天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 神道

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この国の神道は神様の超能力によりなっているのよ。

 

ルカによる福音書 24

 49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

 

復活した御子の御真影を見てしまった弟子たちは御言葉の通りにエルサレムにとどまっていたらしいのよ。その後ユダヤのローマに対する反乱が本格化するのと時を同じくしてヨルダン川東岸に疎開してしまい、その先が行方知れずになってしまっているの。

 

弟子たちが都を離れたとすれば御言葉の通りに、高い所からの力に覆われたとしか思えないでしょ。神隠しなのよ。神宮の心御柱の正体が御子の十字架であるならば、この時の神隠しにあった弟子たちが携えて来たとしか考えられないのよ。

 

そしてイスラエルの神隠しはこの時だけではなく、はるか昔の十支族もそうだし、聖櫃や三種の神器も同じなのよ。高い所からの力に覆われた神隠しであり、それは御言葉から推測すれば父が約束したものを送られるという事なのよ。御言葉による神隠しであるならばそれはもう御父と御子の超能力なの。

 

神道を守護している八咫烏はそう認識しているはずと思うのよ。イスラエルの聖櫃はこの国では貴船と暗に呼ばれているのよ。この貴船の形代が神宮の御正殿に安置されている御船代で、その中に八咫鏡が奉斎されているのよ。

 

そして貴船本体は地下殿で御子の十字架と共にお祀りされているということなの。御子の十字架を担った弟子達よりはるか昔に貴船を担った祭司や神官たちがいたはずなのよ。その祭主や神官が高い所からの力に覆われ貴船を担い、約束の地に向けて踏み出したのが皇紀の紀元と推測するのよ。

 

聖書によるならばそのような力に覆われなければイスラエルの契約の箱がエルサレムから移動を開始できるなどとは思わない方が無難なの。重ねてその時がイザヤやエレミヤの時代に出された都の再建命令の時で皇紀の紀元と推測するの。

 

ヨハネによる福音書 2

19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」 

20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。

21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。 

22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

 

ペテロの手紙二 3

8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

 

モーセに契約の聖櫃を作るよう指示したのはYHWHで実は御子の前世なのよ。私の推測通りで皇紀が都の再建命令に由来するならば、今年は皇紀二千六百八十一年で三日目の真っ最中ということになるのよね。

 

イスラエルの神様の契約の成就はヨハネにより黙示されているでしょ。その時は神殿に契約の聖櫃があるはずなの。八咫烏によれば神宮がその使命を終える時が来るはずらしいのよ。

 

それらを考え合わせればシナイの荒野で奉製された契約の聖櫃は、高い所からの力に覆われ、貴船として約束の地に渡御の真っ最中ということになるのよ。だから御子の御言葉を信じて同じその力に覆われないと付き随えないのよ。

 

神様の超能力、私は疑っている場合ではないと思うのよね。


retina_pixta_69021435_S阿吽



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八咫烏の三本足って八×三の暗示になっているのよね。それは貴船の暗示でもあるのよ。貴船に限らず方形の箱は縦横高さの三方向のベクトルの角が八つあるでしょ。それが神様の契約の箱であれば奉斎しているのは八×三の神遣八咫烏なのよ。

 

その箱の中に神器があればそれを取り巻く八つの角が八宝珠で魔訶般若の法輪を意味するでしょ。契約の神器は三種だから三種の神器と八宝珠の法輪になり、神器の中心が八咫鏡なのよ。

 

箱の上面の四つの角が天の四方で下面の四つの角が地の四方ともとれるでしょ。天の四方と地の四方の中心にお祀りされているのが八咫鏡なのよ。

 

大御神の岩戸開きの時に八咫鏡が調製されるまではその中心が十戒石板だったのよ。今では神宮の地下殿の貴船に石板が奉斎され、本殿の御船代に八咫鏡が奉斎されているという事なのよ。そして本殿と地下殿をつなぐ床下に心御柱が奉斎されていて、それは貴船と共にお祀りされている御子の十字架の形代なのよ。

 

すべてを八×三の八咫烏が奉斎しているのよ。だから走水の海で倭建命の身代わりで入水した弟橘姫は三種の畳を八枚ずつ敷いてその上に座り入水したの。八×三の貴船と共に祀られている身代わりの十字架を暗示していたのよ。

 

船は八と切り離せないの。ノアの箱船で救われた八人家族を舟八口で示し、ノアその人はアダムから数えて十代目の預言者なのよ。この十という数は命の木の十個のセフィロトであるし、八の船で救われた十代目の預言者なのよ。そして八の貴船の中の十戒なのよ。そこに十種神宝が見えるでしょ。

 

そのノアと神様の間で虹の七色の契約が交わされたの。ここまでで七八十が出て来たでしょ。そして九は古事記の中に出てくるのよ。菊理姫。古事記ではくくり姫と読ませるのよ。菊とくくと言ったら九月九日の重陽の節句、菊の節句なのよ。無縁であるはずがないでしょ。白山比咩神と同一神なの。

 

それで気が付いたのだけれども八宝珠の法輪に中心があればその中心は九でしょ。八咫鏡の中心が九なのよ。八咫鏡の中に七八九が秘められているの。虹の契約の鏡なのよ。虹の七色は無色の光の分光でしょ。それは白光なのよ。その光は元神様の光あれという御言葉でなったの。それが御子である光の誕生なの。これで七八九の由緒がわかるでしょ。

 

虹の契約の由緒なのよ。御父と御子と御霊の由緒なの。三位一体としてひとくくりにしてしまったら見失うのよ。そこに九九の理が秘め隠されているの。新約聖書では御子の、九十九匹の羊と一匹の羊のたとえ話が出てくるわよ。これで七八九十が出そろうでしょ。

 

虹の七色の契約による七つのお祝いなのよ。その道筋をお釈迦様が五六七とお示しになられたの。貴船の御子と七福神の渡御の道筋なの。

 

