天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

2020年06月

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神道のかんながらのお祭りには伏線が張られていたということなのよ。

 

天孫降臨から神武天皇の即位、天武天皇や持統天皇の律令国家による天皇を中心とした神様のお祭りには伏線が張られていたということなのよ。

 

その伏線にとって重要なのが仏だったということなのよ。いったい何ということかしらと思うでしょ。

 

いまだにその伏線はこの国でもほとんど知られていないのよ。しかしね、古事記が記された時代の斎主たちはそのことを当たり前のように、天照大御神の倒語(さかしまごと)として受け止め、味方にだけ通じるその倒語(さかしまごと)で神代のことを語り伝えていたの。

 

それはね、迦楼羅天たちが天照大御神から直に神変として見せられ、示されたことでもあったのよ。そして神武天皇を導いたことを皮切りに、その大和の朝廷の大君によるお祀りを今日に至るまで主導してきたのよ。


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仏による伏線が張られている事を知り抜いていたから、表の歴史で仏教と神道の確執があっても仏教を排除せず、かんながらの国の神鳥迦楼羅として大御神の心御柱をお祀りし続けて来たの。

 

この神鳥迦楼羅は門戸が叩かれなければ、知り得た玄義を墓場まで持って行く定めなのではないのかしら。

 

ところが機縁により門戸が叩かれ、大御神の心御柱についての問いに答え、その玄義を明かしてしまったのよ。隠されている事柄で露わにならないことはないというメシアの言霊の成就だったの。

 

それで神道の伏線が明らかにされてしまったのよ。天皇家を斎主とした神道のお祭りは古代から練り上げられ、潔斎によるハレと、直会による直り合いによりケの日常にもどるとして民間ではお祭りが行われているでしょ。

 

しかし天皇家では大嘗祭において永遠の命のお祀りの儀式が執り行われてきていたの。神宮の式年遷宮なども永遠の命に与るためのお祭りとして執り行われてきていたの。

 

そこに張られていた伏線とはね、仏陀の示した成道の作法が禊であり、その作法により穢れを祓った先見者が命の木に与ることを許され、その道、神の道をゆくことをゆるされるということだったの。

 

伏線がそのようなことであるから、この世の穢れを正見しない盲人たちがこの道に踏み込み、その道を穢すことの無いよう味方にだけ通じる倒語(さかしまごと)が合言葉として用いられるようになったの。

 

それが神武天皇の即位に際して改めて徹底されたと、日本書紀が伝えていたのよ。

 

神鳥迦楼羅が大御神の心御柱がメシアのご神木であると証ししてしまった事実というのは決して小さなことではないわよ。

 

その事実を盲人たちが侮りつつ暦が進捗しているの。

 

そのようなことが、ごっくんと飲み込めると、聖書の詩編の一遍一遍が、そこに当たり前のことが書かれているわと飲み込めるようになってしまうの。

 

そこは何の迷いもない梵我一如の空境で、八紘一宇の涅槃なの。

 

神さまは手に箕を持ち、ふるいをふるわれているわよ。先見者がそう証ししているでしょ。

 

大御神の心御柱が今から二十年も前に明らかにされているのよ。


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この国は本当に不思議な神話の国でしょ。全国八万社のお社などは全て神話に根差しているし、お祭りもみなそうでしょ。それが日本人の心の紐帯となりアイデンティティーとなりその他を織別しているでしょ。そこに根があるのよ。

 

天孫降臨から神武天皇の即位の神話の中に根があるの。そこに根を植えた天津神たちがいたということなのよ。この神たちは八咫烏と呼ばれ神武天皇の即位を助けたと古事記に記されているの。

 

この八咫烏とは私が思うに鴉天狗なのよ。鴉天狗は修験の装束で描かれ虎の巻ものを手にしているの。

 

270px-Karasu-Tengu-Statue

 

そして仏教の迦楼羅天と同一視されているのよ。この仏教の迦楼羅天とはインドの神鳥ガルダが仏教に取り込まれ仏法の守護神となったらしいの。インドの神鳥ガルダはビシュヌ神の乗物だったらしいのよ。

 

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神様の乗り物の神鳥なのよ。神様の乗り物である鳳輦に留まる鳳凰と同じでしょ。インドの神話において既に、天孫降臨から神武天皇の弓の先に止まった金の神鳥による鳳輦の渡御までが預言されていたのではないのかしらと思えるの。

 

そのインドの神話により先見してしまいそれを語り残したのが仏陀で、そこに弥勒菩薩とその守護神である迦楼羅天が出てくるのは当たり前なのではないのかしら。天照大御神と八咫烏の関係なのよ。

 

その関係性において、現代でも神話の時代に根差したお祭りによりアイデンティティーを保っているのがこの国なの。その八咫烏は虎の巻を熟知しているからそれが可能なのよ。この虎の巻には神様をお祀りするに必要なことが全て書かれているのよ。

 

それはトーラーの巻物と呼ばれるモーセの巻物なのよ。この巻物の初めにすべてが示されているわよ。神様は園の中央に二本の木を生えさせられたの。これは人の前に呪いと祝福をおかれたということなの。そこに人をそそのかす蛇もいたのよ。

 

これを私が私のアカウントで解釈すると、人はこの世に招かれ神様の農園で僕として従事するためにやってくるのよ。しかしね、唆す蛇にだまされ、神が取って食べるなと禁じられた、悪因の毒果の果樹園で働くようになるということなの。

 

