天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 正常性の偏見

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最先端の医療に従事するお医者さんに言わせると、お米をいただくということは、砂糖を食べるのと同じことだというの。それが肥満に繋がる元凶で諸々の不具合を招来するというのよ。

 

天照大御神を知る日本人にとっては由々しき問題でしょ。天孫瓊瓊杵尊が稲穂を大御神から賜り豊葦原瑞穂の国に降臨されているからね。しかしその瓊瓊杵尊も瑞穂の国に降臨するとすぐに、大山祇神(おおやまずみのかみ)による誓約に対して、岩長姫を送り返してしまったりしているのよ。岩長姫の送り返しが古事記にとって何を意味するかは最近の瞑想で記事にしたのよ。

 

しかし稲穂が肥満の元凶となると穏やかではないわよね。肉といっしょに食すと、どこかの肥満国の食生活と同じということになってしまうのよ。それでさらに深く冥想してみたのよ。それで浮かんできたのが、龍宮にとって稲穂は神が天から降らせるパンに相当しているという事なの。だから御神田で栽培されご神前に神饌として供えられるでしょ。

 

しかしそれを直会としていただくには誰もが額に汗をしながらでなければいただけないのよ。しかし神様が天から降らせる真のパンは神様による喜捨で、お布施なのよ。額に汗することなく万人が同じようにいただけるお布施なの。お釈迦様はその様に理解したから乞食(こつじき)の人となったのよ。神様によるお布施に身をゆだねることが命脈を保つ秘訣と率先して示されたの。

 

それは当時のインドでは沙門の修行の形として根付いていたから可能だったという側面もあるのよ。現代の日本では仏門の沙門でもない限り一般的に不可能でしょ。その沙門も形ばかりでお茶を濁しているようにしか見えないけれどもね。

 

聖書によれば神が天から降らせるパンが生命御守護の源なのよ。そのパンによってしか生命の御守護は受けられないの。天照大御神の稲穂とは、封じられている生贄としてのキリスト・イエスによる御言葉なのよ。神の子羊による生命御守護の御言葉なの。

 

その御言葉を神による喜捨として拾い集め、それを本業としながら養われ、眼を開かれながら額に汗する副業で肉体を養うということは、現代の日本でもその気になれば可能なのよ。そこに生命御守護の霊験が顕れるのよ。

 

その為にはお釈迦様がそうであったように瞑想がどうしても必要になるのよ。普通の人の脳は糖質に依存する病にかかっているということらしいのよ。だからダイエットに成功しても、その病から自由にならないと必ずリバウンドするのよ。その他すべての生命御守護に反する依存も脳の働きによる正常性のバイアスという病なのよ。

 子羊の血により過ぎ越しを受け出エジプトしたイスラエルは、荒野において神が降らせたマンナにより養われたの。しかしイスラエルはエジプトにいた頃の食物を食べたいと神に不服を言い立て、その世代は処罰されたのよ。

 

人の煩悩という病から解放されないと生命御守護の霊験は天から降ってこないのよ。神が天から降らせるパンが主食で、その他の食物はすべて副食物なのよ。そのパンを拾い集めご神前に御供えし、直会としていただくのが正業で、八正道の内の一よ。その他はすべて副業なのよ。

 瞑想によりその様に脳に言い聞かせない限り、御言葉をその様に見定めることが難しいという事なのよ。その瞑想を助けるのが三巻の火の蛇神様なのよ。龍宮ではその神様を龍神様に封印してお祀りしているということも、すでにこのブログでたくさん書いてきたでしょ。神様のバジュラヤーナによる喜捨なの。そのように冥想するのよね。

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お正月だし日本中で疫病退散が祈願されているでしょ。当たり前のことだし別に悪いとは思わないのだけれども私は違うとしか思えないのよ。

 

疫病は人を一度しか殺せないけれども集団催眠による罪穢れは人を二度殺すわよ。この世で起こる禍事はすべてそうなの。一度しか殺せないのよ。

 

そう考えると生きている者にとって禍事や疫病は二度目の死に対する神様の警告と思えるでしょ。催眠術はそこに危険を感じると解けてしまうのよ。

 

疫病で亡くなってしまう人は神様による生贄なの。神様に捕られる犠牲者なのよ。それは神様の払われる犠牲なのよ。そのように犠牲を払いながらも集団の催眠状態に危機感を生じさせ、覚醒させようとされるお慈悲の様に思うのよね。

 

