天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 天照大御神

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伊弉諾尊はこの世とあの世の境の黄泉比良坂で黄泉からの追っ手の鬼に対して三つの桃を投げ追い払ったの。そして千曳の岩戸で閉ざしたのよ。

 

そうしたら腐乱死体の伊弉冉尊が毎日千人縊り殺してやると言ったの。それを受けて伊弉諾尊は毎日千五百人の子供が生まれるようにすると言ったの。その後に菊理姫が現れたりするのだけれども、このシーンも倒語(さかしまごと)満載でそれは奥の深い真名井の井戸なのよ。

 

そのすべてが七五三のお祭りにつながるのよ。七五三のお祭りのシンプルな解釈はこの記事に書いておいたの。

 

 

シンプルに理解したらその次のステージに移行なの。伊弉冉尊の千人と伊弉諾尊の千五百人は十と十五に還元されるのよ。それは十字架と七五三の十五の暗示なの。

 

伊弉冉尊の黄泉での死は十字架の暗示なの。それを定めたのが七五三のお祭りを定めた伊弉諾尊なのよ。そして岩戸が閉ざされた後に登場する菊理姫は伊弉冉尊の復活の暗示なのよ。

 

七五三の端午の節句の中心人物は桃太郎さんで、それは実は天照大御神でしかもメシアだったでしょ。メシアの復活による贖いが物語の核心でなければならないのよ。それがメシアの勝利だったでしょ。それが鬼の征伐の勝利なのよ。

 

そして鬼の征伐は三個の桃で都合三度あると暗示されているでしょ。一度目で悪霊が征伐され、二度目で悪霊にそそのかされる鬼が征伐され、三度目で親玉と悪霊と鬼がまとめて征伐されるのよ。

 

その三度の征伐で桃太郎さんから黍団子を賜り征伐に付き随った家来が、父神である伊弉諾尊から三つの桃を賜り、三千世界の桃源郷に遊ぶの。

 

一つ目の桃で許嫁とされ、二つ目の桃で婚約者とされ、三つ目の桃で神前結婚式となるの。それで万歳三唱の千代に八千代にめでたしめでたしのお正月となるのよ。

 

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  しかしスピリチュアルの世界で観光客として遊んでいるとその式場へのかけ橋を渡り損ねるのよ。式年に至っても式神様に通していただけないのよ。

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神道って知れば知るほどクールでしょ。そこに偽預言者や神示が醸し出す賢しらな教義のにおいなど一切ないのよ。

 

私たちが子供のころから慣れ親しんでいる雛人形や五月人形、そして謎めきながらも少し怖い童謡の中にその奥義が秘められているのよ。七五三なんか子供たちのお祝いだからね。

 

ダウンロード

 

そのお祝いの縁起は伊弉諾尊が投げた桃と禊で暗示される天照大御神によるのよ。桃から生まれた桃太郎さんなの。

 

そのように可愛くもクールな縁起を無視して語られる宗教やスピリチュアルって一体何かというとね、唆され般若の面をつけた夜叉たちの勘違いの世界なのよ。そこには観光客気分で遊んでいる人たちも含まれるのよ。

 

そのような勘違いの世界でも神様の世界だからシンクロや引き寄せが働くのよ。そのような時にその世界から抜け出せない因果の人間たちが唆され、覚醒したと勘違いしたまま本物の夜叉と化すのよ。そして縁起の怪しい偽預言者やマスターとなるの。

 

そのような賢しらな世界から逃れる秘訣は伊弉諾尊の縁起により、桃太郎さんの黍団子を分けていただくことなの。それが天照大御神の恩頼(みたまのふゆ)なの。

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 そしてそれがメシアから賜る隠されたマンナと白い小石なのよ。神宮のお白石持行事で神領民としていただくことなの。

 

