天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 皇室

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文明開化とはつまるところ欧米化だったでしょ。その欧米化がね、この国にとっては亡国に至る最凶事の幕開けだったのよ。それはイスラエルが荒野で異邦人の神である子牛の像を拝んだことに匹敵しているの。

 

しかしノアの洪水の時にも全滅せず、イスラエルも全滅は免れたでしょ。この日本の国にもノアが洪水を免れたように、過ぎ越しを受けたイスラエルが全滅してもその子らが約束の地に渡御したように、祝福は置かれているのよ。そうでなければ千代に八千代にとはならないでしょ。

 

しかし今は凶事の真っ最中よ。そしてそれは稗田阿礼さんが口述した古事記に預言されていたわよ。だからみんなマスクしなければ買い物に行けないの。

 

以前から書いてきたことだけれども文明開化に引導を渡した黒船は走水の海から入って来たでしょ。そこは弟橘姫が八重の畳を三種用意してその上に座り身代わりの入水をした海だったでしょ。この弟橘姫と倭建命の物語のことは以前の記事でも書いているの。それが文明開化のさきがけの現場になったのよ。これだけでも神秘的と感じられるでしょ。何も感じられない人もいるかもしれないけれども。

 

しかしね、古事記の奥深さはそこにとどまらないわよ。

 

天照大御神から豊葦原の中津国を治めるようにとの詔で降臨した天孫瓊瓊杵尊は天下るとその地で木花開耶姫(このはなさくやひめ)を見初め求婚するの。

 

求婚を受けた姫の父である大山祇神(おおやまずみのかみ)は喜んで姉の岩長姫と共に差し出すのよ。そうしたら瓊瓊杵尊は岩長姫が醜かったので送り返してしまい、木花開耶姫(このはなさくやひめ)とだけ結婚したの。

 

この大山祇神(おおやまずみのかみ)の姉と妹の嫁入りは誓約だったと書かれているわよ。事細かくは、興味があれば古事記を熟読して瞑想してもらえればいいのだけれども、一気に結論してしまえば、この二人の姫様は神様が園の中央に生えさせられた二本の木の暗喩になっているからね。

 

しかしそこにワンクッションかまされていて、聖書のヤコブの嫁取りが下地の物語として隠されているのよ。

 

ヤコブはアブラハムの孫だから天孫なのよ。嫁取りに際して妹のラケルがヤコブのお気に入りで超かわいかったの。しかしね、姉のレアは、目はきれいだったけれどもヤコブのお気に入りではなかったの。

 

結果としてヤコブは不本意ながら姉のレアを先に娶らされ、神が園の中央に生えさせられた二本の木を共に娶らされたの。

 

その物語を下地にしながら、天孫瓊瓊杵尊は姉の岩長姫を娶らず送り返してしまったという古事記の預言になっているのよ。わかるかしら。

 

過去に起こったことと同時に未来に起こることもこの物語で預言していたの。走水の海で預言された文明開化の時代に至ると、天孫瓊瓊杵尊は岩長姫を送り返してしまうという預言になっているのよ。その預言を検証するためには歴史を見ればいいでしょ。

 

年表形式で並べると

・八百八十八の走水の海に黒船来航(六百六十六の白人至上主義襲来)

・孝明天皇崩御 十二月二十五日

・大政奉還による明治維新 日英同盟による欧米化

・大正期の第一次世界大戦

・大正天皇の皇嗣時代の神前結婚一般化

・天皇即位後の左上右下改め右側優位 ひな人形の京雛と関東雛の相違 隠された欧米化

・大正天皇崩御 十二月二十五日

・十二月二十五に昭和に改元

・大東亜戦争による敗北 広島と長崎

・昭和天皇による新昭和建設の勅 GHQにより愛国陣営はパージ それに伴い新しく台頭したGHQのちょうちん持ち陣営は天皇の人間宣言と揶揄 欧米隷属化

・伊弉諾景気により世界第二位の経済大国に発展

・昭和天皇崩御 一月七日 これにより昭和元年は年越しの大祓の七日間、昭和最後の年は大祓後の七日間となる

・昭和に改元された日の大正天皇例祭の十二月二十五日はバチカンのお祭りとなる

・上皇の皇嗣時代のテニスコートでの恋 お相手はバチカンの信者

・平成の時代に台風の罹災者の数より豪雨災害の罹災者数が上回る。打ち続く震災。

・象徴天皇制を暗中模索しながら生前退位 第二皇子は恋愛結婚ができなければ皇籍離脱と宣言(ここかなり重要 自分至上主義の恋愛により皇籍を軽んじていることが丸わかり) ご結婚後生まれた皇女たちは神道を学べないバチカンの大学へ進学 令和への御代変わりに際し皇女の納采の儀停滞 

・前前年には八幡宮で凶事 前年には宮崎県高千穂町の天孫瓊瓊杵尊の降臨の地で凶事 

・御代変わりして歳神様をお迎えしたらいきなり全世界で疫病発生 首相と都知事はマスコミにより嘘つきと揶揄される

 

私が気になることをざっと並べるとこんなところになるのよ。細かく見ていけば切りがないけれどね。それでも結構細かく見て書いているわよ。

 

天孫瓊瓊杵尊の岩長姫の送り返し判ったかしら。岩長姫を送り返して木花開耶姫(このはなさくやひめ)とラブラブなのよ。

 

岩長姫とは岩のように長い永遠の命の象徴で、雛人形と共に飾られる右近橘でもあり、弟橘姫と同一神なのよ。その永遠の命をもたらす弟橘姫を送り返して平然としているから、皇室も臣民も目を開けて見ておれないの。

 

救いの光は今上帝の皇女にしか見いだせなくない?

