天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: カバラ

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命の木はね神様の天地創造からのことが全部その中に示されているの。だから天文とか奇門遁甲とかタロットの占いとか十干十二支の暦とか全部入っているのよ。

 

でも私の着眼点は神様の律法と契約なの。命の木に隠されているマナを見つけ出し、それをイエスから受けなければカバラの知識は宝の持ち腐れなのよ。そのまま終わりを迎えればそれはただのオカルトと化すの。

 

ノアを示す十個のセフィロトとイサクを示す二十二本のパスはノアの長子セムからイサクまでの十二代をも暗示しているのよ。この関係は契約の人ノアと祝福されたノアの長子セムの天幕における十二人なのよ。セムの天幕においてすでに主と僕十二人の関係が示されていたのよ。

 

そしてこの十二人の内最後のアブラハムとイサクの二人がイスラエルの契約の父となったでしょ。ここに後のイスラエルの十支族と二支族の分裂の伏線が張られているの。

 

そしてイサクの子ヤコブすなわちイスラエルが十二人の子を設けイスラエルの時代に入っていくのよ。そしてイエスと十二弟子でクライマックスを迎えるのよ。

 

十干十二支の神様の暦の進行のなかで契約と祝福が示されているの。しかしそこは安全な世界ではなかったでしょ。神様は人の前に呪いと祝福をおかれたと言ったのは大預言者モーセだったでしょ。

 

そのような危険な世界で祝福を得た先見者たちが残したのがカバラの命の木なのよ。それをどのように受け取り、扱うかで見えてくる世界はまるで違って見えるのよ。

 

命の木は祝福を求めようとしない不信者を篩い落とす十種の神宝でもあるのよ。イスラエルの歴史において示された神様の律法の要約がモーセの十戒だったでしょ。十個のセフィロトなのよ。

 

そしてその十戒石板がイスラエルの神宝なのよ。その神宝を納めた箱がイスラエルの契約の箱なの。その契約の箱の中に神様のマナが隠されているの。

 

残る神宝のアロンの杖とマナの壺も契約の証として命の木に隠されているのよ。それを白日の下にさらしてしまうのがこの記事の目的なの。

 

行くわよ。

 

鍵穴はどこにあるかというとこの図形。

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この形は三柱と十個のセフィロトを結んだ時にできる単純形なの。この形が鍵穴なのよ。何を示すかというとこちら。

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これは右がアンク十字で左がアマカスと言われるものなの。アンク十字はエジプト由来で命を意味していて、アンクの力を信じる者は一度だけ生き返ることができると信じられているというものなの。

 

左のアマカスが大問題で、日本人にはあまり知られていないけれども、天皇家にお世継ぎが生まれた時にこれを枕元において儀式を行うという祭儀の道具なのよ。

 

天皇のお世継ぎは生き返りなのよ。そして天皇に即位するときはさらに大嘗祭で死と生き返りの儀式を行っているの。このアンク十字と天皇家のあまかすの両方が命の木由来なのよ。核心に迫りつつあるでしょ。そしてこの命の木の図形を見た時にビビビっと感じることがあるの。それがこちら。

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イスラエルの六芒星と十字架の組み合わせなのよ。そしてこの組み合わせは裏ドーマンと裏セーマンの組み合わせなの。いきなり陰陽道よ。ついて来てね。陰陽師であった安倍晴明とその宿敵とされた蘆屋道満の裏紋なのよ。六芒星が裏ドーマンで十字が裏セーマンなの。命の木の図形は六角形と十字の組み合わせでしょ。

 この二人の表の印はこちら。

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このセーマンドーマンが日本の民間でも知られている護符なの。海女さんたちが護符としたりしているらしいのよ。このセーマンドーマンが二人の陰陽師の表の印なのよ。しかし陰陽道である以上は陰陽の表裏が無ければならないのよ。

 

そしてその裏のセーマンドーマンが十字と六芒星との組み合わせなのよ。隠語では陰陽師のことをかんばら、陰陽道のことをズバリ、かばらというらしいのよ。陰陽道はカバラなのよ。ゆえに神道もカバラなのよ。すべて繋がってくるでしょ。そして表のドーマンに注目なの。


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これは芦屋道満の印で九字切りと言われるものなの。日本人はこの意味を全く分からずに護符や呪符としているのよ。私が見るとこれにしか見えないからね。


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 これはねイスラエルの荒野で祭司とされたアロンの胸あてなの。神様の指示によりデザインされている十二個の宝石がはめ込まれていて、神によりエジプトから導き出されたイスラエルの十二支族のそれぞれを意味しているのよ。

 

道満の九字切りは十二の囲いを切っているでしょ。そして裏ドーマンが六芒星なのよ。イスラエル以外の何物でもないでしょ。

 

片やセーマンを見れば五芒星なのだけれども晴明桔梗紋と呼ばれていて裏セーマンで十字を切るのよ。命の木の十字の、五個のセフィロトと桔梗紋が対応しているのよ。この裏ドーマンと裏セーマン二つを組み合わせて天皇家のアマカスなのよ。

 

それは頂に六芒星を冠したイスラエルの十字の王笏なの。天皇家の王笏なのよ。陰陽道おそるべしでしょ。

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 しかもこの組み合わせにはまだ奥が有るわよ。

 

六芒星と十字の組み合わせで何か感じるでしょ。六芒星は日本のかご目でしょ。そのかご目の中に鳥がいるでしょ。ダートという鳥が。


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しかもかご目は亀の甲羅で、十字は羽を広げた鳥の飛翔に見えるでしょ。ここで鶴と亀が滑っているのよ。じゃなくて統べているの。

 

しかもしかも、かごの中の鳥は六芒星の中の七個目で七つのお祝いのお札のことを示しているのよ。

 

