天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 正常性の偏見

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この世の不信仰な人たちは警報が出ている川の中州でバーベキューを楽しむ迂闊な人たちと思ったのだけれど甘かったわ。川が増水したら手遅れで、河流れになるその様があの水難事故の映像とオーバーラップして恐い気持ちになりしばらくブログ公開する気になれなかったの。でもね、しばらくお休みしているうちにまた示されたの。もう歯に衣着せずにきついと思うこともはっきりと洗いざらい書くことにするわ。自分は羊飼いの声を聞き分けたいと思う人だけ読んでね。パスワードかけておくことにするわ。


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私の正常性バイアスに亀裂が入ったのはね、1988年8月8日の八ヶ岳においてだったの。1986年4月のチェルノブイリの原発事故から2年後。今考えるとこの時に八八八の神様にくさびを打ち込まれていたのだと思ってしまうの。一年を一日換算すればチェルノブイリから三日目の事なの。それは私にとってはヨハネの黙示録による鋭いくさびだったのよ。

 

ヨハネの黙示録 8

10第三の天使がラッパを吹いた。すると、松明のように燃えている大きな星が、天から落ちて来て、川という川の三分の一と、その水源の上に落ちた。

11この星の名は「苦よもぎ」といい、水の三分の一が苦よもぎのうにくなって、そのために多くの人が死んだ。 引用ここまで。

 

第七の封印が解かれた後の、七人の天使の内の第三の天使のラッパなの。当時はチェルノブイリというのは苦よもぎを意味するという言説があったのでその言葉に敏感に反応したのね。実際にはチェルノブイリと苦よもぎは同種ではないらしいわ。でもね、よもぎに近縁の植物であることは間違いないらしいわよ。このチェルノブイリも苦よもぎもやせた土壌でも育つため広く自生しているらしいわ。

330px-ArtemisiaVulgaris
 チェルノブィリヌィク (Artemisia vulgaris)


 聖書は神学に基づいて解釈するとキリスト教徒のようにカバラにつまづくわよ。先見者の預言はイスラエルのカバラに当てはめなければだめでしょ。この時の事故がその後の緑の地球という言葉を生み出し、環境に対する意識の変化を生み出したことは決して小さく見積もることはできないでしょ。都市伝説という言い方もされるけれど、この事故の年から
14年後、2×7年後に7×3の21世紀に入り神道祭祀の重鎮が天照大御神の心御柱はキリスト・イエスの十字架だと発表してしまったのに、神学はまるで手も足も出ずに、完全につまづいているでしょ。

 

私は世間の方がどうかしていると直覚していたから、一緒につまづくのだけは御免とずっと思っていたわ。だから福音書と黙示録はずっとフォローしていたの。その結果30年近くかかったけれど、徐々に大きくなっていた正常性バイアスの亀裂に激震が走りあるとき粉々に崩れ落ちてしまったのよ。

 

このバイアスが外れるということは、それまで正常と思っていたことが実は非常に危険で最悪の事態をひきおこしかねない偏見であったと気が付くということ。これに気が付くのに遅れると逃げ遅れ災害の被災者になってしまうということなの。それに気が付くということは死にかかっていたという事に気が付くことだから恐怖をともなうわ。

 

しかしその時には天照大御神に対するゆるぎない信仰と魔訶般若波羅蜜多に助けられソフトランディングに成功するの。そうしたらもうヨハネの黙示録にしかまともなことは書かれてはいないし、神さまの書物をイスラエルの賜物として読み解かなければ人は死後生き残れないということがはっきり見えてくるの。そのようにしか古神道の書物には書かれていないわよ。

 だからメシアの御言葉が命の木への道のりにおける大切な杖で、人にとってこれ以上の賜物は与えられていないの。キリスト教の神学や仏教の哲学の方が都市伝説なの。人を開眼に導くことできていないでしょ。

 メシアの御言葉だけ。


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あのね、カバラの三五七あるでしょ。これが天地創造の暦であり、神様の縁談話の暦だと示してきたでしょ。これは人類にアダムとイブという始まりがあれば、終わりがあるということだと思っているのよ私は。

 

イエスは「アルファでありオメガである」と自分のことを言っているわ。これは始まりと終わり、日本語で言えば、あとん、阿吽よね。人間はその神の似姿に創られているのだから、始まりと終わりはあるでしょ。六日目がその終わりなの。七日目は復活の日なの。この日取りも相当押し詰まっているように示されているけれどもそれはこの記事ではおいておくわ。

 

一人一人の人生もこの日取りにのっとっているでしょ。還暦に間に合わせるように生きなさいというカバラなの。還暦という六日目を終えるくらいまでに魔訶般若を悟り、解脱して、禊を済ませ七日目を迎えなければどうする気なのということ。

 

