天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 聖書

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御子から賜る、隠されているマナと白い小石とは第二の死から免れるためのワクチンなのよ。御子の玉体がマナでもあるからその死と復活により第一の死に対する抗体は反キリストであっても受けているの。しかし反キリストは御子を信じないから第二の死から免れるためのワクチンである隠されているマナは受けることができないのよ。その証が獣の六百六十六の刻印なの。第二の死を招くウイルスなのよ。

 

御子の死と復活を信じた者が第二の死から免れるためのワクチンである、隠されているマナと白い小石を賜わるの。そのようなことはヨハネの黙示録20章に書かれているわよ。

 

 

それらは世の初めから命の書に名前があり、若いころから御子を拒まなかった証しとして賜るのよ。そのように若いころから導きを受けていたことは受けた本人にしかわからないという事なのよ。

 

鯛や平目の舞踊りを見せられて、夢かうつつか幻かというような現実をくぐらされ、玉手箱を開いたら老人になってしまった浦島太郎の物語のようなことなのよ。そのようにして白い小石を賜わり神領民とされるの。

 

それが神道の祝詞では天照大御神の恩頼(みたまのふゆ)と示されているの。その為にメシアが玉体を伴って来られ御言葉を発していたのよ。ではどうしたらそれを受けることができるの?という話よね。それは新約聖書に御子の御言葉としてすべて書かれているの。

 

それに先立ち旧約聖書や後の古事記にも暗示されていたでしょ。仏伝では熾燃の煩悩を吹き消さなければ涅槃には至れない、そして仏伝により魔訶般若波羅蜜多を悟る者は一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないと伝えられてきたの。その後に未来仏であるメシアが来られ一本目の矢と二本目の矢に対するワクチンを配布して天に帰られたのよ。

 

隠されているマナが魔訶般若波羅蜜多による賜物なのよ。マナとは神が天から降らせるパンであり、神道では真名井から汲む水も生ける命の水として、パンも水も御子の御言葉として受けているの。

 

それを神前にお供えするから水が葡萄酒である縁結びのお神酒に変えられるのよ。そのことを御子は私の肉を食べその血を飲まなければ御国には受け入れられないと御言葉したのよ。神道の直会その物でしょ。最後の晩餐のパンと葡萄酒なのよ。

 

しかしその儀式に欠かせないのが禊なのよ。禊しないでいくら儀式だけ整えても無理なの。真名井の滝に打たれる滝行がどうしても必要なのよ。その滝行は神道の包丁式に隠されているのよ。真名板の上の鯉の登る龍門の滝なのよ。この滝の水も御子の御言葉なのよ。

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この御言葉に打たれ煩悩をきれいに吹き消すから禊になるの。そして真鯉と緋鯉と子供たちが滝上の龍門に至り龍神様にまみえるのよ。龍宮城の乙姫様から玉手箱を賜わってしまうのよ。気が付いた時には隠されていたマナと白い小石を受けてしまっているの。

 

しかしその先もまだあるわよ。命ある限り一度目の死はまだ先だからね。

 

これらの事は反キリストにはできない芸当なのよ。せいぜい一度目の死を恐れさせワクチンにマイクロチップを埋め込みお金儲けしましょうというのが関の山なの。そのように考えると竜と獣と偽預言者というのは悪魔と核武装した国家と科学技術と考えたくなるのよ。他にもいろいろに考えられるけれどもね。

 

盲人に手引きされていると穴に落ち込むとは御子の御言葉なの。その穴とは無間地獄のことでありその穴に釣瓶落としにされるという事なのよ。妖怪釣瓶落としとはよく言ったものでしょ。


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このブログを書き始めてからも瞑想をしながらいろいろな考察を重ねて来たの。その間にも色々なことを想起させられ、いくつものキーワードが生まれて来たの。魔訶般若波羅蜜多による虚空蔵求聞持法やタントラ密教などのバジュラヤーナとか。

 

考察の中心はブログのタイトルになっている聖書と古事記なのね。そしてその柱がカバラの命の木と古事記の真榊なのよ。

 

そうこうしているうちにあっという間に世の中が大きく変わってしまったの。そうして全体というものを考えてみた時に、その全体を、キーワードを用いて、たった一言で言ってしまうと、すべてが神様の超能力による、とするのが一番しっくりくるのよ。

 

魔訶不思議な異能の世界から日常生活に至るまでの全てがその力により成り立っているのよ。人間の生死がその内にあるのだからそうなるのよ。

 

そのような中にありながら人間は神や弥勒仏の戒めに背きながら生きて来たのよ。現代においては世界中がその背きの罪の極みに達しようとしているとしか私には思えないの。

 

聖書の中で、御子は人々の不信仰に驚かれたと書かれているの。天照大御神の心御柱が御子の十字架として世に知らされて大分時が経つのに、そのことに対する日本人の無関心さを見るにつけ、私もその不信仰に驚いてしまうのよ。驚きを禁じ得ないの。

 

世の中の風潮やその時々の流行などは、現代では若者が牽引しているでしょ。世の中が豊かになったということだからそれで良いのだけれども、そこにどうしようもないくらい大きな落とし穴がぽっかりと穴を開けているのよ。

 

昭和において時代が革まった時には日本の学生たちは政治に大きな関心を持ち、ヘルメットと角棒で武装し大学紛争で石を投げていた時代があったの。

 

それが1960年代のことなのよ。そうして70年代と80年代を経て90年代の後半に至り、インターネットの時代に突入していったでしょ。大雑把にとらえるとその間の若者の文化はテレビのアイドルとヒーローに牽引されて来たのよ。そしてテレビアイドルの時代はアニメドラマを底流にして、インターネット上のアイドルの時代へと引き継がれて来たのよ。

 

私は70年代と80年代にまたがる流行の中で若い頃を送ったのだけれども、すこし独特なところがあったの。テレビでは楽しめなくなり海外のポップスに傾倒するうちにジャマイカのポップスに取り憑かれてしまったのよ。そしてジャマイカのカリスマをアイドルとしてしまったの。

 

今でこそジャマイカのレゲエは日本でも若者の流行のスタイルの一翼を担うまでになっているけれども、その当時は、仲間内でも特異な目で見られる部類だったのよ。

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 なぜそこまで傾倒したのかというとそのレゲエという歌謡の源流に聖書信仰があったからなのよ。今思えば、私にはその時代からそのような傾向があり、その点において世の風潮や流行とは一線を画していて、乖離していたと言ってもいいくらいなの。