これがうしろの正面の通りゃんせの細道に開いている鍵穴なの。イエスの示した狭き門の入り口なのよ。この奥に御船代と皇室の三種の神器、契約の箱とイスラエルの神器が隠されているのよ。

 

私は大御神からそのマスターキーを預かってしまったから、それで開けてしまうわよ。まず鍵穴の形をはっきりとさせましょうね。


ダウンロード (1) - コピー


これってこけし?そうなのよ。命の木は人形でもあったでしょ。


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次の巻からこの鍵穴にマスターキーを差し込むわよ。



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昨日ね、お釈迦様の灌仏会だったでしょ。昨日の記事でその灌仏会はお釈迦様の誕生祝いではなくて梵天灌頂のお祝いだという記事を書いたら、またまた一皮むかれてしまったの。むけるというよりもむかれるという感じなのよ。

 

将棋倒しでパタパタと芋づる式を通り越して大判小判がザックザク、もう箱ごともっていけという感じなのよ。シェアしきれなくなってきたわよ。

 

それでも今日は何からシェアしようかと思うのだけれども、やはり夏越の祓から入ることにするわ。

 

三日目にあたる三月のお祓いで聖火のお祭りが祓われたでしょ。そんなこと考えて五月は一体どうなるのかしらと思っていたら、四月八日の灌仏会の夜明けの晩に緊急事態宣言なのよ。そのような現状を私のような人間が瞑想するといったい何が見えてくるのかということ。


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上の魔法陣はカバラの魔法陣なのだけれどもここにはイエスの十字架、夏越の祓、年越しの祓、天照大御神と素戔嗚尊の誓約、大御神の御領田荒らしと岩戸隠れ等々、古事記のすべてが網羅されているの。

 

ということは古事記のもとになる聖書とイスラエルの歴史もすべて網羅されているのよ。私が見ているのが全てではなくて底知れない奥深さを秘めているはずなの。

 

それらを一つずつ見つけ、見つける度に覚醒して、そのたびに驚いたり怖くなったり目を白黒させて来たのだけれども、もう驚いたりせず、当たり前のようにごくごく冷静に覚醒できるようになってきたから、すべてまとめて見せられるという段階に踏み込んでしまったようなのよ。

 

この魔法陣はイスラエルの命の木も、神道の真榊も、瑜伽タントラの三回転の蛇もすべて連携して理解させるというとんでもない代物だったわ。

 

一つの記事では到底書ききれないからまずは夏越の祓いと年越しの祓いだったわね。

 

中心の横軸が三五七でこれは判りやすいでしょ。三月と五月と七月のお節句よ。それは壱月から六月と七月までの夏越の祓いに対応しているでしょ。

 

問題は中心の縦軸。上から順に九、五、一なのだけれどこれは九月、十一月、年明けの一月のことで、七月から十二月と一月の年越しの祓に対応しているの。

 

そしてこれを七日間に対応させると三日目、五日目、七日目に対応しているでしょ。九五一も三五七なのよ。

 

九は九月九日の重陽の節句。なぜ十一月が五なのかというと十一月十五日が七五三のお祝いの日でしょ。七++三=十五でそれは五++五でしょ。それゆえすべての中心が五なの。イエスがこの世に来た五日目が全ての中心なのよ。

 

そして横軸が夏越の祓、縦軸が年越しの祓で、それは横軸が天照大御神の祓すなわち岩戸開き、縦軸が素戔嗚尊の祓すなわち大蛇退治に対応しているの。

 

それは御子のお祓いと御父のお祓いに対応していてその形が十字架なのよ。イエスは十字架上で流した血をぶどう酒の杯として弟子に与えたでしょ。そしてその十字架はイエスが父から受けた杯であると聖書で示されているでしょ。

 

そのように理解すれば難解な聖書とイスラエルの歴史のカバラを、古事記及び神道の祓い清めのお祭りが、その有り方で暗に解説しているのだと読めるでしょ。

 

これをさらにどう理解するかというと、聖書に記述されている律法の奥義が、この国の神道のお祭りで不文律として脈々と受け継がれているということなのよ。

 

だからこの国は天照大御神の不文律法の国なのよ。

 

忙しいから今日はここまで。続編に乞うご期待。



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チャクラなのだけれど七つあると言われているでしょ。この時点で、七つながりでイスラエルを連想していいの。なぜ七がラッキーナンバーなのかと言えば神様の七日間が祝福に繋がっているからなのよ。その他にこの七という数がラッキーナンバーである根拠って見合たらないはずなのよ。タロットやカードゲームで世界中に広がったのよね。子供の頃トランプの七並べよくやったわよ。最近の子はトランプゲームとかしないのかしら。ちなみに私はファミコンとかテレビゲーム、大の音痴なの。それは置いておいて。

 

聖書の中にはいろいろな数の示しがあり私もいまだに?な記述とかはあるのよ。でもこの七は特別に強力な数で、賭け事の遊技台などでもこの数でなければ始まらないでしょ。

 

この国でも「この子の七つのお祝いに・・・」という歌があるでしょ。聖書の申命記にモーセの言葉として「神は人の前に呪いと祝福を置かれた」という記述があるの。この祝福の数と思って間違いないの。それをこの国の神道は百も承知なのよ。

 

聖書においては神様の七日目はお仕事を終えて休まれる日で、イスラエルの律法ではこの日を安息日として心に留め大切にせよと記されているの。古い時代にはイスラエルの暦は七年ごとに数えられ、それを一週として七週目の四十九年目にはヨベルの年として、第何ヨベルの第何週の第何年と数えられていたらしいのよ。暦のことは深く知らないけれども私たちの一週は七日でしょ。まるでイスラエルの安息日の暦かのようでしょ。

 

