天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: カバラ

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あのね、メシアは幼子のようにならなければ御国には受け入れられないと御言葉していたでしょ。この御言葉を私が飲み込むと、幼子にでもわかるように簡単に理解しなさいということなのよ。だからそのように簡単に理解したことを記事にするわね。

 

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イスラエルのカバラの命の木は賜物の木なのよ。真の命の木でメシアそのものと考えても間違いではないの。

 

この木に太陽の栄光、月の栄光、星の栄光の三栄光が示されているでしょ。これが私たちの住むこの世なのよ。太陽の栄光とは光の世界で、迷いから解脱した涅槃なの。月の栄光とはいまだ太陽の光を見い出せない迷いの世界で求道者の世界なのよ。

 

この世界で見る月を太陽と勘違いしている人や、血迷うと自分を太陽だと信じてしまう場合とかもあるのよ。

 

星の栄光とは夜空に輝く星が全て魅力的に見える魅惑の世界でしょ。言わばここの世界が世俗の人たちが属する栄光の世界なの。太陽や月の輝きは目に映らないの。

 

そして私たちのこの世には自分の信じることが現実化するという引き寄せの法則が働いているでしょ。このブログを読みに来るような人はおよそ求道者以上だと思うから引き寄せの法則について説明は不要でしょ。求道者以上と言ったからって上下は問題ではないわよ。

 

神様は人を偏り見るお方ではないから誰にでも等し並みに引き寄せの法則を働かせ賜うでしょ。

 

そして人はこの世で引き寄せることを当たり前のようにあの世でも引き寄せるのよ。どの様に引き寄せるかはメシアにその光景を見せられたヨハネの黙示録に書かれているわよ。

 

この世で太陽の栄光を引き寄せた人は、都に入り、そこにはもう太陽はなく子羊が都の光だったと書かれているでしょ。

 

月の栄光や星の栄光を引き寄せた人はあの世で夜の世界を引き寄せるの。そこにはもう太陽がないのと同じく月や星も輝かないのよ。光のない夜の世界なの。そこはすべての光を消し去り暗黒化しようとする暗黒魔王の支配する闇の世界なのよ。

 

だからメシアの御言葉を信じ光を見出さない人は、その御言葉の通りに外の闇に放り出されるのよ。メシアの御言葉が一言一句、真理の御言葉で成就しない御言葉はないの。

 

メシアを弥勒菩薩として示したお釈迦様も重要なのよ。お釈迦様は求道者のお月様なの。お月様は太陽の光で輝いているでしょ。それが預言者、先見者、聖賢と言われる、メシアの光である聖霊により輝くお月様たちなの。この国では月読命としてお祀りされているでしょ。

 

仏教はねこのお月様を太陽としてしまっているでしょ。だから葬式仏教なの。だから月の栄光と星の栄光は、カバラの命の木ではその三角の頂点が下向きの滅びの世界の方向を示しているのよ。

 

滅びの世界から解脱するかしないかは、月の栄光の世界と太陽の栄光の世界の中間にある登竜門のダアトのチャクラをクリアしないといけないの。このチャクラはね、ビシュッダチャクラと言って人の喉元にある真言のチャクラなの。

 

メシアの真言を神が天から降らせるパンであるマナ、そして真名の井戸から汲む命の水として受けることができるかどうかが登竜門なのよ。

 

メシアの真の御言葉が神であり都を照らす光なの。

 

求道者の鏡であるお釈迦様が御説きになった解脱ということをまるで意識できないキリスト教会は、外の闇に放り出されるために復活するみたいなものよ。携挙された時には婚宴は終わってるのではないのかしら。

 引き寄せるの。

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私が魔訶般若の鏡を通して古事記と聖書を読み合せた時に見えてきた暦の読み方を表示してしまうわ。

 

ここには2匹の魚と五つのパンが置かれているわよ。しかしこれでもやっと半分なの。十二のかごがいっぱいにならないといけないの。その表も完成してしまっているのだけれどもそれを公開してしまうと完全にネタバレにつながるの。

 

だから十二のかごはしまっておくわ。ミステリーの醍醐味は自分で最後まで読み解くことだからね。


無題クリックで拡大表示されるでしょ。



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解脱って一般的ではないわよね。奇異な事と理解されているでしょ。私なんかそれを意識せざるを得なくなり、当時同じ仕事をしていた人が私の発言に疑問を感じ問いかけて来たのではっきりと、解脱なのよと言ったらすごく驚かれた経験があるのよ。

 

それから何年か経つのだけれども今では解脱には梵天灌頂は付き物で切っても切れないことなのねとサクッと理解してしまっているの。人には理解されないわよね。

 

でもね、聖書のイエスの御言葉が飛び込んでくるとそうならざるを得ないわよ。地上にいくら富を蓄えても天に富を積んでおかなければ破滅だわと真剣に思えるからね。

 

それは信仰の問題なのだけれども宗教とは別物よ。お釈迦様は良い友を求めよ、求めて得られなければサイの角のようにただ一人歩めとお諭しになったの。党派心で徒党を組んでも百害あって一利もないわよ。

