天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書と心御柱

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

2020年04月

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一晩寝たらまた次のお題示されたわよ。

 

昨日は18日で八の巻で記事のタイトルは八咫鏡の八宝珠としたの。八八八八だったのよね。意識していないわよ。今日よく見たらそうだったの。また八八八来た、とか思ってね。

 

私この八八八と雷様には結構お世話になっているの。昨日は天候不順で朝方雷鳴が轟々と鳴っていたかと思ったら、夕方には晴れていたのよ。八八の神様と雷様が一緒に来てしまったという感じなの。雷様は神鳴り様でしょ。そのようなこと考えていたら神鳴り様の絵が浮かんできたの。

 

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よく見ればこれはもろに八咫鏡ではないの。神鳴り様の光背の太鼓が宝珠なのよ。宝輪の神様なの。御機嫌がいいときは花鳥風月の七福神で空に虹を輝かせるの。御機嫌が悪いときは鬼の形相で風雨雷霆をもたらす祟りの神様なのよ。

 

鬼とは丑寅の金神様で七殺の祟り神なの。牛の角と虎縞柄の腰覆いの神さま。

 

この神様がなぜおへそを取りに来るのか日本人は全然わかっていないのよ。そのように言い伝えられていても全然わかっていないの。

 

宝輪の中心はおへそのチャクラの位置なのよ。そこに天照大御神の御霊である八咫鏡が置かれているの。

 

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大御神の御霊を受けその宝輪を回転させようとしない者は神鳴り様にその宝輪を取り上げられてしまうと、誰知ることなく言い伝えられて来ていたのよ。

 

神様の似姿に創造されている人間はみな大御神から宝輪の八咫鏡を授かっているの。

 

この鏡で大御神の光を受けようとしない者はそれを取り上げられるということなのよ。

 

この鏡が契約の鏡なの。悪いことばかり考えている人間は宝輪と宝珠を地中に埋めたまま、死蔵させるの。掘り出されずに終わる宝玉みたいなものなのよ。陽の目を見ない根っこで終わるの。

 

聖書にはイエスのたとえ話で、主人のお金を預かりそれを地中に埋めておいた僕が、後で大目玉を食らい持っていたものを取り上げられてしまうたとえ話があったでしょ。

 

神鳴り様におへそ取られないようにしないとね。



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神宮の正殿の御船代に納められている八咫鏡の正体はモーセの十戒石板であると同時にイエスの銘板だったのよ。八咫鏡にはヘブライ語が書かれているという噂などもあるでしょ。ヘブライ語かどうかはわからないけれども石板にも銘板にも文字が書かれている事にはまちがいがないのよ。それを命の木のティファレトというセフィロトが証ししているのよ。この記事はひとつ前の記事と合わせて読んでね。

 

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この命の木のティファレトのセフィロトの位置が古事記の真榊の中の枝にかけられた八咫鏡の位置だったでしょ。これを単純化するとこのようになったでしょ。

 

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これは逆木としての契約の箱と十字架の合体を壺として伏せた形だったでしょ。

 

その箱と十字架の接点が八咫鏡の位置なのだけれども、よく見るとその壺自体が十字架の形で、王笏の六芒星を見ればイエスの銘板を示しているようにも見えるでしょ。

 

そしてそれが八咫鏡であるとすれば銘板と契約の箱は同じものとなってしまうでしょ。これが八咫鏡の陰陽の透過性なのよ。

 

契約の箱と十戒石板は出エジプト後の荒野にて「わたしはある」と名乗った神がモーセを通してイスラエルに与えた神器だったの。そしてイエスは「アブラハムが生まれる前からわたしはある」と語ったメシアだったの。同一神なのよ。

 

だから神が天から降らせたパンであるマナはその神様の御言葉であり玉体でもあったのよ。

 

その神様の銘板が八咫鏡であり契約の箱であり十戒石板であり、マナの壺でありマナであり、神様の包丁式のまな板とされた十字架でもあり、そこで屠られた玉体でもあり、壺に納められている神様の包丁としての剣、十字架でもあるのよ。

 

故に八咫鏡とはスラエルの神器と、皇室の神器の総称でもあるのよ。それらすべてが神の独り子としてのメシアの御言葉により明かされた契約の証なの。それが八咫鏡と呼ばれるのは宝輪の八宝珠の八正道が幽世と現世を透過して示されている、弥勒菩薩の契約の鏡だからなの。


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そしてそれが天照大御神の御霊の鏡なの。

 

この八咫鏡の宝輪を回転させるには弥勒菩薩すなわちイエスすなわち天照大御神の光を受けなければ回らないの。それはきわめて個人的な事であり、そこに他人の介在する余地などないのよ。

 

だから他人同士の寄せ集めの宗教などは何の功徳をももたらさないの。個人として弥勒菩薩の光を七つのチャクラで受け、それが七色に輝いて初めて八宝珠の宝輪が回転し始めるの。色即是空の虹の契約でもあるのよ。

 

その光を受けるにはメシアの御言葉を糧としなければ何も始まらないわよ。メシアの御言葉をパンとし、命の水として受けた時に、そのお水が八咫鏡のチャクラで縁結びのお神酒のワインに変えられ、それにより個人の宝輪が回転を始めるの。

 

それがケルビムと回る炎の剣で守られている命の木への入り口なの。信徒としていくら人が集まったところでこの剣は回転を始めないわよ。メシアの御言葉が真言なのだから。

 だからお釈迦様は悪い付き合いをやめてただ座り、五六七の弥勒菩薩を瞑想しなさいと教えていたの。メシアが来る前に聖典だけで悟っていたのよ。

 

何やら訳の分からない念仏や題目、神学や哲学などいくら修しても無理。うかうかしていると彼岸への橋は落とされ、今はまだ割れている海も水が満ち閉ざされるわよ。

 

脅かすようなことばかりを書くようだけれども、なぜ今この時に、悪いことばかりを考えるのをやめ、大御神からの祝福を受けようとしないのと言いたいだけなの。

 

いきなり今年に入って世界中に大津波が押し寄せているでしょ。いつか始まるはずの大掃除が始まってしまったのかもしれないでしょ。それが杞憂である事を望むけれども、そろそろ時期が時期だし、神様の日取りは誰にも変えられないわよ。