しかしそのように日本人は悟らずに来たので、老害の葬式仏教が隆盛なの。日本に限らず、六日目の還暦までに魔訶般若を悟れない老人たちがこの現世の主導者たちなの。だから世界平和など一ミリも望むべくもないの。

 

この老害老人たちは締め切りを過ぎているけれども、世にあるうちに、一夜漬けでも解脱しなければいけないの。でもそんなことは誰も悟らないでしょ。現世のあらゆる分野で老害をまき散らしながらこの世を終えるの。

 

この老害により躾と教育を受けそれを正常と判断し生きている若い人たちは、この正常性の偏見を脱するには相当の苦労がいるわよ。何しろ自分の先祖や父母が解脱者でないのならば、その老害をまともに受け育てられたとはっきり認識しなければ、自分の脳が正常性の偏見という心理的盲点にしっかり支配されているということだからね。

 

ヨハネはそのような現世を大バビロンと呼び、倒れると黙示しているけれども、私はそれを老害文明と呼ぶわよ。日本の文明開化は、老害文明開化だったの。

 

若い人は還暦を目安にして遅くともそれまでには魔訶般若を悟りなさい。六日目までよ。


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サタンはねキーパーソンである仏陀とイエスを誘惑しコロッと退けられたでしょ。そこで赤恥かいたの。それでね、それを恨みに思い世界中のあちこちで誘惑の火炎放射を続けているの。

 

その誘惑に惑わされサタンにひれ伏さなければ、この世で権力や富など行使できないと知れるでしょ。ベストセラーの古神道の書にそのことが諭されているでしょ。そのような権力におもねらなければ情報発信のマスコミとして生計を立てられないであろうということは容易に知れるでしょ。

 

でもね、新聞やテレビの報道を信じる人が大多数で、それが世の中の常識として疑わない人の方が多いのよ。サタンが仕掛ける正常性の偏見で自分の脳をブレインウォッシュされている人ばかりなの。

 

そのように仕掛け、神仏のお諭しである、解脱に至るまでの悔い改めということを奇異な事と感じさせ、滅びに至る穢れである煩悩を世の終わりまで後生大事に抱えさせることに、サタンは現代社会において成功しているの。

 

気を付けてね!

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日本の古史古伝に偽書などただの一つもないわよ。

それをもっともらしく、しかも何の根拠もなく自分の判断を真と考え、

その正常性の偏見において、いにしえ人の伝える深い悟りの智慧を、

自分の悪い頭で悟れないと、偽書と決めるの。

 

そのことに、おかげ参りは憤りを感じるわ。

ほんとうは憐れむべきかもしれないけれども。

そのような「馬鹿」(敢えてこの言葉つかわせてもらうわ)が最高学府で

教鞭取っているということでしょ。憐れみを通り越して憤りを感じるわよ。

その「馬鹿」を信じたおかげで何万?何千万?何億?の人が

人生を棒に振ると思っているの?とね。

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1299285.html (天の斑駒と左男鹿の八の耳と六六六)


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ちょっと怖い事書くわよ。

イエスは聖書の中で「滅びに至る門は広く大きく、そこから入るものが多い」

と言っているでしょ。他にも「私を信じない者が私を殺すのである」

とも言っているわ。

これってイエスを信じずイエスを殺して滅びる者が多いってことよね。

これ世界のベストセラーの主人公の言葉よ。

しかも復活した神様の言葉でしょ。どう思う?