お釈迦様の弟子は十大弟子だったでしょ。十とは貴船の中に奉斎されている数だったでしょ。御子の弟子は十二弟子なのよ。十は失われたイスラエルの十支族、十二はイスラエル全体の十二でしょ。

 

貴船の辺は十二辺で成り立ちその中に十戒が奉斎されているのよ。イスラエルの十二と十の関係がそこにあるのよ。お釈迦様の魔訶般若波羅蜜多が十種神宝に匹敵するのよ。契約の貴船に秘められた十種神宝なのよ。完全に理外の理なの。

 

命の木のセフィロトの十はノアの数で、それから十二代後の二十二がイサクの数で命の木のパスの数なのよ。二十二代目がイサクという数え方は偽書とされているヨベル書によるのよ。賢しらなアカデミズムが偽書としていたらその偽書の方に目を凝らしてみなければいけないの。

 

イスラエルにおけるヨベルの年というのは七×七の四十九年を経た五十年目の大贖罪年という極めて重要なお祭りの年なのよ。そのお祭りをタイトルとして持つイスラエルの聖書が偽書って、キリスト教アカデミズムがいかにも冒しそうな過ちでしょ。何しろ三位一体だからね。この辺はもう直感の領域なのよ。

 

日本のアカデミズムも理外の理でものを考えることができないから何でも偽書と断定するのよ。偽書中の偽書とされている竹内文書などはノアの洪水以前の事が記されているらしいわよ。私は門外だからそこまでは踏み込む気はないのよ。

 

それでも旧約聖書と新約聖書と古事記は私の座右の銘の宝庫だからこだわらずにいられないの。この三書をつなぐ御子の御言葉が、水を飲ませてくださいなのよ。瓶の縁まで水を満たして宴会の世話役のところに持って行きなさいという御言葉でつながっているのよ。話がそれそうだから元に戻すわね。

 

貴船と八咫鏡は八咫烏の数霊ですべてがつながっているという話。貴船と八咫鏡を結び付けたのが八咫烏の陰陽道なのよ。その陰陽道は数霊のみではなく言霊も網羅しているのよ。その中心がやはり鏡なのよ。お正月の鏡餅の鏡開きなのよ。鏡餅とは年神様の依り代で年神様の居場所なの。

 

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私が見ると命の木の三栄光にしか見えないのよ。歳神様の依り代としてふさわしいでしょ。三輪山の大物主の神様とも無縁ではなさそうでしょ。三回転半の三栄光で、逆らえば三行半の離縁状なのよ。

 

その鏡餅は一月十一日に鏡開きで割って食べ無病息災を願う儀式が習わしなのよ。歳神様の鏡はどう考えても八咫鏡に他ならないでしょ。その鏡は岩戸開きと切っても切れないのよ。鏡開きと岩戸開きなの。

 

私が解釈すると、岩戸が開け大御神が復活し、その後に年神様をお迎えするお祭りなのよ。無病息災どころか永遠の命に至るお祭りなのよ。そこにかがみの言霊を見るの。

 

かがとは古語で蛇を意味するらしいのよ。蛇が見るからかがみで蛇の目となり、八咫鏡は蛇神様の目で龍神様の目でもあるのよ。蛇の目であり大祓の茅の輪であり日の丸であり太陽神天照大御神の目なのよ。それは伊弉諾尊の左目でもあるのよ。

 

そのかがみを開いて我を捨てるとかみになるのよ。八咫鏡を開いて悟りを得、自我を捨て去り梵我一如となるという事なの。父神を悟りその子となるという言霊なのよ。

 

命の木を蛇神様の火が三回転上昇するとビシュッダからアジュナのチャクラに至り、眉間の第三の眼が開け、残りの半回転でサハスラーラに至り命の木の上部の籠目である六芒星が完成してしまうということなのよ。

 

蛇神様の目で、かが目とすれば籠目の語呂合わせになるでしょ。その籠目は麻の葉模様なのよ。ちょっと苦しいかしら。でも籠神社の裏社紋は籠目に日月で伊弉諾尊の左右の目の意匠だったりするでしょ。片目だとどこかの結社のシンボルみたいでとてもネガティブな印象になり、忌まわしいから画像張らないの。

 

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 大御神のお札は神宮大麻でしょ。麻の葉模様と籠目の六芒星の合体には十二個の三角が顕れてくるのよ。大御神と十二はイスラエルの十二支族とユダヤの十二弟子と相まって切っても切れない関係なのよ。貴船の数でもあるでしょ。

 

そして籠目と鶴亀も切っても切れない言霊で唄われる関係でしょ。鶴亀と貴船の七福神も切っても切れないのよ。


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歳神様の鏡開きと大御神の岩戸開きなのよ。籠目開きの鶴と亀なのよ。うしろの正面は誰か知れてしまうでしょ。三柱の神様よ。

 

全て古事記で真榊とされた、命の木に包含される数霊と言霊の一端なのよ。理外の理の魔訶般若なの。阿吽



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OVID-19のコロナ禍って桃太郎さんの鬼退治に思えるのよ。そんなこと考えている人この日本でも皆無なのかしら。そのようなこと思うたびに私っていったい何者と何度も思い返すのよ。でもそうとしか思えないから仕方がないのよ。

 

コロナは五六七で五十六億七千万年の数霊の語呂合わせで辻褄が合っていると思えるの。イスラエルが失われたイスラエルとなり大和に革められる日取りが五六七だったでしょ。お釈迦様はその全貌を悟って数霊で預言していたと思えるのよ。

 

旧約の預言者のダニエルの七十週の預言にイスラエルの再建命令というのが出てくるのよ。その再建命令が出たのが紀元前六百六十年で、その時にイスラエルの契約の箱がエルサレムの神殿から渡御をはじめたのだと思うのよ。

 