そこにはとんでもない祝福が隠されているの。けれどもその祝福から漏れると、とんでもない呪いが待ち受けているのよ。この国はそのことを知っているの。古い言い伝えで七殺の祟りというのがあって方位の神様に障ると受ける祟りと説明されているの。

 

この祟りは、一家七人皆殺しで、家族に七人いなければその周りの人がその代わりに祟りを受けるという恐ろしいものなのよ。神道は七つのお祝いのおかげを落とすと七殺の祟りだと知っているのよ。

 

そのことがチャクラを通した冥想からはっきり浮かび上がってくるのよ。あまり長い記事を書く余裕はないから要点だけをさくさく切り出していくわよ。ついてきてね。

 

七つのチャクラはそれぞれに色を持っているの。それが虹の七色なのよ。聖書において虹は神様の永遠の契約の印なの。ノアの洪水の後に空に虹をおいて、肉なる命との永遠の契約の印とされているのよ。これも人によりどのようにでも解釈できる記述なのよ。聖書はそのような記述のオンパレード。だから深く掘り下げて、言わんとすることを探り当てないといけないの。

 

神様との契約の意味を取り違えると七殺の祟りなのよ。だから普通の人はあまり解釈したがらないの。七がなぜ幸運を呼ぶ数なのか知られずに広まっているの。

 

私ね、聖書の最後の最後まで理解してしまい、そのおかげの印まで受けてしまっているので、枝葉の事はのぞいてその骨子はすべて見せられてしまったの。

 

それをこの記事で実証できるかどうかは受け取り方次第なのでわからないけれども、聖書における最後の審判と七つのチャクラはがっちりとリンクしているわよ。

 

その足掛かりが、神様がノアの洪水の後にたてた契約の虹なの。その経緯は聖書のノアの洪水のところを読んでね。要約すると人を創ったことを後悔した神様がノアという人とその家族を合わせた八人を救い、その他すべてを洪水で滅ぼしてしまったの。その後、もう二度と肉なるものを洪水で滅ぼすことはしないと約束しその契約として空に虹をかけたという物語なの。

 

契約の虹というからには、契約の書である聖書においては何か奥深い意味がありそうと思わなければいけないの。

 

虹というものは空に光があり虹となるでしょ。空に光が無ければ色は映って見えないでしょ。この空と光と色の関係って、いきなりだけれども、色即是空、空即是色ということではないの?とあるとき思ったのよ。誰もそんなこと言った人いないでしょ。

 

でも私は、考察を進めた結果、なるほどそういうことなのね、魔訶般若の偉大な悟りの智慧の完成は解脱に繋がり、それはモクシャと言われる救済のことで、さらに神様の虹の契約による救済が始まりなのねとサクッと理解してしまったの。

 

その様な解釈に至るためには、この光は何故始まったのかということを考えなければならないの。

 

聖書によるとそれは、神様の「光あれ」という言葉により始まっているのよ。それまでは闇しかなく色は映らない真っ暗闇の世界だったの。そのことを考えると、神様と光と色の関係性が浮かび上がってくるでしょ。

 

この関係性はお釈迦様の魔訶般若やヒンズー教のタントラのチャクラなどよりはるかに古く、人間の創世に先立っているの。人間が創られる前の話なの。

 

ノアの洪水の時の虹の始まりも魔訶般若やタントラよりはるかに古いの。この洪水のノアという人からから世界中に人類が広がっていったからね。

 

やはり光の始まりは聖書のイスラエルだわとなってしまうのよ。その聖書の創世記を書いたのはモーセという預言者なの。ではそのモーセにそれを書かせた神様とは一体だれ?となった時に。それはイエスなのよ。

 

イエスの、モーセは私のことを書いたのであるという御言葉がネックなの。この御言葉に世界中がつまずいているのよ。イエスは自分がモーセに創世記を書かせたアブラハムの神であると証ししてしまったから、盲人たちの逆鱗に触れたの。それで石で打ち殺されそうになったことが聖書に書いてあるの。イエスの前世であった神がモーセを導いたの。ユダヤ教徒がつまずいたように、教会キリスト教もそのように解釈できないのよ。だから三位一体とか言いながら高を括っているの。

 

それは置くとしても、とにかくイエスが世に来た光の神なのよ。その光の神のいう父なる神が空なる神であり、その空なる神が「光あれ」と御言葉し、光が生まれ神の子となり、その光のプリズムで七色の虹となり、それが光の神の助け手の聖霊となったとつながるでしょ。

 

そして時至り光の神がこの世にイエスとして来て証ししたのが父なる神、子なる神、聖霊なる神でしょ。そこまで理解が進めば、父と子と聖霊が、虹の、空と光と色の関係であり、闇の中に光が生まれたその始まりに起こったこととわかるでしょ。

 

この時に闇の呪いと光の祝福が分けられ、その後に初めの人アダムとイヴが創られているの。そして神は園の中央に二本の木を生えさせられたと続くのよ。そしてモーセはその後、申命記に神は人の前に祝福と呪いをおかれたと書いているの。

 

アダムとイヴの子孫は増えたけれども堕落したのでノアの一家以外は洪水で滅ぼされたの。その時に神様の永遠の契約として虹が空に置かれたの。その後のことなのよ、新たに人が全地に増え始めたのは。

 

そういうことであれば人が全地に広がりその後におこったヒンズー教の三神が、その父と子と聖霊の暗喩でなければなにも始まらないでしょと思うわけなの。私にとっては聖書とイエスが至上だから定規であり秤なのよ。その尺度で量らないと真理からそれ、迷宮にはまり苦い思いをすると経験上知っているの。

 

だからその秤でヒンズーの三神を量って見たら、聖書に示されている三神と同一神と認めて良いとなったのよ。そしてもっと立体的に古事記の二連の三柱の神様と照らして検証してみても、まず間違いないでしょとなったの。

