このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
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http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

 

 あのね、天の御父はね初めから神前における結婚のお祭りを催すおつもりなの。そのために光の神を有らしめ、ご自身と光の神に似せ男と女を創ったの。アダムとイブとその子孫はすべて光の神、メシアのいいなづけとして作られたの。アダムとイブはそのメシアといいなづけの暗喩でもあったの。そのアダムとイブの子孫の中からイスラエルを選び、全人類にいいなづけの縁談を知らしめるお仲人の役を、メシアを通してお授けになったの。

 

イスラエルの十二支族とイエスの十二弟子はその象徴なの。イスラエルのすべての預言者がその象徴なの。特に顕著なのが二支族代表のバプテスマのヨハネと十支族代表のお釈迦様、二弟子代表のペテロと十弟子代表のヨハネなの。バプテスマのヨハネの預言通りに、善い実を生らせないパリサイとサドカイのマムシの裔は切り倒されたの。その象徴がイスカリオテのユダ。残されたのがペテロ。イスカリオテのユダの代わりにマッティアという人が補充されて十二弟子は回復したの。

 

十大弟子を率いたお釈迦さまは、イスラエルの十支族代表として弥勒菩薩の降臨と梵天の神前における結婚式を暗示し預言したの。イエスの十弟子代表のヨハネは、福音書でメシアの婚約式を暗示し、黙示録で子羊の御父の神前における婚宴を黙示したの。旧約聖書のモーセは、割礼が血の花婿であるイエスとのいいなづけの誓約と暗示していたの。

 

その旧約聖書を補完するのが新約聖書で、そこではヨハネが共観福音書を補完しながら、イエスの死と復活が婚約の誓約にあたる洗礼だと示していたの。お釈迦様と福音書記者ヨハネはその洗礼を受けるための作法を示していたの。弥勒菩薩を預言した十大弟子を率いたお釈迦さまと、十弟子代表のイエスから愛された弟子のヨハネなの。イエスはこれらのことを二匹の魚と五つのパンと五千人、あまったパンくずは十二かご。別の時には七つのパンで四千人と示していたの。

 

そして失われたイスラエルにおいてはバプテスマのヨハネに対応したペテロの鶏鳴三声が神宮の遷御の儀のシンボルになっているの。遷御の儀とは神殿を立て直し新しい神殿にご神体を遷すこと。神殿を三日で建て直して見せると言ったのはイエスなの。それは三日目の復活のことだったの。二十年の式年とは一年の十年換算で三日目には建て替えということ。それは七七七の二十一年目のイスラエルの満願をも示しているの。

 

ベツレヘムから世紀換算の七七七の二十一世紀になるとすぐ鴉が天照大御神の正体を明かしたの。ゴルゴダの丘で鶏が鳴いてから世紀換算の七七七の二十一世紀はもう間近なの。籠の中の鳥の鴉は鶴と亀を示してもう鳴いてしまったのではないのかと思うのよ。籠の中の鶏が鶏鳴三声を告げる時を、ヨハネは七つの封印、七人のみ使いのラッパ、神の怒りの盛られた七つの鉢の七七七で黙示しているのだけれど、これが世紀換算の七七七だとしたらどうなるのかしら。イエスの時から一日の千年換算で間もなく三日目を迎えるのよ。でもねそれはわからないが正しい答え。

 

わからないのだけれども一九九九年年にはこんななことが起こっているし、

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一九九九年から三年後に八咫烏の天照大御神の心御柱発言が出ているし、二〇一二年にはマヤ歴がどうしたこうしたで話題になったけれど、マヤ族というのも白神の降臨を受け、再降臨を待ち望んでいた民族だし、イエスの一二歳の時の聖書の記事から七七七の二十一世紀でしょ。しかもひとつ前の記事でお釈迦様の入滅から五六七年後を調べてみたらイエスの二十四歳にあたるし。十二はイスラエルの重要な数で、ヨハネの黙示録ではやたらと七という数が出てくる中に混じって二十四人の長老という記述があるし。八八八は八×三で二十四でしょ。でもね、これはほんの一部で、しかも私の身に起こったシンクロ二シティーとの関連を全て示そうとしたらとんでもないことになるのよ。でもね、何か起こるか起こらないかわからないの。

 

私はね人間は猿の進化したものだなどという不信仰な学者の言うことは鵜呑みにできないし、何が起こるかわからないし、周りの人間は自分を猿の末裔と信じている不信者ばかりだから、これは危ないと思いイスラエルの預言者とイエスの言葉に従い、自分の信仰に基づき、聖書に書かれている神変をすべて鵜呑みにしたの。そうしたら書かれていた通り、神変により高天原から納采の儀のお使者が送られてきたわよ。まるっきり想定外でそんなこと起こるとは思ってもいなかったけどね。自分のこと猿の進化だと思っている人にはわからないわ。

 

そうして判ったのは、信仰により聖書で証しされている神変を鵜呑みにできなければ無理だったのだということ。それがイエスの肉を食べ血を飲むということだったの。それがカバラにより示される叡智、お釈迦様の弥勒菩薩の魔訶般若なの。この世的な人生哲学や処世術の類ととらえていたら道から外れるわよ。神前での結婚に処世術や、哲学や神学など必要ないでしょ。結婚に学問など必要ないの。いいなづけの神である親様とメシアに対する信頼と信仰で事足りるの。

 

そのように聖書は書かれているはずよ。読み直してみて。



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