 

何故お釈迦様が女人は解脱できないとお諭しになったのか腑に堕ちなければ無理よ。この世とは太古から男性社会でしょ。男が主、女が従なの。それは神様が主、人間は従ということを反映しているの。この部分の信仰は私にとってかなり重要なウエイトを占めているの。

 

神様の似姿に創造されている人間の社会も神様の理を反映しているのよ。その社会の中で男たちは父であったり夫であったりしながら主人として振舞ってきたわけでしょ。

 

しかしその主人である男たちが創造の主である神様を悟らず、ないがしろにしてきたことは、古代から現代にいたるまでの世の紊乱した風俗を見れば明らかでしょ。

 

お釈迦様のお説きになった解脱とはその男性社会の矯正に資するためだったのよ。しかし弟子たちがそれを理解しなかったの。だから仕方なく窮余の策で比丘尼を誕生させたでしょ。そして正法、像法、末法、法滅を預言されたの。

 

それは弟子たちに男女の主従が神様由来であると教えることはお釈迦さまでも手に余る事だったのよ。それは当時の時代背景とその地域における信仰と宗教ということがお釈迦様の足枷になっていたからなの。

 

しかしその問題はやがて来られる五六七の弥勒菩薩が全て解決すると預言されていたでしょ。お釈迦様の梵天による灌頂はそのための露払いだったのよ。お釈迦様は救世主ではないし、宗教も世を救えない、ただ救世主だけがそのためにやって来られるということを、お遣わしになる梵天がお釈迦様を通してあらかじめ示されていた事象だったのよ。

 

それらを全て御存知だったお釈迦様が女人は解脱できないとお諭しになっていたの。

 

同じことは古事記の中で男神と女神の国生みの時に女神が先に言葉を発して国生みに失敗したことで示されているわよ。この世においては女性が男性と同じ土俵で勝負しようとするとどちらも滅ぶということなの。神様の男性社会が壊れるでしょ。それでなくても紊乱した破滅しやすい社会なのだから。

 

それとも女性は救世主たり得るかしら。無理よね。救世主が創造主を差し置いて何かできると思うことに無理があるでしょ。それはキリスト・イエスが天の御父を差し置いて侮るということと同じでしょ。そのようなことはあり得ないでしょ。でも人間社会ではそれが常態化しているの。

 

この星が大地母神ガイアだったとしてもその畑に種を蒔く父神に対する信仰が無ければ同じことに陥るの。そのことを百も承知の神道は神事の土俵に女の人が立つことを絶対に許さないの。国が亡びるわよ。

 

男尊女卑ではないわよ。男女同権はアダムズアップルたちが御神田にまき散らす毒麦の種とはっきり見定めて、お祓いをしながら神様をお祀りしているのよ。

 

それがお釈迦様の頃の時代背景と弥勒菩薩が降臨して二千年近く経た現代との時代背景の違いなの。

 

はっきり見定めた先見者、解脱者でなければ神様をお祀りすることはできないの。神様から賜物を受け、お祀りすることはできないの。それはお釈迦様がその生き方でお示しになられた喜捨とお布施の乞食の関係なの。

 

解脱とは真鯉の滝登りのことなの。緋鯉は真鯉に夫唱婦随で付き随うからその緋が映え、輝くように神様がお創りになっているのよ。だから解脱しようとしない真鯉は緋鯉と子供たちを巻き込んでお陀仏になるの。そのような神様の理の社会で自分の有り様を理解しない緋鯉のうろこは、くすんで、ぼろけてしまうのよ。滝を上れず法滅に至るでしょ。それが一般の社会で起こっている事なの。

 

それが神様仏様の定めなのよ。だから滅びに至る門は広く大きいの。

 

イエスは、立ってはいけないものが、立ってはいけないところに立つのを見たら山に逃げろとお諭しになっているでしょ。私にはそれがくっきりとはっきりと見えてしまったから山に逃げたわよ。

 

山とはイスラエルのカバラが示す命の木よ。三本の柱で示されるお山の形をしているでしょ。何故そのようなことになるかというと、イエスは、私は失われたイスラエルにしか遣わされてないと御言葉していたでしょ。だから失われたイスラエルは社会が紊乱していても、上からの力が働いてその文化、文明の中に神様のことを悟るための言霊の鍵がそこここに置かれるように創られているからなのよ。

 

このお山に逃れるための防災の備えを、先見者たちが梵天の灌頂によりあの手この手でこの世に残してきたの。それが避難誘導路となり、最終的に、失われたイスラエルに遣わされた天照大御神の神道として定められ大成しているの。

 

だから今の私にとって神道とはお山に逃れる避難のための誘導路なのよ。その誘導路の入り口をお釈迦様がお示しになっていたの。モーセの五書がトーラーと呼ばれ、それを虎の巻とする言霊の書にもその入り口のことははっきりと書かれているの。

 

