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オカルトと虚空蔵求聞持法の違いについて書いておこうと思うの。私ね、この道に目覚めた初めの頃に瞑想していたら頭頂部と眉間にチャクラがあると、なぜか感知してしまったのよ。

 

これって実はとっても危険なことなのよ。信仰の何たるかも知らないうちに中途半端に覚醒をしてしまうと身辺におかしなことが起こり始めるのよ。それでさらに覚醒しようなどと試みると完全にオカルトの世界にはまっていくという経験を何度もしたわよ。

 

それでチャクラの瞑想から身を引いたの。過去にその様なオカルト経験があるから今では虚空蔵求聞持法とオカルトの違いがはっきりと理解できるようになったのよ。そのことは論理的に説明を試みようとしても理解され得ないと思うのよ。だから象徴を用いるの。役に立つのはやはりカバラの象徴なの。

 

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これは宮崎県高千穂町の天の岩戸神社にある天鈿女命の像なの。なんともシュールでしょ。古事記の天の岩戸開きの場面で桶を伏せその上で舞い踊り天照大御神の岩戸開きのきっかけを作った神様なのよ。

 

この場面が御神楽のもとになっているの。そのように見ると伏せた桶はお神楽の舞台に見えるでしょ。その舞台の上で大御神に「あなた様より尊き神がいますゆえ喜び笑らき遊んでいるのです」と言いながら舞い踊ったのよ。

 

その言葉を大御神の気を引き、力づくで引っ張り出すための虚偽の言葉と表の神道では説明しているのよ。天照大御神の岩戸開きという極めて重要な御神事の場で、神々により虚偽が語られたなどと信じていることが今の私に言わせるともうすでにオカルトなの。オカルトではお神楽を理解できないのよ。

 

ではお神楽の本質とは何かと言ったらすべて伏せられた桶の中に隠されているのよ。この中に天照大御神の真名が隠されているの。それはイエスが勝利を得る者には隠されたマナを与えると言った真名なのよ。そしてこの伏せられた桶は壺でもあるのよ。

 

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この壺が隠されたマナの壺なの。虚空蔵の求聞持法は論理的な説明が不可能なのですべてこのようなカバラの象徴で示されるの。

 

そしてこの壺はイスラエルのセフィロトの木、すなわち命の木の型映しなの。そしてそれは大御神の岩戸の前に掲げられた根付きの真榊としても型が映されているのよ。真榊というその名称が逆木を暗示していて、さらに天鈿女命の伏せた桶と連携して、命の木は伏せられたマナの壺だと暗示しているのよ。その辺の関連は少し前の命の木の契約という記事のシリーズであらまし書いておいたでしょ。

 

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この命の木が伏せられた壺としてそこに真名が隠されているの。そしてこの伏せられた壺はイスラエルの契約の聖櫃の型示しにもなっているのよ。だからその中に隠されている神璽はすべて契約の神璽なの。

 

そしてこの契約に与り隠された真名を受けるためには真榊の中の枝にかけられた八咫鏡によらなければ不可能で、それが論理的に説明の難しい作法によるので私は虚空蔵求聞持法と呼んでいるの。その型が八咫鏡のセフィロトであるティファレトを中心とした八宝珠の宝輪なのよ。

 

そしてその宝輪の囲いから外れた最下部のところにマルクトという根のセフィロトがあるでしょ。このセフィロトがオカルトのセフィロトなの。陽の目を見ない闇にある根っこ、宝輪から外れた闇のオカルトのセフィロトなの。ここにそそのかす蛇がかくまわれているの。

 

この根っこごと岩戸の前に掲げられてしまったのよ。それは暗闇に隠れた人の悪い行いが大御神の御光にさらされた瞬間だったの。それはいずれこのオカルトの闇が大御神の御光により駆逐されるという預言とも理解できるでしょ。

 

それがイスラエルを媒体としてもたらされた契約の概要なのよ。だからその契約を無視したところで語られるカバラ、行われるお祭り、法要などは私に言わせるとすべて契約を度外視したオカルトとしか感じられないの。

 

かくいう私も以前はまんまとその罠にはまっていた一人なの。

 

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上の絵はね、ある少年が森に入って祈ったら創造主と救世主が現れ預言者とされたという絵なの。この少年が預言者となり、一般からカルト視されているキリスト教会を導き、その教会員のカリスマとなっているの。

 

私も一時期所属していたことがあるのよ。私はカバラに興味があったし、そのような情報をもたらす先生がこの教会の教会員だったことがきっかけなのよ。

 

でもね、私は聖書を真剣に読み込んでいたから、ある時創造主と救世主が信仰も知らない不良少年の前に姿を現すなどということはイスラエルと神との契約に照らして全くあり得ないと気が付き、以降即座に脱会したの。

 

それが契機となりお釈迦様を意識し始め、少し宝輪が見え始めたのよ。

 

今言えることはね、いくら分厚い契約書を手にしてその知識が豊富であっても、双方の同意によりその契約が交わされなければ何の意味もないということ。

 

そのようなことが伏せられた器の中に隠されているということなのよ。

 

件の先生は今でもその豊富なカバラの知識でご商売に精を出していらっしゃるのだけれども、以前日本の天皇は将来そのカルトに改宗すると言っていたわよ。そして救いを求める者はその教会を見出さなければならないというのが先生の御商売のモチベーションになっているのは、今も変わっていないはずなの。脱会したという話は聞いていないからね。

 

何故この話を書いたかと言えば私がはまっていたカルトだったからなの。でもね、イスラエルのカバラの契約に関する重要な情報はだいぶ購入させてもらって、それが契機になりはっきりと見分けがつくようになったのも事実なのよ。天照大御神はキリスト・イエスであると初めに言い切ったのもこの先生だからね。

 

そのおかげで今では聖書の中に偽預言者がいてそれが根っこのオカルトの役割を果たしてきたことがはっきり見えるようになったし、この国にも神示などというものが降ろされオカルトが根を張っている事も見えるようになったわよ。根っこにはそそのかす蛇がいて、この蛇がオカルトを引き起こしているのよ。

 

根っこと幹は神様が園の中央に生えさせられた二本の木で、モーセが書いた、神は人の前に呪いと祝福をおかれたということを意味していたのよ。呪いが置かれたのは唆す蛇を追い払う修練のためなのよ。

 

そして呪いのオカルトと契約の祝福は命の木のセフィロトではっきりと示されていて、それが根付きの真榊として岩戸の前にさらされされていたのよ。


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祝福を望むものはイエスがそうしたようにそそのかす蛇を追い払い、伏せられている桶に水を汲み、宴会の世話役のもとに運ばなければならないと福音書を書いたヨハネが教えてくれていたの。



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