 

そしてヨーガタントラのチャクラはそのヒンズーの聖典から出ているのよ。お釈迦様もそのヒンズー教の地から教えているでしょ。であればチャクラと聖書も繋がっていなければならないのよ。

 

そしてそのつながりを調べると出てくるわ、出てくるわ、魔訶般若のオンパレードなの。ヒンズーの聖典なんか読んだこともないしこの先も読む気はないのだけれども、尾ひれのつけられた七難しい哲学など無視してその骨子だけから理解しても十分すぎるくらいなの。仏伝も一緒。肝心なのは熾烈に燃える煩悩の炎をどのように吹き消すかだけ。哲学として学んだ坊さんたちの禅問答や説教など〇〇の役にも立たないわよ・・・・・・いけないいけない悪い癖が出た。

 

まあとにかく、そのようにして理解を進めていくと驚くことに、それにより救済が働いてしまうのよ。そのような摩訶不思議なことに関わる時にはイエスの御言葉に照らして進まないと危ないわよ。本当に危ないわよ。

 

チャクラとは人体にある霊的中枢とされているでしょ。その中枢を通して霊的な救済が働き、骨肉に巣くう病が癒されてしまうのよ。そして性癖やその他の逸脱も霊的なレベルから矯正されてしまい、命の木への道を、イエスのいる所を目指して進むチャクラの救済が働き始めるの。

 

私はそれを経験していることは前編の記事に書いたでしょ。この記事はその魔訶般若のオンパレードをすべて陳列してしまいましょうという趣旨で書いているの。これ経済合理性を考えれば完全に有料級よ。市販の書籍で書かれていることなど何の役にも立たないことを私は経験しているからね。

 

しかし私の主イエスは神と富とに兼ね仕えることはできない、必ずどちらかを崇めどちらかを疎んじると御言葉しているから、主なる神イエスとその天の父なる神と聖霊を崇めている私にとって経済合理性などは後の後の後なの。(これでもなるべく説教臭くならないように書いているつもりよ)

 

実はこのブログ書き始める前から既にある到達感を感じていたので、そのおかげ参りでお伊勢様にお参りしてから出版を目指しましょうと安易に思っていたのよ。ところがお伊勢様参りの最後に倭姫様の風に吹かれて以降、風向きが完全に変わってしまい、神様のことについては、その経済合理性の優先順位は最後尾の最低順位でなければならないとなってしまい、このブログを書かされているのよ。

 

そのようにして富を疎んじる(度外視する)ようになったら、記事を書くごとに以前にもまして賜物がジャンジャン降ってきてしまい、きりきり舞い。そうこうしているうちに気が付いたらとりあえずここが終着駅ですとなったわけ。とりあえず終着駅だと思うのよ。下車した後の徒歩の旅は終わりまで続くでしょうけれどもね。閑話休題。

 

オンパレードだった。チャクラと聖書のつながりだったわね。まずはイスラエルのカバラの命の木なの。この命の木の象徴図形は三柱に十個のセフィロトが配置され二十二本のパスと言われるものでつながっているの。この命の木を見る限りでは七個のチャクラに相当するものは簡単に見つけ出せないのよ。

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隠されているの。どこに隠されているかというとね、上中下の三つの三角形に隠されているのよ。この命の木は人体に見立てる時はアダム・カドモンという人の体としてみられるの。そして描かれるときは必ず後ろ向きがお約束なの。細かく書くとそれだけで終わってしまうから飛ばすわよ。なぜ後ろ向きかというと、鏡像の前後透過なの。この鏡はお榊にかけられた鏡として古事記に示されているわよ。このこともだいぶ以前に記事にしてあったでしょ。

 

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ここではチャクラ。命の木の上中下の三角形はね人体の上丹田、中丹田、下丹田に対応しているのよ。上丹田が頭頂と眉間、中丹田が胸とみぞおち、下丹田が下腹部と尾てい骨の各チャクラで各三角に二個ずつのチャクラが隠され二×三で六個、残る一つは命の木においても隠されることがあるダアトというセフィロト。このダアトはね上の三角と真ん中の三角の間、上丹田と中丹田の間の喉のチャクラに対応しているのよ。

 

これで七個のチャクラが揃ったでしょ。奥義として隠しまくりなのよ。そしてチャクラを引っ張り出したらお次は蛇。命の木の図象には蛇が絡みつき描かれるものがあるのだけれどもその絡みは蛇のとぐろの三回転半がお約束なの。

 

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翻ってチャクラを見ると一番下のベースチャクラのムーラダーラに蛇がとぐろを巻いていて、各チャクラが覚醒するとこの蛇が三回転半の上昇をして、その蛇のクンダリニーという火が頭頂のサハスラーラのチャクラに至り、人間は完全に覚醒し解脱に至るという物なの。しかもそのチャクラの人体には三本の管が通っていて中心の管のまわりに二本の管が螺旋を描いてつながっていて、その管を上昇するの。命の木の三柱と構造がまるで一緒でしょ。


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命の木とチャクラは三回転半の蛇のとぐろで同じことを示していることは明白でしょ。

そのつながりは古くから指摘されていたのよ。でもね、だれも決定打を打てないからそれが定説になるに至っていないの。

 

命の木のカバラのシンボルは世界中で知られていて色々な機関がそのシンボルを紀章にしていたりするでしょ。杖にとぐろを巻いた蛇とかね。それが一番大好きなのがフリーメイソンという組合。この組合はカバラのシンボルが大好きな有神論の組合なのだけれども陰謀の秘密結社などと言われるでしょ。

 

