このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
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また変な事に気が付いてしまったわ。このブログ開設したのが七月四日なのだけれどあの日でしょ。私の中では偏見と承知しながらもこの日大嫌いな日なの。何でこの日だったの?何か意味あるの?と、そんなこと考えていたらまた来た。エルサレムよ。

 

エルサレムの現状が手に取るようによくわかる表現が浮かんでしまった。中東問題の本質はね、一言で言ったら、イシマエルとイスカリオテのユダとパリサイパウロの事故物件の取り合いなの。神さま殺人で最高の穢れ地となった排都エルサレム。その排都に神殿と称して建物を建てた一人と残り二人の事故物件をめぐる戦争なの。事故物件だから火の手はやまず多くの人が犠牲になるの。

 

天照大御神は失われた十二支族を連れ極東に避難し、新たな神殿を建てお祀りされているでしょ。聖地は既に極東にあるのに、中東で愚かな殺し合いしているの。人間って愚かよね。この三人と七月四日って無縁ではないでしょ。だからなのよ。

 

聖地の皇大神宮は大昔に中東の約束の地に落ち着く以前から移動を繰り返し、今でも失われたイスラエルの掛け声の鶏鳴三声で遷御を繰り返しているでしょ。神さまの書物をよめば、いずれ王都にこの神殿が移動しそこで婚宴が行われると書かれているでしょ。それがイスラエルの約束の地なの。高天原における婚宴なの。

 

それがいつになるのかも神様の書物で黙示されているわよ。最後の一人が高天原から納采の儀を受けてしまったらその時で締め切り。縁談の日取りも、締め切りのことも、納采の儀を受けるための作法もすべて書物に記されてきたの。

 

この納采の儀に不適格な人は一人もいないの。一人一人の不信仰が不適格と見なされるだけ。この世に来たらみな善悪を知る木から取って食べているのだから、そこで人間の愚かさを悟り、善悪を知り、善なる大御神に懴悔し、納采の儀をお受けしなければ六百六十六の不適格印を押されると書いてあるの。

 

全体の締め切りがいつになるかなど気にしなくても一人一人にその締め切りはやってくるでしょ。自分の締め切りを視野に入れないと動けないわよ。その時に少しでも早く楽に受けることができるようにこのブログ書いているの。


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