神さまの公益の農園ではなく、それぞれの私益の農園で働くよう唆され一生を終える人の方がはるかに多いの。一度その私益の農園で働いてしまった人が神さまの公益の農園で命の木の栽培に雇われるようになるには、仏陀がお示しになられた成道の道筋を行き、私益の農園から解脱し、新たに雇用契約が交わされなければ無理なのよ。

 

それがメシアの、命の木に与ることを許され門を通って都に入るために衣を聖くしたものは幸いであるという御言葉に繋がっているの。

 

その神様の御旨に真っ向から逆らいこの世で権力を真っ先に手にした人物の名がニムロデとして巻物に名指しされているの。それ以降私益の追求が今日に至るまでとどまるところを知らないのよ。聖書はそのように唆されたニムロデとバビロンの淫婦たちの物語でしょ。

 

このニムロデとバビロンの淫婦がヨハネの黙示した獣と偽預言者の事なのよ。メシアはそれを一からげに盲人と呼んだの。盲人が盲人を手引きすれば双方とも穴に落ち込むと御言葉しているでしょ。この盲人のことは偽善者とも呼ばれているわよね。

 

この盲人はメシアから目薬を買わないと見えるようにならないのよ。当然神様の農園の命の木など終生目に映らないの。この世においてもあの世においても許されることはないというのがメシアの御言葉よ。

 

少し角度を変えてみてみると、日本には赤鼻の天狗がいるでしょ。あれがね、ニムロデの暗喩なのよ。醜い赤ら顔の鼻高の天狗も手に巻物をもって得意顔でしょ。しかし巻物に何が書かれているのかまるで分らずに鼻高々なのよ。

 

私にはそれが、私益の農園で人々を働かせ得意満面の、すべての、ありとあらゆる分野の長老たちの赤ら顔とダブって見えるの。公益をうたっていても真の公益などはまるで理解できていないわよ。

 

だから神様の暦が進むにつれ私益の農園は荒れ放題で農夫の不満は増すばかりなの。

 

虎の巻では神様の公益の農園も暦により作付けされていて刈り入れの時があると示されているわよ。その時には大掃除が始まるとも書かれているでしょ。

 

それとは関係なく一人一人も暦により生きているでしょ。私益の農園から解脱するのであれば期限は終息までになの。その為に招かれているのよ。

 

人生は御神田の御田植祭りなのよ。日本人が一番解脱の近くに招かれているでしょ。


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今日はねもっと現代的なわかりやすい方法で書けと促されたの。解脱とはね神様のサイトにログインすることなのよ。そこにログインするにはアカウントを申請してパスワードを発行してもらわなければならないのよ。

 

そのような簡単な事が現代においても誰にも知られていないという事なの。お釈迦様はその生き方において見つけてしまったのよ。そしてそのサイト内で知ったことは世間の人には誰もわかるまいからだまっていようとしたの。

 

しかしね、そのサイトにアクセスしてしまった人はそこで受けた祝福を世の人に施さなければならない定めがあるの。

 

それが仏陀の梵天灌頂による初転法輪として世に知られているの。その時代の仏陀が教えを説いた地域では宗教が世の中の秩序だったでしょ。そしてそのことについてもっと深く知り、極めたいと思うような人がゴロゴロいたのよ。

 

そのような人たちの乾いた心に仏陀の言葉が、砂が水を吸収するように浸透していったのよ。そして大きな教団になっていったの。お釈迦様は自分を慕ってくる全ての人がアカウント取得に成功するようにお説きになっていたのよ。

 

しかしね、途中で気が付いたのよ。ご自分の十大弟子を見ていて気が付いたのよ。誰もアカウント取得に成功しないと。それで法滅を予言したの。弟子たちはそれが何を意味しているのか全く気が付けなかったのよ。

 

そして年月が過ぎ仏陀は入滅したでしょ。そうしたら弟子たちはもうどうしたらよいかわからなくなってしまったの。誰もアカウント取得に成功していなかったのよ。だからみんなで集まって私は仏陀からこう聞いたと、必死で書き残したのよ。そうしないと失われてしまうと焦ったのよ。それが仏伝の起こりでしょ。

 

でもね、たとえ一人でもアカウント取得に成功していれば焦る必要はなかったはずなのよ。そのアカウントにアクセスできるのであれば梵我一如ということなど当たり前のように理解できるからなの。

 

仏陀のお説きになったことなど全てそのサイトにアクセスできれば難なく神様により示されるからなの。そのような人を排出したいというのが仏陀釈迦牟尼の宿願だったはずと思うのよ。しかし仏陀は途中で気が付いたのよ。これでは法滅だと。そしてその宿命に甘んじ最後まで弟子を離れず入滅したの。それが天意であったと満足しながら大往生を遂げた真正の菩薩だったのよ。

 

そのようなことは神様のサイトで全て知れるわよ。私なんか仏陀をフォローしていなかったけれども、仏陀が預言していたメシアに張り付いていたのだと気が付いたときにはアカウントがすでに作られていて、仏陀の解脱というキーワードを意識してしまって、あれっと、思ったらいきなりパスワード送付されてしまったからね。

 

さらっと書いているけれどもその期間は驚天動地の繰り返しで、日常生活に支障をきたすほどの毎日だったわよ。それでもどうにかこうにか落ち着きを取り戻した時に感謝の気持ちがあふれて来たからお伊勢様におかげ参りしたの。

 

