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生玉を賜って走水の海を越えてしまうとね、越えられない世界で、宗教として説かれることが許されている複雑怪奇な教義の内容が、謎々の答えの様に飲み込めてしまうのよ。カルト視されている教団が存続を許されている事の意味も謎々の答えの様に飲み込めてしまうの。

 

そこに妖怪釣瓶落としがいるから当たり前なの。御用の向きを悟らない夜叉たちの需要があるから当たり前なの。

 

そのように俯瞰できるようになってから見てみると、この世は御父と御子と聖霊のバジュラヤーナで貫かれている事が一望に見渡せてしまうのよ。

 

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 一例として、この金剛界曼荼羅や胎蔵界曼荼羅などは三×三=九が元になっているでしょ。

 

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 七五三と九五(十一)一の夏越の祓と年越しの祓のクロスの魔法陣が元なのよ。神道は至ってシンプルでしょ。胎蔵界などはお社のお宮と参道でさらっとなぞらえられているでしょ。

 

それがなぜ密教においては複雑怪奇な教義の分裂状態に陥ってしまったのかという事なのよ。

 

それを私が瞑想するとね、まるで謎々の解の様にシンプルなバジュラヤーナを悟りあぐねた宗教僧たちが、その悟りに至れない複雑な胸の内と党派心にかられ、教義を複雑で難解な象牙の塔のように練り上げ、その内側に逃げ込んでしまったのよ。かくして衆生たちの解脱、救済、モクシャの妨げとなり果てたの。

 

そのようなところにも妖怪釣瓶落としの罠が張られているでしょ。何故御父によりそのようなことが許されているかと言えば、そのような罠をかわし潜り抜ける、選りすぐりの命が求められているからなのよ。

 

その様な場で御子の手にする篩が十種神宝としてゆらゆらとふるわれているの。

 

ことは至ってシンプルよ。理解してしまえば子供にでもわかるように説明できると書いて来たでしょ。

 

そこに御父と御子のお慈悲があるでしょ。そのお慈悲が理解できないのであれば御用の向きのない者として成敗されても仕方がないわよね。

20c50674-07cb-4324-98bd-ab1849ff4d2f阿吽



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