 

人目などはばからずイエスの御言葉を貪り食ってでも法輪を回させていただくことが油断を免れる賢いおとめとされるための良策と思うわよ。

 

もう世界中目を開けて見ておれないわよ。この期に及んで神仏を完全に無視しているからね。

 

次の巻何書くかしら。このシリーズこの巻で終わりかしら。八宝珠の八の巻だし。一晩考えることにする。



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これは神宮の地下でお祀りされているという心御柱の想像図なのだけれども、イスラエルの契約の箱とキリスト・イエスの十字架なの。見ないのに信じる者は幸いであるとはイエスの御言葉なのよ。

 

イスラエルの神の契約により十字架上で贖いの業を終え、復活して天照大御神としてお祀りされていることを証ししているのよ。

 

その形は古、いにしえという字に見えるでしょ。それだけではないわ。善という字の原型なのよ。箱のふたの贖いの座に一対のケルビムがいてそこに羊がいるでしょ。贖いの主、神の子羊が座に着いておられるの。これが善悪を知る木を通して知られる善なのよ。

 

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 古事記ではこの心御柱が真榊だと示していたの。それは逆木であり命の木を逆さまにした形なのよ。根っこが顕わになり奥義が知られている事を示しているの。それをそのまま命の木に当てはめてみるの。

 

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そうすると壺の下部は契約の箱でその壺に納められているマナは箱に安置されているはずの十戒石板に相当するのよ。そして壺の把手は契約の箱の蓋の贖いの座の一対のケルビムに相当しているの。

 

そのケルビムに支えられる十字架はそのまま子羊の十字架なのよ。命の木への入り口はケルビムと回る(煌めく)炎の剣で守らせられたという創世記の記述に注目なの。

 

これが逆木であり、契約による復活を証しするものであり、岩戸開きの時に掲げられた根付きの真榊の正体なの。

 

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この真榊は奥義を隠すためのものなのよ。岩戸開きの時に天鈿女命が桶を伏せその上で踊ったのも器が伏せられ隠されていることを暗示しているの。だから命の木においてはマナの壺が伏せられ隠されていると読み解かなければいけないの。それがこの形。

 

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これが奥義の隠された岩戸開きの真榊の形なの。この時真榊には上の枝に勾玉、中の枝に八咫鏡、下の枝に白和幣と青和幣がかけられたと記述されているの。

 

これはそのまま壺の中にある三つのセフィロトに対応しているでしょ。勾玉はそのままだわ。八咫鏡は十字架と契約の箱の接点のセフィロト。白和幣(しろにきて)と青和幣(あおにきて)は十字架にかけられた玉体の位置なの。和幣とは何を意味するかというと白和幣はこうぞの木の皮の繊維で作ったもの。青和幣とは麻の繊維で作ったものと説明されるの。

 

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この白和幣と青和幣を私が解釈するとこれになるのよ。

 

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 そしてこれは玉体が十字架から降ろされた時にその体をおおった亜麻布を意味していると読み解くの。神道における御弔いの時の幕だから日本人であれば十分に納得がいくはずなの。

 

 そして大問題なのはケルビムに守られている八咫鏡のセフィロトの位置なのよ。この位置は十字架と契約の箱をつなぐ位置にあり、それは十字架の頂でありそこに八咫鏡がかけられているのよ。

 

イエスの時代のローマの処刑方法はあらかじめ立てられている縦木の上部に、処刑者の両手を打ち付けた横木をはめ込むという形だったらしいのよ。T型の十字架刑だったの。

 

イエスの時はその横木に罪名板が打ち付けられたの。トータルで十字を形成したのよ。

 

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 詳しいことは判らないけれども、横木に打ち付けられた罪人を滑車で釣り上げ、縦木に釣瓶落としのようにはめ込んだのではないかという気がするのよ。鶴と亀の玄義がそこにあったとしてもおかしくはないと思うの。

 

イエスの罪名板は教会キリスト教徒の絵画では省略形の「INRI」と書かれている場合がほとんどなの。ここは省略していい所ではないでしょと思うけれどね。元の形は「ナザレのイエス、ユダヤの王」とラテン語とギリシャ語とアラム語で書かれた板だったの。こんなところにも教会キリスト教のユダヤ嫌いがのぞけるのよ。

 

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INRI」のNはナザレのNなの。母音を補うとNaなのよ。そうすると「INaRI」となるでしょ。お稲荷様もイエスで、すなわち天照大御神なのよ。

 

そしてこのイエスの名前が書かれた銘板が命の木のティファレトというセフィロトに対応しているの。そのセフィロトの持つ意味は美なの。このティファレトが八咫鏡なの。それを命の木で確認すると。

 

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イエスの銘板、八咫鏡がかけられた位置にあるティファレトというセフィロトが何と宝輪の中心にあるではないの。

 

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判ったかしらイエスが弥勒菩薩で宝輪を回すために来られたメシアだったということの意味が。

 

このティファレトは人体のチャクラでは太陽神経叢の、みぞおちのチャクラなの。イエスの御言葉を隠された喉のチャクラで飲み込みお腹に納めると宝輪が回転し始めるのよ。当然解脱というキーワードなどは意識の表層に顕れてこざるを得ないでしょ。

 

このイエスの銘板は内宮の心御柱とは共にお祀りされておらずに神宮の摂社、伊雑宮でお祀りされているとのことなの。それを知っていたから去年神宮におかげ参りした時に伊雑宮にもお参りしたの。誰も参拝する人がいなかったけれどね。

 

この御宮が、倭姫命が鶴の一声で初めに天照大御神の御霊をお祀りした御宮なのよ。そこに本物の八咫鏡がお祀りされているとのことなのよ。

 

この御宮の近所にある倭姫命の旧跡地にお参りしたら不思議な風に吹かれたのよ。それがこのブログを立ち上げるきっかけに繋がっているの。

 

近い将来この伊雑宮が本当の神宮として復活するなどとも預言されているのよ。そのタイミングは神宮の式年遷宮のタイミングしかないと思うのよ。次の式年遷宮は西暦2033年だし、令和十五年なのよね。どの様な年まわりになるのかしら。

 