その入り口を探してそこから入るようにイエスは促しておられたの。その入り口から入れていただく人は道に迷わないように、コンパクトにまとめられた防災リュックを賜るのよ。

 

すべてその中に詰め込まれていてそれにより難を逃れることができるの。私にとってそのリュックとはカバラの命の木であり、根付きの真榊であり、契約の聖櫃であり、マナの壺であり、真名井なの。

 

そのリュックの中にイスラエルの三種の神器、イエスの三種の神器、神道の三種の神器がすべて詰め込まれているの。

 

それらを適切に用いることによりお釈迦様が御説きになった宝輪が目に映り、メシアの八正道を悟るのよ。そして六百六十六から解脱して八百八十八を理解するの。

 

そうすると八釼の宝輪がメシアをお遣わしになられた尊い神様の、上からの力によりゆっくりと回転し始めるのよ。


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昨日は五月五日のこどもの日だったでしょ。七月七日に向けた夏越のお祓いの重要なお祭り日だというのにネットのニュースサイトを見るとコロナ禍でオロオロしているばかりで子供の日のこの字も出てこないのよ。

 

いよいよここまで日本人は馬鹿になったのねとはっきり実感するの。

 

馬鹿とはね、馬や鹿の事。それを人間に使う時は動物たちと違って神様から分別というものを与えられていながら、馬や鹿のように分別が働かず神仏を悟らないないそのような人間のことよ。

 

五月五日と言えば夏越のお祓いにとっても年越しのお祓いにとっても極めて重要なお節句だからね、今日の記事は気合を入れて書くわよ。

 

三月三日もそうだけれども五月五日も素戔嗚尊と天照大御神の誓約に関するお祭り日で、五色の吹き流しと鯉のぼりの、極めて重要なお祭りの日なの。

 

しかし日本人は誰も知らないし、このようなことを真顔で人に言ったら狂人扱いされかねないのよ。でもね、私はブログに書いておくわよ。

 

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この写真はネットで拾った写真なのだけれども五輪のオカルト性が判るかしら。1940年に開催予定だった東京五輪に向けた記念撮影なのよ。この時は紀元二千六百年に東京でオリンピックをということで盛り上がり開催が決定したらしいのだけれども、今の私から言わせればよくもそんなオカルトじみたことを真顔でやる気になれたものだわとなってしまうのよ。

 

武士道精神とオリンピック精神は水と油なのに当時の為政者たちは大興奮だったらしいの。その挙句に戦争によるオリンピック中止と大敗北を招来したのよ。

 

上の写真のナチスの旗は当時の同盟国の旗でしょ。これがとんでもないオカルト旗なのよ。日の丸の赤と白を逆転させ赤地に白丸を染め、その中心に逆卍を描き四十五度回転させているでしょ。日の丸は太陽宝輪のシンボルだからね。それを赤白逆転させその宝輪を逆回転させていたのが同盟国のナチスドイツだったの。そのオカルトナチスのしでかしたホロコーストが契機となってもっとすごい国が樹立されて今に至っているでしょ。

 

皇紀紀元を大切に思いながらも当時から日本人はオカルトにはめられ、八十年たった今ではその泥沼から完全に抜け出せなくなっているのよ。そしてまたぞろオリンピックの中止。延期ではなくて中止になるのではないのかしら。難しい理屈は嫌いだからカバラの象徴で示すわよ。欧米の五輪のお祭りなどというのは喉に林檎の芯をつまらせた異邦人たちの空騒ぎなの。

 

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日本人にとっての五色のお祭りは五色の吹き流しに守られ、緋鯉と子供たちを連れて滝を遡上する真鯉の武士道のお祭りなの。だから男の子のお祭りなの。理解できるかしら。

 

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 そのようなことをトンと理解できないアダムズアップルたちに侮られながらオカルトに引きずり込まれて、右往左往しているのが今の日本人の現状なのよ。天照大御神の国に生を受けそのような事だから馬や鹿といっしょでしょ。五月五日の秘数五は数の中心であり、宝輪の中心の五なの。

 

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この五という数字は真鯉に解脱を促しているわよ。オカルトからの解脱を。

 

長くなるから次の記事で日本人なら誰でもが納得いくように、お釈迦様が示した解脱ということを記述するように予定しておくわね。乞うご期待よ。


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オカルトと虚空蔵求聞持法の違いについて書いておこうと思うの。私ね、この道に目覚めた初めの頃に瞑想していたら頭頂部と眉間にチャクラがあると、なぜか感知してしまったのよ。

 

これって実はとっても危険なことなのよ。信仰の何たるかも知らないうちに中途半端に覚醒をしてしまうと身辺におかしなことが起こり始めるのよ。それでさらに覚醒しようなどと試みると完全にオカルトの世界にはまっていくという経験を何度もしたわよ。

 

それでチャクラの瞑想から身を引いたの。過去にその様なオカルト経験があるから今では虚空蔵求聞持法とオカルトの違いがはっきりと理解できるようになったのよ。そのことは論理的に説明を試みようとしても理解され得ないと思うのよ。だから象徴を用いるの。役に立つのはやはりカバラの象徴なの。

