天照大御神の倒語(さかしまごと) 古事記と聖書

聖書と古事記を読み、この地球という神奈備の星において何が起こっているのか、目を開かれた筆者が徒然に語るブログ

2019年12月

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今日大晦日は表の神道の大祓の日でしょ。でも裏の神道では大祓は三十日なのよね。大晦日の一夜飾りは良くないの。裏神道では過ぎ越しの日が一日早いのよ。三十日が過ぎ越しの日で大晦日が七つのお祝いの安息日なのよ。これが神道の裏と表の事情なの。これは皇室に裏と表があるのと同じで、大御神を通じて表裏一体なのね。

 

そしてこの聖句、

ペトロの手紙二 3:8 (新共同訳)

愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

 

 この聖句はイエスから「私の羊を養いなさい」と三度言われた、鶏が鳴く前に三度イエスを知らないと言ったペテロの言葉なのよ。この聖句も極めて重要な聖句なの。

 

 この聖句に当てはめれば「神の天地創造の七日は七千年のようであり、七千年は七日のようです」となってしまうでしょ。これがイエスから羊を託されたペテロの言葉なの。ここにイスラエルのカバラの神髄があるわよ。

 

 大御神の神道はこの人から始まったのよ。だから神宮の式年遷宮は鶏鳴三声から始まるの。それが飲み込めれば七五三のお祝いは七千年、五千年、三千年のお祝いとなるでしょ。三千年目の三つのお祝いはイスラエルの割礼すなわちいいなづけの誓約(うけい)、五千年目の五つのお祝いはイエスの洗礼、十字架、復活すなわち婚約の誓約(うけい)、七千年目の七つのお祝いはイエスの再降臨すなわち成婚の誓約(うけい)となるでしょ。

 

 この三つの誓約(うけい)が須佐之男命と天照大御神の七つのお祝いの誓約(うけい)なの。その誓約(うけい)は三女神の三つのお祝いと五男神の五つのお祝いからなっているでしょ。

 

 その誓約(うけい)が雛飾りとして一つにまとめられてお祝いされているでしょ。それがイエスすなわち大御神により明らかにされ神道で伝えられてきたの。そのベースに旧約聖書の過ぎ越しの物語があるのよ。

 

 表の神道では君が代の千代と八千代は明かされないけれども、裏の神道に当てはめれば一目瞭然なの。神様が六日目のお仕事を終えて過ぎ越された七日目の千年が千代で、八日目が八千代でしょ。

 

 使徒ヨハネは黙示録で千年の大宴会と示しているけれども、この大宴会は大御神とその子羊の成婚の大宴会なの。明けの翌日は晴れて八千代の夫婦の暁でしょ。これが千代に八千代の君が代の心なの。

 

 イエスは「羊は羊飼いの声を聞き分ける」と言っているでしょ。羊飼いの声を聞き分けるには裏事情通になれなければ聞き分けられないでしょ。それがイスラエルのカバラであり、瑜伽タントラであり、虚空蔵求聞持の密教であり、大御神の倒語(さかしまごと)なの。神仏に国境などありはしないでしょ。

 

 神様は人のことは髪の毛一筋に至るまでよくご存じだから聞き分けた羊にはそれと同時に助け手が送られて来るわよ。「信じる者には助け手を送る」という大御神の真言の通りにね。

 

 この助け手が送られてくると、はっきりと、有無を言わさず、そう悟らされるわよ。神様の御言葉にもそのお働きにも仕損じなどありえないのだと悟るの。だから神変と感じざるを得ないの。そのようにしてイスラエルの過ぎ越し、すなわち大御神の過ぎ越しである大祓を受けることができるの。

 

 それを受けてしまったうえで、聖書や古事記を読み直すとなるほどそういうことだったのねとすんなりと理解でき、まだこれからの人が理解しやすいように文章として書き記せるようになってしまうのよ。それがこのブログなの。

 

 そうしてブログ記事を書いているとそれが完全に自分のものとなり、さらに聖典に書かれていないような裏事情を知らされてしまうという摩訶不思議な世界に身を置かれるのよ。使徒ヨハネはそのような人をもうこの世の人ではないと言っていたはずよ。

 

 イエスは「父と私はひとつである」と言ったでしょ。これは梵天である父とひとつということで、お釈迦さまが伝えた「梵我一如」ということなの。空境涅槃の梵我一如の世界に遊ぶからこの世の人ではなくされるの。