次の巻からこの八咫鏡と三×三の命の木の囲い、人体のチャクラと三回転半の覚醒の関係などについて詳述してみようと思うの。

 

この七の巻で八咫鏡の宝輪が出て来たでしょ。このシリーズの完結は十二の巻になるのかしらと予感しているのよ。

 

今日私の地域では大雨警報が発令されていて朝方には結構激しい雷鳴が何度も轟いていたの。私って雷様に後押しされているような不思議なシンクロがとても多いのよね。

 

雷様の八咫鏡の宝輪なの。今日書いてしまわなければと思った次第なの。



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根付きの天の真逆木は二本の木なの。日本各地にあるお社にもこの真榊は祀られていて拝殿でお祀りする時は左右一対なのよ。

 

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 これを私が八咫鏡の透過性で見ると根っこと幹の二本の木なの。それは神様が人類創世の時に園の中央に生えさせられた二本の木なのよ。そしてそれはカバラの命の木の根っこと幹なの。それはモーセが、神が人の前におかれたと言った、呪いと祝福の二本の木なのよ。(実は祝福にも二本の木が隠されているわよ)   

 

根っこに神様の呪いがかけられていて、その呪いを解くのが命の木の幹なの。だからイエスは命の木に与ることを許され衣を洗って白くしたものは幸いであると御言葉しているの。

 

そして神道ではその呪いを解く根付きの真逆木を保持し、神宮の地下殿で人知れずお祀りしてきたの。稗田阿礼さんの時にはすでにそうであったから、それが古事記に記されていたのよ。細部に違いはあるかも知れないけれども大まかに言えばそういう事になると思うの。その神宮の真逆木が天照大御神の心御柱でその正体の想像図がこちら。

 

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これが神宮の正殿正中直下にあるから正殿の八咫鏡の御船代も、床下の心御柱の形代もすべて正中を外してお祀りされているの。それがお社の正中外しなのよ。参道の中央や宇治橋の中央を外してお参りしなければいけないのはそのためなの。

 

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真逆木の正体はイスラエルの契約の箱とその贖いの座に祀られているイエスの処刑台なのよ。レプリカではなく正真正銘の本物のはず。それが天照大御神の恩頼(みたまのふゆ)となり、この国が卑弥呼の時代から神武天皇の時代を経て今日まで存続していられる理由なのよ。

 

古代から続く日本人の後進性ということを考えてみても、大御神の恩頼(みたまのふゆ)なくして、この国が存続して来れた理由など他に見出せないでしょ。と思うのよ。この大御神の心御柱の存在を明らかにしてしまったのがこの書籍だったでしょ。

 



 

私が注意を喚起しておきたいのは、この書籍の著者たちは大御神の心御柱が真逆木であると感得出来ていないということなの。其のまま終わってしまったらすべてはオカルトとして水泡に帰するということ。

 

私はこの著書で明かされている情報をもとに八咫鏡の瞑想を続けるうちに、あるとき不意に仏陀の解脱というキーワードが意識の表層にぽっかり浮かんで来てしまったの。そしてそのハードルを越えてしまったわ。

 

そして神宮におかげ参りをしてからこのブログを書き始めたのよ。書き進めるうちにもさらに深い瞑想を促され今があるの。

 

そしてはっきりしたことはこの真逆木のなかに宝輪があり、それを回していたのは弥勒菩薩の御名を持つ天照大御神だったということなの。そこに解脱救済に至るモクシャ、神の救いが秘められていたのよ。

 遂に最後の大風呂敷を広げてしまったわよ。でも広げてしまった以上はしっかりとそれを証しするつもりだからなの。

 

上の著作に接するときは、危ない虎の穴に入らなければ虎の子を得ることはできないと肝に銘じて接するのが上策よ。エンターテイナーの肩書を持つ著者はモルモンだからね。エンターテイナーとは娯楽提供者でしょ。お釈迦様に諭しを受けた歌舞伎聚楽主とは娯楽提供者だからね。

 

私はこの虎の穴から虎の子をさらって逃げ帰ったの。一時モルモンだったからね。そのような危ない橋もわたることで、呪いをかわし祝福を受けるに至るのよ。

 

すべては弥勒菩薩のお名前をもつ大御神の恩頼(みたまのふゆ)によるの。それにしっかりとおすがりしなければ危険だから危ない橋は渡らない方がいいの。

 

でもその橋をお彼岸に渡らなければ・・・危ない橋だから狭き門なのよ。

 

次の巻から私に見えている命の木の奥義をばらばらに分解して説明していくことにするわ。乞うご期待。



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注目の鶴亀なのだけれどもかごめ歌で歌われている鶴と亀はただ一つの事の暗示ではないわね。鶴は千年亀は萬年などと言われるでしょ。千代に八千代の君が代の萬歳のことだし。

 

 

これまでの記事で書いてきたことのほかにも、浦島が亀に乗って龍宮城に行った話も山幸彦の海神の宮での珠壺の話がベースになっていると解釈する向きがあるの。釣り人と亀の甲羅で釣る亀でしょ。

 

浦島太郎と亀という釣瓶が龍宮の乙姫様のお宮に御神水をくみに行って玉手箱を賜り返ってくる物語なのよ。海幸彦の珠壺の話ではマナの壺は真名井で、マナと御神水は同じものだと暗示しているのよ。両方ともイエスの御言葉の暗喩だったでしょ。

 

浦島は龍宮にお水を汲みに行って、珠の納められた箱を賜り返ってきたのよ。それが玉手箱なの。やっと箱が出て来たでしょ。この珠を納めている箱と、マナの納められている壺と、御神水をたたえる真名井とがすべて同じものなのよ。

 

八咫鏡の透過性の倒語で語られているの。完全に神道の呪術なのよ。それはイスラエルのカバラ、命の木に示されている奥義でもあるのよ。

 

そしてその命の木は天照大御神の岩戸開きの時に天の安の河原から根こじにして来た根付きの真榊として示されているの。

 

それは根付きの真逆木なのよ。命の木は直立しているときには根元は見えても根そのものは地中に隠れているのよ。それが樹木というものでしょ。

 

