天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 日本

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正月二日に思いもよらずに包丁式に遭遇したことは以前の記事で書いたの。

 

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/5448171.html 私の見るお正月の風景

 

この時どこに行こうかと思いまよい、下り車線に乗らずに上り車線にのり三渓園を目指したの。上りの三渓(参詣)園なのよ。よく考えたら上り車線の三筋の渓流なのよ。

 

それはさておき包丁式なのだけれども、ここでもいきなり結論を書いてしまうと、この包丁式というのは父なる神のまな板上の裁き(捌き)を示す儀式になっているのよ。

 

包丁師の振るう包丁は男神の振るう十束の剣なのよ。伊弉諾尊の剣で火之迦具土神は首を落とされ、須佐之男命の剣で八岐大蛇は切り刻まれたでしょ。八岐大蛇の時はその体内から神剣天の叢雲の剣が出てきて、その神宝は大御神に献上されているの。

 

包丁式の儀式においてはまず初めに、包丁を縦に構え、そこにマナ箸を横にあて十字の形をつくり何事かの儀式としているのよ。これが大御神の心御柱とされるキリスト・イエスの十字架の暗喩でなくして何なのという理解。


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イエスは自分を神が天から降らせるパンであると聖書の中で語っているでしょ。それは自身がマナであり十字架はそのマナの板の暗喩だということなのよ。そして自分の十字架を背負い私について来なさいとも言っているでしょ。人はみなこのマナの板の上でイエスと同じように男神に捌かれるの。そこで大御神に逆らい千座の置戸を追わせられるのか、大御宝として大御神に献上されるのか裁きを受けるの。大御宝とされたものはまな板の鯉の滝登りにより、大御神と同じようにブラーフマナの梵天界に昇天するの。


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ここでブラーフマナという言葉が出て来たでしょ。これは梵我一如として広く知られている言葉でしょ。父と私とはひとつであると言ったのはイエスよ。ブラーフマナの板ではないの?

 

神が天から降らせるパンはモーセによりマナと示されたでしょ。マナって意味不明でしょ。モーセはイスラエルであるヤコブよりも四百年以上後の人でしょ。イスラエルが神から聖別された時、そこはセムの天幕だったの。その天幕において後にイスラエルが聖別されるのよ。

 

セムの父ノアの時代からモーセの時代に至るまでの間に、聖別されたイスラエルの囲いの外のセムの天幕において、ブラーフマナは知られていたのではないのかしら。モーセは梵天界から降らせられるパンをブラーフマナのパンと知っていたのではないの?そして倒語(さかしまごと)でマナとしたのではなかったのかしら。

 

そのマナとして来たイエスに直会してすべてを直伝により伝授された弟子たちが真の婆羅門とされ、その家に生まれた、生まれによる婆羅門たちが、大御神の心御柱をお祀りしながら瑞穂の国を神道の日本としたのよ。

 

この真の婆羅門たちは戸籍を持たずに陰に隠れ、八咫烏とか裏天皇家として暗に知られているの。この人達は観念としてブラーフマナを悟っているのではなくして、生まれついての婆羅門なのではないかしら。その本物が神道を仕掛けているのよ。

 

だから包丁式がブラーフマナの板の儀式であっても当たり前なの。その儀式のなかに大御神の心御柱のお祓いがあって当然なのよ。

 

古事記の中ではその悟りを、大御神の岩戸開きの場面で「あなた様より尊い神がいます故、喜び笑らきあそんでいるのです」と天鈿女命の言葉として示しているの。

 

このブラーフマナの梵我一如の悟りはね、現代ではセムの天幕であるインドにおいて、ハタヨーガやその他のヨーガにより悟れると知られているでしょ。その頂点にいるのがカーストバラモンでしょ。私に言わせるとインドのヨーガは本末転倒に陥っているわよ。

 