七つのお祝いの通りゃんせの細道を、ものすごく怖いながらも通していただいたことに感謝してのおかげ参りだったの。おのおかげ参りで風に吹かれてしまったことなども既に記事にしておいたでしょ。それでこのブログ書かされている事もね。

 

何故私が書くかと言えば「死にかけている残りの者を強めよ」というのがメシアの遺言だからなの。それが定めなの。残りの者が何を意味しているかはアカウント取得後ログインしてそこで確かめてね。

 

仏陀の言葉と、弥勒菩薩すなわちイエスすなわち天照大御神と見定め、仏伝と聖書と古事記を並行して集中して読めれば何とかなるはずよ。

 

このアカウント取得は信仰による契約であって、それはあくまでも対個人契約だから団体契約などありえないわよ。宗教信者はまずそこから足を洗わなければ絶対に無理よ。家族からも完全に孤立した孤軍奮闘をしてでも本気で申請しなければアカウント作ってもらえないわよ。

 

あの仏陀でさえも骸骨のようになり死にかけたでしょ。

 

それでも大御神の国に生まれた人は恵まれているわ。

 

私がそうだったからよくわかるの。


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凶事の予兆は2017年の暮れに起こっていたのよ。その年の暮れに富岡八幡宮で、あってはいけない凄惨な事件が発生していたでしょ。この事件の顛末においては神社本庁の抱える問題なども報道されていたのよ。この時に私は何かとても嫌な予感がしていたわよ。

 

そして次の年には師走を目前に控えた十一月の未に、宮崎県の高千穂町で何とも言いようのない凄惨な事件が起きていたでしょ。宮崎県の高千穂町といえば天孫の天下った神話の里でしょ。

 

八幡宮の祭神は応神天皇で、神武天皇と同一神であると京都丹後の籠神社の宮司さんが証言しているの。

 

何故二年続けて年越しの大祓を控えた時期にそのような凶事が連続するの?不吉ね、と思っていたのよ。

 

そして翌2019年は平成から令和の御代変わりを無事に済ませたお目出度い年だったのよ。けれども、皇室は納采の儀に滞りを抱えたままの御代変わりになってしまったでしょ。

 

これも私的には相当不吉な予感がしていたのよ。そして翌年は令和として年神様をお迎えした初めての年だったのだけれど、いきなり世界中を巻き込んだコロナ禍に見舞われたでしょ。

 

それでオリンピックは延期になり非常事態が宣言されたのよ。そして最近ではオリンピックを招致して名をあげようとしていた都の女知事が学歴詐称で告訴され、刑事被告人の立場で次の選挙に臨もうという節目なのよ。

 

その詐称の疑惑にはエジプトという国が絡んでいるのよ。この事実は私にとって、なにが不吉の予兆だったのかにとどめを刺されるくらいにわかりやすいと思えているの。

 

最近神宮歴の暦の記事を書いたのだけれども、この神宮歴にはっきりと記載されている紀元二千六百八十年という年号は、大御神の鳳輦の渡御の暦と読み解いたの。モーセの虎の巻ではこの鳳輦のお祀りの妨げになり神様から打たれたのがエジプトのファラオだったとはっきり記述されているでしょ。

 

神様による疫病で撃たれたのがエジプトだったのよ。わかりやすいくらい不吉ねと思っていたの。そうしたらね、今日になってもっと不吉なニュースを目にしてしまったのよ。

 

https://diamond.jp/articles/-/240074?page=3

 

 神社本庁の理事にあたる人が自殺していたらしいのよ。この人は神道政治連盟においては総務会長という要職にあり、その神政連の理念に賛同する超党派の国会議員連盟「神政連国会議員懇談会」の会長は現首相で閣僚の多くが所属しているらしいの。

 

この事案に関して神社界の権力ではなく権威、神社本庁統理の鷹司尚武という人が「神社本庁は腐っている、民間ではあり得ない」そう周囲に嘆いているというの。この人は上皇陛下の義理の甥にあたる人らしいのよ。

 

それでこのニュースを私が読み解くと、神社本庁というのはGHQの神道指令により発足した組織だし、現首相の流れはGHQがA級戦犯としたけれどもなぜが不思議と釈放されてしまった人脈の権力だし、靖国神社の大好きな日本会議の人たちもみな同じ人脈だし、日本の保守、右翼とされる人脈は皇族方から見たら皆腐っているとみなされているのね。となるのよ。

 

神道に巣くいながら信仰などとは無縁の権力の巷なのよ。それを読み取らなければいけないの。そのような保守政権を与党としているのがGHQにより立憲君主制の民主主義を与えられた日本人有権者なの。

 

私には腐っているのは神社本庁だけとは思えないのよ。根っこ迄腐ってしまっているのではないのかしら。

 

そのように了解できるとすれば神武天皇の弓の先に止まり王権を神授した、鳳輦の神様の縄の鞭が振るわれることもむべなるかなと思えるでしょ。

 

大御神により成ったこの国が腐っているから禍事が世界中に伝播しているのよ。


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私の地元の氏神様の例大祭中止になったの。それは氏子社中における鳳輦の渡御がコロナにより禁止されたということなの。

 

今年の夏越の祓いにおいてはそのような地域が多いのではないのかしら。もうね、私の目には完全にメシアの縄のむちなの。ついてくる人いるかしら。いなくても書いておくわよ。

 

都ではエジプト疑惑が騒がれているでしょ。事実はどうであれ、そのような疑惑を惹起する人が王都を治めるということがあってもよいことなのかしらと思うのよね。

 