御子の十字架上の死がそうだったでしょ。御霊を受けていれば二度目の死からは害を受けないのよ。

 

神様の怒りとお慈悲は表裏一体の陰陽の関係なのよ。それはモーセが申命記に書いている、人の前に神様が置かれた呪いと祝福の陰陽と少し違うわよ。

 

呪いと祝福はエデンの園の中央の二本の木の陰陽で無限の死と永遠の命の陰陽なのよ。それは神道の陰陽では左近桜と右近橘として示されるの。呪いと祝福の左右なのよ。終わりの時には山羊は左に羊は右に集められるとヨハネが黙示しているの。

 それとは別物だけれども神様の怒りとお慈悲も左右の関係なのよ。疫病における神様の怒りとお慈悲の場合の左右は永遠の命の木の左右なのよ。

 

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左の峻厳の柱が神様の怒りを司る神様で御霊の神様。右の慈悲の柱が御子の柱なのよ。中央が御父の柱で、御子と御霊をお遣わしになり永遠の命の均衡を保たれるのよ。

 

妖怪の催眠術で無限の死に堕ちようとしている人類に対し、峻厳さをもって怒りを発し警告されるのが御霊の神様なの。聞き分ければ御父と御子との縁結びの福の神として降ってこられるのよ。

 

この御霊と御子の左右の柱が神様の怒りとお慈悲の左右の陰陽なのよ。永遠の命の主である御父の左右なの。この命の木の左右は神道の陰陽では八咫鏡の鏡像とされ左目の大御神と右目の月読命とされているのよ。

 

その実像は三柱の神様の玉座の前面が透過した後面の姿だったでしょ。人は命の木の三柱の神様の玉座を後ろから拝し従うのよ。その玉座における御父と御子の並びが左上右下なのよ。

 

少し話が膨らんでしまったけれども今全世界に臨む疫病は、まだ生きている者にとっては神様の呪いではなく峻厳さによる戒めなのよ。呪いを受けてしまったら最後、あの妖怪の様に釣瓶落としにされてしまうの。

 

その峻厳さとお慈悲による戒めを悟れずに疫病退散のみ祈願するという事がどういうことなのか、催眠術にかかったままで一向に理解できていないのが世界の現状のように思うのよね。命に係わる危険な川遊びを注意したら逆切れされたみたいなことでしょ。警告は全世界に及んでいるというのにね。

 

表向きの神道は日本全国で八万社もお社を配していながら三貴子についてまるで無知という事なのよ。ということは造化三神についてもまるで分っていないという事なの。

 

悟るという事がいかに狭き門であるかという事なのよ。妖怪による集団催眠の恐ろしさがそこにあるのよ。

 この国の政府は得体の知れない妖怪が感染拡大を食い止めると本当に信じているのかしら。もっと恐ろしい集団催眠を拡大強化しているようにしか思えないのだけれど。

 そうなれば警告はもっと激しいものになるわよ。逆切れされたら人は引き下がるけれども神様の峻厳さはそんなものではないはずでしょ。そう思うのよね。

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古事記に示される走水の海は、伊弉諾尊が鬼祓いの三つの桃を投げた黄泉比良坂の暗示にもなっているの。

 

倭建命の東征の水平展開は命の木の垂直展開だったでしょ。坂から投げられた桃が垂直に三個並んでいるのよ。一番上の桃は橋の下に隠されているのよ。その橋は坂の様に斜めにかけられているでしょ。ここが黄泉比良坂なの。

 

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そこが走水の海で、そこにはノアの時の洪水、紅海を経たヨルダン川の渡御、シルクロードを経た日本海の渡御が暗示されていて、すべて貴船の先導による渡御なのよ。

 

その海に永遠の名を持つ弟橘姫が身代わりとなり沈まれたの。そしてそこが式神様のお隠れになっている橋の下で黄泉比良坂なのよ。

 

時至ればノアの箱舟の扉が閉ざされたように、千曳岩で閉ざされるのよ。ファラオの軍隊が紅海に飲まれたように、イスラエルの先祖が渡り損ねた様に、洪水で道が閉ざされるの。

 

五十鈴川の宇治橋の下に仕掛けられた時限発火装置に点火され、橋が落とされるかのように渡御の道筋が閉ざされるの。

 

だから預言と命の木により避難が促されてきたのよ。命の木の至高世界とは約束の地であり、伊弉諾尊が禊された阿波岐原であり、神宮であり、メシアの都なの。中高世界以下は千曳岩で閉ざされると、黄泉の国と化してしまうのよ。

