天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 皇室

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この世の皇室から勲章を受けた人がいたとしてもそれをあの世に持って帰れるわけではないわよ。それはこの国の皇室に生まれたからといって、後の世で、天の皇室に入れるわけではないということなの。この記事、出だしからいきなり過激でしょ。こんなこと書いたら公敵とみなされるのかしら。パスワードかけておこうかしら。

 

こんなこと書いたからといって私は天皇制反対の左翼ではないわよ。日の丸、君が代、天皇陛下はこの国に天照大御神が降された三本柱として疑いようがない賜物と思っている愛国者だからね、

 

書く方が半ば瞑想しながら書いているのだから、読む人もそれに合わせて瞑想しながら読んでほしいというように進化しつつあるの、このブログ。

 

勲章を受けたお医者さんがいたとして、その人がテロリストの銃撃で死んだとしても、それは私の地元で、今日交通事故で亡くなられた人の死と何の相違もないではないのと思うのよ。

それにもかかわらずマスコミが報道すると他国の国家機関やこの国の皇室がこぞって哀悼の意を表したりしてとても大きなニュースになるでしょ。勲章を受けた人の死と無名の人が交通事故で亡くなられた死と何の差異もないにもかかわらず。

 

その勲章を受けたお医者様は人道支援という崇高な信念の人であったとしても、国境という害悪を取り払うことはできないし、人命を救ったとしても、人が二度死ぬ、その死から、人を救わなければならぬなどと思ってもみたことはないはずなの。

 

それがこの世でお医者様といわれる人たちの職業でしょ。少し前に田舎の村長さんがこの国に来て核廃絶を訴え帰っていったことがニュースになっていたけれども、この村長さんなどは率先して人を二度殺す死の灰の廃絶を訴えなければいけない立場に立っているはずなの。

 

しかしそのようなことは、元になる聖書の読み方をマスターできていないから、本人は全く気が付いていないのよ。

 

メシアは「パリサイ人のパン種に注意しなさい」「偽預言者に注意しなさい」と御言葉しているでしょ。私に言わせれば「パリサイ人のパン種と偽預言者に注意する」ということは宗教悪に気を付けるということなの。

 

この宗教悪に注意を怠り世の中を見誤っている人が人道主義に基づき衆目を集めたとしても、自身の気負いにより死の灰まき散らしているだけで、ヒーラーとしては完全に失格ではないのと思ってしまうのが私のメンタリティーなのよ。

 

この世で名前がよく知られている人で、人道主義の人であったとしても、その人がこの世で人を癒すのはメシアにおいて他にいないということを知覚できていなければ、そのような人が、何の役にも立たないことで衆目を集め賞賛されたとしても、私の感想は、姦淫の杯に酔いしれるバビロンの淫婦といったのは黙示録のヨハネでしょ、となるの。

 

宗教悪、学際悪、歌舞伎聚楽主の悪をひとまとめにして垂れ流す広告が敵の詐欺手口なの。ご用心。

 

このブログの記事を読んだ上で、納得できたとして、突き詰めて考えると、ではそのような学際の悪や歌舞伎聚楽主に勲章を賜るこの国の皇室とは一体何なの?と気がつかなければいけなの。それはまた別記事でね。忘れないでね、私は日の丸、君が代、天皇陛下は絶対という日本愛国者よ。この国は瞑想の中で理解しないと飲み込めないのよ。だから真正の神国なの。


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 首相主催の桜を見る会、来年は中止らしいわね。やましいことが無ければ堂々と開催すればいいのにね。その桜を見る会なのだけれど芸能人もたくさん招待されていたらしいでしょ。この芸能人という職業がお釈迦さまの言う歌舞伎聚楽主でしょ。私の理解では娯楽産業に携わる人たちはみな歌舞伎聚楽主よ。

 

この歌舞伎聚楽主と言われる人たちがどうなるかということをお釈迦さまははっきりとお示しになったでしょ。それと桜を見る会とどういう関係があるの?と思うでしょ。それが私の中では大ありなのよ。

 

この桜を見る会で私が連想するのは左近桜なの。京都御所の紫宸殿の、向かって右に生えている桜。雛飾りにも飾られる左近の桜。飛躍しすぎと思うでしょ。どうしたらそのようなことに結びつくのと思うでしょ。それはね、この桜についてとんでもないことが古事記に書かれているからなの。

 

