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キリストは十字架上ですべての人間の罪を贖ったの。だから御父によりすべての人間の罪は許されたの。キリストを殺した人たちの罪も許されているの。サタンとその僕だけはその限りではないのよね。キリストを殺したキリストの敵の罪までキリスト・イエスにより贖われているの。

 

だから全ての人間は一度目の死という結界を超えた後に、復活にあずかるのよ。問題はその時に礼服で正装しているかどうかということなの。この礼服はこの世にあるうちにキリストから送られる助け手により、結納の品として贈られるの。

 

婚宴に招かれた男が正装に身を包んでいなかったので、その場から追い払われる譬え話があったでしょ。創世記のイブはサタンにそそのかされ禁断の果実を食べたでしょ。手渡されたアダムもそれを食べた時に二人の眼が開かれ、自分たちの裸に気が付き、いちじくの葉で体をおおったの。その後に神様に懺悔したの。それで神様は二人に皮の衣を賜ったと書かれているでしょ。

 

この賜物の衣が命の木の婚宴のための礼服なの。イエスは「命の木に与ることを許され、門を通って都に入るために衣を聖くしたものは幸いである」と言っているわ。ヨハネの黙示録ではすでに結界をこえた聖徒たちがその時はいつになるか尋ねたところ、その時が来るまでしばらく待つようにと「白い衣」が与えられたと書かれているわよ。

 

この与えられる衣が礼服なの。どのように与えられるかというと、大自在天の納采の儀により結納の品として与えられるの。礼服を賜った菩薩たちはその服をまとい復活させられるの。賜わらなかった阿修羅たちは普段着のままその場に復活させられるの。神の子羊の婚宴の場に普段着で復活させられるの。そこで裸の恥を知らされるのではないかしら。

 

その後どうなるかというとね、その場から追い払われるのよ。神のイスラエルとはね、人類に神の創造と救済を知らせる媒体として選ばれているの。だからイスラエルを通してすべて知らされているの。モーセによりエジプトから導き出されたイスラエルが約束の地カナンに達した時に、神様はそこにいた異邦人を皆殺しにして一人も生かしておくなと命令しているでしょ。

 

神様のお気に入りではない者は皆殺しなのよ。菩薩は将来如来となることを約されているでしょ。その菩薩たちが如来とされるべく、正装で約束の地に達した時に、そこで普段着でたむろする阿修羅たちは神様に気に入っていただけるのかしらということなの。


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