 

ヨハネの黙示録 22章 14

命の木に対する権利を与えられ、門を通って都に入れるように、自分の衣を洗い清める者は幸いである。

 

この門は最後の一人が通ってしまうまで開かれているのよ。それまでは妖怪釣瓶落としとの二度目の決戦が続くのよ。妖怪はこの戦に負け千年の間縛っておかれると黙示されているの。避難しそこない黄泉に閉ざされた鬼たちも巻き添えを食らい同じ運命なのよ。

 

2011年の311から一二三四五六七八九十と数えられた今年決戦の火ぶたが切って落とされたの。その戦いの狼煙が横須賀で上がっているのよ。全世界の王がメギドの丘に召集され決戦の火ぶたが切って落とされたことを知らせる狼煙なのよ。

 

それは避難勧告の狼煙でもあるでしょ。やがて地下鉄の車内が洪水で洗われるので、避難勧告の狼煙が上がっているのよ。

 

この横須賀の走水の海から、大御神の安国に火の雨を降らせた獣が上がって来ていたの。この獣を使役する妖怪との決戦の火ぶたの狼煙が、御霊によりあげられるのに、これほど適した土地柄は世界中どこを探しても他には見当たらないのよ。聖書に裏打ちされた古事記で預言されていた土地柄なのよ。

ヨハネによる福音書 10
1はっきり言っておく。羊の囲いに入るのに、門を通らないでほかの所を乗り越えて来る者は、盗人であり、強盗である。

 

私は去年からその地で、それに呼応させられていたようなのよ。思い立って避難勧告のためにブログを書き始めたのが去年の七月四日だったの。後で気が付いたらあの国の建国記念日だったのよ。

 

この避難勧告は日本の皇室も政府も出せないのよ。まるっきり気が付いていないからね。すべて掌握しているはずの八咫烏も最後まで戸籍を持たずに、陰から大御神の祭祀のみ行うように定められているように思えるでしょ。

 

何かできるとしたら避難してしまった人がその様に勧告するしかないの。しかし一年以上勧告を続けているのに賛同者は一人も現れないのよ。まるで一九九九年の夏の玄倉川なのよ。

 

それも無理もないことは判っているのよ。私は大御神のスピリチュアルに打たれてから避難完了するまでにほぼ四半世紀もかかっているからね。

 

心理的盲点にとらわれながら安心している人が自身の正常性の偏見に気が付くということは恐れを伴うのよ。自分の思い描いている生と死が偏見にとらわれていて、そこに死角があったと気が付かなければいけないのだから、一筋縄ではいかない恐れを伴ってあたり前なの。

 

そのような恐れに対処する処方箋を御霊により賜りこのブログでシェアしているの。弥勒菩薩が薬師如来として表に出られたの。それが神宮の心御柱なのよ。

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もうね、何と言ったらいいかわからない。私は肉親にどう思われようと、世間にどう思われようと気が付いたら後半生を神様ファーストで生きて来たの。

 

その私から見るとこの世は世界規模で神様仏様をガン無視している愚者の楽園だわ、つき合い切れないとずっと思っていたのよ。

 

そんな私も子供の頃はテレビっ子で、ずっとテレビを見ながら育ったわよ。でもね、いつの頃か覚えていないのだけれども私が生まれた当時、テレビが普及し始めた頃にその低俗さゆえに一億白痴化を招来するという人がいたことを知り、何かビビビット感じることがあったのよ。

 

その結果、私の場合はどうなったかというと、本当に、テレビを見ていると馬鹿になる、やめなきゃと三十歳を過ぎたころから思い始め、そのころからあの馬鹿ボックスとは縁を切る方向が定まったの。

 

そんなことだからその生き方は道を求める生き方にならざるを得なかったのよ。そして道を見い出すきっかけは、やはり救世主のイエスとお釈迦様の残した御言葉以外ではありえなかったのよ。

 

それは多岐にわたるのだけれども私の中で柱になっている御言葉があるの。お釈迦様は、歌舞伎聚楽主は悪趣に堕ちるとお説きになっているわよ。歌舞伎聚楽主とは舞台の上で人を笑わせる、今でいう芸人さんの事。悪趣とはありていに言えば地獄のことで、お笑い芸人は地獄に堕ちるとはお釈迦様の言葉なの。

 

そしてイエスは盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むではないかと御言葉しているの。神様仏様ファーストの生き方をしている私のような人間にとってはこのお二方の御言葉がこの世を見るための鑑なのよ。