それが大和に落ち着き貴船としてお祀りされているのよ。上座部仏教の伝えによれば仏陀生誕は紀元前六百二十年前後で皇紀紀元四十年ごろなのよ。この時代は預言者イザヤとエレミヤの時代でイスラエル十支族は既にアッシリアに捕囚となり、その後四十年もしたらユダヤがバビロンに捕囚にされようかという時代だったのよ。

 

ダニエルが七十週の預言をしたのはそのバビロンにおいてだったの。失われたイスラエルの契約の箱とイスラエルの再建命令が無縁であるはずがないのよ。キリスト教の神学はそのイスラエルの契約の箱は完全に無視しているのよ。しかし近代に至り、古代から神宮でお祀りされていると明かされているの。

 

預言者イザヤからダニエルまでの時代はユダヤにとって滅亡の危機に瀕した時代で、お釈迦様が生きたのはその時代だったのよ。そのような時代に真理を悟ったお釈迦様が神の国イスラエルのことを何も知らなかったはずがないと思えるでしょ。

 

神によるイスラエルの革命についてイスラエルの預言者以上に知り抜いていたのよ。そして御子の降臨による革命とその後二千年もしたら再臨により革命が完全に成就することまで見抜いたうえで理外の理で五六七と預言していたのよ。

 

その五六七とコロナが理外の理の語呂合わせでリンクしているのよ。すべてが理外の理でつながっているの。神様の革命はすべて理外の理でつながっているのよ。

 

何故桃太郎さんの鬼退治がコロナ禍と繋がっているかというとその鍵は京都の貴船神社が握っているのよ。貴船神社さんはそんな事はまったく思ってもいなかったとしても私に言わるとそうでしかないのよ。

 

神道において船とは舟八口のノアの箱船であり、イスラエルの契約の箱であり、七福神の宝船なのよ。日本書紀には饒速日命という神様が天照大御神から十種神宝を賜わり天磐船に乗り天降ったと描かれているの。古事記では伊弉諾尊と伊弉冉尊がお産みになった鳥之石楠船神が天孫降臨に先立ちお使者として遣わされているの。その別名が天鳥船なのよ。天磐船と鳥之石楠船神と天鳥船なのよ。天降りに登場する神さまで同一神にしか思えないのよ。その正体がこれなのよ。

 

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羽根を持つ天使が守るアークが鳥船であり貴船なのよ。貴船神社の貴船は黄船に由来するらしいの。神武天皇の母神である玉依姫命が黄色い船に乗って京都の川を貴船川までさかのぼり水神を祀ったのがはじまりらしいのよ。

 

神道において黄と言ったら五色布の一色でしょ。五色の短冊や鯉のぼりの吹き流しの黄色なのよ。陰陽五行の土の色で四神相応で言えば中心の色なのよ。金色に繋がるの。

 

貴船に安置されている十戒石板の暗示なのよ。十字架で言えばクロスの中心であり、箱の中にあれば八つの角の中心にあり八宝珠の法輪の中心なのよ。だから黄船が貴船なの。その貴船神社には天津盤境(あまついわさか)という石庭があり貴船石で石組されている船の中央にマストである椿が配置されていて、それがこちら。

 

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マストを張った貴船は宝船にしか見えないでしょ。それが貴船の正体なのよ。神武天皇と饒速日命についてはまだ書き足りないことがたくさんあるのだけれども、ここでは話がそれるから割愛。

 

この貴船神社が丑の時参りに大いに関係があるのよ。神社の由緒には別伝があって丑の年の丑の月の丑の日に貴船大神が貴船山中中腹の鏡岩に天降れりとあり、現在丑の日が縁日とされているという事なの。こちらは鏡なの。八咫鏡でしかないでしょ。

 

貴船と八咫鏡は命の木の中に合体されていたでしょ。丑の日や丑の刻参りは元来心願成就の御参りであり本来呪詛とは関係なかったらしいの。それがいつの間にか丑の刻参りの藁人形の呪詛で有名になってしまっているのよ。

 

そのお宮は本宮と結社と奥宮の三宮からなるのだけれども真ん中にある結社に磐長姫が縁結びの神様として祀られているのよ。しかしこの神社縁切りの呪詛の神としても信仰されているという事なの。どうしても呪詛と縁が切れない定めなのよ。

 

それは磐長姫が縁結びの神様だからなのよ。磐長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)と天孫瓊瓊杵尊の事はこれまでも触れていて、いつかは書いてしまうつもりなのだけれどもこの物語はかなりえぐいわよ。そこに呪詛と心願成就の祝福の陰陽が織り込まれているのよ。そのような神社なのよ。

 

鬼と化した橋姫の伝説と切り離せないの。嵯峨天皇の時代に高位のお公家の娘が貴船神社に七日間籠もって、妬ましい女を取り殺したいので鬼に変えてくださいと祈ったの。貴船大明神は哀れに思い本当に鬼になりたければ宇治川に三七日の二十一日間浸れと告げたの。

 

女は都に帰ると髪を五つに分け五本の角にし、全身を朱に染め、鉄輪に三本の松明を取付け三つの火をともし、両端に火をつけた松明をくわえ全体で五つの火をともしたの。

 

ここで私が見逃せないのが三+二の五なのよ。造化三神と二柱の神を足した別天神五柱との相似性なの。神社に七日間もそうだし、三七日の二十一日など七七七で聖書のカバラの数霊のオンパレードなのよ。

 

そのような姿で大和大路を夜更けに走るとそれを見た人はショックで死んでしまったのよ。聖書では神様の姿を見ると死ぬと言われているでしょ。そのようにして宇治川に二十一日間浸ると生きたままの鬼になったのよ。それが宇治の橋姫なの。

 

橋姫は相手の女、その縁者、相手の男の親類、しまいには誰かれかまわず見境なく殺したので、京中の人が夕方を過ぎると誰も人を家にいれないし、出歩けなくなったの。

 

