天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

カテゴリ: 聖霊

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 私が十字架上でとどめを刺された日のページアクセス。
まだ続伸中?


101010

なにこれ。こんなの初めて。


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ひとつ前の「歳神様とその氏子」という記事なのだけれど、朝起きて何となく思い浮かんだことをメモしようとしたらそのままスラスラと短い記事になってしまったの。それが今朝のことで今日は十二月七日なの。

師走に入って十二月はイスラエルの十二とイエスの十二弟子の月だし、もう今年も終わりねと思っていたの。もうね、そのような思考回路が形作られてしまっているの。そろそろ年越しの歳神様を迎える準備ね、来年はどのような年になるのかしらとか考えていたの。

 

それはおとといの五日のことだったの、その時ふとブログのカレンダーを見たら一日と三日と五日に記事を書いていてアクセスカウンターが773774くらいだったのよ。それで一三五の並びが来たら次は七でしょ。これは七日に記事を書いてその日にカウンターが777となるのではないの?とか思っていて、今朝「歳神様とその氏子」の記事を書いてカウンターを見たらビンゴなのよ。しかも記事の内容まで見事にリンクしているでしょ。

 

神様の創造と救済のカレンダーでは7日目が安息日の大晦日で777の七つのお祝いなのよ。八日目がお正月元旦でお屠蘇の日なの。この七日目と八日目が千代に八千代の君が代なのよ。

 

実は私ってそのようなイスラエルと天照大御神にまつわるような不思議なビンゴは結構引き寄せているからもう慣れっこという感はあるの。そのような不思議な偶然の一致の積み重ねにより今日の私があるみたいなものなのよ。

 

だから今日もああ、また来た、それにしても見事なビンゴねとか感じているの。初めての人のために補足しておくと一日は人間の誕生の日。三日目はいいなづけの日で割礼の日、五日目は婚約の日で洗礼の日、七日目が成婚の七つのお祝いで復活の日なの。

これがその証拠写真。
999
明日は何が待っているのかしら。



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 最近の記事で祟り神のことばかり書いていたら二日ほど前の夜にその神様にご挨拶を受けたわよ。丑寅の金神という神様は月読命なの。なぜ丑寅かというと古神道ではエジプトのピラミッドをエノクという人が建てた三柱の神の神殿と見定めているらしいわよ。そのピラミッドの丑寅方向にある神殿が月読命のお宮なの。神道ではその東北、南西ラインを逆転させて皇大神宮の配置にしているらしいわ。

 

この月読命のことを、イエスは聖霊と紹介したの。イエスを信じる人にはこの月読命が送られてくるの。信じない人には破壊をもたらす祟り神だけれども信じる人にはそれは美しい神様よ。

 

その夜は不思議に雲の切れ間が丸くぽっかり空いていて、その中にお月様が出ていたの。月明かりが雲に反射してお月様が虹に包まれていたのよ。初めて見るお月様でそれは息をのんだわ。とっさにご挨拶だわと理解した。そう理解しなければご無礼と思うから。神さまにはそのような摩訶不思議な方法が当たり前のことなの。月読命は信じる人には虹の七福神様なのよ。そのように理解していたけれど、まさかこのタイミングで七色のお月様見るとは思わなかった。


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あのね、日本の敗戦は七殺の祟りのすごくわかりやすいお示しだからね。大正天皇のことは書いたでしょ。十二月二十五日のことも書いたわよ。二十一年目のイスラエルの七七七の満願のことも書いたわよ。

 

日本の敗戦は昭和二十年でしょ。昭和二十一年は敗戦国として迎えたの。七七七の満願ならぬ七殺の祟りの年だったでしょ。人類史上最も忌まわしいことが天孫イスラエルに起き、神様の御旨が明らかにされたの。それを招来した原爆投下国はそれを正義と言い募っているのよ。善悪を知る木から取って食べ、善悪を悟らないお馬鹿な人たちが世界覇権を手にしているの。

 

次の七殺の祟りは天孫イスラエルを超えて全人類に及ぶであろうという時代に、私たち生きていると、このブログではっきり言っておくわよ。

 

