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一晩寝たらまた次のお題示されたわよ。

 

昨日は18日で八の巻で記事のタイトルは八咫鏡の八宝珠としたの。八八八八だったのよね。意識していないわよ。今日よく見たらそうだったの。また八八八来た、とか思ってね。

 

私この八八八と雷様には結構お世話になっているの。昨日は天候不順で朝方雷鳴が轟々と鳴っていたかと思ったら、夕方には晴れていたのよ。八八の神様と雷様が一緒に来てしまったという感じなの。雷様は神鳴り様でしょ。そのようなこと考えていたら神鳴り様の絵が浮かんできたの。

 

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よく見ればこれはもろに八咫鏡ではないの。神鳴り様の光背の太鼓が宝珠なのよ。宝輪の神様なの。御機嫌がいいときは花鳥風月の七福神で空に虹を輝かせるの。御機嫌が悪いときは鬼の形相で風雨雷霆をもたらす祟りの神様なのよ。

 

鬼とは丑寅の金神様で七殺の祟り神なの。牛の角と虎縞柄の腰覆いの神さま。

 

この神様がなぜおへそを取りに来るのか日本人は全然わかっていないのよ。そのように言い伝えられていても全然わかっていないの。

 

宝輪の中心はおへそのチャクラの位置なのよ。そこに天照大御神の御霊である八咫鏡が置かれているの。

 

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大御神の御霊を受けその宝輪を回転させようとしない者は神鳴り様にその宝輪を取り上げられてしまうと、誰知ることなく言い伝えられて来ていたのよ。

 

神様の似姿に創造されている人間はみな大御神から宝輪の八咫鏡を授かっているの。

 

この鏡で大御神の光を受けようとしない者はそれを取り上げられるということなのよ。

 

この鏡が契約の鏡なの。悪いことばかり考えている人間は宝輪と宝珠を地中に埋めたまま、死蔵させるの。掘り出されずに終わる宝玉みたいなものなのよ。陽の目を見ない根っこで終わるの。

 

聖書にはイエスのたとえ話で、主人のお金を預かりそれを地中に埋めておいた僕が、後で大目玉を食らい持っていたものを取り上げられてしまうたとえ話があったでしょ。

 

神鳴り様におへそ取られないようにしないとね。



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