 

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これは宮崎県高千穂町の天の岩戸神社にある天鈿女命の像なの。なんともシュールでしょ。古事記の天の岩戸開きの場面で桶を伏せその上で舞い踊り天照大御神の岩戸開きのきっかけを作った神様なのよ。

 

この場面が御神楽のもとになっているの。そのように見ると伏せた桶はお神楽の舞台に見えるでしょ。その舞台の上で大御神に「あなた様より尊き神がいますゆえ喜び笑らき遊んでいるのです」と言いながら舞い踊ったのよ。

 

その言葉を大御神の気を引き、力づくで引っ張り出すための虚偽の言葉と表の神道では説明しているのよ。天照大御神の岩戸開きという極めて重要な御神事の場で、神々により虚偽が語られたなどと信じていることが今の私に言わせるともうすでにオカルトなの。オカルトではお神楽を理解できないのよ。

 

ではお神楽の本質とは何かと言ったらすべて伏せられた桶の中に隠されているのよ。この中に天照大御神の真名が隠されているの。それはイエスが勝利を得る者には隠されたマナを与えると言った真名なのよ。そしてこの伏せられた桶は壺でもあるのよ。

 

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この壺が隠されたマナの壺なの。虚空蔵の求聞持法は論理的な説明が不可能なのですべてこのようなカバラの象徴で示されるの。

 

そしてこの壺はイスラエルのセフィロトの木、すなわち命の木の型映しなの。そしてそれは大御神の岩戸の前に掲げられた根付きの真榊としても型が映されているのよ。真榊というその名称が逆木を暗示していて、さらに天鈿女命の伏せた桶と連携して、命の木は伏せられたマナの壺だと暗示しているのよ。その辺の関連は少し前の命の木の契約という記事のシリーズであらまし書いておいたでしょ。

 

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この命の木が伏せられた壺としてそこに真名が隠されているの。そしてこの伏せられた壺はイスラエルの契約の聖櫃の型示しにもなっているのよ。だからその中に隠されている神璽はすべて契約の神璽なの。

 

そしてこの契約に与り隠された真名を受けるためには真榊の中の枝にかけられた八咫鏡によらなければ不可能で、それが論理的に説明の難しい作法によるので私は虚空蔵求聞持法と呼んでいるの。その型が八咫鏡のセフィロトであるティファレトを中心とした八宝珠の宝輪なのよ。

 

そしてその宝輪の囲いから外れた最下部のところにマルクトという根のセフィロトがあるでしょ。このセフィロトがオカルトのセフィロトなの。陽の目を見ない闇にある根っこ、宝輪から外れた闇のオカルトのセフィロトなの。ここにそそのかす蛇がかくまわれているの。

 

この根っこごと岩戸の前に掲げられてしまったのよ。それは暗闇に隠れた人の悪い行いが大御神の御光にさらされた瞬間だったの。それはいずれこのオカルトの闇が大御神の御光により駆逐されるという預言とも理解できるでしょ。

 

それがイスラエルを媒体としてもたらされた契約の概要なのよ。だからその契約を無視したところで語られるカバラ、行われるお祭り、法要などは私に言わせるとすべて契約を度外視したオカルトとしか感じられないの。

 

かくいう私も以前はまんまとその罠にはまっていた一人なの。

 

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上の絵はね、ある少年が森に入って祈ったら創造主と救世主が現れ預言者とされたという絵なの。この少年が預言者となり、一般からカルト視されているキリスト教会を導き、その教会員のカリスマとなっているの。

 

私も一時期所属していたことがあるのよ。私はカバラに興味があったし、そのような情報をもたらす先生がこの教会の教会員だったことがきっかけなのよ。

 

でもね、私は聖書を真剣に読み込んでいたから、ある時創造主と救世主が信仰も知らない不良少年の前に姿を現すなどということはイスラエルと神との契約に照らして全くあり得ないと気が付き、以降即座に脱会したの。

 

それが契機となりお釈迦様を意識し始め、少し宝輪が見え始めたのよ。

 

今言えることはね、いくら分厚い契約書を手にしてその知識が豊富であっても、双方の同意によりその契約が交わされなければ何の意味もないということ。

 

そのようなことが伏せられた器の中に隠されているということなのよ。

 

件の先生は今でもその豊富なカバラの知識でご商売に精を出していらっしゃるのだけれども、以前日本の天皇は将来そのカルトに改宗すると言っていたわよ。そして救いを求める者はその教会を見出さなければならないというのが先生の御商売のモチベーションになっているのは、今も変わっていないはずなの。脱会したという話は聞いていないからね。

 

何故この話を書いたかと言えば私がはまっていたカルトだったからなの。でもね、イスラエルのカバラの契約に関する重要な情報はだいぶ購入させてもらって、それが契機になりはっきりと見分けがつくようになったのも事実なのよ。天照大御神はキリスト・イエスであると初めに言い切ったのもこの先生だからね。

 