 

ずっとそう思っていたのだけれども今年になったらいきなり世の中の風向きが変わって世界中に疫病がはびこり始めたでしょ。そしたらお笑い芸人の大御所さんが逝ってしまったのよ。みんなこの芸人さんの逝去を悼み追悼番組とかが組まれているらしいのよ。

 

今のこの時代に情報を発しているのはイエスの言う盲人さんばかりでまるでお話にならないではないの。その他では世界的に有名なお金持ちの投資家さんが今のこの危機に際して、世界経済は云々と語る情報なども発信者たちは大好きなのよね。

 

死と黄泉の鍵を握ると宣言した神様が、聖書において、金持ちは天国に入れない(いれない)と詔しているなどということは思ってもみようともしないのよ。芸能人が花形職業で、世の中のオピニオンリーダーみたいな世になっているのだからまさに愚者の楽園でしょ。

 

私の目にはそのようにしか映らないから、何を考えているのか理解に苦しむ人たちの川の中州のバーベキューにしか見えないの。それが世界規模の現実なの。

 

いっきに洪水で滅ぼしてしまわずに時間的な余裕と、神様仏様による警告が大昔から与えられているのは、神様によるお慈悲なのに、空気読めないのね。DQNの川流れだわよ。逝ってしまったら覆水盆に返らずでしょ。



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遂にこのまま行ったら世界大恐慌が来ると警鐘を鳴らす学者さんが現れたわね。もう世界的なニュースでしょこれ。

 

私が思うにそのレベルのことが起こる時は神様が御手に持つ篩が大きく振るわれる時なの。歴史上でそのような時代が過去にあったことは皆知っているでしょ。

 

1986年のチェルノブイリ原発の事故の後にヨハネの黙示録に目覚めた時からそんなことが起こりそうな予感はしていたのだけれども、ついに警鐘を鳴らす学者さんが現れてしまった。

 

でも三十年も前から考え続けていたから対処方法が身についてしまっているの。神様が大鉈を振るう時はやり方を改めさせる時なの。伊弉諾尊と伊弉冉尊が国生みにしくじった時もやり直しさせられたでしょ。

 

それが人の世に臨むときは大恐慌を伴うのよ。そしてそれは新しいやり方を確立するまでの生みの苦しみなの。準備ができでいなくて苦しむ人大勢いるでしょうね。私が身につけてしまった対処方法は既にこのブログで全部書いてしまったわよ。

 

人はね正常性の偏見を取り去られると、まず初めに精神的な恐慌状態に見舞われるの。しかしうまくその恐慌を乗り越えると覚醒させられるの。それを何度も繰り返すうちにその恐慌は覚醒して生まれ変わるための生みの苦しみなのだわと悟るのよ。

 

臆病な人は偏見を抱えたままこの世を終えていくでしょ。私の主イエスは、人は新しく生まれなければ御国には受け入れらないと御言葉しているでしょ。

 

新しく生まれるには生みの苦しみは避けられないの。であれば率先して生みの苦しみである恐慌を受け入れてしまえばよいということなのよ。言うは易しと思うでしょ。でも私は気が付いたらそうしてしまっていたの。

 

色々な怖れに見舞われるけれども大きな波は二つだけ。イエスの肉を食べ血を飲むということはイエスの御言葉を受け入れるということなの。イエスは信じる者には助け手を送ると御言葉しているでしょ。実際に送られて来るからね。

 

それを実践してしまったらそれまでの正常性の偏見は粉みじんに打ち砕かれるから大恐慌が起こるわよ。それは生みの苦しみでしょ。落ち着けばそれに見合った大きな祝福に包まれるわよ。これはね私の理解ではイエスの縁結びの申し入れをお受けしてご縁が結ばれてしまうということなの。

 

ご縁が結ばれてしまったらその御言葉には従わなければならないでしょ。自分の十字架を背負って私について来なさいと言われているでしょ。イエスの受けた十字架とはその御父から受けた杯なの。だからイエスの御言葉に従うと自身で御父からの杯も受けることになるのよ。

 

この時の大恐慌も結構すごいインパクトがあるわよ。私は経験したばかりなの。そしてそれが御父との縁結びであり、私の理解では天の皇室から納采の儀のお使者をおむかえすることなのよ。

 

そのような二度の大恐慌を引き起こすのが古事記では天照大御神の岩戸開きと、素戔嗚尊の大蛇退治なの。お使者は月読命よ。イメージできるかしら。

 