ヨハネの黙示録 5
 5すると、長老の一人がわたしに言った。「泣くな。見よ。ユダ族から出た獅子、ダビデのひこばえが勝利を得たので、七つの封印を開いて、その巻物を開くことができる。」

 

今ではそのレゲエという音楽が若者文化の一翼を担うまでにこの国で受け入れられているの。しかし私に言わせればただそのファッション性しか入って来ていないのよ。

 

カリスマは十分に意識されているのだけれども、ただそのファッション性だけなのよ。そのカリスマが活躍した時代の終焉と共に終わったのねという理解なの。今ではそれでよかったのねと感じるのだけれども、私のような人間は、それが日本の昭和の大躍進の時代と轍が一つだったというところに不思議さを感じてしまうの。

 

この記事で何が書きたいかというと、アイドルとは直訳すると偶像なのよ。アニメヒーローやインターネット上のインフルエンサーがアイドルになる時代で、平たく言えば偶像がカリスマになる時代なの。

 

この偶像崇拝が神様の超能力により何度も駆逐されてきた歴史が聖書の歴史なの。シナイの荒野、ソロモンの時代、ユダヤにマイトレーヤーとして御子が降臨した時代すべてに共通しているのがそのような歴史なのよ。

 

そしてその歴史は革められたイスラエルとしての、大御神の神国に引き継がれているのよ。大御神の心御柱が御子の十字架として明かされた神の国において、またもや偶像崇拝の大輪の花火がどんどんと打ち上げられる時代に至り、その偶像崇拝が最高潮に達しようとしているように思えるのよね。

 

そのような時に起ころうとしている災いに巻き込まれることの無いようにしようと思ったら、ただひたすら御子を霊において崇拝することでしか免れようがないのよ。そのようにして神様の超能力に呼応することでしか免れ得ないと書かれているの。

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この国の神道は神様の超能力によりなっているのよ。

 

ルカによる福音書 24

 49わたしは、父が約束されたものをあなたがたに送る。高い所からの力に覆われるまでは、都にとどまっていなさい。」

 

復活した御子の御真影を見てしまった弟子たちは御言葉の通りにエルサレムにとどまっていたらしいのよ。その後ユダヤのローマに対する反乱が本格化するのと時を同じくしてヨルダン川東岸に疎開してしまい、その先が行方知れずになってしまっているの。

 

弟子たちが都を離れたとすれば御言葉の通りに、高い所からの力に覆われたとしか思えないでしょ。神隠しなのよ。神宮の心御柱の正体が御子の十字架であるならば、この時の神隠しにあった弟子たちが携えて来たとしか考えられないのよ。

 

そしてイスラエルの神隠しはこの時だけではなく、はるか昔の十支族もそうだし、聖櫃や三種の神器も同じなのよ。高い所からの力に覆われた神隠しであり、それは御言葉から推測すれば父が約束したものを送られるという事なのよ。御言葉による神隠しであるならばそれはもう御父と御子の超能力なの。

 

神道を守護している八咫烏はそう認識しているはずと思うのよ。イスラエルの聖櫃はこの国では貴船と暗に呼ばれているのよ。この貴船の形代が神宮の御正殿に安置されている御船代で、その中に八咫鏡が奉斎されているのよ。

 

そして貴船本体は地下殿で御子の十字架と共にお祀りされているということなの。御子の十字架を担った弟子達よりはるか昔に貴船を担った祭司や神官たちがいたはずなのよ。その祭主や神官が高い所からの力に覆われ貴船を担い、約束の地に向けて踏み出したのが皇紀の紀元と推測するのよ。

 

聖書によるならばそのような力に覆われなければイスラエルの契約の箱がエルサレムから移動を開始できるなどとは思わない方が無難なの。重ねてその時がイザヤやエレミヤの時代に出された都の再建命令の時で皇紀の紀元と推測するの。

 

ヨハネによる福音書 2

19イエスは答えて言われた。「この神殿を壊してみよ。三日で建て直してみせる。」 

20それでユダヤ人たちは、「この神殿は建てるのに四十六年もかかったのに、あなたは三日で建て直すのか」と言った。

21イエスの言われる神殿とは、御自分の体のことだったのである。 

22イエスが死者の中から復活されたとき、弟子たちは、イエスがこう言われたのを思い出し、聖書とイエスの語られた言葉とを信じた。

 

ペテロの手紙二 3

8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

 

モーセに契約の聖櫃を作るよう指示したのはYHWHで実は御子の前世なのよ。私の推測通りで皇紀が都の再建命令に由来するならば、今年は皇紀二千六百八十一年で三日目の真っ最中ということになるのよね。

 

イスラエルの神様の契約の成就はヨハネにより黙示されているでしょ。その時は神殿に契約の聖櫃があるはずなの。八咫烏によれば神宮がその使命を終える時が来るはずらしいのよ。

 

それらを考え合わせればシナイの荒野で奉製された契約の聖櫃は、高い所からの力に覆われ、貴船として約束の地に渡御の真っ最中ということになるのよ。だから御子の御言葉を信じて同じその力に覆われないと付き随えないのよ。

 

神様の超能力、私は疑っている場合ではないと思うのよね。


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ひとつ前の記事を書いて一息入れていたらまた気が付いたことがあるの。皇大神宮にはしめ縄が張られていないのよ。お伊勢様にお参りした時を思い出しても、外宮と内宮と伊雑宮のどこでもしめ縄を見た記憶がないの。ネットで画像検索しても神宮にはしめ縄が張られていないのよ。

 

神宮にお参りする時の禊の二見興玉神社の夫婦岩や伊勢の神領民の人の玄関先にはしめ縄が張られていたのを見たのだけれども、神宮にはしめ縄が張られていないのよ。

 

もはや当たりなの前だけれども神宮はやはり岩戸開きの象徴のお宮だったのよ。古事記では大御神の岩戸が開けた時に二度と岩戸に戻れないようにしめ縄が張られているの。それは岩戸が閉ざされ後戻りできないことを暗示していて、伊弉諾尊が黄泉比良坂で閉ざした千曳岩なのよ。

 