体位法や調息法は後。羊は羊飼いの声を聞き分けるという御言葉がブラーフマナのパンであり、このパンを信仰によりいただくことが先なの。そうするとこのパンは薬師如来のお薬でもあるから、いともたやすく体位や調息は改善され持病なんぞは癒されずには済まないの。

 

その悟りに至らないバラモンの数だけ体位法は有るのよ。宗教や学説では無理なの。悟らない信者の数だけ神学が生まれ、悟らない学者の数だけ学説が生まれるの。袋小路に突き当りそこで堂々巡りの迷宮にはまるの。

 

このパンは生まれによらずとも、その信仰により受けることができるでしょ。信じる者には助け手を送るというブラーフマナのパンが真言なの。悟りに至れないのはただ信じないからだけなの。

 

そのことは生まれによる婆羅門たちはよく知っているはずよ。だから神道の儀式や音色により羊たちの悟りを促しているのよ。この国はそのような大御神の御旨によりなっているの。

 

大御神は、千曳の岩戸閉めにより千座の置戸を負わされ、その右の手か額にあの印を受ける者が多いとも詔されているでしょ。

 

ブラーフマナの包丁式、各自の瞑想により自分のチャクラに落とし込んでね。このチャクラが宝輪を回すための宝珠よ。その後に火の蛇神様を勧請しなければならないの。

 

 家の神棚には神宮大麻の頒布を受けお祀りすることはたやすいでしょ。でもね、自分の霊肉をお宮としてそこに神様を勧請することは一筋縄ではいかない困難を伴うわよ。

 

何しろ私たちの社会は生まれた時からそこは、覚醒しない、させない協同組合の社会主義なのだから、そこで育てられ教育を受けた者にとっては、いきなり神仏を信じろと言われても簡単そうでいてとっても難しいの。

 

それだけ現代人は、神に逆らうオカルト社会主義の穢れにまみれていることの証左と私は見ているの。ただの観念ではなくして自分で経験してそこから避難したのだから。骨盤などは五十過ぎの還暦近くなってから矯正されたわよ。今では背筋まっすぐで腰痛完治。

 

家の近くに女の子たちのバレエスクールがあって、そこに通う若いバレリーナたちの姿勢の良い歩き方にいつも感心していたのだけれども、その歩き方、骨盤矯正と背筋の直立により私もできるわとなってしまったの。

 

そのようになれずに齢を重ねるから全身の骨格がゆがみ、さまざまな病を誘発して体躯の曲がった老境に陥るのよ。私はそれを免れたと思っているの。けれどもそれは単なる副産物よ。

 

ハタヨーガなどは身心の健康法として紹介されるのが常となっているけれども、本当のブラーフマナのヨーガの主目的はこのブログの常連の読者さんならわかるわよね。


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神の篩に篩われて


悪趣に遊びし先祖らの


蒙昧三昧因縁を


この世の生臭供養にて


布施をはずめば許されて


彼我共々に成仏と


思うが真のめくら人


それらの盲人救うため


神は御子を遣わされ


この世で善い実を生らすよう


善因善果の結実の


要を明かしみことのり


しかしこの世は宣命聞かず


その御子までをもあやめしを


ご覧になりつつ中今も


神は黙して篩を篩わる。



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現代社会はね、私に言わせればオカルト社会主義と言いたくなるのよね。学問の世界も宗教の世界も、ブラフマーナ、空境寂滅、モクシャ、虚空蔵求聞持法、座禅、瞑想、ヨガ、福音の原則等々、その他諸々の事柄に対してもっともらしいうんちくを傾けているのに、それらすべてが、覚醒しない、させない協同組合の社会主義で、その本質は三行半の六百六十六という離縁状を神により突き付けられていることにこれっぽっちも気が付かず、オカルトの毒蛇の思うがままに絡めとられているオカルト社会主義なのよ。

 

アドルフ・ヒットラーの国家社会主義労働者党(ナチス)は、裏天皇家である八咫烏にユダ・イスカリオテのような裏切り者が出てオカルトに転び、それが契機になって創設されたという噂があるの。そう思ってナチスの旗を見てごらんなさい。