 

卑弥呼の再臨、大御神の再臨とリンクしていたりしてね。

 

この国ははなから神秘国だから有り得なくはないわよ。

 

古事記もヨハネの黙示録に匹敵しているでしょ。しかしどちらも覚醒しないと読めないように書かれているの。

 

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私のものの見方が世間一般と著しく乖離しているというのはこのブログの読者さんは既知の事実だと思うのよ。私は既に天照大御神の律法を尺度としてしまっていて、そのことにより計り知れない祝福を受けてしまっていると自覚しているからね。

 

日本人は天照大御神が律法をこの世にもたらした神様だなどとは容易に受け入れられないでしょ。ヨーロッパ圏の人たちは政府の定めるルールを守って行動していれば元のような平安な日々に戻れると信じているようなのだけれども、そうなれるに越したことはないわよね。

 

私も今年に入って世界中がこんな事態に巻き込まれることになるとは思ってもいなかったわ。でも、あれよ、あれよという間に気が付いたら政府の緊急事態宣言発令前夜でしょ。その政府はついこの間まで今夏の聖火のお祭りを開催することばかりに気を奪われていた人達でしょ。

 

私がそのような世界の現状を俯瞰すると、欧米はキリスト教圏なのだけれども、そこに生きている人たちはキリスト・イエスが、この世の終わりまで律法の文字から一点一画もすたれることはないと御言葉したことなど完全に無視して独自のルールで生きているのよ。

 

日本人はそのメシアが大御神だなどとは思ってもみないから、人類すべてに適用される律法があるなどとはまるで知る由がないでしょ。だから人類すべてがその神様の尺度から完全に逸脱しているなどとは誰も知らないのよ。それが私の見ている世界なの。

 

元のような平安な日々に戻れればそれに越したことはないわよ。それで今後どのようになって行くのかを推理しようとするのだけれども、ネガティブな状況に完全に取り巻かれてしまっている中での推理にならざるを得ないの。

 

「盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ちるではないか」「滅びに至る道は広く大きく、そこから入る者が多い」・・・メシアの律法を完全に無視した世界においてそれが現実のものとなってしまっているでしょ。

 

律法の書に神は人の前に呪いと祝福を置かれたと書いてあるのになぜそれを悟り、呪いを排して祝福を受けようとしないのと思いながら日々を過ごしているのよ。

 

そのような中でこの国の状況を見ると、先帝が裁可した婚約が滞り納采の儀が出せないままの令和への御代変わりとなっているでしょ。しかもそのご当主の立皇嗣の礼においてはお伊勢様への参拝が延期されたでしょ。

 

私は識者が何と言おうが、万難を排してでもお伊勢様への御参りを真っ先にしていただかなければならないでしょと思うのよ。それでは平穏な日々が戻るのも延期されてしまうのではないのかしらと。それもこれもすべて神様の段取りで、大御神がお呼びでないのであれば仕方がなく、いいも悪いもないのかもしれないわね。

 

大御神の律法の書には神様が人の世の王制というものを、どのようにご覧になるかまでしっかりと書かれているのだから、皇室の方々にはそのようなことをしっかりと汲んだ上で君臨していただきたいと思うの。

 

天照大御神ファーストでなければ無理よ。

 

この世でおこる禍事はすべて人も王もそれを無視したところで惹起されるの。

 

大事にならずに平安な日々が戻ったとしてもそれで事なきを得たと思ったら大間違いよ。羊飼いの声を聞き分ける羊たちにとっては今のような時がその機会なの。

 

そのような羊を大御神がお呼びなの。

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 今しがた仕事の息抜きでニュースをチェックしていて気が付いてしまったの。

 

春分の日の天皇陛下と皇后陛下の春季皇霊祭のこと。天皇陛下は天皇しか着ることのできない黄櫨染のおめしものと、後に続く皇后陛下は十二単のお召し物で儀式に臨まれたでしょ。

 

これって主と十二人の僕の随伴と完全に相似象でしょ。そして肝心なのは春分の日がお彼岸の中日にあたるということなの。

 

イエスと十二弟子の随伴の相似象だけではなくヨシュアとイスラエルの十二支族の随伴とも相似象なのよ。しかもヨシュアとはイスラエルにおいてはイエスと同名なの。イエスとして有名だけれどもアラム語の発音はメシアのヨシュアなのよ。

 

旧約においてはヨシュアが十二支族を率いてヨルダン河を渡ったの。新約においてはメシアのヨシュアが十二弟子を率いたの。しかも旧約のヨシュアがヨルダン河を渡った時には河の真ん中でイスラエルの契約の箱が待機している最中に河の水がせき止められて、それでイスラエルの十二支族が彼岸の約束の地入りしているのよ。

 

このヨルダン川の渡河はモーセが十二支族を率いた時の紅海割れとも相似象なのよ。注目は旧約のヨシュアの渡河。河の中間点で契約の箱が水をせき止めているということ。

 

お彼岸の中日の黄櫨染と十二単の夫唱婦随と完全に相似象でしょ。しかもね、お彼岸とは七日間でその中日とは四日目でしょ。これは私の見立てなのだけれども、お釈迦さまは神様の七日間の四日目にお生まれになっているのよ。イエスが五日目。