しかしまかり通っているでしょ。立憲君主制の民主主義ではそのような事が平然とまかり通る仕組みになっているのよ。法制自体が虚実の世界にとらわれているから当たり前のようにそのようなことも起こるの。

 

この国の三権の長は覇権国の高官の覚えが目出度い人が出世して、権力を手中にするのよね。逆らうと刑事被告人とされるの。逆らわなければマスコミも加担して、ただの疑惑としてもみ消してもらえるらしいわよ。

 

だから長く居座ることが可能なの。そのような仕組みの中で、そろそろ良い時期なのでメシアが縄の鞭をふるわれはじめたのよ。

 

鳳輦とエジプトは切っても切れないわよ。神さまが鳳輦の祭礼を執り行わせるためにエジプトからイスラエルを脱出させたのだけれども、最後まで楯突いたファラオの戦車は全滅したでしょ。鳳輦とは神様の戦車として知られているからね。

 

エジプト疑惑とコロナと氏子社中の鳳輦の渡御の中止などということは勘弁してほしい所なのよ。

 

しかしね、都の南に位置する私の地元ではもっときな臭いにおいがしているのよ。六月の初めに三浦半島の三浦市から横須賀市にかけて異臭騒ぎがあったの。ニュースにもなっていたでしょ。

 

結局お役所は原因不明で片づけたの。専門家の中には異臭は断層の破壊により起こる事が常識として知られているので、そのような現象に伴い電磁波異常のあるなしを調査するべきと提言する人もいるのだけれども、この界隈のお役人は多分何もしないわよ。

 

この地域は南海トラフというとても厄介な断層のデパート上に位置しているのにも関わらず何もしないわよ。必ず来ると言われているのに何もしないわよ。その時に霊峰富士が吹いてしまったらもう覚悟を決めるしかないのにね。

 

この地域の特性は黒船が来た時から今も変わらないの。平時が続いた武士たちは甲冑も刀も整っておらず黒船の来航により武具の特需が起こったらしいのよ。そうしたらその時の道具商はその特需に沸いてペリー大明神を祀り拝んで、幕府の顰蹙を買ったらしいのよ。私の読んだ本にはそう書いてあったの。

 

今ではね、覇権国の基地を置かれ、黒船祭りに、ネイビーバーガーがこの地域の売りなの。今でも黒船のペリー大明神のお祭りで、そのことをだれにも咎められずに商人はもとより、公務員たちまでその線で盛り上げることにしか余念がないのよ。

 

それが覇権国にとってはとても覚えの目出度いあり方なのよ。神道指令とか出してその有り方に嘴をはさんだのも連中だったでしょ。横須賀と言えばあの総理とかも出しているので覇権国は最後まで手放さないわよ。

 

この横須賀は古事記にも記された神話の里であるのになぜそのような観光資源を生かし故郷の発展ということを考えないのと、役所に意見したことがあるのよ。案の定、糠に釘だったわ。何か期待して投稿したわけではなかったけれどもね。

 

鎌倉の源頼朝を凌ぐ倭建命と弟橘姫の里だと指摘してあげたのだけれども市の職員は何も感じられなかったようなの。まあ、都に最も近い港を押さえている覇権国の、安全保障条約のお友達関係の、お賽銭箱を守らされているのだから仕方がないのよね。

 

私なんか恥ずかしながらその基地に勤務していたことがあったけれども、そのいかがわしさに気が付いたら即刻辞めたわよ。職業なんか投げうってでも大御神の鳳輦に付き随う覚悟がなければ誰でもがエジプトのファラオのように彼岸に渡りそこなうの。

 

エジプト禍による疫病の蔓延や、南海トラフの大地震や霊峰富士の噴火がもし今の時代にとって杞憂にすぎなかったとしても、大御神の、滅びに至る道は広く大きく、そこから入る者が多いという真言は杞憂に終わることはないわよ。絶対に。

 

そのことだけははっきりしているのよね。

 

怖いこともはっきり書いてしまうのだけれども、モーセが虎の巻に書き記していたように神は人の前に呪いと祝福をおかれたの。その呪いと祝福が陰陽の表裏一体なのよ。

 

どちらに与るかは本人次第なの。

 

今の日本を見ると神によりエジプトから導き出され、鳳凰を冠した鳳輦に導かれながらも、邪教の神を拝み、約束の地に渡御できなかったイスラエル社会と瓜二つでしょ。虎の巻は警告の書でもあるのよ。その虎の巻に従い神様をお祭りしている鴉たちの暦が神武紀元の暦なの。

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参ったわ。今年の夏越の祓は一体どうなるのかと思っていたら乙姫様から玉手箱を賜ってしまったわよ。そして聞くところによると乙姫様は私の地元の走水の海に、倭建命の身代わりとして沈んだ弟橘姫だったらしいのよ。

 

今年の年初めにはその二柱の神様をお祭りする走水神社でお札を頒布していただいていたの。龍宮の入り口はなぜか走水の海にあったの。その龍宮をかすめて黒船が入ってきたのよ。北に都、西に霊峰富士というロケーションなのよ。

 

その玉手箱なのだけれど実はこれなの。

 

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これは神宮で編纂されている神宮歴というもので、地元の神社で茅の輪くぐりをした後にふと気になったから頒布していただいたのよ。そしてパラパラとめくっていたら鳳輦の秘密がいきなり降ってきたの。

 

この暦の内扉に紀元二千六百八十年とあるでしょ。

 

今から二千六百八十年前に神様の鳳輦が、後の世に心御柱を戴くべく、元の都から移動を開始したのよ。

 