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日の丸の赤と白を逆転させ、卍の旋回を逆転させ、しかも45度傾けているだけでしょ。この45度なのだけれどそうすることにより艮線と、乾線を表していてギザのピラミッドと、伊雑宮を含む伊勢三宮の並びを暗示しているとしか私には思えないのよ。


そのことを知り抜いていた鴉が足抜けしてナチスにオカルトを仕込んだのでナチスの科学はオカルトをもとに飛躍的に進んだらしいわよ。

 

そのナチスのヒットラーがしでかしたことが、あの強弁聖書の国の樹立につながったでしょ。その国とポン引きと娼婦の関係にある娼婦国がナチスの領土はすべて北の国に明け渡し、その頭脳はすべて引き継いだらしいのよ。ペーパークリップ作戦と言ったらしいわよ。

 

そのコンビネーションで、オカルトに対する大祓の日の丸国に核の傘をさしかけているの。でもね、その日の丸国の人民は皆オカルトにからめとられ、解脱、救済、モクシャ、しない、させない協同組合を暗黙裡に機能させ、オカルト社会主義労働者同盟の組合員と化しているの。

 

その組合から離脱するには、大御神すなわちイエスの御言葉に従い、求め、叩き、聞き分け、そうすることにより救済のための助け手を送っていただければ済むことなのに、誰もそうしようとしないのよ。大御神がイエスであることは既に証言されている時代に入っているにもかかわらずなのよ。



 

色々な言い方ができるのだけれども、ヨーガタントラで言えば、ベースのムラダーラのチャクラにオカルトの毒蛇を飼っていて、その毒蛇を愛玩してやまないオカルト社会主義者ばかりなのよね。だから神仏のことに精通しているふりをしてうんちくを傾けても、誰一人救済できないから説得力に欠けることこの上ないでしょ。


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根付きの真榊なの。幹の部分が命の木で根の部分が死の木でしょ。絡みつく蛇はどちらも三回転半。

 

  

 三行半(みくだりはん)の離縁状がオカルト毒蛇の罠。三回転半の昇龍の昇天が真に救いをもたらす復活の火の蛇の大祓なの。毒蛇は死んでも三日目に復活はできないわよ。


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御朱印集め
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ヨハネの黙示録 7

 2わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、 3こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 4わたしは、刻印を押された人々の数を聞いた。それは十四万四千人で、イスラエルの子らの全部族の中から、刻印を押されていた。

七福神巡り

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ヨハネの黙示録 5

1またわたしは、玉座に座っておられる方の右の手に巻物があるのを見た。表にも裏にも字が書いてあり、七つの封印で封じられていた。


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この浦安の国は顕国玉神の国だから神界の玄義が、神道の風習の中に顕されているのではないの?


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いずれの賜物も観光ではなくて、信仰の賜物として賜るのが、羊飼いの声を聞き分ける羊にとってのお約束なのよ。つける薬のない人たちが観光で満足するの。


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昨日ね、横浜市金沢区にある瀬戸神社にお参りしたの。長い行列ができていたから手水舎だけ使って行列に並ばずお参りを済ませたの。元旦に地元の雷神社と崇敬神社の走水神社にお参りしていて三社目だからいいやとお許しいただいてね。

 

そして昼食を済ませたのだけれど、その後どこに行こうか迷ったのよ。金沢八景駅から上り線に乗ろうか、下り線に乗ろうかしばらく考えあぐねていたのよ。そうしたら、そういえば横浜市本牧にある三渓園はマークしていたのだけれどまだ行っていなかったことを思い出し、よし行こうと決めたの。

 