 

お釈迦さまが中日に生まれイエスに先駆け、お彼岸への渡り方をお説きになっていたのよ。もうね、将棋倒しというか芋づる式というかそのような感じなのよ。

 

去年の年末の七日間もすごかったけれども、このお彼岸の七日間も、あまり記事にしなかったけれども結構すごかったの。そして今日二十三日でお彼岸が明けるでしょ。

 

私ねこの七日間でまた一つ渡河させられてしまったの。一端だけ書いておくと、天照大御神の岩戸開きは、素戔嗚尊の大蛇退治の前振りにしか過ぎなかったという結末なのよ。今日は時間がないからもうすこし落ち着いたらすべて書くからね。またまた乞うご期待よ。


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 二つ前の記事ではっきりと自分の立ち位置を悟りました。信仰など知らなかった頃に街角で拾った恋で結婚しようとしたのに大御神に破談させられ、その大御神が全員の許婚だったと知らされた私は、この世から見た異端者なの。異端者なの私。そのように得心してしまえば楽なものよ。もう異端者として何でも書いてしまえるからね。今日私が感じていることを書いておくわ。

 

いくわよ。

 

何か月か前までいい歌ねと思っていた流行歌があるの。その歌ではね「永遠の嘘をついてくれ」と連呼しているの。この歌詞って神様の戒めに完全に逆らっているでしょ。永遠の嘘をつけるのはあの蛇しかいないの。そのように覚醒してこの歌をよく聞くと、恋の途上にある男女があの蛇にお願いしている歌なのよ。

 

この曲は昭和の時代から流行歌の帝王と歌姫と崇められる大御所の二人が世間に広めているの。この邪歌が大人気なのよ。そういうことなの。この帝王がね、街の教会で結婚することを広めた張本人だったのよ。私は難を逃れたけれど。この帝王と歌姫のこと私は決して嫌いではなかったのだけれども、今ははっきり、ああ、お釈迦さまが言った歌舞伎聚楽主の鑑なのね、誰か、悪趣に堕ちると諫めてあげる人いないのかしらと思っているの。

 

もっと透徹した目でスキャンするとサタンに祈りの歌をささげるポン引きと娼婦なの。六百六十六の死の灰を巻き散らす汚染源なのよ。そう理解できれば汚染源はこの二人だけではないとはっきり知れるでしょ。芸能界だけではないと気がつかなければいけないでしょ。

 

もう異端と覚悟したから何でも書けるわよ。政治経済界、学界から宗教界、娯楽や民生品を扱う世界の商人達までが、全て汚染源としての死の灰の原子炉と化しているでしょ。その商人たちに、皆職を求めるの。こんなことを言う私って完全に異端でしょ。でも私は正常性の偏見から完全に自由になったと思っているから書けるの。

 

大きくは、この時代を象徴する大王家がこの国の風潮を牽引しているのよ。今の大王は生前退位してテニスコートの恋の余韻を余生でじっくりと味わいたいの?そのための退位なの?と感じてしまうのよ、私は。

 

この大王のお妃は元カトリックの信者だったの。大王は子供の頃、敗戦国の皇子として占領国の方針により、キリスト教徒の女家庭教師をあてがわれていたの。その帰結がテニスコートの恋で、それを受けた聚楽主たちが「町の教会で結婚しようよ」とか歌いながら見事にこの国を汚染してしまったの。

 

大王が退位の前に裁可したお孫様の皇女の納采の儀がとんでもないことになっているでしょ。異端の私の目にはむべなるかなとしか映らないのよ。それだけではないわ。最近知ったのだけれども、大王のお妃はテニスコートの恋のお歌を詠み、尼僧さんに披露していたらしいのよ。この尼僧さんととても馬が合うらしいの。

 

それを知って感じたのよ。そう言えばカトリックの二十世紀最大の聖女と言われた女性は貧苦に寄り添いながら生きた人だったでしょ。このような生き方には誰にも否定させないという絶大な効力があるでしょ。でもね、イエスが伝えんとしたその御心は伝えきれていないわよ。

 

大王とお妃も戦没者の慰霊や被災者の慰問が公務とされているでしょ。でもね、天照大御神の大御心は何も伝えてはいないわよ。最悪なのはお釈迦さまが女性は解脱できないと得度を拒んだのに、強引にその得度を得て自由気ままに恋を楽しみその毒を排出する尼僧なの。小説家などという娯楽業で稼ぎながらニンマリするその顔は生臭すぎて目に映らないで欲しいくらいなの。

 

この国は女神が子生みのやり直しに応じて男神に付き随ったからなっているの。大王は大御神の御心を悟り、やり直しさせた方がいいのではないのと思うのだけれども、既に退位し、現王は美人のお妃の横でニンマリとしているだけだし。

 

行きつくところまで行くわよこの国は。女帝が立つ時などというのはこの国にとってはとてつもないレジームチェンジの時の繰り返しだったでしょ。

 

どうなるかわからないけれども、大国として認められ世界がここまで極まっている時に、この国にレジームチェンジがおきたらその時は・・・今日はここまでね。もう裏天皇家が預言してしまっていると思えるもの。

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大祓の最後の一週間は心静かに過ごしたいから今日の内に日本の皇室について書いてしまうわ。

 

日本の皇室は天照大御神とのご縁は切っても切れない関係にあるでしょ。それは裏天皇家と言われ、天照大御神の心御柱をお祀りしている裏天皇家も同じなのよ。その裏天皇が天照大御神の心御柱はキリスト・イエスの聖十字架であると公言してしまっているの。

