天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 瞑想

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/6984756.html (イスラエルの十二と永遠の命)

いつもね、ブログ記事書く時は読んでくれる人が納得できるように極力聖書で語られている事や、仏伝で知られている事をもとに書くようにしているのよ。

 

経典など学んだことはないから浅学な凡夫でも知っている仏伝なの。聖書さえきっちりと読み込めればそれで十分なのよ。そこに古事記の後ろ盾があれば私的には鬼に金棒なの。

 

その様に記事を書いているから、説得力のある記事を書いているつもりなのだけれども、反響はゼロに等しいから、どう受け止められているのかは、反響がないことが説得力を持って受け入れられていることの証左と判断しているの。いいのかなそれで。でもそうなの。

 

その様だから自分が感じたことをすべて大御神や仏陀の御言葉の定規に当てはめて書いているの。

 

でもね、聖書や仏伝には、本人が感じたことが無ければたとえを用いて表現しても絶対に理解され得ないようなことも書かれているのよ。

 

そのような機微に触れることをまだ書いていないことに気が付いたの。

 

それはね、仏陀が御説きになった解脱が、聖書に書かれているケルビムと回る炎の剣で守らせられている命の木への入り口だと確信して、御用のない者通しゃせぬと唄われているその細道を、御子の七つのお祝いに、お札を納めに参りますと唄いながら通していただいて、その後に覚醒させられると、本当に怖い思いをさせられるということなの。

 

いざお札を納めて戻ろうとして振り向くとそこに神様が立っていらっしゃってこちらを見つめておられるのよ。そこで神様と目と目が合ってしまい、生まれてこのかたの事は見られていないと思っていたのにすべて見られていたと気が付き死んだようになってしまうのよ。

 

ダニエルという預言者は幻を見て気絶してその後病気になっているの。ヨハネも黙示録のビジョンを見せられ初めに死んだようになっているのよ。

 

私の場合は預言者の語っていたことがすべて真理の言霊であり、なおかつ自分の犯してきた生来の不義は全て神様に見られていたということに気が付き、初めに死んだようになって以来、何度も何度も死んだようになっているの。

 

そのようなことは聖書にもはっきりと書かれていないから今まで書いたことが無かったの。でもそういうこともあるのよ。信じがたい?

 

でも私はこの世にあるうちに気が付いてよかったと思うの。まだ不義を改めることができるでしょ。改める機会を逸してから気が付いたら本当に死んでしまうわよ。

 

聖書で人は神の姿を見ると死ぬとされているのはそのためなの。

 

不可解なのは少年時代に見てピンピンしていた預言者がいたということなのよ。


o0640042714102726239



瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

もうね、全世界規模の禍事の時代に入ってしまったでしょ。そのような時代が来てしまったら悟らないといけない時代でしょ。

 

禍事を過ぎ越していただくためには家の鴨居に子羊の血を塗り過ぎ越していただくのがお約束だったでしょ。そうすることにより白く輝く聖い麻の衣を賜り、神のイスラエルとされるの。衣を洗って清くするとも表現さているでしょ。

 

それが婚宴の礼服なの。その礼服を携えていなければ天の川を渡御しその先にある都の門は通していただけないのよ。

 

その礼服を賜るようにとメシアが十字架上で全ての人に呼ばわったの。しかし聞き分けずに神様の怒りをその頭上に留める山羊や馬や鹿ばかりなのよ。

 

だから怒りの日が来てしまったの。それが何を意味するかは山羊や馬や鹿には理解できなくても羊飼いの羊は聞き分けるの。

1121973-768x576


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

私が魔訶般若の鏡を通して古事記と聖書を読み合せた時に見えてきた暦の読み方を表示してしまうわ。

 

ここには2匹の魚と五つのパンが置かれているわよ。しかしこれでもやっと半分なの。十二のかごがいっぱいにならないといけないの。その表も完成してしまっているのだけれどもそれを公開してしまうと完全にネタバレにつながるの。

 

だから十二のかごはしまっておくわ。ミステリーの醍醐味は自分で最後まで読み解くことだからね。


無題クリックで拡大表示されるでしょ。



瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング



このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

以前は年神様をお迎えするごとに四季のお祭りを通して覚醒させられていたの。それが、気が付くといつしか半年の祓ごとに覚醒させられるように期間が短くなってきたの。

 