お釈迦様の解脱と梵天灌頂なのよ。その時のお使者はシバとして知られる大自在天だったはずなの。私はそうお呼びしてお祀りしているの。お釈迦様は超絶破格な人だから大偉人だけれども、凡夫は覚醒して新たに生まれても偉人になるわけではないわよ。

 

でもね、イエスの御言葉を受け新しく生まれてしまったら世界中に大恐慌が臨んだとしてもかなり受け入れやすくなるわよ。生みの苦しみって女性にとっては祝福の前触れでしょ。その苦しみから逃げていたら何も生まれずに祝福は取り去られるでしょ。だからやり直しさせられるの。

 

やり直しさせられているうちが花よ。

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  今、私の目にはある老人の姿が映っているの。その老人はね還暦を間近に控えた老齢なの。けれども生まれた時からある中毒症に感染させられていたの。

 

しかし本人はそのような病があることなど知らないし、当然自分も病気と無縁と思っているのよ。

 

この老人をお創りになった神様はその病もお創りになった神様なの。そしてこの病を知り癒されることが祝福であり、そうでなければ呪われるというのを、悟るのが善悪を知ることだとして、医師団を派遣し、この老人が若い頃にお薬とその能書きを渡していたの。

 

然し自分が感染中毒にかかったまま死にかけているなどと認めたくない老人の病は、一向に良くならずに若い頃すでに慢性化してしまったのよ。

 

それで業を煮やした神様はその病と闘い克服してしまった青年を、特別に顧問医師として派遣したの。その顧問医師は老齢に至り既に他界しているの。

 

しかしこの顧問医師が派遣されても老人が頑ななのを知っていた神様はついに病院長を派遣して癒そうとしたの。この病院長は超絶な人で病人や死者までをも癒す神様の長男だったのよ。

 

しかし老人は能書きを読もうとせず病院長の言うことも全く信用していないの。

 

還暦近くまで生きてきて神様とその医師団の言うことが信じられずに、今のままこの世を終えようと考えているのよ。

 

噂によると神様はこの老人の寿命を還暦迄とお決めになっているらしいのよ。

 

もう助からないわよ、この老人。


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 この世とは警告が発せられている川の中州でのバーベキューで、増水したら自力で避難不可能の罹災現場だと思ったの。それで、そのような記事を書いたら、それではたとえが甘いと示され、やがて流され沈没する大バビロン河の奴隷船になぞらえたのが去年までのことだったの。

 

 その過程で気持ちが滅入りもうこのブログやめましょ、と思ったことなども記事にしてきたでしょ。でもね、そういうことって慣らされるのよ。汲めども尽きぬ井戸みたいなもので奥行きが底知れないの。

 

この三月に汲んでしまった命の水のことを書いておくわよ。人にとってこの世とはね、煩悩という絶体絶命のヴィールスに感染した患者たちの巷なの。本人が自覚的にワクチン接種を受けなければ絶対に絶命するのよ。

 

その自覚を促したのが釈尊で、ワクチンをもたらす薬師如来の降臨までをも魔訶般若波羅蜜多と呼ばれる偉大な悟りの智慧の完成と共に預言していたでしょ。そしてその如来が降臨して「私の肉を食べ、その血を飲まなければ父の御国には受けいれられない」と御言葉したでしょ。

 

 私ね、若いころから世間に対する違和感とか嫌悪感というのがあったのだけれどその正体をこの歳になって知らされたわよ。

 

明日はお彼岸の中日だから、まだ中州で遊んでいる人はこれを機にワクチンの接種を受け、此岸から彼岸にとっとと避難した方が得策と思うわよ。一人一人の増水はいつ襲ってくるのかわからないのだから。

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 先日ね、脳の心理的盲点という働きを改めて再認識させられたの。その日はねスポーツウォークマンに雅楽を仕込んで、それを聴きながら郵便局に支払いを済ませに行ったの。そして用を済ませて郵便局を出てから愕然としてしまったのよ。

 

局内で支払いやサインをしているときは音楽がまるで聞こえていなかったのよ。局を出てからいきなり音楽が聞こえだして、え? 何この感覚、さっきはまるで聞こえていなかったではないのと。もちろんその間スイッチやボリュームは一切いじっていなかったのよ。

 

人間の脳はね人の思いの重要局面において、その最重要事項を遂行するためには聞こえている音をシャットアウトしてまでも、その思いを快適に遂げさせようとするということを再認識させられたの。

 

