされている神様で神宮の天照大御神とは切り離して考えられないでしょ。その三輪山の神様の三回転半であり三柱の神様の三回転半なのよ。

 

ヨーガタントラに戻せばチャクラを取りまく三本の管なの。そして冥想しながら息でチャクラを取り巻く三本の管を意識しながら三柱の神様と同期するの。この三柱の神様の内一番位の高い神様が年神様で三輪山の神様なのよ。そこまで冥想が深まれば、素戔嗚尊と天照大御神と月読命が意識されるでしょ。

 

さらに深まり太陽系外に至ると天御中主神、高皇産霊神、神皇産霊神へと昇華すると瞑想できるのよ。

 その先に八咫鏡が登場するのよ。私の場合よ。そのとおりである必要などないからね。各自がメシアの定規に従えばよいの。

 

八咫鏡がかけられたのが真榊でしょ。メシアに対する信仰があればそのメシアの国に伝わるカバラの命の木が三柱の神様の真榊だと判るはずなの。

 

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そして命の木に眼をうつすとそこにすべてがあるでしょ。三柱の神様はもとより、上中下の三つの三角形で三回転半の上昇も示されていて、さらに八宝珠の中心軸があるのがわかるの。

 

これが八咫鏡なのよ。真榊の中の枝にかけられたの。ここまでで七と八が出てきているでしょ。しかし八咫鏡を宝輪と理解すると、そこに中心軸があればこその回転で、この中心軸の持つ数が九なのよ。


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そしてこの中心軸が回転し始めると九百九十九となり回転による一撃を受け千の花びらが開いてしまうの。もうこの時点で大分深い瞑想に入っていて、かなりのエクスタシーに包まれるはずなの。空境涅槃で父なる神と同期してしまうからブラーフマナなのよ。

 

まだ先があるわよ。メシアは父と私とはひとつであると御言葉したでしょ。そのひとつに結ばれたことを示すお祭りが七夕祭りなの。このお祭りは666,777、888、999が一つに結ばれる素戔嗚尊と天照大神のお祭りで、天御中主神を中心に、高皇産霊神と神皇産霊神という二柱の結びの神が配された、三柱の神様の結びのお祭りなの。

 

それが神宮の床下にお祀りされている三本一束の心御柱のお祭りなの。このお祭りが行われるとどうなるかというのが示されているのがこれ。

 

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三柱の神様と三回転半の三×三が九の魔法陣。この魔法陣により夏越の大祓と年越しの大祓が十字架の形で示されていたでしょ。

 

だから大御神の詔によりなったこの国のお祭りが、七つのチャクラとそこに秘められた八咫鏡の瞑想を伴う覚醒で理解されると、十という数が飛び出してくるのよ。そして十で足りて、さらに百千萬と拡張し宇宙に溶けいるの。

 

ここにきて一二三四五六七八九十百千萬 ひとふたみよいつむゆななやここのたりももちよろず ふるへゆらゆらとふるへ という十種の神宝の祝詞と同期してしまうの。死んだ人をも生き返らせると言われる御神宝と。

 

瞑想がここまでに至るとそこで得られるエクスタシーが主で、人が思春期に入ると感じ始めるエクスタシーは完全に従だと悟るわよ。そして暴走しなくなるから男の人は右の眼を抉りださなければならないことを免れるの。メシアの御言葉が定規だとわかるでしょ。

 

概要だけだけれども少しはシェアできたかしら。私がここに書いた通りでなければならないということはないからね。メシアに従う人の数だけ瞑想のやり方などあるはずでしょ。祝福の受け方も同じよ。

 ただし、どんな時もメシアを定規としないと横道にそれ迷宮にはまるわよ。最悪の場合は千引の岩戸で閉ざされるから注意してね。

 

一つの記事でさらっと書いてしまったけれども、細々としたことは死んだようになりながらも、その都度記事にしてあるから暇があったら読んでみてね。おしまい。



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夏越の大祓以降なぜ死んだようになってしまったかというと、ハルマゲドンや神の怒りの日が来ることは判っていてもこの道に入った最初の頃は、自分の終息後の事と思っていたの。