 

このことは、天皇家はキリスト・イエスと切っても切れない関係にあるということでしょ。キリスト・イエスと切っても切れない関係の王家と言えばイスラエルの王家でしょ。イスラエルの王家と言えばダビデとソロモンがその象徴となっているのよ。そういうことなの。

 

ダビデもソロモンもイスラエルの神により油を注がれた王であり、そのイスラエルの王はヤハウェすなわちイエス、すなわち天照大御神なの。イスラエルの王はダビデとソロモンだけではなくイエスが地上を歩かれたときにも、ヘロデという洗礼者の首を落としたゴミくずみたいな王までいたでしょ。それがイスラエルの王家なの。

 

その歴史において善王もいれば悪王もいたことが聖書に書かれているのよ。そしてイエスはダビデの末裔のヨハネという人のいいなづけであったマリアという処女の胎に宿ったと書かれているの。だからイエスはダビデの子でありイスラエルの王家の流れを受けたイスラエルの王でもありメシアなのよ。そのメシアが生まれたと占星術の博士たちに聞かされたヘロデ王はその当時生まれた赤子を皆殺しにさせたのよ。

 

これがイエスの当時はユダ族となっていたイスラエルの王家のごく大雑把なあらましなの。そのイエスが復活後に弟子達から天照大御神として祀られ、その天照大御神により聖任された王が日本の天皇であり、聖任する預言者の立場にあるのが裏天皇家なのよ。

 

なぜそのように言い切れるかというと聖書にそのように書いてあるからなの。イスラエルにはもともと王はいなかったの。エジプトから過ぎ越しを受けて約束の地に達した時も、率いていたのは先見者や預言者と呼ばれる神の人だったの。

 

イスラエルにとっての王とはただ神御一方であったの。しかしサムエルという預言者がイスラエルを裁いている時代に民が異邦人のような王が欲しいと言い出したのよ。神の誉れよりも人からの誉れを望み、王である神を疎んじたということなの。

 

だからそのことをサムエルは喜ばなかったと書かれているの。この記述には絶対に見過ごしてはいけない重大な問題が含まれているわよ。モーセとその兄アロンがエジプトから脱出したイスラエルを率いていた時に、モーセが神の山で十戒を授かっている最中、四十日間所在不明でしびれを切らせた民がアロンに金の子牛の像を作ってほしいと頼み、アロンがそれに応じたのでイスラエルはその金の子牛をエジプトから導き出した神と崇めたのよ。

 

この時神の怒りをかった大勢のイスラエルがモーセにより粛清されているの。しかしその後もイスラエルは神に不平を述べることを改めなかったのでエジプトで過ぎ越しを受けた現役の世代が二人の人を除いて全滅するまでイスラエルは約束の地に入れず四十年も荒野を遍歴したの。距離的に四十年も隔たっていたのではないのよ。

 

そして約束の地に入植して栄えたイスラエルがサムエルの時にまたぞろ神を疎んじ異邦のような王を欲しがったのよ。その繰り返しなのよイスラエルの歴史とは。この時は神は怒りを発せずにサウルという王を立て、サムエルに油を注がせイスラエルの王として立てたの。これが初代の王。

 

しかしこのサウルは臣下のダビデにその地位を脅かされるのを怖れ、ダビデ殺害を図るも神はダビデをたて二代目のイスラエル王が誕生したの。このダビデがイスラエルの傑出した大英雄なのだけれども、とってもみっともない大チョンボをしたことが聖書で暴露されているのよ。それでダビデはイスラエルの神を祀っていたのだけれども念願の神殿建設は許されなかったの。

 

その仕事は皇子のソロモンの代で完成されここにエルサレム第一神殿建設という偉業を達成したソロモンの栄耀栄華の時代を迎えるのだけれども、ソロモンも後年に至り大チョンボ。それゆえにイスラエルの十二支族の分裂というとんでもない事態を招くのよ。

 

ダビデとソロモンはその恥を聖書に書かれ、さらされてしまっているのだけれども、それについての悔い改めを示した預言者として詩編や箴言を智慧の書として聖書に残したの。というのが私の理解。

 

これがサウル、ダビデ、ソロモンというイスラエルの王の発祥なのだけれども、それは神がそう望んだのではなく民が欲したからなのよ。ここに失われたイスラエルであるこの国の皇室の起源を私は見ているの。

 

天照大御神とその預言者で天皇即位の儀式を取り仕切る裏天皇家と皇室の有り様は、イスラエルの神と油注ぐ預言者と聖任される王という枠組みとまるっきり同じなのよ。

 

しかもサムエルは民が王を求めた時にそれを喜ばなかったという記述は見逃してはいけないの。預言者であるサムエルは民がまた金の子牛を望み始めたと気が付いていたはずなの。だから喜ばなかったの。

 

そしてこの日本の隠れた預言者である八咫烏たちもその気分は共有しているわよ。古事記にその気分がはっきりと示されているの。この国の皇室の由緒は天照大御神から御神璽を託された天孫の降臨でしょ。それは天孫瓊瓊杵尊に託されたの。なぜ子ではなく孫かというとアブラハムの孫イスラエルの神だから。

 

その天孫瓊瓊杵尊が葦原の中つ国に降臨した時に木花開耶姫(このはなさくやひめ)をみそめ、その姫の父から同時に娶るように差し出された岩長姫は醜いとして送り返して、木花開耶姫(このはなさくやひめ)とだけ結ばれているのよ。

