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 首相主催の桜を見る会、来年は中止らしいわね。やましいことが無ければ堂々と開催すればいいのにね。その桜を見る会なのだけれど芸能人もたくさん招待されていたらしいでしょ。この芸能人という職業がお釈迦さまの言う歌舞伎聚楽主でしょ。私の理解では娯楽産業に携わる人たちはみな歌舞伎聚楽主よ。

 

この歌舞伎聚楽主と言われる人たちがどうなるかということをお釈迦さまははっきりとお示しになったでしょ。それと桜を見る会とどういう関係があるの?と思うでしょ。それが私の中では大ありなのよ。

 

この桜を見る会で私が連想するのは左近桜なの。京都御所の紫宸殿の、向かって右に生えている桜。雛飾りにも飾られる左近の桜。飛躍しすぎと思うでしょ。どうしたらそのようなことに結びつくのと思うでしょ。それはね、この桜についてとんでもないことが古事記に書かれているからなの。

 

それは天孫瓊瓊杵尊の天下りの場面。天照大御神のお孫さんの瓊瓊杵尊の天下りの場面なの。瓊瓊杵尊は天下りした後そこで木花開耶姫(このはなさくやひめ)という女性をみそめて求婚するという物語なの。

 

この物語のイスラエルとの強い結びつきについて以前記事にしたのだけれど、最近記事の数が増えてしまって、探してもどの記事だったか書いた本人にも見つけられなくなっているの。だからかいつまんで説明することにする。

 

瓊瓊杵尊の求婚にこたえて木花開耶姫(このはなさくやひめ)は父の大山祇命のお許し次第ですと答えたの。そこでこのお父さんに結婚を申し入れたところ、大山祇命は大変喜んで姉の岩長姫と共に木花開耶姫(このはなさくやひめ)を差し出したの。

 

ところがこの岩長姫が瓊瓊杵尊からしたら醜かったらしいのよ。それで岩長姫を父のところに送り返してしまったという物語なの。

 

そうしたら大山祇命は大変怒って呪いのこことばを送ったの。それは「岩長姫を娶れば尊の命は岩のように長く常永久のものになったでしように、今岩長姫を送り返して木花開耶姫(このはなさくやひめ)だけを娶ったのでそのお命は山に咲く花のように散り落ちましょう」というものだったの。

 

これを読まされたら私はいやでもピーンと来てしまうのよ。神道において右近橘と左近桜というものがあるのだけれど、これは聖書冒頭の創世記において語られている、神様が園の中央にお植えになった二本の木のことであると、もう私の中では疑いようがないのよ。そのことは以前の記事でもたくさん書いてきたでしょ。

 

そしてその日本の木とは、まちがえた二本の木とは命の木と善悪を知る木なの。これはもっと直截に命の木と死の木と考えて間違いはないの。善悪を知る木というのは食べると死ぬから取って食べるなと戒められていたのだから。

 

それを知っていれば神様の物語で、岩のように長い常永遠の命と、花のように散るはかない命の、岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)は、園の中央の二本の木であり、それは右近橘と左近桜だと気が付けなければ古事記は理解できないの。

 

橘とは弟橘姫に通じ、しかも非時香果(ときじくのかくのこのみ)という不老不死の果実があって、それは橘のことだと古事記には記述されているの。直截に言えば永遠の命をもたらす果実とはキリストイエスのことなのよ。

 

瓊瓊杵尊はそのイエスを送り返してしまったと古事記は記しているの。これは尋常ではないわよね。それが以前から気になっていて、なぜこんな記述になるのかと不思議に思っていたの。それが今回3Dのビジュアルで見た平成から令和に様変わりした昨今の日本ということを考えていてはっきり見えてしまったの。

 

この岩長姫と木花開耶姫(このはなさくやひめ)を考える時に意識しておかなければいけないのは旧約聖書のヤコブと、妻のレアとラケルの物語なの。このヤコブがイスラエルと呼ばれ、レアとラケルとそれぞれのはした女の四人からイスラエルの12の支族が生まれているの。

 

このヤコブは妹のラケルに一目ぼれしてその父に結婚の許しを乞うたの。その時にその父は喜んでまず姉のレアから娶りなさいと言ったの。でもレアはヤコブのお気に入りではなかったから結婚する気にはなれなかったのよ。ところがこの父親の策略でまず初めに姉のレアを娶らされたのよ。

