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この国は本当に不思議な神話の国でしょ。全国八万社のお社などは全て神話に根差しているし、お祭りもみなそうでしょ。それが日本人の心の紐帯となりアイデンティティーとなりその他を織別しているでしょ。そこに根があるのよ。

 

天孫降臨から神武天皇の即位の神話の中に根があるの。そこに根を植えた天津神たちがいたということなのよ。この神たちは八咫烏と呼ばれ神武天皇の即位を助けたと古事記に記されているの。

 

この八咫烏とは私が思うに鴉天狗なのよ。鴉天狗は修験の装束で描かれ虎の巻ものを手にしているの。

 

270px-Karasu-Tengu-Statue

 

そして仏教の迦楼羅天と同一視されているのよ。この仏教の迦楼羅天とはインドの神鳥ガルダが仏教に取り込まれ仏法の守護神となったらしいの。インドの神鳥ガルダはビシュヌ神の乗物だったらしいのよ。

 

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神様の乗り物の神鳥なのよ。神様の乗り物である鳳輦に留まる鳳凰と同じでしょ。インドの神話において既に、天孫降臨から神武天皇の弓の先に止まった金の神鳥による鳳輦の渡御までが預言されていたのではないのかしらと思えるの。

 

そのインドの神話により先見してしまいそれを語り残したのが仏陀で、そこに弥勒菩薩とその守護神である迦楼羅天が出てくるのは当たり前なのではないのかしら。天照大御神と八咫烏の関係なのよ。

 

その関係性において、現代でも神話の時代に根差したお祭りによりアイデンティティーを保っているのがこの国なの。その八咫烏は虎の巻を熟知しているからそれが可能なのよ。この虎の巻には神様をお祀りするに必要なことが全て書かれているのよ。

 

それはトーラーの巻物と呼ばれるモーセの巻物なのよ。この巻物の初めにすべてが示されているわよ。神様は園の中央に二本の木を生えさせられたの。これは人の前に呪いと祝福をおかれたということなの。そこに人をそそのかす蛇もいたのよ。

 

これを私が私のアカウントで解釈すると、人はこの世に招かれ神様の農園で僕として従事するためにやってくるのよ。しかしね、唆す蛇にだまされ、神が取って食べるなと禁じられた、悪因の毒果の果樹園で働くようになるということなの。

 

神さまの公益の農園ではなく、それぞれの私益の農園で働くよう唆され一生を終える人の方がはるかに多いの。一度その私益の農園で働いてしまった人が神さまの公益の農園で命の木の栽培に雇われるようになるには、仏陀がお示しになられた成道の道筋を行き、私益の農園から解脱し、新たに雇用契約が交わされなければ無理なのよ。

 

それがメシアの、命の木に与ることを許され門を通って都に入るために衣を聖くしたものは幸いであるという御言葉に繋がっているの。

 

その神様の御旨に真っ向から逆らいこの世で権力を真っ先に手にした人物の名がニムロデとして巻物に名指しされているの。それ以降私益の追求が今日に至るまでとどまるところを知らないのよ。聖書はそのように唆されたニムロデとバビロンの淫婦たちの物語でしょ。

 

このニムロデとバビロンの淫婦がヨハネの黙示した獣と偽預言者の事なのよ。メシアはそれを一からげに盲人と呼んだの。盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むと御言葉しているでしょ。この盲人のことは偽善者とも呼ばれているわよね。

 

この盲人はメシアから目薬を買わないと見えるようにならないのよ。当然神様の農園の命の木など終生目に映らないの。この世においてもあの世においても許されることはないというのがメシアの御言葉よ。

 

少し角度を変えてみてみると、日本には赤鼻の天狗がいるでしょ。あれがね、ニムロデの暗喩なのよ。醜い赤ら顔の鼻高の天狗も手に巻物をもって得意顔でしょ。しかし巻物に何が書かれているのかまるで分らずに鼻高々なのよ。

 

私にはそれが、私益の農園で人々を働かせ得意満面の、すべての、ありとあらゆる分野の長老たちの赤ら顔とダブって見えるの。公益をうたっていても真の公益などはまるで理解できていないわよ。

 

だから神様の暦が進むにつれ私益の農園は荒れ放題で農夫の不満は増すばかりなの。

 

虎の巻では神様の公益の農園も暦により作付けされていて刈り入れの時があると示されているわよ。その時には大掃除が始まるとも書かれているでしょ。

 

それとは関係なく一人一人も暦により生きているでしょ。私益の農園から解脱するのであれば期限は終息までになの。その為に招かれているのよ。

 

人生は御神田の御田植祭りなのよ。日本人が一番解脱の近くに招かれているでしょ。


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