それは天孫瓊瓊杵尊の天下りの場面。天照大御神のお孫さんの瓊瓊杵尊の天下りの場面なの。瓊瓊杵尊は天下りした後そこで木花開耶姫(このはなさくやひめ)という女性をみそめて求婚するという物語なの。

 

この物語のイスラエルとの強い結びつきについて以前記事にしたのだけれど、最近記事の数が増えてしまって、探してもどの記事だったか書いた本人にも見つけられなくなっているの。だからかいつまんで説明することにする。

 

瓊瓊杵尊の求婚にこたえて木花開耶姫(このはなさくやひめ)は父の大山祇命のお許し次第ですと答えたの。そこでこのお父さんに結婚を申し入れたところ、大山祇命は大変喜んで姉の岩長姫と共に木花開耶姫(このはなさくやひめ)を差し出したの。

 

ところがこの岩長姫が瓊瓊杵尊からしたら醜かったらしいのよ。それで岩長姫を父のところに送り返してしまったという物語なの。

 

そうしたら大山祇命は大変怒って呪いのこことばを送ったの。それは「岩長姫を娶れば尊の命は岩のように長く常永久のものになったでしように、今岩長姫を送り返して木花開耶姫(このはなさくやひめ)だけを娶ったのでそのお命は山に咲く花のように散り落ちましょう」というものだったの。

 

これを読まされたら私はいやでもピーンと来てしまうのよ。神道において右近橘と左近桜というものがあるのだけれど、これは聖書冒頭の創世記において語られている、神様が園の中央にお植えになった二本の木のことであると、もう私の中では疑いようがないのよ。そのことは以前の記事でもたくさん書いてきたでしょ。

 

そしてその日本の木とは、まちがえた二本の木とは命の木と善悪を知る木なの。これはもっと直截に命の木と死の木と考えて間違いはないの。善悪を知る木というのは食べると死ぬから取って食べるなと戒められていたのだから。

 

それを知っていれば神様の物語で、岩のように長い常永遠の命と、花のように散るはかない命の、岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、園の中央の二本の木であり、それは右近橘と左近桜だと気が付けなければ古事記は理解できないの。

 

橘とは弟橘姫に通じ、しかも非時香果(ときじくのかくのこのみ)という不老不死の果実があって、それは橘のことだと古事記には記述されているの。直截に言えば永遠の命をもたらす果実とはキリストイエスのことなのよ。

 

瓊瓊杵尊はそのイエスを送り返してしまったと古事記は記しているの。これは尋常ではないわよね。それが以前から気になっていて、なぜこんな記述になるのかと不思議に思っていたの。それが今回3Dのビジュアルで見た平成から令和に様変わりした昨今の日本ということを考えていてはっきり見えてしまったの。

 

この岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)を考える時に意識しておかなければいけないのは旧約聖書のヤコブと、妻のレアとラケルの物語なの。このヤコブがイスラエルと呼ばれ、レアとラケルとそれぞれのはした女の四人からイスラエルの12の支族が生まれているの。

 

このヤコブは妹のラケルに一目ぼれしてその父に結婚の許しを乞うたの。その時にその父は喜んでまず姉のレアから娶りなさいと言ったの。でもレアはヤコブのお気に入りではなかったから結婚する気にはなれなかったのよ。ところがこの父親の策略でまず初めに姉のレアを娶らされたのよ。

 

ヤコブには姉を送り返すことが許されなかったの。聖書をその根底から知り抜いている神道の裏天皇家がなぜアブラハムの孫のヤコブ(イスラエル)と天照大神の孫の瓊瓊杵尊を対比させながら、瓊瓊杵尊には姉の岩長姫を送り返させてしまったのかなのよ。それが以前から疑問だったの。それが今回はっきり見えてしまったの。

 

それはねイスラエルという人は聖書の登場人物の中でもその筆頭格ともいえる人だからなの。そして神によるイスラエルの召命は、イスラエルを通して全人類に神の創造と救済を知らしめるための召命だったでしょ。その創造と救済においてイスラエルは命の木の主を送り返すことを父から許されていないの。だから父により娶らされたのよ。

 

この聖書の読み方を裏天皇家は太古から知っていたの。知っていて瓊瓊杵尊に岩長姫に擬せられている命の木の主を送り返させているのよ。

 

それはなぜ?なぜ裏天皇家は瓊瓊杵尊に岩長姫を送り返させてしまったの?