 

 古事記では岩戸開きの際に天宇受売命が天照大御神に、「あなた様より尊い神様がいます故、喜び笑らき、遊んでいるのです」と語っているでしょ。表の神道は理解しなくても裏事情に精通している羊たちはみな尊い神様と梵我一如で遊んでいるのよ。

 

 これで今年の大祓はすべて済んでしまったから、来年からはオカルト阿修羅は放っておいて、そのような世界の遊びのことを書ければいいわね。

 

 生まれて半年間の幼いブログなのだけれども、読みに来てくださった皆さま、本当にありがとうございました。

 

 来年が皆さまにとってより良き一年となることをお祈りいたします。

 

 どうぞよいお歳をお迎えください。そして来年もどうぞよろしくお願いいたします。

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関東のお伊勢様 伊勢山皇大神宮

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横須賀市 走水神社

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横浜市金沢区 瀬戸神社の茅の輪


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創世記

第2章

1天地万物は完成された。 2第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。 3この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。

 

古事記

次に伊邪那岐神、次に妹伊邪那美神

 

おかげ参りの瞑想

ついに七日目を迎えたの。この日は万物の完成された日。この七日間にすべてが含まれているの。過去、現在、未来、人間にとっての前世と来生まですべて包含しているわよ。神様のお仕事だから当たり前でしょ。そして七日目の安息の日なの。

 

古事記では夫婦神の最中心二神がお生まれになっているの。万物の完成からさらに一日目が始まるのよ。そして七七七七七七・・・・・と神様の安息日が繰り返されてゆくの。そのことはこの伊弉諾尊と伊弉冉尊から始まる夫婦神の物語において、大御神の大祓を暗示しながら、古事記において倒語(さかしまごと)ですべて語られているの。

 

須佐之男命と天照大御神、倭建命と弟橘姫の物語がクライマックスと言えるはずよ。私はその辺から読み込んでいったからね。このブログに全部書いておいたわよ。

 

この神世七代で見過ごしてはいけないのが、一人神二柱の二代と、夫婦神五組の五代なの。これはねイエスの言った、二匹の魚と五つのパンなの。合わせると十二柱でしょ。ここに創造の七日間とイスラエルの神の僕十二柱の関係性が示され、しかもそれを示したのが大御神の五千年目のことだったということなの。

 

満腹したのは五千人の男たちだったでしょ。それが飲み込めれば、別の時に七つのパンで四千人が満腹したのは何の暗喩なのかも飲み込めるはずなの。大御神の時が五千年目ならば四千年目に大きなお働きをしたのは仏陀釈迦牟尼しかいないでしょうに。

 

それがこの国における神仏なの。そのようにこの国は完成されているの。完成されていないのは悟らない男女なの。六日目までに悟らないと安息の七日目はやってこないわよ。オカルトの詐欺にだまされていると七殺の反安息日となるの。

 

ペトロの手紙二 3:8 (新共同訳)

 愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。

七日 (2)



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 今年の六月にお伊勢様におかげ参りした時に、最初に寄った二見興玉神社で茅の輪くぐりしてそれが今年の夏越の祓になっていたの。でもね、神宮のおかげ参りにばかり意識が集中していたから夏越の祓はあまり気にしていなかったの。

 

しかしこのブログ書き進めるうちに今年の年越しの祓を意識しだし、そして気が付いたのが、神宮参拝自体が夏越の祓で、このブログは七月から年越しの祓のために書かされているわ。一年の大祓、大御神の大祓のために書かされているじゃないのということなの。まるで想定外だったの。

 

しかも記事を書いていく中で虚空蔵求聞持法とか知らされ、それにより細部がより鮮明に映し出されるのでその都度記事にしてきたの。昨日知らなかったことを、昨日書いた記事で、今日知らされみたいなことの数珠繋ぎになってきているのよ。それで今日はブログを書き始める前から知っていたことと、書き始めてから知らされたこと、そして今日新たに知らされたことをまとめて大祓の意味で書いておくことにするわ。

 

年越しの祓は十二月三十一日として知られているけれども私は夏越の祓と同じく晦日、三十日までじゃないといけないと思っているの。大晦日の一夜飾りは良くないとされているでしょ。この意味神道でもきちんと説明してくれないでしょ。

 