私に言わせればこの組合は陰謀を企てるほどの結社ではないわよ。カバラのシンボルをこれ見よがしにチラつかせ尊大ぶりたいだけの同好会なのよ。それを陰謀結社と信じ、書きたてる人達にもあきれてものが言えないくらいなの。

 

すべては蛇の三回転半の奥義を理解できるかどうかにかかっているわよ。現代ではユダヤ教もキリスト教もヒンズー教も瑜伽タントラの密教も理解できていないと私は見ているわ。日本の神道は古くからここをきっちりとおさえているわよ。神道だけなの。それはねこの三回転半が七つのお祝いの象徴だということなの。

 

この蛇は蛇神様なの。そして上昇を続け頭頂に至ると龍神様に変化するの。頭頂のチャクラが登竜門であり、以下の六つのチャクラは竜門の滝なのよ。命の木も人体のチャクラも竜門の滝なのよ。クンダリニーの蛇神様はこの龍門の滝を上り、この登竜門で龍に変化してから天に昇っていったの。神道の竜門の鯉の包丁式が何を意味しているかこれで明らかでしょ。

 

命の木で隠されている喉元のチャクラで羊飼いの声を、虚空蔵求聞持法で聞き分けた羊が、龍神様にならい鯉として滝を上り、登竜門を経て天に挙げられた時が七つのお祝いの時なの。それを黙示録のヨハネは神の子羊の婚宴と示していたの。

 

なぜ三回転半かよね。これが大問題なのよ。誰も気が付いていないけれども、ここにすべてが隠されているの。そして神道はそれを隠し持っているの。その鍵穴にマスターキーを差し込むとカチャと開いてしまうのよ。

 

いくわよ。

 

 その鍵穴はどこにあるかというとやはり七五三なの。日本人なら誰でもが知る七五三のお祝いに隠されているの。三つのお祝いが二回転目、五つのお祝いが三回転目、七つのお祝いが残りの半回転なのよ。奥深い所に隠しすぎと思えるでしょ。

 そして一回転目は?となるでしょ。これを理解するにはね七という数字の根源に戻らなければいけないの。その根源は神様の七日間だったでしょ。これは天地創造の七日間なのだけれども・・・・・・ちょっと待って。

 頭フル回転させながら書いているのだけれども、書いているそばから新たな扉がパタ、パタと開いてね、頭の回転止められてしまうの。いつもは長い記事でも三時間くらいあれば書き上げるのだれどもこの記事は昨日から書き始めていて、また止まってしまった。

 メシアの数がなぜ八なのかもう一つ見えてしまった。頭の回転急停止させられたからしばし休憩するわ。

(数時間後)

 

 再開します。メシアの八はこの記事で書くと、まとめるのが大変だから次の機会ね。弟橘姫の八八八の入水と関係があるわよ。

 

天地創造の七日間なのだけれども、神様は天地を創造し、六日目に人間をつくり、その日にすべての業を終えられたのよ。そして七日目はお休みになったの。それが神様の一週なのよ。この神様の一週は実は七千年を暗示しているという預言があるの。

 

ペテロ第二の手紙 38

愛する者たちよ。この事を忘れてはならない。主にあっては、一日は千年のようであり、千年は一日のようである。

 

この聖句が元なの。この手紙を書いたペテロという人は復活のイエスから私の羊を養いなさいと三度言われた人なの。私はそのようにイエスから仰せつかったこの人が、神道の創始者とにらんでいるの。鶏鳴で有名になったペテロという人と、毎回鶏鳴三声で始まる伊勢神宮の式年遷宮が、この期に及んで関係ないわけがないでしょ。その人の言葉なのよ。それで聖書を解釈しなおすと天地創造から現代まで六千年が過ぎようとしているという考え方なの。

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 神様の六千年即ち六日が過ぎたら七日目には安息日で、それが黙示録で示されているキリストの安息の千年王国という考え方なのよ。私もそれには異論がないのだけれども、ここにね、ユダヤ教徒やキリスト教徒が見落としている、カバラの三回転半が仕込まれているの。

 

日本人も気が付いていないわよね。メシアを受け入れなかったから国を失ったユダヤ人がわかっていないように、天照大御神をメシアとして受け入れないとだれにもわからないの。

 

上の年表をよく見ると天地創造から二千年目のノアの時の虹の契約と、四千年目のイエスの十字架の契約で六千年が三分割されているでしょ。クリックすると少し大きくなるからね。

 

この三分割を私が解釈すると堕落した時代、イスラエルの時代、失われたイスラエルの時代の三分割なの。

 

イエスは失われたイスラエルにしか遣わされていないわよ。それはイエス自身の御言葉として聖書にはっきり書いてあるでしょ。そのイエスの十字架が伊勢神宮で天照大御神の心御柱として祀られている事が、六日も終わり近くになって明らかにされてしまったのよ。

 

天地創造から二日目の虹の契約、四日目の十字架の契約を経て、最後に六日が終わるとしたら、十字架から二日目にあたる2000年後の2033年に終わってしまうでしょ。しかもその年は次の式年遷宮の年で平成十五年なの。十五という数もカバラの秘数で、三++七なのよ。もうね、何が起こっても不思議ではないと思うのよ。

 

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この魔法陣はどの列もたすと十五になるの。奇数列を見ると十字架でしょ。神道では奇数が陽数とされているでしょ。結婚式のご祝儀は奇数でないと嫌われるでしょ。

 

私に言わせればキリストの十字架はイエスの契約の申し入れで、それはいいなずけ親の神様との契約に基づいているわよ。虹の契約と等しいの。

 

そのような時期だからチャクラの瞑想が最重要なの。コロナ危機よりももっと危ないわよ。だからこの記事書いているの。

 