その頃、源綱という人が一条大宮というところに遣わされ馬で向かったのよ。その帰り道に一条の戻橋を渡るときに二十歳くらいの女性を見つけたの。綱は、夜は危ないので五条まで送りましょうと南に向かったのよ。すると途中で女が実家は都の外なので送って下さらないでしょうかと頼んだので、わかりましたと答えたのよ。すると女は鬼の姿に変わり愛宕山迄まいりましょうと言って綱の髪をつかんで飛び立ったの。

 

綱は慌てずに佩いていた名刀髭切で鬼の手を切り落としたの。切り落とした手を見てみると真っ白だった女の手が真っ黒で針のような毛が生えていたの。鬼の手を主君に見せると驚いて阿倍晴明さんを呼ぶことになったの。ここで大陰陽師の登場となるのよ。

 

晴明さんは、綱は七日間謹慎してください、鬼の手は私が封印しますと言いそのとおりにし、事なきを得たのよ。これが晴明さんと橋姫の物語なの。

 

橋姫が源綱の前に現れたのが一条戻橋でしょ。晴明さんは式神を使役していたのだけれども奥さんが怖がるので一条戻橋の下に式神を隠していたと言われているのよ。

 

能の演目の「金輪」によると橋姫に呪い殺されそうになった夫と後妻は寸前で安倍晴明さんに助けを求め、晴明さんが形代という身代わりの人形を使い呪い替えの呪術を試みると鬼女が姿を現し、その姿は宇治川で松明をつけ儀式を行った姿と同じだったのよ。そして夫婦に襲い掛かるのだけれども晴明さんに撃退され「時を待つ」と言い残して消えていったことになっているの。

 

その時に晴明さんの使った形代が茅で作った人型で、初めに藁人形を駆使したのは晴明さんだったのよ。それが式神のルーツで、大祓の時の人型や流し雛や雛人形のルーツとなっているのよ。陰陽道の人形祈祷と丑の時参りが結びついてしまったのよ。

 

鬼の「時を待つ」っていう言葉が将来に含みを残していて不気味でしょ。その時が今来てしまっているのよ。なぜそうなるの?というのがこの記事の本筋なの。

 

晴明さんの人形祈祷が式神のルーツで、その式神は一条戻橋の下に隠されていたのよ。その橋は橋姫が出現した橋なのよ。この一条戻橋で式神と鬼の橋姫がつながっているのよ。そして貴船神社の丑の時参りの呪いの藁人形へと発展していくことになるのよ。

 

小さな伝説が寄り集まり一つの大きな伝説を形作っていくのは不思議なのだけれども、細石が寄り集まり大きな巌となるようなことなのよ。今では橋姫は京の宇治川にかかる宇治橋の守り神として橋姫神社に祀られているの。と、ここまでくるといきなりお伊勢様に飛んでしまうのよ。

 

お伊勢様の五十鈴川にはもともと橋はかかっていなかったらしいのよ。緩やかな流れを禊ぎしながら渡ったり、石を並べて渡っていた時代があったらしいの。しかし増水すると渡れなくなるので後世に至り橋がかけられるようになったの。

 

そして橋の名前がなぜか宇治橋なのよ。いったいなぜ宇治橋でなければならないの?と思うでしょ。その宇治橋の守り神のお社がすぐ近くにある饗土橋姫神社なのよ。饗土は地名で橋姫神社なのよ。

 

ところがこちらは怨念話や妖怪話とは全く縁がないと説明されるの。どう考えても縁があるでしょ。私のように聖書と古事記が完全につながってしまっている立場から言わせると式神と橋姫は縁結びと縁切りの陰陽で表裏一体なのよ。

 

岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)の陰陽とまったく同じなの。八咫烏が大御神の心御柱は御子の十字架と明かしてしまっている時代だから、そこに着目して読み解いていかないと完全に取り残される時代なのよ。

 

十字架というご神木に打ち付けられた式神様が御子なのよ。妬みなどの悪感情に取り憑かれて御子を信じない者が、御子を藁人形のように扱い呪殺した鬼だと、陰陽道の呪術で伝えているのよ。

 

式神や身代わりの人形として扱うか、呪いの人形として扱うかで人と鬼が別れるの。呪いの人形とした時に鬼の本性を現し陰陽師に退治されるのよ。そして最後の時を待っているのよ。だから晴明さんが一条戻橋の下に隠した式神がお伊勢様の宇治橋の下に隠されているのよ。それが命の木に隠されたダートのセフィロトだったでしょ。

 

陰陽師のルーツが八咫烏なのでカバラなど熟知しているからそうなるのよ。晴明さんの鬼退治は桃太郎さんの鬼退治なの。その証拠が京都の晴明神社の厄除桃なのよ。


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この神社には晴明井という井戸もあり、天の真名井の井戸や滝や泉と同じものなのよ。この国では式神である御子の御言葉が生ける命の水なのよ。

 

そして丑の時の陰陽の対角上にあるのが未の時なの。今年は丑年でしょ。陰陽で対極にある未申酉戌が意識されなければいけないの。

 

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そして未の時に至ったら申酉戌は鬼退治の時を悟り、黍団子を賜わり鬼退治に従わないと鬼として退治されるという事なのよ。そして今年が丑年でが未の年でもあると読めてしまうの。私的にはね。

 

大御神の心御柱が出現してから二十年たっているでしょ。ユダヤに御子の十字架が出現して四十年経た時にユダヤは滅亡しているわよ。この四十という数は貴船の渡御の数霊なの。

 

イスラエルがエジプトに避難して四百年後に子羊の血により過ぎ越しを受けエジプトから脱出したのよ。家の入口の二本の柱と鴨居に子羊の血を塗り過ぎ越しを受けたの。鴨居とは鳥の鴨が居るということでそのまま鳥居だからね。お稲荷様の赤い鳥居がそのシンボルなのよ。陰陽師の賀茂氏は鳥の鴨で八咫烏と同族なのよ。神武天皇の弓の先に止まったのも金色の鳶で鳥だったでしょ。