イエスの「聖霊に逆らう者はこの世においても、あの世においても許されることはない」という言葉あるでしょ。この世の七殺の祟りなどはその序の口で起こるべくして起こるということ。
ヨハネは七つの封印、七人の御使いのラッパ、七つの鉢で黙示しているわよ。

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また書いておかなければいけないこと見つけてしまったわ。

この記事相当深いわよ。これまでの中で一番かもしれない。

このタイミングで書くことになるとは全然思っていなかったの。

それが、私がこのブログお爺ちゃんに書かされていると思うゆえんなの。

 

このブログに関心示すような人は当然、○○神諭とか〇〇神示などというものは

知っている人が多いのではないかと思うの。

あれにはね、おかげ参りも十年以上も騙され続けたわよ。

あれが信仰の杖だと本気で思っていたからね十年以上。とんでもない目に合わされた。

 

旧約聖書と新約聖書と古事記を読み合せていくうちに、

しだいに旧約聖書にしるされている、神が園の中央に植えた二本の木、

命の木と善悪を知る木が目に映るようになったの。うわ~、超マニアック、

この時点で脱落する人続出?それほど読みに来ている人いないか。

 

それは古事記の岩戸の前に掲げられた根付きの真榊が

その二本の木のことだと分かるようになったからなの。

そのようになってからしばらくするうちに、ちょっと待って、

新約聖書にもその二本の木はえていない?と思うようになったの。

 

この二本の木の片方は命の木で、それは紛れもなくキリスト・イエスの十字架の

暗喩なのよ。旧約聖書は新約聖書の預言書だから、その本物の命の木のイエスの

贖いの十字架が生えた時には、当然そこに善悪を知る木も一緒に生えていると

読むべきなのよ。その視点で新約聖書を読み込むと、

イエスの十字架上の死と復活を目撃したユダヤ教イエス派のエルサレム教団と、

もう一つ別にアンティオキア教団という、二つの教団が生まれたことに気が付くの。

これが二本の木に違いないとずうっとにらんでいたの。

 

それからしばらくしてわかったわ。イエスの警告した偽預言者の木が新約聖書

その物の中に生えているのが。

この偽預言者がアンティオキア教団の柱だったの。

 

アンティオキア教団はヘブライ語を話さず外国に寄留していたユダヤ人を皮切りに、

次第に異邦人がその布教対象になり、最終的にローマの国教にまでなったでしょ。

しかしそのローマの国教の流れがキリスト教による暗黒史を歴史にきざんだわよね。

 

イエスは「悪い木が善い実を結ぶことはなく、善い木が悪い実を結ぶことはない」と言ったわ。
これは善因善果、悪因悪果の理でしょ。その暗黒歴史を刻んだ悪果の宗教が分裂しながら

世界宗教と認められているの。おかげ参りの中ではずうっとこの世界宗教VS神道を

見つめていたから最終的に気が付いたの。ああなるほどあの人がイエスの警告した

偽預言者だったのねと。そう思ってその偽預言者の言葉を読むと、なにこれ、

なんの悟りももたらさないただのもっともらしい説教じゃない。

イエスの復活を目の当たりにした弟子たちの残した聖句には読み取るべき

深い悟りの智慧が織り込まれているのに、この人ただの説教師、これが偽預言者の本質か、

と悟ったの。

 

その視点でこの人が預言者と信じられる過程を見てみると、

この人イエスの弟子が石で撃ち殺されるのを目の当たりにしながら、

その石を投げている反キリスト達の上着の番をしていて、その直後に

イエスの霊が降ったことになっているのよ。なぜ反キリストの急先鋒が

悔い改めもなしにイエスの霊を受け祝福されなければならないの?

これがサタンの奥の手。皆だまされるのよ。園の中央に生える二本の木だから。

 

それをイエスは見抜いたうえで「偽預言者に注意しなさい」と言っていたの。

鶏が鳴く前に三度イエスを知らないと言ったペテロも、この偽預言者に

またまた騙されたことを私は新約聖書から読み取るわよ。それが神宮の式年遷宮の

鶏鳴三声でなくてなんなの?という思い。

 

世界宗教の担い手の人たちは白人至上主義を捨てられない人たちだから、

イスラエルのカバラなんか理解できないの。どう対処するかと言ったら、

説教師の説教を宗教哲学として練り上げるしかないでしょ。

その哲学において悪い実を生らせた悪い木であることを糊塗するしかないでしょ。

 