それはねこの日が神様の七日目の安息日に対応しているからなの。このブログのお馴染みさんはもう飲み込めているはずと思うのよ。聖書とリンクさせて読まないと古事記も神道も読み解けない倒語(さかしまごと)により組み立てられているの。それがイスラエルのカバラだったでしょ。

 

それは虚空蔵菩薩の求聞持法と言い換えることもできるの。それによって今日知らされたのは、幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)の連関なの。大御神の一年の大祓は六か月ごとのお祓いに凝縮され、さらに七五三で示されるように七日目を迎えるための六日間のお祓いに凝縮されているでしょ。

 

大御神は幽世(かくりよ)にお隠れになっているの。その幽世(かくりよ)から顕世(うつしよ)に大祓が映され、凝縮あるいは拡散しながら顕されているの。これ瞑想しながら飲み込む必要があるかも知れないわね。

 

この幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)の連関において現代のこの世に示されている結構な大事があるのよ。クリスマスの木が何の木かは少し前の記事で書いたでしょ。近親相姦の母子が子を設け、その子が夫の復活であり、母がその復活の子を抱くのが聖母像だというお話。クリスマスやお誕生日のプレゼントもそこから始まったオカルトのお祭りということだったでしょ。

 

完全に聖書に敵対しながら、聖書のお祭りと強弁するオカルトだったでしょ。それはイエスの言ったパリサイ人のパン種と偽預言者という一言で説明がつくでしょ。それを悟っている古事記ではイエスすなわち天照大御神を一言主の神と呼ぶの。聖書の中にはパリサイ人から預言者になった人までいる始末でしょ。

 

そのオカルトの木すなわち死の木の正体が徐々にこの大御神の国で顕にされ、年末の七日間のクリスマスの木とお正月を迎えるためのお榊や門松が、実は古事記の岩戸開きの時の根付きの真榊という物の正体が明らかにされた姿だと書いておいたでしょ。

 

そのこと自体が大御神の大祓を映し、現代の日本に顕されているということでしょ。ここに幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)の一つの連関を見ることができるの。ところが顕世(うつしよ)はこの国だけでなりたっているわけではないわよね。よく目を凝らしてみれば、オカルトに対する大御神の大祓が世界規模で特大スクリーンに大写しに映されているの。それがくっきりはっきり見えてしまうのよ。

 

いくわよ。

 

昭和の時に原爆二発で大敗北を喫し死んだかと思われたこの国が、同じ昭和の時に高度経済成長で世界第二位の経済大国にまでなり復活してしまったでしょ。これは大御神の死と復活を顕しているの。そして気が付くとちょうど同じその時期に聖書の国と強弁する国が復活しているでしょ。

 

大昔には大御神すなわちイエスが復活して天に上ったその直後、復活したイエスに直会していないパリサイ人が預言者であると強弁したでしょ。その教義により成り立った宗教があの母親の、夫の復活であるとする聖母子像につながったでしょ。

 

この二つの強弁勢力がユダヤ・キリスト教文明として現代社会で強力な覇権を維持しているのよ。そしてその強弁聖書の国が復活したらその地域は火薬庫と呼ばれるようになってしまったでしょ。中東の火薬庫の国と極東の大祓の国が園の中央の二本の木のようにどちらも復活して顕されているでしょ。

 

しかもそのユダヤ・キリスト教文明の雄がまるでポン引きと娼婦のように手を組み大祓の国に核の傘をさしかけてくれているでしょ。

 

そのような文明開化の毒を食わされた日本人の中には「永遠の嘘をついてくれ、永遠に種明かしをしないでくれ」と言いながら「町の教会で結婚しようよ」などと歌う人も出てくる始末でしょ。これ御本人には気の毒だけれども日本人にとってわかりやすいので、ここのところよく使わせていただいているの。

 

なぜ「永遠の嘘をついてくれ、永遠に種明かしをしないでくれ」と歌うかわかる?種明かしをされてしまったら商売あがったりだからなの。この人達の言う「君よ」とはその商売の許可印をくれる君なの。だからこの印が無ければ売り買いできないのよ。だから種明かしをしてその印を取り上げないでくれと歌っているのよ。だまし続けてほしいのよ。使徒ヨハネはその印のことを読者は悟れと促していたでしょ。

 強弁国のことについては以前私がまだ迂闊だったころ、実名でブログに記事書いたことがあったの。即日削除されていたわよ。プロバイダーさんも売り買い印取り上げられ商売できなくされたら困るのよね。だから種明かしはしてはいけないの。これだけたとえを用いて回りくどく書いておけば多分大丈夫なの。