 

過ぎ越しを受けたイスラエルはその後四十年の間荒野をさまよわなければならなかったのよ。神により禁じられた金の子牛を拝むのをやめなかったのよ。その荒野の道程のさ中に三種の神器と契約の箱がイスラエルにもたらされたの。

 

そのようにして過ぎ越しを受けながらも、子牛の像を拝んだ世代が二人を残して死に絶えるまで約束の地に渡れなかったのよ。四十年たった時に残った二人が荒野で生まれた子孫を引き連れヨルダン川を渡ったの。

 

その時に契約の箱が川の中州に留まっている間だけ川の水がせき止められ彼岸に渡御することができたのよ。過ぎ越しから四十年後のヨルダン川の彼岸への渡御の中間地点に契約の箱がとどまったのよ。モーセの時に紅海がせき止められたのがその前兆だったのよ。

 

そのようにしてイスラエルはエルサレムに都を築いたのよ。その後長い時を経て、契約の神様がユダヤに御子として降臨して十字架が出現したのよ。その時にユダヤ人が御子を磔にしてしまったでしょ。鬼となることを免れたのは聖書によれば百二十人程と書かれているけれども、本当の数が伝わっているのかどうかははっきりしないわよね。

 

とにかくユダヤの大群衆のうちのわずかだったことは確かなのよ。その十字架の年と信じられている年からきっかり四十年後にユダヤは滅びているのよ。ノアの時の洪水は四十日降り続いたの。御子が洗礼を受けた後にサタンに試みられるために荒野に退いたのも四十日だったの。イスラエルの歴史においてはこの四十年という数が過ぎ越し後の試練の日数なのよ。

 

だからこの日本に御子の十字架が出現してしまった以上は四十年後の2040年からは目が離せないのよ。そのように一昨年あたりからかしら、御霊に感じてはいたのだけれども去年からいきなりCOVID-19のパンデミックでしょ。今年になりまた非常事態宣言で終息の兆しを見せないのよ。

 

御子の十字架が出現してから二十年目で四十年を渡御の期間とすればその中間地点なのよ。お彼岸への渡御の中日なのよ。この四十年を橋に例えれば去年と今年は橋の中間地点でしょ。橋の下には式神様が隠れていたでしょ。まだ川の中州が御子の貴船に守られているのよ。

 

この式神様が御子で、最後の時が来ることははっきりと御言葉で示されているの。鬼と化した橋姫は晴明さんに退治された時に時を待つと言ったでしょ。橋の下から式神様が出現してまたぞろ鬼退治が始まってしまっているように思うのよ。全世界規模で終末観を抱いているでしょ。

 

イスラエルの歴史に学べば、時が満ちてしまったら道が閉ざされてしまうはずなのよ。御子を身代わりの式神様として敬いお祓いを受けるのか、無視して藁人形として扱うのかの最後の誓約でもあるのよ。天照大御神と素戔嗚尊の誓約なのよ。その時が満ちようとしているとしか思えないのよ。

 

天照大御神に悪意を持って高天原に登ろうとするのかそうでないのかの誓約なのよ。ほとんどの人が気が付いていないからただ悪疫退散としか祈願されないのだけれども、その様に映るのよね。

 御子は私のことを信じない者が私を殺すのであると御言葉しているわよ。

 

神様の誓約は理外の理において行われるのよ。理詰めで考えようとしても見えてこないはずなの。阿吽


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神を崇め、富を疎んじる生き方などしろと言われてもどうしたらできるのか想像できないでしょ。あなたたちは地上に富を積んではならない、富は天に積みなさいと戒められても俄かにどのようにしたらよいかなど悟れるものではないのよ。

 

しかし判らなくても御子の御言葉を妄信していると妖怪による催眠術が解け御霊を助け手として送られるからそのようにしか生きることができなくなるのよ。

 

六百六十六の刻印がはぎとられ御使いにより印をつけられるので、売り買いによる経済が二の次にされるのよ。そのような明日をも知れない生き方では恐ろしくて人は生きていけないと思うのが普通なのよ。しかし妖怪による催眠術が解けるとそのようになってしまうの。

 

御父と御子と御霊の三柱の神様との神我一如に置かれるから生老病死など当たり前で、怖れることを忘れさせられるのよ。それまでの価値観を一新させられるからモチベーションの在り方が根底から覆され、まるで新しく生まれてしまったようになるわよ。

 

御子が人は新しく生まれなければ御国には受け入れられないと御言葉していたのはこのことかとなるのよ。神様により脳内革命させられるという感じなのよ。

 

この世的に良い暮らし向きを得るための覚醒や気付きや引き寄せなどはお遊びの類でまだ催眠術が解けていないに等しいと思えるのよ。

 

それが自分の十字架を負い御子に従うという事なの。御子はこの世を度外視して十字架を選ばれたでしょ。それを御父から受けた杯とされたのよ。それをやめさせようとしたペテロは退けサタンとお叱りを受けているのよ。

 

自分の十字架を負い御父の杯を受け御子に付き随うという事なの。そのような覚悟が真の悟りで正覚のはずなのよ。この世的な成功を目指すための覚悟など錯誤であり覚悟ではあり得ないのよ。御言葉に逆らわなければこの世的な成功など求めることはできないからね。

 

で、覚悟してしまうとすべてが丸く収まるかというとそうでもないのよ。そこに恐れはないのだけれども、それまでに犯してきた罪穢れによる因果はこの世では時間を伴い解消されなければならないでしょ。そこに使徒ヨハネの言った忍耐が必要のようなの。

 

そのことに加え、新しく生まれたら新しい価値観により一から出直ししなければならないでしょ。御子は野の花や飛ぶ鳥のように明日のことを思い煩うことなく生きなさいと御言葉しているでしょ。