そして今年の夏越の祓を過ぎた辺りからその期間が日ごとになってしまっているのよ。

 

毎日いろいろな思いが降りてくるからそれを日記のようにその日の記事にするでしょ。そして書き上げた記事を読み直すと、書いているのではなくて書かされていると思うのよ。

 

自分の書いた記事を通して次の覚醒が呼び覚まされるという摩訶不思議な領域なの。

 

私の場合はすべて大御神すなわちメシアに関することよ。

 

メシアの御言葉に従い聖霊を賜ると、自分の十字架を背負いメシアの父から盃を賜るのよ。それを天の皇室からの結納、納采の儀と認識していたの。それで記事を書き連ねて来たのだけれど、今日はメシアから賜る聖霊とはいったい何を意味するのかが降りて来たの。

 

それはメシアからの求婚をお受けする婚約を意味していることには間違いないのよ。しかしそのことは古事記にもっとはっきり示されていたのよ。

 

それは天の皇室から賜る金鵄勲章なのよ。神武天皇の弓の先に止まった金鵄がその象徴だったの。だから神武天皇は天が下を一つの家とすることはよいことではないかと仰せになっていたのよ。

 

この天が下の一つの家が八紘一宇として知られたの。だから金鵄勲章をお受けした後に八紘一宇の納采の儀をお受けするという、途轍もないことであるのよ。

 

その途轍もないことを大御神により正見させられた、インナーサークルである神鳥たちが倒語(さかしまごと)で示していたの。

 

その途轍もないことは聖書の冒頭のアダムとイブの物語ですでに語られていたのよ。アダムとイブがすったもんだの末に神様から賜った皮の衣がその象徴になっていたのよ。

 

そしてそこに命の木への入り口が見えていたでしょ。その賜物を受け八紘一宇と同期してしまったのがお釈迦様だったの。だから梵我一如だったのよ。

 

そのようにメシアの御言葉を受けその法輪に同期し、正見させられると、森羅の中に天意を読み取り、さらに焦点を絞ると世界中の人間模様の中に天意の好むものと好まざるものとを読み取ってしまうのよ。

 

さらに焦点を絞りこの国にピントを合わせると、聖書の世界が古事記と共に見えるようになるの。この国の人間模様の歴史の中に聖書を読み取れるようになるの。

 

そしてさらにズームインすると現皇室の人間模様の中に天の好むものと好まざることを見てしまうのよ。

 

その上で今日という日を見ると森羅の主権者である大御神の今日がどのような日なのかもはっきり見えてしまうの。

 

メシアがこの世に来て、立ってはいけない者が立ってはいけないところに立つのを見たら山に逃げなさいと御言葉されて以来今日に至るまで、ずっとその日が続いているのよ。


20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

以前玄倉川の水難事故の記事を書いたことがあるのだけれど、やはり全く相似象で、ついにサイレンが世界中で鳴り出してしまったわよ。

 

あの水難者たちは警察や役所の再三の警告や、善意の忠告者をあざ笑い、ダム放流のサイレンが鳴っても避難しなかったでしょ。まるっきり一緒じゃない。

 

玄倉川とは玄義の倉の川と読めるでしょ。私が解釈すると天の安川が、玄義を秘めた七夕の天の川で、あの時の水難事故には天の安川で起こる凶事が暗示されていたということなのよ。天照大御神の詔によりなったこの国ははなから神秘国なの。

 

世界中がDQNの河流れ状態なのよ。しかも今鳴っているサイレンは第二の死に対する警告だからね。そのサイレンの前の警告にいち早く気が付いて避難した人達は警告者により神変を見せられ、第一の死を受けても第二の死は受けないという印を受けてしまっているの。

 

そしてサイレンが鳴り響いていても避難しようとしない人達のキャンプサイトを、八正道の正見で見せられて開いた口がふさがらなくなっているわよ。

 

やがて水難者たちが流されていくのを離れたところから見せられるのねと。

 

何もわかっていないのにキンキラの法衣を着て、無駄なお説教をやめない人達って気が変になっているのよねと開いた口が塞がらないの。法衣の人達だけではないでしょ。平気で嘘をつくと評判のこの国の為政者たちも涼しい顔で権力の座にしがみつくでしょ。そういう人がサイレンの鳴っている最中の選挙で再選されるのよ。投票する方もされる方もお陀仏でしょ。

