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八の巻で八を意識したら当然九の巻で九を意識するでしょ。そしてその九の巻で雷様のことを書いたら神道がより深く見えてしまったわよ。この巻は十の巻なの。十種の神宝の十(たり)なのよ。雷様はこの神様でもあるの。

 

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話はいきなり変わるけれども八八八は三種の神器を示しているの。八尺瓊勾玉、八咫鏡、天叢雲剣すなわち草薙剣は八雲の神様の素戔嗚尊の神剣なのよ。それらが全て命の木においては真ん中のである天御中主神の均衡の柱にかけられているの。

 

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それが契約における三種の神器なのよ。そしてその数が八八八なの。全てがイエスに関わるの。

 

この記事で何か書きたいのかというと倭建命と弟橘姫の物語についてなの。この物語には倭建命の草薙剣しか出てこないの。焼津というところで敵の焼き討ちに合い火攻めにされた時にこの剣で草を薙ぎ祓いそれに火を放ち、敵の火攻めを迎え火で打ち払ったのよ。


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この物語は素戔嗚尊の八岐大蛇退治と同じことを語っているのよ。父なる主神の振るう剣なのよ。そしてその先の東国遠征の道行きにおいて走水の海を渡ろうとしたときに荒ぶる海神により先に進めなくなり立ち往生しそうになったの。

 

その時にお妃の弟橘姫が八重の畳三種を海に浮かべその上に座り身代わりとなり入水し、倭建命は対岸に渡れたのよ。

 

古事記において夫婦の神様は父なる神と子なる神の暗喩というのがお約束なの。弟橘姫の八重の畳三種で八八八を示し、メシアの身代わりの死を暗示しているのよ。

 

以前から不思議に思っていたのはなぜそれで対岸に渡れたのがイスラエルではなく父神なのかということなの。

 

八咫鏡の正体を突き止めてしまったらそれをはっきり示されてしまったの。以前からうすぼんやりと感じていたことがくっきりはっきり見えてしまったの。

 

それは父なる神が先陣を切り、子なる神と聖霊なる神を従え、八八八のお祓いの契約により僕を募り、その一隊を引き連れ対岸に渡ろうとされているということなのよ。

 

人間が神の似姿に創造されているというのは神様の物語そっくりに人間の物語も創造されているということなの。イスラエルを率いたモーセとアロンは父なる神と子なる神の暗喩で、紅海割れの渡海は神様がされようとしている事の型映しだったのよ。

 

森羅万象を自在に操る大自在天がその都度奇跡を引き起こし主神に従っていたのよ。神様は中今も此岸から彼岸に渡るため、契約による僕の数が満ちるのを待っておられるのよ。

 

裏切り者の僕たちがその神様の行く手を阻む、呪いと化しているのよ。その呪いをお祓いするために独り子が父神の身代わりの生贄になったの。許されざる僕たちの身代わりでもあり、父神の身代わりでもあったのよ。それが神道の神様理解なのよ。

 

命の木である真榊に鏡がかけられたのは、三柱の神の玉座である命の木はその後ろ姿だということを示しているの。付き随うものは三柱の神様の後塵を拝しながらその隊列に加わっているということなの。

 

お社の拝殿に鏡が置かれているのは、神様に対面しているのではなく後ろから付き随っているということなのよ。

 

メシアが八八八のお祓いを済まされているので時が満ちれば契約の僕らと共に神様の渡海が始まるのよ。

 

人の立場は万軍の主に付き随うイスラエルか、阻もうとするファラオの軍隊か二つに一つしかないのよ。

 

おへそ取られないように宝輪を回して父なる神と子なる神との契約の杯を交わしておくしかないでしょ。

 まるで予想外の展開だわ。



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