そのおかげで今では聖書の中に偽預言者がいてそれが根っこのオカルトの役割を果たしてきたことがはっきり見えるようになったし、この国にも神示などというものが降ろされオカルトが根を張っている事も見えるようになったわよ。根っこにはそそのかす蛇がいて、この蛇がオカルトを引き起こしているのよ。

 

根っこと幹は神様が園の中央に生えさせられた二本の木で、モーセが書いた、神は人の前に呪いと祝福をおかれたということを意味していたのよ。呪いが置かれたのは唆す蛇を追い払う修練のためなのよ。

 

そして呪いのオカルトと契約の祝福は命の木のセフィロトではっきりと示されていて、それが根付きの真榊として岩戸の前にさらされされていたのよ。


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祝福を望むものはイエスがそうしたようにそそのかす蛇を追い払い、伏せられている桶に水を汲み、宴会の世話役のもとに運ばなければならないと福音書を書いたヨハネが教えてくれていたの。



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喉仏ってあるでしょ。ここに神様の阿吽の呼吸を吸ったり吐いたりしてその空気を読むためのチャクラが内蔵されているの。このチャクラはタントラではビシュッダチャクラと呼ばれているの。命の木では隠されたセフィロトのダアトに対応しているわよ。

 命の木とタントラのチャクラの三回転半の火の蛇の上昇や、根付きの真榊との関係はここ最近の記事をじっくり読み込んでもらえばわかるように書いておいたでしょ。

 

このチャクラに八尺瓊勾玉がかけられているの。それは聖櫃に納められている十戒石板の律法であり、マナの壺に納められたマナであり、イエスの御言葉した隠されたマナであり、天真名井から湧き出る命の水なのよ。

 

この井戸に山幸彦が珠を吐きいれたので壺とくっ付いて離れなくなってしまい、豊玉姫の珠壺になったの。それはね、乙姫様の玉手箱でもあるわよ。

 

それが神様の似姿に創られた人間の喉仏なのよ。

 

この喉仏で虚空蔵の菩薩の阿吽の呼吸を読み、羊飼いの声を聞き分けるの。

 

そのようにするから隠されたマナを飲み込むことができるの。イエスの血を飲み、肉を食べることができるのよ。

 

この喉仏でそのように空気が読めないと、喉に林檎の芯をつまらせ窒息死するのよ。アダムとイヴが食べたのは林檎ではなく葡萄よ。

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私のこのブログどこまで書かされるのかしら。完全に浮世離れしているでしょ。でもメシアに本気で付き随ったらその人はもうこの世に属していないのと同じことになるのよ。そのように聖書には書かれているでしょ。

 

今の私から見たら宗教などというものは極めてこの世的な人の集まりにしか感じられなくなっているの。そのように感じさせられるまでに受け取っている祝福は包み隠さずすべてこのブログでシェアしてしまうつもりなの。だからすべて書いておくわよ。

 

八咫鏡のみならず神宮大麻というものまでわかってしまうとそれまで以上に世界が全く違って見えてしまうわよ。理屈として受けるのではなく瞑想の手引きとして読んでもらえればよいかもしれないわ。

 

イエスは勝利を得る者には隠されたマナを与えると御言葉しているの。この隠されたマナが神宮大麻であり八咫鏡でもあるのよ。失われたイスラエルに遣わされたイエスが、失われたイスラエルに隠したマナなのよ。

 

神宮大麻と八咫鏡の関係については今月に入ってからの記事を参照してもらうとして、この記事ではその一応の総括で、分かったことを書くつもりなの。

 

いくわよ。

 

神宮大麻とは天照大御神の御名が書き記されたお札であり、それはカバラの命の木で対応させると、壺に納められたマナであり、イスラエルの契約の箱に納められた十戒石板でもあるのよ。イスラエルの律法でもあり八尺瓊勾玉でもあるの。

 カバラの命の木自体がマナの壺であり、契約の聖櫃でもあり、それはアークと呼ばれ、ノアの箱舟をも意味しているの。十個のセフィロトが十戒の律法の聖櫃である事を暗示し、最初の人アダムから数えた十人目の預言者であるノアのアークである事も同時に暗示しているのよ。

 

そのノアのアークで救われた人の数が船という字が示す舟八口でノアの八人家族なの。そのアークである命の木の中心がイエスの御名の記された銘板であり、八個のセフィロトの八宝珠の宝輪の中心であり、岩戸の前の真榊の中枝にかけられた八咫鏡なの。

 

残る神器の一つアロンの杖はイエスの銘板の掲げられた十字架を意味していて、この国ではそれが天の叢雲の剣とか草薙剣と呼ばれそこにかけられたイエスの玉体を暗示しているのよ。

 

これがイエスの剣であり、古事記の伊弉諾尊や素戔嗚尊の剣は十束の剣と呼ばれ、十個のセフィロトの命の木それ自体が御父の十束の剣でもあることを暗示しているの。イエスの剣である草薙剣は十束の剣の剣先なのよ。少し複雑だけれども、瞑想によりそれらを自分の内に落とし込めればそこにとてつもない祝福が見えてくるの。

