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ノアという人は神様に召命されてアークを自力で構築したでしょ。

 

モーセも同じくアークの構築を命令されそのとおりにしたの。それがイスラエルの契約の箱と呼ばれ、祭司レビ人が担ぎ渡御したのよ。

 

その後アークは神殿に安置されていたのだけれども現在では行方知れずとされているのよ。

 

それはアークの主、メシアが来られ、復活した後に天に上り行方知れずになっている事と相似象なの。

 

しかしイスラエルの契約は救いの契約であり行方知れずでも確実にあるの。イスラエルもアークも、失われていても同じところにあるの。

 

だからメシアはモーセにも、ユダヤに来られた時も、わたしはあると御言葉していたの。それはメシアの父の光あれという御言葉によりあるの。

 

アークとメシアが隠されているのは、それを見ないのに信じて聖霊を助け手として送られ、霊知で箱舟を構築しなければ終わりの時に過ぎ越しを受け渡御できないからなの。

 

神宮の地下殿にアークと、メシアの十字架が大御神の心御柱としてお祀りされていると知らされたことは、聖霊の賜物を受けることと相似象なの。

 

メシアを信じない人は受けることができないのよ。しかし信じる人は契約が結ばれるので霊的な箱舟を構築させられるの。そうでないと黒船と共に沈められることになると古事記とこの国の歴史が暗示しているの。

 

霊的な箱舟の中は空境の涅槃だと仏陀が保証していたの。そこに避難する人は一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないと契約により保証されているの。

 

全ての人にそのようなことを自力で悟るよう分別が供えられているのに、なぜか悟らない人の数が圧倒的に多いのよ。

 

それは救われる人より生贄の数の方が圧倒的に多いということなの。神様がファラオの心を頑なにしたのと同じことなのよ。

 

神様が、救われる人の方を圧倒的に尊いとされているからなの。それを示しているのが歳神様から受けるお屠蘇の盃なの。

 

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