天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 倒語(さかしまごと)

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 あのね、日本書記や古事記の倒語(さかしまごと)などと表現すると何か仰々しい、

神様に関する文学表現で、神事が分からなければ理解できないとかまえたくなるわよね。

 

でもね、本質はただの言葉遊びだからね。逆さ言葉の謎々みたいなものだからね。

神様というのは、ひたいにしわをきざみ込み、むずかしいしかめっ面をした、

気むずかしい老人ではないからね。お孫たちと謎々遊びをしながら、

ニコニコ微笑んでいるような気のやさしいおじいちゃんなの。

たてつくとそれは、それは、それは恐ろしいけれどね。

 

カバラも同じ。お爺ちゃんは宗教哲学しましょなんてこれっぽっちも思っていないわよ。

謎々解けるように、仏陀を灌頂し、メシアをお使いに出し、神道を立て、

そのうえで解脱し、悔い改め、禊しなさいと教えたの。

このお爺ちゃんの戒めに従わない唐変木さんたちが宗教哲学するの。

当然お爺ちゃんの謎々解けないわよ。


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 倒語(さかしまごと)とは日本書記にその記述がある。

日本書記から引用する。

 

「神武天皇が、国の政を始めたもうた日に、大伴氏の遠祖が

密計を承って、諷歌(そえうた)【他のことになぞらえて諭すために

表立たずについて歌う歌】や

倒語(さかしまごと)【相手にわからせず、味方にだけ

通じるように定めて使う言葉】で、妖気を祓い平らげた。

倒語(さかしまごと)が用いられるようになったのは

これから始まったのである。 引用ここまで

 

と、そのように書いてあるのだ。

これは神武天皇の治世の初日に、妖気を祓い平らげるために
諷歌(そえうた)や倒語(さかしまごと)を用いるよう密計による
みことのりがあったという事だ。

 

 私はこの記述に接するたびに、キリスト・イエスがたとえを用いないでは
何事もお語りにならなかった、という聖書の記述を思い浮かべる。

 

 なぜイエスはたとえで話すのかという問いに答え、豚に真珠を与えるのは良くない
とイエスが語ったと聖書には書かれている。

この言葉がすべてを物語っている。

 

神武天皇のお祓いとは、キリスト・イエスのお祓いであり、
それは十字架上のお祓いであり、それは神様からの賜物だ。
この賜物は、聖書により古代イスラエルから伝わるカバラなのだ。

 

カバラとは受け取りを意味する言葉だ。賜物を受けるという事だ。
豚とは信仰心のたりない人の暗喩なのだ。そのような人が賜物を受けるのは良くない、
ふさわしくないということなのだ。

 それをふまえて古事記は書かれていて、すべて神様からの賜物は、
信仰のある身内にしか通用しない諷歌(そえうた)や倒語(さかしまごと)で語るよう
定められている。それが妖気を祓うための神事なのだ。

 

イスラエルが授かったカバラの命の木と同じ物であり、その象徴は
様々な図象でシンボライズされ神秘家の間ではよく知られている。

 

日本の倒語(さかしまごと)はそのカバラの深みより深い。
メシアからの先見者たちへの直伝によるからなのだ。
それを命の木のように、それと知らせずにそこにあるのだ。

 

日本においてその象徴は雛人形だ。誰もがそれと気が付かない巧妙な仕掛けだ。

 

カバラを理解してしまうと命の木は神の天地創造から今日に至るまでの
すべての叡智が示されていると理解できる。
今日を超えて未来永劫までと言える。
日本ではそれが国歌において「千代に八千代に」と歌われている。

 

その象徴が日本にもある。日本人さえ全くそれと気が付かずにそこにある。
この日本という国を築いた先見者たちにより、
諷歌(そえうた)や倒語(さかしまごと)で示されながら日本にあるのだ。

 

日本の国体が賜物そのものであるのだが、カバラの命の木の象徴に匹敵しながら、
誰もがそれと気が付いていない象徴が、桃の節句の雛人形だ。日本人が聞けば
何と稚拙なことを言いだすのかと笑うだろう。そこに仕掛けの深さがある。
この安国の先見者たちは雛飾りにカバラの叡智をすべて詰め込み、
それと知らせずに神道のお祓いで国家を鎮護して来たのだ。
三月三日は三々九度に通じているのだ。

 

何故そのようなことを私が知り得てブログに書いているのかと
不思議に思われると思う。それはこの賜物が、その信仰がそれを受けるにふさわしい
とされたときに誰にでも天から降されるものだからだ。

 
 そのことがはっきり聖書に書いてある。信じる者には助け手を送ると書いてあるのだ。


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 今日は七夕だ。雨が降っているので天の川は見えそうにない。

神道における七夕なのだがこれがまた倒語(さかしまごと)により

とんでもないことを秘めている。彦星と織姫は須佐之男命と天照大御神なのだ。

 

先日の「雛人形と天の皇室」という記事に書いたのだが、須佐之男命と天照大御神が

男雛と女雛で、彦星と織姫はその内裏雛でもあるのだ。

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/967938.html (雛人形と天の皇室)

 

全ては須佐之男命と天照大御神の誓約(うけい)により始まったのだ。

この誓約は天の安の河を挟んで行われたと古事記に書かれている。

古事記には初めから天の川を挟んでいると書いてあるのだ。

 

この二神の誓約(うけい)で子が生まれた。

この誓約(うけい)だが、古事記の記述は完全な倒語(さかしまごと)で書かれていて

味方にしか意味が取れないように仕掛けがされている。

 

それを単純化して記述すると、須佐之男命の剣から三人の女の子が生まれ。

天照大御神が身につけていた珠(たま)から五人の男の子が生まれた。

それがそのまま雛飾りにおいて示されているのだ。

三人の官女が須佐之男命の天の叢雲の剣、
五人のお囃子が天照大御神の勾玉だと示しているのだ。

 

のこる神器の鏡は誓約(うけい)の物語には出てこないが、暗に、

須佐之男命と天照大御神が八咫鏡の象徴なのだ。

そして剣が三、勾玉が五、とくれば、暗に、八咫鏡は七なのだ。

雛飾りには、七五三のお祝い、桃の節句、端午の節句、七夕、

皇室の三種の神器が、神道の倒語(さかしまごと)で、味方にだけわかるように

配置されていたのだ。

 

この雛飾りにはそれだけではない、天地創造から今日に至るまでの

すべてが凝縮され詰め込まれているのだ。

 

完全に神道による呪術なのだ。

しかも人間だけではなすことのできない呪術だ。

 

それにより示されていることは七月七日の七夕は天の安の河を挟み、

須佐之男命と天照大御神が誓約をする日だという事なのだ。

 

そしてこの日を神道では「この子の七つのお祝い」とそえ歌で

歌っているのだ。そえ歌とは倒語(さかしまごと)と同じく、

他のことになぞらえて諭すための歌と日本書記に書かれている。

 

それは神武天皇のみことのりにより決められたと書かれている

それであるから神道においては言挙げできず、倒語と、そえ歌でしか

表に出せないのだ。

 

 それはなぜか、人に聞かされるのではなく悟るべき事柄だという

神さまのお諭しなのかもしれない。イスラエルのカバラとまったく同じもので、

信仰によりその賜物であるカバラを悟れと言われているように思う。

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 仏陀が五十六億七千万年後と示したのは、古事記の稗田阿礼が用いたのと同じ倒語だ。
古代において先見者は皆味方同士で通用する倒語を用いた。
七五三も倒語のお祝い。仏陀の五六七は七五三に含まれると神道では解している。
その倒語を解さなければ先見者により味方と見做されない。


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