 

イエスから賜る隠されたマナが見えてくるの。見えてしまえばそれはもう賜ったのと同じことなのよ。命の木に与ることを許され衣を洗って白くしたものは幸いであるというイエスの御言葉がその人のうちに成就するの。

 

再度、いくわよ。

 

父神との契約による祝福の象徴が命の木であり、イスラエルの聖櫃と神器であり、真榊にかけられた三種の神器なのよ。だから真榊は父神の十束の剣でもあるの。これがモーセの書いた、神が人の前に置かれた祝福のあらましなのよ。

 

この祝福を受けるためにはイエスの肉を食べ、血を飲み、衣を白く清め命の木に与ることを許されなければならないの。

 

命の木の入り口は父神によりケルビムと回る炎の剣で守らせられているの。この入り口がイエスの銘板の八咫鏡で、ティファレトというセフィロトにあり、人体の太陽神経叢のチャクラに対応しているの。ここに八宝珠の宝輪が秘められていて、命の木への入り口であるのよ。

 

だから煩悩を滅却して、お釈迦様が回した宝輪を悟り、解脱し、入り口を通していただかなければならないの。そのためにお釈迦様はただ座れとお諭しになっているの。お釈迦様がしたような瞑想を通してでなければ宝輪は回転しないの。

 

それだからお釈迦様とイエス様のお二人の教誨師の御言葉を共に飲み込めなければならないのよ。それを促すのがこの国で頒布されている神宮大麻なの。それが謎の神宝十種なの。その絵図は命の木を分解した部品にしか見えないでしょ。

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祝福を受けなければそれと共に置かれている呪いを受けるしかなく、この世の終わりにその体を神様にお返しするときに、祝福ではなく受けた呪いを神様にお返しすることになるの。

 

自分の量るその秤で量り返されると書かれているでしょ。神様に呪いをお返ししたらその呪いを返されるということなの。だから祝福を受けようとする者は狭き門を見つけ解脱しなければ不可能なの。

 

この世の終わりに至らなくとも鬱憤がたまると神様はその呪いを返されるでしょ。何十年も平和な時代が続いたので前回からだいぶそのつけがたまっているわよ。

 

解脱ということだけれども男が剣を取る煩悩との戦だから女性はその戦とは無縁にしていたらいいのよ。お釈迦さまが女人は解脱できないとお説きになったのはそのためよ。女性が剣を取ることを神様は喜ばれないということ。

 

ただ主のはしためとしてお仕えできればいいのよ。男の戦である解脱の助け手でいいのよ。それが、神様が女性の前に置かれた美徳なの。大和撫子は手弱女で良いの。下手に同じ土俵ででしゃばると回りを巻き込み呪いを受けるわよ。古事記にそう書かれているでしょ。だから仏教は法滅に見舞われたのだから。

 

男も同じ立場ではあるけれども、メシアが剣を取られたように、終わりに至る世を救済するため、万軍の主に従い剣を取らなければ呪いを返されるの。聖書を読むとそのようなことがよくわかるように書かれているわよ。読まない人は危険だから命の木には近づかない方がいいの。オカルトにはまるわ。

 

短い記事でさらっと書いているけれども内容濃いでしょ。偽預言者とパリサイのパン種のつまらない説教に注意しないと、パリサイオカルトの呪いを返される羽目になるわよ。

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今朝の瞑想でなぜマナの壺や前方後円墳や神宮の心御柱が、天鈿女命の伏せた桶のように上下が逆さまの器、逆木として示されているか判った気がしているの。

 

すべてが命の木の暗喩で、それぞれに奥深い玄義を秘めながらくるくると回転しているからなのよ。

 

中心にかけられた八咫鏡を中心に宝輪と八宝珠が大回転しているからなのよ。それはシバ神のダンスなのよ。

 

命の木への道を守らせられているケルビムと、煌めく、あるいは回る炎の剣とはカバラの命の木そのものであり、中心のセフィロトであるメシアのお名前を戴く八咫鏡を中心に大回転しているのよ。

 

そこが入り口であり仏陀の悟った宝輪だったのよ。だからその入り口は熾燃の煩悩を吹き消し、禊しなければ通していただけない道理だったのよ。

 

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 その八咫鏡が失われたイスラエルの日の丸でもあると悟れれば天照大御神を中心に回転する太陽系自体が命の木でもあると理解できるでしょ。その先の宇宙すべてが御父の囲いの命の木だとなってしまうでしょ。


 その命の木への入り口が天照大御神の八咫鏡だったのよ。神様の似姿に創られている一人一人の内側にも八咫鏡は置かれているの。その鏡で大御神の光を受ければ良いだけのことなの。

 

しかし自分の悪い行いが明るみに出ることを怖れる闇は光に来ようとしないと書かれているでしょ。光を理解しない闇は自分の内側に宝珠が埋められていると悟らず、その宝珠で光を受けようとしないのよ。

 

