天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 神道

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無題

  この暦はねイスラエルの十二の暦の後半部分なのよ。そして人間の今世から来世に対応しているの。前半部分が前世に対応しているのよ。

 

夏越の祓が人類創世で人の誕生、年越しの大祓が子羊の婚宴で終息、すなわち命日後なの。

 

それを年末の暦に当てはめると十二月二十五日から三十日までなのよ。それが人の一生と相似象なの。

 

この時期は年神様をお迎えする大掃除の時期でしょ。大晦日の一夜飾りでは間に合わないの。人類の命日を終わりの時とか神の怒りの日と聖書では記述されているのだけれど日本人の季節感にそぐわないでしょ。だから理解しにくいの。

 

聖書の言う終わりの時とか神の怒りの日というのは年神様をお迎えする、神様の大掃除の時なのよ。一人一人がこの神様の大掃除に呼応するのであれば遅くとも六日目、少なくとも還暦を迎えるくらいまでには大掃除を済ませておかなければならないの。

 

還暦を過ぎてしまってからでも気が付く人は一夜漬けでもなんでもかまわないからとにかく終息までには大掃除を済ませておかなければならないの。

 

それが本当の禊なの。大御神から御霊を賜り年越しのためのお飾りをしっかりと準備するということなの。それが仏陀の説いた八正の解脱なの。

 

そのように書くと仰々しいからいいかえれば、神様に心を向け、生来の迂闊さから足を洗っていただけば良いということなの。その為には人はどうしても大御神の御言葉を聞かなければ難しいことでもあるのよ。だから聖書があるの。

 

もう神様の大掃除始まってしまっているようにも思えるでしょ。

 

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 日光の神橋


 これは去年のすす払いでコロナ禍のマスクではないわよ。神様の渡御のための橋の大掃除なの。
 
 今日梅雨明けだけれども不思議な季節感よね。


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もうね、書けば書くほど真名井の奥深くから水を汲ませられるの。それをすべて書いてしまうのは私の功名心なのよ。しかしね、ただひけらかしたいだけだったらそんなつまらないことには関わりたくないのよ。

 

初めからそうなのだけれども、どういう心持で書いているのかというと、せっかくこのブログを読みに来てくれて、いただいたご縁なのだから子羊の婚宴には同席しましょうねという気持ちで書いているの。だから何でも書けるのよ。

 

解脱などというと宗教的概念と理解されるから難しいことと思われがちでしょ。しかしね、悟れない人達がそのようにしてしまったのよ。宗教的概念ではないの。この世に来た人はみな迂闊さにより唆されているので、その迂闊さからの回避がお釈迦様により説かれただけなのよ。

 

聖書もその概念により書かれ広められてきたの。しかしね、それを悟れない人達が難しい教学で説明するから理解されていないのよ。

 

最初の女性イブがその迂闊さゆえに蛇にそそのかされたでしょ。アダムとイブはメシアと人間のメタファーだからね。迂闊なイブがアダムと結ばれ救われるという伏線が張られているの。だから人間は神の似姿に創られているの。

 

男女はメシアの前で迂闊さにおいては一蓮托生なのよ。しかしアダムはメシアの似姿だから、男は迂闊さから回避する賢明さにより女性や子供を数わなければならないの。お釈迦様が女人は解脱できないとお説きになったのはそのような伏線を理解したからと思うのよ。

 

イスラエルの荒野における人口調査において女性と子供を除く、戦闘に参加できるニ十歳以上の男子しか数えられなかったことにそれが示されているでしょ。

 

聖書がイスラエルにおいて示しているのは迂闊さ回避のための戦闘なのよ。約束の地に至って神により異邦人のせん滅が命じられたのは迂闊さが見過ごされないことを暗示しているでしょ。

 

ノアという人は洪水を箱船により回避したでしょ。その後神により二度と洪水では滅ぼさないと虹の契約が建てられたの。しかし人間はその後も迂闊さの洪水により死にかけているのよ。そこでイスラエルが建てられ契約の箱が箱舟であるアークと呼ばれたの。