 

とここまでは既にこのブログでも書いてきたことだからお馴染みの読者さんには目新しいことではないはずなの。ここから今日の本題に入っていくの。ここまでは前振りなの。なんとなく幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)の仕組みは掴めたかしら。この記事ではあまり深く触れないけれども、現皇室の納采の儀が滞っているなどということは、かなりゆゆしき事態だと感じるでしょ。仕組みの要の部分に生まれているからね、皇室の人たちは。

 

さて本題。なぜイエスの十字架の時にそこにパリサイ人のパン種と偽預言者の死の木が生えてこなければいけなかったの?なぜ大御神の大祓で瑞穂の国が復活し神様の約束が成就した時に、頭に致命傷を受けた獣の国が復活してこなければならなかったの?キリストを悟らないオカルト国なのにという問題。

 

そこに神様のお植えになられた二本の木、すなわち日本の木である根付きの真榊の奥に隠された神様の玄理があるの。この玄理は幽世(かくりよ)から顕世(うつしよ)に映されているの。だから瑜伽タントラの求聞持法で第三の眼を開かれると見えてしまうの。イエスから目薬を買ってしまったとも言えるのよ。

 

再度、いくわよ。

 

イエスはね十字架上の一度の死と復活で全人類を贖ったでしょ。ということは、神様は全人類をイエスの犠牲により買い戻そうとされたということでしょ。だから一度は娼館の主に盗られ死ぬけれども将来全員復活するの。しかしねこの世で娼館を気にいってしまい、神様に買い戻されることを望まない人たちの右の手か額にはあのオカルト印が付けられているでしょ。その人たちはそのオカルト印をつけたまま復活するのよ。

 

これを別のたとえで言うと、この世で悔い改め菩薩とされた人達は賜わった衣装で正装して神様の前に出るのだけれども、阿修羅たちはどんな格好でご神前に出るつもりなの?まさか六百六十六の年末商戦のサンタクロースの格好で出るつもりではないでしょうね。ということなの。

 

その違いを使徒ヨハネは一度目の復活と二度目の復活として識別しているでしょ。その復活の違いにより二度目の死がある事もね。お釈迦さまも菩薩は一本目の矢を受けても二本目の矢は受けないと言ったでしょ。これもう何度も書いているわよね。

 

そのような神様の幽世(かくりよ)における御計画の玄理が大御神の大祓に伴う復活と不即不離の、強弁オカルト阿修羅のしつこい復活としてこの世に展開し顕されてきたの。いずれ切り倒されるための斧が根元に置かれているのだけれども、この世にあるうちに悔い改めることができればまだ間に合うという大御神の御慈悲の顕れでしょ。

 

それが現代の世界情勢にも如実に顕されているでしょ。見えてしまうと相当極まっているように見えるのよね。皇室の納采の儀もそうだけれども、この年末になって大晦日の除夜の鐘の音を嫌う人たちの苦情で中止するお寺のことが報道されているでしょ。去年まであったのかしら?

 

この除夜の鐘はね七日目の終わりと八日目の曙を告げる時の鐘でしょ。お屠蘇の神様の屠りと蘇りを告げる時の鐘なの。屠られる阿修羅たちが聞いたとしたら嫌って当たり前なのよ。それはそれで優れた直観力でしょ。幽世(かくりよ)と顕世(うつしよ)が近接しだしたということかしら。

 

そのような視点を獲得して自分の日常茶飯を見つめると、見えていなかったことが見えるようになり、最終的にはなぜ生まれて来たのかまではっきり顕されている事に気が付けるはずなのよね。

 

大晦日の一夜飾りはだめよ。大祓とお正月のお飾りは今日中に。そして皆様よいお年をお迎えください。今年最後の御挨拶は多分また明日書く記事でね。明日何書くのかしら?大晦日の安息日だし。何か書くと思うのだけれど予測不能なの。