虹の契約は洪水で滅ぼさないという契約だったけれども、それは、神さまとは、堕落した人間を亡ぼす神さまで、その手立ては洪水だけではないと示しているのよ。聖書はそのように読まないといけないの。教会キリスト教徒もそのように聖書を読まないでしょ。だから空中携挙などという突飛なことを信じるようになるの。

 

堕落の時代、聖書のイスラエルの時代、古事記の失われたイスラエルの時代の三回転と至福千年の半回転なのよ。天照大御神を認められるかにかかっているでしょ。それが認められないとイエスを認めなかったユダヤと同じ轍を踏むの。

 

各回転の始まりは一日目、三日目、五日目、七日目に相当するでしょ。それが人類の歴史の三回転半だと預言しているの。

 

これが三回転半で七日すなわち七千年目の、安息の至福千年の七つのお祝いに至るクンダリニーの火の蛇の回転なのよ。主の至福千年なの。主という漢字は三回転半を暗示しているように見えるでしょ。

 

その時に至り祝福を受けるための七つのチャクラの瞑想がチャクラのクンダリニーの瞑想なの。その瞑想においては空即是色の三柱の神様を悟らなければならないの。それには主イエスの肉を食べ血を飲むことから入らないと何も始まらないの。始まったとしても横道にそれるの。横道にそれたが最後、三行半の離縁状につながるのよ。

 

私が具体的にどのようなことを考え冥想を実践したかも近いうちに書く予定だから乞うご期待。

 

この記事書いている最中に二つの扉がパタパタ開いたわ。記事ネタ溜まる一方で追いついていけない。イエスは私から汲む者は渇くことがないと御言葉されたけれども私飲みすぎかもしれない。すでにお腹いっぱいなの。

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当然意識していたのだけれど、七百七十七が来て八百八十八が来たらその次は九百九十九でしょ。この九百九十九は999だからそのまま180度回転させると666になるでしょ。反666が九百九十九なのよ。そして七は聖霊、八は御子、九は御父なの。この九百九十九いつになるのかしらと思っていて、今ふと気が付いたらトップページに表示される総アクセス数も秒読み段階、十二月のページビューも秒読み段階なの。九百九十九の同日ビンゴとかあり得るのかしら。

ちょっと面白いから予想しておくと、24日と25日に連続ビンゴなどとなったらとっても面白い記事が書けそうなのだけれど、どうなることやら。お立合い。


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あのね、カバラの三五七あるでしょ。これが天地創造の暦であり、神様の縁談話の暦だと示してきたでしょ。これは人類にアダムとイブという始まりがあれば、終わりがあるということだと思っているのよ私は。

 

イエスは「アルファでありオメガである」と自分のことを言っているわ。これは始まりと終わり、日本語で言えば、あとん、阿吽よね。人間はその神の似姿に創られているのだから、始まりと終わりはあるでしょ。六日目がその終わりなの。七日目は復活の日なの。この日取りも相当押し詰まっているように示されているけれどもそれはこの記事ではおいておくわ。

 

一人一人の人生もこの日取りにのっとっているでしょ。還暦に間に合わせるように生きなさいというカバラなの。還暦という六日目を終えるくらいまでに魔訶般若を悟り、解脱して、禊を済ませ七日目を迎えなければどうする気なのということ。

 

しかしそのように日本人は悟らずに来たので、老害の葬式仏教が隆盛なの。日本に限らず、六日目の還暦までに魔訶般若を悟れない老人たちがこの現世の主導者たちなの。だから世界平和など一ミリも望むべくもないの。

 

この老害老人たちは締め切りを過ぎているけれども、世にあるうちに、一夜漬けでも解脱しなければいけないの。でもそんなことは誰も悟らないでしょ。現世のあらゆる分野で老害をまき散らしながらこの世を終えるの。

 

この老害により躾と教育を受けそれを正常と判断し生きている若い人たちは、この正常性の偏見を脱するには相当の苦労がいるわよ。何しろ自分の先祖や父母が解脱者でないのならば、その老害をまともに受け育てられたとはっきり認識しなければ、自分の脳が正常性の偏見という心理的盲点にしっかり支配されているということだからね。

 

ヨハネはそのような現世を大バビロンと呼び、倒れると黙示しているけれども、私はそれを老害文明と呼ぶわよ。日本の文明開化は、老害文明開化だったの。

 

若い人は還暦を目安にして遅くともそれまでには魔訶般若を悟りなさい。六日目までよ。


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生 割礼     洗礼      死  復活 イエスの生涯

  メシアを悟る 禊・悔い改め     神前で復活(一度目)婚宴・父の家に入る

  菩提心    解脱・空境涅槃    梵我一如   

  三      五          七つのお祝い・千年の宴・永遠の命

反割礼    反洗礼        復活(二度目)・七殺の祟り・六六六の二度目の死

 

七つのお祝いは千年の宴。その後七殺の祟りが起こるの。

八千年目が千代に八千代のお祝い。七つのお祝いの蘇りと、七殺の祟りの屠りでお屠蘇。

八日目はお正月の元旦なの。
お釈迦さまは、仏陀の話をきく者は一本目の矢は受けても
二本目の矢は受けないと言ったそうよ。意味深長でしょ。

古神道の書をよく読んで善いお正月を迎えましょうね。


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旧約聖書 出エジプト記 4章

 24途中、ある所に泊まったとき、主はモーセと出会い、彼を殺そうとされた。 25ツィポラは、とっさに石刀を手にして息子の包皮を切り取り、それをモーセの両足に付け、「わたしにとって、あなたは血の花婿です」と叫んだので、 26主は彼を放された。彼女は、そのとき、割礼のゆえに「血の花婿」と言ったのである。

 

このような聖句が出てくるのから世間の人は意味を取り損ねそこでつまずくのよね。なぜいきなり主はモーセを殺そうとしたのか、理解できないのよ。この部分ではモーセが血の花婿であるキリストの暗喩になっていて、イスラエルにおける割礼とは血の花婿とのいいなづけを意味していると悟れないのよ。