皇大神宮に賢しらな教義のにおいなど一切しないでしょ。空気は凛として澄んでいるの。それがこの国の神々の阿吽の息吹なのよ。

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ひと記事書くごとに神道の奥深さを知らされるの。五月人形の金太郎さんに改めて惚れ直した。桃太郎さんは日本一のヒーローで判りやすいのだけれども金太郎さんは今一つピーンとこなかったのよ。しかしね、金太郎さんも桃太郎さんに引けを取っていなかったのよ。金太郎飴ってあるでしょ。どこを切っても金太郎というあれ。

 

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古事記と神道と大和と日本はどこを切っても桃太郎さんと金太郎さんと大御神なのよ。

 

マタイによる福音書 3

 10斧は既に木の根元に置かれている。良い実を結ばない木はみな、切り倒されて火に投げ込まれる。

 

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伊弉諾尊が黄泉の国とこの世の坂道の途中で桃の実を三つ投げたでしょ。それが大神実命という神様になったの。

 

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桃が三つ投げられた以上は鬼退治も当然三度あるのよ。最初の鬼退治で釣瓶落としにされたのが妖怪釣瓶落としの正体だったでしょ。その難を逃れこの世に来た人に父神から投げられた桃が魔訶般若の波羅蜜多だったの。

 

貴人の娘として生まれた橋姫はこの魔訶般若波羅蜜多を侮り鬼と化したのよ。妖怪釣瓶落としの罠にはまったの。

 

二度目の鬼退治でこの妖怪は千年の間縛っておかれると、魔訶般若の書の一つに書かれているでしょ。巻き添えを食らった鬼も一蓮托生でしょうね。

 

問題はこの桃の正体でしょ。ここまでの記述で鬼退治の桃太郎はメシア、すなわち式神様である大御神とわかるでしょ。

 

伊弉諾尊の投げた桃から生まれた桃太郎は、伊弉諾尊の禊により生まれた大御神なのよ。

 

そしてその桃は大神実命という神様の言霊でもあるの。メシアは父と私とはひとつであると御言葉されていたでしょ。梵我一如の言霊なのよ。

 

私がその言霊を精査すると「あづまはや(我妻よ)私の羊を養いなさい」となるの。

 

あづまはやというのは倭建命が足柄の坂上から身代わりになった弟橘姫の沈んだ走水をはるかに望み、三度嘆かれた御言葉で吾妻と我妻と東(あづま)の倒語(さかしまごと)。私の羊を養いなさいというのは、鶏が鳴く前にメシアを三度知らないと言い、鬼と化したペテロに三度かけられた御言葉だったでしょ。

 

それが神宮の式年の遷御の儀に先立つカケコーという鶏鳴三声の言霊の奥義なの。

 

メシアと父の梵我一如でこの言霊の三声を読み解くと、それが伊弉諾尊の投げた三つの桃の玄義なのよ。倭建命の嘆かれた足柄の坂と黄泉比良坂なの。その坂で生まれたのが大神実命という神様なの。故に、足柄山の金太郎と桃太郎も表裏一体なの。

 

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その父神の魔訶般若波羅蜜多に逆らい悟ろうとしないから鬼と化すのよ。いにしえの陰陽師たちから見たらこの世が百鬼夜行だったのもむべなるかなでしょ。

 

二度目の鬼退治で妖怪と鬼が千年の間縛られている最中に、あづま(吾妻)とされた羊飼いたちの婚宴があり、そこで二個目の桃を賜るの。

 

その後に三度目の正直の鬼退治があり、高天原から黄泉へ釣瓶落としにされた妖怪と鬼たちの岩戸が閉ざされ封印されるのよ。二度と開かないでしょうね。仏の顔も三度までよ。

 

その後に三個目の桃が下賜されるの。そこが八千代の桃源郷なのよ。

 

天照大御神をお産みになった伊弉諾尊にお詫びするのであれば今世中でなければならないでしょ。

 

それが父神の放った桃の一つである聖書の中のメシアの御言葉であり、天照大御神の倒語(さかしまごと)なの。羊は羊飼いの声を聴き分けるの。

 