この三渓園とは17.5haの敷地に17棟の日本建築が配置されていて、実業家で茶人の原富太郎という人によって1906年に造園された公園なのよ。国の重要文化財建造物1012棟(移築元:京都府5棟、和歌山県3棟、神奈川県2棟、岐阜県1棟、東京都1棟)、横浜市指定有形文化財建造物3棟を含め、17棟の建築物を有するというところなの。行ってみたらわかるけれど日本庭園の中に古い日本建築が配置されていて、とても趣を感じる癒しの空間だったの。

 

入園料七百円を払ってさっそく入場し、初めに見学した建物で、いきなり引き寄せてしまったの。そこでは包丁式が執り行われていて、雅楽の生演奏が鳴り響いていたのよ。

 

この包丁式というのは、平安時代より伝わる、庖丁師により執り行われる儀式で、烏帽子狩衣という衣装を身にまとい、大まな板の前に座り、食材に直接手を触れず、右手に庖丁、左手にまな箸を持ち切り分け並べる儀式なの。一説によると鯉をまな板の上で捌く調理法から始まり宮中に取り入れられたと言われているらしいのよ。

 

こういう話をきいたらこのブログの読者は敏感に反応しないとだめよ。大まな板とまな箸と鯉よ。真名すなわちマナの板と、マナの箸と、マナの板の上の鯉だからね。神様が天から降らせるマナは、神様が天から降らせるパンであり、イエスすなわち大御神だったでしょ。

 

その大御神が十字架上でまな板の鯉として御父により捌かれ、そして鯉の滝登りとなり、復活後昇天の昇龍となったでしょ。滝登りの鯉は、龍門の滝を滝上まで上ると、龍に変化するとことわざで言われているとおりなの。その滝上に登竜門があるのよ。

 

表の神道家たちはそのようなことは知る由もなく伝統を守り抜いてきていると思うのだけれど、神道の儀式などは宮中を抜きにしては考えられないでしょ。現代の宮中の裏天皇家がイエスの聖なる十字架を、天照大御神の心御柱としてお祀りしてきてことを考えれば、すべての仕掛けは御多聞にもれず、やはり裏天皇家の八咫烏と考えた時にこのケースもなるほどねと納得できてしまうと思うのだけれどどうかしら。

 

包丁式もそうなのだけれども私が思いもよらずに遭遇して嬉しかったのは雅楽の生演奏なの。読書のほかに大した趣味もなかった私は、ポピュラーミュージックばかり聞いていた時期があったの。その趣味が高じてジャマイカに行きそうになったこともあったけれど、この時もなぜかブレーキがかかったのよ。

 

そうこうしているうちに今では音楽と言ったら雅楽にしか反応しない人になってしまっていたの。ポピュラーミュージックの世界の人たちは自分たちが、お釈迦様の言った歌舞伎聚楽主であるなどと疑ってもみようとしない世界の人たちで、そう理解してしまったら、六道の煩悩の死の灰の毒をまき散らす波動を好き好んで聞くなどということは自殺行為だわよとなってしまっているの。

 

以前かごめ歌の鶴と亀にインスピレーションを受けた時には、逗子市にある亀が丘神社と、鎌倉の鶴岡八幡宮に同日参拝して鶴と亀を統べてしまいましょうなどと思い、行った時には、めったに御目にかかることのできない神前の結婚式に遭遇し、雅楽の音が鳴り響いていたこともあったの。この時も引き寄せ感が充満していたの。

 

それから癖になりこの亀鶴参拝たまに行うのだけれども、ん?と何か感じた時に行くと小さなことでも何かしらインスピレーションがわいてくるのよ。関東のお伊勢様である伊勢山皇大神宮に惹かれて初めてお参りした時も神前式に遭遇したし、もう私にとってはそのようなことが瞑想を伴った遊び感覚になってしまっているの。そのような遊びの中で気が付いたことをこのブログに書いているの。

 

そのようなことだから正月二日の予期せぬ包丁式と雅楽の生演奏などというのは、賜物また来た、これで今年も縁起の良いお正月を迎えることができたと大慶びなのよ。

 

