天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 日本

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この国は本当に不思議な神話の国でしょ。全国八万社のお社などは全て神話に根差しているし、お祭りもみなそうでしょ。それが日本人の心の紐帯となりアイデンティティーとなりその他を織別しているでしょ。そこに根があるのよ。

 

天孫降臨から神武天皇の即位の神話の中に根があるの。そこに根を植えた天津神たちがいたということなのよ。この神たちは八咫烏と呼ばれ神武天皇の即位を助けたと古事記に記されているの。

 

この八咫烏とは私が思うに鴉天狗なのよ。鴉天狗は修験の装束で描かれ虎の巻ものを手にしているの。

 

270px-Karasu-Tengu-Statue

 

そして仏教の迦楼羅天と同一視されているのよ。この仏教の迦楼羅天とはインドの神鳥ガルダが仏教に取り込まれ仏法の守護神となったらしいの。インドの神鳥ガルダはビシュヌ神の乗物だったらしいのよ。

 

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神様の乗り物の神鳥なのよ。神様の乗り物である鳳輦に留まる鳳凰と同じでしょ。インドの神話において既に、天孫降臨から神武天皇の弓の先に止まった金の神鳥による鳳輦の渡御までが預言されていたのではないのかしらと思えるの。

 

そのインドの神話により先見してしまいそれを語り残したのが仏陀で、そこに弥勒菩薩とその守護神である迦楼羅天が出てくるのは当たり前なのではないのかしら。天照大御神と八咫烏の関係なのよ。

 

その関係性において、現代でも神話の時代に根差したお祭りによりアイデンティティーを保っているのがこの国なの。その八咫烏は虎の巻を熟知しているからそれが可能なのよ。この虎の巻には神様をお祀りするに必要なことが全て書かれているのよ。

 

それはトーラーの巻物と呼ばれるモーセの巻物なのよ。この巻物の初めにすべてが示されているわよ。神様は園の中央に二本の木を生えさせられたの。これは人の前に呪いと祝福をおかれたということなの。そこに人をそそのかす蛇もいたのよ。

 

これを私が私のアカウントで解釈すると、人はこの世に招かれ神様の農園で僕として従事するためにやってくるのよ。しかしね、唆す蛇にだまされ、神が取って食べるなと禁じられた、悪因の毒果の果樹園で働くようになるということなの。

 

神さまの公益の農園ではなく、それぞれの私益の農園で働くよう唆され一生を終える人の方がはるかに多いの。一度その私益の農園で働いてしまった人が神さまの公益の農園で命の木の栽培に雇われるようになるには、仏陀がお示しになられた成道の道筋を行き、私益の農園から解脱し、新たに雇用契約が交わされなければ無理なのよ。

 

それがメシアの、命の木に与ることを許され門を通って都に入るために衣を聖くしたものは幸いであるという御言葉に繋がっているの。

 

その神様の御旨に真っ向から逆らいこの世で権力を真っ先に手にした人物の名がニムロデとして巻物に名指しされているの。それ以降私益の追求が今日に至るまでとどまるところを知らないのよ。聖書はそのように唆されたニムロデとバビロンの淫婦たちの物語でしょ。

 

このニムロデとバビロンの淫婦がヨハネの黙示した獣と偽預言者の事なのよ。メシアはそれを一からげに盲人と呼んだの。盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むと御言葉しているでしょ。この盲人のことは偽善者とも呼ばれているわよね。

 

この盲人はメシアから目薬を買わないと見えるようにならないのよ。当然神様の農園の命の木など終生目に映らないの。この世においてもあの世においても許されることはないというのがメシアの御言葉よ。

 

少し角度を変えてみてみると、日本には赤鼻の天狗がいるでしょ。あれがね、ニムロデの暗喩なのよ。醜い赤ら顔の鼻高の天狗も手に巻物をもって得意顔でしょ。しかし巻物に何が書かれているのかまるで分らずに鼻高々なのよ。

 

私にはそれが、私益の農園で人々を働かせ得意満面の、すべての、ありとあらゆる分野の長老たちの赤ら顔とダブって見えるの。公益をうたっていても真の公益などはまるで理解できていないわよ。

 

だから神様の暦が進むにつれ私益の農園は荒れ放題で農夫の不満は増すばかりなの。

 

虎の巻では神様の公益の農園も暦により作付けされていて刈り入れの時があると示されているわよ。その時には大掃除が始まるとも書かれているでしょ。

 

それとは関係なく一人一人も暦により生きているでしょ。私益の農園から解脱するのであれば期限は終息までになの。その為に招かれているのよ。

 

人生は御神田の御田植祭りなのよ。日本人が一番解脱の近くに招かれているでしょ。


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凶事の予兆は2017年の暮れに起こっていたのよ。その年の暮れに富岡八幡宮で、あってはいけない凄惨な事件が発生していたでしょ。この事件の顛末においては神社本庁の抱える問題なども報道されていたのよ。この時に私は何かとても嫌な予感がしていたわよ。