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貴船神社の藁人形と式神様は表裏一体と書いてきたのだけれども、その式神様を使役したと言われている安倍晴明さんという稀代の陰陽師は一体どんな人だったのかというとね、百鬼夜行の鬼を見極める見識を賀茂忠行という陰陽師の先生に認められ、まるで瓶の水を移すようにすべてその道を教えられたと今昔物語に書かれているのよ。

 

賀茂忠行という人は賀茂氏で鳥の賀茂族なのよ。八咫烏と同族でありながら、この世に名前を持ち賀茂一族として下上賀茂神社と河井神社を守って来た生粋の陰陽師なのよ。

 

この賀茂忠行という陰陽師が、晴明さんの見破った鬼を、術を使い退治したと伝えられているの。

 

しかしね、陰陽師は倒語(さかしまごと)の使い手なの。だから文字通りに読んでいてはそこに示されている意味を読みそこなうのよ。身内どうして通じている秘儀を秘匿しながら示すのよ。古事記や日本書紀の神代がその手法で書かれていたでしょ。

 

だから陰陽師を読むときもその様に読まなければ読み込めないの。今昔物語の記述にそのヒントが置かれているでしょ。瓶の水を移すようにという記述でその世界と繋がれなければならないでしょ。わからない人は前記事読んでね。

 

安倍晴明さんという人は橋姫伝説で貴船神社と繋がっているのよ。橋姫は貴船大明神に、妬ましい女を取り殺すために鬼に変えてくださいと祈願したの。哀れに思った大明神が呪いの儀式を教えその儀式により鬼と化したのよ。

 

その儀式が丑の刻参りのルーツとされているのよ。橋姫の結末は源綱という人に腕を切り落とされ、安倍晴明さんがその腕を封印したことで終わっているのよ。

 

この橋姫は一条戻橋という橋で源綱という人に会い、鬼の正体を表しているの。安倍晴明さんは奥さんが怖がるからこの一条戻橋に式神を隠しながら用いていたことになっているのよ。

 

その他にもいろいろな伝説があり様々に伝わっているのだけれども、私が陰陽師の倒語(さかしまごと)を読み込もうとすればこれだけの情報で十分なの。貴船神社の藁人形と妖怪釣瓶落としの正体がわかればこれだけの情報で十分なのよ。

 

行くわよ。

 

貴船神社のご神木の正体はこの絵に描かれていたでしょ。

 

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 龍神様の貴船に十字のマストのご神木、そのご神木に掛けられた寶の刺繍の帆が式神様だったでしょ。しかし本物の貴船とご神木である心御柱は皇大神宮に祀られているでしょ。それは賀茂忠行や安倍晴明さんの時代にすでにそうだったの。

 

それはこの世に名を持たない裏天皇家とも言われる八咫烏がお祀りしていたのよ。賀茂氏にしてみればそのようなことは身内の陰陽師にとって当たり前のことだったはずでしょ。

 

その賀茂氏から瓶の水を移すように陰陽道のすべてを伝授された安倍晴明さんでしょ。貴船の鶴亀と妖怪釣瓶落としについても陰陽師の共通認識だったはずでしょ。仕掛けている本人たちだったのよ。そう考えれば橋の下に隠していた式神様の正体も見えてくるのよ。

 

本当の貴船の神社が皇大神宮であるように、晴明さんが式神様を隠していたのはお伊勢様の五十鈴川にかかる宇治橋なのよ。その証拠に鬼に変わった橋姫は京都の宇治橋そばの橋姫神社に祀られ宇治橋を守る神とされているの。見事な倒語(さかしまごと)でしょ。

 

晴明さんが隠していた式神様は皇大神宮の大御神なの。貴船神社の鬼の呪いを封じる陰陽道の呪術の使い手だったのよ。そのように見れば鬼の正体を見ていた陰陽師たちに鬼がどのように見えていたかもわかってしまうのよ。そこから桃太郎の鬼退治に繋がっていくのよ。

 