 

このアークによりイスラエルはヨルダン川を渡りカナンに達したの。アークが川の中州にとどまり水を関分けている間に渡りおおせたのよ。しかしそれでもイスラエルは迂闊さから回避し得なかったでしょ。

 

それで分裂させられ、片方は失われたイスラエルとなり、残されたユダにメシアが降臨したの。このメシアが十字架上で死に、三日目に復活したことにより、人間の迂闊さの洪水のさ中に御国への渡御の道が開かれたの。それにより洪水では滅ぼさないという約束が成就したのよ。

 

しかし渡御した先で迂闊さは見過ごしにされないと暗示されていたでしょ。だから此岸にあるうちに迂闊さは回避しておかなければいけないの。その為に仏陀が梵天から灌頂されたの。

 

その開かれた道が大御神の神道とされこの世に属さない神鳥たちにより祀られてきたの。それはメシア降臨の七百年も前からのアークの渡御が紀元なのよ。だからこの国に生まれながら回避しない人達が世界で一番迂闊なの。そそのかす蛇に一番狙われているのがこの国なの。それでも一番暮らしやすいのは大御神のお祓いのおかげ様なの。

 

大御神のアークが中州にとどまり道が開かれていることが知らされているでしょ。アークが渡御してしまったら回避するすべはなくなるわよ。だから絶対に回避して子羊の婚宴に同席しましょうねと言いたいのよ。


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はっきり言ってね、この世は迂闊なのよ。はっきり書けば書くほどこのブログの人気がガタ落ちなのは丸わかりだけれども迂闊なの。

 

古今東西歴史に名をきざんだような人達も含めて、丸ごと迂闊なの。人は誰も自分が極めつけに迂闊だなどとは思ってもみないものよね。誰もが賢明に生きていて、善人も悪人も自分が極めつけに迂闊だなどとは生涯思わないのが普通でしょ。それがこの世なの。

 

私もその一人だったわよ。しかし聖書によれば恩頼によりメシアとつながってしまった人はもうこの世に属していないとされているでしょ。恩頼とはみたまのふゆと読むの。それはメシアから助け手を送られるということ。その助け手が、メシアが聖書でお示しになられた聖霊で、御霊の事なの。みたまなのよ。

 

神道では天照大御神の恩頼がおおもとされているけれども、それを理解できずに判った気になっている人がほとんどよ。大御神と素戔嗚尊は梵我一如の涅槃から月読命をお使者として送られているからね。

 

そのように三柱の神さまの阿吽の呼吸と息が合ってしまうことが、メシアから聖霊の賜物をいただくということなの。迂闊であったことをはっきりと悟らされ、その迂闊さから解脱を迫られるのよ。

 

それを成してしまうともう二度とこの世の迂闊さに属するのはまっぴら御免となり、この世に身を置いていても属していないという摩訶不思議なことになりうるの。それが戸籍を持たずに大御神をお祀りしている神鳥迦楼羅、八咫烏の真骨頂なのよ。

 

神宮のお祀りをこの世に属さず二千六百八十年も取り仕切ってきた由緒があるのよ。その神宮の恩頼により、政界も経済界も学界も宗教界も世俗も四季も花鳥風月も生老病死もすべてが暦通りに回されているの。

 

しかし迂闊なこの世はそれに全く気が付けないのよ。政界も経済界も学界も宗教界も世俗も迂闊のたまり場と化しているでしょ。しかしこの世は大御神の足台だわよ。いつまでもそのようなことが許されるわけがないでしょ。

 

お釈迦様はその迂闊さからの解脱をお説きになっていたの。悟った人は戸籍に縛られていても、もうこの世には属してはいないわよ。

 

御霊により渡御させられるの。

 

終わりの日の洪水から免れるために、大御神の鳳輦の箱舟に避難してしまっているの。

 