 

それはね命の木の主を送り返してしまうことが許さてれないイスラエルの子孫が、その主を送り返してしまったからなの。その命の木の主を十字架につけ送り返してしまったのがイスラエルの子孫だからなの。

そのことを百も承知の、失われたイスラエルの裏天皇家としての伝えが古事記なのよ。

 

そして送り返してしまったイスラエルの歴史はそのまま継続中で、そしてその歴史の最先端においてイスラエルは核の傘に覆われながらも平成から令和に様変わりしているの。

 

今年は令和元年で新天皇のお祝いの年でしょ。しかし皇室は納采の儀を出せないという喜べない事態を抱えながらの代替わりになったでしょ。その年に天皇陛下の臣民たちの代表は桜を見る会で浮かれていて足元をすくわれ来年は中止とか言っているの。

 

すべて元になるのは金銭トラブル。今年はその金銭トラブルにより歌舞伎聚楽主さんたちは大もめでしょ。この歌舞伎聚楽主さんたちがお釈迦さまから悪趣に堕ちると言われた人たちでしょ。その歌舞伎聚楽主さんたちが本人たちはそうとは知らずに悪趣に堕ちる死の灰をまき散らしているのよ。

 

核がまき散らす死の灰は人を一度しか殺せないけれども、人間がまき散らす死の灰は人を二度殺すの。原発の稼働による死の灰の排出より、テレビの排出する死の灰の方がはるかに危険ということなの。

 

テレビはもう何年も前に廃棄した私だけれども、いまさらながら、令和に至ってそのことをはっきり自覚させられたわ。私もこのブログを書かされながら、羊飼いである弥勒菩薩から未だに教育を受けている真っ最中なのだわという気がしているの。

 

核の傘の下で君も臣も人の排出する死の灰にまみれながら、失われたイスラエルとして行進中なのよ。その行進において岩長姫や弟橘姫に眼をとめずに桜ばかり愛でていて癒されようとしないと、死の灰で二度死ぬことになるの。私が令和の風景を3Dのビジュアルとしてみるとそのように見えるのよ。

 

裏天皇家も天照大御神の心御柱をお祀りしながらそのように見ているはずと思うの。

 

ではなぜ裏天皇家は黙って見ているの?表の天皇家は何も知らされていないの?という疑問がわいてくるでしょ。

 

表の天皇家は何も知らされていないわよ。だからテニスコートで恋をし、その後納采の儀でお妃と結ばれた先帝はその退位に際しても、象徴としてのあるべき姿を模索中と正直に告白しながら退位されたのではなかったかしら。

 

裏天皇家が伊勢神宮の心御柱についてはっきりと表の天皇家にレクチャーしていればその象徴としての在り方は、天照大御神の巫覡と巫女でしかないはずでしょ。形の上ではそのようにあらせられいても、御心の中に迷いがある事をはっきりと告白されているように見えるのよね私には。

 

では天照大御神の心御柱をお祀りする裏天皇家と、国民のだれもが知る表の天皇家の関係とはどうなっているの?

 

そのこともこのブログを書きながらすべて知らされたわ。それはまた別記事ね。令和の風景では私が見えていてこの記事に書けていないこともたくさんあるのだけれども、長くなったから今日はおしまい。知らされたこと包み隠さずすべて書くから今後に乞うご期待ね。



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創造主―救世主

父性―母性

巫覡―巫女

創造主―救世主―人間 ABC(123)の関係

創造主(いいなづけ親の父神・父性)―巫覡(救世主イエス・神の独り子・母性)許婚―巫女(人間・神の子)許嫁・・・父性と母性における創造により神の子が生まれる

 

救世主―男―女 ABC(123)の関係

救世主・天照大御神(母性)神主・神の子・男(父性)―みこ・神の子・女(母性)・・・神性と人間性における結びにより救済される。

この緑の網掛けの部分が人間性の領域

 

十戒のうちの第五戒 あなたの父母を敬え 

 

父母には肉の父母(これが肉親)と国の父母(これが天皇陛下と皇后陛下)と天の父母(これが創造主と救世主)がいるの。肉の父母と国の父母は人間だから完全ではないの。でもね、天の父母は完全なの。無条件で敬えるとしたらこの天の父母しかいないのよ。

 