 

人はそのような生き方とは真反対の生き方で訓練され成長し、長ずればさらにその線で自分を訓練して生きているでしょ。そこにお勘定というものがあるでしょ。

 

そのお勘定による生き方を選び神様を疎んずることが罪であり、その罪をまとったまま終わるから死が穢れとなるのよ。

 

だからその罪穢れを心御柱の主、復活した御子である大御神のお祓いにより浄めていただかなければならないの。

 

そう覚悟したら人は俎板の鯉となり自分の十字架を背負い、全てを神様にお委ねして付き随うしかないのよ。そうして新たに成人しなければならないのよ。

 

今わかったわ・・・

 

幼子のようにならなければ御国には受け入れられないという御子の御言葉は、その御言葉により新たに生まれ、幼子からやり直しなさいということだったのよ。まいった。

 

去年一年間ブログを書いてきて十二月に至り、何か新たな気持ちにさせられていて、今年は何か違ったようになりそうという予感はしていたの。

 この年に至り七五三のやり直しさせられていたみたい。

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1228日から1月末まで外国人の新規入国が制限されるんですって。お正月に鎖国なのよ。

 

日本と外国の関係は、私に言わせると神宮とその他の神社との関係との相似象なのよ。言わばお正月に神宮への参拝が制限されてしまうという極めてお愛でたくない事態なのよ。

 

歳神様により年が革められる時期に外国人は受け入れられないという事態なの。この事態を私が魔訶般若で解釈すると、神様の革命の成就の時にはその御旨を悟らずにいる御用のない者には〆が張られ正宮への渡御の扉は閉ざされるというお諭しであり、御慈悲による警告なの。

 

2021年、令和3年という暦は七七七と一二三の数霊によりなっているでしょ。

 

この世に終わりの時が来ることは御子の御言葉によりはっきりと示されているのよ。その終わりの時が岩戸の開ける時なのよ。その時には〆縄で結界が張られ行き来出来なくなると古事記が預言しているの。

 

荒唐無稽かしら。しかし一見荒唐無稽と思えることを瞑想の中で腹に納めているうちに扉が開け、複数の持病が癒され、そのわけを知らされ、後戻りできなくされた私にとっては最早わかりやすいお諭しにしか思えなくなっているの。

 

横須賀での異臭騒ぎはその原因もわからずに一応終息しているでしょ。11月の立太子の礼に向けた異変だったという気がしているのよ。でもね、米海軍基地での約四割の感染が横須賀に集中しているらしいのよ。首都圏にあるから人の流れが多いのかしら。やはり走水の海が何かを物語っているのかしら。文明開化の端緒だからね。倭建命と弟橘姫の海。

 

インターネットが普及して世界が一つになったようになり文明は世界中で十分に開花しているわよね。しかし二十数年経たお正月にはこの国の空港や港湾が外国人に対して閉鎖されなければならない事態って相当深刻よね。

 

皇居に一番近い基地での感染が基地全体の感染の四割も占めていて、その基地は黒船が侵入してきた海にあるのよ。

 

来年この世の終わりが来るとは思えないけれども、もう後戻りできないという兆候がこの先打ち続いて行くような気がしているのは私だけなのかしら。

 

岩戸が開けたら〆が張られ入り口が千引の岩戸で閉ざされ行き来出来なくなるから、御用の向きを悟る者は今のうちにお参りして御霊を受けよと言う、お慈悲によるお諭しが働いているのよ。そう思うのよね。

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陰陽の対極図あるでしょ。

 

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左回りと右回りの関係はこのブログの読者さんなら既知でしょ。鏡に映した関係なのよ。前面の後面透過の陰陽だったでしょ。

 

そして古事記では左上右下の陰陽と示されているの。左回りの男神が先なの。そうでないと生命は形を成さないのよ。この陰陽の対極図も八咫鏡で大御神の御霊を示しているのよ。御親と御子の似姿に人の生命がデザインされているからそうなるのよ。そして対極図は陰陽五行と十干のシンボルなのよ。

 

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その根幹を記述してしまえば生と死の陰陽なのよ。左回りの左上右下の図が眼に見えるこの世の生死の陰陽なの。しかし八咫鏡に映すと裏に隠れる右回りと表裏一体の色即是空の陰陽なのよ。

 

現生の生死と幽世の生死の陰陽なの。私がこの陰陽を大御神の御霊である御言葉に照らして解釈すると、現生の生死が先で、その裏に幽世の生死が表裏一体の関係として隠れていると読むのよ。

 

現生の生死は誰の目にも明らかでしょ。幽世の生死とは二度目の生と死なのよ。そのことは大御神である御子の愛した弟子が聖書ではっきりと黙示しているの。だからそう読めるのよ。

 

そして対極図は陰陽五行の十干でその数霊は十と読むのよ。十大弟子を従えたお釈迦様は、魔訶般若を悟る者は一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないと伝えたのよ。その様に読み仏伝を表象すると、陰陽の対極図になると解釈するの。

 

しかし日本の暦は十干のみではなく十二支も不可欠でしょ。

 

仏伝により伝えられた弥勒菩薩は十二弟子を従えたの。弥勒菩薩の十二神将なのよ。イスラエルの十二支族と失われたイスラエルの十支族の関係性の表裏一体なのよ。

 

その様だから対極図を、十二神将をもって拡張するとこの表象になってしまうのよ。

 

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なぜそうなるかというと十二弟子は御子の生死と復活をその目で見せられ、御親と御子と聖霊による魔訶般若の陰陽をすべて悟らされたからなの。

 

そしてその御用の向きを大御神の御霊の八咫鏡として示し、真榊の中の枝に掲げたのよ。

 