そうそうポピュラーミュージックだけれどね、聞いていると気持ち良いでしょ。人を酔わせるでしょ。私もそれはいやというほど味わってきたからよく知っているわよ。でも今どう感じているのかというと、使徒ヨハネの表現で「姦淫の杯に酔いしれるバビロンの淫婦」というのがあったでしょ。なぜそのように酔わされるのかというと、ムラダーラのチャクラに毒蛇を飼っているからなの。

 

この毒蛇がね、六道から解脱しようとしない男女の煩悩の炎にせっせと燃料補給しているからなの。それは音楽だけのことではないの。人の煩悩という煩悩はねこの毒蛇の余計な燃料補給で燃え盛っているの。だからその毒蛇を追い出し、死の病の毒を解毒していただくためには、大御神から、昇天して龍神の一柱とされるための、蛇神様を勧請しなければならないの。それがクンダリニーの火の蛇なの。

 

この火の蛇神様が立ち昇らせる霊気と雅楽の響きがとっても良い相性なのよ。

 

この記事三渓園の紹介と雅楽との遭遇で結ぶつもりだったのに、また想定外の結末に結びついてしまったわ。

 

大御神の大祓とは火の蛇神様を勧請するためのお祓いだったのね。年明けにまた一つ繋がってしまったわ。

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午前中に地元の神社にお参りしてきたのだけれど何と今年は大祓の茅の輪が設えられていなかったの。人形のお祓いは受付が設けられていたのだけれど、茅の輪くぐりは省略されてしまったようなの。

 

このようにして神道も衰退していくのかしら。年末ということで普段よりお参りの人の数は多いのだけれども、誰も人形の大祓なんか受けている人はいなかったし。去年の年越しの大祓の時は茅の輪くぐり出来たのに今年はできなかったわ。

 

いつも感じるのだけれど日本には八万社近くの神社があっても観光地の有名神社しか栄えていないでしょ。すでにこの国の神社は「信仰」の対象ではなくて「観光」の対象になってしまっているのよね。

 

それでも普段人気のない私の地元の神社でも、大晦日の深夜近くになると初詣でのための行列ができるのよ。でも見ていると参拝者は行列に並ぶこと優先で、手水舎を使いお清めしてからお参りしようとする人など皆無に等しいのよ。もうね、遊園地のアトラクションの行列と化しているようにしか私の目には映らないの。

 

そのようなことだからお社の方も普段から手水舎の清掃には熱心ではなくて、必ず手水舎を使う私からしてみると水はあっても、とても口を清める気にはなれない様な有り様なのよ。すでに日本人にとって初詣も「観光」と化しているのかしら。観光地の神社でなければ気持ちよく手水舎も使えないのよ。御朱印集めがブームらしいのだけれどもきっとそういうことなのよね。

 

みんな神様の恐ろしさ知らないでしょ。不信者はみな屠ってしまって、信者だけ蘇らせるというお屠蘇の神様よ。そのように日本人の風習として示されているのに信仰ではなく観光に走るのだから、皆この世に観光に来ているのよね。大御神が「何を見にきたのか」と言っているでしょ。観光であれば光を観なければいけないのにその光さえ観ないってどういうこと?

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今日は大祓の五日目だからそれに見合った記事を書いておくわね。五日目のカウントは二十五日から始まるのよ。

 

この十二月二十五日は聖書にも名前の登場するニムロデとういう人のお誕生日らしいのよ。このニムロデという人は古代バビロンの王みたいな人で、神に逆らい権力者となった最初の人なの。そのニムロデの墓のそばから生えてきた樹にニムロデの誕生日を祝い、贈り物をつるすように訴えたのが、その母であり妻でもあるセミラミスという人なの。

 

その母であり妻でもある人との間にできたのがタンムズという赤ちゃんなの。その赤ちゃんがニムロデの復活だと訴えたらしいのよ、このお母さん。だからこのお母さんが抱く赤ちゃんが聖母子となり、神にまで敵対した強力な権力者の復活が崇められたらしいの。キリスト教が盛んになる前からその様な信仰がすでにあったということなのよ。