死の国が父神の超能力で閉ざされ永遠の命の岩戸が開けてしまったことの暗示なの。天父と御子と御霊を信じその超能力の内に取り込まれることを暗示しているのが、伊勢の神領民の蘇民将来の護符と御白石持行事なのよ。

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この国で一番太いしめ縄が張られている出雲大社は私の中ではもう大国主命、すなわち素戔嗚尊、しかしてその実体は大御神をお産みになった伊弉諾尊であり、大御神である御子をお遣わしになられた天父の大社に確定だわ。

 

先住の国津神が祀っていた神籬や岩境を神社神道に取り込み、なおかつ出雲大社を古い国津神の神話により取り込み、天父のお社として秘めながらお祀りしていたのよ。その国津神の由緒はやはり邪馬台国にあるのよ。

 

私のそのような確信のもとになるのが貴船神社の結社(ゆいのやしろ)でお祀りされている岩長姫命なの。縁結びの神様であると同時に縁切りの神様としても信仰されているの。この世的な縁結びや縁切りを超越しているのよ。この国の神代の神様は皆そうなのよ。岩長姫命は弟橘姫命の暗示でもある右近橘で、その実体は永遠の命の木なの。

 

この永遠の命が縁結びと縁切りの神様なのよ。永遠の命と結ばれ死と縁が切れるという事なの。それを古事記の倒語(さかしまごと)で大御神の岩戸開きとしめ縄張りとして伝えていたのよ。

 

ベースはもちろん聖書よ。その神様に願い求めご縁を結んでいただき妖怪との悪縁を切っていただくという呪術なのよ。その呪術は人の理解などはるかに超えた神様の超能力によるの。この神様の超能力というキーワードが目下のマイブームなの。

 

この超能力により祝福を賜わるには全人類のために命を捨てた御子に命を捨ててでもお縋りしなければ、体感も霊感もできないというところに人間の抱える深刻さがあるのよ。経験上そう思うのよね。

 

しかしそれをお受けしてしまうと虫の知らせや第六感として世間の人が認識しているようなあいまいなものではなく、はっきりと大御神による神変と感じるのよ。聖書に御言葉ではっきりとそう書かれているから必ずそうなるの。受けたものでなければ判らないと書かれているわよ。

 

そのような賜物を、復活した御子の御真影をこの世で見せられてしまった人たちが集団で受けてしまったことも聖書には書かれているでしょ。そのように目で見たわけでもないのに信じる者は幸いであるというのも御子の御言葉なの。

 

信じられなければ到底無理なのよ。信じられなければ縁結びの神様は単に縁切りの神様になってしまい、それにより妖怪との縁が切れなくなってしまうということなの。それが御子の遣わす御霊という神様の恐ろしさなの。逆らえばこの世においてもあの世においても許されないと書かれているわよ。

 

そのように人にとって悩ましくも、恐ろしくも、深刻な事柄だから聖書では黙示され、古事記は倒語(さかしまごと)で書かれているのではないのかしら。娯楽を旨とする怪談話では何も見えてこないのよ。そう思うのよね。

 

こんなにエグイ記事をさらっと書かされるようになるとは思ってもみなかったわ。このような語り口でなければ書けないこと理解してもらえるかしら。

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もう記事を書ききってしまって書くことないでしょと思っていたの。ある意味でとても恐ろしい記事を書いているのは、あの夏の玄倉川の記事を書いて、その後二週間くらい怖くなってブログの公開をお休みした時から気が付いていたのよ。

 

それでも続きを書かされてきて、今年に入って思っている事は、すべては神様の神通力、超能力において革命が進行中という事なのよ。

 

その深淵を垣間見せられた先見者たちの聖書と古事記なのよ。その深淵を心の目を通して見せられてしまうと、そこには被造物である人間にとっては、かなり深刻な問題が横たわっているはずなのよ。

 

だからお釈迦様も当初教えを説く気にはならなかったのねというほどの深刻さなのよ。それを感じることはとても恐ろしいことなの。この世では怪談話というのは娯楽の対象で、そのようなことにはビジネスとして成り立つほどの需要があるでしょ。

 

しかし私が感じているのはそのような需要の対象にはなり得ない恐ろしさなの。その様だからもうブログの更新も終わってもいいでしょと思っていたら、なぜかいきなり今日もまた記事を書く気にさせられているの。

 

聖書の冒頭にはアダムとイヴが創られた時そこに唆す蛇がいたと書かれているでしょ。それがサタンなのよ。このサタンはお釈迦様に退けられ、メシアである御子が十字架上で死と復活による勝利を得た時に再び退けられ死んだと思われていたのよ。

 

ところがこの蛇サタンは使徒ヨハネにより竜として描かれ、獣と偽預言者を従えると黙示されていたでしょ。二匹の獣は既に上がっていて、六百六十六という獣の刻印の世になっているでしょ。その世の終わりの後に千年の間縛っておかれるとヨハネにより黙示されているのよ。それまでの間は竜と獣と偽預言者の三悪は自由に暴れまわるの。

 

世の終わりが来ることは御子による御言葉としてはっきりと聖書に書かれているの。それがいつになるかという問いにはヨハネが黙示録で回答しているのよ。

 

ヨハネの黙示録 6

10彼らは大声でこう叫んだ。「真実で聖なる主よ、いつまで裁きを行わず、地に住む者にわたしたちの血の復讐をなさらないのですか。」 

11すると、その一人一人に、白い衣が与えられ、また、自分たちと同じように殺されようとしている兄弟であり、仲間の僕である者たちの数が満ちるまで、なお、しばらく静かに待つようにと告げられた。

 

ヨハネの黙示録 7

 2わたしはまた、もう一人の天使が生ける神の刻印を持って、太陽の出る方角から上って来るのを見た。この天使は、大地と海とを損なうことを許されている四人の天使に、大声で呼びかけて、 

3こう言った。「我々が、神の僕たちの額に刻印を押してしまうまでは、大地も海も木も損なってはならない。」 

 

ヨハネの黙示録 20

4わたしはまた、多くの座を見た。その上には座っている者たちがおり、彼らには裁くことが許されていた。わたしはまた、イエスの証しと神の言葉のために、首をはねられた者たちの魂を見た。この者たちは、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった。彼らは生き返って、キリストと共に千年の間統治した。

 

私がヨハネの黙示録を読み込むと、あの獣もその像も拝まず、額や手に獣の刻印を受けなかった仲間の僕である者たちの数が満ちるまでは、竜と獣と偽預言者が大暴れするの。だからしばらく静かに待つようにと告げられたと読めるのよね。