 

そして次の年には師走を目前に控えた十一月の未に、宮崎県の高千穂町で何とも言いようのない凄惨な事件が起きていたでしょ。宮崎県の高千穂町といえば天孫の天下った神話の里でしょ。

 

八幡宮の祭神は応神天皇で、神武天皇と同一神であると京都丹後の籠神社の宮司さんが証言しているの。

 

何故二年続けて年越しの大祓を控えた時期にそのような凶事が連続するの?不吉ね、と思っていたのよ。

 

そして翌2019年は平成から令和の御代変わりを無事に済ませたお目出度い年だったのよ。けれども、皇室は納采の儀に滞りを抱えたままの御代変わりになってしまったでしょ。

 

これも私的には相当不吉な予感がしていたのよ。そして翌年は令和として年神様をお迎えした初めての年だったのだけれど、いきなり世界中を巻き込んだコロナ禍に見舞われたでしょ。

 

それでオリンピックは延期になり非常事態が宣言されたのよ。そして最近ではオリンピックを招致して名をあげようとしていた都の女知事が学歴詐称で告訴され、刑事被告人の立場で次の選挙に臨もうという節目なのよ。

 

その詐称の疑惑にはエジプトという国が絡んでいるのよ。この事実は私にとって、なにが不吉の予兆だったのかにとどめを刺されるくらいにわかりやすいと思えているの。

 

最近神宮歴の暦の記事を書いたのだけれども、この神宮歴にはっきりと記載されている紀元二千六百八十年という年号は、大御神の鳳輦の渡御の暦と読み解いたの。モーセの虎の巻ではこの鳳輦のお祀りの妨げになり神様から打たれたのがエジプトのファラオだったとはっきり記述されているでしょ。

 

神様による疫病で撃たれたのがエジプトだったのよ。わかりやすいくらい不吉ねと思っていたの。そうしたらね、今日になってもっと不吉なニュースを目にしてしまったのよ。

 

https://diamond.jp/articles/-/240074?page=3

 

 神社本庁の理事にあたる人が自殺していたらしいのよ。この人は神道政治連盟においては総務会長という要職にあり、その神政連の理念に賛同する超党派の国会議員連盟「神政連国会議員懇談会」の会長は現首相で閣僚の多くが所属しているらしいの。

 

この事案に関して神社界の権力ではなく権威、神社本庁統理の鷹司尚武という人が「神社本庁は腐っている、民間ではあり得ない」そう周囲に嘆いているというの。この人は上皇陛下の義理の甥にあたる人らしいのよ。

 

それでこのニュースを私が読み解くと、神社本庁というのはGHQの神道指令により発足した組織だし、現首相の流れはGHQがA級戦犯としたけれどもなぜが不思議と釈放されてしまった人脈の権力だし、靖国神社の大好きな日本会議の人たちもみな同じ人脈だし、日本の保守、右翼とされる人脈は皇族方から見たら皆腐っているとみなされているのね。となるのよ。

 

神道に巣くいながら信仰などとは無縁の権力の巷なのよ。それを読み取らなければいけないの。そのような保守政権を与党としているのがGHQにより立憲君主制の民主主義を与えられた日本人有権者なの。

 

私には腐っているのは神社本庁だけとは思えないのよ。根っこ迄腐ってしまっているのではないのかしら。

 

そのように了解できるとすれば神武天皇の弓の先に止まり王権を神授した、鳳輦の神様の縄の鞭が振るわれることもむべなるかなと思えるでしょ。

 

大御神により成ったこの国が腐っているから禍事が世界中に伝播しているのよ。


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私の地元の氏神様の例大祭中止になったの。それは氏子社中における鳳輦の渡御がコロナにより禁止されたということなの。

 

今年の夏越の祓いにおいてはそのような地域が多いのではないのかしら。もうね、私の目には完全にメシアの縄のむちなの。ついてくる人いるかしら。いなくても書いておくわよ。

 

都ではエジプト疑惑が騒がれているでしょ。事実はどうであれ、そのような疑惑を惹起する人が王都を治めるということがあってもよいことなのかしらと思うのよね。

 

しかしまかり通っているでしょ。立憲君主制の民主主義ではそのような事が平然とまかり通る仕組みになっているのよ。法制自体が虚実の世界にとらわれているから当たり前のようにそのようなことも起こるの。

 

この国の三権の長は覇権国の高官の覚えが目出度い人が出世して、権力を手中にするのよね。逆らうと刑事被告人とされるの。逆らわなければマスコミも加担して、ただの疑惑としてもみ消してもらえるらしいわよ。

 

だから長く居座ることが可能なの。そのような仕組みの中で、そろそろ良い時期なのでメシアが縄の鞭をふるわれはじめたのよ。

 

鳳輦とエジプトは切っても切れないわよ。神さまが鳳輦の祭礼を執り行わせるためにエジプトからイスラエルを脱出させたのだけれども、最後まで楯突いたファラオの戦車は全滅したでしょ。鳳輦とは神様の戦車として知られているからね。

