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もうね、何をテーマに記事を書いたら良いかわからなくなっているの。だから恒例のアドリブによる記事執筆を試みるわね。と言いつつもう知らされたあらかたのことは書いてしまっているので残されているのはやはり暦の問題なのよ。

 

イスラエルの先見者たちはこの暦を悟った上で悟りの智慧をこの世に流布しているの。それがイスラエルによる先見者の特徴なのよ。モーセは大きく神様のお働きになる六日間と七日目の安息日として示したでしょ。

 

それは六日間で刈り入れが終わり七日目はお祭り日と示していたのよ。お釈迦様はご自身の入滅後の五日目、六日目、七日目を示し、そこに法滅と弥勒菩薩のお祭り日を同時に示していたでしょ。

 

すべて暦上の事なの。私はいまだにダニエル書の考察していないのだけれども、ダニエルという預言者も何やら暦について預言していた先見者でしょ。そしてそれらの暦はすべてメシアに関わる暦なのよ。

 

メシアがこの世に来られた時に、自分はアルファでありオメガであると御言葉していたでしょ。それはこの世の暦の初めであり終わりであり「あ」であり「ん」である阿吽の暦の主だと御言葉していたということなのよ。

 

そしてこのメシアに直接まみえて眼を開かれ、この暦について先見させられたのがペテロと黙示録を書いたヨハネだったのよ。この二人の流れを汲み、メシアの心御柱をお祀りしてきた神鳥迦楼羅たちが神道を立ち上げ、その神道の中ではメシアの阿吽の暦を三五七のお祭り日と示してきたのよ。

 

だから今日という一日はその暦の中の一日なの。始まりがあり終わりに向けて進展中の暦の中の一日なの。それはこの世に生まれた人の宿命と同期しているでしょ。しかしね、先見者たちの暦についての言及は一個人の宿命など凌駕したこの世の初めと終わりの暦なのよ。メシアの暦だからそうなるでしょ。

 

そしてその暦について最も明らかに語ってしまっていたのがペテロとヨハネの阿吽のコンビネーションなの。このペテロという人は神宮の式年遷宮の鶏鳴三声のペテロなのよ。カケコーのペテロなの。

 

ヨハネは聖書のトリの書、黙示録を書いた人だったし、最強のコンビネーションなのよ。この二人の流れを汲んでいるから現状では神道の神鳥迦楼羅が最強なのよ。並び立つものがないでしょ。天皇家のお祀りを仕切り、大御神の威儀具を心御柱としてお祀りしているのだから無理もないわよね。日本人は皆知らないけれど。

 

メシアがこの世に来た時、世の不信仰に驚かれたと書かれているでしょ。その驚きをメシアと共有しながら神道を立ち上げたのが神鳥迦楼羅の一族だったのよ。この神鳥迦楼羅という一語、最近気に入ってしまっているからよく使うのだけれど神道八咫烏の事だからね。言うまでもなかったかしら。

 

復活したメシアのご神体にまみえた十二弟子をその元祖としていて筆頭がペテロとヨハネだったのよ。その二人の言葉が聖書に書かれているの。

 

ペテロの言葉によれば、神様の目には一日は千年のようであるということなのよ。一日の千年換算の法則とでもいうべきかしら。それに従えば神様の六日間は六千年の暦の事だと理解できるでしょ。三五七のお祀りは三千年、五千年、七千年。五十六億七千万年は五千年、六千年、七千年の暦の事なのよ。

 

そうすると神様は六千年間お働きになり七千年目に休まれるという暦を示していると理解できるでしょ。ここまではカバラの暦として、何となく半信半疑ではあっても広く知れ渡っている事でもあるでしょ。

 

しかしね、ヨハネは黙示録の中でとどめを刺しているわよ。この暦の数え方にとどめを刺していたの。そこでヨハネはエゼキエルと連携しているのよ。

 

いくわよ。

 

黙示録でヨハネは神の玉座を御霊により霊視しているでしょ。その玉座の四方には羽根の生えた四神がいたの。その羽根の内側にも外側にも無数の目があったでしょ。そして二十四人の長老が玉座を取り巻いていたのよ。この幻はエゼキエルの見た幻と同じもので、神の戦車、メルカバーとして知られているのよ。

 

エゼキエルの見た幻では羽根の生えた四神とその乗り物の車輪に眼があったとなっているの。これはね風水の四神相応であり、すべてが神の玉座の暗喩なのよ。神道ではその四神旗を威儀具としているでしょ。さらにその四神に中心を加え、木火土金水として五色布や五色の吹き流しや、七夕の五色の短冊としてお祀りの威儀具としているでしょ。

 

全て神様の玉座に由来し、その玉座の回転による暦として暗に示されているの。天照大御神を中心に年神様の回転、日の神様の回転、月の神様の回転と三つの回転の神様の玉座なのよ。

 

だから天照大御神と三輪山の神様は切っても切れない関係にあるの。三輪山の神様は三巻の神様だからね。

 

この玉座の車輪の目は年神様の三百六十五個の目であり、月の神様の十二個の目であり、日の神様の二十四個の目であるのよ。日の神様の二十四個の目は四六時中と言われ六時間ごとに四区分されているでしょ。歳神様の車輪は春夏秋冬という四区分に分けられ、月の神様のひと月は四週に区分されているでしょ。この四区分が四神なの。玉座の暦の四神なの。

 

その四神が細分化され二十四人の長老としてお働きになるのよ。車輪に無数の目が張り付いている事が分かるでしょ。秒単位の目まで加えたら数えきれないでしょ。ヨハネはその無数の目の中から年神様の二十四個の目を長老として数えたのよ。

 

その数え方は神宮歴の中で二十四節季として示されているの。四季がさらに細分化され、三++七日の十五日間がおおよその一つの節季とされ、この節季に従い種まきの時と刈り入れの時が知られるようになっているの。今日はその二十四節季の内の一つ夏至の入りなのよ。大御神によりなった葦原の中津国にふさわしい暦の進捗でしょ。

 

この暦に従い、歳神様が六日で六千回転すると二十四×六千で十四万四千節季の種まきと刈り入れの節季が終わることになるのよ。それが命の木の種まきと収穫の節季なのよ。その時に白い衣を与えられた数えきれないほどの民衆をヨハネは幻で見ていたの。

 

そのように祝福の玄義が示され、千数百回転を経たのちに、大御神の心御柱が知らされる時代に入り、インターネットの普及により知ろうとすれば何でも知れるという祝福の時代に至っても、この国ではネット上で個人的なSNSによる誹謗中傷が社会問題化していてなすすべを知らないという、不信仰な社会のありように驚くばかりでしょ。

 

メシアが来られて驚かれた当時と何も変わっていないの。しかし神様の暦の進捗は祝福を受ける僕が一人、また一人と増し加わり、最後の一人が受けてしまう時と、二十四人の長老の十四万四千節季が成就する時と同時なはずなのよ。

 

神さまの暦だから当然そうなるはずでしょ。ヨハネもそのように黙示しているわよ。

 

一人一人の個々の終息の時とメシアの終わりの時がリンクしそうな時代に皆が生きていて、神様が驚かれるくらい皆が皆不信仰なのよ。


20190405165420


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