洪水は四十日と四十夜よ。

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今年は皇紀紀元二千六百八十年でしょ。これがなにを意味するかじっくりと考えてみたのよ。皇紀元年はB.C.660なのよ。この時代はね、B.C.720のイスラエルのアッシリア捕囚から、B.C.586と言われているユダのバビロン捕囚のほぼ真ん中の時代で、イスラエルにとっての激動の時代だったのよ。

 

この時代はイザヤ、エレミヤ、エゼキエル、ダニエルとイスラエルの預言者の重鎮たち時代だったの。しかも私の見立てではお釈迦様もその時代の人なのよ。

 

南伝仏教で信じられている仏滅紀元B.C.543からさかのぼると仏陀生誕はB.C.623となり、皇紀三十七年の生まれになるの。試しに仏滅紀元B.C.543から567年降ってみるとA.D.24になってしまうのよ。

 

これらの事実をふまえた上でもしやと思いダニエルの七十週の預言をB.C.660に当てはめてみたの。ダニエルの七十週の預言は主がエレミヤに告げられた七十年という年数が元になっているの。

 

ダニエル書 9

24お前の民と聖なる都に対して

七十週が定められている。

それが過ぎると逆らいは終わり

罪は封じられ、不義は償われる。

とこしえの正義が到来し

幻と預言は封じられ

最も聖なる者に油が注がれる。

25これを知り、目覚めよ。

エルサレム復興と再建についての

御言葉が出されてから

油注がれた君の到来まで

七週あり、また、六十二週あって

危機のうちに広場と堀は再建される。

26その六十二週のあと油注がれた者は

不当に断たれ

都と聖所は

次に来る指導者の民によって荒らされる。

その終わりには洪水があり

終わりまで戦いが続き

荒廃は避けられない。

27彼は一週の間、多くの者と同盟を固め

半週でいけにえと献げ物を廃止する。

憎むべきものの翼の上に荒廃をもたらすものが座す。そしてついに、定められた破滅が荒廃の上に注がれる。

 

この預言が難解を極めているの。しかしね、八咫鏡に照らしてみましょうかという軽いノリで七週の七十年と、六十二週の六百二十年の六百九十年とあてはめて、最後の一週の十年を足すと七百年になるではないとなるのよ。

 

エレミヤも破格の預言者だったの。だからエレミヤの言う七十年を、文字通りの七十年と、七百年の複合預言として考え、問題のB.C.660に当てはめてみるの。そうすると七十年後はB.C.590となりバビロン捕囚のB.C.586の四年前で前夜なのよ。

 

そして次に七週の七十年と六十二週の六百二十年の六百九十年を当てはめてみるとこれが何とA.D.30なのよ。最後の週の十年を充てて七百年とするとA.D.40なのよ。

 

イスラエルのメシアの十字架はこの間の出来事だったと考えられているでしょ。

 

ダニエルの預言は、最後の一週のうちの半周で生贄と捧げものを廃止すると読めるでしょ。そして定められた破滅が荒廃の上に注がれると結ばれているの。

 

A.D.40以降、ユダの滅亡はA.D.73だったの。A.D.33から四十年後よ。ローマによるエルサレムの神殿の破壊はA.D.70

 

その後キリスト教会は歴史が止まっていて、最後の一週の時が来ると教会は携挙されるとかいうわけのわからないことを信じているでしょ。

 

 

でもね、歴史は大御神の暦通り一日たりとも留まることなどありえないでしょ。

 

だからね、私の考えではエレミヤとダニエルの七十年と七十週の預言は大御神の暦通りに進展中なの。

 

始まりはB.C.660の皇紀なの。イスラエルの南北の分裂の危機の時代に、七十年と七十週による、エルサレム復興と再建についての御言葉が出されたのがこの年なのよ。この年に契約のアークが渡御を開始し、失われたイスラエル元年となったのよ。そして皇紀六百九十年から七百年にかけてメシアが遣わされ、私は失われたイスラエルにしか遣わされていないと御言葉したの。その後ユダヤは荒廃に見舞われたけれども、失われたイスラエルは今も健在でしょ。