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それを根こじにして根っこをさらしてしまうということは、神様が園の中央に生えさせられた二本の木をさらしてしまうということなのよ。天を衝いて伸びる幹と、陽の目を見ることのない地中に深く根を張る二本の木なの。神さまが人の前に置かれた祝福と呪いの二本の木なのよ。根のついた命の木が逆さまなのはその奥義が先見者により知られ、こじ抜かれたことを示す命の木の形なのよ。

 

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神道はその根付きの真逆木を保持していると岩戸の前で示していたのよ。そのことがなんとセフィロトの命の木に示されているの。

 

いくわよ。

 

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 まずこの形が命の木の直立した形で、それがイスラエルの王笏だったでしょ。それが逆木にされマナの壺となり真名井となりそこに十字架が埋め込まれているの。

 

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 ここから先は海神の宮である龍宮の乙姫様の瞑想によらなければならないの。マナの壺にも逆木の王笏にも逆十字があるでしょ。

 

この逆十字はペテロの象徴として知られているの。ペテロは漁師であり浦島は釣り人なの。十字架は真名の井戸の釣瓶でもあるのよ。浦島であるペテロが釣瓶となり龍宮にお水を汲みに行って、龍宮の乙姫様からマナの入った契約の箱を賜り、それを竜門の滝上の安国でお祀りしている形なのよ。

 

だからペテロの象徴の逆十字が安置されているの。ペテロは復活したイエスから私の羊を養いなさいと三度言われているのよ。それは鶏が鳴く前に三度イエスを知らないと言ったペテロにかけられた呪いを解く、イエスの御言葉だったのよ。この時にペテロは失われたイスラエルの神道の祭司とされたのよ。

 

それを示すのが神宮の式年遷宮の始まりを告げる鶏鳴三声なのよ。その時の諸祭で捧げられるいきみつぎのしろきかけはかごの中の鶏だし、岩戸開きの時に鳴かせた常世の長鳴き鳥も神宮の神遣の鶏なのよ。


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そのようにしてペテロが祭司とされたのを皮切りに、イエスの復活の姿を目の当たりにした男子が祭司とされ、女子が巫女とされたのではなかったのかしら。復活した現人神をその目で見てしまった人たちだからね。その人たちは少なくとも百二十人ほどいたと聖書の使徒行伝に書かれているの。

 

その時に神道の原型が形作られたのではなかったかしら。福音書中ではそれらの弟子たちに父の約束したものを送るので、上からの力が働くまで都にいて祈っていなさいとメシアから告げられているわよ。

 

そしてユダヤが反乱で国を失って以降このユダヤ教イエス派の人たちは神隠しに合い歴史から消えてしまっているの。その先何が起こったのかは藪の中。でも本人たちは全て知っているのよ。裏天皇家の陰陽師八咫烏が筆頭となり神道として証ししてきたのよ。その記録はすべて持っているはずよ。皇紀元年に何が起こっていたのかも。

 

それが、私が龍宮の乙姫様の瞑想により見ている事なの。それをブログに綴って来ていたの。ついて来ている人の方が少ないかしら。それは仕方がないわ。

 

でも二十一世紀になると同時にその藪の中で起こっていたことの帰結が八咫烏により明かされるという、人類史上まれにみる一大事が起きているでしょ。その事がこの世で常識とされている事とあまりにかけ離れているから、知っている人もただぽかんと口を開けて見ているだけというのが現状なのよ。

私はそのことを、古代からのイスラエルのカバラの命の木の中に見せられてしまうの。

 

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古代の古の字を示しているでしょ。それはこの形なのよ。

 

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この解釈は次の巻で。





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このマナの壺と思しき命の木の図象なのだけれど、私がよくよく見つめながら冥想するとこんこんと命の水が湧出してくるのよ。

 

それを列挙するとまず真名の井戸が思いつくの。イエスは聖書の中で自身をパンでありマナであると言っているのよ。イスラエルの先祖が食べたけれど死んでしまったようなパンでなく、永遠の命をもたらすパンなのよ。

 

そして別のところではヤコブの井戸に水を汲みに来たサマリヤ人の女に、この井戸から汲むものはまた渇くが私から汲むものは渇くことがないと御言葉しているの。この言葉からくみ取ると、イエスは永遠の命をもたらすパンすなわちマナであり、同時に生ける命の泉なの。


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それを古事記では海神の宮に来た山幸彦が水を汲みに来た豊玉姫の侍女に水を所望しながら、その水瓶に口に含んだ珠を吐きいれてしまい、珠と瓶がくっ付いて取れなくなってしまったと書いてあるの。そしてその瓶が珠壺と呼ばれるのよ。

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これは何を言わんとするかというと、イスラエルのマナの壺は同時に命の水の泉、イスラエルの井戸だと言っているのよ。

 

そしてその井戸がセフィロトの木であるということは、イスラエルの契約と律法の囲いをも意味していて、それがこの世の囲いであり、それを人形と表現するとき、その人形はイエスなのよ。


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命の木の人形、アダムカドモンはイエスの前面透過のうしろ向きの姿なの。この世はそのイエスの体内であり、ここにおいてヨガタントラのシバのリンガの、この世は女神の胎内であるという悟りと結びついてしまうの。

 

このような摩訶不思議な事をひとくくりでその存在を表現してしまうのが八咫鏡なの。鏡とは前面の後面透過なのよ。八咫鏡とはカバラの陰陽五行の透過、究極的には幽世と現世の透過を映す鏡なの。それが陰陽道なの。虹の契約の色即是空なの。

 

虹の光は透過性を帯びているでしょ。マナの壺と真名井の透過性なの。これを歌っているのがかごめ歌なのよ。鶴と亀がすべった、うしろの正面だあれ。それは十字架と六芒星の合体でありさらには真名鶴と、瓶である真名井の、合体と透過なの。

 

天照大御神の御霊を携え巡行していた倭姫命が稲穂をくわえた鶴の声でその御鎮座の地を見い出していることに注目よ。

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 鶴の声とは鶴の一声で一言主の神と暗示される天照大御神すなわちイエスの御言葉と理解するわ。その御言葉が命のパンであり水なの。その鶴の一声であるメシアのプロポーズの言葉か何か教会キリスト教徒は知っているかしら。

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その鶴の一声に報いようとしたら鶴と亀がどうしても必要なの。井戸から水を汲むには釣瓶が無ければならないでしょ。釣る瓶が無ければ水を汲めないし、水を清めの水瓶の口まで満たし宴会の世話役のところに持って行き、ぶどう酒に変えていただくのは不可能なのよ。揚水用のポンプなどない時代の話だからね。

 そう考えればマナの壺に合体している十字架は真名の井戸の釣瓶にみえるでしょ。

 

八咫鏡はカバラを映し出す鏡なのよ。そしてこの鏡がどこに安置されているのか。そして最重要な契約の箱は?