 

それが信仰ではなく時の政治的な理由でキリスト教に取り入れられ、キリストの名を冠したクリスマスとしてお祝いされているの。初めから異教徒のオカルトなのよ。

 

十二月二十五日とは世界中の異教の太陽神のお誕生日らしいわよ。聖書の神様に逆らった権力者のお誕生日がキリストの衣を着せられ世界中でお祝いされているの。誕生祝の贈り物とか聖母子などということは正統である聖書には一言も書かれていないでしょ。

 

そのオカルトクリスマスが日本で完全に定着しているでしょ。この国では大祓の時期の最後の七日間の初日のクリスマスツリーが、初めの日にサタンが取って食べるようにそそのかした木の象徴になっているの。神様に対する敵対記念日なのよ。最近ではハロウィンなどというオカルト祭りも盛んになってきているでしょ。

 

この神様に対する敵対を悔い改め、洗っていただくためのお祓が大御神の大祓なの。この国では十二月二十五日は孝明天皇と大正天皇の命日よ。明治維新と昭和の高度経済成長は先帝の十二月二十五日の崩御が先触れになっているのよ。文明開化とその文明の結実の先触れの日であるお二方の天皇の命日をオカルトでお祝いしているのが今の一般的な日本人なの。

 

でも日本人であるからこそともいえると思うのよ。大御神はキリスト・イエスだと裏天皇家が証ししてしまったでしょ。ということは現代では聖書において示された主人の家の食卓はこの国が預かっているということでしょ。

 

当然神様が園の中央にお植えになった二本の木も、日本の木としてお預かりしているの。それが岩戸開きの時の根付きの真榊なの。幹の部分がお正月の門松やお榊なの。命の木よ。根の部分が善悪を知る木すなわち死の木。それがこの国で徐々に正体を現してきて、クリスマスの木となったの。どちらの木も復活にかかわる大事な日本の木なの。命の木を抱えて復活するのか、クリスマスツリーを抱えて復活するのか、どちらにするの?ということなの。そのことがメシアにより明らかに語られたのが五日目の出来事だったの。それが大御神の大祓の倒語(さかしまごと)なの。

 

私は午前中に年越しの祓の茅の輪くぐりして、式神様のお祓い受けてくるつもりなの。お正月のお飾りも準備しなければ。

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 二つ前の記事ではっきりと自分の立ち位置を悟りました。信仰など知らなかった頃に街角で拾った恋で結婚しようとしたのに大御神に破談させられ、その大御神が全員の許婚だったと知らされた私は、この世から見た異端者なの。異端者なの私。そのように得心してしまえば楽なものよ。もう異端者として何でも書いてしまえるからね。今日私が感じていることを書いておくわ。

 

いくわよ。

 

何か月か前までいい歌ねと思っていた流行歌があるの。その歌ではね「永遠の嘘をついてくれ」と連呼しているの。この歌詞って神様の戒めに完全に逆らっているでしょ。永遠の嘘をつけるのはあの蛇しかいないの。そのように覚醒してこの歌をよく聞くと、恋の途上にある男女があの蛇にお願いしている歌なのよ。

 

この曲は昭和の時代から流行歌の帝王と歌姫と崇められる大御所の二人が世間に広めているの。この邪歌が大人気なのよ。そういうことなの。この帝王がね、街の教会で結婚することを広めた張本人だったのよ。私は難を逃れたけれど。この帝王と歌姫のこと私は決して嫌いではなかったのだけれども、今ははっきり、ああ、お釈迦さまが言った歌舞伎聚楽主の鑑なのね、誰か、悪趣に堕ちると諫めてあげる人いないのかしらと思っているの。

 

