このブログに来たらこの記事だけは押さえてね。
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http://sakasimagoto.blog.jp/archives/947242.html  (イエスは御父による人類のいいなづけだった)

日本人はみな道に生まれているの。

そう、神の道。その神の道は天照大御神の道でしょ。

そしてその天照大御神はキリスト・イエスであると、

神道祭祀の元締めが太鼓判を押している、そのような道の時代に

私たちは日本人として生きているの。

 

そしてこの道は命の木への道でもあるの。この命の木への道には

正しい道筋を示す書物があるの。それは神様から先見者を通して与えられたもの。

旧約聖書と新約聖書、そして古事記。日本の古史古伝もその中に含めてよいと思うけれど、
私はもっぱら稗田阿礼さんの古事記に注目しているの。

 

この三書はすべて天照大御神の書よ。私が天照大御神という時は、

神ヤハウェとキリスト・イエスと同一神として語るからね。

その根拠はこのブログの他の記事でこれまで十分示したつもりよ。

この記事ではこの命の木への書物に示された正しい道筋を判りやすく示すつもり。

 

まず抑えるべきは神が園の中央に生えさせられた二本の木。

ここに至っては日本の木と言ってしまってもいいくらいと私は思っているわ。

この二本の木のうち一本は、善悪を知る木、もう一本が命の木なの。

善悪を知る木からは死ぬから取って食べるなと神様が命じているの。

でも人はこの世に来るとサタンにそそのかされ取って食べるのよ。

そして死ぬことになるの。でもねこの木には隠された恩恵があるの。

その隠された恩恵とはその名の通りに善悪を知るということ。

 

これを知らずにこの世を終える人には、新約聖書の黙示録で

ヨハネが示した六六六という印がつけられるの。

この印をつけられた人はこの世を終えた後、復活させられて

審判にかけられると黙示されているでしょ。

 

命の木への道を行く人はそれを避けなければならないの。

それを避けさせるために示されてきたのが神様の書物なの。

細々としたことはたくさん書いてきたから根幹だけ示すわ。

 

日本人はどうしたら六六六の印を受けることを避けられるのか。

それは新約聖書のイエスの言葉に照らして生きればよい。簡単でしょ。

イエスは今、天に昇って自分の僕を父の家に迎える準備をしていると書かれているわ。

そのイエスをこの神の道の国では天照大御神としてお祀りしているのだから。

よっぽどひねくれていなければ誰にでもできるわ。

 

お正月の初詣では知らずにこのイエスにお参りして来ていたの日本人は。

家庭の神棚の天照大御神のお札はイエスのお守り札だったの。

台所の竈の神様はイエスだったの。神道の神様はイエスだったの。

 

だから日本人は何も新しいこと考えなくてもいいのよ。

ただし、善悪を知る木から取って食べ、

善悪を知らずにこの世を終えたら六六六で終わるわ。

それをさけるためのイエスの忠告の内、最重要なのが、パリサイ人のパン種と、

偽預言者に注意しなさいということなの。

 

上部にリンクを張ってある「三柱の神の宇宙」というページの右下の方に

赤いマーキングで示して有ることをさけるというのが、

このパリサイ人のパン種と、偽預言者に注意するということ。

 

これをさけながらでも絶対必要なのは、イエスである天照大御神に対する信仰よ。

これなしで人は善悪を知ることはできないわ。

 

その天照大御神の道に入ってきた異教の風習も、

宗教をさけている日本人に多大な悪影響を及ぼしているの。

日本人の霊性に毒性を持って働きかけているのよ。

イエスを天照大御神と見定め信仰する場合でも、

異教の風習に安易に身を任せるということは身を亡ぼすことに繋がるわよ。

それが神の書物において厳しく戒められている事だから。

 

日本人は神様がイスラエルに与えた戒めを金科玉条として守っていればいいのよ。

その戒めが、それとは気が付かずに天照大御神の戒めであったということなの。

それが六六六としてこの世を終えるのを避けるということ。

 

異教徒はそんなことこれっぽっちも知らないわよ。

それを知らしめるために神様がイスラエルを御選びになったということなど、

考えてみようともできないの。そしてイエスや仏陀をかつぎその教えを、

自分たちの好みにより勝手に解釈しなおし、異教に取り込み世界宗教としているの。

 

宗教をさけていてもこの異教の風習に染められている日本人ばかりでしょ。

一言で言えば道の信仰に対する異教の害悪ということね。

 

天照大御神をイエスと見定め、神の書物でその御言葉を学び、

信仰を深めるというのは、私が通ってきた道筋なの。

そしてこの国の天照大御神を知れば知るほど、この国に生まれて来て

よかったと思えるはずよ、日本人は。そのように信仰が増していけば

必然的にお釈迦さまが説いた解脱などということは視野に上って来ざるを得ないの。

それが信仰というものの本質なの。そしてそのハードルが見えて来た時が

大きなチャンス。

 

そのハードルを越えるために天照大御神に願い求めればいとも簡単に手を取り

彼岸に寄せていただけるはずよ。まず神様の言葉を良く学び

信仰を鍛えるということね。

 

その他にも人間の生理にはたらきかける六六六の魔手もあるでしょ。

そのようなことに関しても別記事で対処方法を示していけたらと思っているわ。

 

この記事に書いたことをもっとよく知りたいと思ったら以下の記事も参考にしてね。

http://sakasimagoto.blog.jp/archives/1503898.html (日本人に神が取って食べるなと禁じた木)


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