そしてまたぞろ思い浮かんだのが玄倉川の水難者たちのことだったの。あの人たちのキャンプは、再三にわたる警告、そしてダム放流のサイレンの音までをも脳がシャットアウトしてしまうほど重要でかけがえのない楽しいものだったのよ。

 

しかし重要なことは人間の脳は、その思いを遂げさせるためには、死に対する警告までをも騒音としてシャットアウトしてしまうということなのよ。それが脳の心理的盲点による正常性の働かせ方なのよ。脳は人間の生命の安全を担保しないの。

 

だからこの世に来てグレーソーンで遊んでいるのが楽しい人たちの脳は、そのことの妨げになるような情報は聞こえていてもすべてシャットアウトしてしまうのよ。本人にはその耳に聞こえていても聞こえていないと同じ状態に置かれているの。私もグレーソーンで思い切り楽しんでいた経験があるから今ではよくわかるわ。

 

何度も書いているけれどもイエスはこの世は激甚災害の現場であると示唆しているわよ。そのように書かれている聖書が世界中においてベストセラーなの。この記事ではねくどくどとそのことを強調したいわけではないの。

 

脳がそのような働きをするのであれば、それを逆手にとってうまくコントロールしながら利用したらいいのではないの?という考えが浮かんできたのよ。

 

この世に来て神仏のお諭しがありながら何も悟らない自我をインドの哲学ではアートマンと呼んでいると私は理解しているの。

 

その自我が梵我を悟ることをブラフマンと呼ぶのではないのかしら。今の私はこのアートマンとブラフマンの差異とは人の思いとその脳の働きにより左右されているとはっきり自覚できるのよ。

 

アートマンとは煩悩を手ばなそうとしない阿修羅たちの自我で、その阿修羅が四苦八苦しながらも煩悩から解脱し自分を見つめた時に見えてくるのが梵我と言われるブラフマンなのよ。お釈迦様がその生涯によりそれをお示しになって仏伝として伝わっているでしょ。

 

このことはブラーフマナやブラフマ神すなわち梵天とも切っても切れない関係にあるけれども、そのことを取り上げると長い記事を一本書かなければならなくなるからここでは置いておくわ。

 

でもそれを悟るためにはどのように瞑想すれば理解しやすくなるのかはこのブログではもういくつも記事を書いているわよ。

 

ここではね脳の働きを逆手に取ることを考えたいの。アートマンの骨肉の自我から解脱してしまったら、最重要なのは霊肉の梵我に生き、その悟りを深めるということなのよ。そのために、不必要な騒音はシャットアウトするという脳の特性を十分理解しながら生きたらどうなるのというのがこの記事の主旨なの。

 

もとより解脱した阿修羅にとって骨肉の死などは問題の対象ではないのだから、脳がそのリスクを無視してくれていいのよ。というか脳はそのリスクは関知しないということは既に証明されているわよね。

 

そんなことしたら生きていけないのではないのと思うでしょ。

 

イエスは空飛ぶ鳥を見なさい。野に咲く花を見なさいと言っているわよ。その御言葉が飲み込めれば、死など問題外で花鳥風月を愛でながら明鏡止水の境地で遊べるの。

 

お釈迦さまは魔訶般若波羅蜜多として、偉大な悟りの智慧の完成ということをお説きになったでしょ。でもそれはあくまでも阿修羅に向けた訓戒であり、解脱した阿修羅にとっては完成などありえないと知れるはずなのよ。

 

梵天とは永遠に無限の実体でありその悟りの深さは永遠に達し得ないほど深いというのが真理なのではないの?その梵天の両脇に控えておられるのが如来と大自在天で、この三尊の阿吽の呼吸が無限の永遠性を秘めているのよ。如来の井戸から汲むものは渇くことがないの。しかもその井戸は底なしに深いの。梵我一如の真名井なの。ブラーフマナの井戸なの。

 

その汲む水のお諭しは虚空の中に蔵されているの。だから、常にその虚空蔵の井戸から命の水を汲むことを今世の重大事としてしまえば、脳はそれを正常性と判断し、そのことのために超スーパーコンピューターとしての実力を遺憾なく発揮してくれるはずでしょ。それが結界を超えた後に梵天界にデビューさせていただくための大切なお支度なのではないの?というのが直近における理解なの。

 

そのような意味において、この世に息がある限りは解脱が完成ではないわよ。解脱は単なる登竜門なの。その登竜門をくぐった先においてはじめて一大事のお支度が始まるのよ。

 

