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神さまは非言語的な手法で人に関与してこられるわよ。それが神様の倒語(さかしまごと)になっているの。味方にだけわかる倒語(さかしまごと)なのよ。

 

それを感知した先見者が言語的な形で残したのが数秘術であったり、日本語の漢字の成り立ちであったりその他諸々なのよ。そのような、言語では明確に記述し得ない不可思議な事を想起している時に、あら?と感じさせられるような共時性が働き、神様から倒語(さかしまごと)で話しかけられるの。

 

この人危ないと思われても仕方がないの。私なんか周囲から本当に危ないと思われていながら、まだ入院にまで至っていない人と不思議な機縁で懇意になってしまい、大分手ほどきを受けたの。

 

私は不思議なことを感じている時、それを周囲に話してはいけないと自制が働くのだけれども、本当に壊れてしまっている人は自制など働かずに暴走してしまうのよ。そこに至るまでの段階で摩訶不思議な共時性その他を共感してしまう時などがあり、そのような経験により特訓を受けて来たの。

 

迷宮にはまり、避難不可にならなかったのは、神様に対する信仰があったからなの。なぜか私はそのようでしかあり得なかったのよ。

 

今ではその特訓により、この世は冗談抜きで色即是空、空即是色じゃないの、言語と非言語、自我と梵我など、その他諸々は不即不離で絶対に切り離せないことだったのよと心底理解させられてしまっているの。

 

そのような梵我の世界に人は容易に近づけないのよ。危ないと感じさせられ、それが安全装置の役割を果たしているの。それが脳の正常性バイアスの正体ではないのかしら。

 

だから色と言語と自我の世界で人の世は成り立っているの。しかしそのような人の世の成り立ちに虚偽のにおいを感じ、もがき苦しみながら生きている人もいるでしょ。悪い方に転ぶと自死に至ったりするでしょ。

 

聖徳太子は世間虚仮という言葉を残しているし、禍福はあざなえる縄のごとし、などということわざもあるでしょ。先見者モーセは、神は人の前に呪いと祝福をおかれたと書いているの。

 

この呪いと祝福が人にとって大問題なのよ。脳の正常性バイアスという安全装置を一端停止させないとこの大問題に、終わりの時まで気が付けないの。

 

気が付くから、あざなえる縄のごとくよられた禍福のよりをほどき、祝福の束だけを取り出し、その束で強い縄をよるからその縄が避難ロープの命綱になるのよ。

 

神さまに対する信仰がないと危険だから安全装置停止できないわよ。壊れてしまったらおしまいだけど、いったん安全装置を停止させないと、メシアの死と復活と自分の生死の強い絆に気が付けないということなの。

20190405165420


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