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http://sakasimagoto.blog.jp/archives/966714.html (天照大御神の心御柱)

 

 私が信仰らしきものを見出した時のことを書いておくわね。

ある時聖書を読んでいて、イスラエルから見た異邦人の女が

イエスに救いを求めた話を読んでピーンと来たの。

その女の娘は悪霊に取りつかれていたの。女はイエスにすがって

助けてくださいとお願いしたの。しかしイエスは

「私は失われたイスラエルにしか遣わされていない。

子供のパンを取って子犬に投げてやるのは良くない」と言ってしりぞけたの。

でもねこの女は食い下がったの。「主よ、おっしゃる通りです。

でも子犬も主人の家の食卓から落ちるパンくずはいただきます」と言ったの。

この一言は決定的よ。この一言でイエスは

「女よ、あなたの信仰は見上げたものである」と言って女の娘はいやされたの。

この話を読んだ時の私はまだ日本人も異邦人だと思っていたわ。

だからイスラエルが主人の家のテーブルでしょ。

そのテーブルからこぼれるパンくずを一生懸命拾い集めて食べたわ。

今考えるとイエスの言葉を子犬のように拾い集めて食べていたの。

イエスの言葉は、神が天から降らせるパンで、しかも薬師如来様のお薬だったの。

どんな病気も癒すし、死んだ人間をも生き返らせる

非時香果(ときじくのかくのこのみ)だったの。

でもこのお薬は信仰のない人には一切効かないから注意してね。

私はその時はそんなこと全然知らなかったわよ。

だからパンくずを一生懸命拾い集めて感謝しながら食べていたの。

そうしたらね、そのお薬がだんだん効きだして、病気は治るわ、

見えていなかった目は見えるようになるわ、心の目よ、

その開けてもらった目で聖書読み直したらとんでもないことが書いてあったし、

そうこうするうちに八咫烏が神宮の心御柱はゴルゴダの丘にあった

イエスの処刑台だとか発表してしまうし、頭くらくら、目が回りっぱなしだったわ。

そして見えてしまったのは、主人の家の食卓はイスラエルから

この日本に移されていたという事だったの。

そうなったらもうイエスの御言葉の隠された意味なんかすべて読み取れてしまうの。

イエスの言う失われたイスラエルという言葉はね、

約束の地にありながら信仰を見失い、その地から取り去られて神隠しにあった

イスラエルの十支族のことだわ。同時に神の国に生まれて信仰を見失っている

すべての人たち、と同時にこの星に生まれて信仰を見失っている

すべての人たちのことなの。だからメシアなの。

異邦人の女はね、それを知っていたのよ。だからいやされたの。

でもね、子犬は信仰を知らないでしょ。

そのすべてのことを人類に悟らせんとしてイスラエルが建てられ、

預言者が遣わされ、メシアが降臨したの。

それに気がつけば、本当の主人の家の食卓は天の父の家の食卓だと気が付くの。

日本人はそこを高天原と呼んでいるの。

そこからこぼれ落ちるパンくずが天照大御神の言霊なの。

何で日本人がそれを忘れたかというと、日本人の先祖がそれを忘れたから。

ご先祖供養なんかしていても浮かばれないわよ。

ヨハネは、子犬のままだと子犬の証印を受けると黙示しているでしょ。

子犬はね主人家の食卓からこぼれるパンくずで養われるの。

そのパンくずはね、イエスの御言葉なの。

だから聖書は読んでねって言っているの。

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