 

警告者である神様に対する信仰がないから、神さまを怖れるということを知らないのよ。でも最後の最後にお白州で神さまに対面させられて、免疫ができていないから恐ろしさのあまり呼吸が止まり死んでしまうのよ。

 

信仰心のある人は事あるごとに神様から打たれその恐ろしさを少しずつ知らされ、最後に神様に対する畏怖の念というものを自分のものにするの。そうするとね、神様からあんたは一度死んで禊した後は、もう八紘一宇の家の家族と印をつけられるの。

 

この家族は永遠の命の家族だからね。印をつけられてからが肝心な輿入れのための修行なのよ。そのような花嫁修業なしに八紘一宇の家に入れていただけると教えているのだからキンキラのキリスト教会など相当迂闊でしょ。

 

六百六十六の印は避難しそこなう迂闊な人たちの印だから、つけられても気が付かないわよ。

 

しかし神様の印は八咫鏡の八正道の八紘一宇の八百八十八だからつけられたらあまりのことに驚いて死にかけるわよ。それが修行になっているの。

20190405165420




瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

もうどうやらその時が来てしまっているようだから、知らされたことは全部書くわよと思うのだけれども、このブログ読みに来てくれている人がどう感じるかは、もう私の関知するところではないの。

 

ノアの時の洪水や、ソドムとゴモラの破滅は単なる物語であって、現実に起こった恐ろしいこととして認識されていないでしょ。聖書至上主義の私は認識しているけれども。

 

でもね、広島と長崎や地下鉄事件と玄倉川の水難事故は現代において起こったことだから誰でもその怖さは知っているわよね。でもね、ノアの洪水以来今日まで四千年近く経ている現代において起こっている事はノアの洪水やソドムとゴモラの拡大版とも言える事態で、広島と長崎や、地下鉄事件と玄倉川の水難事故において現代人が感じる危なさなどはるかに凌駕しているの。

 

それらすべてが、とりあえず人が無難に終息できるよう、メシアのたとえ話や、八咫烏の倒語(さかしまごと)のようにオブラートに包まれてやんわりと示されているの。それでPTSDのような後遺障害を発症せずに終息できるよう取り計らわれているのよ。

 

しかしね、死より恐ろしい神様の事を知らなければ神様に栄光を帰すことなどできないし、そのようなことではだれも救われないから、神様の怒りの日が来るのは初めから必定だったのよ。そのような時代なの。

 

すでに自力で避難できる水位を軽く超えてしまっている長老たちが、まだ避難しようと思えばできる若い人たちを、中州のバーベキューにとどまらせ避難させようとしないそのような時代の有り様を、神様が義憤をもって裁かれる時代に入っているの。

 

なぜ仏陀釈迦牟尼が女人は解脱できないとお語りになったのか。そこで語られた事柄は一体どのような真理だったのか。長老たちは考えてみようともしていないでしょ。そのようなことでは終生解脱は不可能よ。

 

キリスト教で三柱の神様を三位一体としてくくってしまっている事と相似象なの。

 

と、ここまで書いて思うのだけれども、それらすべてを言語化してしまっていいのかしら。あまりにも畏れ多くない?すべて書いてしまったら現代に生きるお父さんお母さん、お爺ちゃんお婆ちゃんに神の怒りがどのようにとどまっているかを知りなさい、その上で神さまから助けを得ることにより、それらの神の怒りを鎮めるために、男ができることと、女のできることの違いを知りなさいということなのよ。

 

しかしそれを書いてしまうとすでに自力で避難不可能でありながらまだ生きている人がどのような人達なのかも明らかになってしまうじゃない。そのような記事を書いてしまうことはいくらなんでも畏れ多いと思うのよ。

 

だからこの記事でワンクッションおいて神様にお伺いを立てることにしたの。

 

人はね、恐ろしさに打たれ死んだようになりながら、信仰により生かされ救われるの。

 

それとは別に自力で避難不可能な人たちもまだ生かされているの。

 

それは私が言うのではないわよ。滅びに至る道は広く大きくそこから入る者が多いとはメシアの御言葉なの。


20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

あのね、僧侶とか神父とか牧師とかいう生き方をして老境に至った人が宗教を前面に打ち出して、もっともらしいお説教をしながらリードしているという現実ってあるでしょ。

 