 

エジプト疑惑とコロナと氏子社中の鳳輦の渡御の中止などということは勘弁してほしい所なのよ。

 

しかしね、都の南に位置する私の地元ではもっときな臭いにおいがしているのよ。六月の初めに三浦半島の三浦市から横須賀市にかけて異臭騒ぎがあったの。ニュースにもなっていたでしょ。

 

結局お役所は原因不明で片づけたの。専門家の中には異臭は断層の破壊により起こる事が常識として知られているので、そのような現象に伴い電磁波異常のあるなしを調査するべきと提言する人もいるのだけれども、この界隈のお役人は多分何もしないわよ。

 

この地域は南海トラフというとても厄介な断層のデパート上に位置しているのにも関わらず何もしないわよ。必ず来ると言われているのに何もしないわよ。その時に霊峰富士が吹いてしまったらもう覚悟を決めるしかないのにね。

 

この地域の特性は黒船が来た時から今も変わらないの。平時が続いた武士たちは甲冑も刀も整っておらず黒船の来航により武具の特需が起こったらしいのよ。そうしたらその時の道具商はその特需に沸いてペリー大明神を祀り拝んで、幕府の顰蹙を買ったらしいのよ。私の読んだ本にはそう書いてあったの。

 

今ではね、覇権国の基地を置かれ、黒船祭りに、ネイビーバーガーがこの地域の売りなの。今でも黒船のペリー大明神のお祭りで、そのことをだれにも咎められずに商人はもとより、公務員たちまでその線で盛り上げることにしか余念がないのよ。

 

それが覇権国にとってはとても覚えの目出度いあり方なのよ。神道指令とか出してその有り方に嘴をはさんだのも連中だったでしょ。横須賀と言えばあの総理とかも出しているので覇権国は最後まで手放さないわよ。

 

この横須賀は古事記にも記された神話の里であるのになぜそのような観光資源を生かし故郷の発展ということを考えないのと、役所に意見したことがあるのよ。案の定、糠に釘だったわ。何か期待して投稿したわけではなかったけれどもね。

 

鎌倉の源頼朝を凌ぐ倭建命と弟橘姫の里だと指摘してあげたのだけれども市の職員は何も感じられなかったようなの。まあ、都に最も近い港を押さえている覇権国の、安全保障条約のお友達関係の、お賽銭箱を守らされているのだから仕方がないのよね。

 

私なんか恥ずかしながらその基地に勤務していたことがあったけれども、そのいかがわしさに気が付いたら即刻辞めたわよ。職業なんか投げうってでも大御神の鳳輦に付き随う覚悟がなければ誰でもがエジプトのファラオのように彼岸に渡りそこなうの。

 

エジプト禍による疫病の蔓延や、南海トラフの大地震や霊峰富士の噴火がもし今の時代にとって杞憂にすぎなかったとしても、大御神の、滅びに至る道は広く大きく、そこから入る者が多いという真言は杞憂に終わることはないわよ。絶対に。

 

そのことだけははっきりしているのよね。

 

怖いこともはっきり書いてしまうのだけれども、モーセが虎の巻に書き記していたように神は人の前に呪いと祝福をおかれたの。その呪いと祝福が陰陽の表裏一体なのよ。

 

どちらに与るかは本人次第なの。

 

今の日本を見ると神によりエジプトから導き出され、鳳凰を冠した鳳輦に導かれながらも、邪教の神を拝み、約束の地に渡御できなかったイスラエル社会と瓜二つでしょ。虎の巻は警告の書でもあるのよ。その虎の巻に従い神様をお祭りしている鴉たちの暦が神武紀元の暦なの。

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火の蛇の三回転半で八咫鏡と八紘一宇の宝輪を回転させていると、雅楽と君が代でかなり良質のトリップが出来るようになるわよ。

 ポップスなどうざくて聞く気になれなくなるの。毎日でも行けるわよ。終わりまでこのまま行けるわという感じ。命の息がある限り覚醒には限りがないからトリップが深くなり飽きが来ないのよ。


君が代のすべて
国歌
キングレコード
2000-12-06





日本古代歌謡の世界
東京楽所
日本コロムビア
1994-11-21


music for 陰陽師
ブライアン・イーノ
ビクターエンタテインメント
2000-02-26


招杜羅紫苑
伶楽舎
日本コロムビア
1995-12-21


私の一押しアルバムたち。ブラーフマナの八紘一宇なの。

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もうね、何と言ったらいいかわからない。私は肉親にどう思われようと、世間にどう思われようと気が付いたら後半生を神様ファーストで生きて来たの。

 

その私から見るとこの世は世界規模で神様仏様をガン無視している愚者の楽園だわ、つき合い切れないとずっと思っていたのよ。

 

