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神道って古事記の稗田阿礼さんの時代から世界最先端を行っていたのね。驚きだわ。ベースは聖書だけれども、創世記を含むモーセ五書はトーラーと呼ばれ、それは巻物なのよ。だからこの国ではそれを虎の巻としていたのよ。

 

しかしその虎の巻を読んでも理解に至れない奥深いことを稗田阿礼さんは古事記に記していたのよ。この国に生まれそれを理解できてよかったとしみじみ思うわよ。この国に生まれながらそれを理解せずに終わった人、終わる人の方が圧倒的に多いという事実にはもう口をつぐむしかないでしょうね。

 

それでも私のブログを読みに来る人のために私は書いておくわ。世界の現状がとんでもないことになっているでしょ。そのような状況下でもモーセの律法の書に書かれていることに思いをはせ、エジプトに降った禍を思いおこし信仰により救われようとする人はSNS上でもちらほらといるの。たいてい外国の人だけれどもね。

 

その人たちは聖書の十戒を信望する人たちなの。イスラエルの出国を阻んだファラオのエジプトには疫病が降ったからね。彼らは信仰を固く据えイスラエルの神により頼む人たちなのよ。それはまちがいではないと思うのよ。

 

彼らの理解ではいま世界に臨んでいる疫病は神のイスラエルに敵対するエジプトに降った禍と同じものであり、イスラエルの神に信仰をおくことにより救われるという信仰なの。

 

それは立派な信仰と思うの。しかしね、古事記の稗田阿礼さんはその信仰を軽く飛び越してしまっているのよ。

 

それは倭建命の物語に見出せるわよ。その物語から私が見出すのは父なる神はイスラエルを救うために戦っているのではなく、御自分に敵対する呪いを打ち負かすために戦っていらっしゃるの。

 

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その呪いとは、神様の姿に似せて造られているにも関わらず、煩悩の炎で神さまの道行きを遮ろうとする裏切り者たちの発する呪いなのよ。

 

そのような敵との戦いが倭建命の道行きの物語として示され、その神様がこの国の尚武の神様なの。聖書の十戒などは十種の神宝としてこの国では大昔から織り込み済みなのよ。

 

人類が発する煩悩の世界的なパンデミックの業火が神様の道行きを阻む呪いだから神剣が振るわれ祓われるの。その道行の未に神様は渡海し、付き随う僕たちを彼岸に渡そうとされていらっしゃるの。

 

その視点は聖書でも得られないわよ。復活した大御神により直伝を受けた僕の子孫に受け継がれた神観なのよ。私はそのように感受するのよね。

 

日本人が覚醒して他民族に範を示せなければ無理よ。いずれにしろ大きなうねりになることはないでしょうけれどね。

 

新型コロナなど人を一度しか殺すことができないのに、神様がちょっと神剣で祓われただけであらゆる分野で日本人の卑しさが丸見え。目を開けて見ておれないわよ。

 

私っておかしい?



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