 

次巻に続く。



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この鍵穴なのだけれども天皇家の王笏だったでしょ。

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それで天王家の王笏が鍵穴ということになれば誰しもが思い浮かべる物があるでしょ。これなの。


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前方後円墳の天皇陵。この時代の天皇陵は命の木だったのよ。命の木だったとは思ってもみななかったけれども、何なのかは気が付いていたから私はいまさら驚かないのよ。

 

この古墳の両サイドに張り出した部分があるでしょ。だから鍵穴にも張り出しをつけてみるとこうなるの。勘のいい人はもうなにか気が付いているでしょ。壺を伏せた形なのよ。


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これはわざと伏せてあるのよ。カモフラージュしていると思うのよ。カバラって謎々のかたまりでできているのよ。そのカバラで書かれている古事記なんて謎々のカモフラージュの仕掛けだらけでしょ。

 

でもカバラにはしっかりした解があるのよ。正覚した先見者達が残した叡智で、悟ることができればすべてが賜物なの。もともとカバラとは領収とか受け取りという意味らしいの。その解を悟らずに伝わる神話は迷宮のようなものではないのかしら。似た話が出てくるのは見よう見真似のこじつけが神話として成り立ってしまったということのように思うの。昔から聖書と古事記しか読んでも面白いと思えないからなの。

 

話を戻すと命の木が伏せた壺だということが古事記に書いてあるのよ。天照大御神の岩戸が開ける場面で真榊が掲げられた時に天鈿女命が桶を伏せてその上で舞ったことになっているのよ。この舞が御神楽の発祥とされているのだけれども、神楽歌には於介(おけ)とか於介阿知女(おけあじめ)という歌があり、その意味は不明なのよ。

 

神楽歌の意味は不明な場合が多いのだけれど、この場合はおけを伏せて舞ったうずめでしょ。おけうずめよ。神楽歌は於介阿知女(おけあじめ)だからね。

 

そもそも古事記の解釈などというのは学問の世界の話だから先生たちはそのようなところに解があるなどとは考えてはいけないのよ。でもね、私の理解ではカバラは学問ではなくて謎々なの。

 

イエスは子供たちを指してこの幼子のようにならなければ天の国には受け入れられないと御言葉しているのよ。だから命の木の解を解く時にそのようにアプローチすると扉がパタパタ開くのよ。

 

それでこの場面では桶なの。桶とは容器でそれを伏せているわけでしょ。これすごく怪しいでしょ。でもそれだけでは私たち大人は判ったとは言えないわよね。だから考えるのよ。

 

そうすると以前から怪しいと思っていたお榊が思い浮かぶの。神の木と書いておさかきって意味不明でしょ。於介と書いておけと読ませるのも意味不明でしょ。そのような不思議な意味不明に突き当たったら倒語(さかしまごと)の場合が多いのよ。

 

色々考察してきた結果この倒語(さかしまごと)というのは私にとっては神道におけるカバラの謎々なのよ。神道はそのようにして味方同志で意思疎通を図ってきたのよ。

 

それでこのお榊は実はお逆木なのではないの?あるいはお倒木ではないの?と解を求めてみるの。そうするとそれをカバラが裏付けてくれるのよ。


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命の木は色々な描かれ方をするのだけれども根っこが生えている場合はなぜか逆さまに描かれているのよ。しかも岩戸開きの場面の真榊は根付きでこじ抜いて来ているからね。

 

ここで稗田阿礼さんは何を言っているかというとカバラの命の木はわざと伏せられてカモフラージュされている逆木だということなのねと解を求めて、それでは命の木をひっくり返してみましょうとなるとこうなるの。


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こうしてみるとイスラエルの神器マナの壺以外の何物でもないでしょ。しかも壺の中にはマナが。しかもしかもそのマナは隠されたセフィロトのダートだし。

 

イエスは勝利を得る者には隠されたマナを与えると御言葉しているのよ。見つけてしまったし。この国ではそれをかごの中の鳥と歌っているし。

 

でも見つけてしまってもそれだけでは与えられたことにならないのよ。この壺の中に十字架が安置さているでしょ。これがアロンの杖と解釈していいと思うのよ。モーセとアロンとは御父と御子の暗喩で、アロンはモーセの代弁者の祭司であったし、イエスが御父の代弁者で祭司であったことと相似でしょ。

 

これでマナの壺とアロンの杖はそろったの。それが天皇家の王笏であり、天皇陵だったのよ。でも契約の箱と十戒石板はどこに?

 

それを探り出すと、皇室の三種の神器は単にイスラエルの三種の神器の形代と思っていたのが間違いで、古事記が聖書の解説書であるように、皇室の三種の神器もそれに見合った役割を帯びていたというのが見えてきてしまうのよ。

 

もうここまでくると好きな人ではなければついて来れないのでは、という領域に入っていかざるを得なくなるの。

 

謎々は謎々なのだけれども神様の仕掛けだから神様のことが相当好きで、聖書と古事記をそれなりに読みこんでいないと楽しめないというレベルなのよ。

 

でもそれが神事だから仕方がないのよ。楽しいけれども娯楽ではないのよ。

 

次の巻に続く。



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命の木はね神様の天地創造からのことが全部その中に示されているの。だから天文とか奇門遁甲とかタロットの占いとか十干十二支の暦とか全部入っているのよ。

 

でも私の着眼点は神様の律法と契約なの。命の木に隠されているマナを見つけ出し、それをイエスから受けなければカバラの知識は宝の持ち腐れなのよ。そのまま終わりを迎えればそれはただのオカルトと化すの。

 