そんな私も子供の頃はテレビっ子で、ずっとテレビを見ながら育ったわよ。でもね、いつの頃か覚えていないのだけれども私が生まれた当時、テレビが普及し始めた頃にその低俗さゆえに一億白痴化を招来するという人がいたことを知り、何かビビビット感じることがあったのよ。

 

その結果、私の場合はどうなったかというと、本当に、テレビを見ていると馬鹿になる、やめなきゃと三十歳を過ぎたころから思い始め、そのころからあの馬鹿ボックスとは縁を切る方向が定まったの。

 

そんなことだからその生き方は道を求める生き方にならざるを得なかったのよ。そして道を見い出すきっかけは、やはり救世主のイエスとお釈迦様の残した御言葉以外ではありえなかったのよ。

 

それは多岐にわたるのだけれども私の中で柱になっている御言葉があるの。お釈迦様は、歌舞伎聚楽主は悪趣に堕ちるとお説きになっているわよ。歌舞伎聚楽主とは舞台の上で人を笑わせる、今でいう芸人さんの事。悪趣とはありていに言えば地獄のことで、お笑い芸人は地獄に堕ちるとはお釈迦様の言葉なの。

 

そしてイエスは盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むではないかと御言葉しているの。神様仏様ファーストの生き方をしている私のような人間にとってはこのお二方の御言葉がこの世を見るための鑑なのよ。

 

ずっとそう思っていたのだけれども今年になったらいきなり世の中の風向きが変わって世界中に疫病がはびこり始めたでしょ。そしたらお笑い芸人の大御所さんが逝ってしまったのよ。みんなこの芸人さんの逝去を悼み追悼番組とかが組まれているらしいのよ。

 

今のこの時代に情報を発しているのはイエスの言う盲人さんばかりでまるでお話にならないではないの。その他では世界的に有名なお金持ちの投資家さんが今のこの危機に際して、世界経済は云々と語る情報なども発信者たちは大好きなのよね。

 

死と黄泉の鍵を握ると宣言した神様が、聖書において、金持ちは天国に入れない(いれない)と詔しているなどということは思ってもみようともしないのよ。芸能人が花形職業で、世の中のオピニオンリーダーみたいな世になっているのだからまさに愚者の楽園でしょ。

 

私の目にはそのようにしか映らないから、何を考えているのか理解に苦しむ人たちの川の中州のバーベキューにしか見えないの。それが世界規模の現実なの。

 

いっきに洪水で滅ぼしてしまわずに時間的な余裕と、神様仏様による警告が大昔から与えられているのは、神様によるお慈悲なのに、空気読めないのね。DQNの川流れだわよ。逝ってしまったら覆水盆に返らずでしょ。



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 今日はまいったわ。今しがたニュースチェックしていてひっくり返りそうになった。動画ニュースだからすぐに終わってしまってどこの地域のお店か覚えていないのだけれども、コロナに勝つという語呂合わせでコロナにカツという串カツらしきものを新メニューとして売り出したということなの。

 それでね、その価格がコロナの語呂合わせで567円らしいのよ。この国ではコロナを語呂合わせで数字変換すると567なの。

 この国はね、失われたイスラエルだから、単なる語呂合わせであったとしても、言霊と数霊は絶対に侮ってはいけないの。

 五六七は法滅の弥勒菩薩を意識しなければいけない数字でしょ。

 やはりそうなの?そのような時なの?ということなのよね。

 何とも言い難いでしょ。

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  新型コロナの感染なかなか収束しないわね。しかもこの国の政府はオリンピックファーストで政策進めて来てきて感染対策を何もしなかったので感染が広がるのはこれからだという噂もあるでしょ。

 

まあこの国の政府や為政者に何を求めても無駄でしょと私は思っているけどね。最近は国難という言葉も聞かれるでしょ。私は還暦過ぎまで生きてきて国難に見舞われたのは初めてよ。このまま乱世に入ってしまうのかしら。そのような時に賢明に対処できる政治家などいない気がするでしょこの国には。

 

でもね、問題は人が見ようとしない別のところにあるのよ。そのような気がするということを通り越して、それが見えてしまっているの。このお彼岸を過ぎたらはっきり見せられてしまったの。

 

そのことは書かない方がいいのかしらと思えるくらいのことなの。もう他の記事にしてしまっているけれどね。

 

でもね、書かないとこのブログ続ける意味がないから書くわよ。私の主イエスはこの世は罹災する者が多い激甚災害の現場だと御言葉しているの。長年聖書を読んできていたのだけれどその御言葉の意味がはっきりと飲み込めた時にはかなりショックだったわよ。

 

その怖さはね人間が娯楽の一種として創作するホラーやスリラーを凌ぐの。そのような創作が人のPTSDを発症するようなことにでもなったら社会問題になるでしょ。そのような創作は経済合理性に見合わないでしょ。そのようにして作られているから娯楽としての物語など私に言わせればすべて陳腐なのよ。

 