ここからは私の推測なのだけれども安倍晴明という人の母は白狐という伝説があるでしょ。白狐は妖怪とも考えられるけれどもお稲荷様と表裏一体でしょ。そしてお稲荷様の正体も大御神だったでしょ。

 

母がお稲荷様と暗示されているのよ。この倒語(さかしまごと)は一体どういうことかと推測すると、母はこの世に名を持たぬ陰陽師の一族で、八咫烏の出身なのではなかったのかと思うのよ。

 

人心の荒れた百鬼夜行の京都に八咫烏が放った鬼退治の桃太郎ではなかったのかしらと思えるの。鬼を見分けることのできる生粋の血筋のサラブレッドが京に送り込まれたのであれば、並みの陰陽師では歯が立たなかったはずでしょ。方術を駆使した陰陽師として晴明神社の御祭神となっているのもうなずけるでしょ。


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四日にね、妖怪釣瓶落としの正体書いたら、ブログのPVUUが一気にうなぎ上りになったの。しかしその後二日間で釣瓶落としなのよ。なにかわかる気がするの。

 

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妖怪釣瓶落としの正体が天から地に堕とされし驚愕の大王で、それを示すノストラダムスの預言の時期に共時性が働いて玄倉川の水難事故が起きていて、その水難事故がまるでノアの洪水により示された人類全滅に対する警告で、その警告が平成の時代にノストラダムスの預言により示された天界の四神相応のグランドクロスのように、地上に展開されてしまったと、そのようなことを書いてしまったからね。

 

しかしね、それが神道なのよ。天神様の細道は、行きはよいよい帰りは恐いなの。行きはよいよい帰りは恐いでなければ天神様の神道ではないのよ。

 

うしろの正面は式神様のお目出度の鶴亀と呪いの藁人形の釣瓶落としでなければならないの。

 

その様だから本当に怖い思いをして死んだようになる人が細道の入り口を見つけるの。神様が人の前に置かれた呪いと祝福を両方見つめないといけないの。二択だからそうなるのよ。だから行きはよいよい帰りは恐いの天神様の細道を、怖いながらも通りゃんせなの。

 

通していただければ成仏なの。だから通りゃんせなの。

 しかしこの世は神仏による魔訶般若の警告など馬耳東風でしょ。だから玄倉川なの。

 

私なんか通していただいたおかげ参りでお伊勢様に参りしたらその最後に倭姫命様からご挨拶お受けしてしまったからね。その様に共時性が働くのよ。

 

それでも共時性では言葉足らずよ。シンクロニシティーとか引き寄せの法則などとスピリチュアルや心理学の世界では知られているけれども、いずれも因果律の存在を無視しているでしょ。

 

魔訶般若波羅蜜多による虫の知らせなの。因果律を無視して引き寄せなど行うと藁人形や妖怪釣瓶落としを引き寄せるの。そそのかす蛇の思うつぼには嵌まるのよ。怖い思いを伴わない引き寄せやシンクロはその蛇の甘言と思えばいいの。メシアは柵を乗り越えて入ってくるのは狼だと御言葉しているでしょ。

 

日本人の感じる虫の知らせの本質は因果律によりしっかりと守られているわよ。日本人か外国人かに関わらず幼少時に日本語で育てられた人だけが虫の音を、ああ面白い虫の声と感じるらしいわよ。日本語の言霊なの。

 

それはね因果律を理解しない外国の成功哲学による引き寄せやシンクロ二シティーなどという底の浅い言葉ではなく、天照大御神の恩頼(みたまのふゆ)という表現が一番しっくりくるの。

 

それはね、天照大御神の本当のお名前である、ナザレのイエスユダヤの王のお語りになられた、信じる者には助け手を送るという言霊の結実なの。この王から助け手を送っていただくには、そのお方を王と定められた神の恐ろしさに一度打たれなければ送っていただけないのよ。

 

スピリチュアルの世界の引き寄せの法則やシンクロニシティーなどと言われることの底の浅さをはっきりと悟りお仕えできなければ無理よ。お陀仏なの。魔訶般若波羅蜜多の梵我一如として悟られなければ無理なの。神示や偽預言者にたぶらかされているのはもはや言外。