ノアを示す十個のセフィロトとイサクを示す二十二本のパスはノアの長子セムからイサクまでの十二代をも暗示しているのよ。この関係は契約の人ノアと祝福されたノアの長子セムの天幕における十二人なのよ。セムの天幕においてすでに主と僕十二人の関係が示されていたのよ。

 

そしてこの十二人の内最後のアブラハムとイサクの二人がイスラエルの契約の父となったでしょ。ここに後のイスラエルの十支族と二支族の分裂の伏線が張られているの。

 

そしてイサクの子ヤコブすなわちイスラエルが十二人の子を設けイスラエルの時代に入っていくのよ。そしてイエスと十二弟子でクライマックスを迎えるのよ。

 

十干十二支の神様の暦の進行のなかで契約と祝福が示されているの。しかしそこは安全な世界ではなかったでしょ。神様は人の前に呪いと祝福をおかれたと言ったのは大預言者モーセだったでしょ。

 

そのような危険な世界で祝福を得た先見者たちが残したのがカバラの命の木なのよ。それをどのように受け取り、扱うかで見えてくる世界はまるで違って見えるのよ。

 

命の木は祝福を求めようとしない不信者を篩い落とす十種の神宝でもあるのよ。イスラエルの歴史において示された神様の律法の要約がモーセの十戒だったでしょ。十個のセフィロトなのよ。

 

そしてその十戒石板がイスラエルの神宝なのよ。その神宝を納めた箱がイスラエルの契約の箱なの。その契約の箱の中に神様のマナが隠されているの。

 

残る神宝のアロンの杖とマナの壺も契約の証として命の木に隠されているのよ。それを白日の下にさらしてしまうのがこの記事の目的なの。

 

行くわよ。

 

鍵穴はどこにあるかというとこの図形。

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この形は三柱と十個のセフィロトを結んだ時にできる単純形なの。この形が鍵穴なのよ。何を示すかというとこちら。

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これは右がアンク十字で左がアマカスと言われるものなの。アンク十字はエジプト由来で命を意味していて、アンクの力を信じる者は一度だけ生き返ることができると信じられているというものなの。

 

左のアマカスが大問題で、日本人にはあまり知られていないけれども、天皇家にお世継ぎが生まれた時にこれを枕元において儀式を行うという祭儀の道具なのよ。

 

天皇のお世継ぎは生き返りなのよ。そして天皇に即位するときはさらに大嘗祭で死と生き返りの儀式を行っているの。このアンク十字と天皇家のあまかすの両方が命の木由来なのよ。核心に迫りつつあるでしょ。そしてこの命の木の図形を見た時にビビビっと感じることがあるの。それがこちら。

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イスラエルの六芒星と十字架の組み合わせなのよ。そしてこの組み合わせは裏ドーマンと裏セーマンの組み合わせなの。いきなり陰陽道よ。ついて来てね。陰陽師であった安倍晴明とその宿敵とされた蘆屋道満の裏紋なのよ。六芒星が裏ドーマンで十字が裏セーマンなの。命の木の図形は六角形と十字の組み合わせでしょ。

 この二人の表の印はこちら。

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このセーマンドーマンが日本の民間でも知られている護符なの。海女さんたちが護符としたりしているらしいのよ。このセーマンドーマンが二人の陰陽師の表の印なのよ。しかし陰陽道である以上は陰陽の表裏が無ければならないのよ。

 

そしてその裏のセーマンドーマンが十字と六芒星との組み合わせなのよ。隠語では陰陽師のことをかんばら、陰陽道のことをズバリ、かばらというらしいのよ。陰陽道はカバラなのよ。ゆえに神道もカバラなのよ。すべて繋がってくるでしょ。そして表のドーマンに注目なの。


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これは芦屋道満の印で九字切りと言われるものなの。日本人はこの意味を全く分からずに護符や呪符としているのよ。私が見るとこれにしか見えないからね。


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 これはねイスラエルの荒野で祭司とされたアロンの胸あてなの。神様の指示によりデザインされている十二個の宝石がはめ込まれていて、神によりエジプトから導き出されたイスラエルの十二支族のそれぞれを意味しているのよ。

 

道満の九字切りは十二の囲いを切っているでしょ。そして裏ドーマンが六芒星なのよ。イスラエル以外の何物でもないでしょ。

 

片やセーマンを見れば五芒星なのだけれども晴明桔梗紋と呼ばれていて裏セーマンで十字を切るのよ。命の木の十字の、五個のセフィロトと桔梗紋が対応しているのよ。この裏ドーマンと裏セーマン二つを組み合わせて天皇家のアマカスなのよ。

 

それは頂に六芒星を冠したイスラエルの十字の王笏なの。天皇家の王笏なのよ。陰陽道おそるべしでしょ。

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 しかもこの組み合わせにはまだ奥が有るわよ。

 

六芒星と十字の組み合わせで何か感じるでしょ。六芒星は日本のかご目でしょ。そのかご目の中に鳥がいるでしょ。ダートという鳥が。


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しかもかご目は亀の甲羅で、十字は羽を広げた鳥の飛翔に見えるでしょ。ここで鶴と亀が滑っているのよ。じゃなくて統べているの。

 

しかもしかも、かごの中の鳥は六芒星の中の七個目で七つのお祝いのお札のことを示しているのよ。

 

これがうしろの正面の通りゃんせの細道に開いている鍵穴なの。イエスの示した狭き門の入り口なのよ。この奥に御船代と皇室の三種の神器、契約の箱とイスラエルの神器が隠されているのよ。

 

私は大御神からそのマスターキーを預かってしまったから、それで開けてしまうわよ。まず鍵穴の形をはっきりとさせましょうね。


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これってこけし?そうなのよ。命の木は人形でもあったでしょ。


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次の巻からこの鍵穴にマスターキーを差し込むわよ。



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魔法陣と真榊の関係を書いていたら、計らずもノアの箱舟とイスラエルの契約の箱と、失しなわれたイスラエルの御船代にまで話が及んでしまったの。

 

導き出した結論はそれらすべてが三つ巴、否、四つ巴の関係で、すべて同じ契約の囲いの暗喩だということだったの。

 

この時点ですでに空前絶後なのだけれども、まだ命の木が残っているのよ。すべてのもとになっているのはイスラエルのカバラの命の木なのだから四つ巴と命の木、すなわち五つの巴の一如を理解しないと判った内に入らないのよ。