イエスは人に与えるショックを緩和するためにオブラートに包んで言っていたのねと思えるくらいなの。そのような激甚災害に発展する可能性のある河の中州でバーベキューを楽しんでいるのだわとリアルに想像してしまったときにもまたショックを受けたの。

 

でもね、河の中州のバーベキューでさえも凌駕していたのよ、イエスの言う激甚災害は。そしてその怖さはおいそれと理解されない類の怖さなの。

 

人に働く正常性の偏見とはそのような恐れから免れさせるための安全弁の役割もあるのよ。心の平安を保つために働いている偏見なのよ。しかし一歩間違えて手遅れにつながると逃げ遅れるの。そこにジレンマがあるでしょ。

 

しかしそこに死の危険が迫っていたら警告するでしょ。聖書の御言葉とはそのような警告なの。おいそれと理解され得ないような警告なの。根源的な恐怖に立ち向かうための心の準備ができていないうちは正常性の偏見が働き、心の平安を保つような仕組みが働くから理解されないのよ。

 

だから御言葉の書物が世界的に知られていても誰も気が付いていないの。

 ここまで前置きしておけばいいわよね。

 

死に至る、河の中州のバーベキューを凌駕している恐さは新型コロナの蔓延なども簡単に凌駕しているわよ。

 

それはね煩悩中毒の全世界的な蔓延なの。

 

はぁ?何それと思うでしょ。

 

それでいいの。でもね、新型コロナウィルスは人を一度しか殺さないけれどもこの中毒症は人を二度殺すわよ。

 

だから除染のために古代から預言者が送られ、仏陀が梵天から灌頂を受け、イエスが遣わされたの。

 

この中毒症は古代から蔓延していてその症例による病害など人の目にはっきり映らないから完全に見過ごされているのよ。

 

でもね、羊飼いの声を聞き分けるとその害悪がはっきりわかるようになるし、モーセが神は人の前に呪いと祝福を置かれたと言ったことの意味も、はぁ、なるほどね、だから神様が園の中央に生えさせられた二本の木なのねとゴクッと飲み込めてしまうの。

 

この中毒症があるから梵我一如の空境の涅槃も存在するのねと。

 一度も怖い思いをせずにバイアスが働いたままだと悟れない領域よ。色即是空でしょ。

 

あぁ、なんかこの記事書いたら重い気持ちが抜けてスッキリした。

 

イエスはね、盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むではないかと御言葉していたでしょ。

 

それはね、煩悩中毒患者が政治を行ったり、宗教を教えたり、学問を教えたり、娯楽イベントを開催したり、その他諸々のことをすれば、皆穴に落ち込むではないかと御言葉していたの。

 

偽善者よ、まず自分の目から梁を取りのぞけということはそのようなことなの。

 

言っても聞かないから神様が介入されているのではないの?

 

ここは大御神により建てられた失われたイスラエルよ。

 

いつまでも好き勝手がまかり通ると思っていたら大間違いのような気がするでしょ。しない?


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お彼岸の中日に聖火が到着したらしいわね。航空隊が描いた五色の五輪は強風に掻き消され、新幹線の遅れで遅刻者が出るというハプニングがあったと報道されたわよね。

 

現代の歌舞伎聚楽主さんが式典に花を添えたでしょ。この歌舞伎聚楽主さんたちのお笑い芸、私も嫌いではないの。しばらく忌避していたけれどもワクチン接種して抗体ができ再感染の心配がなくなったのでたまに見るわよ。

 

ところで強風にあおられて掻き消された五輪なのだけれど、私は内宮の上空の焼夷弾を吹き飛ばしてしまった強風のことを思い出すのよ。ウイルスのパンデミックも、五輪を掻き消した強風も、内宮を炎上から救った神風(しんぷう)によるお示しのような気がするでしょ。人によるかもしれないけれども。

 

この国の神様はオリンピアの聖火をはっきりと嫌っていらっしゃるわよ。顰蹙大臣が四十年ごとに呪われているオリンピックなどと発言したらしいのだけれど、過去には首相経験のある人が日本は天皇を中心とした神の国だと言って顰蹙を買っているでしょ。その人が五輪の組織委員長なのよ。

 

神の国における四十年とは聖書に従えば神の約束の土地に関する重要な含みがあるでしょ。為政者たちはまるで意識していないでしょうけれども。

 

神様はクリスマス同様この国にオリンピックの聖火が持ち込まれることを歓迎していないわよ。私がなぜそこまで言い切れるのかがこの記事の主旨なの。

 

ひとつ前の記事でこの世は煩悩感染患者たちの世だと書いてしまったの。遂にそこまで書かされてしまったというのが正直な気持ち。

 

その視点で直近の世相を見ると見えてくることがあるの。感染患者たちの症状は国民性や民族性により様々だということなのよ。

 

一番わかりやすいのがお隣の国。彼らの自己分析によれば反日種族主義という症状らしいでしょ。反日が種族の主義であるということならば、日本があるからこそ成り立つわけでしょ。実際の歴史上においてもそのとおりでしょ。その自己矛盾に気が付かずに反日ってさ、かなり重篤な症状でしょ。救いがたいところまで進行しているでしょ。個々の人がみなその範疇に収まらないことは承知で書くからね。

