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はっきり言ってね、この世は迂闊なのよ。はっきり書けば書くほどこのブログの人気がガタ落ちなのは丸わかりだけれども迂闊なの。

 

古今東西歴史に名をきざんだような人達も含めて、丸ごと迂闊なの。人は誰も自分が極めつけに迂闊だなどとは思ってもみないものよね。誰もが賢明に生きていて、善人も悪人も自分が極めつけに迂闊だなどとは生涯思わないのが普通でしょ。それがこの世なの。

 

私もその一人だったわよ。しかし聖書によれば恩頼によりメシアとつながってしまった人はもうこの世に属していないとされているでしょ。恩頼とはみたまのふゆと読むの。それはメシアから助け手を送られるということ。その助け手が、メシアが聖書でお示しになられた聖霊で、御霊の事なの。みたまなのよ。

 

神道では天照大御神の恩頼がおおもとされているけれども、それを理解できずに判った気になっている人がほとんどよ。大御神と素戔嗚尊は梵我一如の涅槃から月読命をお使者として送られているからね。

 

そのように三柱の神さまの阿吽の呼吸と息が合ってしまうことが、メシアから聖霊の賜物をいただくということなの。迂闊であったことをはっきりと悟らされ、その迂闊さから解脱を迫られるのよ。

 

それを成してしまうともう二度とこの世の迂闊さに属するのはまっぴら御免となり、この世に身を置いていても属していないという摩訶不思議なことになりうるの。それが戸籍を持たずに大御神をお祀りしている神鳥迦楼羅、八咫烏の真骨頂なのよ。

 

神宮のお祀りをこの世に属さず二千六百八十年も取り仕切ってきた由緒があるのよ。その神宮の恩頼により、政界も経済界も学界も宗教界も世俗も四季も花鳥風月も生老病死もすべてが暦通りに回されているの。

 

しかし迂闊なこの世はそれに全く気が付けないのよ。政界も経済界も学界も宗教界も世俗も迂闊のたまり場と化しているでしょ。しかしこの世は大御神の足台だわよ。いつまでもそのようなことが許されるわけがないでしょ。

 

お釈迦様はその迂闊さからの解脱をお説きになっていたの。悟った人は戸籍に縛られていても、もうこの世には属してはいないわよ。

 

御霊により渡御させられるの。

 

終わりの日の洪水から免れるために、大御神の鳳輦の箱舟に避難してしまっているの。

 

洪水は四十日と四十夜よ。

20190405165420


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