そして千年後の四世紀に至りこの国で、その鳳輦と心御柱が邂逅し、鳳輦に心御柱が奉斎されたのよ。

 

それは日本書記に、神武天皇の弓の先に金色に輝く鳶が止まったと書かれている事なのよ。その形が私の想像だとこの形になるの。

 

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イスラエルの王家の笏なの。天皇家ではこの形に模したあまかすというものをお世継ぎが生まれた時に枕元に置き、弓の弦をピーンと張り鳴らす鳴弦の儀を行っているらしいのよ。


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あまかすはエジプトのアンク十字と同じもので永遠の命の象徴なの。そして鳴弦の儀とは神武天皇の弓を鳴らす儀式なのよ。

 

弓に矢をつがえると十字になるでしょ。そしてピーンと張り、打ち放つでしょ。破魔矢も神武天皇の矢であり、弓の弦と矢がメシアの十字架なのよ。だから鳴弦の儀なの。

 

そしてその形はイスラエルの王笏であり、さらに心御柱を戴く鳳輦なのよ。そしてそのことは伏せられた桶に隠されているの。


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それらのことはすでに神武天皇の時代にその仲間内に知られていたの。そして仲間内で通用する倒語(さかしまごと)で語り継がれてきていたのよ。だから乙姫様の玉手箱もその鳳輦なの。

 

乙姫様との宴でご馳走をいただくと、鳳輦にある鳳凰の目が三回転半で七つの目として完成されてしまうの。そして八つ目の目が開いてしまい八咫鏡の回転と同期してしまい、そのように玉手箱を賜り仙人に変えられてしまうのよ。仙女かしら。

 

乙姫様は皆がそのようになることを推奨しているでしょ。そのお使いが玄武の亀なのよ。

 

エジプトのアンク十字は取扱注意よ。初めに鳳輦の神様に逆らい疫病で撃たれたのはエジプトのファラオだからね。

 

ファラオの戦車は彼岸に達し得ず紅海の藻屑と消えたでしょ。そのように鳳輦の回転による暦が示しているの。

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神様の式年とはお祭りのために定められた年の事でしょ。二十年に一度の神宮の式年遷宮は有名よね。私の地元では三十三年に一度の式年祭などもあるわよ。

 

しかしね、日本人はこの式年について全く分かっていないと気が付いたの。古くは神武紀元が神様の定めた式年であったし。西暦の起源も式年であったのよ。さかのぼれば、暦上の月日は定かでなくても神によりイスラエルがエジプトから導き出された過ぎ越しの年も、荒れ野で祭礼を行うための式年の過ぎ越しのお祭りだったでしょ。

 

その祭礼において神様の乗り物である鳳輦が奉斎されたの。そしてレビ人が祭司とされ鳳輦を担い渡御が始まったのよ。祭司レビ人はその鳳輦の車輪なのよ。エゼキエルやヨハネが見た幻はこの鳳輦とその車輪だったのよ。

 

その車輪は法輪でもあり八本の輻を持ちそれぞれが宝珠を秘めているの。仏陀の梵天灌頂も式年でありその式年により宝珠の八正道が明かされたのよ。そして五十六億七千万年後の式年について預言がなされたの。先見者の預言は倒語(さかしまごと)で語られたの。

 

その預言された式年の五六七に従い法輪は回転しながら渡御を繰り返しているのよ。

 

現段階では伊勢に鎮座し二十年に一度渡御を繰り返しているでしょ。

 

私に言わせると西暦1940年も式年だったわよ。神武紀元二千六百年だったでしょ。昭和二十年であり、この歳に八紘一宇が国会で国是とされ、大正天皇により始まった神前結婚式が一般化した年と紹介されているわよ。

 

それから60年たった2001年に大御神の心御柱が降臨したの。この年はメシアの降臨から2000年目を経た年で、お祭りで言えば極めて重要な例大祭の式年だったわよ。

 

それから20年後の今日起こっていることを書いておこうと思うの。天照大御神の心御柱の降臨という重要な式年を無視している愚民主主義の時代に何が起こっているのかなの。

 

十九年目に元号が変わり二十年目のお正月は令和として迎えた初めてのお正月だったでしょ。そうしたら三月には疫病が世界中に蔓延し、五月には五輪が中止とされ、七月は私の地元では夏の例大祭が中止とされてしまったのよ。

 

今年の夏越の祓はまるでメシアの縄のむちが振るわれているように私には見えてしまうのよ。この原因のファクターXは神様の式年を無視している愚民主主義という視点で見ると丸わかりなのよ。このファクターXにモーセの預言した神の呪いと祝福が秘められているでしょ。

 

今年は愚民宰相と東の京の都の女愚知事が大活躍の年よね。この宰相と知事が五輪を招致しようとしていた張本人たちでしょ。この知事がとってもわかりやすい動きを見せてくれているのよ。エジプトが絡んでいるの。

 

エジプトの大学を卒業したという学歴詐称が疑われているのだけれども、書類一枚で晴らせる疑いをいつまでも晴らそうとしないのよ。件のエジプトの大学では卒業などということは詐称されるのがあたりまえという国柄らしいのよ。さすがイスラエルの祭礼に楯突いたファラオの国でしょ。

 

洪水以前からある三柱の神の神殿をファラオの墓と信じている国なのよ。ヨハネの黙示録に出てくるイザベルという女はもしかしてこの人の事なの?東の京都は大王の都で神のエルサレムなのよ。山に逃げなくてはいけない時代に入ってしまっているでしょ。