 

オリンピックで感じることはね公式種目になっている水泳競技において黒人の選手がいないということなの。これは昔どこかで読んだ記事にもとづくのだけれども、ある時ある日本人大学生がアメリカ留学中に富豪の屋敷のパーティーに招待され、そのパーティーのさなかに豪邸のプールに飛び込んだらしいの。

 

そしたらそのプールにつかっていた白人たちが皆上がってしまったらしいのよ。それが水泳という競技にアスリートとしての黒人がいないことの理由らしいのよ。白人種の人種差別は信条を超えた皮膚感覚らしいのよ。この人達の症状もかなり重篤でしょ。私なら銭湯に黒人さんが一緒につかっていても別になにも思わないけれどね。

 

そのような重篤な症状を抱えながらの白人至上主義による、世界覇権のバトンタッチにより文明が開化して来ているということでしょ。クリスマスやオリンピックはその象徴でしょ。その文明の旗手たちの思想信条が天賦の人権なの。

 

この思想信条は私に言わせるとただの強弁にしか思えないのよ。同時に聖でも何でもないただの火を聖火と強弁しているだけなのねという理解。相当重篤でしょ。

 

パンデミックでブレーキがかかっているのにどうして現代の日本で強行しなければならないかというと、神殿商人とその他の協力者たちの経済合理性にかなうからなのよ。ここにこの国の感染者たちの重篤性が現れているでしょ。

 

私は神に聖別された囲いの中における感染者にはさらに秘められた重篤性もあるような気がするわよ。過去にはそのような囲いの中にメシアが降臨して強力なブレーキをかけたのに、その囲いはそれを無視して暴走したでしょ。

 

この国でも政権担当者は隠蔽体質があたりまえになっているし、暴走モードに入っているでしょ。

 

ではどうしたらいいのと言ったら、個々にできることは信仰という代価を支払いメシアからワクチンを買うことしかないの。

 このワクチンはね超強力で目はよく見えるようになるし、持病は消えるわよ。それは私の経験に基づいて言えることなの。未経験なのは死んでも生き返らされ二度目の死を免れるという効能。

 でも接種すれば、あ~、これは効くわとわかるわよ。


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もうね、去年の半年間で天照大御神の大祓のことは記事にしてしまったから、今年は心安く平安に過ごせると思っていたのよ。ところが今は三月でしょ。気が付いたら今年の夏越の祓は例年になく厳しいお祓いの時期になってしまっているのよ。

 

気安く外を歩けないでしょ。夏越しの祓は三月、五月を経て七月につながるでしょ。なぜそのようなことになっているのかと思ったらね、例によって冥想において知らされたわよ。

 

今年の夏はこの国において聖火のお祭りが開催予定でしょ。この聖火なのだけれど、この大御神の国において本当に聖なる火であると思っている人などいるのかしら。オリンピアの神を聖と崇めている人などいるのかしら。いないわよね。

 

大御神のことを知らずに崇めている人たちが大半のこの国で、異国の神を聖と崇める人などいるわけがないでしょ。

 

つまるところは経済利益が大目的なのよ。そのことに大御神の縄のむちが篩われているのではないの?大御神すなわちイエスだったでしょ。イエスは神さまにかこつけて商いをする神殿商人たちを縄のむちで追い払ったでしょ。イエスの言動や挙動はそれ自体が終わりに至るまでの預言なのよ。

 

オリンピアのお祭りは過去にもこの国において開催されたことがあるけれども、その時はこの国が皇御親神伊弉諾尊(すめみおやかむいざなぎのみこと)の祝福の大風に吹きあおられた大発展の時だったの。

 

モーセは申命記の中で、神は人の前に祝福と呪いを置かれたと記しているわよ。その深いことわりを理解しない令和の神殿商人たちが追い払われようとしているのではないの?その開催地の首長は経歴詐称の公職選挙法違反だなどと報道されてしまっている始末なの。

 

伊弉諾景気の恩恵により祝福を受けたにもかかわらず、その祝福に対して感謝を示すどころか、神様の逆鱗に触れるようなことしかしてこなかったでしょこの国は。縄のむちも、むべなるかな、と思えるのは私一人だけかしら。

 

モーセの示した祝福と呪いが、神様が園の中央に生えさせられた二本の木なの。モーセはそのことを主なる神、すなわちイエス、すなわち大御神により示され聖書に書き残していたの。イエスは「モーセはわたしのことを書いたのである」と御言葉していたでしょ。

 

その大御神は伊弉諾尊の禊によりお生まれになっていたでしょ。その伊弉諾尊、すなわちイエスの天の父の御旨が二本の木により示されてきたの。それが大御神の倒語の根幹なのよ。

 