もっと透徹した目でスキャンするとサタンに祈りの歌をささげるポン引きと娼婦なの。六百六十六の死の灰を巻き散らす汚染源なのよ。そう理解できれば汚染源はこの二人だけではないとはっきり知れるでしょ。芸能界だけではないと気がつかなければいけないでしょ。

 

もう異端と覚悟したから何でも書けるわよ。政治経済界、学界から宗教界、娯楽や民生品を扱う世界の商人達までが、全て汚染源としての死の灰の原子炉と化しているでしょ。その商人たちに、皆職を求めるの。こんなことを言う私って完全に異端でしょ。でも私は正常性の偏見から完全に自由になったと思っているから書けるの。

 

大きくは、この時代を象徴する大王家がこの国の風潮を牽引しているのよ。今の大王は生前退位してテニスコートの恋の余韻を余生でじっくりと味わいたいの?そのための退位なの?と感じてしまうのよ、私は。

 

この大王のお妃は元カトリックの信者だったの。大王は子供の頃、敗戦国の皇子として占領国の方針により、キリスト教徒の女家庭教師をあてがわれていたの。その帰結がテニスコートの恋で、それを受けた聚楽主たちが「町の教会で結婚しようよ」とか歌いながら見事にこの国を汚染してしまったの。

 

大王が退位の前に裁可したお孫様の皇女の納采の儀がとんでもないことになっているでしょ。異端の私の目にはむべなるかなとしか映らないのよ。それだけではないわ。最近知ったのだけれども、大王のお妃はテニスコートの恋のお歌を詠み、尼僧さんに披露していたらしいのよ。この尼僧さんととても馬が合うらしいの。

 

それを知って感じたのよ。そう言えばカトリックの二十世紀最大の聖女と言われた女性は貧苦に寄り添いながら生きた人だったでしょ。このような生き方には誰にも否定させないという絶大な効力があるでしょ。でもね、イエスが伝えんとしたその御心は伝えきれていないわよ。

 

大王とお妃も戦没者の慰霊や被災者の慰問が公務とされているでしょ。でもね、天照大御神の大御心は何も伝えてはいないわよ。最悪なのはお釈迦さまが女性は解脱できないと得度を拒んだのに、強引にその得度を得て自由気ままに恋を楽しみその毒を排出する尼僧なの。小説家などという娯楽業で稼ぎながらニンマリするその顔は生臭すぎて目に映らないで欲しいくらいなの。

 

この国は女神が子生みのやり直しに応じて男神に付き随ったからなっているの。大王は大御神の御心を悟り、やり直しさせた方がいいのではないのと思うのだけれども、既に退位し、現王は美人のお妃の横でニンマリとしているだけだし。

 

行きつくところまで行くわよこの国は。女帝が立つ時などというのはこの国にとってはとてつもないレジームチェンジの時の繰り返しだったでしょ。

 

どうなるかわからないけれども、大国として認められ世界がここまで極まっている時に、この国にレジームチェンジがおきたらその時は・・・今日はここまでね。もう裏天皇家が預言してしまっていると思えるもの。

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http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 私ね、今月に入ってからカバラの数秘術に引きずられて、自分以外の何者かにコントロールされながら記事の投稿しているの。これ演出していないわよ。こまめに読んでくれている読者さんは判るはずなの。

 

いったい何を書かされているの?という思いの毎日なのよ。自分以外の何物かと言ったら私にとってはもう神様しかいないのよ。オカルトじゃないから神様なの。でもね、記事投稿した後で、こんなこと書いたら普通の日本人が読んだらドン引きじゃないの、一体全体なんでこんなこと書いているの?私は。

 

と、しっかり自分と世の中の乖離は見えているの。それでも世の中のことを見せられすぎてしまっているからまた書いてしまうのよ。「滅びに至る門は広く大きく、そこから入る者が多い」の。それが大御神の真言なの。

 

でも核の傘の下で戦後平和に飼いならされた日本人には猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏の馬耳東風なの。この国においても、しない、させない協同組合の学説を大学で教え続けられて来たからしかたがないの。