 

その後失われたイスラエルに荒廃の影が差しつつあった、神武南北朝の分裂の時代に再度復興と再建についての御言葉が発令されているように思えるの。イスラエルの荒廃と、失われたイスラエルである神武朝の荒廃は相似象なのよ。イスラエル歴と西暦と皇紀はあざなえる縄の如く、預言によりよられた太い綱なの。

 

今年は皇紀二千六百八十年。イスラエルの鳳輦は契約の箱でありノアのアークなの。

 

そのアークに大御神の御霊が御鎮座し文字通りのお神輿として、洪水の中を彼岸に渡御の真最中なの。そのことが二十一世紀の幕開けと同時に知らされたでしょ。



 

ペテロが語ったように、神様の目には一日は千年のようであり、千年は一日のようであるのよ。皇紀と西暦が共に三日目に入って二十年たっているでしょ。

 

メシアは神殿を三日で建て直して見せると公言しているの。迂闊にしていると天の川を彼岸に渡御し損ねるわよ。定められた破滅が荒廃の上に注がれると預言されているの。世界中が荒廃しきっているでしょ。

 

六月の大祓で六道の悪趣から解脱し、七月の天の川を渡御し、八月の八正道の涅槃に至るのが大御神の渡御に従うことになるの。その渡御の暦は二千六百八十回転もしているのに悟らない人の方が多いのよ。アダムから数えて七千回転目が神様の七日目の渡御の始まりのはずなのよ。

 

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日々瞑想しているとどうしてもこうなってしまうのよね。阿吽

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文明開化とはつまるところ欧米化だったでしょ。その欧米化がね、この国にとっては亡国に至る最凶事の幕開けだったのよ。それはイスラエルが荒野で異邦人の神である子牛の像を拝んだことに匹敵しているの。

 

しかしノアの洪水の時にも全滅せず、イスラエルも全滅は免れたでしょ。この日本の国にもノアが洪水を免れたように、過ぎ越しを受けたイスラエルが全滅してもその子らが約束の地に渡御したように、祝福は置かれているのよ。そうでなければ千代に八千代にとはならないでしょ。

 

しかし今は凶事の真っ最中よ。そしてそれは稗田阿礼さんが口述した古事記に預言されていたわよ。だからみんなマスクしなければ買い物に行けないの。

 

以前から書いてきたことだけれども文明開化に引導を渡した黒船は走水の海から入って来たでしょ。そこは弟橘姫が八重の畳を三種用意してその上に座り身代わりの入水をした海だったでしょ。この弟橘姫と倭建命の物語のことは以前の記事でも書いているの。それが文明開化のさきがけの現場になったのよ。これだけでも神秘的と感じられるでしょ。何も感じられない人もいるかもしれないけれども。

 

しかしね、古事記の奥深さはそこにとどまらないわよ。

 

天照大御神から豊葦原の中津国を治めるようにとの詔で降臨した天孫瓊瓊杵尊は天下るとその地で木花開耶姫(このはなさくやひめ)を見初め求婚するの。

 

求婚を受けた姫の父である大山祇神(おおやまずみのかみ)は喜んで姉の岩長姫と共に差し出すのよ。そうしたら瓊瓊杵尊は岩長姫が醜かったので送り返してしまい、木花開耶姫(このはなさくやひめ)とだけ結婚したの。

 

この大山祇神(おおやまずみのかみ)の姉と妹の嫁入りは誓約だったと書かれているわよ。事細かくは、興味があれば古事記を熟読して瞑想してもらえればいいのだけれども、一気に結論してしまえば、この二人の姫様は神様が園の中央に生えさせられた二本の木の暗喩になっているからね。

 