 

なんてね、そんなこと冥想しながら、神道の妖怪釣瓶落としまで理解したらもう王手でしょと思っていたらさにあらず。またまた記事にしたらニ十本分くらい書けそうなネタが上から落ちて来たの。

 

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本当にこの漫画のようなのよ。真名井の井戸深すぎ。いつまで書き続けられるのかわからないけれども乞うご期待なの。

special07 阿吽

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あ~驚いた。子供のころから見慣れていたお社の三つ巴紋に天の御柱と命の木への入り口がまとめて示されていたのよ。とんでもないものを見つけてしまったわよ。

 

わかってはいたけれども、これでもう古神道は創世記にまでさかのぼることは確定でしょ。その証拠見つけてしまったのよ。

 

その様だからね、この記事ではっきりと言いたいのは、古事記の神様は絶対に、軽薄な神示など降ろしてはこられないということなの。根本の神の神示などというのは絶対に信じたらだめよ。

 

私が一時嵌まっていた教会ではね、十代の不良少年が森に入り祈ったら御父と御子が共にあらわれ祝福を賜り預言者となったなどと教えていて、その預言者が起こしたキリストの真実の教会などと信じているのよ。

 

魔訶般若の善因善果などまるっきり無視しているのよ。それは今の日本のスピリチュアルの世界でも同じ。何の善因も示せないのにある日突然啓示を受け、スピリチュアルを売り物にし始めるの。それが偽預言者の真骨頂なのよ。

 

お釈迦様がお示しになられた魔訶般若波羅蜜多で穢れを祓っていない者に、聖心の神様が軽々しくコンタクトすることなどありえないからね。

 

入り口はケルビムと回る炎の剣で守らせられているの。禊せずにこの入り口を超えようものなら八岐大蛇のように三枚羽で滅多切りにされるわよ。八岐大蛇が八頭なのは初めから九頭竜の神様に八つ裂きにされているからなのよ。それが666 vs 999のメギドの戦なの。

 

九頭竜の神様の九九の理なの。その九九の理を受け菊理姫が菊水を菊花酒に変えられたのよ。その菊花酒の盃をお受けしていないのに、やれ空中携挙だ、アセンションだ、神示だ、クンダリニーだ、ヒーリングだ、カバラだ、ハルマゲドンだなどとグレーゾーンで遊んでいると、まとめてノアの洪水の時のように玄倉川で流されるわよ。

 

しかしね、そのようなことも、神様が園の中央に二本の木を生えさせられて、そこに蛇がいた時からの定めなのよ。蛇の霊気を受けそそのかされるカルマを持ちこの世に来てしまっている人がほとんどなの。

 

そのような中にありながら式神様の霊気を受け、自力で命の木への道を見出し通していただく人が、大蛇の体内から救われ大御神に献上されるの。そのような九九九の理を受け、一厘の仕組みがなった時に千代の宴が催されると君が代に歌われているでしょ。

 


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 古神道の神秘国なのよこの国は。

 

千年の間蛇は縛っておかれるけれども、千年の終わりに解き放たれ最後の最後に八つ裂きの八つ裂きにされ、藁人形をつかまされた人たちと共に黄泉に堕ち千引の岩戸が閉ざされるのよ。

 

それから後に八紘一宇の父の家の八千代が苔の生すまで続くの。そう謳われているでしょ。その時にお受けするのが年神様からのお屠蘇の盃なのよ。

 

それでも神様のお望みは屠られる生贄ではなく憐れみだと聖書に書いてあるでしょ。

 

それが日本人の感じるもののあはれなの。

 

阿吽


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丑の刻参りってあるでしょ。丑三つ時に神社のご神木に藁人形を打ち付ける呪い。絶対にやってはだめよ。丑寅の金神様の七殺の祟りが必中するからね。

 