 

これは何を意味しているかというと岩のように長い命をもたらす永遠の命の木の主を拒み、花の散るようにはかないこの世の命を選んだということなの。永遠の命をもたらす神の誉れよりも、人の子であるこの世の王の誉れを求めたということなの。奴隷から自由に導いた神を退け金の子牛の像を拝んだということなの。それがね、天孫降臨神話で示されているのよ。

 

そのイスラエルの歴史はこの国の皇室の歴史と共に今も進行中なの。私が生まれた昭和の時代に天皇は大チョンボをしでかし原爆二発の投下を招いてしまったの。しかしそのようなことでは退位せず、しっかりと後始末をつけその後のこの国の大躍進の推進力となられたでしょ。

 

私はその大躍進の真っただ中に生まれ、それを肌身で知っているわよ。昭和天皇はダビデやソロモンに匹敵する大王であったと思っているの。アブラハムの祝福を受けた失われたイスラエルをご自分の御代一台で世界の経済大国にしてしまった大王なのよ。そう考えればダビデやソロモンを凌駕していると考えてもおかしくはないでしょ。

 

天皇の存在とはそのように臣民の生活に絶大な影響力を保持しているのよ。それは臣民が神に代わり治めてくれるように望んだから、神によりそのように任されているということでしょ。昭和天皇は失われたイスラエルという自覚があったかどうかはわからないけれども、天照大御神に全権をゆだねられているという御自覚があったのではないかしら。

 

しかしね、天皇といえども人間だから、その次の御代においてはいきなり自分の蒔いた種についてなんのフォローもせずに生前退位ということもあり得るのよ。それでは後を任される皇孫も大変よねと思ってしまうの。

 

天皇は臣民の生活に対する責任があるのよ。本人が自覚していなくても臣民が望んでそうなったのだから、天照大御神から全権をゆだねられているの。だからその自覚と覚悟がない天皇が即位すると世は乱れるの。それがこの国において天皇が神と同一視される根本原因なの。

 

人間には賢愚というものがあるでしょ。それは天皇であれ免れ得ないの。そこのところをよく分かった上で私は令和の今上天皇は最大限に尊重するわよ。その臣下としてね。

 

でもね、天皇陛下からはいくら求めても永遠の命は賜われないわよ。それができるのは天皇陛下を臣下としている天照大御神だけでしょ。「求めなさい、そうすれば与えられる」の御言葉の通りに私、与えられてしまったもの。天照大御神の御言葉の一言一言には誤謬は一切含まれていないわよ。だから一言主の神様なの。そのようなことを肌で感じることができずに何も求めずにこの世の終わりを迎える日本人がウヨウヨいるの。ちょっと速足だったかしら。でもそういうことなの。

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自由恋愛による神前結婚式 六百六十六の盃
この国が核の傘に覆われてからこうなったの。
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いいなづけ婚による神前結婚式 九百九十九の三々九度の盃
核の傘に覆われる前はこうだったの。
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この違い判る?

以前の記事をじっくり読み込めば判るはずなのだけれど。じっくり考えてみてね。

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この世の皇室から勲章を受けた人がいたとしてもそれをあの世に持って帰れるわけではないわよ。それはこの国の皇室に生まれたからといって、後の世で、天の皇室に入れるわけではないということなの。この記事、出だしからいきなり過激でしょ。こんなこと書いたら公敵とみなされるのかしら。パスワードかけておこうかしら。

 

こんなこと書いたからといって私は天皇制反対の左翼ではないわよ。日の丸、君が代、天皇陛下はこの国に天照大御神が降された三本柱として疑いようがない賜物と思っている愛国者だからね、

 

書く方が半ば瞑想しながら書いているのだから、読む人もそれに合わせて瞑想しながら読んでほしいというように進化しつつあるの、このブログ。

 

勲章を受けたお医者さんがいたとして、その人がテロリストの銃撃で死んだとしても、それは私の地元で、今日交通事故で亡くなられた人の死と何の相違もないではないのと思うのよ。

それにもかかわらずマスコミが報道すると他国の国家機関やこの国の皇室がこぞって哀悼の意を表したりしてとても大きなニュースになるでしょ。勲章を受けた人の死と無名の人が交通事故で亡くなられた死と何の差異もないにもかかわらず。

 

その勲章を受けたお医者様は人道支援という崇高な信念の人であったとしても、国境という害悪を取り払うことはできないし、人命を救ったとしても、人が二度死ぬ、その死から、人を救わなければならぬなどと思ってもみたことはないはずなの。

 

それがこの世でお医者様といわれる人たちの職業でしょ。少し前に田舎の村長さんがこの国に来て核廃絶を訴え帰っていったことがニュースになっていたけれども、この村長さんなどは率先して人を二度殺す死の灰の廃絶を訴えなければいけない立場に立っているはずなの。

 

しかしそのようなことは、元になる聖書の読み方をマスターできていないから、本人は全く気が付いていないのよ。

 

メシアは「パリサイ人のパン種に注意しなさい」「偽預言者に注意しなさい」と御言葉しているでしょ。私に言わせれば「パリサイ人のパン種と偽預言者に注意する」ということは宗教悪に気を付けるということなの。

 

この宗教悪に注意を怠り世の中を見誤っている人が人道主義に基づき衆目を集めたとしても、自身の気負いにより死の灰まき散らしているだけで、ヒーラーとしては完全に失格ではないのと思ってしまうのが私のメンタリティーなのよ。