読む人により受け取り方が違うのだと思うけど

私はイエスをメシアと確信しているし、天の御父はそのメシアとの

いい名付け親の神様だと信じているの。

その信仰をもってこの世を見るとね、そこは避難経路を確保するよう

神様から警報が出ているのを知りながら、

その勧告に従わずに罹災する人のが多い激甚災害の現場にしか見えないの。

災害被害者というのは警報が出ていて危険が迫っていても自分は大丈夫、

その危険は自分とは無縁と考え、危険を察知せず、罹災する場合が多いらしいわ。

そういうのを正常性の偏見が働いたというの。人間は恐いの嫌いよね。

だからその怖いことを心理的盲点で覆って見えなくするような脳の働きがあるの。

自治体のウェブ上なんかでもそのことは紹介されているはずよ。

私に言わせればこの世はそのような正常性バイアスが効きまくった、

盲人が盲人を手引きする、非常に危ない所にしか見えないの。
その危険から逃れさせるのがイエスに対する信仰なの。
その他の信仰は全て迷信。

正常性バイアスのかかった迷信で、不信仰ということもそのうちに含まれるわ。

イエスに対する信仰でも偽預言者の言葉に惑わされ、

そこで正常性バイアスを働かせている大きな勢力なども全て迷信の部類だわ。

だからイエスがとても恐ろしいことを言っているのにみんな平気でいられるの。

そのイエスの言葉を哲学などの学問でいくら研究しても避難口は見えてこないわ。

イエスは「よく見えるようになるよう私から目薬を買いなさい」と言ったわ。

私が目薬を買ってよく見たらそこは激甚災害の現場だったの。

すでに多くの人が罹災していて、

それでもみんな正常性のバイアスが働いていて

逃げようとしないのだから相当怖いわよ。

死んでしまえばおしまいと思っている人たちもいるわよね。

しかもこの激甚災害は神様がもたらす激甚災害だと、

聖書を読めばよく理解できるから怖さマックスなの。

私はすでに避難してしまっいてその怖さにもう慣れたけど、

正常性バイアスが働いている人は他人に警告されるのを非常にいやがるし、

自分の聴きたくないことは無視するか、

自分に都合の良い方向に曲げて考えるので、

下手に注意したりすると逆に嫌われたりするの。

目薬を買ってよく見えるようになっても、イエスの言葉にあるように

人の目のちりを取りのけることしかできないのよ。

全て神様にお任せするしかないのよ。
そのお任せの仕方間違えると巻き込まれるわ。

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 若い人は脳みそが固くなる前に正常性バイアスを外すが良いのだ。
固まってから私たちも見えていないという事かと
パリサイ人のようにイエスに詰め寄っても手遅れだ。
この日本はそのようなバイアスで凝り固まった老人たちが
政治、経済、教育、宗教、報道その他をすべてを牛耳っている。
イエスはパリサイ人のパン種に注意しなさいと言った。
引かれるな。


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 死後どうなるか。臨死体験は戻ったので死んだとは言えない。
死後はだれにも判らない。わからないことにはリスクが伴う。
思考実験。
死後の世界がなければそこにリスクはない。
あればリスクを伴う、死後良くなるか、死後悪くなるかだ。
死後悪くなることに対してのリスクマネージメントは絶対必須だ。


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 何故神は死よりも恐ろしいのか。
人が死んだあと復活もさせるし、背いたものには重ねて死を賜る。
仏陀は教えを聞き解脱したものは一矢を受けても二矢を受けないと言った。
背く者には二度目の死がある。ヨハネはそれを黙示した。
イエスはどちらが多いと言ったか思い出してほしい。

 

 はっきり言おう。神仏に正対し開眼する過程においては死よりも恐ろしいことを直覚する。
PTSDを発症しそうになるかも知れない。私の経験だ。しかし杞憂はいらない。
イエスの言霊によってしか開眼はなし得ず、その言霊は薬師如来の施薬でもあるから、
恒常性が働き癒える。その繰り返しで現生涅槃に至る。

 

 現世で涅槃に至ると死よりも神を怖れる。神に対する畏怖を知る。
善しとされたものが永遠の命の木に与ることを許される。
聖書が真理を証ししていると悟る。神道も真理を伝えている。
禊せずには恐ろしすぎて耐えられない。この禊の作法を仏陀は伝え残した。
そして大御神の祓いで救われる。

 

 もう少し踏み込もう。イエスは「私を信じないものが私を殺すのだ」と言った。
イエスの死刑はその罪を肩代わりしていた。
信じないものはその罪を身に受ける。
キリスト殺しの死刑を身に受けるという意味だ。
イエスを信じないものには現世の法廷における死刑宣告は他人事ではない。

 

 現皇室の皇女に佳日が訪れるのを切に願っている。
しかし現皇室が納采の儀を出せない事態にあるという事は
日本人のみならず世界中の人にとって他人事ではない。
イエスをお遣わしになった幽世の天皇のみ旨を知らずに
イエスから納采の儀を受けることはできない。
PTSDを克服してでも死刑を免れるべきだ。


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 人の脳内には正常性バイアスが働いている。
どのような立場においてもこのバイアスが働き自分を保つのである。
悔い改めない死刑囚もこのバイアスにより自身を保っているはずだ。
しかしこのバイアスはやがて外れる。
人間は肉の脳をもってあの世に行けないからだ。
現世を終えればこのバイアスは外れる。

 

 人間が現世を終え幽世に移った時に肉の脳はない。
そこでは偏見を捨てさせられ神に直面する。
現世において偏見を捨て、神を畏怖するよう神仏の諭しがある。
その諭しを侮り遊び暮らした後に幽世に生まれ、そこで初めて
自分が侮った神を見ることの恐ろしさ。
私は御免だ。

 

 重ねて言う。正常性バイアスを働かせ現世において遊び暮らす放蕩息子でも、
自分がやがて死を迎えることは知っている。
知っているが今は恐いからそれを考えたくない。
神仏の諭しに正対しそれを受け入れバイアスを外すということは
死よりも恐ろしい、神に対する恐れを知る事。
だから人は怖気る。



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