この呪詛はねメシアの十字架の呪詛なのよ。メシアに論破され殺意を抱いたパリサイ人たちがご神体を命の木のご神木に三本の釘で打ち付けたの。

 

人を呪わば穴二つという言葉があるでしょ。この言葉正しく理解されていないと思うのよ。

 

玄義はね、人を呪うものは二度の死を免れないということなのよ。お釈迦様は魔訶般若波羅蜜多を悟る者はこの二本目の矢を受けないと諭されたの。それが呪いの藁人形に秘められている意味なの。

 

鏡を首から下げ、釘付けにされた藁人形を鏡に映すところなど、岩戸開きの時の八咫鏡に映った天照大御神とまるで同じでしょ。八咫鏡に呪いと祝福が透過して映されているのよ。

 

私のことを信じない者が私を殺すのであるとメシアはお語りになられたの。メシアを信じない人がメシアを藁人形として扱うという最恐の呪詛なのよ。

 

怖いのはね、天照大御神をこの世的なご利益の神様としか見ることのできない日本人の信仰の浅はかさなのよ。上がってきた獣に憑依されている事が丸わかりでしょ。六百六十六の刻印。その刻印は大御神の魔訶般若のお祓いを受けなければ祓い清めができないの。

 

その祓い清めの人形が、安倍晴明さんが駆使した式神なの。式神の式は式年の式よ。定められたという意味。根本の大神により祓い清めの神と定められているから式神様なの。それが天照大御神でしょ。

 

だから大祓の時の紙の人形や流し雛などが、人の罪穢れを移されお焚き上げされたり、川や海に流されることが何を意味するのか判ろうというものでしょ。走水の海で倭建命の身代わりになり入水された弟橘姫なの。

 

それらの人形が七五三の雛人形なのよ。内裏雛は素戔嗚尊と天照大御神の雛形の人形なのよ。そのようにして張られていた〆縄が七五三縄なの。

 

しかし大和の信仰がおぼつかないものだから獣に付け込まれ、張られていた〆がゆるゆるなのよ。

 

天照大御神を藁人形として扱い六百六十六の刻印を打たれることの愚を避けるためには、魔訶般若の式神様のお祓いによらなければ無理とわかるはずなのよ。

 

私はもうお雛様を飾る機会などないと思うのだけれども、飾るとしたら古事記由来の古式にのっとった、左上右下の京雛の飾り方が無難と思うのよね。

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もうね、神様に首根っこつかまれて離していただけない状態なの。しめ縄について書けって。しめ縄とは大御神が岩戸から引っ張り出された時に真榊を掲げた神様である太玉命が岩戸の入り口に張りめぐらしているの。

 

そして「もうここから中にはお帰りになりませんぞ」といっているの。これどういうことかというとね、大御神の死と復活により二度目の死に結界のしめ縄が張られたということなのよ。

 

だから自分の十字架を背負い大御神に付き随う人は二度目の死から害を受けないということなのよ。そこに福音の本質があるの。大御神がその死と復活によりしめ縄を張られたの。

 

お社ならどこにもでも張られているそのしめ縄なのだけれどもとんでもない所にその型示しが張られているわよ。七五三縄とも表記されるけれども、〆縄なのよ。

 

日本列島の丑寅線に皇大神宮のヽで〆がはられているのよ。そこに丑寅の金神様がお隠れになっているでしょ。龍神様の龍体にヽで〆なのよ。

 

しかもこの〆印、日本地図に照らして確認すると出雲の大社と京丹後の籠神社をなぞってヽなのよ。

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 ヽの先端が籠神社で終端が神宮の伊雑宮なのよ。この伊雑宮に大御神の本当のお名前が書かれた銘板がご神体として祀られていると明かされているの。一番奥ふかいところにお隠れになっているお稲荷様なのよ。

 

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ヨハネによる福音書 19.