 

神の僕として額に刻印を押される者の数が満ちた時が終わりの時なのよ。それまでは竜と獣と偽預言者は放置されているのよ。

 

その様であるから多くの人が終末観にとらわれる現代において911311COVID19が、種も仕掛けもある謀略で、竜と獣と偽預言者の詐術、手品、マジックで、それを見抜けない大衆の世であったとしてもまるで不思議ではないのよ。だから終末感が漂うの。

 

マタイによる福音書 7

13「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。

14しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 

終末観の感じさせる恐怖は娯楽の対象になどなり得ない深刻さを伴うのよ。神様の超能力が引き起こす恐ろしさで、催眠術師や手品師や世の超能力者などのエンタテナーの技が足元に及ぶところのものではないの。もちろん竜と獣と偽預言者のマジックも同じよ。千年の間縛っておかれると書かれているからね。それを経て死んだと思っていても、その後また暴れ出すのよ。そうして神様の超能力により本当の釣瓶落としにされると書かれているの。

 

この国では古くからそのことが悟られていて、一部の地域で妖怪釣瓶落として言い伝えられているのよ。そこに祝福と救いを見るのだけれども、自分の愛する人と共に狭い門から入ろうとしたら、人類全体にとって御子の御言葉はかなり深刻でしょ。

 

神様の超能力による深淵はそのような深刻さを伴うの。入ってしまうまでは娯楽で暇つぶししている余裕などないはずなの。そう思うのよね。

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十と十二の関係性。十干十二支として暦に浸透しているでしょ。

 

モーセの十戒とイスラエルの契約の十二だったの。十戒石板は契約の箱に納められているのよ。その契約の箱には辺が十二あるのよ。この解釈でいいの?と思うでしょ。

 

しかし古事記では永遠の命の象徴である乙橘姫命が八重の畳を三種用意してその上に座り入水したでしょ。そのことにより八つの角を持つ契約の箱の上にお祀りされている事を暗示しているのよ。角は三つの方向を持つの。

 

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その様にすべてが倒語(さかしまごと)で語られるなら、イスラエルの十二は契約の箱の十二辺の暗示と読めるでしょ。その中に十戒が収められているのよ。十二の中の十なの。

 

それはイスラエルの十二支族と失われた十支族にも対応しているでしょ。さらにそれは御子の十二弟子とお釈迦様の十大弟子にも対応してしまうのよ。

 

そうなるとイスラエルの十戒とお釈迦様の魔訶般若波羅蜜多は同じものとなってしまうのよ。だからお釈迦様が魔訶般若波羅蜜多の中で未来仏であるメシアを預言していたとしても何ら不思議ではないのよ。

 

十二に象徴される契約と十で象徴される戒めを、メシアと仏陀を通してこの世に広められた梵天、すなわち天父の御旨によるのよ。そう読めてしまうのよ。

 

それで十戒による魔訶般若波羅蜜多なのだけれども、御大層で凡夫になどには終生無縁の高嶺の花と思うでしょ。ところがそうではないの。

 

マタイによる福音書 20

 8夕方になって、ぶどう園の主人は監督に、『労働者たちを呼んで、最後に来た者から始めて、最初に来た者まで順に賃金を払ってやりなさい』と言った。 

9そこで、五時ごろに雇われた人たちが来て、一デナリオンずつ受け取った。 

10最初に雇われた人たちが来て、もっと多くもらえるだろうと思っていた。しかし、彼らも一デナリオンずつであった。 

11それで、受け取ると、主人に不平を言った。

 12『最後に来たこの連中は、一時間しか働きませんでした。まる一日、暑い中を辛抱して働いたわたしたちと、この連中とを同じ扱いにするとは。』

 13主人はその一人に答えた。『友よ、あなたに不当なことはしていない。あなたはわたしと一デナリオンの約束をしたではないか。 

14自分の分を受け取って帰りなさい。わたしはこの最後の者にも、あなたと同じように支払ってやりたいのだ。 

15自分のものを自分のしたいようにしては、いけないか。それとも、わたしの気前のよさをねたむのか。』

 16このように、後にいる者が先になり、先にいる者が後になる。」

 

神様は人を偏り見られないから聖書に名のある預言者やお釈迦様のような超人であろうと、俗世に生きる王であろうと凡夫であろうと、働き人に対する報酬は分け隔てなく永遠の命なの。

 

マタイによる福音書 7

7「求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。

 

マタイによる福音書 6

33何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみ加えて与えられる。

 

求めるかそうでないかの違いだけなのよ。まるっきり別の物しか求めることができないから御大層な高嶺の花と感じるのよ。求める先を間違えると魚を求めるのに蛇を与えられかねないの。

 

神の聖者であろうと罪人であろうと報酬の一貫性が貫かれるところに神の聖性があるのよ。そのような魔訶般若を悟らず、求める先を間違えることにより人は裸の恥をさらすのよ。そう思うのよね。

 

マタイによる福音書 10

26「人々を恐れてはならない。覆われているもので現されないものはなく、隠されているもので知られずに済むものはないからである。

 

なぜ隠されているかというと、試験において解答が隠されていなかったら試験にならないでしょ。授業の中に隠されている解答を自力でひねり出すから実力になるのよ。そうして働き人として報酬を受けるの。

10869000210阿吽



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創世記 17

1アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。

「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。

2わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」

24アブラハムが包皮に割礼を受けたのは、九十九歳、 

 

マタイによる福音書 18

 12あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。 

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

 

日本書紀の伊弉諾尊の黄泉比良坂での物語の一書に登場する菊理姫命は、きくり姫と読ませずに、くくり姫と読ませるのよ。菊花酒でお祝いする重陽の節句が九月九日なの。そこに九九の理が秘められているのよ。

 

その菊理姫命は白山比咩神と同一神なのよ。ここまでで九九の理が何を意味するのか明白になってしまうでしょ。白という字に一をくわえると百になるでしょ。ひめを比咩と書いてしまえば九十九匹と一匹の百匹の羊で、百はももなの。

 

伊弉諾尊は黄泉比良坂で千曳岩を閉ざす前に、追っ手を振り払うため三つの桃を投げ、大神実命と命名しているのよ。その岩戸が閉ざされた後に菊理姫命が顕れているのよ。これが古事記の、味方だけに通用する倒語(さかしまごと)なのよ。黄泉に降った伊弉冉尊はここで菊理姫として復活しているのよ。