 

神さまの風に吹かれて覚醒させられてこのブロを書き始めてから昨日でちょうど一年なのよ。その間に示されたことをふまえ、もしかしたら終息前に来るかもしれないと覚悟を決めていたの。それでもあと二十年は有るでしょと高を括っていたのよ。ところが今年の大祓を過ぎてふと気が付くと、うそでしょ、もう来てしまっているではないのとなって死んだようになってしまったのよ。

 

緊急事態宣言から数か月してやっと自分の脳の正常性の偏見に気が付いたの。偏見に気が付くとパニックに陥るから脳が平衡を保つために更新を開始するのよ。その間は何もできずに死んだようになるの。そしてやっとのことで平衡状態を取り戻したばかりなの。

 

そうしてみてみると神の怒りの日とはヨハネの黙示録に記述された殺戮の天使が送られるということではないと、サラッと納得できてしまうのよ。

 

そうするとさらなる好奇心が立ち上がってくるの。あの原発事故を受けてチェルノブイリと苦よもぎの関連を想起させられ、ヨハネの黙示録から目が離せなくなったのだけれども、その関連性はもう疑い得なくなってしまうの。

 

ではいつその時代に入ったの?と考えたら、あの時しかないではないの。ハルマゲドンの最終戦争は数秘術のシンボルで示すと、六百六十六VS八百八十八でしょ。近代において八百八十八と六百六十六が交差した時があったでしょ。古事記の時代に示された弟橘姫の八百八十八の身代わりの入水の走水の海に黒船が侵入してきたのがその時で、文明開化の先触れだったでしょ。

 

そうなると私の霊知においては日本の文明開化というものが終末の時代の幕開けだったのねとなるのよ。このことは学知においては決して認められないはずよ。しかし霊知にたよればその先は芋づる式に理解できてしまうの。

 

少し長い記事になりそうだわ。疲れるから、休憩しながらゆっくり書き進めることにする。

 

休憩していたらあのエジプト疑惑の知事さんが再選されたニュースが飛び込んできたわ。東京都民がまた法輪の逆回転に加担させられたの。

 

それはさておき、なぜあの黒船が六百六十六確定なのかということよね。それは現代においてその国自身が如実に露呈しているの。

 

イエスは、あなた方は地上に富を積んではならない、富は天に積みなさいと言われたでしょ。

 

神と富とに兼ね仕えることはできない。必ず一方を崇め他方を疎んずるとも言われたでしょ。神を崇め富を疎んずるか、富を崇め神を疎んずるかどちらしかないということなの。

 

カエサルの物はカエサルに、神のものは神に返しなさいという御言葉も同じことを言っているでしょ。メシアの御言葉が定規よ。

 

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基軸通貨に印刷されている神の目なの。この神の目はねフランス革命の時の人間と市民の権利の宣言の章典にも印刷されているのよ。天賦の権利らしいのだけれども、その後の近代化において白人至上主義で世界を蹂躙する権利だったのかしら。


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ともあれ私たちの同盟国は、この目ん玉を通貨に印刷しているでしょ。そのことをよく考察すれば、

 私たちはお金にしか目にありませんと宣言しているでしょ。

 その国の古くからの価値観である白人至上主義の歴史を見れば、メシアとメシアをお遣わしになられた神様の神経を逆なでするような歴史しか私の目には映らないのよ。法輪を大逆転させているのよ。

 

この目ん玉国と同盟関係にあるもう一つの聖書の国のことはヨハネが黙示録に書いていて、海から上がってきた二匹の獣のことで、そのうちの一匹は致命的な傷も治ってしまったと書かれているでしょ。

 

この獣に押される印が六百六十六なの。学知ではなく霊知で見ようとすればそのような国と私たちの国が同盟関係にある事が分かるでしょ。

 