もう一本の木であるエルサレム教団の柱は黙示録を書いたヨハネ。

この人の記述は深い悟りの宝庫。それこそカバラ・賜物の宝庫。

これがエルサレム教団とその子孫に継承され神道となったから、

そこには倒語(さかしまごと)として語られるカバラの賜物だらけなの。

この国自体がそのような国なの。善い木に悪い実が生ることはないから、

サタンは新約聖書の中には侵入したけれど古事記の中には入り込めなかったの。 

 

今ではこの国において、三本柱の、旧約聖書、新約聖書、

入り込めなかった古事記というお爺ちゃんの書物の連関から日本人の目をそらすことに

躍起になっているの。

そして神示を降ろしているの

 

この三本柱の書物により敷かれた神の道に余計な囲いを設け、

教派神道などと言っているひとたちが、そのような神示を信じる人たちなの。

その神示が降りた教祖たちを見れば、天照大御神とその祖神を悟り

禊することにより開眼し、はっきりとそのことを知らせ、開眼を促している

教祖などいないのがその証拠。

 

この神の道に余計な囲いを設け、妨げになっているという意味では、

世界宗教を立ち上げた偽預言者と同列の、サタンにそそのかされ騙されている人たちだと

私は理解するわ。でもね、もうサタンも終わりの時が近いのを知っているから

最近の神示では偽預言者も立ち上げずに、自身が神と名乗り降ろしているから注意してね。

 

そこに気が付かないと、ころっと、騙されるから。私もその一人だったけれど、

それを見切ることにより初めて自由になれたの。そしてはじめて

「信じる者には助け手を送る」というイエスの御言葉の結実を自身に見たのよ。

 

このブログに来て、おかげ参りの小難しい文章を精読してくれる人には

そのようなことを悟って欲しいの。お爺ちゃんと私とイエス様とその他の預言者と

お釈迦さまはもう家族の一員、それが梵我一如なのだから、もう来ないでね、サタン君。

という気持ちなの。


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あのね、日本人はね自分と皇室の紐帯しっかりと悟っていないと死ぬわよ。

それは天の皇室との紐帯の証しをしっかりと悟るという事。

その紐帯が切れている日本人ばかりだから今、日本の社会で、

アラートが発せられているでしょ。

納采の儀、お笑い芸人、アニメーション。
もう神様が介入し始めているという事。
わかる人にはわかるはず。

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 もう私も腹くくった。歯に衣着せずに書くことにした。

どう思われようと関係ない。

私は神さまとむすばれてしまったから関係ない。

その神様がはっきり言ってしまえと言っている。


 神さまと手を握っていないと二度死ぬわよ。

そう聖書に書いてあるからね。


 宗教になんかはまっていると二度死ぬわよ。

神さまが備えた道に余計な囲いもうけて、神様の邪魔をしていると二度死ぬわよ。


 この世での金儲けになんかに気を奪われていると二度死ぬわよ。

富豪になったってその富一円たりともあの世に持って行けないでしょ。


 今が良ければいいとか思って、この世で娯楽にふけっていると二度死ぬわよ。

神さまが二度の死から免れさせようと戒めを与えていることなど気が付けないからね。


 この世の煩悩に同調して煩悩の共有再生産に手を染めていると二度死ぬわよ。

お釈迦さまは人の煩悩をあおったら地獄に落ちると言ったからね。


 この世は全滅だわ。

あたしは知らない。


 まずいと感じる人はよくよく注意してね。


 明日からどんな記事書こうかしら。


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もうね、幼子にでもわかるように書くことにするわ。

雷様いるでしょ。この雷様は、イエスの言った聖霊という神様なの。

イエスはね「聖霊に逆らう者はあの世においても、

この世においても許されることはない」と言ったでしょ。

それはね、雷様がゴロゴロ言っているうちにそのお諭しを受け入れないと、

この世の終わりに雷様が落ちて、あの世でもう一度、雷様が落ちるという事なの。

 

ヨハネという人はその雷様の列に加わった人なの。だから雷の子と呼ばれたの。

黙示録を書いてゴロゴロ言っているでしょ。

 