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創世記

1

  24神はまた言われた、「地は生き物を種類にしたがっていだせ。家畜と、這うものと、地の獣とを種類にしたがっていだせ」。そのようになった。 25神は地の獣を種類にしたがい、家畜を種類にしたがい、また地に這うすべての物を種類にしたがって造られた。神は見て、良しとされた。 26神はまた言われた、「われわれのかたちに、われわれにかたどって人を造り、これに海の魚と、空の鳥と、家畜と、地のすべての獣と、地のすべての這うものとを治めさせよう」。 27神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。 28神は彼らを祝福して言われた、「生めよ、ふえよ、地に満ちよ、地を従わせよ。また海の魚と、空の鳥と、地に動くすべての生き物とを治めよ」。 29神はまた言われた、「わたしは全地のおもてにある種をもつすべての草と、種のある実を結ぶすべての木とをあなたがたに与える。これはあなたがたの食物となるであろう。 30また地のすべての獣、空のすべての鳥、地を這うすべてのもの、すなわち命あるものには、食物としてすべての青草を与える」。そのようになった。 31神が造ったすべての物を見られたところ、それは、はなはだ良かった。夕となり、また朝となった。第六日である。

 

古事記

次に淤母陀流神、次に妹阿夜訶志古泥神

 

おかげ参りの瞑想

 終に第六の日。この日に神様はすべての命あるものを造り終えられたの。神様のお仕事のの最後の日なの。この神様のお仕事は天地の創世でしょ。それが六日間っていったい何の暗喩なの?いったい何のカバラなの?と、思考を停止させずに、信仰を張り巡らして悟ろうとしないとこの日で終わってしまうの。この日が最後のチャンス。

 

神様は信仰に対してしか悟りを賜らないからこの日までに神様のお仕事の意味を悟らないと一巻の終わりなの。古事記ではひたすら男神と女神がお生まれになるだけなの。でもこの最後の日に男女が神様に似せ創造されたというのが最大のネックなのよね。

 

お釈迦さまは六日目の意味悟っていたわよ。だから五六七で示したの。五六七の三日で死と復活がなされると。これはお釈迦様から見たら未来のことだったのだけれど、私たちから見たら過去のことでしょ。しかし私たちの命にとって将来起こることも暗示しているのよ。しかも前世、現世、来世の三日も示しているわよ。そのことを虚空蔵の求聞持法で六日目までに悟るのが男女に課された召使いとしてのお勤めなの。それがこの国の大御神の大祓の日なの。一年の大祓と六日間の大祓が重なっているのが十二月三十日という日なの。


第六日


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午前中に地元の神社にお参りしてきたのだけれど何と今年は大祓の茅の輪が設えられていなかったの。人形のお祓いは受付が設けられていたのだけれど、茅の輪くぐりは省略されてしまったようなの。

 

このようにして神道も衰退していくのかしら。年末ということで普段よりお参りの人の数は多いのだけれども、誰も人形の大祓なんか受けている人はいなかったし。去年の年越しの大祓の時は茅の輪くぐり出来たのに今年はできなかったわ。

 

いつも感じるのだけれど日本には八万社近くの神社があっても観光地の有名神社しか栄えていないでしょ。すでにこの国の神社は「信仰」の対象ではなくて「観光」の対象になってしまっているのよね。

 

それでも普段人気のない私の地元の神社でも、大晦日の深夜近くになると初詣でのための行列ができるのよ。でも見ていると参拝者は行列に並ぶこと優先で、手水舎を使いお清めしてからお参りしようとする人など皆無に等しいのよ。もうね、遊園地のアトラクションの行列と化しているようにしか私の目には映らないの。

 

そのようなことだからお社の方も普段から手水舎の清掃には熱心ではなくて、必ず手水舎を使う私からしてみると水はあっても、とても口を清める気にはなれない様な有り様なのよ。すでに日本人にとって初詣も「観光」と化しているのかしら。観光地の神社でなければ気持ちよく手水舎も使えないのよ。御朱印集めがブームらしいのだけれどもきっとそういうことなのよね。

 

みんな神様の恐ろしさ知らないでしょ。不信者はみな屠ってしまって、信者だけ蘇らせるというお屠蘇の神様よ。そのように日本人の風習として示されているのに信仰ではなく観光に走るのだから、皆この世に観光に来ているのよね。大御神が「何を見にきたのか」と言っているでしょ。観光であれば光を観なければいけないのにその光さえ観ないってどういうこと?