 19ピラトは罪状書きを書いて、十字架の上に掛けた。それには、「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」と書いてあった。 20イエスが十字架につけられた場所は都に近かったので、多くのユダヤ人がその罪状書きを読んだ。それは、ヘブライ語、ラテン語、ギリシア語で書かれていた。

 

先端の籠神社はかごめ歌発祥のお社でうしろの正面がこの神社なのよ。籠神社と書いてこの神社と読ませているの。しかも籠目の六芒星が裏社紋とされているのよ。出雲大社と皇大神宮のうしろの正面なのよ。だから出雲大社の本殿は西向きに配置されているの。


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 どちらの神社の本殿も籠神社の方角に向かい拝礼するような配置なのよ。それが〆なの。何故そのようになっているかというと天橋立のある籠神社が命の木の玉座の象徴である、掟の箱の上陸地点だったからなのよ。運び込んだのは秦の始皇帝から命を受けた徐福なの。

 

蓬莱山に不死の仙薬を取りに行かせたのではなくて、不死の掟の箱を運び込ませていたの。その徐福が物部氏の祖で古事記では饒速日命として登場しているのよ。八咫烏が物部氏は徐福と共に来たと明かしているの。

 

その後倭国の大乱の時には卑弥呼がそれを治めたの。だから大御神と同一視されるに値する巫女さんだったのよ。お釈迦様の言っていた本物の変成男子だったのよ。失われたイスラエルに張られた〆縄なのよ。

 

そのしめ縄の本質を表しているのが蘇民将来の護符なの。皇大神宮のお膝元の伊勢地方ではお正月だけではなく一年中飾られているの

 

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意味するところは、大御神に従い蘇るものは〆が張られているから二度目の死から害を受けないという護符なのよ。

 

従わなければどうなるかということが年神様の盃であるお屠蘇という字で示されているでしょ。

 

そこまで理解できればモーセが申命記に書いていた神は人の前に呪いと祝福を置かれたという言葉がすんなりと飲み込めるでしょ。

 喉元のビシュッダチャクラが覚醒していないと、喉をつまらせてしまうかもしれないけれども。だからお釈迦様が二本目の矢を避けるための覚醒を促していたの。

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聖書に書かれている右と左ってあるでしょ。漠然としか理解されていないけれどもきっちりと理解するとどういうことになるかというお話。

 

インド人にとって左の手は不浄とされているでしょ。メシアは施しをする時は右の手のしている事を左の手に知らせるなと御言葉しているの。右の目が罪を犯すのであれば抉り出して捨ててしまいなさいとも。

 

ヨハネの黙示録では最後の審判において山羊は左に、羊は右に分けられるとされているでしょ。獣の刻印である六百六十六印は右の手か額に刻印されるの。そのように右と左ははっきりと区別されているわよ。

 

そこを分別して次のステージに上がるの。古事記がその分別を助けているわよ。伊弉諾尊の禊の時に生まれた三貴子がそのことを物語っているでしょ。左の目から大御神が生まれ右の目から月読命が生まれているの。ここには一筋の縄では解けない倒語(さかしまごと)の仕掛けがあるのよ。

 

私は理解するのに数年は要したわ。この記事ではその結論を書いてしまおうと思うの。

 

鼻から生まれた素戔嗚尊が中心で主神なのよ。その右と左なの。ところが陰陽道の呪術により右と左が反転させられているのよ。そこに置かれているのが八咫鏡なのよ。大御神の神道はすべてこの鏡を通して示されるのがお約束なの。八咫鏡を理解しないと迷宮入りするのよ。

 

この鏡は大御神の岩戸開きに際して調製され根付きの真榊の中の枝に掛けられたでしょ。その意味するところは人体のマニプーラのチャクラで、命の木のティファレトのセフィロトだったでしょ。ここが八宝珠の中心だったでしょ。わからない人は前記事の命の木について書いた記事を熟読してね。

 

その場所に鏡がかけられているのよ。それはイスラエルのカバラがメシアの復活以降弟子たちに明かされたことを意味しているのよ。

 