 

大神実命は晴明神社の厄除桃であり、桃太郎さんの鬼退治の由緒までが伊弉諾尊の黄泉比良坂にあるのよ。

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 桃太郎さんの未申酉戌の方角の対角の丑寅を守護しているのが艮の金神で、鉞をかついだ金太郎さんなのよ。九九の理に背くとこの鉞で伐り倒されるのよ。

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重陽の節句の菊花酒は九九の理でお神酒に変えられた菊水なの。ワインに変えられた水なのよ。だから盃はお神酒の盃でなくてはならず水盃は水臭いとして嫌われるの。あの時代には水盃で神風を吹かせようとしたから大目玉を食らったのよ。

 

御子の水を飲ませてくださいという御言葉も倒語(さかしまごと)で語られていたのがわかるのよ。九九の理の父がアブラハムなのよ。そのアブラハムの僕が息子イサクの嫁探しの誓約でリベカにかけた言葉が、水を飲ませてくださいなの。山幸彦も海神の宮で同じことを言っているのよ。ここにご神前に供える真清水とお神酒の由緒が秘められているでしょ。

 

メシアである御子一択なのよ。その他の選択全てが六百六十六の獣の刻印を受けるのよ。そのようなことを思ってもみない人には何とも悩ましいと思えるでしょ。しかし聖書と古事記を倒語(さかしまごと)として読み込むとそのようにしか書かれていないのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

 

ヨハネの黙示録 18

4わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

5彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

 

現代の政治も経済も、その他のすべてが天父の九九の理に背いているのよ。宗教も同じよ。キリストや仏陀を崇めていても、仏陀を灌頂し、キリストをお遣わしになられた天父の九九の理を悟れないでしょ。

 

その九九の理によりなった神道で席巻されたこの国が天国に一番近い島なのよ。全国八万社のお社がそれを物語っているの。だから世界で一番長い歴史を誇っていられるのよ。

 

しかしその島にも獣が上がり、天から火を降らされた末に、九九の理をまるで知らない獣の学問により席巻され、お社ごと獣と同じく沈みかけているのよ。

 

迷える一匹の羊のようになってでもその獣から離れなければその災いに巻き込まれるの。不義をお覚えておられる神がいつまでも黙っておられるとは思えないでしょ。

 

九九の理による御子の十字架が神宮の心御柱と明かされても、この世では大方がそれに呼応しないでしょ。だから形ばかりのお祭りは自粛させられるのよ。全人類が一蓮托生だから自然な時の流れでもあるのよ。そう思うのよね。

 

マタイによる福音書 18

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

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マタイによる福音書 6

24「だれも、二人の主人に仕えるこはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか、どちらかである。あなたがたは、神と富に仕えるこはできない。」

 

上の御子の御言葉に従えば神仏のスピリチュアルを語りながら幸せなお金持ちになるなどと言っている人のお里が知れるでしょ。金運上昇の祈願による開運などというのも誰に何を祈願しているのかわかったものではないでしょ。

 

ヨハネの手紙 一 4

1愛する者たち、どの霊も信じるのではなく、神から出た霊かどうかを確かめなさい。偽預言者が大勢世に出て来ているからです。 

2イエス・キリストが肉となって来られたということを公に言い表す霊は、すべて神から出たものです。このことによって、あなたがたは神の霊が分かります。 

3イエスのことを公に言い表さない霊はすべて、神から出ていません。これは、反キリストの霊です。かねてあなたがたは、その霊がやって来ると聞いていましたが、今や既に世に来ています。

 

使徒ヨハネによれば霊的なことを語りながら御子のことを公に言い表さない霊は反キリストの霊なのよ。そのようなスピリチャルが全盛でしょ。

 

マタイによる福音書 7

13「狭い門から入りなさい。滅びに通じる門は広く、その道も広々として、そこから入る者が多い。しかし、命に通じる門はなんと狭く、その道も細いことか。それを見いだす者は少ない。」

 

滅びに通じる門から入る者が多い世の中で民主主義の多数決で物事を決め、その決め事に従っていたら一人も狭き門から入れないでしょ。故に資本主義も民主主義も御子の御言葉に逆らうのよ。キリスト教も民主主義を受け入れているわよね。

 

ヨハネの黙示録 2

22見よ、わたしはこの女を床に伏せさせよう。この女と共にみだらなことをする者たちも、その行いを悔い改めないなら、ひどい苦しみに遭わせよう。

 

ヨハネの黙示録 18

4わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

5彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

 

水を飲ませてくださいという御言葉は旧約聖書にも新約聖書にも古事記にも記されているの。

 

御子の御言葉は神代から永遠に変わることのない命の御言葉なのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

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原始仏教の世界を知る人は歌舞伎聚楽主とお釈迦様の話を知っているはずなのよ。このブログでも何度か書いたことがあるのだけれども、歌舞伎聚楽主とは当時のエンタテナーたちの村の村長さんのことらしいの。

 

この歌舞伎聚楽主さんは言い伝えにより、日ごろ人々を楽しませる自分たちは死後天国に行けると教わっていたらしいのよ。それをお釈迦様に尋ねたらそんなことは聞かない方がいいとお答えにならなかったの。しかししつこく尋ねるものだから三度目にお答えになられ、人を笑わせ煩悩の炎を煽っているからには死後悪趣に堕ちるとお告げになったのよ。

 

それを聞いた歌舞伎聚楽主さんはお釈迦様の教えに泣いて喜び、以後お釈迦様の教えに従い修行の道に入ったという事なの。

 

この歌舞伎聚楽主を現代に当てはめるとインターネット上のインフルエンサーたちなのよ。すでにテレビや新聞、雑誌の広告はSNSにおけるインフルエンサーマーケティングにとってかわられようとしていて、小学生の将来なりたい職業の一位がユーチューバーなのよね。気のやさしい良い子が真面目にそれを追及して成功しそうであれば、親はそれを応援する側につくのは当り前よね。しかしそんなところにも落とし穴があるのがこの世なのよ。

 

電車に乗れば新聞など読んでいる人は皆無で皆がスマホをいじっているでしょ。もう朝から晩までインターネットのマーケットにアクセスしている状態なのよ。そのようなマーケットで誰しもが成功できるわけではないのに小学生の憧れとなっているの。