 

そのようなことを許しているのが世界中にはびこる愚民主主義なのよ。私の目には明らかに神様の祭礼の式年の法輪の回転の妨げになっているように見えるの。最初にその妨げになったのがモーセの時のファラオなの。

 

そのエジプトに臨んだ禍と現代社会を襲う禍のファクターは愚民主主義にとってはXであったとしても神様の法輪を悟る人にはXではありえないのよ。科学に根拠を求めていても神様のお示しによる式年は絶対に理解されないわよ。

 

神道では三五七が重要な式年とされているでしょ。西暦2020年とは大御神の心御柱の式年から二十年目で、二十年目とは七七七の七つのお祝いの二十一年目の夜明けの晩なの。

 

そして来年は令和三年でしょ。令和の三つのお祝いの夜明けの晩なの今年は。今から後、令和の五つのお祝い、七つのお祝いを経る令和十五年には2033年を迎えるわよ。

 

この年は次の神宮の式年遷宮の年なの。その七年後が2040年で令和二十一年。大御神の心御柱降臨の式年から四十年目で、神武紀元二千七百年という式年の年でもあるのよ。

 

今後二十年は神様の祭礼の重要な式年のオンパレードなのにこの世はおそらく法輪の回転を悟らず逆らい続けるでしょ。

 

気が付いた人は心御柱の鳳輦と共に渡御するために早くお山に逃げた方がいいの。


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神道のハレとケってあるでしょ。ハレは儀礼や祭り、年中行事などの非日常、ケは普段の生活である日常を表している言葉なのよ。日本人の生活はこのハレとケの繰り返しにより成り立っているとも言えるわよね。

 

ハレのお祭りに臨むために禊で潔斎して、お祭りの最後に直会でケの日常に直り合うという常識が習慣として繰り返されているでしょ。

 

悪いこととは思わないのだけれども、ここ数日考えさせられたことを書いておこうと思うの。

 

ハレとケはお祭りに臨むための作法とされているでしょ。しかしその作法には悟られなければならない神道の大いなる玄義があると思うのよ。

 

神道は古代から仏教と混交して発展してきているでしょ。その神仏により示されている隠された玄義なの。ここにも大御神の倒語(さかしまごと)が大きく働いているのよ。こまごまとしたことは抜きにして結論から書いてしまうわよ。

 

人はこの世にハレを悟るために招かれ生を受けているのよ。そのハレを悟らせんがために先見者たちにより預言がなされ、そこに弥勒菩薩が下生され、ハレの日のための救いの業を成し遂げられたの。そしてハレの日の祭礼に与るための御言葉を残し昇天されたの。

 

しかしその御言葉はごく限られた身内にしか悟られていないのよ。その身内の内この国で最もよく知られているのが仏陀釈迦牟尼なのよ。

 

弥勒菩薩は天照大御神としてお祀りされているから神仏の国で間違いがないの。

 

その仏陀のお諭しによる成道が祭礼のための潔斎なのよ。その決済を済ませてしまったら後の状態は空境を悟った涅槃なのよ。もう二度とケに戻れないの。それはケの穢れを弥勒菩薩である大御神の潔斎により禊してしまうからなの。

 

その玄義が古代に神様の乗り物の車輪とされた先見者たちにより現代にまで示されているの。だから神道のお祭りの形として今の日本にあるの。

 

しかしその形の中でのハレとケの繰り返しの生き方というのは、成道に至れずいまだ俗人か求道者の状態にあるということを意味しているのよ。

 

成道に至る解脱というのは弥勒菩薩すなわち天照大御神により禊を受けるということよ。そのことわりは三貴子を禊ぎによりお産みになられた伊弉諾尊の御旨なの。

 

だからお祭りの型だけではなく、七つのお祝いのお祭りのために禊、決済、解脱、成道してしまったら二度とケの穢れの日常になど戻れなくされ救済されてしまうのよ。そうなったら余生は大御神をお遣わしになられた天父の御旨に沿い、梵我一如の空境涅槃の境地に遊ぶことになるのよ。

 

しかし回りはハレとケの玄義を悟れない人々ばかりで、その巷で生計を立てなければならないから、そこに終息迄の忍耐があるのよ。それも余生がハレの日のお祭りになってしまった成道者の修行でもあるのよ。それもこれもすべては七つのお祝いの祝宴に招かれ、大御神に選ばれ、印をつけられてしまった僕の修行なのよ。

 

選ばれるためには悔い改め、禊に至るまで潔斎し、男は解脱し成道しなければ無理よ。

 

ハレとケを繰り返していては無理なの。

 

神様の乗り物の車輪として法輪を悟らなければ置き去りにされるだけなの。


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天照大御神の心御柱はキリスト・イエスの十字架とその銘板であるとの答えを八咫烏から引き出したのは末日聖徒イエス・キリスト教会の教会員だったのよ。モルモンとして知られカルトと認定されている教会なの。

 

私も一時所属していたことがあるのよ。そして八咫烏と接見したその教会員を先生としていたのも事実なの。当時ファンクラブとかあったからね。

 

しかしその教会から足を洗う決心をしたまさにその日に大御神の岩戸がガラガラと音を立てて開いてしまったのよ。

 

今日本で天照大御神はキリスト・イエスだとブログなどで公言しているのはそのほとんどがその先生のファンの教会員なのよ。だからカルトに警戒心を抱く日本人はいやでもドン引きしてしまわざるを得ないのではないのかしら。