 

大王はテニスコートの恋に今も夢中でまったり顔でしょ。それでも一生お金に困らないからそれでやっていけても、街の教会で結婚しようよ、などという時代の雰囲気に流され、街角の恋で結婚した平和ボケ男女が、生活に追われるようになると、なんの覚悟もないからすぐに家庭内離婚。

 

キャッシュディスペンサー兼粗大ごみと化した親父たちが結婚に対する幻滅を誘発し、未婚が世の風潮に。さらに覚悟のない親はすぐに離婚でシングルマザー量産体制。核家族化はとうに行き過ぎ、家庭崩壊しながら少子の高齢化社会。

 神様は子孫を星の数のように繁栄させると永遠の契約を結んでくださっているのに一方的に破棄。

 

それでもみんな拝金主義で、お勤めだけは大事なの。拝金主義に徹する覚悟のない軟派は引きこもり。

 

ボケ親が子を育てると高校生で見苦しい娼婦ファッション。親たちが昭和歌謡で脳内完全汚染された結果なの。挙げようと思えばきりがないでしょ。若い頃結婚し、子を設けようとしないカップルなどというのもいるけれども、はあ、何のための結婚だったのですか?

 

今日の私は結婚に焦点が当たっているでしょ。何が言いたいのかというと、未婚者の私が何を悟らされたのかというと、男女の結婚とは神様ごとだったということなの。古代から結婚とは神事だったのよ。すでに古事記にそれが示されていたの。

 

戦後はそれを完全に無視して、テニスコートで恋をして、髪の毛が伸びたら町の教会で結婚しようよ、などという風潮が助長された結果が、現代社会に否も応もなく反映されているでしょ。その結果は現在進行形でしょ。その結果がどのように展開されていくのか、その続きはいやでも見せられることになるはずでしょ。いまさら結婚が神事だったなどと気が付ける男女の方が希少なのだから。

 

でもそんなことに気が付いてブログに書いている私はね、今月になって自分のことがはっきりわかったわよ。私って本物の異端者だったのねって。でもね、何を正常とするかで、異端と正統というのはコロッと逆転するわよ。人間の脳には正常性のバイアスが働くからね。

 

しない、させない協同組合が正常で正統と世界的に信じられていても、私はこの世の終わりまで同調できないわ。地獄にはまるもの。まっぴらなの。

 協同組合についてはこの記事読んでね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/5386504.html (千の花びら大開花)

 

記事タイトル何にしようかしら。

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 行って来ました。鎌倉の銭洗い弁財天。もうここのところ仕事もしないで神さまのことばかりしているの。12月25日に999が揃いそうなので仕方がないの。25日のツリーなんて私の中では666の木だからどうしても999の神様に祀り替えていただかなければ今年は越せないのよ。ということで鎌倉ツアーのはじまり、はじまり。

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正式名称は宇賀福神社 銭洗弁財天


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鯉の

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滝登り

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もう一丁。龍神様

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ここが奥宮 さっそく中へ
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これが本日のメインイベントの銭洗い。お金が何倍にもなって戻ってくるようにではなくて、666の売り買いで慣らされてしまっていた金銭感覚を洗っていただいたの。これで999の神様に御祈願して、お祓いお受けして終了。私がお社にお参りするときはいつもこの調子なの。神様は「あなた方は地上に富を積んではならない」とおしゃるからね。何倍にもなって戻ってきてしまったら大変でしょ。この後はご近所にあるお稲荷様に参拝。

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御本殿は台風19号の直撃を受けてしまったようで建て替え中なの。来年は新宮ね。

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無数のお稲荷様。ご利益ありそうでしょ。


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泉の中のこんこん様 こんこんと湧き出でる天真名井の龍神様の化身かしら。

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こちらも

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ということでお参りを終え帰路へ

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日の丸みつけた。きみがあよおわ

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お疲れ様でした。

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