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創世記 17

1アブラムが九十九歳になったとき、主はアブラムに現れて言われた。

「わたしは全能の神である。あなたはわたしに従って歩み、全き者となりなさい。

2わたしは、あなたとの間にわたしの契約を立て、あなたをますます増やすであろう。」

24アブラハムが包皮に割礼を受けたのは、九十九歳、 

 

マタイによる福音書 18

 12あなたがたはどう思うか。ある人が羊を百匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、九十九匹を山に残しておいて、迷い出た一匹を捜しに行かないだろうか。 

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

 

日本書紀の伊弉諾尊の黄泉比良坂での物語の一書に登場する菊理姫命は、きくり姫と読ませずに、くくり姫と読ませるのよ。菊花酒でお祝いする重陽の節句が九月九日なの。そこに九九の理が秘められているのよ。

 

その菊理姫命は白山比咩神と同一神なのよ。ここまでで九九の理が何を意味するのか明白になってしまうでしょ。白という字に一をくわえると百になるでしょ。ひめを比咩と書いてしまえば九十九匹と一匹の百匹の羊で、百はももなの。

 

伊弉諾尊は黄泉比良坂で千曳岩を閉ざす前に、追っ手を振り払うため三つの桃を投げ、大神実命と命名しているのよ。その岩戸が閉ざされた後に菊理姫命が顕れているのよ。これが古事記の、味方だけに通用する倒語(さかしまごと)なのよ。黄泉に降った伊弉冉尊はここで菊理姫として復活しているのよ。

 

大神実命は晴明神社の厄除桃であり、桃太郎さんの鬼退治の由緒までが伊弉諾尊の黄泉比良坂にあるのよ。

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 桃太郎さんの未申酉戌の方角の対角の丑寅を守護しているのが艮の金神で、鉞をかついだ金太郎さんなのよ。九九の理に背くとこの鉞で伐り倒されるのよ。

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重陽の節句の菊花酒は九九の理でお神酒に変えられた菊水なの。ワインに変えられた水なのよ。だから盃はお神酒の盃でなくてはならず水盃は水臭いとして嫌われるの。あの時代には水盃で神風を吹かせようとしたから大目玉を食らったのよ。

 

御子の水を飲ませてくださいという御言葉も倒語(さかしまごと)で語られていたのがわかるのよ。九九の理の父がアブラハムなのよ。そのアブラハムの僕が息子イサクの嫁探しの誓約でリベカにかけた言葉が、水を飲ませてくださいなの。山幸彦も海神の宮で同じことを言っているのよ。ここにご神前に供える真清水とお神酒の由緒が秘められているでしょ。

 

メシアである御子一択なのよ。その他の選択全てが六百六十六の獣の刻印を受けるのよ。そのようなことを思ってもみない人には何とも悩ましいと思えるでしょ。しかし聖書と古事記を倒語(さかしまごと)として読み込むとそのようにしか書かれていないのよ。

 

ヨハネの手紙 5

19わたしたちは知っています。わたしたちは神に属する者ですが、この世全体が悪い者の支配下にあるのです。 20わたしたちは知っています。神の子が来て、真実な方を知る力を与えてくださいました。わたしたちは真実な方の内に、その御子イエス・キリストの内にいるのです。この方こそ、真実の神、永遠の命です。 21子たちよ、偶像を避けなさい。

 

ヨハネの黙示録 18

4わたしはまた、天から別の声がこう言うのを聞いた。

「わたしの民よ、彼女から離れ去れ。その罪に加わったり、その災いに巻き込まれたりしないようにせよ。

5彼女の罪は積み重なって天にまで届き、神はその不義を覚えておられるからである。

 

現代の政治も経済も、その他のすべてが天父の九九の理に背いているのよ。宗教も同じよ。キリストや仏陀を崇めていても、仏陀を灌頂し、キリストをお遣わしになられた天父の九九の理を悟れないでしょ。

 

その九九の理によりなった神道で席巻されたこの国が天国に一番近い島なのよ。全国八万社のお社がそれを物語っているの。だから世界で一番長い歴史を誇っていられるのよ。

 

しかしその島にも獣が上がり、天から火を降らされた末に、九九の理をまるで知らない獣の学問により席巻され、お社ごと獣と同じく沈みかけているのよ。

 

迷える一匹の羊のようになってでもその獣から離れなければその災いに巻き込まれるの。不義をお覚えておられる神がいつまでも黙っておられるとは思えないでしょ。

 

九九の理による御子の十字架が神宮の心御柱と明かされても、この世では大方がそれに呼応しないでしょ。だから形ばかりのお祭りは自粛させられるのよ。全人類が一蓮托生だから自然な時の流れでもあるのよ。そう思うのよね。

 

マタイによる福音書 18

13はっきり言っておくが、もし、それを見つけたら、迷わずにいた九十九匹より、その一匹のことを喜ぶだろう。

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阿吽



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