 

この成り行きの中に、日本人の男性の解脱を妨げようとする大きな力が働いているのが、今の私には見えてしまっているのよ。

 

カルトのモルモンもキリスト・イエスが主であると心の底から信じている事はまちがいがないのよ。でもね、そこに大きな落とし穴がぽっかりと口を開けているの。その信者たちの説は私もほとんどすべて知り抜いているのよ。

 

あの先生のその筋の著作は網羅的に読破しているからね。私はその結果として命の木の入り口は解脱しなければ通れないと気が付いてしまったのよ。

 

あの先生も信者たちも解脱できないわよ。カルトだから。だから信者たちは自分が御霊によりイエスから賜った救済の言葉で語れずに、あの先生が書籍にしたことをオウム返しのように披歴しているだけなのよ。

 

私のブログはそうではないでしょ。きっかけはあの先生のカバラの知識だったけれども、その知識をもとに聖書を何度も何度も読み返していたらイエスの御言葉が飛び込んできてしまったの。

 

それは聖書のイエスの御言葉の成就なのよ。金星が飛び込んできてしまったという密教虚空蔵求聞持法の空海上人がした経験なの。勝利を得る者には明けの明星を与えるというイエスの御言葉の成就なの。お釈迦様の解脱の時にも金星を見ているでしょ。それが暗号になっているのよ。

 

そして同じ経験をしてしまうと味方とされ大御神の倒語(さかしまごと)が読めてしまうのよ。そして御言葉のとおりに助け手を送られてしまうのよ。その助け手に知らされるから自分の言葉で、自分を奴隷から解放してくださった神である大御神すなわちイエスについて語るようになるの。

 

先生のカバラの受け売りのオウム返しの信者が御霊を受けていないことが丸わかりになるのよ。はっきりと正見してしまうの。

 

この正見が八正道の入り口よ。それなくして八正道は始まらないのよ。この正見の第三の眼はイエスすなわち弥勒菩薩から助け手を送られ賜るのでなければ誰も手にすることはできないの。

 

弥勒菩薩は仏陀により知られていても何を語られたのか誰にも知られていないでしょ。でもイエスのお語りになったことは誰でもが読めるし知ることができるのよ。ここが入り口なのよ。「叩きなさい、そうすれば開けてもらえる」など、イエスの御言葉のすべてが弥勒菩薩の真言なの。

 

その真言により助け手を送られ神変を感受できないのは、ただイエスの御言葉を受け入れその扉を叩かないからだけなの。不信仰のそしりは免れないのよ。

 

知識を得たとしてもそれをもとに神様に対する自分の悟りを、自分の言葉で語れなければ、そこに解脱、救済、モクシャ、祝福はないの。祝福をもたらさないところで語られる偽預言者やパリサイ人のパン種の言葉に注意しなさいとイエスは警告していたの。そのようなことが大御神の心御柱が八咫烏により明かされて以降徐々に、私には丸わかりになってしまったのよ。

 

それで、この記事で書きたかったことを最後に書くわよ。

 

この国で大御神の心御柱が明かされたときに、そこに日本人の悟りを妨げるような不思議で大きな力が加わっているでしょ。私はこの事が大相撲の土俵上の東方と西方の力比べと相似象に思えるのよ。

 

そして実は、それは世界規模の事なのよ。西洋と東洋なの。西洋の、万人に対する万人の闘争という救いようのない阿修羅の政治哲学と、東洋の、八紘一宇の宝輪による天が下の神による、四神相応の一つの家族という信仰との力比べなの。しかしその東洋に聖書をもたらしたのは西洋でしょ。救いようのないカルトが大御神の心御柱をこの国で明かしたことと相似象でしょ。

 

そのような神変不可思議な力比べにおいて東洋は西洋に完全に押し切られようとしているように見えるでしょ。しかしね、天が下とはただ人の生息する浮世だけではないわよ。そこでは神獣や神遣、神さまの御使いや天使たちが力比べに加わっていて、今にも土俵から押し出されそうになったその刹那、最後のどんでん返しにより、弥勒菩薩に逆らう悪が駆逐されると聖書と古事記で証しされているのよ。

 

聖書はよく読んだ方がいいわよ。御言葉がよく飲み込めるようになると、この世の宗教という宗教は全てパリサイ人の霊感商法なのねと理解できるようになるわよ。そのようなことに関わっていては終息までに解脱できないからね。カルトだけではないのよ。

 

そのように悟ったのち、不信仰も弥勒菩薩を裏切る、裏切者の生き方とはっきり正見するべきと思うわよ。

 

イスラエルを開放することを拒んだエジプトは疫病で撃たれたでしょ。ファラオの戦車は彼岸に達し得ず海の藻屑と消えたでしょ。

 

不信仰を顧みずいくら花火を打ち上げても悪疫は退散しないわよ。たとえコロナ禍は一旦終息したとしても、そんなことで人は涅槃に解脱できないからね。子供でも分かる道理だわ。


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お社の拝殿に威儀具として真榊や四神旗が置かれている事があるでしょ。鏡や御幣などもそうなのだけれども全て命の木の象徴よ。大御神の岩戸の前に捧げられた真榊の上の枝には勾玉、中の枝には八咫鏡、下の枝には青和幣(あおにぎて)と白和幣(しろにぎて)がかけられたの。ここが剣の位置なの。

 