そして人間は創造主と救世主の完全なる父性と母性により創造された神の子なの。その神の子は神の似姿に創られているから男と女であり父と母なの。父性と母性は巫覡と巫女なの。

 

その神と神の子の理を悟った時に人の人間性は完成されるの。そのようにして神性と人間性の結び固めが行われるの。人間の男女が人間性において結ばれる時には神の子としての父性と母性で結ばれるの。なかなかいないけど。神の子の父性には解脱が求められるの。神の子の母性には解脱の助け手となることが求められるの。だからお釈迦さまは、女人は解脱できないと説いたの。まず独り身の男女が自身に投影されている男性原理と女性原理において人間性を回復しなければ無理なの。

 

この父性と母性による完成を見ないと人間は、ポン引きと娼婦の関係に堕すのよ。サタンとポン引きと娼婦なの。それをヨハネは竜と獣と偽預言者と高尚に表現したの。

 

この国を覆う核の傘とは私に言わせればポン引きと娼婦の縄張りであり、そこでサタン一家が安全保障負担経費とか言いながらみかじめ料を徴収しているの。思いやり予算とかトモダチ作戦とか言いながらその実、六百六十六の極道の縄張りなのよ。あらゆる死の灰をまき散らす極道の縄張りなの。この縄張りの中で核の傘の下にいるのが一番安全だと考える人が現在この国の代表なの。

 

この縄張りはね、神様は今のところ見て見ぬふりをしてくださっているけれどもいつまでもそれで済むと思う?その縄張りの中に羊飼いの声を聞き分ける羊がまだ取り残されているということなの。その中の最後の一匹が羊飼いの声を聞き分けたらもう最後、神様は黙っていないと私は思うわ。

 

その日が神の怒りの日よ。ヨハネは神の怒りの酒船と表現しているでしょ。その日がいつになろうが人間は命の息を与えられこの世に来た以上、一人一人が自分の時を持っているの。

 

自分の時の中で神の怒りの日が来てしまったらと考えると怖いでしょ。私はもう平気になってしまったけれど。しかしそのような怖れがいつ現実となってもおかしくない時代に生まれてしまったという実感はあるわよ。だから必死で目を皿のようにしてイエスの言葉を読み、見極めようと生きてきたの。

 

そのようにしっかりと見極めたうえでないと昨今の、核の傘の下の状況にある、令和に代替わりしたこの国の皇室やその政府が抱えている問題の本質は見えてこないわよ。皇室も政府もその臣民も皆核の傘に覆われてそこで安心しているからね。

 

このブログでは私が見えていることはできるだけわかりやすく、すべて書いてしまうつもりなの。理解されようがそうでなかろうが。羊飼いの声を聞き分けるのに、その手引きが必要な羊さんが読みに来るかもしれないでしょ。そのような羊さんがいて、主に選ばれてこのブログを読みに来たときにその手引きになるように、全部書いておくわよ。

 

このブログそれなりに深いでしょ。迷える羊が羊飼いの声を聞き分けるための命の清水を天真名井の奥底深くから汲んできているからね。

 

イエスが水を飲ませてくださいとおっしゃっているの。脳内のCPUフルに働かせないとついてこられないわよ。今日はここまでね。


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あのね、玄倉川の水難事故から大バビロン河の奴隷船に発展し、書いている本人が眼を白黒させているうちに、ひとつ前の記事で、虚空蔵の3Dビジュアルなんて記事を書くまでになってしまっているの。

 

これ、理解しない人が読んだらこの人統合失調症?と思われても仕方のないレベルでしょ。でもね、3Dビジュアルを鑑賞できるということは第三の眼を弥勒イエスの目薬により開けてもらえたということだから統合失調症とは違うわよ。

 

その3Dのビジュアルでね、外国がどう見えるかは少し前の記事に書いておいたわよ。そしてこの日本という天照大御神の国がどのような国であるかもこのブログの初めから示してきたの。明治、大正、昭和の時代もどのように見えるか記事にしておいたでしょ。

 

でもねこの3Dグラスで見るビジュアルで一番肝心なのは今がどのように見えるかということなのよ。昭和、平成はすでに過ぎ去り、私たちが生きているこの中今は令和に様変わりしているでしょ。それでこの平成から令和への移り変わりが虚空蔵の3Dビジュアルでどのように見えるかということが大問題なの。

 

