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もうね、瞑想が次の瞑想を呼ぶというのが常態化してしまったの。

 

命の木に与ることを許されるということは、その道を守らせられている入り口を見つけるということでしょ。それはひっくり返して言えば迷宮の出口を見つけるという事なのよ。

 

私は迷宮をさまよいながらどうしたかというとね、御子の御言葉が迷宮の出口にまでつながっている避難誘導の糸だと信じて疑わなかったの。だからその糸を指に絡め絶対にはぐれることの無いようにしていたの。そのようにして迷いながらも糸を手繰り寄せているうちに突然出口に至ってしまったのよ。

 

当然喜び勇んでその出口から出てしまうでしょ。そうして気が付いてみたら何とそこが御正宮だったのよ。そこでは当たり前のように大御神をお産みになった御父のことも知らされるのよ。

 

この御父は革命による皆殺しの神様としても知られている神さまで、本当に知ってしまうと相当怖い思いをさせられるわよ。私の場合は正常性の偏見が取り払われ、死角からいきなり飛び出してこられたので適応障害に見舞われたわよ。

 

しかしその恐ろしさはすべて御子の御言葉により書かれているのを、事前に知っていれば、次第に慣らされ難を逃れるのよ。そのようにして神様に対する畏怖の念を身につけるの。

 

そうは言っても世の人々と別の空間に身を置かれるわけではないでしょ。そうしてみると世のキリスト教徒などは聖書の読み込みなど全くできていないのに救われた気になっている知ったかぶりの盲人たちの群れにしか見えなくなったのよ。

 

個別にパンフレットを持ってやってくる御婦人達などお話にならないレベル。いつだったか聖書の話に応じていたら、突然、本当に御子が復活したと信じているのですか?と三人で顔を見合わせながらそのまま帰っていった人たち迄いたのよ。

 

私はその群れとは別のカルトにいたことがあったの。どちらも獣の国から起こった宗門よ。そこを抜けてからは正統派のキリスト教の牧師さんのブログなども覗いていたことはあったのよ。参考になったのはただの一つだけ。過ぎ越しの食事、実は、それは婚約式だったとの記事を見つけ、一気に視界が開けてしまったのよ。その牧師さんはヘブル語に堪能な牧師さんだったの。

 

そのようにしながら迷宮を抜け御正宮で瞑想させていただいているのだけれども、命の木に与ることを許されるということは、御霊を送られ結納が交わされてしまうことであり、同時に胎蔵界で受胎してしまい受胎告知をお受けすることでもあったのよ。

 

そのようにしながら御父と御子の革命が成就していくの。そうしてよく見てみるとこの日本という国はその革命により革められた父と子のイスラエルだったのよ。人造イスラエルとの陰陽の関係にあるのよ。ヨハネが黙示録でその国を何と呼んでいるか判るでしょ。そのようにしながら革命が最後の成就に向け進行中なの。

 

その父と子の革命は加わると同時に勝利が確定している革命なの。だから隠されているマナと白い小石を受け御正宮の神領民とされてしまうのよ。受胎告知なの。二度目の死から害を受けることなく誕生するのよ。そうしないと蛭子や淡島のように流されてしまうのよ。

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聖書の預言は成就しつつあるし、古事記の神代は今でも進行中なの。今でも視界が開ける度に軽い適応障害に見舞われるの。阿吽

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