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拝殿の真榊にはバリエーションがあって青と白の布がかけられたものや五色布がかけられものがあるでしょ。和幣とは布のことで御幣にかけられている紙垂も古くは麻布や木綿布だったの。この麻布が青和幣で木綿布が白和幣なのよ。

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 だから神道の祭礼の時の青白幕や真榊にかけられている布も御幣にかけられている紙垂もすべて同じことを意味しているのよ。玉串にかけられている紙垂も同じなの。

 

それはズバリ、木にかけられた玉体を意味しているのよ。玉串そのものなの。だから一つ上の枝にかけられた八咫鏡が玉体の本当のお名前が書かれた銘板の位置なのよ。陰陽道の人形が何を意味しているのか言われなくてもわかるでしょ。

 

さっき氏神様にお参りして夏越の祓いの茅の輪くぐりをして人形に息を吹きかけお納めしてきたばかりなの。だからこの記事書かされているのかしら。

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この茅の輪とは大相撲の土俵と同じ物よ。蛇神様の目なの。この記事ではそれを明らかにしようと思うのよ。その鍵は四神旗にあるの。

 

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 この四神旗は「東=青龍」色は青もしくは緑、「南=朱雀」赤、「西=白虎」白、「北=玄武(かめ)」黒もしくは紫で陰陽道の木火土金水や風水と同じでしょ。そしてこの四神はすべて幻獣で神使なのよ。この由来はね旧約聖書のエゼキエル書に書かれているの。

 

エゼキエル書 1

10節 顔の形は、おのおのその前方に人の顔をもっていた。四つの者は右の方に、ししの顔をもち、四つの者は左の方に牛の顔をもち、また四つの者は後ろの方に、わしの顔をもっていた。

15節 わたしが生きものを見ていると、生きもののかたわら、地の上に輪があった。四つの生きものおのおのに、一つずつの輪である。  

 18節 四つの輪には輪縁と輻とがあり、その輪縁の周囲は目をもって満たされていた。

 

抜粋だけれども、この記述が意味不明で神の戦車、カバラではメルカバーと呼ばれているの。この四つの生き物が四神なのよ。聖書も古事記の神道もすべて天照大御神の倒語(さかしまごと)で書かれているのよ。だから味方にしか理解できないの。

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 聖書の四つの生き物は1999年の夏空に示されているわよ。この四つの生き物は車輪とその周りに眼を持っているのよ。空に示されるときはその車輪は黄道十二宮の星座なのよ。

 

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http://on-linetrpgsite.sakura.ne.jp/column/post_89.html

 

四という数で天の四方を表し、それは風水の四神の東西南北、春夏秋冬と同じことを示しているでしょ。

 

この四神は大相撲の土俵上にも顕れているでしょ。青龍の青房、朱雀の赤房、白虎の白房、玄武の黒房なの。土俵の中央が八咫鏡で色は黄色なのよ。ものの見事に木火土金水でしょ。鯉のぼりの吹き流しや七夕の五色の短冊なの。

 

土俵ひも 435cd16bd07922a688c3cf30da961f70

 

土俵のつり屋根には外削ぎの千木があるでしょ。外削ぎの神事だから女性は上がってはいけないの。鰹木もあるけれども土俵は五本よね。神宮の千木は内削ぎで十本なの。この十本の鰹木は十種の神宝を意味しているわよ。

 

しかも千木はその形で神使の翼を表しているわよ。挙げればきりがないのだけれど、土俵の俵は古くは蛇の目と呼ばれていたらしいの。蛇神様の目の中で東西が格闘しているのよ。それは神様の戦車の中での死闘なの。土俵は戦車の車輪でもあるのよ。そしてこの神事はイスラエルに由来しているの。

 

創世記32

24ヤコブはひとりあとに残ったが、ひとりの人が、夜明けまで彼と組打ちした。 25ところでその人はヤコブに勝てないのを見て、ヤコブのもものつがいにさわったので、ヤコブのもものつがいが、その人と組打ちするあいだにはずれた。 26その人は言った、「夜が明けるからわたしを去らせてください」。ヤコブは答えた、「わたしを祝福してくださらないなら、あなたを去らせません」。 27その人は彼に言った、「あなたの名はなんと言いますか」。彼は答えた、「ヤコブです」。 28その人は言った、「あなたはもはや名をヤコブと言わず、イスラエルと言いなさい。あなたが神と人とに、力を争って勝ったからです」。

 

この部分でヤコブは神使と組打ちして勝っているのよ。それがイスラエルの名の起こりになったの。それが大相撲の神事なのよ。アブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神の契約の神事なのよ。そしてこの記事で書いてきたことすべてが命の木の中にあるわよ。神道とは命の木そのものなの。

 

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車輪も目も四つの生き物も四神も勾玉も鏡も剣もすべてあるでしょ。黙示録を書いたヨハネという人は幻でエゼキエルの見た四つの生き物を見たのだけれども、その翼の内側と外側にいくつもの目を見ているわよ。

 

車輪の目は宝輪の宝珠なのよ。神使の翼に眼がいくつもあるというのは神使が宝珠を携え神遣としてお働きになるということを意味しているの。人に第三の眼を授けるのはこの神様なの。この神様はイスラエルの契約の箱の贖いの座に鎮座坐すのよ。

 

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この神使の翼を広げて向き合うデザインが神宮やその他数多くのお社、そして大相撲のつり屋根に示されているでしょ。四つの生き物とは神使であるケルビムが神座を覆う形を意味しているの。

 

だから当然その契約の箱も命の木に隠されているのよ。

 

伏せた桶としてね。

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