 

神さまはアブラハムに息子のイサクを燔祭としてささげるよう命じ、アブラハムは神の言葉に従い、イサクに刀を振り下ろそうとして天使にとめられたの。この部分ではイサクがキリストの暗喩になっているでしょ。そのように読み取らなければ、アブラハム、イサク、ヤコブが御父、御子、聖霊の暗喩になっていると理解できず、聖書がイスラエルを通して何を人類に諭しているかなどわかりようがないの。

 

旧約の初期の時代に血の花婿であるイエスのことはモーセを通して預言されていたのよ。イエスは「モーセは私のことを書いたのである」と言っているの。書かせたのはイエスの前世の神ヤハウェなの。キリスト教が完全に取り違いをしていることが知れるでしょ。聖書はイスラエルのカバラを通して読解しなければつまずくの。神道の日本人は下手に宗教に近づかない方がいいの。虎穴に入って虎児を得て出てくるような私のような猛者でなければね。

 

神道は血の花婿との神前結婚なの。三月三日の雛祭りがそのお祭り。雛人形は血の花婿との神前結婚の形を示しているのよ。内裏雛の並びは左上右下なの。関東雛は逆の並びになっているけれど、初めて神前で結婚式を挙げた大正天皇が、雛人形に八咫鏡を懸けてしまったのよ。だから次の昭和天皇の時代に、岩戸が閉まり、十五年後くらいには岩戸が開けていたの。

 

大正時代は十五年でしょ。七五三はたして十五でしょ。三月三日は血の花婿とのいいなづけの割礼のお祭り、五月五日は婚約の洗礼のお祭り、七月七日は成婚の復活のお祭りなの。すべてイスラエルのカバラによる古神道のお祭りなの。それを明治、大正、昭和と継承しているの。未来預言でもあるわよ神道は。成婚の復活の七つのお祝いのお祭りがまだだからね。

 

割礼はこの血の花婿と自分の関係を悟る事。洗礼は神道の禊であり、神仏のお諭しは、解脱、悔い改め。従おうとしない者が、反割礼、反洗礼、反成婚の六六六の反キリストの印を受け復活するの。八八八の命の木の印を受け神前に復活するしかないと思うわよ私は。その八八八の神様が皇大神宮で女神としてお祀りされている血の花婿なの。なぜそうなるのかはもうたくさん書いたわ。ヨハネの黙示した子羊の婚宴なの。

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イエスが示した二匹の魚と五つのパンを旧約聖書、新約聖書、

古事記をもとにカバラで考察してみたら以下のようになったの。

古事記の神代七代の記述がなければ解けないわよこれ。

復活したイエスの直伝として八咫烏が古事記で暗に伝えているとしか思えないの。

なるほどと思える人だけ参考にしてもらえればいいと思うわ。

 

二匹の魚と五つのパンで五千人が満腹して、

残りのパンくずが12かごというイエスの謎々。

五千人とはイエスの時が五日目だったから。

初めから終わりまですべて示されているの。

 

二日と五日で七日 天地創造の七日間

二柱の一人神と五組の夫婦神で神代七代の合計12柱 古事記 八咫烏

二柱と十柱で十二柱


二日目に人類全滅 ノア一家が水の中を通って助かる 水による洗礼 虹の七の契約

三日目の12柱がイスラエル ヤハウェの12  許婚の誓約

五日目の柱がイエスの12弟子 イエスの12  婚約の誓約

七日目の12柱は全人類    天照大御神の12 七つのお祝い 成婚の誓約

七代目の夫婦神が伊弉諾尊と伊弉冉尊で御父と御子の暗喩になっていて
三代から七代までの五組とも同一神。

この二柱の神の三日目から七日目の五日間が夫婦神の盃事の日取り。七五三(倒語)

この夫婦神の盃事とは御父と御子のいいなずけの嫁取りの暗喩。
今の世は六日目で最後の日 各いいなづけの日取りは生まれてから終わりの日まで。 

 

いいなづけには十と二の戒め 十二支族の十支族と二支族が分裂

モーセの十戒 天津罪五と国津罪五 十種の神宝 十束の剣 ヤハウェの十二支族の時代

分裂後の十支族から出た釈迦の解脱 イエスに先立つ、四日目に示された五六七弥勒菩薩の預言

分裂後の二支族の洗礼者ヨハネ 悔い改め 神の篩 天津金木と天津菅麻 イエスと同時代

十と二の、解脱と悔い改めが天照大御神の十二の禊祓い 

国津神十支族から天津神二支族に国譲りで天孫十二支族回復融合 倭 大和 ヤハウェの民

全人類がこの十二の禊祓いで篩にかけられる 

その篩はモーセが十二支族に示した十戒で、伊弉諾尊の十束の剣であり

またの名を十種神宝という、ゆらゆらとふるわれる天照大神の篩

これらのことを私がカバラで解釈すると、悔い改めた上で(二の禊)、解脱し(十の禊)、
イスラエルの十二支族に与えられた十戒を、イエスの十二弟子のように悟れ、
ということになるわ。それが神道の禊なの。

イエスが手に箕を持ち、麦は倉に納め、殻は消えることのない火で焼きはらう、
と言ったのは洗礼者ヨハネなの。


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十という数は五つのパン。五組の夫婦神。モーセの十戒、なぜ十割る二の五なのかは、

十戒は十種神宝で天津罪五と国津罪五に分かれているから。

 

二という数字は二匹の魚。イスラエルの二支族に対応しているのだけれど、

古事記と伊弉諾尊の禊の祝詞を読み込まないと意味が解けないわ。

 

バプテスマのヨハネが水でバプテスマを施している時に示した二つの戒めと、

伊弉諾尊の禊の祝詞で示される天津金木(あまつかなぎ)と天津菅麻(あまつすがそ)

二つが対応関係にあるの。

 

まとめると天津罪五戒、国津罪五戒、合計で十戒。

それに伊弉諾尊の二戒が加わって十二戒なのよ。

この十二戒を犯した罪の祓い清めがイエスの贖い。

この十二戒を犯した罪の悔い改めが禊なの。それで禊祓いの完成をみるの。

これがお爺ちゃんの仕掛けた謎々。難しすぎ?