しかしそこにワンクッションかまされていて、聖書のヤコブの嫁取りが下地の物語として隠されているのよ。

 

ヤコブはアブラハムの孫だから天孫なのよ。嫁取りに際して妹のラケルがヤコブのお気に入りで超かわいかったの。しかしね、姉のレアは、目はきれいだったけれどもヤコブのお気に入りではなかったの。

 

結果としてヤコブは不本意ながら姉のレアを先に娶らされ、神が園の中央に生えさせられた二本の木を共に娶らされたの。

 

その物語を下地にしながら、天孫瓊瓊杵尊は姉の岩長姫を娶らず送り返してしまったという古事記の預言になっているのよ。わかるかしら。

 

過去に起こったことと同時に未来に起こることもこの物語で預言していたの。走水の海で預言された文明開化の時代に至ると、天孫瓊瓊杵尊は岩長姫を送り返してしまうという預言になっているのよ。その預言を検証するためには歴史を見ればいいでしょ。

 

年表形式で並べると

・八百八十八の走水の海に黒船来航(六百六十六の白人至上主義襲来)

・孝明天皇崩御 十二月二十五日

・大政奉還による明治維新 日英同盟による欧米化

・大正期の第一次世界大戦

・大正天皇の皇嗣時代の神前結婚一般化

・天皇即位後の左上右下改め右側優位 ひな人形の京雛と関東雛の相違 隠された欧米化

・大正天皇崩御 十二月二十五日

・十二月二十五に昭和に改元

・大東亜戦争による敗北 広島と長崎

・昭和天皇による新昭和建設の勅 GHQにより愛国陣営はパージ それに伴い新しく台頭したGHQのちょうちん持ち陣営は天皇の人間宣言と揶揄 欧米隷属化

・伊弉諾景気により世界第二位の経済大国に発展

・昭和天皇崩御 一月七日 これにより昭和元年は年越しの大祓の七日間、昭和最後の年は大祓後の七日間となる

・昭和に改元された日の大正天皇例祭の十二月二十五日はバチカンのお祭りとなる

・上皇の皇嗣時代のテニスコートでの恋 お相手はバチカンの信者

・平成の時代に台風の罹災者の数より豪雨災害の罹災者数が上回る。打ち続く震災。

・象徴天皇制を暗中模索しながら生前退位 第二皇子は恋愛結婚ができなければ皇籍離脱と宣言(ここかなり重要 自分至上主義の恋愛により皇籍を軽んじていることが丸わかり) ご結婚後生まれた皇女たちは神道を学べないバチカンの大学へ進学 令和への御代変わりに際し皇女の納采の儀停滞 

・前前年には八幡宮で凶事 前年には宮崎県高千穂町の天孫瓊瓊杵尊の降臨の地で凶事 

・御代変わりして歳神様をお迎えしたらいきなり全世界で疫病発生 首相と都知事はマスコミにより嘘つきと揶揄される

 

私が気になることをざっと並べるとこんなところになるのよ。細かく見ていけば切りがないけれどね。それでも結構細かく見て書いているわよ。

 

天孫瓊瓊杵尊の岩長姫の送り返し判ったかしら。岩長姫を送り返して木花開耶姫(このはなさくやひめ)とラブラブなのよ。

 

岩長姫とは岩のように長い永遠の命の象徴で、雛人形と共に飾られる右近橘でもあり、弟橘姫と同一神なのよ。その永遠の命をもたらす弟橘姫を送り返して平然としているから、皇室も臣民も目を開けて見ておれないの。

 

救いの光は今上帝の皇女にしか見いだせなくない?

