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人はこの世に来てみな神様と富とをはかりにかけて、富を重しとしているでしょ。そうしなければ生きていけないと思っているでしょ。

 

イエスは人は神と富とに兼ね仕えることはできないと言っているでしょ。神を崇め富を疎んじるか、富を崇め神を疎んじるかのどちらかだと言っているでしょ。

 

そして、富は天に積みなさい、あなたの富のあるところにあなたの心もあるのだ、とも言っているわ。さらに自分のはかるそのはかりではかり与えられるとも言っているでしょ。

 

これはね、神よりも富を重しとするその狂った量りを携えたまま結界を超えたら、その神を軽んじたはかりではかり返されるということなの。

 

人はみなこの狂ったはかりで売り買いしているのよ。物の売り買いではないわよ。魂の売り買いなの。

 

黙示録を書いたヨハネは、六百六十六の印を受けたものでなければ売り買いできなくされたと書いているでしょ。日本語の聖書ではこの部分が「物を」売ったり買ったりできなくされたと書かれているの。気になったからヘブル語訳の聖書を日本語に翻訳して調べてみたら「物を」とは書かれていないのよ。ただ売り買いなの。これは日本語の聖書の誤訳だわよ。リビングバイブルなどはもっとひどくて、物の売り買いをできなくされ、仕事に就くことまでできなくされたと、尾ひれ迄つけている始末なの。

 

それではヨハネが、読者は悟れ、と記述している六百六十六の印のことは悟れないのよ。この印は竜と獣と偽預言者によりもたらされるの。私はこの三者を娼館の主とポン引きと娼婦と考えているの。

 

ヨハネが示した売り買いとはこの娼館との売り買いなのよ。だから印である免状が無ければ売り買いできないの。神よりも重しとするこの世の富で自分を娼館に売り渡し、その富で娼館に買われるその売り買いのことなの。

 

その魂の売り買いはイエスが洗礼者ヨハネから洗礼を受け、荒れ野で四十日間瞑想していた時に、サタンが持ち掛けていたでしょ。魂の売り買いをサタンはイエスに持ちかけていたでしょ。それをイエスはにべもなくはねつけているでしょ。

 

しかしイエスの御言葉を信じられない人はこの売り買いにやすやすと乗せられるの。この世の富を神よりも重しとして、やすやすと自分を娼館に売り渡すのよ。

 

それを避けさせんがための神仏のお諭しが、解脱、悔い改め、禊なの。人間は熾烈に燃える煩悩の炎で神様に眼をふさぎ、量りを狂わされるの。この煩悩を燃料として燃やし、人を二度の死に至らせる死の灰を一人一人が排出し続けて来たの。

 

お釈迦さまはこの熾燃の煩悩の炎を消さなければ、人は涅槃には至れないと御説きになったの。それはね、死の灰の排出をやめたうえで除染しなければイエスの言う御国には受け入れられないということなの。御国に死の灰持ち込むことなど許されるわけがないの。

 

この死の灰の除染の作法が解脱、悔い改め、禊なの。まず煩悩から脱して燃料棒を除去しなければならないの。その後に死の灰を排出し続けてきたことを悔い、改めるの。そして禊により除染が完成するの。

 

この作法はすべてを自力で完成することはできないわよ。イエスに対する信仰が無ければ不可能よ。イエスをその目で見たわけでもないのに、その目で見て信じたイエスの弟子たちと同じように、イエスの復活を信じることができなければ不可能なの。ここまでが自力でできること。

 

その後に「信じる者には助け手を送る」「勝利を得る者には明けの明星をあたえる」というイエスの御言葉の通りに、この助け手が送られ、その助け船により解脱、悔い改め、禊が完成されるの。

 天照大御神から送られてくる禊のためのお使者なの。だから天の皇室から送られるお仲人であり、納采の儀のお使者なの。

 メシアに対する信仰が全ての鍵を握っているのよ。

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