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古事記によれば素戔嗚尊が高天原にいとまごいしようと昇った時に、天照大御神はその邪心を疑い重武装して待ち受けたことが書かれているの。


私の所有する古事記本には、それに続く記述として次のように書かれているのよ。

「堅庭(かたにわ)は、向腿(むかもも)に踏みなづみ、淡雪如()すごとく蹴散らかして、いつの男建(おたけび)、踏み建(たけ)びて、待ち問いたまわく」

 

固い庭を左右の腿で踏みしめ、めり込んだ土を淡雪のように蹴散らかして、踏みながら雄たけびを上げ、素戔嗚尊に問いかけたと書かれているの。この場面の記述を何度読んでも相撲の四股とお清めの塩のまき清めとしか思えないのよ。

 

かなり重要な視点だと思うのだけれども龍宮では完全に無視されているの。この誓約の場面を画像検索しても天照大御神の武装姿は出てくるのだけれども、庭を左右の腿で踏みしめ淡雪のように蹴散らす画像は一枚も出てこないのよ。日本人にとっての完全な盲点なのよ。

 

相撲の土俵は高天原の堅庭なのよ。だからこその神事なの。もう一つのかなり重要な盲点が天照大御神の岩戸開きの時に天鈿女命が「あなた様より偉い神様がいますゆえ、喜び笑らき遊んでいるのです」といった言葉を、天照大御神の気を引くための方便と教えている事なの。

 

偉い神様である伊弉諾尊はその鼻として素戔嗚尊の影にお隠れになられているのよ。伊弉諾尊の禊と、素戔嗚尊と天照大御神の誓約をまるで日本人が理解してこなかったという事なの。素戔嗚尊の狼藉により大御神が岩戸に籠ってしまったという倒語(さかしまごと)で書かれているから、致し方のないことではあるとは言え、日本人にとっては致命的な二大盲点なのよ。

 

 古事記は初めから天照大御神の恩頼により第三の眼が開かれれば読み解けるはずという視点で書かれているのよ。命の木のタントラバジュラヤーナで書かれているの。天照大御神の御言葉によらなければ何人も救われないという、峻厳なる確信により書かれているとしか思えないのよ。そしてそれは確かにそのとおりなの。そう冥想するのよね。

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