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今日は大祓の五日目だからそれに見合った記事を書いておくわね。五日目のカウントは二十五日から始まるのよ。

 

この十二月二十五日は聖書にも名前の登場するニムロデとういう人のお誕生日らしいのよ。このニムロデという人は古代バビロンの王みたいな人で、神に逆らい権力者となった最初の人なの。そのニムロデの墓のそばから生えてきた樹にニムロデの誕生日を祝い、贈り物をつるすように訴えたのが、その母であり妻でもあるセミラミスという人なの。

 

その母であり妻でもある人との間にできたのがタンムズという赤ちゃんなの。その赤ちゃんがニムロデの復活だと訴えたらしいのよ、このお母さん。だからこのお母さんが抱く赤ちゃんが聖母子となり、神にまで敵対した強力な権力者の復活が崇められたらしいの。キリスト教が盛んになる前からその様な信仰がすでにあったということなのよ。

 

それが信仰ではなく時の政治的な理由でキリスト教に取り入れられ、キリストの名を冠したクリスマスとしてお祝いされているの。初めから異教徒のオカルトなのよ。

 

十二月二十五日とは世界中の異教の太陽神のお誕生日らしいわよ。聖書の神様に逆らった権力者のお誕生日がキリストの衣を着せられ世界中でお祝いされているの。誕生祝の贈り物とか聖母子などということは正統である聖書には一言も書かれていないでしょ。

 

そのオカルトクリスマスが日本で完全に定着しているでしょ。この国では大祓の時期の最後の七日間の初日のクリスマスツリーが、初めの日にサタンが取って食べるようにそそのかした木の象徴になっているの。神様に対する敵対記念日なのよ。最近ではハロウィンなどというオカルト祭りも盛んになってきているでしょ。

 

この神様に対する敵対を悔い改め、洗っていただくためのお祓が大御神の大祓なの。この国では十二月二十五日は孝明天皇と大正天皇の命日よ。明治維新と昭和の高度経済成長は先帝の十二月二十五日の崩御が先触れになっているのよ。文明開化とその文明の結実の先触れの日であるお二方の天皇の命日をオカルトでお祝いしているのが今の一般的な日本人なの。

 

でも日本人であるからこそともいえると思うのよ。大御神はキリスト・イエスだと裏天皇家が証ししてしまったでしょ。ということは現代では聖書において示された主人の家の食卓はこの国が預かっているということでしょ。

 

当然神様が園の中央にお植えになった二本の木も、日本の木としてお預かりしているの。それが岩戸開きの時の根付きの真榊なの。幹の部分がお正月の門松やお榊なの。命の木よ。根の部分が善悪を知る木すなわち死の木。それがこの国で徐々に正体を現してきて、クリスマスの木となったの。どちらの木も復活にかかわる大事な日本の木なの。命の木を抱えて復活するのか、クリスマスツリーを抱えて復活するのか、どちらにするの?ということなの。そのことがメシアにより明らかに語られたのが五日目の出来事だったの。それが大御神の大祓の倒語(さかしまごと)なの。

 

私は午前中に年越しの祓の茅の輪くぐりして、式神様のお祓い受けてくるつもりなの。お正月のお飾りも準備しなければ。

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創世記

1

20神は言われた。

「生き物が水の中に群がれ。鳥は地の上、天の大空の面を飛べ。」

21神は水に群がるもの、すなわち大きな怪物、うごめく生き物をそれぞれに、また、翼ある鳥をそれぞれに創造された。神はこれを見て、良しとされた。 22神はそれらのものを祝福して言われた。

「産めよ、増えよ、海の水に満ちよ。鳥は地の上に増えよ。」

23夕べがあり、朝があった。第五の日である。

 

古事記

 次に意富斗能地神、次に妹大斗乃辨神

第五日


おかげ参りの瞑想
 聖書では徐々に万象が完成されていくのだけれど、古事記ではひたすら男神と女神しか生まれないの。聖書では五日目にはまだ男女は生まれていないのだけれども、古事記では聖書の天地創造の七日間の暗喩はいったい何を意味するのか、新約により知らされた聖の書だから、三日目からひたすら男神と女神が生まれるの。五つのお祝いの日ね。この五という数なのだけれど十字架の中心を意味しているわよ。

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七五三もそうだけれども、どの列を足しても十五になるでしょ。カバラの魔法陣なのだけれども、私はこれを見る度に三々九度の盃を連想するの。しかも十字架の中心は五。私は、五つのお祝いの盃は直会のお神酒と瞑想するの。イエスの二匹の魚と五つのパンも関係していそうでしょ。五千人が食べて満腹したの。