 

この複雑怪奇な関係は理論的に説明しようとすると多分失敗するの。神様の契約に関することは理屈を抜きにした悟りの世界で知られなければならず、その悟りの智慧がないと神様はご縁を結ぶことを善しとされないのよ。

 

それを悟った仏陀が世に魔訶般若波羅蜜多として残したのだけれども、ごく一部にしか理解されていないのよ。現代では天照大御神の心御柱を神宮でお祀りしている八咫烏しか理解していないわよ。

 

それを天照大御神の倒語として記述している私は一体何なの?それはわからないの。私は聖書を読むうちにメシアは天の国に受け入れられる条件を提示している、クリアしなければ地獄に堕ちる。それだけはまっぴら御免と思ってメシアの言葉に従ってきたら今のようになったのよ。ただそれだけなの。それで命の木について知らされたことを書いてしまおうと思うわけ。

 

いくわよ。

 

まず七五三魔法陣と命の木から。

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この魔法陣は三×三の囲いでしょ。これだけで契約の囲いを示しているのよ。どの列を足しても十五になるという不思議な囲い。根幹は中心の十字の縦軸と横軸だったでしょ。縦軸の九五一と横軸の七五三で神道の夏越の祓いと年越しの祓いを暗示しているの。この魔法陣と命の木の関係は縦×横の三×三なの。

 

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命の木の縦の三は三柱の神様。横の三は太陽の栄光、月の栄光、星の栄光の三世界なのよ。この世界の私の解釈はこの世における正覚者、求道者、世俗の三世界で一つの、神さまの契約の囲い。その囲いの外がこの世に属さない闇の滅びの世界なの。ここでは魔法陣の数は当てはまらないの。

 

太陽の栄光と月の栄光の世界の境界に隠されたセフィロトのダアトが置かれているでしょ。このセフィロトが正覚の空境涅槃への登竜門なの。火の蛇の三回転目の入り口なのよ。

 

この登竜門で人の世界は太陽の昼間の世界と、月と星の夜の世界に分けられているのよ。三回転半の瞑想で悟る世界なの。

 

この囲いのセフィロトは滅びの世界をのぞいた九個で魔法陣の囲いの数と一致しているでしょ。

 

次はノアの箱舟と命の木の関係。これは単純でわかりやすいのだけれども命の木の十個のセフィロトが暗示しているのよ。それは最初の人アダムから数えてノアが十代目の預言者だったということなの。

 

この人の時に一旦人類は全滅させられていて、このノアという人の家族を含む八人が箱舟の契約で救われているの。それがノアの箱舟の救いの契約で十個のセフィロトがその契約を暗示しているのよ。アダムからノアまでの十人が十個のセフィロトなの。これがノアの契約の囲い。

 

次はイスラエルの契約の囲い。ここではこの命の木の図象が十個のセフィロトをつなぐ二十二本のパスでつながれているということに注目するの。

 

このパスやセフィロトにそれぞれに数と名前が付され、その意味の解釈がカバラの学問になっているのだけれども私は一切無視しているの。そんなことをしていたら一生を棒に振るわよ。

 

カバラを理解できない哲学者たちの手垢で難解にされているだけで、知恵の輪やパズル感覚で解き明かさないと解けない謎々みたいなものだということは、命の木を真榊で暗示している古事記が証ししているでしょ。イエスがメシアで契約の中心人物なのにそれを認めないユダヤのカバラでは致命的でしょ。

 

それで二十二本のパスを考えたのだけれども導き出された答えは、ノアから十二代後の二十二代目、イサクなのよ。アダムからイサクまでの二十二人のパスなの。

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この二十二代目がイサクという数え方は正典から外されているヨベル書によるの。イスラエルにおけるヨベルというのは七年を一週とし七×七の七週目の四十九年目をヨベルの年とする暦のことで、第何ヨベルの第何週の第何年という数え方の暦なのよ。

 

このヨベルの年のことは正典とされる聖書にも記述されていてまさにイスラエルの根幹と感じるのだけれどもなぜヨベル書が正典から外されたのか理解できないのよ。多分不信仰により外してしまうから神様の律法が理解できなくなるという典型例と私は直感するのよ。

 

このヨベル書に従えばイサクが二十二代目なの。ということは父のアブラハムは二十一代目なのよ。七×三すなわち七七七の人がアブラハムでイスラエルの契約の父なのよ。まさにアブラハムにふさわしい数でしょ。

 

そしてイサクは父アブラハムから生贄として屠られそうになったことで、十字架上で神の子羊として屠られたイエスの予型とされる人なの。

 

アブラハムは契約の父だけれどもその契約の子イサク子が命の木ではイスラエルの契約の中心人物なのよ。

 

そのイサクの二十二からノアの十を引くと十二という数が出てくるのよ。イスラエルの十二と共に契約を全うするために十二弟子を率いたイエスという伏線が張られているという複雑な暗喩なの。

 

十個のセフィロトの示すノアの虹の契約と二十二本のパスの示すアブラハムの子イサクとの契約であり同時に十二弟子を率いた子なる神との契約の囲いが命の木の囲いなのよ。そのイスラエルの契約に関わるのが三柱の神なの。

 

ノアからアブラハムまで十一代あるのだけれども、ノアが九百年も生きたので二人は同時代の人で、それはイスラエルの暦で二千年目以降すなわち三日目のことなのよ。


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この三日目に相次いでノアの虹の契約とイスラエルと神との契約が示されているのよ。ここに三五七の三が見えているでしょ。

 

そしてイサクがイエスの暗喩になっているということでイエスの五日目も暗示されているのよ。驚くべき奥深さでしょ。でもまだまだこれで序の口なのよ。イスラエルの三種の神器とその囲いである契約の箱を見つけなければならないの。



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この七五三の魔法陣はね真榊と同じものなのよ。岩戸開きの時に天照大御神の御前に太玉命が捧げ持った根付きの真榊なの。

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古事記にこの真榊は天の安の河原から根ごとにこじ抜いてきたと書かれているの。天の安の河とは天照大御神と素戔嗚尊がこの両岸で向き合い誓約をしたところなの。それは七夕の天の川だったでしょ。天の川からこじ抜いてきた真榊だから七五三と関係ないわけがないのよ。