それを悟ることがイエスの言われた狭き門なの。私の見る限りにおいてはこの門は狭すぎて、だれも見つけることのできない、かすかな隙間としか感じられないくらいのものなのよ。

 

なぜそれほどまでに狭いのかというと神様が求めるものは量より質だからなの。その質とは聖性なの。その聖性を侮るから道に迷い呪いを受けるの。

 

この事を小賢しい神学や哲学を排して、子供にでもわかるように記述したらどうなるかしらというのがこの記事の主旨なの。狭すぎてだれも理解しないからもう書くのをやめましょう、このブログもこのままフェードアウトしてしまえばいいでしょと思っていたら、それではと、誰にでもわかるように、このように書けと示されてしまったことなのよ。

 

いくわよ。

 

園の中央の二本の木とは神様の祝福と呪いのことなの。これをどのように理解すればよいのかということ。

 

イエスはたとえを用いないでは何事も語られなかったけれども、ご自分の弟子にはすべてをお話になったとされているのよ。そのたとえを解説しようというのだから私っていったい何者?といつもながらの疑問。でももう慣れたわ。

 

まず一つの譬えでは神様によるいいなづけ婚と示されていたでしょ。人は前世においてメシアのいいなづけとされこの世に来るの。それを拒んだ者たちは、はなからこの世に生まれることを許されず、この世においては悪霊とされているの。

 

この世に来たいいなづけ達は悪霊の頭の蛇にそそのかされ煩悩の毒をまとい、いいなづけでありながら神に敵対するのよ。だから呪いを受けみな死ぬの。

 

しかし死ぬまでの間に祝福の鍵が置かれているのよ。その鍵を天父から預かったのがメシアであり、そのメシアにより鍵を託されたのが預言者なの。その預言者の中でも、煩悩の毒を除くことの重要性をお説きになった釈迦牟尼という仏陀がキーマンなの。

 

ここまでをまとめると、この世で神に敵対した不品行ないいなづけの罪を贖い、ご自分のいいなづけとして買い戻すために来られたのがメシアなの。そして全てのいいなづけの不品行はメシアにより贖われたの。だからメシアがそうであったように全員必ず復活するの。

 

ここにひとつの祝福があるでしょ。しかし皆がこの祝福を悟るわけではないでしょ。メシアなど信じない人の方が多いのだから。そこに呪いの継続があるでしょ。煩悩を払拭しようとしないのだから。

 

メシアにより贖われたと知りつつ煩悩を払拭しようとしないいいなづけにも呪いは継続中よ。

 

メシアと天父は煩悩をまとったままの毒嫁など欲するはずがないでしょ。その故に、モーセの時とキリスト降臨の時の間に仏陀釈迦牟尼が天父の灌頂を受け、煩悩解毒の重要性をお説きになったの。それが解脱として知られているのよ。

 

それらの理を理解しキリストをメシアとして受け入れた時に、助け手が送られ煩悩解毒のための大祓がその人の身に成就し、大御神による禊祓いがなるの。それがなった時に人は今世における祝福ということが実感できるの。それはメシアの求婚にお答えし、ただのいいなづけが婚約者とされるということなの。

 

私は自分の経験の中でこの時に天の皇室から納采の儀をお受けしてしまったと勘違いしていたわよ。しかしそれは婚約内定にしかすぎないの。

 

結納とは本人同士だけでなく家において結ばれるでしょ。天父の家からのお使者を待たなければ結ばれないの。そこにおいて更なる祝福を受けるの。その祝福を受けるとどのような事を感じるかということは、受けた人が感じればよいことなのでここでは書かないわよ。

 

でもそのことは仏陀の解脱と梵天による灌頂として世に知られているのよ。そのようなことなの。

 

天父からメシアの嫁として納采の儀を受けることが祝福であって、贖われていながら悔い改めない毒婦たちには呪いが待っているのよ。恐ろしいでしょ。

 

でもね、それが慈悲と峻厳で均衡を保つ天父の御旨なの。そこに聖なる父の威厳があるのよ。そのことを悟るための分別はすべての人が仏性として神により授かっているの。だから神を侮り、呪いを受けるのも自業自得なの。

 

これらのことを分かりやすくするためにいろいろなたとえで語られているのが大御神の倒語なの。それは授かった仏性により、悟られるべき事柄として、たとえで示されているのよ。

 

この事をさらに立体的に理解するために、私が正見させられた別の角度からも示しておくわね。

 

二本の木が植えられた園とは神様の果樹園なのよ。祝福と呪いとは、実は一本の果樹の根と幹なの。根付きの真榊なの。果樹とは根と幹が無ければ果実を産し得ないでしょ。根は地中で陽の目を見ずにいなければその役割を達し得ないでしょ。その根があるから幹は果実を生らせることができるでしょ。

 

そこに神様の置かれた祝福と呪いがあるの。故に神様は祝福も呪いも自業自得で善しとされているということなのよ。そうでありながら果樹園においては善因の善果が結実されることが、この農園主である天父の御旨に他ならないということはだれでもが理解できるでしょ。