私の見えている事を書いておく。平成から令和にかけて日本の皇室は納采の儀を出したくても出せないというとんでもない難問を抱えながら代替わりしてしまったの。そして臣民が選ぶ政府はそのようなことはどこ吹く風と桜を見るという園遊会で浮かれていたら足元をすくわれてあたふたあたふたしているのが目下の状況なのよ。

 

これね、相当ヤバいわよ。この状況古事記に預言されているから相当ヤバいわよ。倭建命と弟橘姫が走水の海に張った八百八十八の結界を破って六百六十六の黒船が入ってきて、結果としてこの国を死の灰の核の傘で覆ったのよ。その核の傘の下にいるのが一番安全と公言しながら桜を見る会を主宰していたのが戦後最長の在位になった現首相でしょ。

 

この首相のお爺ちゃんがGHQから何の説明もなしに釈放されたA級戦犯だといういかがわしさ。黒船とGHQが構築した核の傘の下で現首相が桜を見る会とか言って浮かれていたら足元すくわれてあたふたしているといういかがわしさなのよ。

 

けっこう重いテーマだし詰め込み過ぎると混乱すると思うから、この状況で皇室が納采の儀を出せなくなっているという状況との関連がどのように古事記に、預言のように記述されているかということはまた別項で書くことにするわ。あまり急ぎ過ぎると頭くらくらしてくるでしょ。というか書いている本人が頭くらくらしているの。今日はここまでね。

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このブログ読みに来てくれる人たちはペテロの国とイスカリオテのユダの国のことはっきりと見えているかしら。

 

最近そのイスカリオテの国に近い田舎の王様がペテロの国の王様にあいさつに来たらしいのよ。そしてその田舎の王様はペテロの国が見舞われた惨劇を思い起こし、地獄爆弾の廃絶を訴えたらしいの。しかしペテロの国の王様は軽率にそのようなことを口走らないの。

 

なぜかというとその王様から国政を預かっているその国の役人たちはイスカリオテの国ととても仲の良い国がもたらす、爆弾の傘の下にいるのが最も安全だと公言しているからなの。

 

以前そのイスカリオテの国の事はっきり書いたら一晩で記事削除された。この記事は多分大丈夫かな?

 

ペテロの国の核になる発電所の保守管理はすべてイスカリオテの国の会社が請け負っているらしいわよ。みんな知っていても報道できないのよね。そんなことすると首になると暗黙の了解でもあるのかしら。その会社は海外ではその事宣伝しているらしいの。


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孝明天皇 崩御 十二月二十五日 その後明治の文明開化へ

大正天皇 崩御 十二月二十五日 その後の昭和の動乱および経済大国へ

大正天皇の時代に天皇と皇后の並びが左上右下から外国の風習の右優位に改められる。

それに伴い、現代では、内裏雛の並びが、京雛の左上右下と関東雛の右側上位に分かれる。初めて神前結婚を行ったのは大正天皇だった。

昭和天皇の時代

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1022409.html (師走の七日間と命の木の七日間)

 

以上のことを考察した結果、明治天皇、大正天皇、昭和天皇とは御父と御子と聖霊にカバラにおいてすっぽり対応しているのが判るはずなの。

 

文明開化とは一体何だったの、昭和の敗戦と復興は一体何だったのと考えた時、どちらも先帝の十二月二十五日の崩御により幕が切って落とされているのよ。

 

昭和天皇の即位と崩御に示される七の時代が昭和で、そのイスラエルの数で示された天皇の時代に日本の死と復活を歴史にきざまれたの。これはイスラエルの聖霊の時代よ。聖霊に従えば復活するし、逆らえば死が待っているという古神道の戒めなのよ。

 

そのひとつ前の大正天皇の時代は御子の時代よ。神道とは須佐之男命の御前における天照大御神と八百万の神の神前結婚なの。その神前結婚を臣民に広めたのが大正天皇だったの。内裏雛がその象徴だということは裏天皇家では当たり前だったことなのよ。その内裏雛の並びがこの時代に京雛と関東雛で逆転しているの。

 

それは文明開化に起因しているの。ここに神道においての文明開化の歴史とは何であり、今どのように進展中なのかを知る鍵が置かれているように思うわ。すべてのカバラを賜物として受ける心の準備がなければ飲み込めないわよ。

 