その目ん玉の通貨が基軸通貨で、それで世界経済が回っているの。法輪大逆転の同盟関係なのよ。

 

その法輪大逆転の同盟関係が第二次世界大戦の時にも起こっていたことの証拠写真がこれなの。

 

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この時の同盟国はドイツよ。ナチスの逆十字が日の丸の赤と白を反転させ大逆転しているでしょ。ヒトラーは黙示録に書かれている千年王国樹立を目指していたというのは有名な話でしょ。

 

この当時の日本の国是が八紘一宇なの。

 

これ八咫鏡の法輪の事よ。霊知で読まなければ理解できないわよ。八宝珠を従えて回転させられる、中心の神様の家の事なの。それが一宇なの。

 

この国はそれを国是として一知半解な学知で同盟国に呼応し、法輪を大逆転させたの。そしてその被害者である大量の戦没者を生み出したのよ。地下鉄の事件とそっくりなのがわかるでしょ。

 

その被害者の霊を鎮めるためにあるのが靖国神社と護国神社なの。だから昭和天皇は靖国にA級戦犯が合祀されることに不快感を表しそれ以降靖国に参拝しなくなったのよ。被害者と加害者を同じところにお祀りする馬鹿いないでしょ。

 

しかしこの国では平然とそのようなことが行われてきているの。昭和天皇の新昭和建設の詔を天皇の人間宣言などと報道し学校で教え、新たな同盟国に看板を掛け変え、上も下もその目ん玉国の至上主義に追随しながら法輪を逆回転させ続けているのよ。

 

それはあの地下鉄の事件の教団が看板を掛け変えて存続している事と相似象でしょ。でもあの教団は法廷により裁かれて教祖を失いその牙は抜かれているわよ。しかし国家レベルの法輪の逆転犯罪は国家では裁けないでしょ。

 

目ん玉国の東京裁判で片が付いていると思ったら大間違いでしょ。今ではその目ん玉国が法輪逆転の教祖でしょ。その教祖に鞍替えし、今でもその教祖が回す経済にしがみついて法輪大逆転の同盟関係に依存しているでしょこの国は。

その様な状況下で世界中の王がメギドの丘に召集され、殺戮の天使が送り込まれ戦が始まっているの。

 

この国がおかしくなったのは目ん玉国の黒船がオランダを出し抜く意図で、長崎に回らず江戸幕府に直訴しようと走水の海に侵入して来た時以来だと判るはずと思うのだけれどもどうかしら。

 

八百八十八VS六百六十六で文明開化が始まったの。



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もう私のこのブログ、一般の人たちはおいそれとなるほどと認められない内容の記事しか書けないわよ。

 

多分怖すぎるでしょ。夏越しの大祓を過ぎた途端にコロナ禍とはハルマゲドンだと気が付いてしまって即日記事にしてしまったの。そうしたら昨日あたりまでまた死んだようになっていたの。怖すぎるわよね。

 

でも私の中では確信させられているの。あの教団は解脱救済だ、ハルマゲドンだと言いながら法輪を逆回転させ人為でハルマゲドンを引き起こそうとして、幹部は死刑に処せられてしまったでしょ。

 

しかし法輪の正転により時が満ち、とうとう天意により全世界にウィルスが散布されてしまったのよ。全世界の王がメギドの丘に召集されているでしょ。それはね聖書の先見者たちが預言していた神の怒りの日の到来を意味しているの。

 

暦が令和へと移り変わったのと時を同じくしてね。

 

その事実をおいそれと人は認めようとしないわよ。

 

怖すぎるもの。だから私も死んだようになっていたの。そうしたらね、そういえばあのヨハネも黙示録に書かれた幻を見せられた時に、初めに死んだようになったと書いている事を思いだしたの。

 

私は不意に解脱を意識させられ、その日のうちにそれが命の木への入り口の登竜門だと確信した日以来何度も死んだようになってきたの。それをどう書いてよいかわからなかったのよ。