大御神をお遣わしになられた御親神の回転方向が左回りの左上右下で、禊の未に三貴子をお産みになられたの。

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今日の象徴は三柱鳥居なの。京都太秦にある木嶋坐天照御魂神社の三柱鳥居が有名なのだけれども全国では十数基ほどあるらしいのよ。

 

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 これどう見ても命の木の表象にしか見えないのよ。この中にすべてが秘められているのよ。聖書と古事記、その他の秘教のすべてがこの中にすっぽりと納まっているの。

 

古代の神社にはすべてこの三柱鳥居が祀られていたらしいのよ。社殿も三社殿が並び立つ形だったらしいの。それがなぜ隠されるに至ったかは、藤原不比等の時代に何があったのかで、諸説が乱立しているのよ。歴史のミステリーに入っていってしまうのよ。

 

しかしそこに入ってしまうと迷宮入りになるのよ。それを避けるための物差しが御言葉だったでしょ。神様の御言葉ファーストなの。

 

そこは迷宮ではなく神秘の殿堂なの。その神秘によりなったこの国と神道の奥義がより奥深い所に秘匿され、御用のない世俗から切り離されたとみるのよ。

 

しかし御用の向きを悟ると、御子がお示しになられた命の木にしか見えないのよ。

 

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 空象の命の木と色象の三柱鳥居がまるで同じ形を示しているでしょ。山王鳥居なども同じ形にしか見えないのよ。

 

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 日本中どこにでもあるお社の鳥居は空即是色の魔訶般若の登竜門の象徴なのよ。扁額の部分には神社名などが掲げられている鳥居もあるでしょ。

 

命の木のその部分は式神様のお隠れになっているダートというセフィロトなのよ。ここに本当の神様のお名前が隠されているの。そのお名前はいくつもお持ちなの。YHWHINRI等々。そしてこの国ではそのお名前が隠されている架け橋がこの橋だったでしょ。

 

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神宮の宇治橋の手前の鳥居と渡御した先の鳥居で、三柱鳥居の命の木の登竜門であると表象されているのよ。

 

命の木には十種神宝の数霊も埋め込まれているでしょ。数霊は神様のカウントダウンなのよ。また今年もカウントダウンの師走を迎えているでしょ。今日から十二日目が大晦日なのよ。色象の中に空象が埋め込まれ魔訶般若波羅蜜多となっているのよ。

 

大御神は蛇神様でもあるでしょ。

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 蛇の目の神様なの。

 

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茅の輪などは大相撲の土俵その物でしょ。この土俵上の四隅の房と中央の蛇の目で五色なのよ。四神相応の風水とか、一霊四魂、木火土金水の陰陽五行など全て包含されているの。

 

そう考えると大御神の象徴である日の丸は蛇神様の目にしか見えなくなるのよ。この蛇神様の目により御用のある者とない者が、魔訶般若波羅蜜多ではっきりと見極められるのよ。そう思うのよね。

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仏説魔訶般若波羅蜜多を記述できるのか挑戦してみたくなったの。それは多分不可能なのよ。しかしね、私たちの意識の及ぶ範囲においてそれを記述することは可能でなければならないの。

 

魔訶般若を抽象する言葉として色即是空があるでしょ。色とは人の目に映る具象でしょ。形象あるもの全てなの。空とは姿かたちのない抽象なのよ。無とは何を抽象しているのかという問題に踏み込むと煩瑣になるから次の機会にゆずるの。

 

ここでは色と空。具象と抽象は不即不離の一体というのが空即是色の魔訶般若と観るのよ。観念の世界なの。この観念の世界には物差しが必要なのよ。なぜかと言えばその世界には落とし穴を仕掛ける妖怪がいるからなの。

 

人が観念の世界で心や魂の成長を志そうとしたら物差しが絶対必要と思うのよね。それが日本人にとっての神仏なのよ。無意識であってもその御加護により人の道を踏み外さずに生きていけるのが日本人でしょ。

 

しかし無意識の領域では仏説魔訶般若は完成されないの。意識的に色即是空を飲み込まなければならないのよ。それが死後においても神仏からご加護を賜わるための要諦なの。それが穢れを祓うということなのよ。そこにはそのための物差しが隠されているのよ。

 

そのことをどのように記述するかとなると材料はいくらでもあるのよ。この記事では桃を選ぼうと思うの。

 

伊弉諾尊が黄泉比良坂で投げた三つの桃なの。この桃は浮き瀬に悩む青人草を守護するようにと大神実命と御神名を賜わった桃なの。桃の神様なのよ。しかも三つ。三種の神器に繋がる桃なの。

 

この国では橘の実も桃の実も永遠の命に繋がる善因の善果なのよ。何故三つかというと御親と御子と聖霊の言霊によりなっているからなのよ。聖霊の御言葉には御霊を受けた先見者たちの御言葉も含まれるのよ。仏説魔訶般若もその御言葉の範疇なの。聖書然り古事記然りなの。

 

その三つの桃により厄を免れるから、それが善因となり善果に与るのよ。ここまでが仏説魔訶般若の空の抽象なのよ。そのような桃の実の空境を具象化したものがこれなのよ。

 

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晴明神社で安倍晴明さんと共に祀られ、目に見える桃としてその形象が厄除の信仰の対象になっているのよ。

 

実際の果実としての桃も神様により賜る神饌なのよ。五穀野菜、真清水、お神酒など全てが同じなのよ。そこに私は空即是色、色足是空の抽象と具象の物差しを見るのよね。

 

これで色即是空の一端でも記述出来ているかしら。観念の世界だから物差しがしっかりしていないと遊離してしまうのよ。私にとっての物差しは御言葉なのよ。それなくして仏説魔訶般若波羅蜜多など理解できるものではないのよ。そう思うのよね。

 

御言葉は心や魂が善く成長し善果を生らせる果実を、常世の永遠の命に革めさせようと語られる神の御言葉と解するの。そこに色即是空が存するのよ。

 

二本目の矢の厄が除かれるのよ。

 