 

卑弥呼の再臨、大御神の再臨とリンクしていたりしてね。

 

この国ははなから神秘国だから有り得なくはないわよ。

 

古事記もヨハネの黙示録に匹敵しているでしょ。しかしどちらも覚醒しないと読めないように書かれているの。

 

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今日のニュースでも報道されていたけれども芸能人がまた自殺したでしょ。もう日常茶飯事になっているわよね。

 

あのね、全く分かっていないのよね。自殺は殺人以外の何物でもないでしょ。心の病とかで逝ってしまう人はその限りではなく病気が原因と思うのよ。

 

でもね、覚悟の自殺は覚悟の殺人なの。イスラエルの律法では殺してはいけないことになっているわよ。これは大御神の律法だからね。

 

覚悟の上の殺人なのよ。確信犯なの。

 

そして大御神の律法を犯すものは皆全員死刑なの。律法で禁止されているのは殺人だけでなく嘘をつくことも禁止されているわよ。この国の首相は平気で嘘をつく人がやっているでしょ。殺人犯だけではなく嘘つきも死刑なの。誰も助からないのよ。

 

だから神様は人を創ったことを後悔して洪水で滅ぼしたでしょ。しかしノアという人が免れたの。そして神様は空に虹を置き後悔しても滅ぼさないという契約を七色で示されたでしょ。

 

その七色の神様を助け手としてメシアが神様により遣わされたの。しかし相変わらず人は神様が後悔するような死刑囚ばかりなのよ。

 

その死刑囚の罪をメシアが一身に受け、神様からの盃として十字架上で身代わりの死刑を受けたの。

 

だからその身代わりを信じ、神様が後悔するようなことを悔い改め、神様から助け手を送られ生まれ変わる人は、この世で死刑の罪を解かれ釈放されるの。

 

だから十戒をモーセに示した神様は、私は主、あなたの神、あなたを奴隷から自由に導いた神であると詔されたの。

 

そのように悔い改めて解放されるための手ほどきが仏陀にゆだねられたのよ。イスラエルの神様は天地創造から終わりの時までを導く神様なのだからその途中に生まれた仏陀が神様と別のことを言っているわけがないでしょ。

 

しかしね、死刑囚はそれがわからないのよ。自分至上主義の党派心でバラバラなことを言っているの。

 

だから皆、もう死刑が確定しているサタンからあんたも俺と同じ身の上と六百六十六の印をつけられるとヨハネという人が預言していたの。

 

しかしね、サタンはメシアの身代わりにより許され復活することはないけれども、神の子らは皆許されているわよ。それがメシアの贖いの業だから皆許されているの。

 

だから嘘つきも人殺しも皆許され復活するの。しかしメシアを信じ復活する人と、そうではない人とに違いが生じるのよ。

 

メシアは聖書で、私のことを信じない者が私を殺すのであると詔しているでしょ。

 

嘘つきも人殺しもその他の悪党もみな復活するのだけれども、その時にメシア殺しの罪を帯び復活する者たちがいるということなの。

 

お釈迦様のお諭しを悟らず六百六十六の印をつけられ復活する人たちの復活が第二の復活と、ヨハネの黙示録に書かれているわよ。

 

メシアを信じその声を聞き分けた人たちは第一の復活にあずかり、第二の死を免れると書かれているの。

 

聖書をつぶさに読めばそのようにしか書かれていないわよ。

 

しかし聖書を教えるバチカンはそのように聖書を読めていないからね。読めていないにもかかわらず自分たちを教師として疑わないのよ。

 

メシアを殺したパリサイ律法学者とまったく同じなの。そのような人たちはこの大御神の国の葬式仏教で皆葬られるのよ。

 

サタンと同じところで輪廻転生を繰り返すの。神様の千引の岩戸が閉ざされるから黄泉から永遠に出てこれないわよ。そこで念仏とかお題目を唱えても永遠に無理なの。

私なんか父と子と聖霊の恩頼により涅槃でこの記事書いているからね。 阿吽

 

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今の世の中見ていて死にたくなっている人いないかしら。いるとしたらあなたが正しいわよ。政治、経済、娯楽、芸能、報道、教育、親子関係その他すべてが、すべてが腐っているからね。

 