お爺ちゃんである天の御父と、御子に関心がなければまず無理ね。

 

これまでの記事でこのブログ立ち上げの露払いは大体済んだと思うし、

興味、関心あるリーピーターしか来なくなると思うし、それでいいのだけれど、

読んでくれる人の男女の別ってあまり意識してこなかったの。

 

私、思うのだけれど、女の人はあまりむずかしいこと考える必要ないわよ。

お釈迦さまはね、女人は解脱できないってお説きになり出家は許さなかったの。

でもそのお釈迦様をしたうあまりに釈迦族の女性たちが、

勝手に出家して押しかけてきてしまったの。

これお釈迦様の目からは「しゅっけ」ではなくて「いえで」と映ったと私は思うわ。

この女性たちはそうとは気が付かずに、お釈迦様とお爺ちゃんに盾ついていたの。

お釈迦さまは弥勒菩薩の心も知っていたから、それに倣い受け入れたの。

でもこうなった以上は自分が生きて正法を説いても必ず法滅に至ると言葉を残したの。

 

日本人のお婆ちゃんたちも釈迦族の女性と同じでお釈迦さましか見えていないでしょ。

お釈迦さまは、女性は解脱など必要がないということを言っていたのだと思うわ。

解脱しなければいけないのは男だけ。

 

古事記の中で伊弉冉尊という女神が先に言葉を発して子生みに失敗して

やり直しさせられたでしょ。

お釈迦さまが示した弥勒菩薩はイエスだったと悟り、

そのイエスの言葉を鏡として家を守っていられたらいいと思うわ。

聖書にはイエスが女性にどのような戒めを説いたかしっかり書かれているからね。

 

今のお婆ちゃんたちがその視点を欠いているから核家族化が進み、

今では家庭崩壊なの。

神道流に言えば家を守る巫女さんなの女性は。それで十分禊できるの。

 

問題は私と同じ男たち。男たちは解脱しないと禊できないわよ。

男は神職だから、イエスは自分の十字架を背負い私について来なさいといったの。

そのようにメシアに倣わないと、自分の家族である巫女さんとその子らを救えないわよ。

アニメやお笑い芸人にうつつを抜かしている場合でないはずと思うわ、おかげ参りは。

そこにお爺ちゃんの厳父としての威厳があるの。

盾ついてばかりいると雷親父送られるわ。

 

ヒントだけ記すつもりがまたお説教してしまったわよ。

悟ってね。

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ひとつ前の記事でついに天照大御神の倒語(さかしまごと)

お爺ちゃんの謎々にしてしまった。

倒語(さかしまごと)やカバラは逆さ言葉の謎々遊びと同じようなもの、

ということを念頭に記事を書いていたらお爺ちゃんが出てきてしまったの。

 

神様をお爺ちゃんにしてしまったのよ。

でもこの表現お爺ちゃんに気に入ってもらえたみたいだわ。

私っていったい何者?っていつも思うけれど仕方がないの。

 

そのお爺ちゃんからね、謎々の解き明かしはその辺にして、

その先の謎々を出す側に回りなさいと言われている気がしてきたの。

この辺から先のことは、受け手が解くことにより賜るもので、

安易に表に出すなと言われている気持ちなの。

だからその気持ちで半分解きながら謎々出すというステージに

入って来たみたいこのブログ。

 

今日のテーマはセムの天幕とイスラエルの天幕。

 

セムの天幕の主はノア。ノアの数は十。

 

イスラエルの天幕の主はアブラハム。アブラハムの数はイスラエルの十二。

 

セムの天幕に梵天から灌頂を受け遣わされた仏陀の数は十大弟子の十。

 

イスラエルの天幕からセムの天幕に散らされた失われた十支族の十。

 

イスラエルの天幕のうちユダヤに遣わされたバプテスマのヨハネの持つ数は、

ユダ族とベニヤミン族の二支族の二。

 

仏陀もバプテスマのヨハネもイエスの預言者でその持つ数の十と二を足すと十二で、

イエスの十二弟子の十二。

 

この二と十と十二と、十と十二を足した二十二。

 

ヒントはこのページにあるわよ。

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1262750.html (二匹の魚と五つのパンと神代七代)

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1308480.html (十個のセフィロトと二十二本のパスと日本のお榊)

多分頭が混乱するわ。

このブログでは旧約聖書を神ヤハウェの書、新約聖書をイエスの書、

古事記を天照大御神の書としてきたけれど、三冊合わせてお爺ちゃんの書なの。

良く読み込んで腑に落とさないと結構難しい。

何年かかってもこの数の謎々解いて、お爺ちゃんの言わんとすること

よく理解したほうがいいと思う。

 

最終的には仏陀がなぜ、正法から法滅に至るという言葉を残したのか。

そこまでが私が解き明かしているお爺ちゃんの謎々なの。

これはもう一人一人の悟りに任せなさいというレベル。

 

お爺ちゃんの書、よくよく読み込んだ方がいいと思うわ。

その上でヒントがほしかったらコメント欄で質問してくれたら答えるからね。

宗教哲学ではなく謎々よ。

お爺ちゃんとは家族という視点を獲得しないと解けないわよ。


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