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私の経験によると色ばかり見ていても腑に落ちるところまで行けないわよ。阿吽


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珠玉の御神宝はその存在が知られていても滅多に人の目に触れることはないでしょ。この国は世界にとって御神宝であり真の神国なのよ。聖書の神によりなった御神宝の神国なの。

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しかし日本人がそれと知らないのだから最後まで世界でそれと知られることはないのではと思うのよね。

 

御神宝の神国であるがゆえにその由緒さえも秘匿されているでしょ。めったに人の目に触れることはない神秘がその由緒なのよ。だから日本人の盆暮れ正月は神様の秘密によりしっかりと裏打ちされているのよ。神社仏閣が癒しの空間でパワースポットなのはそのためなの。

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そのような場でスピリチュアルな癒しを感じる日本人でも、現代では目に映ることしか信じられなくなっているのよ。そこに落とし穴があるのよ。肝心の要は目に見えないところにあるの。

 

目に見えないところにある肝心の要を悟る智慧が、仏説魔訶般若として梵天の灌頂により超人仏陀釈迦牟尼により広められたのよ。そして五六七の数霊と共に弥勒菩薩が降臨し聖書の神の国イスラエルが失われたイスラエル大和として革められたのよ。

 

仏説魔訶般若が説かれたのはその革命の布石だったのよ。そのような魔訶般若や革命の物証の御神宝や建国に至った歴史はすべて人の目に映らない裏に隠され秘かにお祀りされているでしょ。

 

その神秘の一端として大御神の心御柱の正体が明かされる時代に入っているの。一端というよりも肝心要の要石の正体が明かされてしまったとも言えるのよ。

 

しかし人と人とのつながりしか目に映らなくなっている日本人にはそれが何を意味しているか飲み込めないらしいのよ。人と神とのつながりにより営まれている命というものが霊の眼に映らないということなの。

 

自分の命が神とのつながりにより、ある意味を秘め裏打ちされているなどとは思ってもみないのよ。だからその裏打ちの中に神による救いが秘められているなどとは気が付く由もないの。

 

その様だから人と人とのつながりにおいて疲れると、癒しを求め神社仏閣に物見遊山、毎年やって来るお正月で気分一新というスピリチュアルで、目に映る世界に固執するの。


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仏説魔訶般若はそのような固執を執着として、それを手放すように説かれているでしょ。執着から解放されないと、見に映らないところに置かれている生命御守護の要石について信じることができないのよ。

 

見ないのに信じる者は幸いであるというのが御子の御言葉なの。

 なぜかというと目に映らない所に秘されている重要な事柄を、信じることができるように助け手を送られるからなの。

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神道には裏と表があるでしょ。表の神道は日本人誰もが知る神道のお祀り。このブログは神道を天照大御神の倒語(さかしまごと)として裏の神道について書いているの。裏も表も表裏一体の不可分なのだけれども重要なことは表に晒さず裏に隠すのが本筋でしょ。

 

その裏に神様の重要な秘密が隠されているのよ。それは人の生死にかかわることなのよ。また今年も年末になり年越しの大祓の時期だから考えてみたのよ。おそらく一年の十二か月は人の一生と相似象なのよ。

 

創世記 6

3主は言われた。

「わたしの霊は人の中に永久にとどまるべきではない。人は肉にすぎないのだから。」こうして、人の一生は百二十年となった。

 

神道は古代から聖書がベースになっているということはこれまでの記事で十分書いてきたの。その聖書の創世記には人の一生は百二十年となったと書かれているのよ。しかし聖書の登場人物の寿命は様々で百二十年に限ったことではないのよ。

 

ここで注目は十二という数なの。イスラエルの十二支族と御子の十二弟子、一年の十二か月は何か関係がありそうでしょ。お釈迦様の十大弟子を考慮すれば十干十二支なども無縁ではなさそうでしょ。そうして聖書と神道の数霊を瞑想するうちに見つけてしまったのがこの暦なの。

 

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天地創造の六日目に人が創られたのよ。その六日目を新たに一日目として神様の七日間をつぎ足すと十二日を経た元日の暦になってしまうのよ。それは十二か月を経た一月で都合十三か月になるの。御子と十二弟子で十三人なのよ。

 

その様に数えると十種神宝の一二三四五六七八九十百千萬という呪文ともぴたりと一致してしまうのよ。そこには千代に八千代にという君が代まで入ってしまっているの。

 

それで結局十二という数は何を示しているのかと瞑想すると神様の革命の日取りを示す数なのよ。六月の夏越の大祓は人類創世の六日目に対応していて、十二月の年越しの大祓は神様の七日目の安息日に対応しているのよ。それが七つのお祝いなのよ。神様の革命の一日は千年のようでもあるのよ。千×十二なのよ。

 

創世記の、人の一生は百二十年となった、という記述がそれを暗示しているのよ。そしてさらに十二か月が人の一生にも対応しているのよ。

 

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私の経験がなぜかこの暦と共鳴してしまったので余計にそう感じるの。三十歳の時に八の数霊で大御神のスピリチュアルに引き込まれ、還暦の時には大御神から御霊を賜わってしまっていたのよ。その感謝の記念にお社で玉串を捧げご祈祷していただいたの。

 

夏越の大祓とは人生の途上で大御神から御霊を賜わり岩戸が開けてしまうことに対応しているのよ。開けてしまうと〆が張られるので後戻りできなくなるのよ。

 

そのまま一生を生ききって終わりの時が年越しの大祓に対応しているのよ。

 

そして新年が神様の革命成就の時で大祓を受けた神領民の命が永遠の命に革められるのよ。それが聖書をベースに革められた神道の裏に隠されている事実なの。

 

神様の御用の向きを悟る人は人生の途上のどこかで大御神から御霊を賜わらなければならないの。それが裏の夏越の大祓なのよ。式神様のお祓いを受けなければ終わってはいけないの。

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