 

そのような現状を鑑みて気が付いたのだけれども、テレビがこの国で普及しだしたころからエンタテナーが広告塔として、マーケティングに欠かせない職業だったという事なのよ。広告代理店がその黒幕だったのよ。お釈迦様が悪趣に堕ちるとしたエンタテナーの量産体制を受け持ったのが広告代理店とテレビやその他のマスコミだったのよ。

 

資金力のある大企業のマーケティング戦略がそれを牽引してきたのね。このマーケティング戦略が富を量産するのよ。

 

そしてそれはキリスト教国の集合体であるヨーロッパにおける産業革命により生まれているのよ。それが安手の労働力確保のための人身売買と植民地主義につながったのよ。キリスト教が世界宗教になることとマーケットがグローバル化することは轍が一つだったの。

 

この国では鉄砲伝来による南蛮貿易の窓口になったのがキリスト教の宣教師だったことがそれを物語っているように思うのよね。明治維新以降の近代化、すなわち欧米化によってもキリスト教は日本人に歓迎されなかったけれども貿易においては舶来品が歓迎されたでしょ。

 

大東亜戦争の敗北後は国防を覇権国に丸投げして、経済至上主義で西側の経済大国の一員に加わったのよ。そして気が付いたら世界で一番古い国柄として誇るべく伝統的な美徳は、悪徳として廃されるような時代を招来してしまったの。

 

男女は格差のない一個人として人権を認められなければならず、そこに格差があってはならないのよ。何故神話の時代から現代にいたるまで国体を保ち得たのかなどは、経済的な利益しか目に映らなくなっている個人にはどうでもいいことらしいの。

 

幸福の追求とは個人の利益の追求でしかなくなっているのよ。個人の暮らし向きが他人に棄損されないように人権で保障されていれば幸福らしいのよ。巨大マーケットの収奪により老若男女が解体され連帯感を消失し、さらにそのような個人がマーケティングにより物欲を煽られ悪趣に堕ちるという負のスパイラルに巻き込まれるのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

 

子たちが偶像にあこがれ、そのようなものになりたがる時代に入っているのよ。それが御子イエス・キリストの十字架が神宮の心御柱と示されて二十年も経っているこの国の現状なの。

 

終末感が漂う現代に至っても、お釈迦様の預言した未来仏がとうに現れ、御言葉を語り十字架上で全人類の罪穢れを祓い、大御神としてこの国でお祀りされていると気が付かない大人たちばかりだから当たり前の流れなのよ。

 

その大御神の恩頼により長きにわたり続いてこられたのに、それを忘れて侮ってしまっては長いことないような気がするのよね。大昔のユダヤがそうだったでしょ。

 

国難どころではなく全世界に及ぶ艱難の時代なのよ。終息して元に戻れたとしても子供たちの偶像崇拝をもう大人たちは後戻りさせられないでしょ。そう思うのよね。

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OVID-19のコロナ禍って桃太郎さんの鬼退治に思えるのよ。そんなこと考えている人この日本でも皆無なのかしら。そのようなこと思うたびに私っていったい何者と何度も思い返すのよ。でもそうとしか思えないから仕方がないのよ。

 

コロナは五六七で五十六億七千万年の数霊の語呂合わせで辻褄が合っていると思えるの。イスラエルが失われたイスラエルとなり大和に革められる日取りが五六七だったでしょ。お釈迦様はその全貌を悟って数霊で預言していたと思えるのよ。

 

旧約の預言者のダニエルの七十週の預言にイスラエルの再建命令というのが出てくるのよ。その再建命令が出たのが紀元前六百六十年で、その時にイスラエルの契約の箱がエルサレムの神殿から渡御をはじめたのだと思うのよ。

 

それが大和に落ち着き貴船としてお祀りされているのよ。上座部仏教の伝えによれば仏陀生誕は紀元前六百二十年前後で皇紀紀元四十年ごろなのよ。この時代は預言者イザヤとエレミヤの時代でイスラエル十支族は既にアッシリアに捕囚となり、その後四十年もしたらユダヤがバビロンに捕囚にされようかという時代だったのよ。

 

ダニエルが七十週の預言をしたのはそのバビロンにおいてだったの。失われたイスラエルの契約の箱とイスラエルの再建命令が無縁であるはずがないのよ。キリスト教の神学はそのイスラエルの契約の箱は完全に無視しているのよ。しかし近代に至り、古代から神宮でお祀りされていると明かされているの。

 

預言者イザヤからダニエルまでの時代はユダヤにとって滅亡の危機に瀕した時代で、お釈迦様が生きたのはその時代だったのよ。そのような時代に真理を悟ったお釈迦様が神の国イスラエルのことを何も知らなかったはずがないと思えるでしょ。

 

神によるイスラエルの革命についてイスラエルの預言者以上に知り抜いていたのよ。そして御子の降臨による革命とその後二千年もしたら再臨により革命が完全に成就することまで見抜いたうえで理外の理で五六七と預言していたのよ。

 

その五六七とコロナが理外の理の語呂合わせでリンクしているのよ。すべてが理外の理でつながっているの。神様の革命はすべて理外の理でつながっているのよ。

 

何故桃太郎さんの鬼退治がコロナ禍と繋がっているかというとその鍵は京都の貴船神社が握っているのよ。貴船神社さんはそんな事はまったく思ってもいなかったとしても私に言わるとそうでしかないのよ。

 

神道において船とは舟八口のノアの箱船であり、イスラエルの契約の箱であり、七福神の宝船なのよ。日本書紀には饒速日命という神様が天照大御神から十種神宝を賜わり天磐船に乗り天降ったと描かれているの。古事記では伊弉諾尊と伊弉冉尊がお産みになった鳥之石楠船神が天孫降臨に先立ちお使者として遣わされているの。その別名が天鳥船なのよ。天磐船と鳥之石楠船神と天鳥船なのよ。天降りに登場する神さまで同一神にしか思えないのよ。その正体がこれなのよ。

 

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羽根を持つ天使が守るアークが鳥船であり貴船なのよ。貴船神社の貴船は黄船に由来するらしいの。神武天皇の母神である玉依姫命が黄色い船に乗って京都の川を貴船川までさかのぼり水神を祀ったのがはじまりらしいのよ。

 