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 二つ前の記事ではっきりと自分の立ち位置を悟りました。信仰など知らなかった頃に街角で拾った恋で結婚しようとしたのに大御神に破談させられ、その大御神が全員の許婚だったと知らされた私は、この世から見た異端者なの。異端者なの私。そのように得心してしまえば楽なものよ。もう異端者として何でも書いてしまえるからね。今日私が感じていることを書いておくわ。

 

いくわよ。

 

何か月か前までいい歌ねと思っていた流行歌があるの。その歌ではね「永遠の嘘をついてくれ」と連呼しているの。この歌詞って神様の戒めに完全に逆らっているでしょ。永遠の嘘をつけるのはあの蛇しかいないの。そのように覚醒してこの歌をよく聞くと、恋の途上にある男女があの蛇にお願いしている歌なのよ。

 

この曲は昭和の時代から流行歌の帝王と歌姫と崇められる大御所の二人が世間に広めているの。この邪歌が大人気なのよ。そういうことなの。この帝王がね、街の教会で結婚することを広めた張本人だったのよ。私は難を逃れたけれど。この帝王と歌姫のこと私は決して嫌いではなかったのだけれども、今ははっきり、ああ、お釈迦さまが言った歌舞伎聚楽主の鑑なのね、誰か、悪趣に堕ちると諫めてあげる人いないのかしらと思っているの。

 

もっと透徹した目でスキャンするとサタンに祈りの歌をささげるポン引きと娼婦なの。六百六十六の死の灰を巻き散らす汚染源なのよ。そう理解できれば汚染源はこの二人だけではないとはっきり知れるでしょ。芸能界だけではないと気がつかなければいけないでしょ。

 

もう異端と覚悟したから何でも書けるわよ。政治経済界、学界から宗教界、娯楽や民生品を扱う世界の商人達までが、全て汚染源としての死の灰の原子炉と化しているでしょ。その商人たちに、皆職を求めるの。こんなことを言う私って完全に異端でしょ。でも私は正常性の偏見から完全に自由になったと思っているから書けるの。

 

大きくは、この時代を象徴する大王家がこの国の風潮を牽引しているのよ。今の大王は生前退位してテニスコートの恋の余韻を余生でじっくりと味わいたいの?そのための退位なの?と感じてしまうのよ、私は。

 

この大王のお妃は元カトリックの信者だったの。大王は子供の頃、敗戦国の皇子として占領国の方針により、キリスト教徒の女家庭教師をあてがわれていたの。その帰結がテニスコートの恋で、それを受けた聚楽主たちが「町の教会で結婚しようよ」とか歌いながら見事にこの国を汚染してしまったの。

 

大王が退位の前に裁可したお孫様の皇女の納采の儀がとんでもないことになっているでしょ。異端の私の目にはむべなるかなとしか映らないのよ。それだけではないわ。最近知ったのだけれども、大王のお妃はテニスコートの恋のお歌を詠み、尼僧さんに披露していたらしいのよ。この尼僧さんととても馬が合うらしいの。

 

それを知って感じたのよ。そう言えばカトリックの二十世紀最大の聖女と言われた女性は貧苦に寄り添いながら生きた人だったでしょ。このような生き方には誰にも否定させないという絶大な効力があるでしょ。でもね、イエスが伝えんとしたその御心は伝えきれていないわよ。

 

大王とお妃も戦没者の慰霊や被災者の慰問が公務とされているでしょ。でもね、天照大御神の大御心は何も伝えてはいないわよ。最悪なのはお釈迦さまが女性は解脱できないと得度を拒んだのに、強引にその得度を得て自由気ままに恋を楽しみその毒を排出する尼僧なの。小説家などという娯楽業で稼ぎながらニンマリするその顔は生臭すぎて目に映らないで欲しいくらいなの。

 

この国は女神が子生みのやり直しに応じて男神に付き随ったからなっているの。大王は大御神の御心を悟り、やり直しさせた方がいいのではないのと思うのだけれども、既に退位し、現王は美人のお妃の横でニンマリとしているだけだし。

 

行きつくところまで行くわよこの国は。女帝が立つ時などというのはこの国にとってはとてつもないレジームチェンジの時の繰り返しだったでしょ。

 

どうなるかわからないけれども、大国として認められ世界がここまで極まっている時に、この国にレジームチェンジがおきたらその時は・・・今日はここまでね。もう裏天皇家が預言してしまっていると思えるもの。

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創世記

1

14神は言われた。

「天の大空に光る物があって、昼と夜を分け、季節のしるし、日や年のしるしとなれ。 15天の大空に光る物があって、地を照らせ。」

そのようになった。 16神は二つの大きな光る物と星を造り、大きな方に昼を治めさせ、小さな方に夜を治めさせられた。 17神はそれらを天の大空に置いて、地を照らさせ、 18昼と夜を治めさせ、光と闇を分けさせられた。神はこれを見て、良しとされた。 19夕べがあり、朝があった。第四の日である。

 

古事記

 次に角杙神、次に妹活杙神


第四日

 


おかげ参りの瞑想

(くい)とは杭で太陽と月が暦を司る杭として創造されたということ?陰陽道や奇門遁甲の杭?