 

この世で名前がよく知られている人で、人道主義の人であったとしても、その人がこの世で人を癒すのはメシアにおいて他にいないということを知覚できていなければ、そのような人が、何の役にも立たないことで衆目を集め賞賛されたとしても、私の感想は、姦淫の杯に酔いしれるバビロンの淫婦といったのは黙示録のヨハネでしょ、となるの。

 

宗教悪、学際悪、歌舞伎聚楽主の悪をひとまとめにして垂れ流す広告が敵の詐欺手口なの。ご用心。

 

このブログの記事を読んだ上で、納得できたとして、突き詰めて考えると、ではそのような学際の悪や歌舞伎聚楽主に勲章を賜るこの国の皇室とは一体何なの?と気がつかなければいけなの。それはまた別記事でね。忘れないでね、私は日の丸、君が代、天皇陛下は絶対という日本愛国者よ。この国は瞑想の中で理解しないと飲み込めないのよ。だから真正の神国なの。


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 首相主催の桜を見る会、来年は中止らしいわね。やましいことが無ければ堂々と開催すればいいのにね。その桜を見る会なのだけれど芸能人もたくさん招待されていたらしいでしょ。この芸能人という職業がお釈迦さまの言う歌舞伎聚楽主でしょ。私の理解では娯楽産業に携わる人たちはみな歌舞伎聚楽主よ。

 

この歌舞伎聚楽主と言われる人たちがどうなるかということをお釈迦さまははっきりとお示しになったでしょ。それと桜を見る会とどういう関係があるの?と思うでしょ。それが私の中では大ありなのよ。

 

この桜を見る会で私が連想するのは左近桜なの。京都御所の紫宸殿の、向かって右に生えている桜。雛飾りにも飾られる左近の桜。飛躍しすぎと思うでしょ。どうしたらそのようなことに結びつくのと思うでしょ。それはね、この桜についてとんでもないことが古事記に書かれているからなの。

 

それは天孫瓊瓊杵尊の天下りの場面。天照大御神のお孫さんの瓊瓊杵尊の天下りの場面なの。瓊瓊杵尊は天下りした後そこで木花開耶姫(このはなさくやひめ)という女性をみそめて求婚するという物語なの。

 

この物語のイスラエルとの強い結びつきについて以前記事にしたのだけれど、最近記事の数が増えてしまって、探してもどの記事だったか書いた本人にも見つけられなくなっているの。だからかいつまんで説明することにする。

 

瓊瓊杵尊の求婚にこたえて木花開耶姫(このはなさくやひめ)は父の大山祇命のお許し次第ですと答えたの。そこでこのお父さんに結婚を申し入れたところ、大山祇命は大変喜んで姉の岩長姫と共に木花開耶姫(このはなさくやひめ)を差し出したの。

 

ところがこの岩長姫が瓊瓊杵尊からしたら醜かったらしいのよ。それで岩長姫を父のところに送り返してしまったという物語なの。

 

そうしたら大山祇命は大変怒って呪いのこことばを送ったの。それは「岩長姫を娶れば尊の命は岩のように長く常永久のものになったでしように、今岩長姫を送り返して木花開耶姫(このはなさくやひめ)だけを娶ったのでそのお命は山に咲く花のように散り落ちましょう」というものだったの。

 

これを読まされたら私はいやでもピーンと来てしまうのよ。神道において右近橘と左近桜というものがあるのだけれど、これは聖書冒頭の創世記において語られている、神様が園の中央にお植えになった二本の木のことであると、もう私の中では疑いようがないのよ。そのことは以前の記事でもたくさん書いてきたでしょ。

 

そしてその日本の木とは、まちがえた二本の木とは命の木と善悪を知る木なの。これはもっと直截に命の木と死の木と考えて間違いはないの。善悪を知る木というのは食べると死ぬから取って食べるなと戒められていたのだから。

 

それを知っていれば神様の物語で、岩のように長い常永遠の命と、花のように散るはかない命の、岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、園の中央の二本の木であり、それは右近橘と左近桜だと気が付けなければ古事記は理解できないの。

 

橘とは弟橘姫に通じ、しかも非時香果(ときじくのかくのこのみ)という不老不死の果実があって、それは橘のことだと古事記には記述されているの。直截に言えば永遠の命をもたらす果実とはキリストイエスのことなのよ。

 

瓊瓊杵尊はそのイエスを送り返してしまったと古事記は記しているの。これは尋常ではないわよね。それが以前から気になっていて、なぜこんな記述になるのかと不思議に思っていたの。それが今回3Dのビジュアルで見た平成から令和に様変わりした昨今の日本ということを考えていてはっきり見えてしまったの。

 

この岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)を考える時に意識しておかなければいけないのは旧約聖書のヤコブと、妻のレアとラケルの物語なの。このヤコブがイスラエルと呼ばれ、レアとラケルとそれぞれのはした女の四人からイスラエルの12の支族が生まれているの。

 

このヤコブは妹のラケルに一目ぼれしてその父に結婚の許しを乞うたの。その時にその父は喜んでまず姉のレアから娶りなさいと言ったの。でもレアはヤコブのお気に入りではなかったから結婚する気にはなれなかったのよ。ところがこの父親の策略でまず初めに姉のレアを娶らされたのよ。

 