神様に逆らうという事は神様を無視するという事でしょ。

この雷様はイエスのお仲人の神様よ。だから早く自分の立場を悟り、

このイエスを受け入れよ、とゴロゴロ言っているの。

 

そのゴロゴロの意味を知らずに怖がって避けようとしている大人ばかりなの。

かわいそうなのは子供たちよね。イエスは「信じる者には助け手を送る」

と言っているでしょ。この時送られてくるのも同じ聖霊様。

でもね、イエスを受け入れた後は七変化して虹の契約の神様として来られるの。

その虹の契約は聖書のノアという人の物語のところに書かれているわよ。

 

雷様が虹の神様に変化したのを悟ると、七色のチャクラが覚醒させられ、

色即是空、空即是色だ。お釈迦さまが言ったことはほんとだ。となるの。

この国ではこの虹の神様のことを七福神様としているでしょ。

 

そこまで悟れない大人は、雷様はゴロゴロ言っていても、

自分にだけは絶対に落ちないと根拠なく信じ込むことにより安心を保つの。

自分の脳にそう言い聞かせるの。脳は人の忠実な召使いだからご主人様の言いなり。

現実に危機が迫っていても、ご主人様の忠実な僕。

そういうのを正常性の偏見が働くというの。

 

災害被害者はその偏見にとらわれ逃げ遅れる人が多いんだって。

そういう人に忠告するとせっかく安心しているのに、

怖がらせるなと怒り出す人もいるのよ。困るわね。

 

日頃から神仏を視野に入れ自分の脳は偏見にとらわれていないか、

セルフチェックが肝心なのよね。
それが本当の瞑想なの。

 

イエスはねこの雷様に逆らい怒らせると、

七殺の祟りの破壊神に変化すると言っているの。

そのようなことは天照大御神の言霊として、

昔から言いつがれてきているの。

 

