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 現代の中東ではねイエスにつまずいたイスカリオテのユダの宗教と、イスカリオテのユダに入ったサタンにもう一度入られたパリサイ人の宗教を、同じく受け継いだヤペテの裔の二宗教が、イサクの兄弟の末裔に払い下げられた廃都をめぐり血みどろの戦いをしているの。

 

この二宗教のヤペテの裔はねセムの末裔のイスラエルに与えられた聖書の管理者としてふるまっているけれど聖書の読み方なんか全然知らないの。とにかく自分たちが神様の管理者でなくては収まりがつかない人たちなの。

 

中東も極東もセムの天幕として神により祝福されているのにそこにあるものは他人のものでもなんでもみんな欲しがるの。手に入れても神の道から外れた宗教だから中世に暗黒時代を招来したり、後にはハムの子孫まで奴隷貿易で扱い人身売買者になってみたり、アジアの植民地経営者だったり、いきなり払い下げ地に国家を強引に樹立して火薬庫にしてしまってみたりで、今でもその性格は変わらないわよ。

 

極東ではね、失われたイスラエルが繁栄しているのだけれど少し前に大チョンボしたのよ。同じセムの裔の他民族を植民地にしてしまったのよ。その人たちはそのおかげは十分享受しているのだけれど、あやまっても絶対に許す気ないの。こちらを同じ目に合わせなければ留飲が下がらないわよあの人たち。それほどやってはいけない大チョンボだったの。セム同志でヤペテの裔の真似をしても許されると思ったのが大きなつまずきの元なのよ。

 

そのおかげで失イスラエルとして神様から大目玉を食らったの。一応禊をして許されたのだけれど、分断国家となってしまった隣国の恨みは残りとても厄介な状況ではあるの。それに輪をかけて、当の失イスラエルは自分の蒔いた種を少しも悟らないから始末に負えないの。ヤペテの裔の真似をしたということが恥ずべきことだったと悟らないのよ。そこにはね、失イスラエルのヤペテコンプレックスがあるの。天照大御神の失イスラエルだなどとは思ってもみようとしない、まるで愛国心ということを知らない拝金主義の不気味な国民になっているわよ。

 

その他にも別ヤペテや共産主義というヤペテの遺物にこだわらざるを得ない時代遅れの大国とも国境を接していたりして厄介な土地柄ではあるの。問題山積で失イスラエルに神様が課した試練なのね。そこに乗じて他人のものは何でも欲しがる、あの二宗教が合体してできている不気味国が、極東の真ん中の長脛彦の裔の島に基地をおいて保安官としてふるまっているという厄介さ。

 

でもね、イエスは諸刃の剣ですべて切り分けているからよく目を凝らして見ればいったい何が起きているのかシンプルに悟れるの。ひとつ前の記事で書いたけれども、人類はイエスの弟子だった、イスカリオテのユダの立場とぺテロの立場に切り分けられているの。極東にそのイエスが天照大御神として祀られており、失われたイスラエルの神道が主人の家のテーブルとなり人知れずそこにあるの。

 

中東でも極東でもその厄介さの中で、あるいは長閑な田舎でも、セム、ヤペテ、ハムの末裔は様々な国柄に生まれていて、神により授かったその人生において、イスカリオテのユダの立場とペテロの立場とどちらに身を置くのか、イエスの手に持つ箕で篩い分けられて人生を終わるの。終わった後のこともベストセラーの神様の書物には書いてあるわよ。


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