 実際の四日目にはお釈迦さまがお生まれになったのではなかったの?イエスはそれを知っていたから七つのパンで四千人の群衆を満腹させてそれを暗示していたのではなかったの?七日の内の四日目は四千年目という陰陽道。それで五日目につながるの?


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 私ね、今月に入ってからカバラの数秘術に引きずられて、自分以外の何者かにコントロールされながら記事の投稿しているの。これ演出していないわよ。こまめに読んでくれている読者さんは判るはずなの。

 

いったい何を書かされているの?という思いの毎日なのよ。自分以外の何物かと言ったら私にとってはもう神様しかいないのよ。オカルトじゃないから神様なの。でもね、記事投稿した後で、こんなこと書いたら普通の日本人が読んだらドン引きじゃないの、一体全体なんでこんなこと書いているの?私は。

 

と、しっかり自分と世の中の乖離は見えているの。それでも世の中のことを見せられすぎてしまっているからまた書いてしまうのよ。「滅びに至る門は広く大きく、そこから入る者が多い」の。それが大御神の真言なの。

 

でも核の傘の下で戦後平和に飼いならされた日本人には猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏の馬耳東風なの。この国においても、しない、させない協同組合の学説を大学で教え続けられて来たからしかたがないの。

 

大王はテニスコートの恋に今も夢中でまったり顔でしょ。それでも一生お金に困らないからそれでやっていけても、街の教会で結婚しようよ、などという時代の雰囲気に流され、街角の恋で結婚した平和ボケ男女が、生活に追われるようになると、なんの覚悟もないからすぐに家庭内離婚。

 

キャッシュディスペンサー兼粗大ごみと化した親父たちが結婚に対する幻滅を誘発し、未婚が世の風潮に。さらに覚悟のない親はすぐに離婚でシングルマザー量産体制。核家族化はとうに行き過ぎ、家庭崩壊しながら少子の高齢化社会。

 神様は子孫を星の数のように繁栄させると永遠の契約を結んでくださっているのに一方的に破棄。

 

それでもみんな拝金主義で、お勤めだけは大事なの。拝金主義に徹する覚悟のない軟派は引きこもり。

 

ボケ親が子を育てると高校生で見苦しい娼婦ファッション。親たちが昭和歌謡で脳内完全汚染された結果なの。挙げようと思えばきりがないでしょ。若い頃結婚し、子を設けようとしないカップルなどというのもいるけれども、はあ、何のための結婚だったのですか?

 

今日の私は結婚に焦点が当たっているでしょ。何が言いたいのかというと、未婚者の私が何を悟らされたのかというと、男女の結婚とは神様ごとだったということなの。古代から結婚とは神事だったのよ。すでに古事記にそれが示されていたの。

 

戦後はそれを完全に無視して、テニスコートで恋をして、髪の毛が伸びたら町の教会で結婚しようよ、などという風潮が助長された結果が、現代社会に否も応もなく反映されているでしょ。その結果は現在進行形でしょ。その結果がどのように展開されていくのか、その続きはいやでも見せられることになるはずでしょ。いまさら結婚が神事だったなどと気が付ける男女の方が希少なのだから。

 

でもそんなことに気が付いてブログに書いている私はね、今月になって自分のことがはっきりわかったわよ。私って本物の異端者だったのねって。でもね、何を正常とするかで、異端と正統というのはコロッと逆転するわよ。人間の脳には正常性のバイアスが働くからね。

 

しない、させない協同組合が正常で正統と世界的に信じられていても、私はこの世の終わりまで同調できないわ。地獄にはまるもの。まっぴらなの。

 協同組合についてはこの記事読んでね。
http://sakasimagoto.blog.jp/archives/5386504.html (千の花びら大開花)

 

記事タイトル何にしようかしら。

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