 

神道の根幹はこの七五三なのよ。それは聖書に示されている神様の七日間の三日目と五日目と七日目だったでしょ。その三五七が二神の誓約と七夕と雛飾りで、三女神の剣、五男神の勾玉、二神を取り持つ七夕の八咫鏡と暗示されているの。

 

ひるがえって岩戸の前に掲げられた真榊を見ると上の枝に勾玉がかけられ、中の枝に八咫鏡がかけられているの。ここには剣が出てこないのよ。

 

出てこない時は重要なことと共に隠されている場合が多いのよ。その隠されている事を私が引っ張り出すとね、剣は真榊そのものなのよ。そしてそれはやはり十字架なのよ。

 

十字架はよく見ると剣の形にも見えるでしょ。古事記ではこの剣である十字架に勾玉と八咫鏡がかけられたのよ。

 

魔法陣に戻ってそれを確認すると十字架に三五七がかかっているでしょ。この三五七が示すのが皇室の剣と勾玉と八咫鏡であり、それはイスラエルの三種の神器のマナの壺、アロンの杖、十戒石板の形代に他ならないのよ。そのことは以前の記事でもたくさん書いてきたことなの。

 

そして三種の神器のうち八咫鏡は御船代に納められ内宮の御正殿に今でも安置されているの。そのことから連想されるのは契約の箱に納められているはずの十戒石板なのよ。

 

御船代と契約の箱に納められている七の神器の相似象なの。皇室の三種の神器とイスラエルの三種の神器のそれぞれの対応はこの記事では煩瑣になるから省略するわ。

 

この御船代と契約の箱が相似象で同質のものであるということに注目なの。そしてそれは、ノアの箱船とも相似象で、相似象の三つ巴なのよ。契約の箱舟の御船だったということなのよ。

 

さらにこの三つ巴の相似象が魔法陣の契約の囲いと相似象なの。

 

魔法陣の囲いはノアの箱舟とイスラエルの契約の箱と、内宮の御船を示しているの。ノアの箱舟でもあり救いの契約の御船なのよ。魔法陣の十字架と真榊にその契約における三五七の三種の神器がかけられ、イスラエルの神器と失われたイスラエルの神器が両方とも魔法陣の箱の中に納められているという解釈なの。

 

メシアの十字架上の死と復活を、天照大御神の岩戸開きの真榊で暗示しているということの動かぬ証拠を手にしたことになると思うのだけれど、どうかしら。それはさらに神さまとの契約の律法の成就を暗示しているのよ。

 

それが、稗田阿礼さんが岩戸開きの場面で示している事なの。そしてそこには重要な篩が置かれているわよ。

 

大御神がお出ましになった時に天鈿女命が桶をさかさまに伏せ、その上に立ち裸身をさらし神楽を舞って言ったの「あなた様より尊い神がいます故、喜び笑らき遊んでいるのです」と。

 

この言葉を日本人の神道の管理者たちが説明すると、そのように大御神の気を引いて岩戸から引きずり出すために語られた口実だとなるのよ。だから日本人は皆そのように信じているの。これは日本人にとってとんでもないことよ。

 

御神楽の発祥はこの天鈿女命によることは知られていてもそのお神楽の意味を日本人は知らないのよ。天鈿女命の女陰と、大御神より尊い神様という記述で、この世とあの世の結界の鳥居とその往来における契約の律法を定めた、素戔嗚尊という尊い神様を完全に無視しているということなのよ。

 

失われたイスラエルが完全に堕落している様が見事に映し出されているでしょ。そのように正見して今日この頃を見ると洪水を送り絶滅させるレベルなのに、最後の一人が神様の印を受けてしまうまでしばらく待たなければいけない時代に入っていると理解せざるを得ないでしょ。

 

三五七という神様の日取りにおいてはもう六日目の大分押し詰まった時期なのよ。ヨハネの黙示録に記述されているような時代であることはもう間違いがないでしょ。

 

この時代におこる凶事は神様のお諭しと受け取るべきと思うわ。それを怖れ敵対する者が神様の御領田を荒らしているの。

 

神様のお諭しを受け入れてしまうと、神様の恐ろしさを十分理解し本当の畏怖と畏敬というものを悟らされて、神様に敵対できなくなるから、もう怖いということがなくなるの。

 

この先凶事が打ち続いたとしても心は空境涅槃の明鏡止水なのよ。それは神様の契約によるの。私のブログを読みに来る人にはそのようなことを伝えたくて書いているのよ。

 

今年に入ってその凶事が現実のものになってしまっているので一気に加速させられているわよ。

 

それでは神様との契約締結を加速させるためには何ができるのということになるでしょ。それはこのブログの初めから書いているの。メシアの言葉を自分の血肉にするためには聖書を穴のあくほどよく読まなければ無理よ。知らずに勝手に進むからオカルトの迷宮にはまるの。

 

聖書には助け手の御霊を送っていただくための真言も示されているわよ。主の祈りとしてね。それはね完全に個人の信仰によるの。団体に入信したところで遠ざけられるだけよ。

 

御霊による虚空蔵求聞持法や解脱による悟りなどということは人の内側に生まれた時から植え付けられているの。人は神様の似姿に創造されているでしょ。すべては神様の契約の律法によりなっているのだから神様には手抜かりはないわよ。

 

人の方の手抜かりで信仰を見出さずに悪いことばかり考えているから祝福が遠ざけられているの。

 

イエスの言葉をよく咀嚼し飲み込むためにはお社でご祈祷を受け、奉納する玉串がイエスのお懸かりになった真榊であることをよく飲み込んだ上でお祓いを受けると、大分気持ちが変えられるはずと思うわよ。

 

私は若いころから御祈祷を受けるということなどしなかったけれども、還暦を迎え心に思うことがあったからメシアに感謝しながらご祈祷を受けたら一気に別世界に引きずり込まれたわよ。

 

イエスに対する個人的な信仰なしに進むとオカルトの世界に引きずり込まれるわよ。この時期に宗教になど走ったらお陀仏だからね。

 

当初の予想とまったく違う記事になってしまったわ。

 

真榊恐るべし。



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