 

何で死んだようになるかというと死の向こう側にある恐怖と直面させられるからなの。このことに関しては書いておきたいことがたくさん出てきてしまっているの。

 

この恐怖と直面するとPTSDを発症しかけるの。そうすると脳がそれを察知して正常性の建て替えにかかるのよ。後遺症を残さず立ち直るために更新がかけられるのよ。ウィンドウズパソコンに更新がかかると、終わってしまうまで操作不能となるようなものなのよ。

 

だから脳が恒常性を模索している最中は死んだようになり何もできなくなるの。しかしこの恐怖との直面を引き起こした原因がメシアに対する信仰であれば、後遺症を残さず更新され恒常性を取り戻せるのよ。

 

そして今回も恒常性を取り戻して更新された状態で考察した結果、人は死んで新たに生まれなければ御国には受け入れられないと言ったメシアの言葉は、それを示していたのだと気が付かされたの。

 

メシアから助け手として御霊を送られ、何度も死んだようになりその都度恒常性を取り戻すというその過程は、御霊が関与している以上は霊的覚醒に他ならないのよ。メシアはそのことを指摘していたの。法輪の逆回転による自分至上主義の覚醒は致命的だったでしょ。あの事件でそれを見せられていたのよ。

 

あのヨハネという人はメシアの復活を目の当たりにして、その時すでに覚醒していたはずでしょ。メシアから過ぎ越しを受けてしまっていたのよ。それから何十年もして終末のビジョンに直面させられ、初めに死んだようになっていたの。

 

メシアからすでに過ぎ越しを受けてしまっている人でも死んだようにさせられるほどの恐怖を秘めているのがヨハネの黙示録なの。それがヨハネの黙示録の真骨頂なのよ。だからまだメシアから過ぎ越しを受けていない人はその恐ろしさにおいそれと直面などできないはずと思うのよ。

 

聖書と無縁の人などは生涯、神の怒りの日など意識できないと思えるでしょ。その場合はその人に神の怒りがとどまると書かれているのが聖書なの。

 

しかしメシアを信じる人にとってはこの上ない福音の書なの。神の怒りの日が来たとしてもよ。

 

上流のダムが決壊を免れるために放流を開始して、そのサイレンの音が世界中に鳴り響いているの。


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時節も時節で良い頃あいだから怪談話でもしましょうか。

 

芸人さんたちがする怪談話なんて少しも怖くないわよ。

 

お釈迦様は歌舞伎聚楽主は悪趣に堕ちるとはっきり言葉を残しているのに、娯楽が大好きなこの世は聞いても聞かないふりををしてとぼけているでしょ。

 

お釈迦様に対峙した歌舞伎聚楽主とは今でいう芸能人の事だからね。芸能人は皆悪趣に堕ちるの。お釈迦様がそのように言っているのだから皆悪趣に堕ちるの。

 

そのことの恐ろしさを知らないから芸能人などやっていられるの。そのことの恐ろしさを知らない世間が芸能人をアイドルとして笑い、それがあたりまえでお金になるから広告宣伝により広く世の中に提供され、お釈迦様が悪趣に堕ちるとはっきり知らせた歌舞伎聚楽主、すなわち現代の芸能人たちが世相をリードしているのよ。

 

そのようなことだから盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ちこむではないかとの弥勒菩薩の御言葉の通りになるの。

 

悪趣に堕ちることの恐ろしさを知らないからやっていられるの。私は本当に魔訶不思議なことはたくさんあると知っているけれども、本当の恐ろしさを知らない芸人の怪談話など少しも怖くなくなってしまっているのよ。

 

本当の恐ろしさを知らない人間が本当に恐ろしい話などできるわけがないでしょ。こけおどしなのよ。

 

では本当の恐ろしさっていったい何なのと思うでしょ。行きはよいよい帰りは恐いと歌われているあの歌の恐ろしさが本当の怖さなの。

 