注意しなければいけないのは鏡というものの性質が左右の反転なのではなく、前後の透過だということなの。前後が透過しているから左右が逆転しているように見えるの。鏡に映した右手は鏡像の左手として映るのだけれども、右手はどこまで行っても右手なのよ。その鏡が真榊である命の木に掛けられ明かされているの

 

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そこで明かされているのは均衡の柱と慈悲の柱と峻厳の柱の並びなのよ。命の木は鏡像であり神様の玉座の前面の後面透過ということなのよ。

 

そう理解してよく見ると慈悲の柱は玉座の右に位置している事が分かるでしょ。慈悲の神のメシアは勝利を得て神の右に坐しているのよ。それが左目のように見える大御神の真の玉座の位置なの。

 

その主神と大御神の着座が京雛の左上右下なの。今でもそのしきたりにおいて京雛は飾られるの。関東雛の飾りにおいて逆転している事にはかなり大きな神秘が秘匿されているわよ。

 

この雛飾りは命の木を映していてそこには素戔嗚尊と大御神の誓約の物語が凝縮されていたでしょ。そのように見た時に気が付かなければいけないのは、京雛の雛飾りは玉座を正面から拝している形ということなの。女雛のメシアが右に坐している姿なの。


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 四段目の随身である右大臣と左大臣は右の柱であるメシアと左の柱の聖霊の並びなのよ。慈悲の柱と峻厳の柱の並びなの。左が優位だから左大臣が老人で右が若者と説明されるの。 

 

けれどもアブラハムとイサクとその親子二人の僕の誓約と聖書が暗示していることを考えれば右大臣の若者が御子で若頭なのよ。左大臣が僕として働く聖霊様であり、共にお働きになられた仏陀釈迦牟尼とみても間違いではないと思うの。

 

問題は五段目なの。そこには右近橘と左近の桜とその間に三人の仕丁がいるのだけれども、この右近橘と左近の桜が、神様が園の中央に生えさせられた二本の木で、命の木と善悪を知る木なのよ。その間にお仕えする人間たちがいるの。

 

この二本の木は命の木が橘で弟橘姫と岩長姫、善悪を知る木が桜で木花開耶姫(このはなさくやひめ)と古事記では暗示されているのよ。天孫瓊瓊杵尊が天下った先で岩長姫を送り返し木花開耶姫(このはなさくやひめ)とだけ結婚したと古事記は語るのだけれども、そこにはとんでもないことが預言されているわよ。古事記には木花散る姫などという神様も登場しているの。その件はまた今度。

 

ここでの問題は右近の橘と左近の桜なのよ。御父と御子の左右の他にもう一つの左右の解釈があるの。この解釈の違いを識別しないから聖書の右も左もわからないのよ。この二つの左右の違いと関連を悟らなければならないの。

 

一言で言えば御父と御子の左右により、命の木の左右をどのように悟るか誓約で占われているということなの。その帰結により右と左に分けられるのよ。

 

善悪を知る木から取って食べて悔い改め、命の木に食い改めることができるかどうか試されているということなの。左の山羊として悔い改め、右の羊の列に加えていただかないととんでもないことになるとヨハネが黙示していたのよ。

 

右のメシアは慈悲の神様だから逆らっても許されるの。だから全員復活させられるの。しかし左の聖霊様に逆らったらこの世においてもあの世においても許されることはないというのがメシアの御言葉なの。

 

メシアを信じた時に送られてくる助け手はこの神様よ。宝船の、虹の七福神様なの。逆らった日には七殺の祟りの丑寅の金神と化すのよ。雷様でもあるわよ。ゴロゴロ鳴っているうちに悔い改めておかないと直撃を受けるの。だからカバラのくわばらくわばらなの。

 

そのような御父と御子の左上右下が大正時代に諸外国の右側優位にならい改められて、男雛が向かって左、女雛の右に飾られるようになったの。

 

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時代の中でカバラの八咫鏡の左上右下が大きく動きだしてしまっているのよ。それが今の時代なの。長くなるから続きはまたの記事で。

 

重陽の節句の後の雛ね。大人の雛祭りとも呼ばれるらしいわよ。


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