 何も感じていない人がどうかしているの。

 

でもね、迂闊なことを考えて、はやまったらだめよ。その腐れから浄めていただくために大御神の禊の国に生まれているのだから、はやまったらだめよ。

 

絶望して嫌になっている人はあなたの地元にあるお社にお参りしなさい。必ず助けが得られるわよ。

 

私たちはそのためにこの国に生まれているの。それにもかかわらず、そのことをわきまえない馬鹿がこの国にもたくさん生まれているの。だから同じかと思うと生きているのが嫌になるのよ。

 

いやになったら大御神にすがりなさいな。必ず助け手を送っていただけるわよ。


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ひとつ前の記事で正という字について記事にしたのだけれど、この字、相当ヤバいわよ。

 

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五と七で五六七と三日目で来られるメシアを示しているでしょ。それは仏陀の預言なの。

 

三と八で八重の畳を三種用意してその上に座り、身代わりとなり入水した弟橘姫の数を暗示しているでしょ。

 

それは八百八十八であり、三×八=二十四で、三方向のベクトルの角を八つ持つ箱の上に座ったという暗示で、契約の箱と共にお祀りされている大御神の心御柱の暗示にもなっているでしょ。

 

日本の歳神様のお正月のお祭りが、真正に正しいお祭りなの。

 正しくお正月の年神様お迎えしないと二度死ぬわよ。

 

ひとつ前の記事と合わせて読んでね。阿吽。

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メシアの御言葉が善の基準なの。その形は契約の箱と共にお祀りされている神の子羊の十字架の形で示されているでしょ。この国はね想像を絶する神秘国なのよ。

 

聖書に神様が園の中央に生えさせられた二本の木のことが書かれていることが全ての始まりなの。取って食べるなと禁じられた木は善悪を知る木で、食べると死ぬの。人はこの世に来て取って食べるから死ぬのよ。

 

そのことで善悪を知るための木なの。そしてその神様の基準の秤(はかり)による善を知らせるために遣わされたのがイスラエルであり預言者でありメシア・イエスなの。

 

聖書の律法において神様に十分の一を納めるように定められているから、収入の十分の一を納める決め事があるように理解されているけれども、私は違うと思っているの。神様がお金を徴収するなどおかしいのよ。神殿は喜捨により成り立たなければ神殿とは言えないの。

 

モーセにより示されたイスラエルの十戒の、十分の一でもおろそかにするなというメッセージなのよ。

 

神道の重鎮たちはそれを十種の神宝と見定めているの。だから死んだ人間をも生き返らせる効き目があるの。

 

イエスはそのイスラエルの律法の細目を示し完成するために来られたの。そしてそのイスラエルの律法は契約のための律法なの。この世に来て、死を知った人間がさらに善悪を知り、永遠の命の木に与ることを許されるために順守するべき、契約の律法としてお示しになられたの。

 

だからメシアの御言葉が基準であり、定規であり、天秤なの。人の生き方がその基準に沿ったときに神様から思いもよらない方法で合格通知を受けるわよ。メシアは助け手を送るとはっきり御言葉されているからね。

 

だから私の経験による基準の合わせ方を書いておくわ。

 

ただね、肉親の情、所属する業界の基準、地域社会の基準、国家の基準、世界の標準などはすべて二の次として、メシアの御言葉に照らせばいいのよ。

 

そのように生き方を定めようとすれば友人からも孤立することになるのは必定でしょ。でもね、その基準の定め方をお説きになっていたお釈迦様は、よき友を求めよ、求めて得られない時はサイの角のようただ一人歩め、と御教えになっているわよ。

 

これは自分至上主義から解脱して神様の神秘至上主義の涅槃に住しようと思ったら避けられないはずなの。

 

そのようにしてまで神様に付き随う気があるのかないのか天秤にかけられているのよ。神様の秤で量られているの。その目盛りが合わないと、この人無理と六百六十六のシールをペッタンと貼られると、ヨハネは黙示していたの。

 

何しろ永遠の命の、天の皇室に輿入れするための基準だから、その基準は日本の皇室に輿入れするための基準よりはるかに厳しくて当然でしょ。お友達と遊びながらクリアできると思う?

