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あのね、メシアは幼子のようにならなければ御国には受け入れられないと御言葉していたでしょ。この御言葉を私が飲み込むと、幼子にでもわかるように簡単に理解しなさいということなのよ。だからそのように簡単に理解したことを記事にするわね。

 

inotinoki.sankaku

 

イスラエルのカバラの命の木は賜物の木なのよ。真の命の木でメシアそのものと考えても間違いではないの。

 

この木に太陽の栄光、月の栄光、星の栄光の三栄光が示されているでしょ。これが私たちの住むこの世なのよ。太陽の栄光とは光の世界で、迷いから解脱した涅槃なの。月の栄光とはいまだ太陽の光を見い出せない迷いの世界で求道者の世界なのよ。

 

この世界で見る月を太陽と勘違いしている人や、血迷うと自分を太陽だと信じてしまう場合とかもあるのよ。

 

星の栄光とは夜空に輝く星が全て魅力的に見える魅惑の世界でしょ。言わばここの世界が世俗の人たちが属する栄光の世界なの。太陽や月の輝きは目に映らないの。

 

そして私たちのこの世には自分の信じることが現実化するという引き寄せの法則が働いているでしょ。このブログを読みに来るような人はおよそ求道者以上だと思うから引き寄せの法則について説明は不要でしょ。求道者以上と言ったからって上下は問題ではないわよ。

 

神様は人を偏り見るお方ではないから誰にでも等し並みに引き寄せの法則を働かせ賜うでしょ。

 

そして人はこの世で引き寄せることを当たり前のようにあの世でも引き寄せるのよ。どの様に引き寄せるかはメシアにその光景を見せられたヨハネの黙示録に書かれているわよ。

 

この世で太陽の栄光を引き寄せた人は、都に入り、そこにはもう太陽はなく子羊が都の光だったと書かれているでしょ。

 

月の栄光や星の栄光を引き寄せた人はあの世で夜の世界を引き寄せるの。そこにはもう太陽がないのと同じく月や星も輝かないのよ。光のない夜の世界なの。そこはすべての光を消し去り暗黒化しようとする暗黒魔王の支配する闇の世界なのよ。

 

だからメシアの御言葉を信じ光を見出さない人は、その御言葉の通りに外の闇に放り出されるのよ。メシアの御言葉が一言一句、真理の御言葉で成就しない御言葉はないの。

 

メシアを弥勒菩薩として示したお釈迦様も重要なのよ。お釈迦様は求道者のお月様なの。お月様は太陽の光で輝いているでしょ。それが預言者、先見者、聖賢と言われる、メシアの光である聖霊により輝くお月様たちなの。この国では月読命としてお祀りされているでしょ。

 

仏教はねこのお月様を太陽としてしまっているでしょ。だから葬式仏教なの。だから月の栄光と星の栄光は、カバラの命の木ではその三角の頂点が下向きの滅びの世界の方向を示しているのよ。

 

滅びの世界から解脱するかしないかは、月の栄光の世界と太陽の栄光の世界の中間にある登竜門のダアトのチャクラをクリアしないといけないの。このチャクラはね、ビシュッダチャクラと言って人の喉元にある真言のチャクラなの。

 

メシアの真言を神が天から降らせるパンであるマナ、そして真名の井戸から汲む命の水として受けることができるかどうかが登竜門なのよ。

 

メシアの真の御言葉が神であり都を照らす光なの。

 

求道者の鏡であるお釈迦様が御説きになった解脱ということをまるで意識できないキリスト教会は、外の闇に放り出されるために復活するみたいなものよ。携挙された時には婚宴は終わってるのではないのかしら。

 引き寄せるの。

20190405165420


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