このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

昨日ね、横浜市金沢区にある瀬戸神社にお参りしたの。長い行列ができていたから手水舎だけ使って行列に並ばずお参りを済ませたの。元旦に地元の雷神社と崇敬神社の走水神社にお参りしていて三社目だからいいやとお許しいただいてね。

 

そして昼食を済ませたのだけれど、その後どこに行こうか迷ったのよ。金沢八景駅から上り線に乗ろうか、下り線に乗ろうかしばらく考えあぐねていたのよ。そうしたら、そういえば横浜市本牧にある三渓園はマークしていたのだけれどまだ行っていなかったことを思い出し、よし行こうと決めたの。

 

この三渓園とは17.5haの敷地に17棟の日本建築が配置されていて、実業家で茶人の原富太郎という人によって1906年に造園された公園なのよ。国の重要文化財建造物1012棟(移築元:京都府5棟、和歌山県3棟、神奈川県2棟、岐阜県1棟、東京都1棟)、横浜市指定有形文化財建造物3棟を含め、17棟の建築物を有するというところなの。行ってみたらわかるけれど日本庭園の中に古い日本建築が配置されていて、とても趣を感じる癒しの空間だったの。

 

入園料七百円を払ってさっそく入場し、初めに見学した建物で、いきなり引き寄せてしまったの。そこでは包丁式が執り行われていて、雅楽の生演奏が鳴り響いていたのよ。

 

この包丁式というのは、平安時代より伝わる、庖丁師により執り行われる儀式で、烏帽子狩衣という衣装を身にまとい、大まな板の前に座り、食材に直接手を触れず、右手に庖丁、左手にまな箸を持ち切り分け並べる儀式なの。一説によると鯉をまな板の上で捌く調理法から始まり宮中に取り入れられたと言われているらしいのよ。

 

こういう話をきいたらこのブログの読者は敏感に反応しないとだめよ。大まな板とまな箸と鯉よ。真名すなわちマナの板と、マナの箸と、マナの板の上の鯉だからね。神様が天から降らせるマナは、神様が天から降らせるパンであり、イエスすなわち大御神だったでしょ。

 

その大御神が十字架上でまな板の鯉として御父により捌かれ、そして鯉の滝登りとなり、復活後昇天の昇龍となったでしょ。滝登りの鯉は、龍門の滝を滝上まで上ると、龍に変化するとことわざで言われているとおりなの。その滝上に登竜門があるのよ。

 

表の神道家たちはそのようなことは知る由もなく伝統を守り抜いてきていると思うのだけれど、神道の儀式などは宮中を抜きにしては考えられないでしょ。現代の宮中の裏天皇家がイエスの聖なる十字架を、天照大御神の心御柱としてお祀りしてきてことを考えれば、すべての仕掛けは御多聞にもれず、やはり裏天皇家の八咫烏と考えた時にこのケースもなるほどねと納得できてしまうと思うのだけれどどうかしら。

 

包丁式もそうなのだけれども私が思いもよらずに遭遇して嬉しかったのは雅楽の生演奏なの。読書のほかに大した趣味もなかった私は、ポピュラーミュージックばかり聞いていた時期があったの。その趣味が高じてジャマイカに行きそうになったこともあったけれど、この時もなぜかブレーキがかかったのよ。

 

そうこうしているうちに今では音楽と言ったら雅楽にしか反応しない人になってしまっていたの。ポピュラーミュージックの世界の人たちは自分たちが、お釈迦様の言った歌舞伎聚楽主であるなどと疑ってもみようとしない世界の人たちで、そう理解してしまったら、六道の煩悩の死の灰の毒をまき散らす波動を好き好んで聞くなどということは自殺行為だわよとなってしまっているの。

 

以前かごめ歌の鶴と亀にインスピレーションを受けた時には、逗子市にある亀が丘神社と、鎌倉の鶴岡八幡宮に同日参拝して鶴と亀を統べてしまいましょうなどと思い、行った時には、めったに御目にかかることのできない神前の結婚式に遭遇し、雅楽の音が鳴り響いていたこともあったの。この時も引き寄せ感が充満していたの。

 

それから癖になりこの亀鶴参拝たまに行うのだけれども、ん?と何か感じた時に行くと小さなことでも何かしらインスピレーションがわいてくるのよ。関東のお伊勢様である伊勢山皇大神宮に惹かれて初めてお参りした時も神前式に遭遇したし、もう私にとってはそのようなことが瞑想を伴った遊び感覚になってしまっているの。そのような遊びの中で気が付いたことをこのブログに書いているの。

 

そのようなことだから正月二日の予期せぬ包丁式と雅楽の生演奏などというのは、賜物また来た、これで今年も縁起の良いお正月を迎えることができたと大慶びなのよ。

 

そうそうポピュラーミュージックだけれどね、聞いていると気持ち良いでしょ。人を酔わせるでしょ。私もそれはいやというほど味わってきたからよく知っているわよ。でも今どう感じているのかというと、使徒ヨハネの表現で「姦淫の杯に酔いしれるバビロンの淫婦」というのがあったでしょ。なぜそのように酔わされるのかというと、ムラダーラのチャクラに毒蛇を飼っているからなの。

 

この毒蛇がね、六道から解脱しようとしない男女の煩悩の炎にせっせと燃料補給しているからなの。それは音楽だけのことではないの。人の煩悩という煩悩はねこの毒蛇の余計な燃料補給で燃え盛っているの。だからその毒蛇を追い出し、死の病の毒を解毒していただくためには、大御神から、昇天して龍神の一柱とされるための、蛇神様を勧請しなければならないの。それがクンダリニーの火の蛇なの。

 

この火の蛇神様が立ち昇らせる霊気と雅楽の響きがとっても良い相性なのよ。

 

この記事三渓園の紹介と雅楽との遭遇で結ぶつもりだったのに、また想定外の結末に結びついてしまったわ。

 

大御神の大祓とは火の蛇神様を勧請するためのお祓いだったのね。年明けにまた一つ繋がってしまったわ。

IMG_20200102_142219 (2)

IMG_20200102_163710 (2)

IMG_20200102_141413 (2)

IMG_20200102_142837 (2)

IMG_20200102_145238 (2)

IMG_20200102_150836 (2)


IMG_20200102_151357 (2)

IMG_20200102_151757 (2)

IMG_20200102_154357 (2)

IMG_20200102_155401 (2)

IMG_20200102_162259 (2)

IMG_20200102_161750 (2)

IMG_20200102_161449 (2)

IMG_20200102_162544 (2)

IMG_20200102_162843 (2)

IMG_20200102_163056 (2)

にほんブログ村 哲学・思想ブログ 神道へ
にほんブログ村

神道ランキング