天神様に対して想像力が働かないとその恐ろしさは悪趣に堕ちるまで気が付けないわよ。

 

その恐ろしさに気が付くから悪趣に堕ちることを免れ、本当に怖いのは神さまだけ、こけおどしで人を脅かすノータリンの悪い奴らなどはるかに凌駕して恐ろしいのは神さまだと気が付くの。

 

そのようにして神様に対する畏怖の念を抱き、その怖れにより、悔い改め、必死で潔斎を済ませるから、難を逃れるのよ。

 

逃れそこなうとどうなるかというと、永遠にお岩や牡丹灯籠の黄泉の世界で、腐乱し、爛れた形相で、背筋が凍り、身の毛もよだつ闇で、悪霊として、死ねないけれども死ぬまで生かされるの。

 

千座の置戸を負わされ、千曳岩が閉ざされるから出てこれないわよ。


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今日はねもっと現代的なわかりやすい方法で書けと促されたの。解脱とはね神様のサイトにログインすることなのよ。そこにログインするにはアカウントを申請してパスワードを発行してもらわなければならないのよ。

 

そのような簡単な事が現代においても誰にも知られていないという事なの。お釈迦様はその生き方において見つけてしまったのよ。そしてそのサイト内で知ったことは世間の人には誰もわかるまいからだまっていようとしたの。

 

しかしね、そのサイトにアクセスしてしまった人はそこで受けた祝福を世の人に施さなければならない定めがあるの。

 

それが仏陀の梵天灌頂による初転法輪として世に知られているの。その時代の仏陀が教えを説いた地域では宗教が世の中の秩序だったでしょ。そしてそのことについてもっと深く知り、極めたいと思うような人がゴロゴロいたのよ。

 

そのような人たちの乾いた心に仏陀の言葉が、砂が水を吸収するように浸透していったのよ。そして大きな教団になっていったの。お釈迦様は自分を慕ってくる全ての人がアカウント取得に成功するようにお説きになっていたのよ。

 

しかしね、途中で気が付いたのよ。ご自分の十大弟子を見ていて気が付いたのよ。誰もアカウント取得に成功しないと。それで法滅を予言したの。弟子たちはそれが何を意味しているのか全く気が付けなかったのよ。

 

そして年月が過ぎ仏陀は入滅したでしょ。そうしたら弟子たちはもうどうしたらよいかわからなくなってしまったの。誰もアカウント取得に成功していなかったのよ。だからみんなで集まって私は仏陀からこう聞いたと、必死で書き残したのよ。そうしないと失われてしまうと焦ったのよ。それが仏伝の起こりでしょ。

 

でもね、たとえ一人でもアカウント取得に成功していれば焦る必要はなかったはずなのよ。そのアカウントにアクセスできるのであれば梵我一如ということなど当たり前のように理解できるからなの。

 

仏陀のお説きになったことなど全てそのサイトにアクセスできれば難なく神様により示されるからなの。そのような人を排出したいというのが仏陀釈迦牟尼の宿願だったはずと思うのよ。しかし仏陀は途中で気が付いたのよ。これでは法滅だと。そしてその宿命に甘んじ最後まで弟子を離れず入滅したの。それが天意であったと満足しながら大往生を遂げた真正の菩薩だったのよ。

 

そのようなことは神様のサイトで全て知れるわよ。私なんか仏陀をフォローしていなかったけれども、仏陀が預言していたメシアに張り付いていたのだと気が付いたときにはアカウントがすでに作られていて、仏陀の解脱というキーワードを意識してしまって、あれっと、思ったらいきなりパスワード送付されてしまったからね。

 

さらっと書いているけれどもその期間は驚天動地の繰り返しで、日常生活に支障をきたすほどの毎日だったわよ。それでもどうにかこうにか落ち着きを取り戻した時に感謝の気持ちがあふれて来たからお伊勢様におかげ参りしたの。

 