私がこのカバラを読解した時の見解を示しておくわね。京雛の左上右は直会の形なの。左上の御父と右下の御子と、八咫の鏡の後ろ姿ではなく、正対している形なの。これは何を意味しているかというと、復活したイエスを目の当たりにし、そのご神体と正対している形なのよ。文明開化以前の日本はそのような聖霊と共なる国だった、ということを示していると思うわ。

 

それが関東雛で逆転して、右に男雛が置かれるようになり命の木の真榊の後ろ姿となり、八咫鏡がその後ろ姿をうつしているという形になったのよ。これはイエスが弟子の見ている前で天に挙げられお隠れになったということの、神変によるお諭しに思えるでしょ。イエスを天照大御神とした弟子たちに立てられたこの国に、文明開化以降大正天皇の時代まで天照大御神の御霊がいらっしゃってお守りくださっていたということではないのかしら。神さまの神変自在と考えれば私には飲み込めるの。だから大正天皇の時代は御子の時代だったの。

 

次の昭和の時代は聖霊の時代。天照大御神をお祀りしていても、その神様の尊さを知らない日本人が暴挙に走り聖霊に逆らったので、明治時代のような戦勝には至らず、一旦死を受けたのよ。でも天孫族に対する祝福の契約には終わりがないので、戦争放棄して解脱するという禊を通し、昭和天皇の新昭和建設のための詔が功を奏し、伊弉諾景気というほんとうの神風(しんぷう)に吹きあおられて今のような国になったの。

 

でもね、天孫イスラエルはいくら恩恵を受けても受けても、その子孫は何も悟らず聖霊に逆らい続けるの。右の八八八の命の木と左の六六六の二本の木の双生を、日本の木のお榊の玉串としてお祓いを受けているのに最後まで逆らい続けるのかしらね。

 

神仏のお諭しは解脱に至るまでの悔い改めをせよということ。その御言葉が天璽瑞宝十種(あまつしるしみずたからとくさ)であり、このふるいで、右と左にふるい分けられると古神道の書は証ししているの。

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 日本人はソドムとゴモラのような神罰が降ったという経験をしながら

それを神罰と受け止めていない。これが平安時代であったなら

怨霊の祟りと日本人は恐れたのではないだろうか。

 

何故現代の日本人がそのように無感覚になったのかと言えば、
学校で人間は猿の子孫だと教えていて、大半の日本人は自分を
猿の末裔と思っているからなのだ。

 

日本は二度にわたる神罰のすえ敗戦の憂き目を見たが、それが一応の

禊になったのだ。その後、昭和天皇が退位することなく、

戦争放棄という憲法のもとに、新昭和建設のための詔書を発した。

 

そのことにより神様に守護され、いざなぎ景気に吹きあおられ
世界第二位の経済大国にまで押し上げられた。しかし猿の末裔は、
昭和天皇が発した新昭和建設のための詔書を、天皇の人間宣言と曲げて世間に知らせ、
それがまかり通って、同じく学校でそのように教えた。私に言わせれば、
猿の惑星の猿の学校かと思いたくなる。しかしその猿の学校が日本人の現状だ。

 

その猿たちが現在何をしでかしているかというと、

この国が神様の加護を得て世界に文明国として名を知らすことになったが、

その礎を築いた昭和天皇の、ひ孫さんの皇女の縁談話をいじくりまわして、

反故にしかけているのだ。猿以下に日本人は堕落している。と私は思う。

 

他家の縁談話にくちばしを突っ込み、その縁談話がまとまるよう

配慮するならともかく、面白おかしく物語を捏造し、商売のネタにしている猿の、

思うがままに世論は流されているのだ。もう何時神様が怒りを発しても

おかしくないレベルまで日本人は劣化していると私は思う。


 昭和天皇は人間宣言などしていないし、

現皇室が納采の儀を出せない事態に至らせたのは日本猿の仕業だ。

 

私の信仰においては日本の皇室は天の皇室の顕れだ。


 その日本の皇室の納采の儀は、天の皇室の納采の儀の顕れである
救世主からの洗礼を象徴している。その救世主のお使者は聖霊という神様だ。
その聖霊という神様について、聖書中で救世主は、

「救世主である自分に逆らう者は許されるが、この聖霊に逆らう者は

この世においてもあの世においても許されることはない」と語っている。

この聖霊という神様が天の皇室の納采の儀のお使者だ。日本猿が
このお使者に障っているように私の目には映る。


 もうこの国はいつ祟りがあってもおかしくない。

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http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 雛人形は内裏雛で内裏の天皇と皇后を示している。