神道において黄と言ったら五色布の一色でしょ。五色の短冊や鯉のぼりの吹き流しの黄色なのよ。陰陽五行の土の色で四神相応で言えば中心の色なのよ。金色に繋がるの。

 

貴船に安置されている十戒石板の暗示なのよ。十字架で言えばクロスの中心であり、箱の中にあれば八つの角の中心にあり八宝珠の法輪の中心なのよ。だから黄船が貴船なの。その貴船神社には天津盤境(あまついわさか)という石庭があり貴船石で石組されている船の中央にマストである椿が配置されていて、それがこちら。

 

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マストを張った貴船は宝船にしか見えないでしょ。それが貴船の正体なのよ。神武天皇と饒速日命についてはまだ書き足りないことがたくさんあるのだけれども、ここでは話がそれるから割愛。

 

この貴船神社が丑の時参りに大いに関係があるのよ。神社の由緒には別伝があって丑の年の丑の月の丑の日に貴船大神が貴船山中中腹の鏡岩に天降れりとあり、現在丑の日が縁日とされているという事なの。こちらは鏡なの。八咫鏡でしかないでしょ。

 

貴船と八咫鏡は命の木の中に合体されていたでしょ。丑の日や丑の刻参りは元来心願成就の御参りであり本来呪詛とは関係なかったらしいの。それがいつの間にか丑の刻参りの藁人形の呪詛で有名になってしまっているのよ。

 

そのお宮は本宮と結社と奥宮の三宮からなるのだけれども真ん中にある結社に磐長姫が縁結びの神様として祀られているのよ。しかしこの神社縁切りの呪詛の神としても信仰されているという事なの。どうしても呪詛と縁が切れない定めなのよ。

 

それは磐長姫が縁結びの神様だからなのよ。磐長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)と天孫瓊瓊杵尊の事はこれまでも触れていて、いつかは書いてしまうつもりなのだけれどもこの物語はかなりえぐいわよ。そこに呪詛と心願成就の祝福の陰陽が織り込まれているのよ。そのような神社なのよ。

 

鬼と化した橋姫の伝説と切り離せないの。嵯峨天皇の時代に高位のお公家の娘が貴船神社に七日間籠もって、妬ましい女を取り殺したいので鬼に変えてくださいと祈ったの。貴船大明神は哀れに思い本当に鬼になりたければ宇治川に三七日の二十一日間浸れと告げたの。

 

女は都に帰ると髪を五つに分け五本の角にし、全身を朱に染め、鉄輪に三本の松明を取付け三つの火をともし、両端に火をつけた松明をくわえ全体で五つの火をともしたの。

 

ここで私が見逃せないのが三+二の五なのよ。造化三神と二柱の神を足した別天神五柱との相似性なの。神社に七日間もそうだし、三七日の二十一日など七七七で聖書のカバラの数霊のオンパレードなのよ。

 

そのような姿で大和大路を夜更けに走るとそれを見た人はショックで死んでしまったのよ。聖書では神様の姿を見ると死ぬと言われているでしょ。そのようにして宇治川に二十一日間浸ると生きたままの鬼になったのよ。それが宇治の橋姫なの。

 

橋姫は相手の女、その縁者、相手の男の親類、しまいには誰かれかまわず見境なく殺したので、京中の人が夕方を過ぎると誰も人を家にいれないし、出歩けなくなったの。

 

その頃、源綱という人が一条大宮というところに遣わされ馬で向かったのよ。その帰り道に一条の戻橋を渡るときに二十歳くらいの女性を見つけたの。綱は、夜は危ないので五条まで送りましょうと南に向かったのよ。すると途中で女が実家は都の外なので送って下さらないでしょうかと頼んだので、わかりましたと答えたのよ。すると女は鬼の姿に変わり愛宕山迄まいりましょうと言って綱の髪をつかんで飛び立ったの。

 

綱は慌てずに佩いていた名刀髭切で鬼の手を切り落としたの。切り落とした手を見てみると真っ白だった女の手が真っ黒で針のような毛が生えていたの。鬼の手を主君に見せると驚いて阿倍晴明さんを呼ぶことになったの。ここで大陰陽師の登場となるのよ。

 

晴明さんは、綱は七日間謹慎してください、鬼の手は私が封印しますと言いそのとおりにし、事なきを得たのよ。これが晴明さんと橋姫の物語なの。

 

橋姫が源綱の前に現れたのが一条戻橋でしょ。晴明さんは式神を使役していたのだけれども奥さんが怖がるので一条戻橋の下に式神を隠していたと言われているのよ。

 

能の演目の「金輪」によると橋姫に呪い殺されそうになった夫と後妻は寸前で安倍晴明さんに助けを求め、晴明さんが形代という身代わりの人形を使い呪い替えの呪術を試みると鬼女が姿を現し、その姿は宇治川で松明をつけ儀式を行った姿と同じだったのよ。そして夫婦に襲い掛かるのだけれども晴明さんに撃退され「時を待つ」と言い残して消えていったことになっているの。

 

その時に晴明さんの使った形代が茅で作った人型で、初めに藁人形を駆使したのは晴明さんだったのよ。それが式神のルーツで、大祓の時の人型や流し雛や雛人形のルーツとなっているのよ。陰陽道の人形祈祷と丑の時参りが結びついてしまったのよ。

 

鬼の「時を待つ」っていう言葉が将来に含みを残していて不気味でしょ。その時が今来てしまっているのよ。なぜそうなるの?というのがこの記事の本筋なの。

 

晴明さんの人形祈祷が式神のルーツで、その式神は一条戻橋の下に隠されていたのよ。その橋は橋姫が出現した橋なのよ。この一条戻橋で式神と鬼の橋姫がつながっているのよ。そして貴船神社の丑の時参りの呪いの藁人形へと発展していくことになるのよ。

 

小さな伝説が寄り集まり一つの大きな伝説を形作っていくのは不思議なのだけれども、細石が寄り集まり大きな巌となるようなことなのよ。今では橋姫は京の宇治川にかかる宇治橋の守り神として橋姫神社に祀られているの。と、ここまでくるといきなりお伊勢様に飛んでしまうのよ。

 

お伊勢様の五十鈴川にはもともと橋はかかっていなかったらしいのよ。緩やかな流れを禊ぎしながら渡ったり、石を並べて渡っていた時代があったらしいの。しかし増水すると渡れなくなるので後世に至り橋がかけられるようになったの。