ひどい所では預言者とか自任している人たちもいるわよ。

 

若い人がそのような人たちの話をきいて解脱を促されないのであれば、聞き従っていると穴に引き込まれるわよ。そのような事をメシアはパリサイ人のパン種に注意しなさいと御言葉していたの。

 

創世記の初めから神様の七日間の暦が示されているでしょ。その七日間は神様の目には七千年と同じと、鶏鳴三声のペテロが示唆していたでしょ。

 

その神様の暦は当たり前のように人の一生ともリンクしているのよ。

 

人の一生の七日間とは七十歳と相似象なの。そして神様は六日間しかお働きにならないでしょ。七日目はお仕事を終えた安息の日なの。

 

人はこの六日間である還暦を迎えるくらいまでには神仏を悟り、解脱していなければ安息には入れないという暦なのよ。

 

宗教などという無明の学知は、解脱しそこなった老人たちのパン種で成り立っているの。

 

メシアの時は、そのようなパリサイ律法学者が、メシアと鋭く対立し十字架につけてしまったでしょ。

 

注意を怠るとメシアを殺した側に回り終わりを迎えることになるということよ。宗教だけではないわ。文明開化とはそのような老害により導かれているということを、メシアの御言葉により見切り、神様の六日間である還暦くらいまでには、神様の御旨と同期して働きを終えておかないと、七日目にはパリサイ律法学者らのようにメシアを殺し、人を穴に引きずり込む老害と同期してしまうということなの。

 

今まだ年若い人たちは、遅くとも還暦を迎えるくらいまでにはきっちりと解脱しなさいよ。

 

 還暦とは十干十二支で成り立つ暦でしょ。メシアに導かれた十支族と二支族の暦なの。

 

私は首の皮一枚のギリギリセーフだったけれども、早すぎていけないということはないはずなの。お釈迦様は破格の人だったけれども三十代で解脱していたでしょ。メシアも同じ。

 

誰も教えてくれなかったから危ない所だったわよ。


20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング
このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

ノアという人は神様に召命されてアークを自力で構築したでしょ。

 

モーセも同じくアークの構築を命令されそのとおりにしたの。それがイスラエルの契約の箱と呼ばれ、祭司レビ人が担ぎ渡御したのよ。

 

その後アークは神殿に安置されていたのだけれども現在では行方知れずとされているのよ。

 

それはアークの主、メシアが来られ、復活した後に天に上り行方知れずになっている事と相似象なの。

 

しかしイスラエルの契約は救いの契約であり行方知れずでも確実にあるの。イスラエルもアークも、失われていても同じところにあるの。

 

だからメシアはモーセにも、ユダヤに来られた時も、わたしはあると御言葉していたの。それはメシアの父の光あれという御言葉によりあるの。

 

アークとメシアが隠されているのは、それを見ないのに信じて聖霊を助け手として送られ、霊知で箱舟を構築しなければ終わりの時に過ぎ越しを受け渡御できないからなの。

 

神宮の地下殿にアークと、メシアの十字架が大御神の心御柱としてお祀りされていると知らされたことは、聖霊の賜物を受けることと相似象なの。

 

メシアを信じない人は受けることができないのよ。しかし信じる人は契約が結ばれるので霊的な箱舟を構築させられるの。そうでないと黒船と共に沈められることになると古事記とこの国の歴史が暗示しているの。

 

霊的な箱舟の中は空境の涅槃だと仏陀が保証していたの。そこに避難する人は一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないと契約により保証されているの。

 

全ての人にそのようなことを自力で悟るよう分別が供えられているのに、なぜか悟らない人の数が圧倒的に多いのよ。

 

それは救われる人より生贄の数の方が圧倒的に多いということなの。神様がファラオの心を頑なにしたのと同じことなのよ。

 

神様が、救われる人の方を圧倒的に尊いとされているからなの。それを示しているのが歳神様から受けるお屠蘇の盃なの。

 

shutterstock_1298589517-770x546


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

神さまは非言語的な手法で人に関与してこられるわよ。それが神様の倒語(さかしまごと)になっているの。味方にだけわかる倒語(さかしまごと)なのよ。

 