ヤコブには姉を送り返すことが許されなかったの。聖書をその根底から知り抜いている神道の裏天皇家がなぜアブラハムの孫のヤコブ(イスラエル)と天照大神の孫の瓊瓊杵尊を対比させながら、瓊瓊杵尊には姉の岩長姫を送り返させてしまったのかなのよ。それが以前から疑問だったの。それが今回はっきり見えてしまったの。

 

それはねイスラエルという人は聖書の登場人物の中でもその筆頭格ともいえる人だからなの。そして神によるイスラエルの召命は、イスラエルを通して全人類に神の創造と救済を知らしめるための召命だったでしょ。その創造と救済においてイスラエルは命の木の主を送り返すことを父から許されていないの。だから父により娶らされたのよ。

 

この聖書の読み方を裏天皇家は太古から知っていたの。知っていて瓊瓊杵尊に岩長姫に擬せられている命の木の主を送り返させているのよ。

 

それはなぜ?なぜ裏天皇家は瓊瓊杵尊に岩長姫を送り返させてしまったの?

 

それはね命の木の主を送り返してしまうことが許さてれないイスラエルの子孫が、その主を送り返してしまったからなの。その命の木の主を十字架につけ送り返してしまったのがイスラエルの子孫だからなの。

そのことを百も承知の、失われたイスラエルの裏天皇家としての伝えが古事記なのよ。

 

そして送り返してしまったイスラエルの歴史はそのまま継続中で、そしてその歴史の最先端においてイスラエルは核の傘に覆われながらも平成から令和に様変わりしているの。

 

今年は令和元年で新天皇のお祝いの年でしょ。しかし皇室は納采の儀を出せないという喜べない事態を抱えながらの代替わりになったでしょ。その年に天皇陛下の臣民たちの代表は桜を見る会で浮かれていて足元をすくわれ来年は中止とか言っているの。

 

すべて元になるのは金銭トラブル。今年はその金銭トラブルにより歌舞伎聚楽主さんたちは大もめでしょ。この歌舞伎聚楽主さんたちがお釈迦さまから悪趣に堕ちると言われた人たちでしょ。その歌舞伎聚楽主さんたちが本人たちはそうとは知らずに悪趣に堕ちる死の灰をまき散らしているのよ。

 

核がまき散らす死の灰は人を一度しか殺せないけれども、人間がまき散らす死の灰は人を二度殺すの。原発の稼働による死の灰の排出より、テレビの排出する死の灰の方がはるかに危険ということなの。

 

テレビはもう何年も前に廃棄した私だけれども、いまさらながら、令和に至ってそのことをはっきり自覚させられたわ。私もこのブログを書かされながら、羊飼いである弥勒菩薩から未だに教育を受けている真っ最中なのだわという気がしているの。

 

核の傘の下で君も臣も人の排出する死の灰にまみれながら、失われたイスラエルとして行進中なのよ。その行進において岩長姫や弟橘姫に眼をとめずに桜ばかり愛でていて癒されようとしないと、死の灰で二度死ぬことになるの。私が令和の風景を3Dのビジュアルとしてみるとそのように見えるのよ。

 

裏天皇家も天照大御神の心御柱をお祀りしながらそのように見ているはずと思うの。

 

ではなぜ裏天皇家は黙って見ているの?表の天皇家は何も知らされていないの?という疑問がわいてくるでしょ。

 

表の天皇家は何も知らされていないわよ。だからテニスコートで恋をし、その後納采の儀でお妃と結ばれた先帝はその退位に際しても、象徴としてのあるべき姿を模索中と正直に告白しながら退位されたのではなかったかしら。

 

裏天皇家が伊勢神宮の心御柱についてはっきりと表の天皇家にレクチャーしていればその象徴としての在り方は、天照大御神の巫覡と巫女でしかないはずでしょ。形の上ではそのようにあらせられいても、御心の中に迷いがある事をはっきりと告白されているように見えるのよね私には。

 

では天照大御神の心御柱をお祀りする裏天皇家と、国民のだれもが知る表の天皇家の関係とはどうなっているの?

 

そのこともこのブログを書きながらすべて知らされたわ。それはまた別記事ね。令和の風景では私が見えていてこの記事に書けていないこともたくさんあるのだけれども、長くなったから今日はおしまい。知らされたこと包み隠さずすべて書くから今後に乞うご期待ね。



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創造主―救世主

父性―母性

巫覡―巫女

創造主―救世主―人間 ABC(123)の関係

創造主(いいなづけ親の父神・父性)―巫覡(救世主イエス・神の独り子・母性)許婚―巫女(人間・神の子)許嫁・・・父性と母性における創造により神の子が生まれる

 

救世主―男―女 ABC(123)の関係

救世主・天照大御神(母性)神主・神の子・男(父性)―みこ・神の子・女(母性)・・・神性と人間性における結びにより救済される。

この緑の網掛けの部分が人間性の領域

 

十戒のうちの第五戒 あなたの父母を敬え 

 

父母には肉の父母(これが肉親)と国の父母(これが天皇陛下と皇后陛下)と天の父母(これが創造主と救世主)がいるの。肉の父母と国の父母は人間だから完全ではないの。でもね、天の父母は完全なの。無条件で敬えるとしたらこの天の父母しかいないのよ。

 

そして人間は創造主と救世主の完全なる父性と母性により創造された神の子なの。その神の子は神の似姿に創られているから男と女であり父と母なの。父性と母性は巫覡と巫女なの。

 