 

そして橋の名前がなぜか宇治橋なのよ。いったいなぜ宇治橋でなければならないの?と思うでしょ。その宇治橋の守り神のお社がすぐ近くにある饗土橋姫神社なのよ。饗土は地名で橋姫神社なのよ。

 

ところがこちらは怨念話や妖怪話とは全く縁がないと説明されるの。どう考えても縁があるでしょ。私のように聖書と古事記が完全につながってしまっている立場から言わせると式神と橋姫は縁結びと縁切りの陰陽で表裏一体なのよ。

 

岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)の陰陽とまったく同じなの。八咫烏が大御神の心御柱は御子の十字架と明かしてしまっている時代だから、そこに着目して読み解いていかないと完全に取り残される時代なのよ。

 

十字架というご神木に打ち付けられた式神様が御子なのよ。妬みなどの悪感情に取り憑かれて御子を信じない者が、御子を藁人形のように扱い呪殺した鬼だと、陰陽道の呪術で伝えているのよ。

 

式神や身代わりの人形として扱うか、呪いの人形として扱うかで人と鬼が別れるの。呪いの人形とした時に鬼の本性を現し陰陽師に退治されるのよ。そして最後の時を待っているのよ。だから晴明さんが一条戻橋の下に隠した式神がお伊勢様の宇治橋の下に隠されているのよ。それが命の木に隠されたダートのセフィロトだったでしょ。

 

陰陽師のルーツが八咫烏なのでカバラなど熟知しているからそうなるのよ。晴明さんの鬼退治は桃太郎さんの鬼退治なの。その証拠が京都の晴明神社の厄除桃なのよ。


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この神社には晴明井という井戸もあり、天の真名井の井戸や滝や泉と同じものなのよ。この国では式神である御子の御言葉が生ける命の水なのよ。

 

そして丑の時の陰陽の対角上にあるのが未の時なの。今年は丑年でしょ。陰陽で対極にある未申酉戌が意識されなければいけないの。

 

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そして未の時に至ったら申酉戌は鬼退治の時を悟り、黍団子を賜わり鬼退治に従わないと鬼として退治されるという事なのよ。そして今年が丑年でが未の年でもあると読めてしまうの。私的にはね。

 

大御神の心御柱が出現してから二十年たっているでしょ。ユダヤに御子の十字架が出現して四十年経た時にユダヤは滅亡しているわよ。この四十という数は貴船の渡御の数霊なの。

 

イスラエルがエジプトに避難して四百年後に子羊の血により過ぎ越しを受けエジプトから脱出したのよ。家の入口の二本の柱と鴨居に子羊の血を塗り過ぎ越しを受けたの。鴨居とは鳥の鴨が居るということでそのまま鳥居だからね。お稲荷様の赤い鳥居がそのシンボルなのよ。陰陽師の賀茂氏は鳥の鴨で八咫烏と同族なのよ。神武天皇の弓の先に止まったのも金色の鳶で鳥だったでしょ。

 

過ぎ越しを受けたイスラエルはその後四十年の間荒野をさまよわなければならなかったのよ。神により禁じられた金の子牛を拝むのをやめなかったのよ。その荒野の道程のさ中に三種の神器と契約の箱がイスラエルにもたらされたの。

 

そのようにして過ぎ越しを受けながらも、子牛の像を拝んだ世代が二人を残して死に絶えるまで約束の地に渡れなかったのよ。四十年たった時に残った二人が荒野で生まれた子孫を引き連れヨルダン川を渡ったの。

 

その時に契約の箱が川の中州に留まっている間だけ川の水がせき止められ彼岸に渡御することができたのよ。過ぎ越しから四十年後のヨルダン川の彼岸への渡御の中間地点に契約の箱がとどまったのよ。モーセの時に紅海がせき止められたのがその前兆だったのよ。

 

そのようにしてイスラエルはエルサレムに都を築いたのよ。その後長い時を経て、契約の神様がユダヤに御子として降臨して十字架が出現したのよ。その時にユダヤ人が御子を磔にしてしまったでしょ。鬼となることを免れたのは聖書によれば百二十人程と書かれているけれども、本当の数が伝わっているのかどうかははっきりしないわよね。

 

とにかくユダヤの大群衆のうちのわずかだったことは確かなのよ。その十字架の年と信じられている年からきっかり四十年後にユダヤは滅びているのよ。ノアの時の洪水は四十日降り続いたの。御子が洗礼を受けた後にサタンに試みられるために荒野に退いたのも四十日だったの。イスラエルの歴史においてはこの四十年という数が過ぎ越し後の試練の日数なのよ。

 

だからこの日本に御子の十字架が出現してしまった以上は四十年後の2040年からは目が離せないのよ。そのように一昨年あたりからかしら、御霊に感じてはいたのだけれども去年からいきなりCOVID-19のパンデミックでしょ。今年になりまた非常事態宣言で終息の兆しを見せないのよ。

 

御子の十字架が出現してから二十年目で四十年を渡御の期間とすればその中間地点なのよ。お彼岸への渡御の中日なのよ。この四十年を橋に例えれば去年と今年は橋の中間地点でしょ。橋の下には式神様が隠れていたでしょ。まだ川の中州が御子の貴船に守られているのよ。

 

この式神様が御子で、最後の時が来ることははっきりと御言葉で示されているの。鬼と化した橋姫は晴明さんに退治された時に時を待つと言ったでしょ。橋の下から式神様が出現してまたぞろ鬼退治が始まってしまっているように思うのよ。全世界規模で終末観を抱いているでしょ。

 

イスラエルの歴史に学べば、時が満ちてしまったら道が閉ざされてしまうはずなのよ。御子を身代わりの式神様として敬いお祓いを受けるのか、無視して藁人形として扱うのかの最後の誓約でもあるのよ。天照大御神と素戔嗚尊の誓約なのよ。その時が満ちようとしているとしか思えないのよ。

 

天照大御神に悪意を持って高天原に登ろうとするのかそうでないのかの誓約なのよ。ほとんどの人が気が付いていないからただ悪疫退散としか祈願されないのだけれども、その様に映るのよね。

 御子は私のことを信じない者が私を殺すのであると御言葉しているわよ。

 

神様の誓約は理外の理において行われるのよ。理詰めで考えようとしても見えてこないはずなの。阿吽


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