それを感知した先見者が言語的な形で残したのが数秘術であったり、日本語の漢字の成り立ちであったりその他諸々なのよ。そのような、言語では明確に記述し得ない不可思議な事を想起している時に、あら?と感じさせられるような共時性が働き、神様から倒語(さかしまごと)で話しかけられるの。

 

この人危ないと思われても仕方がないの。私なんか周囲から本当に危ないと思われていながら、まだ入院にまで至っていない人と不思議な機縁で懇意になってしまい、大分手ほどきを受けたの。

 

私は不思議なことを感じている時、それを周囲に話してはいけないと自制が働くのだけれども、本当に壊れてしまっている人は自制など働かずに暴走してしまうのよ。そこに至るまでの段階で摩訶不思議な共時性その他を共感してしまう時などがあり、そのような経験により特訓を受けて来たの。

 

迷宮にはまり、避難不可にならなかったのは、神様に対する信仰があったからなの。なぜか私はそのようでしかあり得なかったのよ。

 

今ではその特訓により、この世は冗談抜きで色即是空、空即是色じゃないの、言語と非言語、自我と梵我など、その他諸々は不即不離で絶対に切り離せないことだったのよと心底理解させられてしまっているの。

 

そのような梵我の世界に人は容易に近づけないのよ。危ないと感じさせられ、それが安全装置の役割を果たしているの。それが脳の正常性バイアスの正体ではないのかしら。

 

だから色と言語と自我の世界で人の世は成り立っているの。しかしそのような人の世の成り立ちに虚偽のにおいを感じ、もがき苦しみながら生きている人もいるでしょ。悪い方に転ぶと自死に至ったりするでしょ。

 

聖徳太子は世間虚仮という言葉を残しているし、禍福はあざなえる縄のごとし、などということわざもあるでしょ。先見者モーセは、神は人の前に呪いと祝福をおかれたと書いているの。

 

この呪いと祝福が人にとって大問題なのよ。脳の正常性バイアスという安全装置を一端停止させないとこの大問題に、終わりの時まで気が付けないの。

 

気が付くから、あざなえる縄のごとくよられた禍福のよりをほどき、祝福の束だけを取り出し、その束で強い縄をよるからその縄が避難ロープの命綱になるのよ。

 

神さまに対する信仰がないと危険だから安全装置停止できないわよ。壊れてしまったらおしまいだけど、いったん安全装置を停止させないと、メシアの死と復活と自分の生死の強い絆に気が付けないということなの。

20190405165420


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

今日は私の住む地方では日中雷様がゴロゴロ、ゴロゴロ、聞き分けない神の子たちのおへそを取りに来ていたわよ。

 

曲がったおへそ取られた人が大分いるのではないのかしら。

 

私が空境から聖書を読み直すとね、洗礼者ヨハネは、私は、水でバプテスマを施すが私の後から来られる方は火と聖霊でパプテスマを授けると御言葉していたでしょ。

 

ノアの時は水で滅んだけれども、終わりの時には火で滅ぶと預言されているのよ。

 

ノアの時は惑星規模の水のバプテスマだったけれども、終わりの時には惑星規模の火のバプテスマなのよ。神さまの怒りの時の本番なの。

 

ソドムとゴモラ、広島と長崎は予行演習だったの。

 

メシアからの聖霊のバプテスマがアークの過ぎ越しの渡御で、ノアの一家が水の中を通って救われたように、終わりの時に火の中を通って掬い上げられるのよ。

 

死んだようになって火の中から掬い上げられるの。それがイスラエルの神により示された過ぎ越しなの。その時に雷様からおへそ取られたらアウトなの。

 

とかね、雷様のゴロゴロ、ゴロゴロを聞きながら冥想?妄想?しているのよ。

 

あら、又ピカッと、ゴロゴロ、ゴロゴロ、雷様が・・・

mig (1)

 私、雷様にはだいぶいろいろなことを教わったわ。
私の氏神様も雷様なの。くわばら、くわばら。

 記事を書いていたら日をまたいで十二日になってしまったの。
十二とはねイスラエルと、メシアのクゥワバラの日なの。


瞑想ランキング

聖書・聖句ランキング
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 聖書・聖句へ
にほんブログ村
にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング

このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

↑このページのトップヘ