 

と同時に誓約(うけい)を行った天照大御神(あまてらすおおみかみ)

須佐之男命(すさのおのみこと)をも示している。

 

同時にみとのまぐわいにより国生みを行った伊弉諾尊(いざなぎのみこと)

伊弉冉尊(いざなみのみこと)をも示している。

 

天照大御神(あまてらすおおみかみ)と須佐之男命(すさのおのみこと)の誓約とは、
みとのまぐわいなのだ。

 
 この誓約により国土が生まれた。

 

これらが古事記の倒語(さかしまごと)で、実は何を意味しているかというと、

聖書の神である天の御父と御子の天地創造なのだ。

 

であるから内裏雛の本当の正体は天の御父と御子であり、

その誓約によりすべてがなったことを示していたのだ。

 

そして内裏雛は最初の人であるアダムとイブでもあるのだ。

だから神がこの二人を創った時に園の中央に生えさせられた二本の木も、

雛飾りの右近橘と左近桜としてそこにあるのだ。

 

雛人形は神の天地創造から始まり、神の歴史が今上陛下と皇后陛下まで

続いていることを示しているのだ。

 

内裏雛の並びが男雛の左上と女雛の右下であるのはほかでもない、

キリスト・イエスが栄光を受け天の御父の右の座に就かれたからなのだ。

 

それが神道であり、この神の歴史は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔の生すまで
千歳萬歳に至るのだ。

 

雛人形に現世と幽世のすべてが顕わされているのだ。


 イスラエルと皇室の三種の神器にはじまり、古事記の神代はすべて

雛人形で示されているのだ。

 

だから日本の皇室は天の皇室の顕れなのだ。


 天の皇室の雛形の雛人形なのだ。

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 この日本の皇室は幽世にある天の皇室の顕現なのだ。
天の皇室の映しなのだ。
その日本の皇室が納采の儀を出せない事態に立ち至っているという事は、
そのまま天の皇室が現世に対して納采の儀を出せない事態に立ち至り、
時が極まりつつあるという事なのだ。

 

皇室が納采の儀を出せない事態を日本人は他人事と思っていてはいけない。
現世の終わりまでに天の皇室から納采の儀をお受けしなければ
破談になるという事をしっかり自覚するべきなのだ。
神仏を侮らず、梵我一如を悟るまでに、禊、解脱に至るまでの悔い改めがなければ
天の皇室は納采の儀を出せない。

 

誰もが知るキリスト・イエスが天の皇太子だ。
その皇太子との納采の儀が聖霊による洗礼だ。
そしてその納采の儀をお受けするには梵我一如を悟るまでに、
禊、解脱に至るまでの悔い改めをして潔斎しなければならないという事。
そうしなければ皆破談。

 

聖書がベストセラーでイエスを誰もが知っているのは、
イエスが救世主でしかも全人類の許婚だからだ。
いい名付け親がイエスの示した天の御父だ。
だから天の御父の御旨を行うには天の皇室の納采の儀を
受けなければならないのだ。
現世でそうしなければサタンの後宮入り。

 

現世には天の皇室の顕現である天照大御神の皇室がある。
しかし同時にサタンの後宮の顕現もある。臣民は皆、
天照大御神の皇室を敬いながら、サタンの後宮に信仰をおいている。
幽世では信仰が結実する。

 

 ユダヤにおいて奇跡の人イエスは超有名人だった。
しかしユダヤ人はメシアと認めようとしなかった。
現代においてもイエスは超有名人だ。
しかし現代人はメシアとの縁結びのために父の御旨を行うという事を知らない。


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 幽世の皇室は現世において顕されてきた。
イスラエルがその主人の家のテーブルとして設えられたが
サウル、ダビデ、ソロモンを経て分裂した。
イエスがユダヤに来た時のヘロデは腐っていた。
ユダヤのキリストに対する不信仰がちゃぶ台返しとなり、
イスラエルから完全に主人の家のテーブルは取り去られた。

 

 ユダヤがちゃぶ台返しをしたので主人の家のテーブルは
この安国に平けく設えられ、新しい神の平安の都エルシャロームとなった。
そして天孫の皇室が幽世の皇室である主人の家のテーブルとなった。
臣民はこの主人の家のテーブルからこぼれるパンくずをいただき
長きにわたり平安を得てきた。


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