協同組合にいる人はそこでの同調圧力に屈し、最重要事項を見極めることを怠っていると、脳もそのようにしか働かないわよ。その見極めの尺度はわかるわよね。誤った判断により神仏以外のことをその尺度とするからお陀仏となるの。あなたが誤れば、あなたの脳はそれに追随するわよ。


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 天皇の大嘗祭の儀式のときに麁服(あらたえ)という麻織物が阿波の忌部氏の末裔である三木家から献上されるの。この麁服(あらたえ)が無ければ大嘗祭は執り行えず天皇は即位できないのよ。だからその麻織物を献上する三木家では代々にわたり麻の栽培を守り続けてきているの。

 

これが所持を禁止されている大麻なの。天皇家の神道にとっては、大麻はなくてはならないものなの。そして神宮のお札が神宮大麻と呼ばれ全国の神社に頒布されているでしょ。ここに神道の仕掛けがないわけがないでしょ。でもそれはどこにもヒントさえ示されていないから想像するしかないのよ。

 

神道にとり重要な大麻が古代から栽培され続けて来ていて、その当時者たちが、その植物が精神変容作用をもたらす薬草であるなどということを知らないとは想像できないでしょ。

 

インドでは聖者サドゥー達があたりまえのように吸引するのがガンジャ、すなわち大麻なの。ボブ・マーリーが有名にしたジャマイカのラスタファリも同じ。大麻の精神変容作用で覚醒し、神に近づき、解脱し、モクシャ(救い)に至ろうとする行為なのよ。

 

この精神変容作用なのだけれども信仰などということに関心のない人にとってはただの遊び程度で終わるの。信仰に根差していると本人が確信していても、その信仰がオカルトであった場合は、それがとんでもないことを引き起こす場合がある事を日本人はみな目撃しているでしょ。

 

あの死刑になった教祖に活仏であると最初にお墨付きを与えたのが某密教国の最高指導者だったのよ。それであの教祖は舞い上がり、帰国して解脱宣言しているのよ。その後その最高指導者は「あれはまちがいだった」と一言で片づけ、それで済んでしまっているの。おかしいでしょ。

 

それはさておき大麻なのだけれども、日本人はポルトガルからたばこが入ってくるまで、煙を吸引する習慣などなかったはずよね。大麻が嗜好品とされていたという記録などもないし。でも太古から大麻は薬草だったのよ。大麻は今でも謎に包まれた薬草なのよ。それで神宮大麻でしょ。

 

私には、神道はここに何を隠しているの?という疑問が昔からあったの。その疑問は完全には解き明かせていないのだけれども、聖典以外を見るとヒントは有るのよ。

大麻入門 (幻冬舎新書)
長吉 秀夫
幻冬舎
2009-01


 この本の
154ページに書かれているのだけれど、人間の脳内には大麻の精神変容作用をもたらすTHCという物質の受容体が備わっていて、鍵と鍵穴のような関係で、しかもその鍵は人間の脳が分泌していることが明らかになったと書かれているの。

 

脳内マリファナなのよ。この作用に変調をきたすと精神疾患をもたらすとも書いてあるの。私の経験では大御神から助け手を送られると大規模な精神変容作用に見舞われ、それまで抱いていた正常性のバイアスなどはいとも容易く粉砕されるの。それが大御神によりもたらされる賜物なのよ。その大御神のお札が神宮大麻なの。これ一体何なのと思うでしょ。そう思うのは私だけなのかしら。

 

今の日本では大麻と言えば犯罪とされているでしょ。でもね、現代の法曹という物をどうとらえるかで正常性のバイアスは崩れるわよ。聖書の中でイエスは、姦淫の現場で逮捕された女が引き出されたときに、あなたたちの内、罪を犯した者のないものが始めにこの女に石を投げなさい、と言ったでしょ。

 

この女は当時のユダヤの律法に照らせば石打の死刑に相当する罪人だったの。でも誰も石を投げることができずに去ってしまったのよ。これがイエスの大岡裁きなの。人の裁きと神の裁きは基準が全く違うということを私はこの部分から読み解くわよ。

 

人は人を裁くことを神により許されてはいないの。イエスの弟子にとっては、現代の裁判官や検事などというのはもっとも就くにふさわしくない職業でしょ。そのような現場で法が施行されているの。それでも大麻の所持は禁止されているけれども摂取することは禁止されていないという不思議さ。

 