だから入り口を通れず永遠にシバ神に踏まれたままなの。



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命の木はね神様の天地創造からのことが全部その中に示されているの。だから天文とか奇門遁甲とかタロットの占いとか十干十二支の暦とか全部入っているのよ。

 

でも私の着眼点は神様の律法と契約なの。命の木に隠されているマナを見つけ出し、それをイエスから受けなければカバラの知識は宝の持ち腐れなのよ。そのまま終わりを迎えればそれはただのオカルトと化すの。

 

ノアを示す十個のセフィロトとイサクを示す二十二本のパスはノアの長子セムからイサクまでの十二代をも暗示しているのよ。この関係は契約の人ノアと祝福されたノアの長子セムの天幕における十二人なのよ。セムの天幕においてすでに主と僕十二人の関係が示されていたのよ。

 

そしてこの十二人の内最後のアブラハムとイサクの二人がイスラエルの契約の父となったでしょ。ここに後のイスラエルの十支族と二支族の分裂の伏線が張られているの。

 

そしてイサクの子ヤコブすなわちイスラエルが十二人の子を設けイスラエルの時代に入っていくのよ。そしてイエスと十二弟子でクライマックスを迎えるのよ。

 

十干十二支の神様の暦の進行のなかで契約と祝福が示されているの。しかしそこは安全な世界ではなかったでしょ。神様は人の前に呪いと祝福をおかれたと言ったのは大預言者モーセだったでしょ。

 

そのような危険な世界で祝福を得た先見者たちが残したのがカバラの命の木なのよ。それをどのように受け取り、扱うかで見えてくる世界はまるで違って見えるのよ。

 

命の木は祝福を求めようとしない不信者を篩い落とす十種の神宝でもあるのよ。イスラエルの歴史において示された神様の律法の要約がモーセの十戒だったでしょ。十個のセフィロトなのよ。

 

そしてその十戒石板がイスラエルの神宝なのよ。その神宝を納めた箱がイスラエルの契約の箱なの。その契約の箱の中に神様のマナが隠されているの。

 

残る神宝のアロンの杖とマナの壺も契約の証として命の木に隠されているのよ。それを白日の下にさらしてしまうのがこの記事の目的なの。

 

行くわよ。

 

鍵穴はどこにあるかというとこの図形。

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この形は三柱と十個のセフィロトを結んだ時にできる単純形なの。この形が鍵穴なのよ。何を示すかというとこちら。

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これは右がアンク十字で左がアマカスと言われるものなの。アンク十字はエジプト由来で命を意味していて、アンクの力を信じる者は一度だけ生き返ることができると信じられているというものなの。

 

左のアマカスが大問題で、日本人にはあまり知られていないけれども、天皇家にお世継ぎが生まれた時にこれを枕元において儀式を行うという祭儀の道具なのよ。

 

天皇のお世継ぎは生き返りなのよ。そして天皇に即位するときはさらに大嘗祭で死と生き返りの儀式を行っているの。このアンク十字と天皇家のあまかすの両方が命の木由来なのよ。核心に迫りつつあるでしょ。そしてこの命の木の図形を見た時にビビビっと感じることがあるの。それがこちら。

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イスラエルの六芒星と十字架の組み合わせなのよ。そしてこの組み合わせは裏ドーマンと裏セーマンの組み合わせなの。いきなり陰陽道よ。ついて来てね。陰陽師であった安倍晴明とその宿敵とされた蘆屋道満の裏紋なのよ。六芒星が裏ドーマンで十字が裏セーマンなの。命の木の図形は六角形と十字の組み合わせでしょ。

 この二人の表の印はこちら。

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このセーマンドーマンが日本の民間でも知られている護符なの。海女さんたちが護符としたりしているらしいのよ。このセーマンドーマンが二人の陰陽師の表の印なのよ。しかし陰陽道である以上は陰陽の表裏が無ければならないのよ。

 

そしてその裏のセーマンドーマンが十字と六芒星との組み合わせなのよ。隠語では陰陽師のことをかんばら、陰陽道のことをズバリ、かばらというらしいのよ。陰陽道はカバラなのよ。ゆえに神道もカバラなのよ。すべて繋がってくるでしょ。そして表のドーマンに注目なの。


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これは芦屋道満の印で九字切りと言われるものなの。日本人はこの意味を全く分からずに護符や呪符としているのよ。私が見るとこれにしか見えないからね。


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 これはねイスラエルの荒野で祭司とされたアロンの胸あてなの。神様の指示によりデザインされている十二個の宝石がはめ込まれていて、神によりエジプトから導き出されたイスラエルの十二支族のそれぞれを意味しているのよ。

 

道満の九字切りは十二の囲いを切っているでしょ。そして裏ドーマンが六芒星なのよ。イスラエル以外の何物でもないでしょ。

 

片やセーマンを見れば五芒星なのだけれども晴明桔梗紋と呼ばれていて裏セーマンで十字を切るのよ。命の木の十字の、五個のセフィロトと桔梗紋が対応しているのよ。この裏ドーマンと裏セーマン二つを組み合わせて天皇家のアマカスなのよ。