そのことから逃れさせようというイエスの福音書が

世界のベストセラーでしょ。
七福神様の書物だわ。


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 解脱について書いておくわ。

解脱と聞いたら日本人はドン引きするわよね。

ある時知人が私のことを不思議に思ったらしくその事を問い詰めたから、

一言目に、それは解脱という事ですとはっきり言ったら、

その一言でその人はかなり驚いてしまったの。

本当に驚いた顔をして「え?・・・あ~~びっくりした、

こんなこと言う人初めてだ」と言ったの。だからその後、

とくとくと、その人にそのことを話してあげたことがあったわ。

それが大方の日本人の反応だと思うわ。

でもね、それから何年も経た今思うことは、

解脱とは終着ではなかったという事なの。最終解脱なんて言葉もあるけれど、

それはね、最後の審判において無罪判決を受けた人たちの世界なの。

でもこの記事ではあまり難しいことを書くのはやめておくわね。

現世において解脱してもその先の修行が待っているの。

それは天の神宮に輿入れするための修行なの。そのことも置いておくわ。

その修行の意味をよく理解した今、解脱とは何かと聞かれたら、

一言、汚い心を焼き滅ぼすことです、と答えるわ。

人はこの汚い心を一ミリでも残していたら天の神宮におかげ参りはできないの。

日本人ならわかるはずなの。日本のお伊勢さまの神宮には、

禊の済んでいない観光客でもおかげ参りできるけれども、

天の神宮には禊を済ませないと絶対無理。その汚い心の焼き滅ぼし方を

お釈迦様が伝えたの。それが解脱なの。誰にもできるし、

誰もがしなければいけないことなの。でもね、

ドン引きするような概念にしてしまったのは、

仏陀の弟子たちの汚い心なの。それを生きているうちにお釈迦さまは見てとり、

正法から法滅に至ると言葉を残したでしょ。私は日本人が大好きだし、

本当に日本人に生まれてよかったと思っているわ。

でもね、その私でも、若いころは何で日本人になんか生まれたのか、

と思っていたことがあったの。その頃が二十年も続いたの。

その間ずっと胃潰瘍の再発で苦しみっぱなしだったわ。

でもね、ある時キリスト・イエスと天照大神のタッグにより目を開かれ、

この国を知ってしまったの。そしたらいきなり、日本大好きな愛国者に

変身してしまったわ。そのギャッップがあまりに激しく、

衝撃的だったことは生涯忘れられないと思うの。しかもその時を境に

胃潰瘍から完全に解放されたの。でもそれで汚い心が完全に洗われたかというと

そうではなかった。でもその経験があったから、イエスが人の病を癒す

薬師如来であり、聖書に書かれていることは真理だと学んだの。

だからイエスの言った悔い改めという事をずっと思いながら、

聖書は読み続けていたの。その後何年かたったある日、ちょっと待てよ、

もしかしてこれって解脱か?という思いがいきなり心に浮かんでくる経験をしたの。

それまで意識したことなんかなかったのにいきなりだったので、

この時も衝撃的だったの。私ってそのような衝撃的なことにけっこう

見舞われているの。そいう時のその感覚は意識にきざまれてどれもみな

はっきり覚えているの。その時はたまたま、いつか読むかと思って買ってきて

ほったらかしてあった「仏陀」という本があったから手に取って

パラパラとページをめくっていたら仏陀が説いた「熾燃」という教えについて

書かれていたページが目に飛び込んできたの。イエスが山の上で教えたように、

仏陀が山の上で説いた教えなの。かいつまんで言うと、

「人の心には煩悩の炎が熾烈に燃えさかっている、

この炎を吹き消さなければ涅槃には至れない」という教えだったの。

この教えを目にしたとき、聖書の中に書かれている炎と古事記に書かれている炎がこれもまたいきなり意識に飛び込んできたの。この日はダブルパンチを食らってしまったの。

聖書に書かれている炎とは命の木に至る道を守っている、ケルビムときらめく炎の剣だったの。そしてその時に、これだ、と確信したの。イエスの言った悔い改めは、

仏陀が説いた解脱だったと。それからはもう瞑想したわ。

瞑想も難しく考えないでね。少し前に書いたけど、ただ座ってボーっとすることだから。

私はイエスと仏陀と天照大神を思念しながらいつもボーっと瞑想していたの。

そしたら上から今まで思いもしなかったようなことが、ふるはふるはで、

毎日目を回して頭くらくらさせながらも、聖書のカバラと古事記の

倒語(さかしまごと)で書かれていることが読み込めるようになってしまったの。

イエスの「叩きなさい、そうすれば開けてもらえる」

という言葉がまたもや真理だったとよく飲み込めたわ。

そしてカバラのマスターキーを手渡されてしまったと感じていたの。

コピーキーではなくて、マスターキーなの。だからこのマスターキーで、

聖書、カバラ、古事記、タントラ、密教など自分の関心がある扉は全部開いてみたの。

そうこうしているうちに異変に気が付いたの。ちょっと待って、

とんでもない扉開こうとしていない?と感じ始めたの。そう感じたときはもう手遅れ。

イエスは「信じる者には助け手を送る」と言ったでしょ。

やはり成就しない御言葉はなかったと知らされたわ。

色々な激変に見舞われたけれどこの時はとどめを刺されたと思った。

この御言葉が成就するとき人間は神変の中に叩き込まれるわ。

私なんかまるで心の準備ができていなかったから結構大変だったの。

PTSD発症するかと思った。でもね、イエスに対する信仰があれば大丈夫。

神様が恒常性を働かせて癒してくださるから。そしてそのトンネルを抜けると、

いつも言っていることだけど神様に対する畏怖を知るから、

怖くて二度と汚い心を持てなくされるの。

それが解脱、悔い改め、禊だと今の私は理解しているの。

そのようにされてから、天の神宮におかげ参りするための修行の準備が整うの。

解脱、悔い改め、禊、神による救済なんて難しいことと思ったらだめよ。

誰でもができる、誰でもがしなければならないことよ。

必要なのは神仏に対する信仰だけ。その信仰をよく見極めるために

イエスの言葉は聖書でよく読んで食べてね。天照大御神の言霊よ。

これ宗教じゃないからね。神の道よ。
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 聖書にはイエスの言葉で「聖霊に逆らう者はこの世においても
あの世においてもゆるされることはない」と書いてある。
その聖霊は天照大御神の弟神の月読命だ。
お名前しか知られていないが、お仲人の神様だ。
この神様によりご縁が結ばれる。
結ぼうとしないものには七殺の祟りをもたらす丑寅の金神と化す。


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