神の十戒で禁止されている事以外は何でもやってしまっていいのよ。それをヘンテコなくびきにとらわれ、偏見を持ち生きていると、やるべきこともやらずに、何が善で何が悪かも悟らず一生を終えることになるのよ。お釈迦さまは九十九人殺しの殺人鬼を弟子にしているでしょ。

 

それでも下手に法を犯すと禍事に巻き込まれるから注意は必要よね。私はこの鍵と鍵穴が自分の内側にあることを大御神の神宮大麻により知らされているから、脳内マリファナいくら摂取しても取り締まりの対象にはなり得ないわよ。

 

現代ではカリフォルニア州で大麻が合法化され、ヨガ教室で大麻を吸引しながらレッスンを受けることができる時代よ。一回二千五百円で受けることができ、大麻は無料でふるまわれるらしいわよ。

 

ヨガとマリファナは相当いい組み合わせだと思うわ。瑜伽タントラと神宮大麻であれば最強でしょ。鬼に金棒よ。脳内での自給自足が理想よ。日本の法律は遵守しましょうね。

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 私ね、今月に入ってからカバラの数秘術に引きずられて、自分以外の何者かにコントロールされながら記事の投稿しているの。これ演出していないわよ。こまめに読んでくれている読者さんは判るはずなの。

 

いったい何を書かされているの?という思いの毎日なのよ。自分以外の何物かと言ったら私にとってはもう神様しかいないのよ。オカルトじゃないから神様なの。でもね、記事投稿した後で、こんなこと書いたら普通の日本人が読んだらドン引きじゃないの、一体全体なんでこんなこと書いているの?私は。

 

と、しっかり自分と世の中の乖離は見えているの。それでも世の中のことを見せられすぎてしまっているからまた書いてしまうのよ。「滅びに至る門は広く大きく、そこから入る者が多い」の。それが大御神の真言なの。

 

でも核の傘の下で戦後平和に飼いならされた日本人には猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏の馬耳東風なの。この国においても、しない、させない協同組合の学説を大学で教え続けられて来たからしかたがないの。

 

大王はテニスコートの恋に今も夢中でまったり顔でしょ。それでも一生お金に困らないからそれでやっていけても、街の教会で結婚しようよ、などという時代の雰囲気に流され、街角の恋で結婚した平和ボケ男女が、生活に追われるようになると、なんの覚悟もないからすぐに家庭内離婚。

 

キャッシュディスペンサー兼粗大ごみと化した親父たちが結婚に対する幻滅を誘発し、未婚が世の風潮に。さらに覚悟のない親はすぐに離婚でシングルマザー量産体制。核家族化はとうに行き過ぎ、家庭崩壊しながら少子の高齢化社会。

 神様は子孫を星の数のように繁栄させると永遠の契約を結んでくださっているのに一方的に破棄。

 

それでもみんな拝金主義で、お勤めだけは大事なの。拝金主義に徹する覚悟のない軟派は引きこもり。

 

ボケ親が子を育てると高校生で見苦しい娼婦ファッション。親たちが昭和歌謡で脳内完全汚染された結果なの。挙げようと思えばきりがないでしょ。若い頃結婚し、子を設けようとしないカップルなどというのもいるけれども、はあ、何のための結婚だったのですか?

 

今日の私は結婚に焦点が当たっているでしょ。何が言いたいのかというと、未婚者の私が何を悟らされたのかというと、男女の結婚とは神様ごとだったということなの。古代から結婚とは神事だったのよ。すでに古事記にそれが示されていたの。

 

戦後はそれを完全に無視して、テニスコートで恋をして、髪の毛が伸びたら町の教会で結婚しようよ、などという風潮が助長された結果が、現代社会に否も応もなく反映されているでしょ。その結果は現在進行形でしょ。その結果がどのように展開されていくのか、その続きはいやでも見せられることになるはずでしょ。いまさら結婚が神事だったなどと気が付ける男女の方が希少なのだから。

 

でもそんなことに気が付いてブログに書いている私はね、今月になって自分のことがはっきりわかったわよ。私って本物の異端者だったのねって。でもね、何を正常とするかで、異端と正統というのはコロッと逆転するわよ。人間の脳には正常性のバイアスが働くからね。

 

しない、させない協同組合が正常で正統と世界的に信じられていても、私はこの世の終わりまで同調できないわ。地獄にはまるもの。まっぴらなの。

 協同組合についてはこの記事読んでね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/5386504.html (千の花びら大開花)

 

記事タイトル何にしようかしら。

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