 

ヤコブには姉を送り返すことが許されなかったの。聖書をその根底から知り抜いている神道の裏天皇家がなぜアブラハムの孫のヤコブ(イスラエル)と天照大神の孫の瓊瓊杵尊を対比させながら、瓊瓊杵尊には姉の岩長姫を送り返させてしまったのかなのよ。それが以前から疑問だったの。それが今回はっきり見えてしまったの。

 

それはねイスラエルという人は聖書の登場人物の中でもその筆頭格ともいえる人だからなの。そして神によるイスラエルの召命は、イスラエルを通して全人類に神の創造と救済を知らしめるための召命だったでしょ。その創造と救済においてイスラエルは命の木の主を送り返すことを父から許されていないの。だから父により娶らされたのよ。

 

この聖書の読み方を裏天皇家は太古から知っていたの。知っていて瓊瓊杵尊に岩長姫に擬せられている命の木の主を送り返させているのよ。

 

それはなぜ?なぜ裏天皇家は瓊瓊杵尊に岩長姫を送り返させてしまったの?

 

それはね命の木の主を送り返してしまうことが許さてれないイスラエルの子孫が、その主を送り返してしまったからなの。その命の木の主を十字架につけ送り返してしまったのがイスラエルの子孫だからなの。

そのことを百も承知の、失われたイスラエルの裏天皇家としての伝えが古事記なのよ。

 

そして送り返してしまったイスラエルの歴史はそのまま継続中で、そしてその歴史の最先端においてイスラエルは核の傘に覆われながらも平成から令和に様変わりしているの。

 

今年は令和元年で新天皇のお祝いの年でしょ。しかし皇室は納采の儀を出せないという喜べない事態を抱えながらの代替わりになったでしょ。その年に天皇陛下の臣民たちの代表は桜を見る会で浮かれていて足元をすくわれ来年は中止とか言っているの。

 

すべて元になるのは金銭トラブル。今年はその金銭トラブルにより歌舞伎聚楽主さんたちは大もめでしょ。この歌舞伎聚楽主さんたちがお釈迦さまから悪趣に堕ちると言われた人たちでしょ。その歌舞伎聚楽主さんたちが本人たちはそうとは知らずに悪趣に堕ちる死の灰をまき散らしているのよ。

 

核がまき散らす死の灰は人を一度しか殺せないけれども、人間がまき散らす死の灰は人を二度殺すの。原発の稼働による死の灰の排出より、テレビの排出する死の灰の方がはるかに危険ということなの。

 

テレビはもう何年も前に廃棄した私だけれども、いまさらながら、令和に至ってそのことをはっきり自覚させられたわ。私もこのブログを書かされながら、羊飼いである弥勒菩薩から未だに教育を受けている真っ最中なのだわという気がしているの。

 

核の傘の下で君も臣も人の排出する死の灰にまみれながら、失われたイスラエルとして行進中なのよ。その行進において岩長姫や弟橘姫に眼をとめずに桜ばかり愛でていて癒されようとしないと、死の灰で二度死ぬことになるの。私が令和の風景を3Dのビジュアルとしてみるとそのように見えるのよ。

 

裏天皇家も天照大御神の心御柱をお祀りしながらそのように見ているはずと思うの。

 

ではなぜ裏天皇家は黙って見ているの?表の天皇家は何も知らされていないの?という疑問がわいてくるでしょ。

 

表の天皇家は何も知らされていないわよ。だからテニスコートで恋をし、その後納采の儀でお妃と結ばれた先帝はその退位に際しても、象徴としてのあるべき姿を模索中と正直に告白しながら退位されたのではなかったかしら。

 

裏天皇家が伊勢神宮の心御柱についてはっきりと表の天皇家にレクチャーしていればその象徴としての在り方は、天照大御神の巫覡と巫女でしかないはずでしょ。形の上ではそのようにあらせられいても、御心の中に迷いがある事をはっきりと告白されているように見えるのよね私には。

 

では天照大御神の心御柱をお祀りする裏天皇家と、国民のだれもが知る表の天皇家の関係とはどうなっているの?

 

そのこともこのブログを書きながらすべて知らされたわ。それはまた別記事ね。令和の風景では私が見えていてこの記事に書けていないこともたくさんあるのだけれども、長くなったから今日はおしまい。知らされたこと包み隠さずすべて書くから今後に乞うご期待ね。



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