 

神宮の外宮では大御神の心御柱に準ずる御神宝の柱を天御秤の柱としてお祀りしているらしいわよ。お釈迦様も当然そのことは織り込み済みよ。八正道の内の正定とはそのことだからね。そこが定まって八正道が完成を見るの。そして八咫鏡として法輪が回転するのよ。神秘的でしょ。メシアの死と復活により完成されているのだから神秘的で当たり前なの。

 

そのような神様の阿吽の呼吸の空気を読めるか読めないかの問題なのよ。自分至上主義で成り立っている科学ではこの世の終わりまで絶対に読めないわよ。

 

聖書のイエスの御言葉を読めば一言一言がそのことを物語っているでしょ。一言主の神様よ。

 

難しいと思えるかもしれないけれども、メシアがそうしなさいと言っているのだからできないことではないの。イエスが出来もしないことをそうしなさいと言われるわけがないでしょ。

 

しようとしなければ六百六十六のシールなの。


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以前玄倉川の水難事故の記事を書いたことがあるのだけれど、やはり全く相似象で、ついにサイレンが世界中で鳴り出してしまったわよ。

 

あの水難者たちは警察や役所の再三の警告や、善意の忠告者をあざ笑い、ダム放流のサイレンが鳴っても避難しなかったでしょ。まるっきり一緒じゃない。

 

玄倉川とは玄義の倉の川と読めるでしょ。私が解釈すると天の安川が、玄義を秘めた七夕の天の川で、あの時の水難事故には天の安川で起こる凶事が暗示されていたということなのよ。天照大御神の詔によりなったこの国ははなから神秘国なの。

 

世界中がDQNの河流れ状態なのよ。しかも今鳴っているサイレンは第二の死に対する警告だからね。そのサイレンの前の警告にいち早く気が付いて避難した人達は警告者により神変を見せられ、第一の死を受けても第二の死は受けないという印を受けてしまっているの。

 

そしてサイレンが鳴り響いていても避難しようとしない人達のキャンプサイトを、八正道の正見で見せられて開いた口がふさがらなくなっているわよ。

 

やがて水難者たちが流されていくのを離れたところから見せられるのねと。

 

何もわかっていないのにキンキラの法衣を着て、無駄なお説教をやめない人達って気が変になっているのよねと開いた口が塞がらないの。法衣の人達だけではないでしょ。平気で嘘をつくと評判のこの国の為政者たちも涼しい顔で権力の座にしがみつくでしょ。そういう人がサイレンの鳴っている最中の選挙で再選されるのよ。投票する方もされる方もお陀仏でしょ。

 

警告者である神様に対する信仰がないから、神さまを怖れるということを知らないのよ。でも最後の最後にお白州で神さまに対面させられて、免疫ができていないから恐ろしさのあまり呼吸が止まり死んでしまうのよ。

 

信仰心のある人は事あるごとに神様から打たれその恐ろしさを少しずつ知らされ、最後に神様に対する畏怖の念というものを自分のものにするの。そうするとね、神様からあんたは一度死んで禊した後は、もう八紘一宇の家の家族と印をつけられるの。

 

この家族は永遠の命の家族だからね。印をつけられてからが肝心な輿入れのための修行なのよ。そのような花嫁修業なしに八紘一宇の家に入れていただけると教えているのだからキンキラのキリスト教会など相当迂闊でしょ。

 

六百六十六の印は避難しそこなう迂闊な人たちの印だから、つけられても気が付かないわよ。

 

しかし神様の印は八咫鏡の八正道の八紘一宇の八百八十八だからつけられたらあまりのことに驚いて死にかけるわよ。それが修行になっているの。

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