七つのお祝いの通りゃんせの細道を、ものすごく怖いながらも通していただいたことに感謝してのおかげ参りだったの。おのおかげ参りで風に吹かれてしまったことなども既に記事にしておいたでしょ。それでこのブログ書かされている事もね。

 

何故私が書くかと言えば「死にかけている残りの者を強めよ」というのがメシアの遺言だからなの。それが定めなの。残りの者が何を意味しているかはアカウント取得後ログインしてそこで確かめてね。

 

仏陀の言葉と、弥勒菩薩すなわちイエスすなわち天照大御神と見定め、仏伝と聖書と古事記を並行して集中して読めれば何とかなるはずよ。

 

このアカウント取得は信仰による契約であって、それはあくまでも対個人契約だから団体契約などありえないわよ。宗教信者はまずそこから足を洗わなければ絶対に無理よ。家族からも完全に孤立した孤軍奮闘をしてでも本気で申請しなければアカウント作ってもらえないわよ。

 

あの仏陀でさえも骸骨のようになり死にかけたでしょ。

 

それでも大御神の国に生まれた人は恵まれているわ。

 

私がそうだったからよくわかるの。


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神道のハレとケってあるでしょ。ハレは儀礼や祭り、年中行事などの非日常、ケは普段の生活である日常を表している言葉なのよ。日本人の生活はこのハレとケの繰り返しにより成り立っているとも言えるわよね。

 

ハレのお祭りに臨むために禊で潔斎して、お祭りの最後に直会でケの日常に直り合うという常識が習慣として繰り返されているでしょ。

 

悪いこととは思わないのだけれども、ここ数日考えさせられたことを書いておこうと思うの。

 

ハレとケはお祭りに臨むための作法とされているでしょ。しかしその作法には悟られなければならない神道の大いなる玄義があると思うのよ。

 

神道は古代から仏教と混交して発展してきているでしょ。その神仏により示されている隠された玄義なの。ここにも大御神の倒語(さかしまごと)が大きく働いているのよ。こまごまとしたことは抜きにして結論から書いてしまうわよ。

 

人はこの世にハレを悟るために招かれ生を受けているのよ。そのハレを悟らせんがために先見者たちにより預言がなされ、そこに弥勒菩薩が下生され、ハレの日のための救いの業を成し遂げられたの。そしてハレの日の祭礼に与るための御言葉を残し昇天されたの。

 

しかしその御言葉はごく限られた身内にしか悟られていないのよ。その身内の内この国で最もよく知られているのが仏陀釈迦牟尼なのよ。

 

弥勒菩薩は天照大御神としてお祀りされているから神仏の国で間違いがないの。

 

その仏陀のお諭しによる成道が祭礼のための潔斎なのよ。その決済を済ませてしまったら後の状態は空境を悟った涅槃なのよ。もう二度とケに戻れないの。それはケの穢れを弥勒菩薩である大御神の潔斎により禊してしまうからなの。

 

その玄義が古代に神様の乗り物の車輪とされた先見者たちにより現代にまで示されているの。だから神道のお祭りの形として今の日本にあるの。

 

しかしその形の中でのハレとケの繰り返しの生き方というのは、成道に至れずいまだ俗人か求道者の状態にあるということを意味しているのよ。

 

成道に至る解脱というのは弥勒菩薩すなわち天照大御神により禊を受けるということよ。そのことわりは三貴子を禊ぎによりお産みになられた伊弉諾尊の御旨なの。

 

だからお祭りの型だけではなく、七つのお祝いのお祭りのために禊、決済、解脱、成道してしまったら二度とケの穢れの日常になど戻れなくされ救済されてしまうのよ。そうなったら余生は大御神をお遣わしになられた天父の御旨に沿い、梵我一如の空境涅槃の境地に遊ぶことになるのよ。

 

しかし回りはハレとケの玄義を悟れない人々ばかりで、その巷で生計を立てなければならないから、そこに終息迄の忍耐があるのよ。それも余生がハレの日のお祭りになってしまった成道者の修行でもあるのよ。それもこれもすべては七つのお祝いの祝宴に招かれ、大御神に選ばれ、印をつけられてしまった僕の修行なのよ。