その神と神の子の理を悟った時に人の人間性は完成されるの。そのようにして神性と人間性の結び固めが行われるの。人間の男女が人間性において結ばれる時には神の子としての父性と母性で結ばれるの。なかなかいないけど。神の子の父性には解脱が求められるの。神の子の母性には解脱の助け手となることが求められるの。だからお釈迦さまは、女人は解脱できないと説いたの。まず独り身の男女が自身に投影されている男性原理と女性原理において人間性を回復しなければ無理なの。

 

この父性と母性による完成を見ないと人間は、ポン引きと娼婦の関係に堕すのよ。サタンとポン引きと娼婦なの。それをヨハネは竜と獣と偽預言者と高尚に表現したの。

 

この国を覆う核の傘とは私に言わせればポン引きと娼婦の縄張りであり、そこでサタン一家が安全保障負担経費とか言いながらみかじめ料を徴収しているの。思いやり予算とかトモダチ作戦とか言いながらその実、六百六十六の極道の縄張りなのよ。あらゆる死の灰をまき散らす極道の縄張りなの。この縄張りの中で核の傘の下にいるのが一番安全だと考える人が現在この国の代表なの。

 

この縄張りはね、神様は今のところ見て見ぬふりをしてくださっているけれどもいつまでもそれで済むと思う?その縄張りの中に羊飼いの声を聞き分ける羊がまだ取り残されているということなの。その中の最後の一匹が羊飼いの声を聞き分けたらもう最後、神様は黙っていないと私は思うわ。

 

その日が神の怒りの日よ。ヨハネは神の怒りの酒船と表現しているでしょ。その日がいつになろうが人間は命の息を与えられこの世に来た以上、一人一人が自分の時を持っているの。

 

自分の時の中で神の怒りの日が来てしまったらと考えると怖いでしょ。私はもう平気になってしまったけれど。しかしそのような怖れがいつ現実となってもおかしくない時代に生まれてしまったという実感はあるわよ。だから必死で目を皿のようにしてイエスの言葉を読み、見極めようと生きてきたの。

 

そのようにしっかりと見極めたうえでないと昨今の、核の傘の下の状況にある、令和に代替わりしたこの国の皇室やその政府が抱えている問題の本質は見えてこないわよ。皇室も政府もその臣民も皆核の傘に覆われてそこで安心しているからね。

 

このブログでは私が見えていることはできるだけわかりやすく、すべて書いてしまうつもりなの。理解されようがそうでなかろうが。羊飼いの声を聞き分けるのに、その手引きが必要な羊さんが読みに来るかもしれないでしょ。そのような羊さんがいて、主に選ばれてこのブログを読みに来たときにその手引きになるように、全部書いておくわよ。

 

このブログそれなりに深いでしょ。迷える羊が羊飼いの声を聞き分けるための命の清水を天真名井の奥底深くから汲んできているからね。

 

イエスが水を飲ませてくださいとおっしゃっているの。脳内のCPUフルに働かせないとついてこられないわよ。今日はここまでね。


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あのね、玄倉川の水難事故から大バビロン河の奴隷船に発展し、書いている本人が眼を白黒させているうちに、ひとつ前の記事で、虚空蔵の3Dビジュアルなんて記事を書くまでになってしまっているの。

 

これ、理解しない人が読んだらこの人統合失調症?と思われても仕方のないレベルでしょ。でもね、3Dビジュアルを鑑賞できるということは第三の眼を弥勒イエスの目薬により開けてもらえたということだから統合失調症とは違うわよ。

 

その3Dのビジュアルでね、外国がどう見えるかは少し前の記事に書いておいたわよ。そしてこの日本という天照大御神の国がどのような国であるかもこのブログの初めから示してきたの。明治、大正、昭和の時代もどのように見えるか記事にしておいたでしょ。

 

でもねこの3Dグラスで見るビジュアルで一番肝心なのは今がどのように見えるかということなのよ。昭和、平成はすでに過ぎ去り、私たちが生きているこの中今は令和に様変わりしているでしょ。それでこの平成から令和への移り変わりが虚空蔵の3Dビジュアルでどのように見えるかということが大問題なの。

 

私の見えている事を書いておく。平成から令和にかけて日本の皇室は納采の儀を出したくても出せないというとんでもない難問を抱えながら代替わりしてしまったの。そして臣民が選ぶ政府はそのようなことはどこ吹く風と桜を見るという園遊会で浮かれていたら足元をすくわれてあたふたあたふたしているのが目下の状況なのよ。

 

これね、相当ヤバいわよ。この状況古事記に預言されているから相当ヤバいわよ。倭建命と弟橘姫が走水の海に張った八百八十八の結界を破って六百六十六の黒船が入ってきて、結果としてこの国を死の灰の核の傘で覆ったのよ。その核の傘の下にいるのが一番安全と公言しながら桜を見る会を主宰していたのが戦後最長の在位になった現首相でしょ。

 

この首相のお爺ちゃんがGHQから何の説明もなしに釈放されたA級戦犯だといういかがわしさ。黒船とGHQが構築した核の傘の下で現首相が桜を見る会とか言って浮かれていたら足元すくわれてあたふたしているといういかがわしさなのよ。

 

けっこう重いテーマだし詰め込み過ぎると混乱すると思うから、この状況で皇室が納采の儀を出せなくなっているという状況との関連がどのように古事記に、預言のように記述されているかということはまた別項で書くことにするわ。あまり急ぎ過ぎると頭くらくらしてくるでしょ。というか書いている本人が頭くらくらしているの。今日はここまでね。

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