 

それは頂に六芒星を冠したイスラエルの十字の王笏なの。天皇家の王笏なのよ。陰陽道おそるべしでしょ。

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 しかもこの組み合わせにはまだ奥が有るわよ。

 

六芒星と十字の組み合わせで何か感じるでしょ。六芒星は日本のかご目でしょ。そのかご目の中に鳥がいるでしょ。ダートという鳥が。


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しかもかご目は亀の甲羅で、十字は羽を広げた鳥の飛翔に見えるでしょ。ここで鶴と亀が滑っているのよ。じゃなくて統べているの。

 

しかもしかも、かごの中の鳥は六芒星の中の七個目で七つのお祝いのお札のことを示しているのよ。

 

これがうしろの正面の通りゃんせの細道に開いている鍵穴なの。イエスの示した狭き門の入り口なのよ。この奥に御船代と皇室の三種の神器、契約の箱とイスラエルの神器が隠されているのよ。

 

私は大御神からそのマスターキーを預かってしまったから、それで開けてしまうわよ。まず鍵穴の形をはっきりとさせましょうね。


ダウンロード (1) - コピー


これってこけし?そうなのよ。命の木は人形でもあったでしょ。


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次の巻からこの鍵穴にマスターキーを差し込むわよ。



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昨日ね、お釈迦様の灌仏会だったでしょ。昨日の記事でその灌仏会はお釈迦様の誕生祝いではなくて梵天灌頂のお祝いだという記事を書いたら、またまた一皮むかれてしまったの。むけるというよりもむかれるという感じなのよ。

 

将棋倒しでパタパタと芋づる式を通り越して大判小判がザックザク、もう箱ごともっていけという感じなのよ。シェアしきれなくなってきたわよ。

 

それでも今日は何からシェアしようかと思うのだけれども、やはり夏越の祓から入ることにするわ。

 

三日目にあたる三月のお祓いで聖火のお祭りが祓われたでしょ。そんなこと考えて五月は一体どうなるのかしらと思っていたら、四月八日の灌仏会の夜明けの晩に緊急事態宣言なのよ。そのような現状を私のような人間が瞑想するといったい何が見えてくるのかということ。


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上の魔法陣はカバラの魔法陣なのだけれどもここにはイエスの十字架、夏越の祓、年越しの祓、天照大御神と素戔嗚尊の誓約、大御神の御領田荒らしと岩戸隠れ等々、古事記のすべてが網羅されているの。

 

ということは古事記のもとになる聖書とイスラエルの歴史もすべて網羅されているのよ。私が見ているのが全てではなくて底知れない奥深さを秘めているはずなの。

 

それらを一つずつ見つけ、見つける度に覚醒して、そのたびに驚いたり怖くなったり目を白黒させて来たのだけれども、もう驚いたりせず、当たり前のようにごくごく冷静に覚醒できるようになってきたから、すべてまとめて見せられるという段階に踏み込んでしまったようなのよ。

 

この魔法陣はイスラエルの命の木も、神道の真榊も、瑜伽タントラの三回転の蛇もすべて連携して理解させるというとんでもない代物だったわ。

 

一つの記事では到底書ききれないからまずは夏越の祓いと年越しの祓いだったわね。

 

中心の横軸が三五七でこれは判りやすいでしょ。三月と五月と七月のお節句よ。それは壱月から六月と七月までの夏越の祓いに対応しているでしょ。

 

問題は中心の縦軸。上から順に九、五、一なのだけれどこれは九月、十一月、年明けの一月のことで、七月から十二月と一月の年越しの祓に対応しているの。

 

そしてこれを七日間に対応させると三日目、五日目、七日目に対応しているでしょ。九五一も三五七なのよ。

 

九は九月九日の重陽の節句。なぜ十一月が五なのかというと十一月十五日が七五三のお祝いの日でしょ。七++三=十五でそれは五++五でしょ。それゆえすべての中心が五なの。イエスがこの世に来た五日目が全ての中心なのよ。

 

そして横軸が夏越の祓、縦軸が年越しの祓で、それは横軸が天照大御神の祓すなわち岩戸開き、縦軸が素戔嗚尊の祓すなわち大蛇退治に対応しているの。

 

それは御子のお祓いと御父のお祓いに対応していてその形が十字架なのよ。イエスは十字架上で流した血をぶどう酒の杯として弟子に与えたでしょ。そしてその十字架はイエスが父から受けた杯であると聖書で示されているでしょ。

 

そのように理解すれば難解な聖書とイスラエルの歴史のカバラを、古事記及び神道の祓い清めのお祭りが、その有り方で暗に解説しているのだと読めるでしょ。

 

これをさらにどう理解するかというと、聖書に記述されている律法の奥義が、この国の神道のお祭りで不文律として脈々と受け継がれているということなのよ。

 

だからこの国は天照大御神の不文律法の国なのよ。

 

忙しいから今日はここまで。続編に乞うご期待。



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