 

選ばれるためには悔い改め、禊に至るまで潔斎し、男は解脱し成道しなければ無理よ。

 

ハレとケを繰り返していては無理なの。

 

神様の乗り物の車輪として法輪を悟らなければ置き去りにされるだけなの。


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仏陀が初めて回したとされる法輪には八本の矢があるでしょ。これが破魔矢なのよ。八本の破魔矢だから八咫鏡とされて八咫烏がお祭りしているの。


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その中心は太陽系では文字どおり太陽であるし、人体では太陽神経叢とされているの。個々の人体においては八本の矢が整わないと回転しないの。

 

太陽系の八咫鏡には始まりがあり終わりがあり、しかもその回転は永遠なのよ。

 

阿吽として知られるそのことわりは古くはインドで知られアートマンとブラフマン、ブラーフマナとして示されてきたの。インドにはそのすべてが示されているのよ。でもね示されていてもそれを行う人がいないから宝の持ち腐れになっているのよ。

 

そのブラーフマナの阿吽の呼吸の御神璽は八咫烏が預かりこの国の神社でお祀りされているの。だから日本人は何者かに守られているのよ。ファクターXよ。

 

神とは申で示すという字でしょ。それはこの形で示されているということでしょ。

 

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古くはこの形が神からの賜物として示されてきていたの。そこに八本の矢を持つ法輪の中心があるでしょ。この中心が八咫鏡として知られたのは大御神の岩戸が開けた時なのよ。

 

この時八咫鏡が中心の中の枝にかけられたと古事記に書かれているでしょ。

 

この後に時至りそれがお社で示されるようになったのよ。お社とは土で示すと書くでしょ。十字架で示すと読めるでしょ。

 

申で示された形の中によく見ると同じ形をした十字架が三つあるでしょ。それはこの宝輪は三柱の神様の阿吽の呼吸で回転しているということを示しているの。

 

公転と自転と月の公転なのよ。それが天照大御神と素戔嗚尊と月読命の御働きなの。

 

そのことわりを示す八咫鏡が神のお社でお祀りされるようになったきっかけの時から今日まで、法輪は二千六百八十回転もしているということなのよ。

 

古い神道にはお社が無く神籬や磐境で神をお祀りしていたでしょ。大神神社の三輪山は有名よね。

 

その時代を経て神武天皇の法輪の弓の先に金鵄が舞い降りて以降、お社で八咫鏡をお祀りするようになったのではなかったかしら。

 

だから神社は神様の阿吽の呼吸を悟るための文字通り神様のお社なの。

 

この国に生まれ日本人同士として阿吽の呼吸で空気が読めていても、終息までに神様と息が合わないと宝の持ち腐れ、地中に宝を埋没させて終わってしまうことにならないかしら。

 

西暦の起源からはすでに二千二十回転もしているわよ。八咫鏡を預かっている八咫烏は三五七をお祀りの日取りと定めているでしょ。それはこの世に来てから三回転、五回転、七回転目をお祭りと見定めているということなの。

 

ペテロの第二の手紙

三章八節 愛する者たちよ。この一事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。

 

このペテロという人は大御神の一番弟子だった人だからね。私は鶏鳴三声のペテロと呼んでいるの。

 

このペテロの言葉によると自転の一回転も公転の千回転も主にあっては同じことだとなるでしょ。三日、五日、七日も、三年、五年、七年も、三千年、五千年、七千年もみな主にあっては同じお祭りの日取りということなのよ。

 

お釈迦様はそれを知り弥勒菩薩の降臨を五十六億七千万回転としたの。五百六十七回転であり、五日、六日、七日の事でもあるのよ。七日目の神様の安息日のお祭りなの。

 

そのような色即是空の法輪の回転を悟るべき場所が神社なの。どこの神社でも鏡をお祀りしているでしょ。

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