 

その農園の働き人がメシアであり預言者であり仏陀なの。私たち被造物はその作物なの。神により仏性を供えられた作物なの。メシアであるキリスト・イエスの御言葉によりそのことはこれまでに示されてきていたでしょ。

 

預言者により、悔い改めにふさわしい実を結ばない木の根元には斧が置かれていると示されてきたでしょ。麦は倉に納め、殻は消えない火で焼却するとも。

 

働き人イエスは自身を真のぶどうの木としたでしょ。十字架上で善因の永遠の善果として結実し、悪果を善果として贖い買い戻したでしょ。そのイエスの善果を受けることにより悟り、自身を十字架上で天父に対するお供物の善果としなさいとお諭しになっていたでしょ。そのようにして天父からの祝福を受け取りなさいとお諭しになられているの。

 

そうしなければ伐り倒され、後には陽の目を見ない根っこと切株が残るだけなの。悪因の悪果とはこの天父の農園に生える偽りの木の毒ぶどうなの。

 

それを悟り働き手の農夫であるメシアに手を入れていただいて解毒剤を散布していただくの。それが仏伝で示されている薬師如来の施薬なのよ。弥勒菩薩として来られたメシアが十字架上で死に、復活後、如来として来られたでしょ。

 

そしてよく見えるようになるために私から目薬を買いなさい。私の肉を食べ私の血を飲みなさいと御言葉したの。元弥勒菩薩であった如来の施薬を受けなければ解毒されないの。それが菩薩や如来との関わりで示される仏陀の解脱なの。

 

そのように解毒されて善果となった時にメシアと婚約が成立するの。そしてその善果は農園主の天父から御朱印を受けるのよ。善い実が生ったので刈り入れの時に倉に納めようと御朱印を受けるの。それが婚約における納采の儀なの。

 

その儀を受けこの世を終え刈り入れられた聖徒たちは天父の農園の倉に納められているの。別のたとえでは、最後の一人の刈り入れが済むまでしばらく待つようにと白い衣が与えられたと示されているでしょ。

 

その倉に納められている作物が天父に対するお供物なの。すべての刈り入れが済んだらそれらのお供物が子羊の婚宴に供されるのよ。毒嫁や毒ぶどうがその婚宴で供されるわけがないでしょ。

 

天父の善い作物の倉とは花嫁たちの控室と考えることもできるでしょ。子羊の婚宴の控室で真っ白な式服を賜り今や遅しとくつろいでいるのよ。

 

神様の喜捨により穀物や水で養われ、さらにメシアというパンをお布施として賜ったのだから、それらを仏性により分別し、悟り、毒を滅ぼし尽くした自身をお供物としてご神前にお供えしなさいということなの。

 

そのようにしてメシアがしたのと同じく自身で天父から杯を受け、二度目の死から自分を贖うの。

 

それらの、神様と人のお供物の饗宴が神道の直会の儀なの。七つのお祝いとして示される子羊の婚宴なのよ。毒婦や毒ぶどうは正しく呪われているでしょ。

 

そのように理解して聖書を読むと、園の中央に生えさせられた二本の木が、神の祝福と呪いである事がよく飲み込めるはずと思うのだけれどもどうかしら。

 

その過程においては毒婦と毒ぶどうと悪霊たちが引き起こす神秘体験などということもあるから注意が必要よ。パリサイ人のパン種と偽預言者に注意するよう促されているでしょ。

 

メシアの御言葉が引き起こす神秘体験であれば鬼に金棒なの。それが個々に対する天照大御神による清めの大祓なの。

 

人が一人通れるかどうかの狭き門であったとしても、羊は羊飼いの声を聞き分けてそこを通らなければならないの。

 この口調だけれども私男性だからさ、いつも解脱を強調せずにはいられないのだけれども女性は解脱できないわよ。それはお釈迦様がそういうのだからね。女性は肩ひじ張って男性と同じ土俵で解脱しなければなどと考えない方がいいわよ。そのようなことも去年までに過去記事にしてあるから読んでみてね。


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 日本人ってこの世のグレーゾーンで遊んでいる人たちばかりでしょ。そのような人たちは大御神が何と言っているか知っているのかしら。

 

ヨハネの黙示録

3章 15わたしはあなたのわざを知っている。あなたは冷たくもなく、熱くもない。むしろ、冷たいか熱いかであってほしい。 16このように、熱くもなく、冷たくもなく、なまぬるいので、あなたを口から吐き出そう。 

 

大御神の口から吐き出されたらお陀仏よ。お陀仏とはね、踏み外して転んで逆立ちした仏陀なの。そのまま涅槃とは真反対の反涅槃の悪趣に吐き出されるわよ。


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そのような境地を楽しめる人ならいいのだけれども、そうでない人は巻き込まれたら大変なことになるでしょ。

 

大御神はそのように巻き込まれる人が多いと警告しているの。理解している?


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