このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

とってもためになるページ
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1183708.html (三柱の神の宇宙)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1152017.html (聖書において命の木のカバラの示すこと)
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 

日本人の正しいお正月の迎え方の記事をひとつ前で書いたから、次は私から見た日本人の正しい結婚観について書いてみようと思うの。相当濃いい内容になるはずよ。

 

彼氏あるいは彼女を欲しいと思っている人がいて出会いを求めていたとするでしょ。現代ではそのほとんどが自由恋愛でしょ。それが当り前よね。今上皇陛下でさえテニスコートで恋をしたのだから。当たり前なの。

 

でもね、そこに大きな落とし穴が開いているのよ。いきなりこの輩は何を言い出すのかと思われても仕方がないわよね。説明するわね。

 

私は独身なのだけれども以前婚約者がいたの。しかしその結婚は天照大御神によりストップがかけられ破談に終わってしまったという経験かあるの。以前の記事にも書いたことがあるのだけれど、かいつまんで説明しておくと、私も当然自由恋愛のひとだったの。でもいざ式をどうするかとなった時に意見が割れたのよ。

 

その時の私は信仰の人ではなかったのだけれども、なぜか、なぜか式は神前でしかあり得ないという気持ちが岩のように堅く、それで破談になったの。相手の人は「後悔するわよ」と言って去ったのだけれども、全然後悔していないのよ。

 

その後の紆余曲折で学んだことをもとにこのブログを書いているのだけれども、結論を言うわね。人は天照大御神によりいいなづけ婚で結婚するべきものなの。自由恋愛とはサタンとの自由恋愛を意味し、黙示録のヨハネの言うバビロンの淫婦の領域なの。

 

私は自由恋愛が破談に終わり、その後も異性を求めなかったわけではないのだけれども、得られず、結果として天照大御神から求婚されていたのだと気が付き、それをお受けしてしまったのよ。

 

だから初めからこのブログで、天照大御神すなわちイエスは人類のいいなづけだったと示してきたの。その根拠となることは聖書の中ですでに語られているという例証を示しながらね。

 

気が付いたときには婚期を完全に逃していたし、この先異性を求める気持ちもないので、それでよかったのだと思っているの。ある意味とても自由で満ち足りてしまっているの。

 

この記事で言いたいのは私がよく言う、天照大御神と結ばれなさいということではないわよ。イエスは結婚しないでいられる人はそうしなさいと聖書の中で言っているわ。私はたまたまそうできてしまったということなの。そのようなことが一般的になるなどとは到底思えないでしょ。その上で男女が結婚するときには、やはりいいなづけ婚であるべきで、自由恋愛はさけるべきだと思うのよ。

 

日本が先進文明国になる以前は、結婚にもいろいろな制約があり、現代のように憲法で当人同士の意思のみが尊重される自由恋愛など不可能だったはずなの。開国による文明開化の過程で現代のような日本人の結婚観が醸成している最中に、大正天皇が最初の神前結婚式を挙げられたということの意味は決して侮れないなと感じているの。

 

神前結婚式が日本人にとってのいいなづけ婚の象徴になり警告を発しているのよ。式にこだわりなさいと言いたいのではなく、私のように天照大御神とその僕として結ばれなさいと言いたいのでもないの。

 

ではどのようにしたら若い人たちが、落とし穴である自由恋愛を避けられると思う?すでに自由恋愛で結婚してしまっている人に対する処方箋も私は大御神から授かっているわよ。何と言っても薬師様でもあるからね。

 

でもその処方はかなり大掛かりなことになるの。そのようなことに結びつく前に日本人としての正しい結婚観で落とし穴を避けるべきなのよ。それを悟ろうが悟るまいがその結果はこの世で必ず現れてきて、わかる人から見たら全てお見通しに見えてしまうのよ。

 

ではその天照大御神によるいいなづけ婚とは?それはいとも簡単なことで、大御神にそのような異性とのご縁を取り持っていただけるようにお願いすれば済むことでしょ。大御神が色々な神社で縁結びの神様としてお祀りされているでしょ。

 

この国はもともと大御神の詔によりなった国だからふと気がつけばすべての答えはすでにそこに有るの。

 

でもね、形だけ取り繕っていても落とし穴はふさがらないわよ。その落とし穴をふさぐのが大御神に対する信仰なの。

 

神道には神様をお祀りする色々な形があるでしょ。でもね、結婚に限らず、肝心なのは形ではなく心なの。

 

その心が御神前で結ばれるというのが、私は日本人の正しい結婚観だと思うの。

 

自由恋愛は六百六十六の淫婦の領域よ。一言多かったかしら?


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